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ともか
孫のピアノ発表会 (08/01) ともか
孫のピアノ発表会 (08/01) 悟史
アジサイ (06/16)
柑橘いろいろ [2016年11月26日(Sat)]
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 柑橘類は2ヶ所で栽培していますが、温州ミカン(宮川早生)の収穫は終わり、せとか、デコポン(不知火)、津之輝、八朔、甘夏などが黄色く色づいてきました(写真は第二果樹園で、右手前がせとか、左後方がデコポン)。
 試しに、せとか・津之輝・デコポンを味見してみましたが、まだ収穫するには早かったようです。いずれも1月下旬から2月頃まで待ったほうがよさそうです。

 写真左から順に、デコポン、津之輝、せとか
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Posted by katakago at 10:37
ソラマメが発芽してきました [2016年11月24日(Thu)]
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 今朝は冷え込みましたが、畑では、マルチした畝に直接播種したソラマメが発芽して本葉が出てきています。写真後方の畝にはエンドウも発芽してきました。

 今年はイチゴの苗も植え付けました。苗を育てられたご近所の方から一部頂いたものです(14株)。来年、孫にイチゴ摘みの体験をさせてやれればと思っています。
(写真右端がイチゴ、中央はタマネギ、左端はハクサイ)。
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Posted by katakago at 11:32
ノジギクが咲いています [2016年11月22日(Tue)]
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 畑ではノジギクガ花を咲かせています。
 次の万葉歌(防人歌)に詠まれている”ももよぐさ”は、定説はないのですがいくつか挙げられている候補の一つにノジギクがある(北隆館の『万葉植物事典』)ので、畑に植えています。
【歌】 父母が 殿の後の ももよ草 百代いでませ 我が来るまで (巻二十・4326 生壬部足国) 
【口語訳】 父母の 屋敷の背戸の ももよ草のように 百代(ももよ)も長生きしてください 私が帰って来るまで
 上三句は同音によって、ももよ(百代)を起こす序詞。

 タカサゴユリは通常8月半ば(お盆のころ)が花の時期ですが、今も花を咲かせている株があります。
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 この時期も畑ではツマグロヒョウモンをよく見かけます(写真はメス)。
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Posted by katakago at 14:57
テレビ電話で孫と対面 [2016年11月20日(Sun)]
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 今日初めて、インターネットのテレビ電話で2ヶ月ぶりに孫と対面できました。写真や動画は折に触れ送ってもらっていますが、お互いに画面を見ながら対話できるのは素晴らしい事です。
 間もなく生後11ヶ月で、正月には帰省するとのことで今から楽しみにしています。
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Posted by katakago at 14:43
平成28年度 瀬戸内海文化を考える会 [2016年11月15日(Tue)]
 先週後半(10−12日)、今年の「瀬戸内海文化を考える会」の行事(文化フォーラムと万葉ツアー)が、長崎県対馬市と壱岐市で開催され出かけてきました。一昨年の淡路島、昨年の太宰府市に続いての参加です。帰って翌日は来月10日に控えた尺八演奏会のリハーサルがあり、記事を書くのが遅くなりましたが、以下写真とメモを残しておきます。
【1日目 文化フォーラム】
  対馬交流センターで開催された文化フォーラムでは、お二人の先生が講演されました。
 山田洋嗣先生(福岡大学教授)の演題は「対馬宗家文庫本『歌枕名寄』の不思議」。『歌枕名寄』は、『万葉集』以下の和歌に詠まれてきた地名のすべてを網羅して作られ、対馬宗家文庫本のそれは、奥書によれば室町時代末の永禄十二年(1569)に書写されたもので、対馬の地名が詠まれた歌には、対馬の地誌を実地に知っている江戸期とみられる人の書入れがあり興味深いお話でした。
 内田賢徳先生(京都大学名誉教授)の演題は「壱岐・対馬の万葉集歌」。『万葉集』巻十五の前半には遣新羅使人の歌145首が置かれ、壱岐で詠まれた歌9首(3688〜3696)、対馬で詠まれた歌21首(3697〜3717)があり、それらの歌について解説されました。この時の遣新羅使は天平八年(736)で、壱岐島で一行の一人雪連宅満(ゆきのむらじやかまろ)が悪病に罹って亡くなり、新羅では使いの旨を拒否されるという侮辱的な扱いを受け、帰国途中に大使阿倍朝臣継麻呂が対馬で亡くなり、副使の大伴宿祢三中は病気に感染して入京が遅れた(『続日本紀』)。
 翌日以降の万葉ツアーでは、壱岐で詠まれた雪連宅満の死を悼む挽歌の歌碑や宅萬の墓とされる場所を訪れ、対馬でも歌が詠まれたゆかりの地と歌碑を訪ねました。 
 内田先生の講演の様子
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【2日目 万葉ツアー 対馬】
 万関橋北詰の萬葉歌碑(対馬市美津島町久須保)
【歌】 潮干なば またも我来む いざ行かむ 沖つ潮さゐ 高く立ち来ぬ (巻十五・3710)
【口語訳】 潮が干たら またわたしは帰って来よう さあ出かけよう 沖の潮鳴りも 音高くなってきた
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 万関橋からの眺め(この橋は旧日本海軍が明治33年に掘削した人工の瀬戸に架かり対馬の上下島を結ぶ)
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 竹敷の宇敝可多山(うへかたやま)の歌碑(対馬市美津島町竹敷)
【歌】 竹敷の 宇敝可多山は 紅の 八入の色に なりにけるかも (巻十五・3703 少判官)
【口語訳】 竹敷の 宇敝可多山は 紅染めの 八(や)しおの濃さに 染まったなあ 
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 平舘英子先生(日本女子大学名誉教授)による解説の様子
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 竹敷の浦の万葉歌碑(対馬市美津島町 上見坂展望台)
【歌】 竹敷の 浦廻の黄葉 我行きて 帰り来るまで 散りこすなゆめ (巻十五・3702 大判官)
【口語訳】 竹敷の 湾内の紅葉よ わたしが新羅へ行って 帰って来るまで 散ってくれるな決して
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 竹敷の浦に停泊した時に詠まれた歌は18首あり、これら2首の前に次の副使の歌がある。
【歌】 竹敷の 黄葉を見れば 我妹子が 待たむと言ひし 時そ来にける (3701)
【口語訳】 竹敷の 紅葉を見ると いとしい妻が お待ちしていますと言った その時が来たのだなあ
 他にも秋の帰国が予定されていたことを示す、「秋さらば相見むものを」(3581)や「秋風の吹かむその月逢はむものゆゑ」(3586)ながあり、いまだ新羅に向けて渡海できないでいるうちにその時が来てしまったことを嘆いている。

 対馬グランドホテル玄関そばの万葉歌碑(対馬市美津島町鶏知甲)
【歌】 百船の 泊つる対馬の 浅茅山 しぐれの雨に もみたひにけり (巻十五・3697)
【口語訳】 多くの船が 泊る津の島ー対馬の 浅茅山は しぐれの雨で 紅葉してしまった
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 和多都美(わたづみ)神社(対馬市豊玉町仁位) 御祭神は彦火々出見尊と豊玉姫命
 珍しい三角形の鳥居と後方に社殿
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 海の中の鳥居
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 和多都美神社の奥にある磐座(いわくら)
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 万松院(対馬市厳原町)
対馬を統治した宗家の菩提寺で、寺号は19代義智(よしとし)の法号万松院に因る。
 墓所に至る石段(百雁木と呼ばれる)
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 中興の祖とも評される21代(三代藩主)義真(よしざね)と夫人の墓
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 壱岐に向かうフェリーから見た夕日
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【壱岐】
 2日目の夕食会場の様子
 懇親会の席では会の代表の坂本信幸先生が司会をされ、大村一郎氏(神奈川県立横浜第一中学校時代に犬養先生の授業を受けられた)や、星野和央氏(犬養先生の著書『万葉の旅』の編集担当者)などがそれぞれの思い出を話される中、私も坂本先生から指名され猪名川万葉植物園のPRをさせていただきました。参加者から見学希望の申し出もいただきました。
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【3日目 万葉ツアー 壱岐】
 壱岐島内を巡りました(萬葉公園の歌碑、雪連宅満の墓、河合曾良の墓、岳の辻展望台、折口信夫の歌碑)。
 萬葉公園の歌碑(壱岐市石田町本村触)
【歌】 石田野に 宿りする君 家人の いづらと我を 問はばいかに言はむ (巻十五・3689)
【口語訳】 石田野(いわたの)に 旅寝する君よ ご家族に どうしたのですかと 尋ねられたら何と言おうか
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 折口信夫(釈迢空)の歌碑(壱岐市郷ノ浦町 岳の辻展望台そば)
民間伝承採訪のため来島(大正10,13年)した折の作とされる。
【歌】 葛の花 踏みしだかれて 色あたらし この山道を 行きし人あり
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 壱岐から博多へ(ジェットフォイルで約一時間)
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一昨年(淡路島)と昨年(太宰府)での記事は次のURLに載せています。
http://blog.canpan.info/inagawamanyo/archive/918
http://blog.canpan.info/inagawamanyo/archive/1057

Posted by katakago at 10:40
コウヤボウキの花 [2016年11月09日(Wed)]
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 しばらく裏山に出かけなかったのですが、今朝、コウヤボウキの花が咲いているのを見つけました。万葉歌には、大伴家持の次の歌に”玉箒(たまばはき)”として詠まれています。
【歌】 初春の 初子の今日の 玉箒 手に取るからに 揺らく玉の緒 (S‐4493)
歌の解説は次のURLに載せています。
http://blog.canpan.info/inagawamanyo/archive/201

 畑ではまだ花を咲かせているキキョウも見られます。
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 カワラナデシコも咲いています。
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Posted by katakago at 10:24
奈良県立万葉文化館の特別展ー古代への憧憬 [2016年11月07日(Mon)]
 先日(11/4)、梅花万葉集友の会の講座が奈良県立万葉文化館であり、明日香村に出かけてきました。
 万葉文化館はちょうど開館15周年にあたり、記念の特別展が開催中でした(今月27日まで)。
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 特別展のテーマは「古代への憧憬ー近代に花開いた古典の美ー」で、柿本人麻呂像・山部赤人像や貧窮問答歌画賛幅など江戸時代に描かれたものをはじめ、明治から平成にかけて万葉をテーマに描かれた絵画が展示されており興味深く鑑賞しました。
 中山正實の「阿騎野の朝 画稿」(昭和15年)も展示されていました。これは現在宇陀市中央公民館にある壁画の画稿で、軽皇子が安騎野に宿られた時に柿本人麻呂が詠んだ「東の 野にかぎろひの 立つ見えて かへり見すれば 月傾きぬ」(@-48)の情景が主題となっています。   
 なお、中山正實の「阿騎野の朝」の関連記事は次のURLに載せています。
http://blog.canpan.info/inagawamanyo/archive/925
http://blog.canpan.info/inagawamanyo/archive/927 
 また、上村松篁の「額田女王挿絵原画」(昭和43〜44年)もあり、これは井上靖の歴史小説『額田女王』が「サンデー毎日」に連載された折に制作された124枚の挿絵原画の一部です。 

 午後の散策では、飛鳥寺に立ち寄り住職の話を聞きながら久しぶりに飛鳥大仏を拝観しました。
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Posted by katakago at 11:01
祝日の奈良で [2016年11月03日(Thu)]
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 文化の日の今日、正倉院展を見に奈良に出かけてきました。会期は短いのですが、関西に戻って来てからは毎年欠かさず見に来ています。10時半頃着いたのですが、祝日とあって案の定長い行列ができていました。今年は、聖武天皇の遺愛品で『国家珍宝帳』に記された漆胡瓶(しっこへい)や、聖武天皇の一周忌法会で飾られた大幡残欠(大型の染織幡)も出品され、楽器では管楽器の笙と竽(う)の両方が展示されていました。

 正倉院展を見終わってから、博物館近くの春日大社や東大寺でこの日に開催されていたイベントも見ることが出来ました。
 春日大社神苑 萬葉植物園の浮舞台では、「萬葉雅楽会」が行われていました。管絃の部では「平調音取(ひょうじょうねとり)」・「甘州(かんしゅう)」が演奏され、続いて舞楽の部では「振鉾(えんぶ)」・「賀殿(かてん)」などが奉納されました(写真は四人舞の賀殿)。
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 この日の午後は、平城京天平行列の「東大寺参詣」が行われ、聖武天皇や光明皇后・従者の貴族に扮した華やかな行列が東大寺大仏殿に参詣する様子を見ることが出来ました。
 中門前に到着した一行(中央右が聖武天皇、左が光明皇后役)
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 中門前で記念撮影
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 大仏様にお参り
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 お参りを終えて
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Posted by katakago at 21:04
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