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ともか
孫のピアノ発表会 (08/01) ともか
孫のピアノ発表会 (08/01) 悟史
アジサイ (06/16)
来年(平成29年)の万葉植物カレンダーが完成 [2016年10月30日(Sun)]
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 来年の万葉植物カレンダーが出来上がりました。企画・制作は岡本三千代さん(万葉うたがたり会主宰、犬養万葉記念館館長)で、写真は私が植物園で栽培管理し撮影したものを掲載しています。万葉歌に詠まれた植物を100種以上育てていますが、今回で7年目となり、冬の季節に詠まれた植物種は限られ(歌は複数あるものの)、一部は以前に取り上げた植物(写真は新たに撮影)も含まれています。

 問い合わせ・申し込みは、南都明日香ふれあいセンター 犬養万葉記念館へ
   TEL:0744-54-9300
   FAX:0744-54-4200
   mail:info@inukai.nara.jp
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Posted by katakago at 11:21
タマネギ苗の植え付け [2016年10月29日(Sat)]
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 先週準備しておいた畑の畝に、タマネギの苗を100本ほど植え付けました。左端は防虫ネットをかぶせてハクサイを栽培中です(昨年より植える時期が遅れてしまいました)。

 この時期畑では、フジバカマの花が盛りに咲いています。他には、キキョウとカワラナデシコも花を咲かせている株があります。
 夏に花を楽しませてくれた蓮池では葉が枯れてきました。
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 フジバカマは今しばらくは花を楽しめそうです。
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Posted by katakago at 15:19
地元の秋祭り [2016年10月24日(Mon)]
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 昨日(10/23)は、地元の秋祭りで太鼓が町内を巡行しました。太鼓が出るのはこれまで3年に一回(他地区の太鼓・だんじりと一緒に多太神社に宮入するのが通例)でしたが、お祭り実施の中核となる消防団員が頑張って自治会などの協力のもと今年から毎年出すことになりました(上は出発前の記念写真)。伝統行事が若い人達に引き継がれてゆくのを期待しています。ただし、担ぎ手となる参加者がもっと増えてほしいものです。
 担ぎ上げられた太鼓(スタート時点の様子)
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 地元の矢問八幡宮に参拝
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Posted by katakago at 07:36
白隠さんと出会う(東京世田谷の龍雲寺で) [2016年10月23日(Sun)]
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昨日(10/22)は、21日から東京世田谷の龍雲寺(臨済宗妙心寺派)で2日間限りで開催された企画展とトーク講座「白隠さんと出会う」の2日目に参加してきました。翌日は地元の秋祭りのため日帰りの旅行でしたが、充実した一日でした。
 今年は臨済宗を開いた臨済義玄禅師の1150年遠諱(おんき)、来年は臨済宗中興の祖とされる白隠禅師の250年遠諱にあたり、特別展「禅ー心をかたちに」が春には京博で開催され、東博では現在開催中で、これに合わせて龍雲寺所蔵の白隠の書画52点の展示と講演会が企画されました。
 私は、昨年自費出版した本『木田家のルーツを尋ねるー石碑の銘文に導かれてー』の調査執筆過程で、祖先の一人木田種重(鉄屋庄左衛門 寂堂萬翁元照居士)が白隠を信奉し、白隠の漢文語録『荊叢毒蘂』の刊行に際し資金援助したことを知り、以来白隠に関心を持つようになりました。白隠と種重との関係について教えていただいたのは芳澤勝弘先生(当時花園大学教授)で、今回のトーク講座の講師のお一人でした。

 なお自費出版本については次のURLに載せています。
http://blog.canpan.info/inagawamanyo/archive/1060 

 大澤山 龍雲寺の山門(世田谷区野沢)
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 本堂での講演 「白隠禅の声をきく」と題して講演される住職の細川晋輔師)
「衆生本来仏なり」で始まる「白隠禅師座禅和讃」について解説されました(自身のうちに宿る「幸せな心」に気付くための白隠からのメッセージ)。
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 「白隠禅の声をきく」と題して講演される芳澤勝弘先生
 白隠は禅の教えを説くために多くの墨蹟を残していますが、その画を通して何を訴えようとしているか素人にはなかなか分かり難い。この講演では、四つの画(雷神図、鳥刺し図、布袋お福を吹く図、布袋渡河図)を取り上げて解説されました。
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 布袋渡河図
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 龍雲寺所蔵の白隠書画(先代の住職細川景一師が収集された52点)はガラス越しではなくまじかに鑑賞できるように展示されており、有り難い事にはこの種の展覧会には珍しく写真撮影も自由でした(いくつか掲載させていただきます)。
 床の間に掛けられている様子
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 「達磨」
 画賛の「直指人心 見性成仏」は、「まっすぐに自分の心を見つめ、自身の心が仏心にほかならないことに気づきなさい」という達磨大師の教えを説いたもの  
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 「人丸」
 人丸は柿本人麻呂で、衣には文字絵で和歌(ほのぼのと あかしの浦の 朝霧に 嶋かくれゆく ふねをしぞ思ふ)がかかれている。左の画賛には、「焼亡は かきの本まで 来たれども あかしと云へは 爰(ここ)に火とまる」とある。
 歌聖とされた柿本人麻呂は平安時代末期には人丸影供(えいぐ)が行われていた(歌会に際し人麻呂像をかかげこれに香華供物を備える儀式)。また、「人丸=火止まる」から、人丸は俗信で火伏の神ともなった。
 芳澤先生は、『花園』(第66巻 9号)で、この画について解説されており、この火除けの賛はおまけで、大事なのは和歌だと次のように述べられています。「ほのぼのとしていて、見ることも聞くこともできない、それでいて、確かに在る”こころ”、本有の自性のありようを表したものが、人丸像です」と。
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Posted by katakago at 18:03
吊るし柿 [2016年10月21日(Fri)]
 西条柿で早速干し柿を作ってみることにしました。気温がまだ高いのでうまくいくか気がかりですが。

 ビニール紐の両側に剥いた柿をひとつづつ括りつけて準備  
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 沸騰させた湯に10秒ほどくぐらせる(カビが生えるのを抑える)。この作業が重要 
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 軒下に吊るしました。
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 畑では安納芋を収穫しました(一輪車にいっぱい)。
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Posted by katakago at 12:24
西条柿が色付く [2016年10月20日(Thu)]
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 今年は、苗木を植えて5年目の西条柿(渋柿)がたくさん実を生らせています。干し柿用にと植えているもので、近日中に吊るし柿にしてみようと思っています。熟し柿(3枚目の写真上段の左端)になったものは、渋みが抜けて甘くそのまま食べられます(果肉がゼリー状で濃厚な甘さ)。
 西条柿の拡大写真
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 この時期に収穫した他の柿との比較 
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 写真上段の左2つは西条(左端は熟し柿)、右は花御所(甘柿)、写真下段の左から順に禅寺丸(不完全甘柿)、次郎(甘柿)、太秋(甘柿)
 



Posted by katakago at 10:33
カラタチの実が生りました [2016年10月13日(Thu)]
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 カラタチは昨年から花を咲かせるようになりましたが、今年初めて実が生りました。万葉歌には次の歌一首のみ詠まれており、歌の解説と花の写真は以前の記事に載せています。
【歌】 からたちの 茨刈り除け 倉建てむ 屎遠くまれ 櫛造る刀自 (O‐3832 忌部首)
http://blog.canpan.info/inagawamanyo/archive/985

 この時期、畑ではフジバカマやキキョウの他、ヨメナの花が咲いています。
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 ヨメナは集中に二首あり(万葉歌では、うはぎ)、いずれも食用に関係して詠まれています(春の若芽が食用にされたようです)。
【歌】 妻もあらば 摘みて食げまし 沙弥の山 野の上のうはぎ 過ぎにけらずや (A‐221 柿本人麻呂)
【歌】 春日野に 煙立つ見ゆ 娘子らし 春野のうはぎ 摘みて煮らしも (I‐1879)
Posted by katakago at 19:43
萬葉学会公開講演会(10/8) [2016年10月09日(Sun)]
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 昨日(10/8)から奈良大学で第69回萬葉学会全国大会が開催されています。初日の公開講演会に出席しお二人の先生の講演を聴講しました。
 鉄野昌弘先生(東京大学大学院教授)は、結節点としての「亡妾悲傷歌」と題して話されました。大伴家持は天平十一年(739)、22歳で妾(おみなめ)を亡くし、その悲しみを歌った歌群が「亡妾悲傷歌」(B-462〜74)と言われています。これらの歌には、先行作品(大伴旅人の亡妻挽歌、山上憶良の日本挽歌、柿本人麻呂の泣血哀慟歌や大伴坂上郎女、余明軍、沙弥満誓の歌)に類似した表現があることより、先人に導かれながらの習作との評価がされがちだが、本格的に過去の和歌史に向き合ってこの歌群を制作し、その先へ進もうとする家持の意欲を見て取るべきとの見方を示されました。
 講演される鉄野昌弘先生
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 寺崎保広先生(奈良大学教授)は、「木簡と文書の世紀」と題して話されました。日本古代の木簡出土点数は30万点を超え、時代によって大きな偏りがある。1万点に満たない飛鳥時代から、藤原宮期には出土量が増え(3.8万点)、奈良時代には平城宮・京跡で激増(28万点)しており、長岡京では減少に転じ、平安京では極端に少なくなるとのことです。大宝元年(701)に大宝律令が制定され律令国家がスタートし、それを支えたのが官僚の作成した文書による支配(文書行政)で、これと連動して木簡使用も増加したと考えられています。その一例として紹介された「考選制度」に関して、長屋王家に仕える下級役人の勤務評定の実例など興味深い話がありました。

 
Posted by katakago at 13:03
オケラとヤブマメの花 [2016年10月07日(Fri)]
 オケラ(万葉歌では、うけら)とヤブマメ(同、延ほ豆)の花が咲いています。オケラは或る本の歌を含め集中4首詠まれており、いずれも巻十四の東歌に出てきます。ヤブマメはノイバラ(うまら)と共に、防人歌に詠まれています。

 オケラの花
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【歌】 恋しけば 袖も振らむを 武蔵野の うけらが花の 色に出なゆめ (M‐3376)
【口語訳】 恋しくなったら 袖ぐらい振りますのに 武蔵野の おけらの花のように 目立ったことをしないでくださいね
 歌の解説は次のURLに載せています。
http://blog.canpan.info/inagawamanyo/archive/182

 ヤブマメの花
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【歌】 道の辺の 茨の末に 延ほ豆の からまる君を はかれか行かむ ( S‐4352 丈部鳥)
【口語訳】 道ばたの 茨の先に 這いまつわる豆の蔓のように まつわりつくあなたと 別れて行くことか
 関連記事は次のURLに載せています。
http://blog.canpan.info/inagawamanyo/archive/29
http://blog.canpan.info/inagawamanyo/archive/180


Posted by katakago at 19:35
飛鳥を愛する会 秋季現地講座(淡路・讃岐・吉備の旅) [2016年10月06日(Thu)]
 10月2日から3日間、飛鳥を愛する会の現地講座に参加しました。今回は南海道の淡路国・讃岐国と、吉備南部の万葉故地と史跡を巡りました。
 以下主な見学の行程と、見学地の写真を簡単なメモとともに載せておきます。
【1日目】
 新大阪 → 大川公園・貴船神社遺跡(淡路市北淡町)→ 五斗長垣内(ごっさかいと)遺跡(国史跡、淡路市黒谷)→ 飼飯の海 万葉歌碑(南あわじ市松帆)→ 淡路国分寺塔跡(国史跡、南あわじ市八木国分)→ 淳仁天皇陵(南あわじ市賀集)→ 南あわじ市福良泊
【2日目】
 富田茶臼山古墳(国史跡、さぬき市大川町)→ 石清尾山(いわせおやま)古墳群(国史跡、高松市鶴市町ほか)→ 屋島城(やしまのき)跡(高松市屋島)→ 讃岐国分寺跡(国特別史跡、高松市国分寺町)→ 網の浦 万葉歌碑(香川県綾歌郡宇多津町)→ さみねの島 万葉歌碑・柿本人麻呂碑・ナカンダ浜遺跡(坂出市沙弥島)→ 岡山県玉野市渋川泊
【3日目】
 神島 万葉歌碑(笠岡市神島(こうのしま))→ 行路死人歌 万葉歌碑(日光寺、笠岡市神島外浦)→ 箭田大塚古墳(国史跡、倉敷市真備)→ 多麻の浦 万葉歌碑(瀬戸内市邑久町、道の駅「一本松展望園」)→ 新大阪

【1日目】 
 貴船神社遺跡(弥生時代末期から奈良時代の製塩遺跡)
万葉歌にも、「名寸隅の 舟瀬ゆ見ゆる 淡路島 松帆の浦に 朝なぎに 玉藻刈りつつ 夕なぎに 藻塩焼きつつ 海人娘子 ありとは聞けど ・・・・」(E‐935 笠金村)とある。公園内の野島海人像(写真右後方)の台座正面にこの歌が張り付けられている。
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 五斗長垣内(ごっさかいと)遺跡(弥生時代後期の国内最大級の鉄器製作遺跡)
写真中央の小屋は復元された鉄器工房(手前の田んぼには古代米が稔っていました) 
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 復元された建物内の様子(直径10.5m、柱の数は10本の大型建物)
工房跡の地面中央には、高熱で赤く変色している炉跡が発見されている。
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 飼飯(けひ)の海 万葉歌碑(南あわじ市松帆)
柿本朝臣人麻呂の羇旅の歌八首のうちの最後の歌 
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【歌】 飼飯の海の 庭良くあらし 刈り薦の 乱れて出づ見ゆ 海人の釣船 (B‐256 柿本人麻呂)
【口語訳】 飼飯の海は 良い漁場らしい (刈り薦の) 乱れて漕ぎ出すのが見える 海人の釣り船が

 1日目は、夕食後10時過ぎまで約2時間の講義がありました(この旅行は密度が濃い)。
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【2日目】
 富田茶臼山古墳
四国最大の前方後円墳(写真左が後円部、右が前方部で全長139m、築造は4世紀末と推定されている。
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 石清尾山(いわせおやま)古墳群(石清尾山の尾根上に築かれている、時期は4世紀中ごろから後半)
 石船積石塚(古墳の全長は約57mの前方後円墳)を見学。安山岩角礫を積み上げて築かれており積石塚と呼ぶ。後円部墳頂に刳り抜き式割竹形石棺(写真中央)があり、棺身には造り付けの枕がある。
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 後方部で岡崎先生の説明を聞く。
積石塚の築造年代は古墳時代で、香川のほか徳島・長崎・長野・山梨の一部地域に分布
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 屋島城(やしまのき)
『日本書紀』天智6年(667)11月条に、「倭国の安城(たかやすのき)・讃吉(さぬき)国の山田郡の屋嶋城・対馬国の金田城を築く」とある。白村江の敗戦後、中大兄皇子は唐・新羅軍の侵攻に備え、北部九州から瀬戸内海にかけて多くの山城を築いた。
復元整備された城門地区 
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 復元された城壁の前で木下先生の解説を聞く。
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 讃岐国分寺跡
講堂跡に建つ現本堂の手前には32個の金堂の礎石群が残る。
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 境内に残る塔礎石(中央が心礎)
心礎の中央には約40pの枘(ほぞ)穴が穿たれ、礎石の配置と心礎の大きさから、4間(約10m)四方の七重塔であったと推定されている。 
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 当時の伽藍配置は、中門・金堂・講堂が南北一直線に並び、中門と金堂を結ぶ回廊で囲まれた区画の東側に塔を置く「大官大寺式」(写真は高松市教育委員会設置の説明板より)。南海道諸国の国分寺では、春の講座で訪れた紀伊国分寺も同じ大官大寺式(塔は七重塔と推定されている)。
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 僧房跡(覆屋内で露出展示されている)
東西88m、南北16mで国分寺僧房としては最大級
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 網の浦 万葉歌碑(綾歌郡宇多津町、うだつ臨海公園内)
讃岐国安益郡(あやのこほり)に幸せる時に、軍王(いくさのおほきみ)、山を見て作る歌
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【長歌】 霞立つ 長き春日の 暮れにける わづきも知らず むら肝の 心を痛み ぬえこ鳥 うらなけ居れば 玉だすき かけの宜しく 遠つ神 我が大君の 行幸の 山越す風の ひとり居る 我が衣手に 朝夕に かへらひぬれば ますらをと 思へる我も 草枕 旅にしあれば 思ひ遣る たづきを知らに 網の浦の 海人娘子らが 焼く塩の 思ひそ燃ゆる 我が下心 (@‐5)
【反歌】 山越しの 風を時じみ 寝る夜落ちず 家なる妹を かけて偲ひつ (@‐6)
 この歌については、1日目の夜の講義で坂本先生から詳しい話がありました。特に、長歌の「かけの宜しく」の「カク」の解釈に関して解説されました。集中の「口にかける」用例(6首7例)と「心にかける」用例(22首24例)をあげられ、「カク」の表現として「口にかく」に比べ「心にかく」のほうが一般的な表現であることを指摘され、特に「玉だすき かけの宜しく」のように「玉だすき」という枕詞で導かれる「カク」の用例は、「心にかく」の例(上記24例の中の11例)にしか見られないことより、ここの解釈は通説の「口にするのが好ましい」ではなく、「心にかける」意と解すべきであるとされました。この個所、当日の理解不足を坂本先生が書かれた「軍王の山を見る歌」『セミナー万葉の歌人と作品 第一巻』を参考に補いました。

 さみねの島の万葉歌碑(坂出市沙弥島)
歌碑の前で坂本先生の解説を聞く 
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 歌碑の拡大
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題詞に、讃岐の狭岑の島にして、石(いは)の中の死人を見て、柿本朝臣人麻呂が作る歌一首 幷せて短歌 とある。
【歌】 玉藻よし 讃岐の国は 国からか 見れども飽かぬ 神からか ここだ貴き 天地 日月と共に 足り行かむ 神の御面と 継ぎ来る 中の湊ゆ 船浮けて 我が漕ぎ来れば 時つ風 雲居に吹くに 沖見れば とゐ波立ち 辺を見れば 白波騒く いさなとり 海を恐み 行く船の 梶引き折りて をちこちの 島は多けど 名ぐはし 狭岑の島の 荒磯面に 廬りて見れば 波の音 繁き浜辺を しきたへの 枕になして 荒床に ころ臥す君が 家知らば 行きても告げむ 妻知らば 来も問はましを 玉桙の 道だに知らず おほほしく 待ちか恋ふらむ 愛しき妻らは (A‐220)
反歌二首
【歌】 妻もあらば 摘みて食げまし 沙弥の山 野の上のうはぎ 過ぎにけらずや (A‐221)【歌】 沖つ波 来寄する荒磯を しきたへの 枕とまきて 寝せる君かも (A‐222) 

 柿本人麻呂碑(上記の歌を記念して建てられた)
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 沙弥ナカンダ浜遺跡
弥生時代後期から古墳時代後期にかけての製塩遺跡として知られる。岡崎先生から説明を聞くころには日没近くとなりました(17:24)。
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 瀬戸中央自動車道の与島(よしま)PA
きれいな夕焼けを見ることができました(17:54)。
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【3日目】
 神島の万葉歌碑(遣新羅使人歌、笠岡市神島)
 この歌碑は、先月参加した全国万葉フォーラム(鞆の浦)のショートクルーズでは船上から遠望しました。
 歌碑の前で坂本先生の解説を聞く
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 歌碑の拡大
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【歌】 月読の 光を清み 神島の 磯廻の浦ゆ 船出す我は (N‐3599)
【口語訳】 月の光が 清らかなので 神島の 磯辺の浦から 船出するよわれわれは

 日光寺の行路死人歌の歌碑(歌の解説を坂本先生が書かれている)の前で
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 箭田大塚古墳(倉敷市真備町)の横穴式石室内を見学
 両袖式横穴式石室で、石室の全長は19.1m、玄室は長さ8.4m、幅3m、高さ3.5〜3.9m(石舞台古墳の巨大石室と遜色のない規模)。奥壁(写真中央奥)は1枚の巨石(鏡石と呼ばれる)で構築されている。
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 多麻の浦の万葉歌碑(遣新羅使人歌、瀬戸内市邑久町)
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【歌】 ぬばたまの 夜は明けぬらし 玉の浦に あさりする鶴 鳴き渡るなり (N‐3598)
【口語訳】 (ぬばたまの) 夜が明けたらしい 玉の浦で 餌を求めて鶴が 鳴いて飛んでいる

Posted by katakago at 11:46
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