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ヒオウギの種 [2016年09月30日(Fri)]
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 7月に花を咲かせたヒオウギは、花後に形成された刮ハがはじけ、黒い球形の種子が見えています。万葉歌に詠まれている、ぬばたま(原文は、烏玉・夜干玉・野干玉などと表記)はこのヒオウギの種とする説があります。集中80首詠まれており、植物としてのヒオウギやその種子を詠んだ例はなく、すべて枕詞(黒・夜・暗・夢などにかかる)として用いられています。
 ヒオウギの種にアキアカネがとまっていました。
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 オミナエシの株元で雌雄のツマグロヒョウモンを見かけました(左がメス、右がオス)
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 6月に咲いたベニバナのこぼれ種が発芽して育った株が、この時期には珍しく花を咲かせていました。10年以上毎年栽培していますが、秋の開花は初めてです。
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Posted by katakago at 15:52
井手至先生の最終講座 [2016年09月29日(Thu)]
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 一昨日(9/27)は、NHKカルチャーセンターでの井手至先生の最後の講座(「萬葉集歌鑑賞」)となりました。ご高齢で(来年は米寿を迎えられる)、ご自宅から梅田の教室まで通ってこられるのがご無理な状況となり、この9月いっぱいでやめられることになりました。先生の講座では『萬葉集』巻一から一首ずつ順に解説されており、私は途中の巻四から受講してきました。2005/4/12にこの講座に参加して以来11年半になりますが、巻十一の寄物陳思の途中で終わることになりました。先生も不本意であられたと思いますが、毎月2回顔を合わせてきた来た我々受講生も大変残念で寂しくなります。これからもお元気で過ごされることを願っています。

 この日は、京都大学の学生時代に澤瀉久孝先生から万葉集を学ばれたことや、萬葉学会の草創期のお話を聞かせていただきました。

 最後の講座の様子
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 教室でのお話しを早めに切り上げてもらって、場所を喫茶店に移してお茶とケーキを頂きながら先生のお話の続きを聞きました。
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Posted by katakago at 15:24
果樹園の草刈り [2016年09月25日(Sun)]
 果樹園の草刈りは入院前(7月中旬)に行って以来そのまま放置してあったので、腰の高さ位に雑草が繁茂していました。手術後2ヶ月は経過したので、エンジン式刈り払い機で果樹園の一部の除草作業を行いました。

 作業前の様子
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 草刈り後の状況
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 草刈り作業の後、5月に植えたサツマイモ(安納芋)の試し掘りをしてみました。大きな芋が育っていました。
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Posted by katakago at 19:39
尺八演奏会(12/10)のお知らせ [2016年09月24日(Sat)]
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 朝日カルチャーセンター尺八講座講師の星田一山先生が主宰される「都之雨社(としゅうしゃ)」の定期尺八演奏会が12月10日(土)に開催されます。今年は「都之雨社」創立95周年記念の演奏会で、会場は兵庫県立芸術文化センターKOBELCO大ホールです。
 わたしたちカルチャーセンター(中之島・芦屋教室)の受講生も参加します。2曲演奏することになっており、全員で演奏する「本曲 八千代」とカルチャーセンター受講生で演奏する「千鳥の曲」です。いずれも暗譜で演奏することになっており、練習に励んでいます。
 



Posted by katakago at 12:10
梨と棗 [2016年09月22日(Thu)]
ヤマナシの実(直径は4p前後)
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ナツメの実
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 梨と棗が詠まれた万葉歌があります。
【歌】 梨棗 黍に粟次ぎ 延ふ葛の 後も逢はむと 葵花咲く (O‐3834)
【口語訳】 梨(離)棗(早) 黍(君)に粟(逢)と続いて (延ふ葛の) いずれは逢おうと 葵(逢う日)の花が咲く (『新編日本古典文学全集 萬葉集』より)
この歌の解説は以前の記事に載せています。
https://blog.canpan.info/inagawamanyo/archive/131

 なお、梨については、「妻無し」の意に描けて「妻梨の木」が詠まれています(下記の2首)。
【歌】 もみち葉の にほひは繁し 然れども 妻梨の木を 手折りかざさむ (I‐2188)
【口語訳】 もみじ葉の 彩はとりどりだ でもやはり妻なしの木を 折って髪に挿そう
【歌】 露霜の 寒き夕の 秋風に もみちにけりも 妻梨の木は (I‐2189)
【口語訳】 露の 冷たい夕べの 秋風で 紅葉したのだな 妻梨の木は

 類例として、「君待つ」の意に描けて「君松の木」が詠まれた次の歌を載せておきます。
【歌】 我がやどの 君松の木に 降る雪の 行きには行かじ 待ちにし待たむ (E‐1041)
【口語訳】 私の家の あなたを待つという、その松の木に 降る雪のように お迎えに行きはいたしません ひたすら待ちましょう
 上三句は「雪」から同音の「行き」を導く序詞。



Posted by katakago at 12:13
ヒガンバナが咲き始めました [2016年09月15日(Thu)]
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 水田のそばの畦道でヒガンバナが咲き始めました。
 こちらは草むらの中で花茎が伸びてきました。
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 万葉歌で、いちしのはな(原文は壱師花と表記)をヒガンバナに充てる説があります(牧野富太郎)。
【歌】 道の辺の いちしの花の いちしろく 人皆知りぬ 我が恋妻は (J‐2480)
【口語訳】 道端の いちしの花の いちしろくーはっきりと みんなに知られてしまった わたしの恋妻をば
なお、牧野富太郎博士の説については以前の記事に紹介しています。
https://blog.canpan.info/inagawamanyo/archive/172

 ハギの花は白花も今は真っ盛りです。
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Posted by katakago at 11:16
全国万葉フォーラム in 鞆の浦に参加 [2016年09月14日(Wed)]
 先週末から3日間、福山市鞆の浦で「全国万葉フォーラム」があり参加しました。地元の「鞆の浦万葉の会」(代表戸田和吉さん)主催(全国万葉協会ほか後援)で開催されました。
 初日(9/10)は、午前中に万葉歌碑の除幕式(沼名前(ぬなくま)神社境内)があり、午後から鞆公民館で講演会とシンポジウムが行われました。夕方からの全国万葉交流会(鞆町「鷗風亭」)では、沖縄から北海道まで多くの万葉ファンが参加して楽しいひと時を過ごしました。
 2日目(9/11)はショートクルーズ(笠岡神島・大飛島・阿伏兎観音)と鞆の街歩き(万葉歌碑と史跡めぐり)、3日目(9/12)はオプショナルクルーズ(鞆港→長井の浦遠望→御手洗→倉橋島→竹原港、バスで東広島市安芸津町の風早万葉歌碑)が行われこれらにも参加しました。
 講演会・シンポジウムや、交流会・クルーズでは大変充実した時間を過ごせました。実施に当たられた戸田代表はじめ「鞆の浦万葉の会」の皆さんのきめ細かな対応に感謝いたします。お世話になりました。
 以下、写真とともに記録を残しておきます。

【万葉フォーラム(9/10)】 
 講演会の様子 演者は下田 忠先生(元福山女子短期大学教授)
「瀬戸内の万葉」と題して講演されました。遣唐使や遣新羅使をはじめ、筑紫・内海に派遣される官人や防人もこの海上を旅した(万葉びとの重要な交通路であった)。講演では鞆の浦で詠まれた歌(大伴旅人や遣新羅使人の歌)とともに、瀬戸内海の船旅(敏馬→明石大門→印南の海→名寸隅→辛荷の島→牛窓→児島→玉の浦→神島→長井の浦→風早→長門の島→麻里布の浦→大島の鳴門→祝島→佐波の海)で詠まれた歌を解説されました。
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 シンポジウムの様子
 万葉歌に詠まれた「鞆の浦のむろの木」の”むろの木”はについては、現在のどの植物に当たるかについては、これまでネズやイブキ(いずれヒノキ科)説があります。服部保先生が植物生態学の立場から見解を述べられ(当時照葉樹林であったか里山であったかによって樹種が変わる)、坂本先生からは、旅人の歌の原文のむろの木は「天木香樹」と表記されており、この天木香樹は「涅槃経」には香木とあることが紹介されました。
 なお、鞆の浦の関連万葉歌碑のそばにはいずれもネズが植えられていました。
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 全国万葉交流会で同席の方と記念写真
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 交流会での箏曲演奏(ヴァイオリンとの合奏で「春の海」)
宮城道雄の「春の海」は1930年の歌会始の勅題「海辺の巌」にちなみ、1929年末に作曲されたものです。8歳で失明する前に祖父母に育てられて住んでいた鞆の浦の風景をイメージして作られたそうです。フランスのヴァイオリニスト(ルネ・シュメー)との合奏で世界的に有名になったそうです。
 ちなみに福山市は琴の生産の7割を占めているとのこと。
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【福山市の万葉歌碑】 
万葉歌碑の除幕式(9/10 沼名前(ぬなくま)神社で)
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【歌】 ま幸くて またかへり見む ますらをの 手に巻き持てる 鞆の浦廻を (F‐1183)
【口語訳】 無事でいて また来て見よう ますらおが 手に巻いて持つという名の 鞆の浦辺を

 大伴旅人の歌碑(福禅寺 対潮楼石垣下)
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【原文】 吾妹子之 見師鞆浦之 天木香樹者 常世有跡 見之人曾奈吉 (B‐446 大伴旅人)
【読み下し文】 我妹子が 見し鞆の浦の むろの木は 常世にあれど 見し人そなき
【口語訳】 我妻が 見た鞆の浦の むろの木は 今も変わらずにあるが これを見た人はいない

 大伴旅人の歌碑(鞆の浦歴史民俗資料館の庭)
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【歌】 鞆の浦の 磯のむろの木 見むごとに 相見し妹は 忘らえめやも (B‐447 大伴旅人)
【口語訳】 鞆の浦の 磯のむろの木を 見るたびに 共に見た妻のことが 忘れられようか
以上二つは、天平二年(730)十二月に、大宰帥大伴旅人卿が帰郷の途についた時に作った五首のうちの二首。

【ショートクルーズと鞆の街歩き(9/11)】
 岡山県笠岡市神島(こうのしま)日光寺の万葉歌碑 
備後国の神島の浜にして、調使首(つきのおみのおびと)、屍を見て作る歌。長歌(L‐3339)、反歌(L‐3343)
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 歌碑の裏面には坂本信幸先生の解説文がある。
旅の途上、飢えや病などにより死んだ人の屍を見て詠んだ歌を、行路死人歌と呼ぶ。歌に詠むことにより異郷に果てた人の魂を鎮めることは、自己の旅の安全を祈ることであった(解説文より)。

天気に恵まれ船上デッキに出て瀬戸内の風景を楽しみました。 
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 海上から眺めた阿伏兎観音(磐台寺観音堂 国重要文化財)
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 大飛島(おおびしま)の祭祀遺跡
奈良時代から平安時代にかけて海神に宝物を捧げる祭祀が行われていた(笠岡市教育委員会)。
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 鞆の港の常夜燈(安政六年(1859)に建てられた)と船着き場の階段状の雁木
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 福禅寺の対潮楼(朝鮮通信使の迎賓館)から眺めた仙酔島
1711年朝鮮通信使の李邦彦が「日東第一形勝」と称賛した。
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 宮城道雄の銅像(鞆の浦歴史民俗資料館の庭)
 鞆町出身の菅国治郎の長男として神戸に生まれた(この像は宮城道雄の偉徳と功績を讃え1990年に建てられた)。生誕祭には、この街歩きを案内してくれた鞆小学校の児童(琴クラブ部員)もこの場所で演奏するとのことです。
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【オプショナルクルーズ「島めぐり」(9/12)】
GPSのモニター(倉橋島に向かう船中で)
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 呉市倉橋島(かつては長門の浦と呼ばれていた)にある万葉歌碑を見学
桂浜の巨大な万葉歌碑
遣新羅使人歌8首(N-3617〜24)が刻まれている
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倉橋島の万葉植物公園内の万葉歌碑(揮毫は犬養先生)
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【原文】 和我伊能知乎 奈我刀能之麻能 小松原 伊久与乎倍弖加 可武佐備和多流 (N-3621)
【読み下し文】 我が命を 長門の島の 小松原 幾代を経てか 神さび渡る
【口語訳】 (我が命を) 長門の島の 小松原は 幾年を経て こうも神々しいのだろうか 

 風早の浦の万葉歌碑と陶板画(東広島市安芸津町風早、祝詞山八幡神社境内)
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【歌】 我が故に 妹嘆くらし 風速の 浦の沖辺に 霧たなびけり (N-3615)
【口語訳】 わたしのことで 妻は嘆いているらしい 風速の 浦の沖辺に 霧がかかっている
【歌】 沖つ風 いたく吹きせば 我妹子が 嘆きの霧に 飽かましものを (N-3616)
【口語訳】 沖からの風が ひどく吹いて来でもしたら いとしい妻の 嘆きの息の霧を 存分に吸い込めるだろうに
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Posted by katakago at 17:11
セミナー終わる(9/7) [2016年09月09日(Fri)]
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 一昨日、春に依頼のあったセミナー(のせでん悠遊セミナー)をようやく無事終えることができホッとしています。この日に向けて体調管理には留意してきましたが、途中7月の入院・手術などもあり一時は気をもみました。
 今回は第39回のセミナーで、「植物を通して万葉集に親しむー万葉人と植物のかかわりー」と題して話させていただきました。万葉歌のほぼ三分の一に植物が詠まれており、その種類は160種ほどとされており、私たちはその多くを日常目にしています。およそ1300年前の”万葉びと”はどのような歌に詠んでいるのか、恋の歌を取り上げて紹介しました。
 担当者によると定員(120名)いっぱいの申し込みがあったそうで、このような機会を頂けて大変うれしく思っています。
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 今年の大きな行事の一つが終わり、次は12月の定期尺八演奏会(12/10)です。入院・手術で練習を一月ほど控えていましたが、2曲を暗譜で演奏することになっており、今後はその練習に第一優先で取り組まねばと思っています。

Posted by katakago at 19:50
万葉講座(古代の猪名・万葉の猪名) [2016年09月04日(Sun)]
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 今日の午後、隣町の川辺郡猪名川町で活動されている「猪名川万葉の会」主催の万葉講座があり出かけてきました。講師は大阪府立大学の村田右富実先生で、「古代の猪名・万葉の猪名ー山・川・野・みなと―」と題して話されました。
 最初に『住吉大社神代記』(平安時代初期の成立とみられる住吉大社の縁起)に記された河辺郡(かはへのこほり)の為奈山(ゐなやま)と為奈河(ゐながは)について解説され、そのなかで為奈河と武庫川の女(めがみ)が住吉の大神を巡って争った話が出てきました。万葉では一人の女性を巡って複数の男が争うのが通例ですが、この『住吉大社神代記』に出てくる話は古代では稀な例のようです。
 万葉関連では、猪名山、猪名川、猪名野、猪名のみなとが詠まれた歌を解説していただきました。それらの歌を載せておきます。
【歌】 しなが鳥 猪名山とよに 行く水の 名のみ寄そりし 隠り妻はも (J-2708)
【歌】 かくのみに ありけるものを 猪名川の 奥を深めて 我が思へりける (O-3804)
【歌】 我妹子に 猪名野は見せつ 名次山 角の松原 いつか示さむ (B-279 高市連黒人)
【歌】 しなが鳥 猪名野を来れば 有間山 夕霧立ちぬ やどりはなくて (F-1140)
【歌】 大き海に あらしな吹きそ しなが鳥 猪名のみなとに 舟泊つるまで (F-1189)



Posted by katakago at 18:30
ハギとススキ [2016年09月01日(Thu)]
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 ハギの花が咲き始め、ススキの穂も見られるようになりました。これで、秋の七種(ななくさ)のうち、クズとフジバカマ以外の花が咲いています(クズは管理上やっかいで今は植えていません。フジバカマの花はこれからです)。
 ハギとクズが詠まれた歌を次に載せておきます(今年の万葉カレンダーにも掲載)。
【歌】 人皆は 萩を秋と言ふ よし我は 尾花が末を 秋と言はむ (I-2110)
【口語訳】 人は皆 萩こそ秋と言う よろしいそれならわたしは 尾花の穂先を 秋だと言おう
  
 ススキの穂(初尾花)
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【歌】 さ雄鹿の 入野のすすき 初尾花 いつしか妹が 手を枕かむ (I-2277)
【口語訳】 (さ雄鹿の) 入野のすすきの 初尾花のように初々しい娘(こ) いつになったらあの娘(こ)の 手を枕にすることだろう
 「さ雄鹿の」は、鹿が野を分け入る、の意でかけた「入野」の枕詞。初尾花は、穂が出たばかりの尾花で、初々しい女性の姿の譬(『新編日本古典文学全集 萬葉集』の頭注より)。
Posted by katakago at 10:12
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