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飛鳥を愛する会現地講座(4/26)−近江の史跡と万葉を巡る [2015年04月30日(Thu)]
 飛鳥を愛する会の二日目は「近江の史跡と万葉を巡る」現地講座に参加しました。JR大津駅からの参加で、コースは、
(国史跡)茶臼山古墳 → 瀬田唐橋 → (国史跡)近江国庁跡 → 柳ケ崎(万葉歌碑) → 近江神宮・大津京錦織遺跡(万葉歌碑) → (国史跡)百穴古墳 → 唐崎 → JR大津駅(昼食も移動中の車中でとると言う濃密な行程でした)。

 このコースのうち、万葉関連は以前にも訪れたことがありますがこの季節は初めてであり、また考古学関連の史跡にも興味がありました。以下、当日の資料と現地説明よりメモを残しておきます。
【膳所茶臼山古墳】
4世紀末頃の造営で、近江第2位、湖南地方最大の前方後円墳(全長122m)。

【瀬田唐橋】
古代の勢多橋は東山道に架けられた橋で、壬申の乱では近江朝廷側と大海人軍側が最後の決戦を行った場所。近年その当時の勢多橋跡が発見された(高度なラーメン構造の橋脚)。

【近江国庁跡】
律令制下の近江の国は東山道に属する大国(租税徴収の基準となる本田数では第4位、鉄鉱石を産出)で、畿内中枢部と東山道、東海道、北陸道諸国を結ぶ交通・軍事の要衝。
近江国庁の特徴は、
・三つの郭(中央の政庁郭と東西の郭)を配置(宮城中枢部のミニチュア版、他に例がない)
・国庁や国府関連施設に瓦葺礎石建物を採用
・全国的に見て傑出した規模と内容(歴代の国司に藤原氏の一族が)
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 木下先生の説明の様子
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【柳ケ崎】 
犬養先生揮毫の万葉歌碑(琵琶湖湖畔)
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【歌】 淡海乃海 夕浪千鳥 汝鳴者 情毛思努尓 古所念 (柿本朝臣人麻呂 3−266)
【読み下し文】 近江の海 夕波千鳥 汝が鳴けば 心もしのに 古思ほゆ
影山先生の資料にも転載されていた犬養孝著『万葉の旅 中』から、一部を載せておきます。
「また心ある人にとって、湖畔大津の宮の興亡の悲史も忘れ去ることができない。この歌も近江の湖畔で懐古の感懐をうったえたものである。目の前には広大茫漠とした淡海の海がある。近景には夕方のさざ波に群れとぶ千鳥がある。もうそれだけでもたえきれない作者の懐古の慕情は、千鳥に呼びかけて、”千鳥よ。おまえがそんなに鳴くと心もしおれるほどに昔のことが思われてくるよ”とうたっている。」
 影山先生からは、「いにしへ思ふ」の集中用例について、この歌の他8例いずれも旅先で詠まれているとの解説がありました。
 この歌碑の前で坂本先生と犬養節で朗唱
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【大津京錦織(にしこうり)遺跡】
大津宮は天智6年(667)造営、壬申の乱(672)後廃都となる。中枢部の復元図(北側に内裏、その南に朝堂院を配置。内裏正殿とその南門、内裏の一郭を取り囲む回廊や塀など)によれば孝徳天皇の前期難波宮と類似の配置が見られる(木下先生)。
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人麻呂の近江荒都歌の万葉歌碑(坂本先生揮毫)
題詞に「近江の荒れたる都に過(よき)る時に、柿本朝臣人麻呂が造る歌」とある。
歌の配列の様相から、持統朝初期の詠とみられている(壬申の乱から十数年後)。 
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【歌】 玉だすき 畝傍の山の 橿原の 聖の御代ゆ 生れましし 神のことごと つがの木の いや継ぎ継ぎに 天の下 知らしめししを 天にみつ 大和を置きて あをによし 奈良山を越え いかさまに 思ほしめせか 天離る 鄙にはあれど 石走る 近江の国の 楽浪の 大津の宮に 天の下 知らしめしけむ 天皇の 神の尊の 大宮は ここと聞けども 大殿は ここと言へども 春草の 繁く生ひたる 霞立ち 春日の霧れる ももしきの 大宮所 見れば悲しも (@−29)
 なお、この歌の解説は、歌碑の揮毫者でもある坂本先生が行われる予定でしたが、先生の御都合で柳ケ崎までの参加となり残念でした。
 新潮日本古典集成『萬葉集』頭注には、「都の荒廃を嘆くことで、地霊を慰めようとする、鎮魂の心を込めた歌。荒都を歌った作品として最も古い。なお、この歌では天皇が神と呼ばれているが、これは、壬申の乱後のこの時期における、宮廷人の熱烈な天皇讃美の感情が生んだ特殊な呼称である」とあります。
 
【百穴古墳群】
 天井が高くドーム状になる特徴的な構造をもつ横穴式石室(1400年ほど前の古墳時代後期)で、中国・朝鮮半島からの渡来系(志賀漢人)の古墳とみられている(145基程の円墳が群集)。
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 岡崎先生による説明の様子
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Posted by katakago at 15:24
飛鳥を愛する会ー講演会と現地見学(4/25) [2015年04月30日(Thu)]
 先日(4/25)、飛鳥を愛する会の27年度総会と記念講演・現地見学会があり参加しました(於 明日香村中央公民館)。

 記念講演では、西光慎治氏(明日香村教育委員会)が、「都塚古墳の発掘調査」と題して話されました。
 都塚古墳は、昭和42年(1967)の発掘調査で、埋葬施設は両袖式の横穴式石室(石舞台古墳などと同じ形式)で、玄室中央にくりぬき式の家形石棺(二上山の凝灰岩を使用)が安置されていたことが分かっていますが、平成25年度からの墳丘部分の調査(明日香村と関西大学)で、新たな発見がありました(昨年夏に現地説明会)。
 演者の西光氏はこの発掘調査の担当者であり、調査時の写真を交えながら発掘成果について話されました(講演後の現地見学でも説明された)。
・墳丘の規模が一辺40mを越える大型方墳
・墳丘部分は5段以上の階段状に石を積み上げた構造(国内では他にあまり例がない)
・築造時期は6世紀後半頃(前方後円墳から定型化した大型方墳出現までの過渡期に現れたとみられている)
 多段築の積石塚は、高句麗の将軍塚(中国吉林省)や百済の石村洞(ソクチョンドン)古墳群(韓国ソウル)が知られており、その影響を受けている可能性にも触れられました。
 なお、百済漢城時代の石村洞古墳群(上限は4世紀初頭)の積石塚は、木下先生講師の「韓国歴史の旅」(2011年秋)で訪れています。その時の写真は次の記事に載せています。
http://blog.canpan.info/inagawamanyo/archive/220

 都塚古墳は、石舞台古墳(7世紀前半、蘇我馬子の墓とする説あり)を望む場所にあり、蘇我稲目の墓とする説もあるようです。

 西光慎治氏(明日香村教育委員会)の講演の様子
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 都塚古墳の現地説明(講師は西光氏)
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 玄室内で家形石棺を見学
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Posted by katakago at 10:17
カラタチの花 [2015年04月28日(Tue)]
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 万葉歌に詠まれている植物としてカラタチの苗木も植えていましたが、今年初めて数輪の花を咲かせました。
 カラタチの花は、日本の唱歌「からたちの花」(北原白秋作詩、山田耕筰作曲、発表は1925年)で、「からたちの花が咲いたよ 白い白い花が咲いたよ」と歌われています。

 万葉歌では、巻十六に、題詞に「忌部首、数種(くさぐさ)の物を詠む歌一首」とある次の歌があります。
【歌】 からたちの 茨刈り除け 倉建てむ 屎遠くまれ 櫛造る刀自 (O−3832)
【口語訳】 からたちの いばらを刈り除いて 倉を建てるのだ 屎は遠くに行ってせい 櫛造りのおばちゃんよ
 『萬葉集釈注』の解説には、宴などきわめてくだけた集団の場における即興とみられ、題詞にある数種のものは、からたち・茨・倉・屎・櫛で、その選択は詠み手自身に任されて詠んだのがこの物名歌とあります。

Posted by katakago at 09:44
花後のオキナグサ [2015年04月27日(Mon)]
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 オキナグサ(翁草)は花が咲き終わると、その名の由来のように長花柱が集まっている状態が老人の白髪のようになります(上の写真は4/21に撮影)。
 なお、今年の花の時期(3/20)の写真は次のURLに載せています。
http://blog.canpan.info/inagawamanyo/archive/964

 今日の午後、そのオキナグサの様子を是非見たいとわざわざ関東(川崎と横浜)から植物園に来られました。一年前から希望をお聞きしていましたが、ちょうど良い時期に来ていただけて良かったです。
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Posted by katakago at 20:18
ビオトープ池ではカキツバタが開花 [2015年04月23日(Thu)]
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 ビオトープ池では今朝カキツバタが開花しました。
【歌】 かきつはた 衣に摺り付け ますらをの 着襲ひ狩する 月は来にけり (大伴家持 P−3921)
http://blog.canpan.info/inagawamanyo/archive/8

 ギンヤンマ(昨日フトイの茎で羽化していました)
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 この池にはアオサギ以外にカモ(カルガモか)もやって来ます
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Posted by katakago at 09:20
新緑に萌える植物園で [2015年04月22日(Wed)]
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【歌】 子持山 若かへるての もみつまで 寝もと我は思ふ 汝はあどか思ふ (M−3494)
http://blog.canpan.info/inagawamanyo/archive/18

 ヤマツツジ
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【歌】 水伝ふ 礒の浦廻の 石つつじ 茂く咲く道を またも見むかも (A−185)
http://blog.canpan.info/inagawamanyo/archive/322

 フジ
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【歌】 恋しけば 形見にせむと 我がやどに 植ゑし藤波 今咲きにけり (山部赤人 G−1471) 
http://blog.canpan.info/inagawamanyo/archive/7
Posted by katakago at 20:54
アケビの花 [2015年04月21日(Tue)]
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 裏山の植物園の垣根に絡まって、アケビの花が咲いています。万葉歌で、さのかた(原文は狭野方と表記)と詠まれている植物を蔓性植物のアケビにあてる説があります(『萬葉集私注』ほか。植物説以外には地名説も)。巻十春の相聞の問答11首の中に次の歌があります。
【歌】 狭野方は、実にならずとも 花のみに 咲きて見えこそ 恋のなぐさに (I‐1928)
【口語訳】 さのかたは 実を結ばなくても 花だけでも咲いて見せてください 恋の慰めに
【歌】 狭野方は 実になりにしを 今更に 春雨降りて 花咲かめやも (I‐1929)
【口語訳】 さのかたは もう実になりましたのに いまさら 春雨に誘われて 花を咲かせなどしましょうか
 「実になる」は結婚することの比喩で、『萬葉集全歌講義』の解説では、前歌は結婚しなくてもよいから交際してほしい(花に咲いてほしい)との男の歌で、次の歌は別の男とすでに結婚している(もう花も咲き実も結んだ)と言って拒否している、とあります。



Posted by katakago at 09:35
ムギの穂 [2015年04月18日(Sat)]
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 この3日間(木・金・土)は天候に恵まれ、日中は滞っていた農作業に大忙しでした(果樹園の下草刈りと畦の草刈りの一部を終えほっと一息です)。
 畑の一角では、昨年秋に蒔いたムギの穂が出ていました。万葉歌には、ムギは2首詠まれています。
【歌】 馬柵越しに 麦食む駒の 罵らゆれど なほし恋しく 思ひかねつも (K−3096)
【口語訳】 柵越しに 麦を食む駒のように 叱られても やはり恋しく どうしても辛抱できない
 上二句は、馬が麦畑を荒らして叱られる意で、「罵らゆ」を起こす序詞で、岩波文庫『万葉集』には、「母親に叱られても人を思い続ける娘の歌か」とあります。

【歌】 くへ越しに 麦食む小馬の はつはつに 相見し児らし あやにかなしも (M−3537)
【口語訳】 柵越しに 麦を食う小馬のように ちょっとだけ 逢ったあの娘が 無性にいとしい
 上二句は、小馬が柵越しに麦をほんの少ししか食べられないので、「はつはつ」を起こす序詞。

Posted by katakago at 19:53
果樹園で咲く花ーポポー・カリン・ヒメリンゴ [2015年04月14日(Tue)]
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 ポポーは品種の異なる6株を植えています。今年はそのどれもが多くの花をつけています。昨年の果実の収穫は一個だけでしたが、今年はどれだけ実が生るか楽しみです。
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 カリンの花
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 ヒメリンゴ(苗木を植えて今年初めて花をつけました。実が生るか?)
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Posted by katakago at 09:54
全国万葉協会のお花見(大宇陀の又兵衛桜) [2015年04月13日(Mon)]
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 全国万葉協会の定例行事で、総会は毎年5月下旬に開催されるため、地元生産組合の共同作業(溜池堰堤の草刈り)と重なってしまい、今年もまた出席できません。
 ただ昨日(4/12)のお花見の行事には都合をつけて参加できました。この日は天候にも恵まれ万葉故地での花見を愉しむことが出来ました。
 今回は大宇陀を訪れ、阿紀神社(万葉歌碑)−又兵衛桜(食事会)−かぎろひの丘(万葉歌碑)−中央公民館(壁画見学、万葉歌碑)−宇陀の街並み散策−神楽岡神社(万葉歌碑)−森野旧薬園(カタクリほか薬草)を巡りました。協会事務局長で地元大宇陀在住の裏 宗久さんに、宇陀の街並みを詳しい解説付きで案内していただきました。
 なお、万葉歌碑は昨年秋にも訪れています。その時の記事は、
http://blog.canpan.info/inagawamanyo/archive/925  

 又兵衛桜(写真一枚目)は樹齢300年ともいわれ(樹高13m、幹周り3mを越える巨木)、品種はエドヒガンだそうです。満開の時期を少し過ぎていたので近くでよりも遠望する方がきれいに見えました。今日はまた朝から雨が降っており散ってしまいそうです。万葉歌にも次のような歌があります。
 あしひきの 山の間照らす 桜花 この春雨に 散り行かむかも (I‐1864) 

 又兵衛桜を眺めながらの食事会(花見酒も用意されていました)
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 かぎろひの丘(佐佐木信綱揮毫の歌碑を囲んで)
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 東の 野にかぎろひの 立つ見えて かへり見すれば 月傾きぬ (柿本人麻呂 @-48)

 中央公民館では、柿本人麻呂の阿騎野の万葉歌を題材にした中山正實画伯の壁画「阿騎野の朝」(横幅約4.5m、高さ約2.3m)を見学することが出来ました(残念ながら撮影は遠慮するようにとのことでした)。
関連記事は、
http://blog.canpan.info/inagawamanyo/archive/927



Posted by katakago at 13:51
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