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ともか
孫のピアノ発表会 (08/01) ともか
孫のピアノ発表会 (08/01) 悟史
アジサイ (06/16)
今朝の空(朝焼け) [2013年09月30日(Mon)]
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 最近、日の出の時間が遅くなったせいか、起床の時間が夏の頃よりも遅れがちです。今朝(5:47)東の空に朝焼けが見られました(気づいてから数分で消えましたが)。


Posted by katakago at 08:17
犬養孝先生を偲ぶ会(十五年祭) [2013年09月29日(Sun)]
 学生時代に教養部で万葉集の講義を受けた犬養孝先生を偲ぶ会があり、出席しました。十五年命日祭が生前住んでおられた西宮市にある西宮神社会館で執り行われました。祝詞奏上では、犬養先生の業績があらためて述べられていました。学問的業績や古都保存活動はもちろん、中でも「講義や萬葉旅行をとおして四万有余の若人を万葉の世界へ誘った」と述べられていたのは、大変印象的でした。私も先生の講義に出会わなければ、退職後今のような生活を送っていたかは分かりません。あらためて先生と出会えたことに感謝しています。
 神事の後の直会の会場では、食事の後出席者(80名余り)が一人ひとり、先生との思い出話を紹介され楽しいひと時を過ごしました。先生は大阪大学を退官後、甲南女子大学で教鞭をとられ、それからの萬葉旅行は、阪大と甲南女子大学から委員が選ばれて実施されたとのことで、これが縁で結ばれたカップルもあったそうで、今日も何組か夫婦で出席されていました。

 会の終わりには、次の万葉歌二首
【歌】 采女の 袖吹きかへす 明日香風 都を遠み いたづらに吹く (@-51)
【歌】 信濃なる 千曲の川の 細石も 君し踏みてば 玉と拾はむ (M-3400)
を「犬養節」で朗誦し、次いで、島崎藤村の「初恋」の歌を合唱してお開きとなりました。

 次の2枚の写真は、直会の会場での様子です。
 生前の先生の映像(五高時代に阿蘇に登って噴煙を見た時の話をされていました) 
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 全員で献杯(清酒の街西宮市ではその条例により清酒で行うことになっています)
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 学生時代に最初に参加した萬葉旅行の集合写真が手元に残っていましたので、記念に掲載しておきます。第79回大阪大学萬葉旅行の会で吉野・宮滝方面に出かけた時のものです(昭和39年7月12日)。撮影場所は桜木神社の境内。
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Posted by katakago at 21:20
フジバカマが咲き始めました [2013年09月27日(Fri)]
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 山上憶良の「秋の七種(ななくさ)」の歌に詠まれたフジバカマが咲き始めました。七種のうちクズ以外は今も咲いています。関連記事は次のURLを参照ください。
        ↓
 http://blog.canpan.info/inagawamanyo/archive/173

 シロバナサクラタデも咲いています。
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Posted by katakago at 09:20
ヨメナ(うはぎ)の花 [2013年09月25日(Wed)]
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 畑の隅でヨメナの花が咲いています。万葉歌では、うはぎ(原文は宇波疑・菟芽子と表記)として詠まれています。当時行われた、娘たちによる春の若菜摘みの歌にも詠まれています(解説は下記のURLを)。
【歌】 春日野に 煙立つ見ゆ 娘子らし 春野のうはぎ 摘みて煮らしも (I-1879)
         ↓
 http://blog.canpan.info/inagawamanyo/archive/279
 柿本人麻呂の歌にも詠まれています(解説は下記のURLで)。
【歌】 妻もあらば 摘みて食げまし 沙弥の山 野の上のうはぎ 過ぎにけらずや (Aー221)
         ↓
 http://blog.canpan.info/inagawamanyo/archive/107


 果樹園傍の畔道では、今、彼岸花が真っ盛りです。
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Posted by katakago at 10:35
定期尺八演奏会のお知らせ [2013年09月23日(Mon)]
 5年半ほど前から、カルチャーセンターの尺八講座を受講しています。その講座で講師をされている星田一山先生が主宰される都之雨社(としゅうしゃ)の定期尺八演奏会に、今年も出演することになりました(今回で3度目)。演奏曲目は「千鳥の曲」(吉沢検校 作曲)で、これは出演者全員で暗譜で演奏することになっています。演奏には15分程かかる曲で全部覚えるのは大変です。毎週受講するカルチャーセンターでも各自の練習曲に加え、この曲を覚える練習も年初から少しづつ続け、9月からは時間の半分ほどがその練習に充てられています。来月からは、筝と一緒のリハーサルも行うことになっています。

 日時:平成25年11月10日(日) 開場 12時  開演 12時30分
 場所:兵庫県立芸術文化センター 阪急中ホール

 案内チラシ(写真は昨年「春霞」(本曲)を演奏した時のもの)
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Posted by katakago at 08:32
第46回万葉の明日香路に月を観る会 [2013年09月22日(Sun)]
 昨日(9/21)は午後行われた市 大樹氏の受賞記念講演(於 岸和田市)を聴講した後、明日香村に移動し午後5時からの観月会に参加しました。
 明日香村では彼岸花祭りが開催中(9/21・22)でした。
 写真は橘寺
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 観月会の行事は、橘寺と道路をはさんで向かい側の史跡川原寺跡の特設ステージで行われました。  
 恒例の八雲琴(二弦)の演奏(演奏は保存会と聖徳中学の皆さん)
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 講演は、長谷川透氏(明日香村教育委員会文化財課技師)と、坂本信幸先生(高岡市立万葉歴史館館長)が行われました。
 長谷川氏は、現在氏が担当で発掘調査中の飛鳥寺西方遺跡について話されました。『日本書紀』には、皇極三年(644)条に、「中臣鎌子連、(中略) 偶に中大兄に、法興寺の槻樹の下に、打毬の侶に預りて、・・・」をはじめ、大化の改新直後(孝徳即位前紀645年)の「大槻樹の下に群臣を召集めて盟はしめたまふ」、天武元年(672年、壬申の乱)の「飛鳥寺の西の槻の下に據りて営を為す」など、飛鳥寺西には神聖な槻の木があり人々が集う空間があったと考えられています。今回の発掘調査で、入鹿の首塚から西へ120m、南北200mの石敷広場(砂利敷・石敷、石組溝・土管暗渠)が見つかったとのことです(7世紀半ばから後半の土器と瓦も出土)。今後は、槻(ケヤキ)の根の跡の発見が待たれます。

 坂本信幸先生の講演
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 坂本先生の講演は、「大伴坂上郎女と月の歌」と題して、ちょうど日も落ちて暗くなり始めた頃から行われました(途中で月の出が期待されましたが、あいにく講演中には見れませんでした)。
 平安朝には中国思想の影響で月を見ることは忌む風習があったのに対し、万葉時代は、月を見ることについての禁忌はなく見るべきもので、月を詠む多くの歌が多く残されています。
 大伴坂上郎女は、甥の大伴家持の歌の手ほどきをしていた例として、初月(みかづき)を詠む次の歌が紹介されました(初月を題に歌の指導)。
【歌】 月立ちて ただ三日月の 眉根掻き 日長く恋ひし 君に逢へるかも (大伴坂上郎女 E-993)
【歌】 振り放けて 三日月見れば 一目見し 人の眉引き 思ほゆるかも (大伴家持 E-994)
 坂上郎女の歌の「眉根掻き」は、当時、眉がかゆいのは恋人に逢える前兆と信じられ、また、かゆくなくても自分から眉を掻けば、恋人が逢いに来てくれると考えて掻くこともあったようです(この歌の「掻き」には黛で描く「描き」が掛けられている)。家持の歌は、歌の配列順から天平五年(733)の年代が記された最も早い作とみられています(15, 6歳の頃)。


 昨年は台風のため中止になりましたが、一昨年の様子は下記のURLで
         ↓
 http://blog.canpan.info/inagawamanyo/archive/166
Posted by katakago at 17:31
第26回濱田青陵賞受賞記念講演会(市 大樹氏) [2013年09月22日(Sun)]
 濱田青陵賞は、岸和田市にゆかりの考古学者濱田耕作(号 青陵)博士の業績を称えるとともに、考古学の研究で業績のあった新進の研究者や団体を表彰するもので、1988年に岸和田市と朝日新聞社によって創設されたものです。今回の受賞者市 大樹氏(大阪大学准教授、42歳)の受賞理由は、「考古学と木簡などの研究を重ね、古代国家の研究を大きく前進させた」となっています。市氏は、2009年に阪大に移られるまでは、奈良国立文化財研究所(飛鳥・藤原宮跡発掘調査部)に勤務され、出土して間もない多数の木簡の整理研究に従事されてこられました。
 市氏については、これまで二度講演を聴く機会がありました。一回目は朝日カルチャーの阪大中之島講座(木簡を読む ー 飛鳥時代の木簡 ー、2010.1.19,26))、二回目は今年(5/27)の立命館大阪プロムナードセミナー「災害・戦災の歴史 − その教訓に学ぶ」(日本古代の災異と復興)です。そこであらためて今回の受賞講演も聴講したく岸和田市まで出かけました(9/21)。

 記念講演をされる市氏(演題は「木簡から日本古代国家の形成過程を考える」)
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 講演の中で、「木簡研究の醍醐味は、木簡の出土した遺跡・遺構との関わりの中で、木簡の資料的価値を最大限に引き出し、既存の文献資料と照らし合わせることによって、新たな史実を掘り起こすことにある」と述べられていました。以下講演の中で興味のあった個所のメモを資料も参考にして残しておきます。
 7世紀の日本は朝鮮半島から多大な影響を受けていたが、7世紀末に藤原不比等が台頭すると、新羅路線から唐風化路線への転換が図られ、701年には大宝律令が制定され、約30年ぶりに遣唐使も任命され、最新の中国制度を直接摂取しようとする志向が強くなった(朝鮮半島方式から中国同時代方式へ)。こうした転換は、木簡からもうかがえるとのことでした。その一例として、701年の大宝令施行をうけて、コホリの表記は朝鮮系の「評」から中国系の「郡」に一斉に切り替えられたことが、出土木簡の調査から明らかになった。
 日本古代国家の地方行政区分は、クニ ー コホリ ー サトという重層構造をとっていましたが、藤原宮跡から出土した木簡には「己亥年十月上捄国阿波評松里」と書かれていました。その己亥年は699年にあたる(この年に「評」字が使われていたことを示す同時代資料)。その後、藤原宮跡からは、700年に相当する「庚子年」の荷札木簡も出土し、現在まで多数の木簡が出土しているが、地方行政区分のコホリは、700年までは「評」、701年以降は「郡」で例外は全くないとのことです。『日本書紀』の改新の詔(646年に出された)の記述は、大宝令の知識にもとづいて「郡」と表記されたことが明らかになり、郡評論争に完全に決着が付けられた(以上、市 大樹著『飛鳥の木簡ー古代史の新たな解明』より)。


 受賞講演の後、記念シンポジウム「解き明かされる国家の原像」が行われることになっていましたが、夕方に明日香村で行われるイベントに参加するため途中退席しました。
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 後ほど、配布資料でパネリストの方々の資料を見ましたが、そのうちのお一人の千田 稔氏(奈良県立図書情報館館長)の、「国家という幻像 『古事記』から読む」は興味深い内容で、あらためて聴く機会があればと思いました。
Posted by katakago at 15:20
9月の植物園見学会 [2013年09月20日(Fri)]
 6月、7月に続き今月も9/18から3日間植物園の見学会を開催しました。
 先に、万葉集友の会(今年の三月まで梅花学園生涯学習センターで市瀬雅之先生の万葉講座を受講していた有志の集まり)の第4回例会を、9/19に植物園の見学会として開催することが決まっていたので、これに合わせてその前後(9/18・9/20)に一般の方にも案内を差し上げました。
 幸い三日間とも天候に恵まれ、秋の風情を楽しんでいただけたかなと思っています。ヒオウギやハマユウの種の採集もして頂けました。

 (9/18) 分園の畑ではハマユウが未だ咲いていました。
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 (9/19) 裏山で見つけたサネカズラの花
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 サネカズラが詠まれた万葉歌(解説は下記のURLに掲載)
【歌】 さね葛 後も逢はむと 夢のみを うけひ渡りて 年は経につつ (J-2479)
【口語訳】 (さね葛) 後にでも逢わせ給えと 夢占(ゆめうら)だけを 頼みにし続けて 年は過ぎてゆく
           ↓
 http://blog.canpan.info/inagawamanyo/archive/451

 (9/19) 裏山での散策の様子(斜面の下り坂で)
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 (9/19) 実がなっているナツメの木の傍で(ナツメの実はリンゴのような味がするので試してもらいました)
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 ナツメが詠まれた万葉歌(解説は下記のURLに載せています)
【歌】 玉箒 刈り来鎌麻呂 むろの木と 棗が本と かき掃かむため (O-3830)
【口語訳】 玉箒を 早く刈って来い鎌麻呂よ むろの木と 棗の木の本を 掃除するために
          ↓
 http://blog.canpan.info/inagawamanyo/archive/163

 (9/20) クリの木の傍で(クリの実に関心があるようです)
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 クリのイガには実が三つ入っています。
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 クリが詠まれた万葉歌から(解説は下記のURLに載せています)
【歌】 三栗の 那賀に向かへる 曝井の 絶えず通はむ そこに妻もが (H-1745)
【歌】 三栗の中 その中ではないが那賀に向き合っている 曝井の水の絶えないように 絶えることなく通って来たいものだ その曝井の近くに私のいとしい妻がいればよいのに
         ↓
 http://blog.canpan.info/inagawamanyo/archive/164
        
Posted by katakago at 20:15
ヒガンバナが咲き始めました [2013年09月17日(Tue)]
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 9/10にヒガンバナの花茎の写真を掲載しましたが、その花が咲き始めました。ちょうど明日から見学会を開催しますので良いタイミングです。
 万葉歌に、いちし(原文は壱師と表記)と詠まれている植物にヒガンバナを充てる説があります(牧野富太郎ほか)。次の歌一首のみ詠まれており、その解説は一昨年の記事に載せています。
【歌】 道の辺の いちしの花の いちしろく 人皆知りぬ 我が恋妻は (J-2480)
【口語訳】 道のほとりの いちしの花のように はっきりと 人々は知ってしまった 私の恋しく思っている妻のことを
         ↓
http://blog.canpan.info/inagawamanyo/archive/172


Posted by katakago at 22:09
台風が通り過ぎて [2013年09月16日(Mon)]
 この三連休は、天気予報を睨みながら農作業に追われました。土曜日は雨が降りだす前に遅れていたジャガイモの植え付けを済ませ、日曜日は雨の合間に畔の草刈り、今日は台風が過ぎ去った後の植物園と畑の片づけで三日間が過ぎてしまいました。

 朝方、風が弱まり雨も小降りになったので畑の見回りに出かけたところ、第二果樹園(バークを敷き詰めたところ)や植物園の分園にしている畑(2枚目の写真)も水浸しになっていました。このような状況は初めて経験することで(夜中に相当降ったものと思われます)、まずは排水作業にあたることになりました。裏山の植物園では、竹が何本か折れていたのでその片づけにも時間がとられました。今週は植物園の見学会を開催することになっているので、迎えるための準備(園内の手入れと資料作り)も行いました。

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Posted by katakago at 20:40
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