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カキツバタ [2013年04月30日(Tue)]
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 ビオトープ池のカキツバタ(あやめ科)が咲き始めました。カキツバタは万葉歌には7首詠まれており、一昨年(2011.5.7)と昨年(2012.4.30)の記事に歌を載せています。参考までにこれまでの記事は
      ↓
URL http://blog.canpan.info/inagawamanyo/archive/8
http://blog.canpan.info/inagawamanyo/daily/201204/30

 ここでは、巻七の比喩歌から次の歌を紹介しておきます。
【原文】 墨吉之 浅沢小野之 垣津幡 衣尓摺著 将衣日不知毛 (F‐1361)
【読み下し文】 住江(すみのえ)の 浅沢小野の かきつはた 衣に摺り付け 着む日知らずも
【口語訳】 住吉の 浅沢小野の かきつばたを 衣に摺り付けて 着るのはさていつのことやら
 表の意味は口語訳のようになりますが、「かきつはた」に作者が思いを寄せる女性を、「衣に摺り付け」に妻として迎えることが譬えられています(結婚の日を待ち望む男の歌)。

 なお、来月11日には、カルチャーセンターの現地講座で住吉・堺方面に出かけることになっていますが、住吉の浅沢社でもカキツバタが咲いているものと思われます。 

 
 ビオトープ池の傍では今、同じあやめ科のヒメシャガも咲いています。苗はカルチャーセンターの講座の知り合いに頂いたものです。
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Posted by katakago at 11:57
フジ(藤波の花は盛りに) [2013年04月29日(Mon)]
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 裏山で自生のフジが花を咲かせていました。蔓が右巻に巻いているのでノダフジ(まめ科)と思われます(ヤマフジは左巻)。
 万葉歌に25首詠まれており、一昨年の記事(2011/5/5)にも紹介しています。
                 ↓
 URL http://blog.canpan.info/inagawamanyo/archive/7

ここでは別の歌を載せておきます。
【原文】 藤浪之 花者盛尓 成来 平城京乎 御念八君 (大伴四綱 B‐330)
【読み下し文】 藤波の 花は盛りに なりにけり 奈良の都を 思ほすや君
【口語訳】 藤の花は 今満開になりました 奈良の都を 恋しく思われますか
 ここで藤浪はその花房の風に揺れるさまを波にたとえた歌語で、大宰帥であった大伴旅人の邸宅で開かれた集宴で詠まれたものと考えられています。その第一首目は、小野老の有名な次の歌から始まります。
【歌】 あをによし 奈良の都は 咲く花の 薫ふがごとく 今盛りなり (B‐328)
【口語訳】 (あをによし) 奈良の都は 咲く花が 爛漫たるように 今真っ盛りでした
 次いで大伴四綱の歌が続き、その後に主人大伴旅人の5首が載せられています。そのうちの一首に次の歌があります。
【歌】 我が盛り またをちめやも ほとほとに 奈良の都を 見ずかなりなむ (B‐331)
【口語訳】 わたしの元気だった頃が また戻って来ることがあろうか ひょっとして 奈良の都を見ずに終わるのではなかろうか
 高齢(60歳を過ぎて)で辺地に派遣され、望郷の念やみがたく弱気な歌を残していますが、後に大納言となって帰京しています。 
Posted by katakago at 10:05
アマドコロ [2013年04月28日(Sun)]
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 アマドコロ(ゆり科)の花が咲きました。ポットで育てているものです。以前、裏山に自生していると思っていたものはナルコユリでした。草姿や花の形はよく似ていますが、ナルコユリの茎には稜がなく、アマドコロの茎は6稜の違いがあります。
 次の万葉歌で、にこ草(原文は似児草と表記)として詠まれている植物に、アマドコロをあてる説があります(他にうらぼし科のハコネソウをあてる説もあります)。
【歌】 葦垣の 中のにこ草 にこよかに 我と笑まして 人に知らゆな (J‐2762)
【口語訳】 葦垣の 中のにこ草の にこやかに 私に笑顔を見せて 二人の仲を人に知られるでないぞ
 「葦垣の 中のにこ草」は、ニコの同音繰り返しで「にこよかに」を起こす序です。
なお、類想歌に次のような歌があります。
【歌】 青山を 横ぎる雲の いちしろく 我と笑まして 人に知らゆな (C‐688)
【口語訳】 青山を横ぎって行く雲のように はっきりと わたしに微笑みかけて 二人の仲を人に知られないようにしてください 



Posted by katakago at 11:27
ユリ類の生育状況 [2013年04月27日(Sat)]
 ユリの生育状況をお知らせします。
 オトメユリ(ヒメサユリ) 来月には開花見込みです。
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 ササユリ 6月中旬には開花の見込みです。
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 ヤマユリ 7月中旬には咲くものと思われます。
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このほか、ヒメユリ・コオニユリ・オニユリ・カノコユリ・タカサゴユリ等も植えています。

 
 万葉歌に詠まれた植物ではありませんが、植物園では今、シャガ(あやめ科)の花が咲いています。
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Posted by katakago at 09:47
講演会「難波の万葉歌」 [2013年04月26日(Fri)]
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 昨日(4/25)、大阪府立大学で「万葉の道を歩く」の7回目の講演会が開催され聴講しました。今回は村田右富実先生が「難波の万葉歌 ー 大和の表玄関を詠む −」と題して講演されました。

 村田先生の講演配布資料より当時の難波宮に関する事項を以下に引用しておきます。、難波は瀬戸内海の最奥に位置し、大和川・淀川水系が交わるその地理的位置から内外交通の要衝の地として重視されてきた。大化元年(645)に始まった「大化の改新」に伴って行われた難波遷都で、白雉三年(652)に完成した「難波長柄豊崎宮」は、孝徳天皇崩御後、都が飛鳥に遷った後も難波の地に存続し、天武十二年(683)の複都制の詔によって飛鳥と並ぶ都となったが、朱鳥元年(686)失火により全焼した。その後、聖武天皇の即位〜行幸を機に、神亀三年(726)、藤原宇合が知造難波宮事に任じられ、難波宮の再建が本格化した。

 講演では、神亀二年に聖武天皇が難波宮に行幸された時に、当代の宮廷歌人(笠金村・車持千年・山部赤人)が詠んだ長反歌(巻六928〜934)を中心に解説されました。万葉歌の掲載順に、金村は難波宮を讃える歌を詠み、千年は遊覧の地である住吉(すみのえ)の風光を讃え、赤人は「御食(みけ)つ国」としての淡路の奉仕の様を詠んでいます。
 なお、『萬葉集釈注』でも、当代宮廷歌人が主題を分担して織りなした一連の作であるとみられています。
 




Posted by katakago at 18:10
雨上がりのビオトープ池で ー トンボの羽化 [2013年04月25日(Thu)]
 今朝(6時半ごろ)ビオトープ池のフトイの茎で早くもトンボが羽化しているのを見かけました(ギンヤンマか?)。
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 カキツバタの花茎も伸びて来ました。来月初めには咲き始めるものと思われます。
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Posted by katakago at 09:52
ヤマツツジ [2013年04月24日(Wed)]
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 ミツバツツジやキリシマツツジに次いでヤマツツジの花が咲き始めました。
 つつじは万葉歌に10首詠まれており、いくつかは一昨年、昨年の記事に載せています。
ここでは巻十三の問答歌の長歌を載せておきます。
【歌】 物思はず 道行く行くも 青山を 振り放け見れば つつじ花 にほえ娘子 桜花 栄え娘子 汝をそも 我に寄すといふ 我をもそ 汝に寄すといふ 荒山も 人し寄すれば 寄そるとぞいふ 汝が心ゆめ (L‐3305)
【口語訳】 何の物思いもせずに道を辿りながら、青々と茂る山を振り仰いで見ると、目に入るのは色美しいつつじ花、その花のようににおいやかなおとめよ、 咲き誇っている桜花、その花のように照り輝くおとめよ、そんなお前さんを世間では私といい仲だと噂しているそうだ。 こんな私をお前さんといい仲だと噂しているそうだ。荒山だって、人が引き寄せれば寄せられるものだそうだ。お前さん、ゆめゆめ油断するなよ。(『萬葉集釈注』より)
 「つつじ花 にほえ娘子」の「にほえ」は、美しく照り映える意。
 口語訳を採った『萬葉集釈注』では、男の求婚の歌で、「用心しないと、噂どおり、こんな男といい仲になるぞ」と、おどす形で、女の気を引いている、と解説されています。


 ツツジのこれまでの記事は
      ↓
URL http://blog.canpan.info/inagawamanyo/archive/11
http://blog.canpan.info/inagawamanyo/daily/201204/28
  
Posted by katakago at 11:14
ポポーの花 [2013年04月23日(Tue)]
 第二果樹園では、4/5の記事にも書きましたが、バークを敷き詰める作業を行っています。毎回3トン車で運んでもらって、今日は3回目です。写真のようにほぼ果樹園内に広げましたが、草を抑えるための厚さを保つにはもう二回ほど運んでもらう必要がありそうです。
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 昨年ポット植えのポポー(バンレイシ科)の苗木を貰ってここに6株植えていますが、そのうち4株で花が咲きました。木がまだ小さいので結実するかは分かりません。
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Posted by katakago at 22:24
飛鳥を愛する会(現地講座二日目)ー 飛鳥から巨勢路・葛城古道を巡る [2013年04月22日(Mon)]
 2日目は二台のバスで葛城山麓の史跡と万葉の舞台を巡りました。コースは、近鉄橿原神宮前駅(出発8:30)→ 磐余池推定地 → 巨勢寺跡 → 阿吽寺 → 水泥古墳 → 栄山寺 → 一言主神社 → 鳥谷口古墳 → 近鉄橿原神宮前駅(17:20頃帰着)
 集合時間が早く6時前に家を出なければなりませんでした。朝方まで降っていた雨も出発のころにはやんでくれました。盛りだくさんな見学場所で同行の講師の先生方から、詳細な資料とともに詳しく解説していただきました。以下訪問場所のいくつかを載せておきます。

 磐余池推定地(発掘現場は埋め戻されていました)での坂本先生による万葉歌の解説
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 昨日の和田先生の講演にもありましたが、大津皇子関連の万葉歌を『日本書紀』・『懐風藻』等の関連記事を交えながら解説していただきました。
 一昨年の現地見学会の記事に堤跡の写真を掲載しています。
        ↓
  URL http://blog.canpan.info/inagawamanyo/daily/201112/17

 巨勢寺塔跡で岡崎先生による解説
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 創建時期は遺跡出土の古瓦より白鳳期頃のようで、この地の豪族巨勢臣が造った寺とみられています。塔の心礎の中央には円柱孔があり、その中に同心円の三重の溝が穿たれ、それを連結させる溝によって水を心礎外に排出する構造になっている。中心には舎利を納める孔があいている。

 阿吽寺での大島先生による万葉歌の解説
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 阿吽寺の万葉歌碑(揮毫は犬養先生)
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【歌碑の文字】 巨勢山乃 列列椿 都良都良尓 見乍思奈 許湍乃春野乎
【読み下し文】 巨勢山の つらつら椿 つらつらに 見つつ偲はな 巨勢の春野を (坂門人足 @‐54)
【口語訳】 巨勢山の つらつら椿を つらつらと 見ながら偲ぼうよ 巨勢の春野を
 大宝元年(701)9月に太上天皇(持統天皇)が紀伊国に行幸された時の歌で、椿の花のない晩秋ではあるが、花咲く春のさまを思い遣ろう、と詠われています。

巨勢寺跡西南1.7kmの所にある横穴式石室を伴う円墳の見学(解説は岡崎先生)
 水泥南古墳
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 石室内には、玄室と羨道にそれぞれ一基ずつの家形石棺がおかれ(玄室の石棺は二上山の凝灰岩、羨道の石棺は竜山石)、羨道の石棺の蓋の縄掛け突起には蓮華文があり、古墳文化と仏教文化の統合の一例として注目されています。
 水泥塚穴古墳(西尾氏邸内にある)
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 石室内に入って見学できました。民家の敷地内にこんなに大きな石室をもつ古墳があるのは驚きです。
 出土品の展示(西尾氏邸内)
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 須恵器や金銅製の耳環等が展示されていました。

 一言主神社では影山先生による解説
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 『記紀』に記された雄略天皇と一言神主神の説話と、葛城地方の万葉歌について解説していただきました。
境内にある万葉歌碑
【歌碑の文字】 葛木之 其津彦真弓 荒木尓毛 憑也君之 吾之名告兼
【読み下し文】 葛城の 襲津彦真弓 荒木にも 頼めや君が 我が名告りけむ (J‐2639)
【口語訳】 葛城の 襲津彦の弓の 荒木のようにしっかりと 頼りにする気であなたは わたしの名を人に話したのでしょうか
   葛城古道と一言主神社および万葉歌碑の関連記事は
           ↓
    URL http://blog.canpan.info/inagawamanyo/daily/201204/27

 鳥谷口古墳(当麻町染野字鳥谷口)
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 築造時期は7世紀末と考えられ、石槨の石材は石棺蓋の未製品が転用されている。大津皇子の再葬場所とする説(和田先生)があります。

 
Posted by katakago at 21:58
飛鳥を愛する会 春季総会・講座(4/20) [2013年04月21日(Sun)]
 昨日(4/20)から2日間にわたって、飛鳥を愛する会の春季総会と現地講座があり参加しました。ここでは一日目の様子をお知らせします。
 午前中は総会に引き続き、木下正史先生による「最近の飛鳥の発掘成果から」と和田萃先生による「大津皇子事件の背景ー磐余池跡と鳥谷口古墳」の二題の講演が行われました(明日香村中央公民館にて)。午後からは明日香村の周辺遺跡を先生方の解説を聴きながら見学しました。

 講演される和田先生
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 『万葉集』には、大津皇子が謀反の罪で処刑される時に磐余の池の堤で涙を流して作られた歌が載せられています。その「磐余の池」に関して、和田先生は40年ほど前に地勢(周辺の畔の続き具合など)や小字名(嶋井など池に関連した)の調査などより磐余の池の推定地に関する論文を書かれていたそうですが、一昨年の発掘調査ではその推定場所から池の堤跡が発見され、ご自分のお考えが考古学からも実証され大いに祝杯をあげられたとのことでした(この場所は2日目に訪ねることになります)。

 揮毫された人麻呂の泣血哀慟歌の歌碑の前で坂本先生の解説を聴きました。
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 この歌の関連記事は
      ↓
 URL http://blog.canpan.info/inagawamanyo/daily/201202/05

 昨年末に橘寺境内に新しく建立された歌碑の前で(坂本先生の解説)
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この歌碑の除幕式の記事は
       ↓
 URL http://blog.canpan.info/inagawamanyo/daily/201211/26

 橘寺塔跡の心礎の前で(木下先生の解説)
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 稲淵宮殿跡で坂本先生による万葉歌の解説
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 犬養先生揮毫の万葉歌碑(稲淵宮殿跡)
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【原文】 明日香川 七瀬之不行尓 住鳥毛 意有社 波不立目 (F-1366)
【読み下し文】 明日香川 七瀬の淀に 住む鳥も 心あれこそ 波立てざらめ
【口語訳】 明日香川の 七瀬の淀に すむ鳥さえも 深い心があるからこそ 波を立てないのだろう
  
Posted by katakago at 22:08
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