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雪が積もりました [2013年01月28日(Mon)]
 このシーズン初めて雪が積もりました。
畑の蓮池の様子です。
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裏山に植えてあるミツマタ(ブータン大輪ミツマタ)の蕾にも雪が積もっています(開花は3月半ば)。
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 大雪を豊年の瑞兆として詠まれた万葉歌については、坂本先生が朝日カルチャーの年初の特別講座(1/6)で講演され、1/9付の記事に紹介しています。ここではその時掲載していなかった部分を載せておきます。

 巻17に詳しい題詞(左注もあり)と共に次の5首の歌が採られています。
題詞によれば、天平18年(746)正月に雪が降り積もり数寸にもなった。そこで左大臣橘諸兄は大納言藤原豊成はじめその他の諸王諸臣を引き連れて、太上天皇(元正)の御所に参入して雪掻きの奉仕を行った。その際、太上天皇から酒を賜り酒宴が催され、この雪を題にして歌を作るようにおっしゃられた、とあります。
 最初に左大臣橘諸兄の応詔歌
【歌】 降る雪の 白髪までに 大君に 仕へ奉れば 貴くもあるか (P-3922)
【口語訳】 降っている白雪のように 髪が白くなるまでも 大君に お仕え申しますと 忝いことです
 紀朝臣清人の応詔歌
【歌】 天の下 すでに覆ひて 降る雪の 光を見れば 貴くもあるか (P-3923)
【口語訳】 天の下を あまねく覆って 降っているこの雪の 光を見ますと もったいないことでございます
 紀朝臣男梶の応詔歌
【歌】 山の峡 そことも見えず 一昨日も 昨日も今日も 雪の降れれば (P-3924)
【口語訳】 山あいも どこだか分かりませぬ 一昨日も 昨日も今日も 雪が降っておりますので
 葛井連諸会の応詔歌
【歌】 新しき 年の初めに 豊の稔 しるすとならし 雪の降れるは (P-3925)
【口語訳】 新しい 年の初めに 今年豊作の 前触れをするのでありましょう こんなに雪が降るのは
 大伴宿禰家持の応詔歌
【歌】 大宮の 内にも外にも 光るまで 降らす白雪 見れど飽かぬかも (P-3926)
【口語訳】 大宮の 内にも外にも 光るほどに 降っておいでのこの白雪は 見飽きないことでございます

Posted by katakago at 17:05
餅つき大会(自治会行事) [2013年01月27日(Sun)]
 今日は朝から自治会主催の恒例行事「三世代交流餅つき大会」が実施されました。例年自治会傘下の各種団体が協力して行われています。前日からのもち米の洗米や当日の蒸し作業はシルバーアローズ(長寿会)が担当され、餡餅の餡の準備・餅を丸める作業・餅つきの介添え等は婦人会が、搗き手は消防団員やお元気なシルーバーの方々によりすすめられました。昨年から子供会がなくなったためか、子供たちの出足が遅く心配されましたが、まもなく母親に連れられた小さな子どもたちが集まって来ました。小さな杵を持って搗く様子を写真に撮ってもらっていました(昨年の様子は2012.1.29の記事)。
IMG_0290s.JPG
 
 地区内の戸数は増加していますが、自治会会員数はこのところ減少傾向にありました。私が会長の頃(3年前)は四百数十でその後四百近くまで減っていたのが、今年度は現会長さんの働きかけもあって三十数戸増えたとの事です。高齢で組長の順番が回って来るとその対応が負担になると言うのが退会の主な理由ですが、負担感を持たれないような仕組みも考える必要があります(一部は実施しましたが)。
Posted by katakago at 14:55
真白き富士の山(二日目) [2013年01月21日(Mon)]
 二日目の行程は、沼津IC→大井松田IC→足柄神社(足柄峠と矢倉岳を眺望)→地蔵堂(見学)→足柄万葉公園(万葉歌碑)→足柄峠(足柄城跡/富士山眺望)→地蔵堂(昼食)→小田原(小田原城見学)→小田原駅16:08発ひかり)→京都
 当初の計画では、足柄峠から足柄古道を歩く事になっていましたが、積雪のため取りやめになりました。地蔵堂まではバスで登りここから先はチャーターしたタクシー6台に分乗して移動しました。道路は除雪されていましたが、万葉歌碑のある公園内はかなりの雪が残っていました。ここでは用意してきた軽アイゼンが役に立ちました。
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歌碑は次の4基を見ることが出来ました。防人歌(S-4423)の他はいずれも東歌(相模国の歌)。
【歌】 足柄の み坂恐み 曇り夜の 我が下延を 言出つるかも (M-3371)
【口語訳】 足柄の み坂の畏さに (曇り夜の) 秘めた思いを つい口に出してしまった
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【歌】 足柄の み坂に立して 袖振らば 家なる妹は さやに見もかも (S-4423 防人歌)
【口語訳】 足柄の 峠の上で 袖を振ったら 家にいるおまえは はっきり見てくれるだろうか
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【歌】 足柄の 和乎可鶏山の かづの木の 我をかづさねも かづさかずとも (M-3432)
【口語訳】 足柄の、私を心にかける、そのカケではないが、和乎可鶏山に生えているかづの木、そのカズというように、私を誘って下さいよ。穀を裂いたりしなくても (『萬葉集全歌講義』より、これでも意味が良くとれませんが)。
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【歌】 足柄の ままの小菅の 菅枕 あぜかまかさむ 児ろせ手枕 (M-3369)
【口語訳】 足柄の 崖(まま)の小菅の 菅枕など なんでなさるのか 娘さんわたしの手枕をしなさい
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 足柄峠からの富士山眺望
 雪に足をとられながらも展望場所に向かう
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 展望場所にたどりつくと一斉にカメラを構えます
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 雄大な富士山を眺めることが出来ました
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 今回の旅行では二日間ともに天候に恵まれ、心行くまで”真白き富士の山”を楽しめました。



Posted by katakago at 19:44
真白き富士の山(一日目) [2013年01月21日(Mon)]
 1月19日から一泊二日で「万葉の大和路を歩く会」主催の特別万葉旅行「真白き富士の山を見ゆー薩埵峠と足柄峠」に参加しました。同行の講師は影山尚之先生(武庫川女子大学教授)で、車内や目的地で解説して頂きました。実は昨年(2月下旬)にもこの方面には旅行会社のツアーで出かけましたが、その時はあいにくの天候で目的の富士山はほとんど見ることが出来ませんでした(記事は昨年の3/1に掲載)。今回は天気予報も晴れで期待して出かけました。万葉歌では、山部赤人や高橋虫麻呂が富士の山を詠んでいます。その雪をいただく富士の山を一日目は静岡県側から、二日目は神奈川県側から眺めるのが今回の旅行の目的です。

 一日目の行程は、京都駅(8:56発ひかり)→静岡駅→三保の松原(羽衣の松)→清水(昼食)→清見潟公園(万葉歌碑)→清見寺(拝観)→新興津川橋・・・(薩埵峠越え)・・・JR由比駅→ふじのくに田子の浦みなと公園(万葉歌碑)→沼津泊

写真は「三保の松原」でガイドさんから羽衣の松(羽衣伝説)の説明を聴いている様子
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 松林を通り抜け砂浜を海岸へ歩いてゆくと、雪をいただく富士山が期待通りの雄姿を見せてくれました。
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 富士山を見ながら影山先生の解説を聴きました。
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 次のビューポイントは薩埵峠からです。
峠道に植えられたヒカンザクラの蕾が早くもほころび始めていました(満開は来月とのこと)。
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 薩埵峠の道標(明暦元年(1655)朝鮮通信使を江戸に迎えるのに際し薩埵峠の新道が開かれたという)
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 薩埵峠から見た富士山(峠道を下りながら富士の眺めを何度も楽しめました)
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高橋虫麻呂の長歌の前半では、
【歌】 なまよみの 甲斐の国 うち寄する 駿河の国と こちごちの 国のみ中ゆ 出で立てる 富士の高嶺は 天雲も い行きはばかり 飛ぶ鳥も 飛びも上らず 燃ゆる火を 雪もて消ち 降る雪を 火もて消ちつつ 言ひも得ず 名付けも知らず 奇しくも います神かも ・・・・・(B-319)
と、当時噴火していた富士山が詠まれています。

 山部赤人の長歌と反歌は、
【歌】 天地の 分れし時ゆ 神さびて 高く貴き 駿河なる 富士の高嶺を 天の原 振り放け見れば 渡る日の 影も隠らひ 照る月の 光も見えず 白雲も い行きはばかり 時じくそ 雪は降りける 語り継ぎ 言ひ継ぎ行かむ 富士の高嶺は (B-317)
【口語訳】 天と地が 別れた時から 神々しくて 高く貴い 駿河の国の 富士の高嶺を 大空はるかに 振り仰いで見ると 空を渡る太陽の 姿も隠れ 照る月の 光も見えない 白雲も 進みかね 時ならず 雪は降っている 語り伝え 言い継いでゆこう この富士の高嶺は
【歌】 田子の浦ゆ うち出でて見れば ま白にそ 富士の高嶺に 雪は降りける (B-318)
【口語訳】 田子の浦越しに うち出て見ると 真っ白に 富士の高嶺に 雪が降っている
 この長歌と反歌の歌碑が、ふじのくに田子の浦みなと公園(現在整備中)に建てられています(以前は田子の浦のフェリー乗り場にあったのがここに移設されたようです)。到着したのが夕方で、かろうじて富士山を背にした歌碑の写真が撮れました。
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 薩埵峠越えをする前に、清見寺を拝観し近くの清見潟公園に在る万葉歌碑を訪ねました。万葉歌には、田口益人大夫が上野の国司に任ぜられた時に、駿河国の清見の崎で作った二首が載せられていますが、歌碑はそのうちの一首です。
【歌】 廬原の 清見の崎の 三保の浦の ゆたけき見つつ 物思ひもなし (B-296)
【口語訳】 廬原(いおはら)の 清見の崎の 三保の浦の 広々とした海を見ていると 何の屈託もない
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Posted by katakago at 18:48
蓮池に飛来したサギ [2013年01月16日(Wed)]
 このところ毎日のようにサギが蓮池にやって来ています。農作業に出かける際はいつもデジカメを携帯するようにしており、写真に撮ることが出来ました。
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 飛び立つ瞬間を撮影しようと狙ってみましたが、デジカメではなかなかうまくいきません(次回は一眼レフで)。
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Posted by katakago at 13:15
とんど焼き [2013年01月15日(Tue)]
 今日(1/15)は朝7時から地元の多田神社で「とんど祭」が行われました。とんど焼きは注連飾りや正月の松飾りなどを炊き上げ、無病息災・五穀豊穣を祈る小正月の民間伝承行事で、子供の頃(昭和20年代)は、矢問八幡宮近くの田んぼで竹の櫓を組んで燃やしていた記憶があります。
 多田神社には9時過ぎに出かけましたが、近隣の方が三々五々、注連飾りを手に火の回りに集まって来ておられました。
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Posted by katakago at 10:15
寒肥 [2013年01月13日(Sun)]
 果樹園のクリやカキそれに柑橘類も収穫できるまでに生育してきましたが、この週末に三十数株の果樹に寒肥を施しました。このところ農作業から離れていたせか、午前の作業だけで腰が痛くなり午後は休養しながら3日がかりの作業になってしまいました。
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 今回は剪定も行ったので、すっきりしています。

サクランボ・ビワ・アンズ・スモモ・プルーン等の収穫も期待しています。
Posted by katakago at 16:16
中之島フェスティバルタワー移転特別講座 [2013年01月09日(Wed)]
 2005年の春から、朝日カルチャー中之島教室で坂本信幸先生の万葉集の講座を受講していますが、中之島フェスティバルタワーの完成により、今年からその18階の教室に移転しました。6日にはその「おひろめの会」と無料の特別講演会があり参加しました。講座整理券の配布前から長蛇の列で入手できるか危ぶまれましたが、幸い希望した坂本先生と和田先生の講座を受講できました。

写真はカルチャーセンターが移転した中之島フェスティバルタワー
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 坂本信幸先生(高岡市万葉歴史館館長)の演題は、「新年の万葉歌と越中万葉かるた」で、講演の終わりには越中で詠まれた歌のかるた取りも行われました。以下は講演の中からの抜粋です。
 『万葉集』の最後に載せられているのは、大伴家持の次の歌です。
【歌】 新(あらた)しき 年の初めの 初春の 今日降る雪の いやしけ吉事 (S-4516)
【口語訳】 新しい年の初めに立春が重なった。今日降る雪のようにますます重なれ良い事よ。
 題詞には、三年(天平宝字三年、759)正月一日に、因幡国の庁にして、饗(あへ)を国郡の司等に賜ふ宴の歌一首、とあります。
 当時『儀制令』「元日国司条」に、「凡そ元日には、国司皆僚属郡司等を率ゐて、庁に向ひて朝拝せよ。訖(をは)りなば長官賀を受けよ。宴設くることは聴(ゆる)せ」とあり、元日には地方官庁でも国守が国郡司と共に朝賀の式を行い、宴が催されました。家持はこの年、因幡国守として元日を迎えその宴の場で詠まれた歌です。
 ところで、天平宝字三年正月一日は太陽暦の二月六日で24節気の立春にあたり、この日は元日に立春が重なる歳旦立春(19年に一回めぐる)で、さらに雪は豊年の瑞兆でこれらが重なった目出度さが歌に詠まれています(大濱真幸氏の論文も紹介されました)。
 中国の『文選』「雪賦」(謝惠連)に、盈尺則呈瑞於豊年(尺に盈(み)つれば則(すなわ)ち瑞を豊年に呈し)とあり、『詩経』「信南山」に、豊年之冬必有積雪とあり、これらが日本に伝わり、大雪を豊年の瑞兆とする信仰になったと考えられています。天平十八年(746)正月元正太上天皇の御在所での雪掃きの宴で葛井連諸会が次の歌を詠んでいます(この時、家持も末席に侍して応召歌を詠んでいる)。
【歌】 新しき 年の初めに 豊の稔 しるすとならし 雪の降れるは (P-3925)
【口語訳】 新しい 年の初めに 今年豊作の 前触れをするのでありましょう こんなに雪が降るのは


 和田萃先生(京都教育大学名誉教授)は、「古代史」と「考古学」の接点、と題して講演されました。講演の主題は遺跡から発掘調査で発見された「木簡」についてです。国内での最初の出土は昭和36年の平城宮跡からで(泥水の中から40点の木簡)、先生は京大の学生時代から木簡の発掘調査・釈読に携われてこられました。墨で字が書かれた木片は廃棄された後、自然流路や溝、土坑などから泥にまみれ粘土にパックされた状態で発見されるとのことで、地下水が豊富な場所でないと残らないとのことです(これまでに出土している木簡は約36万点)。
 以下、今回の講演で話された、藤原宮典薬寮跡から発見された「多治麻内親王」と表記された木簡についての講演の抜粋です。
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  写真(当日配布の資料より)の木簡の左右は割られた状態で、しかも離れた場所から発見されたそうですが、岸俊男先生はこの二つはくっつくと判断されたそうです。右片に、多治麻内親王(但馬皇女)の宮の政人(家従)の正八位下の陽胡甥から、左片には、薬草を支給されたい。車前子(おおばこ)と西辛(さいしん)と久参(くじん)の三種です、と書かれています(読み下し文は、猪股静彌著『万葉百話木簡は語る』より)。車前子(おおばこ)は煎じて服用すると健胃強壮剤、西辛はウスバサイシンで鎮静・頭痛薬、久参(くじん)は現在のクララで根は健胃駆虫薬(『万葉百話木簡は語る』より)。
この木簡に記されている多治麻内親王(但馬皇女)は天武天皇の皇女で、『万葉集』に4首の歌を残しています。そのうちの一首に次のような歌があります。
【歌】 人言を 繁み言痛み 己が世に いまだ渡らぬ 朝川渡る (A-116)
【口語訳】 人の噂が うるささに これまで 渡らなかった 朝の川を遂に渡ることか
題詞には、但馬皇女が高市皇子の宮に在った時に、ひそかに穂積皇子と関係を結び、そのことがすっかり顕れたので、作られた歌一首とあります。
 このような歌を詠んだ但馬皇女が上記木簡に記された三種の薬を請求していますが、病気はどのようなものであったか興味が持たれます。『万葉百話木簡は語る』の著者猪股静彌氏は、「病気は不明としか言いようはないが、彼女が『万葉集』に残したただならぬ恋の関係と、歌の心痛を思う時、それは現代の神経症にかかわる病気ではなかったろうか」と述べられています。この木簡の発見により、『万葉集』には書かれていない但馬皇女の一面を知ることが出来ます。
Posted by katakago at 14:10
初詣 [2013年01月01日(Tue)]
    新年明けましておめでとうございます
 今年は暮れから子どもたちが帰省し、二人の孫も一緒に8人の賑やかなお正月となりました。みんなで祝い膳を頂いた後、8時過ぎに多田神社へ初詣に出かけました。この時間帯だとまだ参拝者はそれほど多くなく、ゆったりとお参りできました。
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 今日は普段は閉じられている拝殿の奥域にも廻ることが出来ました。こちらには唐椿(薩摩藩主島津家寄贈、花は4月中旬)や招霊(オガタマノキ、県指定郷土記念物)などが植えられています。
 御本殿(徳川家綱により再興され国指定重要文化財)の前で記念撮影
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 今年も植物園では、3月(カルチャーセンター)と5月(備前の会)の来園が既に決まっており、スケジュールを調整中の案件もあります。多くの方に来ていただければと思っています。
Posted by katakago at 16:17
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