CANPAN ブログ検索
Loading
  • もっと見る
<< 2012年05月 >>
    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31    
最新記事
月別アーカイブ
最新コメント
講演会「万葉の道を歩く3」 [2012年05月31日(Thu)]
 大阪府立大学で、「万葉の道を歩く3」の講演会があり参加しました。大学の地域文化学研究センターと生涯教育センターの主催で、講師は坂本信幸先生(高岡市万葉歴史館館長)で、「越中万葉の世界」と題して講演されました。
IMG_2683m.jpg

 以下講演の概要を記しておきます。万葉歌所出地名で、畿内を除いて多いのが富山県(95)であり、それは、『万葉集』編纂に大きく関わった大伴家持が越中守として5年間滞在し、その風土を歌に残したからです。家持は越中で223首の歌を詠んでいます(『万葉集』全体では473首)。この家持の歌も含め5年間のの歌(巻17-3927〜巻19ー4256)を一まとめにして「越中万葉」と称されます(巻16の能登国歌、越中国歌を含め計337首)。

 家持は国の守として、越中国内巡行の旅に出かけ、都では目にすることがなかった越中の風土や景物を歌に詠んでいます。渋谿の清き磯回(17-3954)、渋谿の「つまま(タブノキ)」(19-4159)、寺井の上の「堅香子(カタクリ)の花」(19-4143)、雄神川の「あしつき(ねんじゅも科の一種、食用となる)」(17-4021)、射水川で唱う舟人(19-4150)、越中の二上山(ふたがみやま)に鳴く鳥(ホトトギス)(17-3987)、布勢の水海の藤波(19-4199)、長浜の月(17-4029)などの歌について、パワーポイントで映像を交えながら、分かりやすく解説して頂きました。

 10月初めには、毎年高岡市で「越中万葉まつり」が開催されますが、今年は、久しぶりに出かけられればと思っています(平成16,17年には出かけました)。

Posted by katakago at 22:35
ツゲの花 [2012年05月30日(Wed)]
 IMG_1777(IXY)m.JPG

  ツゲ(つげ科)の花が咲いています(写真はイヌツゲと思われます)。ツゲは材質が堅く櫛材として用いられ、ツゲが詠まれた万葉歌6首中5首までが「黄楊の櫛」として詠まれています。昨年5/31の記事にその一つを掲載していますが、ここでは、別の歌を紹介します。
 
 今年の4/22に、「飛鳥を愛する会」の現地講座で処女塚(おとめつか)古墳を訪れた折、その日の記事にも紹介しましたが、「摂津国葦屋(あしのや)の菟原処女(うないおとめ)を、葦屋の菟原壮士(おとこ)と和泉(いずみ)の千沼(ちぬ)壮士とが妻問いしたが、二人の愛を共には受け難いことを嘆いて処女は自殺し、二人の壮士もその後を追って死んでいった」、という葦屋の処女塚にまつわる伝説があります。これを題材にした田辺福麻呂歌集や高橋虫麻呂歌集の歌が、『万葉集』巻九の挽歌に載せられています。
 これに追和する歌を大伴家持が詠んでいます(長歌と反歌)。その反歌を載せておきます。
【歌】 処女らが 後のしるしと 黄楊小櫛 生ひ代はり生ひて なびきけらしも (R-4212)
【口語訳】 娘子の後世への思い出のしるしにと、黄楊(つげ)の櫛は木となって生え変り、生い茂って枝葉を横になびかしたものらしい (『萬葉集全注』より)
 長歌(R-4211)の後半は、
「 ・・・・露霜の 過ぎましにけれ 奥つ城を ここと定めて 後の世の 聞き継ぐ人も いや遠に 偲ひにせよと 黄楊小櫛 然刺しけらし 生ひてなびけり」(・・・冷たい露の消えるようにはかなくなってしまわれたとは。それでお墓をここと定めて、後の世の聞き伝える人も、いつまでも偲ぶよすがにしてほしいと、娘子の形見の黄楊の櫛をこうして墓に刺したのだろう。 それが生い茂って枝葉を靡かせている)
となっており、反歌はこれを補強して説明した表現となっています(『萬葉集全注』より)。
Posted by katakago at 13:10
夏の現地講座のお知らせ [2012年05月29日(Tue)]
IMG_0002(ACC-S)m.jpg

 7月13日に、猪名川万葉植物園の現地講座を開催することになりました。主催は、朝日カルチャーセンター芦屋教室で、写真はその案内のチラシです。春の講座(4/18)に続き2回目となります。案内は、ホームページの下記のURLにも掲載されています。
 http://www.asahiculture.com/LES/detail.asp?CNO=163579&userflg=0

 前回の様子は、このブログの4/18の記事に載せていますが、朝日カルチャーのブログにも掲載されています。
 http://blog.goo.ne.jp/asahi-culture/e/c3a15ffd3e07afc1d6e7b769286a002b

 この時期開花している植物として、ヒオウギ・ヤブカンゾウ・ヤマユリ・ヒメユリ・コオニユリ・カワラナデシコ・キキョウ・ハマユウなどと、水生植物のハス・アサザ・セリなどが見込まれます(ベニバナも残っているかも?)。これらの植物と共に、季節も前回の春から夏に移り、変化した裏山や畑の周囲の景色も楽しんでいただければと思っています(この時期虫がいるのが難点ですが)。
 夏に花を咲かせる植物の中には、染色に用いられるものが多く、万葉歌にも詠まれています。そこで、今回は「染色に用いられた植物と万葉歌」についても解説する予定です。カキツバタ・ヤマアイ・ムラサキ・ベニバナ・ツユクサ・コナギなどが染色に関わって詠まれています(資料を準備中)。
Posted by katakago at 10:30
チガヤ [2012年05月28日(Mon)]
IMG_2575m.jpg

 畑の畦道にチガヤ(いね科)を見つけました。花は晩春で、葉に先だって花穂が出、これをツバナと言い、子供の頃そのつぼみを食べた記憶があります。

 万葉歌にも、つばな(原文は茅・茅花等と表記)として詠まれています。
巻八に、紀女郎(きのいらつめ)と大伴家持が戯れに歌を詠み交わしたしたものが載せられています。二首づつの贈答ですが、ここではつばなが詠まれた次の二首を紹介します。はじめに、紀女郎が家持に贈った歌です。
【歌】 戯奴がため 我が手もすまに 春の野に 抜ける茅花そ 召して肥えませ (G-1460)
【口語訳】 戯奴(わけ)のため 手も休めずに 春の野で 抜いておいたつばなですよ 食べて少しはお肥りなさい
 次は、家持が答えた歌です。
【歌】 我が君に 戯奴は恋ふらし 賜りたる 茅花を食めど いや痩せに痩す (G-1462)
【口語訳】 わが君に わたしは恋しているようです 頂戴した つななを食べましたが なお痩せるばかりです
 この歌では、紀女郎を「わが君」といい、自分を「わけ」と言って、女郎の戯れに応じています。
 なお、紀女郎は、坂上大嬢(家持の正妻)に次いで家持が多くの歌を贈っている女性です。
Posted by katakago at 11:00
クワの実 [2012年05月27日(Sun)]
IMG_2556m.jpg

 クワ(くわ科)の実が色づき始めました。クワは万葉歌には2首詠まれています。昨年6/2の記事にそのうちの1首を載せています。ここでは、別の1首(巻七の比喩歌)を紹介します。
【歌】 たらちねの 母がその業る 桑すらに 願へば衣に 着るといふものを (F-1357)
【口語訳】 (たらちねの) 母の仕事の 桑でさえ 頼めば衣に 着られるというのに
 ただし、この口語訳(『新編日本古典文学全集 萬葉集』)では、いま一つ分かりにくい。

 この歌は、NHKカルチャーの井手至先生の講座(万葉集歌鑑賞)で、以前に解説してもらっています。それによると、二句、三句の「母がその業(な)る桑すらに」には、母が桑の葉でカイコを飼って、繭から絹糸を採って、その糸から布を織る工程が省略されており、それを補って解釈し、「桑の木でさえ、願えば衣にして着ることが出来ると言うではありませんか。それなのに・・・」となり、比喩の裏の意味は表現の後に続く形(言外の余情に言わんとする内容が隠されている)で、一向に成就しない自分の恋を嘆いた歌、と解されています。
Posted by katakago at 20:34
萬葉一日旅行「山の辺の道と三輪」 [2012年05月26日(Sat)]
 萬葉学会主催の「萬葉一日旅行」に参加しました。
 萬葉学会は、研究者に限らず、萬葉集の愛好者であればだれでも参加できる、開かれた学会です。数年前に入会し、これまで機会を見つけては公開講演会に出かけてきました。今回の萬葉一日旅行は、昭和43年以来途絶えていたのが再開されたもので、コースは以下の通りです。
 桜井駅(集合10:00)→ 泊瀬川 → 海石榴市 → 金屋石仏 → 志貴御県坐神社(崇神天皇磯城瑞籬宮伝承地)→ 大神神社(昼食)→ 狭井神社 → 大直禰子神社(若宮社) → 久延彦神社 → 大美和の杜展望台 → 玄寶庵 → 檜原神社 → 巻向川 → ホケノ山古墳 → 箸墓古墳 → JR巻向駅(16:20着)

 講師の先生方は、学会の坂本先生(代表)、上野先生、毛利先生、影山先生で、上記ルートの関連資料も用意して頂いて、各所で丁寧な説明をしていただきました。

 次の2枚は、志貴御県坐神社での説明の様子と、この場所に建立されている万葉歌碑です。

IMG_2511s.jpg

IMG_2514s.jpg
 【歌】 磯城島の 大和の国に 人二人 ありとし思はば 何か嘆かむ (L-3429)
【口語訳】 この磯城島の大和の国に、あの方というお方が二人あると思うことができたら、何でこんなに嘆いたりなどしようか
『萬葉集釈注』には、「あの方は、この国、この世に二人といないかけがえのない人であるから、夜を通して溜息をつかずにはいられないというので、来ぬ男に焦がれる女の歌である」とあります。


 大神神社へ向かう道
IMG_2515s.jpg

 大神神社で毛利先生の説明を聴きました。
IMG_2520s.jpg

 大神神社の神木の杉で、万葉歌にも詠まれています(2/15の記事参照)。
IMG_2519s.jpg

 大神神社境内の日本書紀歌謡の歌碑(和田嘉寿男先生揮毫)
IMG_2527s.jpg
 【歌】 此の神酒は 我が神酒ならず 倭なす 大物主の 醸みし神酒 幾久 幾久 (15、崇神天皇八年十二月の条)
【口語訳】 この神酒は私が醸造した神酒ではありません。倭国を造られた大物主の醸造された神酒です。幾世までも久しく栄えませ、栄えませ


 大美和の杜展望台からは、大和三山が一望できます(写真左から、香具山、畝傍山、耳成山)。
IMG_2533s.jpg
Posted by katakago at 21:59
カワラナデシコ [2012年05月25日(Fri)]
IMG_2492m.jpg

 カワラナデシコが咲いています。万葉歌には26首詠まれており、うち11首は大伴家持が詠んでいます。家持は特にこの花を愛したようです。
 そのうち4首は、昨年5/30(G-1448、1496)、7/18(Q-4114)、11/29(B-464)の記事に載せています。

 ここでは、家持の別の歌を載せておきます。
【歌】 なでしこが その花にもが 朝な朝な 手に取り持ちて 恋ひぬ日なけむ (B-408)
【口語訳】 なでしこの 花であなたがあればよい そうしたら毎朝 手に取り持って いとおしまない日とてないでしょう
 題詞によれば、家持が坂上大嬢(後に家持の正妻)に贈った歌で、『萬葉集全歌講義』では、「恋する人と離れていて簡単に逢えない状況で、恋人が花であってほしいと言って、逢いたい思いを伝えようとした歌」と解説されています。
Posted by katakago at 17:09
ノアザミ [2012年05月24日(Thu)]
IMG_2402s.jpg

 万葉植物ではありませんが、裏山でノアザミ(きく科)の花が咲いています。
 数年前に購入した、『ラジオ深夜便 誕生日の花と短歌365日』(ステラMOOK)には、ノアザミが来月6/19の花として掲載されています。短歌は鳥海昭子さんの次の歌が載っています。
【歌】 ノアザミは 残して畔の 草刈りし ひとところあり 稲田ひろがる
【作者からの一言】 一面にひろがる美しい水田。草刈りしたばかりの畔道に すっと伸びたノアザミの花だけがわざわざ刈り残してありました。
 
 季節は異なりますが、秋に畔の草刈りをする時、筆者も咲いているヒガンバナだけを残しておくことがあります。

 この時期、草刈りした後の畦道に、ノビル(ゆり科)が伸びています。ノビルが詠まれた万葉歌は一首(O-3829)で、昨年5/26の記事に載せています。

IMG_2433s.jpg
Posted by katakago at 20:16
ウツギ(卯の花) [2012年05月23日(Wed)]
IMG_2479m.jpg

 ウツギ(ゆきのした科)の花が咲きました。昨年5/22の記事にも写真と万葉歌(Q-4066)の解説を載せています。

 ウツギが詠まれた万葉歌(卯の花として詠まれている)は24首あり、ここでは別の歌を紹介します。
【歌】 卯の花の 咲き散る岡ゆ ほととぎす 鳴きてさ渡る 君は聞きつや (I-1976)
【口語訳】 卯の花が 散っている岡から ほととぎすが 鳴いて通りました あなたは聞きましたか
 当時、卯の花は、ホトトギスの到来とともに咲くと考えられており、初夏の景物の卯の花とホトトギスが同時に詠まれた歌は18首あります。
 なお、一昨日(5/21)の記事にも載せていますが、ホトトギスは花橘とも一緒に27首詠まれています。
Posted by katakago at 17:40
池に水を補給 [2012年05月22日(Tue)]
 このところ雨がほとんど降らず、蒸発も激しいためか、ビオトープ池も蓮池もかなり水位が低下していました。
 一昨日溝さらえが終わり、幸いにも今朝水路に水が流れてきました。早速、朝6時前からポンプを引っ張り出して来て、水位の低下が激しかったビオトープ池に水を補給しました。

IMG_2443s.jpg

IMG_2441s.jpg

 蓮池の方は、水路からの水の取り入れ口が付いているので、こちらはポンプを使わなくても済みます。蓮池から溢れ出た水は、隣のハナショウブ園に流れ落ち、畝間に水が溜まりました。これで水遣りの手間が省けます。来月中旬にはハナショウブの花も見られるものと思います。
IMG_2447s.jpg
Posted by katakago at 21:23
タチバナ(花橘) [2012年05月21日(Mon)]
IMG_2430s.jpg

 タチバナの花が咲きました。タチバナが詠まれた万葉歌は、昨年の5/24と今年の3/1の記事で聖武天皇の歌(E-1009)を紹介しています。
 ここでは、初夏の花として花橘が詠まれた歌を載せておきます。
【歌】 我がやどの 花橘に ほととぎす 今こそ鳴かめ 友に逢へる時 (大伴書持 G-1481)
【口語訳】 家の庭の 花橘に ほととぎすよ 今こそ鳴いておくれ 友に逢っているこの時に
 橘の歌69首のうち、62首までが花橘として詠まれており、そのうち27首がこの歌のように、ホトトギスと共に詠まれています。当時の人はホトトギスの声を聴くことに憧れていたようです(『万葉植物事典』より)。

 作者の大伴書持(ふみもち)は、大伴家持の弟で、書持が亡くなった時に家持が挽歌を詠んでいます(P-3957)。その長歌の中で、「萩の花 にほへるやどを」の句の下に、<この人は生来、花草・花樹が好きで、母屋の庭にいっぱい植えてある。それで「花の咲きにおう庭」と言ったのである>という注記があり、書持はとりわけ庭園の植物を楽しむ人であったようです。
Posted by katakago at 21:32
生産組合員として溝さらえに参加 [2012年05月20日(Sun)]
IMG_1713(IXY)s.jpg

IMG_1714(IXY)s.jpg

 矢問生産組合(水利組合)員の共同作業として、田植え前の”溝さらえ”に参加しました。矢問川の井堰付近のヘドロ除去(1枚目の写真)や、水路の泥上げ、周囲の草刈りなど(2枚目の写真)で、朝8時に作業開始し、お昼の休憩をはさんで午後3時過ぎに終了しました。昨年は途中から雨の中での作業となりましたが、今日は曇りで気温もそれほど上昇せず、その点は幸いでした。
 間もなく水路に水がひかれるので、畑の水遣りが楽になります。
Posted by katakago at 20:26
グループで来園 [2012年05月19日(Sat)]
IMG_2398m.jpg

 今年2回目の来園者を迎えました。今日お見えのグループの皆さん(14名)は、シニア自然大学校での同期のお仲間で、終了後もこれまで7年間ほど一緒に活動されているそうです。グル―プの世話役が、筆者の通うNHKカルチャー(万葉集の講座)の受講生で、今回の来園を計画して頂きました。シニア自然大学校では、昨年6月に、講師会主催の講演会で万葉植物の話をさせていただく機会がありましたが、その時話を聴いて頂いた方も3名お見えでした。

 見学していただく前に、いつものように自治会館でスライドを使って話をさせていただきました。今回は、特に「染料に用いられる植物と万葉歌」について紹介しました。このうちカキツバタ・ムラサキ・ベニバナ・ツユクサ・ケイトウ・コナギはこれから真夏にかけて花が見られます。
 
 天候にも恵まれ、新緑が一段と鮮やかになった裏山の植物園と、畑に設けた分園(ビオトープ池・蓮池を含む)を見ていただきました。今日の時点で花を咲かせていた植物は、ヒメサユリ・テイカカズラ・エゴノキ・ムラサキ・カワラナデシコと、水生植物のアサザ・カキツバタ・ショウブです。

 写真は、ビオトープ池の傍で撮ったものです。池の周囲の植物(カワラナデシコ、ヤブカンゾウ、オミナエシ、キキョウ、ヒオウギ、ベニバナなど)は、カワラナデシコを除き今は緑の葉ですが、来月以降色とりどりの花を咲かせてくれます。
 6月、7月にも見学者を迎える予定です。

 参加された方から写真を送っていただきました(園内で説明している様子です)。

DSC03770(hotta)m.jpg
Posted by katakago at 19:22
夏野菜の生育状況 [2012年05月18日(Fri)]
IMG_2383s.jpg

IMG_2382s.jpg

 今月初めに移植した夏野菜の苗(ナス・トマト・キュウリ・オクラ・シシトウ・ブロッコリー・マクワウリ等)が順調に育っています。
 ミニトマト(2枚目の写真)は花を咲かせています。

 エンドウやソラマメはたくさん収穫できたので、子供たち(川崎と札幌)にも送ってやれました。
Posted by katakago at 13:55
ハナショウブの植え付け [2012年05月17日(Thu)]
IMG_2377m.jpg

 蓮池の隣には、ハナショウブを植えています(万葉歌には出てきませんが)。
 今日、通信販売で注文していた苗が届きました。品種名が不明で割安となっていました。今回移植したもの(24株)も合わせ、100株以上となりました。花期は6月中旬ごろかと思われます。どのような花が咲くか楽しみです。
Posted by katakago at 18:07
開花の見られた植物(5/16) [2012年05月16日(Wed)]
IMG_2367m.jpg

 ノイバラ(ばら科)が咲きだしました。秋には赤い偽果(果序)を付けます。
 万葉歌では、うまら(原文は宇万良と表記)として詠まれています。歌(S-4352)の解説は昨年5/21の記事に掲載しています。

 蓮池で咲き始めたアサザ(みつがしわ科)の写真は、5/7に掲載していますが、今は池のほぼ全面で花を咲かせています。

IMG_2373m.jpg

 アサザに混じって、ハスの立ち葉も出てきました(写真右上)。
Posted by katakago at 15:17
ミカンの花咲く [2012年05月15日(Tue)]
IMG_2343m.jpg

 果樹園では、先月花を咲かせたばら科の果樹(サクランボ・スモモ・アンズ・カリン・プルーン)は小さな実を付けています(暖地桜桃は既に収穫)。
 これらに代わって今、柑橘類の花が咲いています。昨年は、温州ミカン・デコポン・キンカンなどを収穫できましたが、今年はこれらの他、伊予柑・八朔・甘夏とレモンも期待しています。
Posted by katakago at 21:42
二上山に登るハイキング [2012年05月14日(Mon)]
IMG_2342s.jpg
 天気は夕方までは大丈夫そうだったので、二上山に登るハイキングに出かけました(近鉄企画のフリーハイキング)。上の写真は、近鉄の車中(当麻寺 ― 二上神社)から撮った二上山(にじょうざん)です。雄岳と雌岳からなり、万葉の頃は「ふたがみやま」とよばれていました。
 今日のコースは、二上山駅 → 春日神社 → 大津皇子の墓 → 葛木坐二上神社 → 雄岳山頂(517m)→ 馬の背 → 雌岳山頂(474m)→ 馬の背 → 祐泉寺 → 當麻山口神社 → 傘堂 → 中将姫の墓 → 當麻寺 → 当麻寺駅までの、約8kmのハイキングです(健脚向き)。
 春日神社を過ぎ、二上山登山口の道標から暫く(約1km)は、渓流沿いに緩やかな登り(写真)でしたが、その後は、大津皇子の墓まで急な上り階段が続いていました。

IMG_2290s.jpg

 写真は雄岳山頂付近にある大津皇子のお墓です(但しこれは後のもので、大津皇子の墓所としては当麻寺近くの鳥谷口古墳が有力とされている)。大津皇子に関しては昨年12/17の記事に載せています。
IMG_2298s.jpg

 雌岳山頂には万葉歌碑が建立されていました。
【歌】 大坂を 我が越え来れば 二上に もみち葉流る しぐれ降りつつ (I-2185)
【口語訳】 大坂を わたしが越えて来ると 二上山に もみじ葉が空を流れて散る しぐれが降り続いて
IMG_2320s.jpg

 雌岳山頂からは、大和三山が眺められるとのことで探してみました。木の間より、5/4に登った畝傍山を望めました。

IMG_2319s.jpg

 登山道のあちらこちらでモチツツジが咲いていました。
IMG_2323s.jpg

 當麻寺に至る途中(旧たいま温泉跡)で、大伯皇女(おおくのひめみこ)の歌の歌碑を見つけました。題詞には、大津皇子の遺体を葛城の二上山に移葬した時に、大伯皇女が悲しんで作られた歌二首とあり、これは一首目の歌です。
【歌】 うつそみの 人なる我や 明日よりは 二上山を 弟と我が見む (A-165)
【口語訳】 この世の 人であるわたしは 明日からは 二上山を 弟として眺めるのか
 なお、この歌関連では、今年の3/29のアセビ(馬酔木)の記事の中で詳しく紹介しています。

IMG_2331s.jpg

 今日5月14日は、當麻寺で練供養(聖衆来迎練供養会式)が午後4時から行われるので、大勢の参拝者がみえていました。これを見物するには3時間以上も待つことになるので、またの機会とすることにしました。



Posted by katakago at 18:00
開花の見られた植物(5/13) [2012年05月13日(Sun)]
IMG_2261m.jpg

 フタリシズカ(せんりょう科)の花の写真です。万葉歌に詠まれている、つぎね(原文は次嶺と表記)が ヒトリシズカ(4/10の記事)、フタリシズカとする説があります(『万葉植物事典』)。昨年5/21の記事に写真と万葉歌(L-3314)の解説を載せています。

 次の写真はテイカカズラ(きょうちくとう科)の花です。万葉歌で、つた(原文は都多・津田と表記)と詠まれている植物を、ぶどう科の蔓性落葉樹のツタの他、テイカカズラとする説があります(『万葉植物事典』)。万葉歌(A-135)は、昨年5/20の記事で紹介しています。

IMG_2272m.jpg
Posted by katakago at 20:07
エゴノキの花咲く [2012年05月12日(Sat)]
IMG_2257m.jpg

 裏山に自生しているエゴノキの花が咲き始めました。昨年5/18の記事にも写真と万葉歌(Q-4106)を載せていますが、ここでは別の歌を紹介します。 
【歌】 山ぢさの 白露重み うらぶれて 心に深く 我が恋止まず (J-2469)
【口語訳】 山ぢさが 白露の重みで たわむようにうちしおれて 心の奥深くで わたしの恋は止まない
 山ぢさは山に生えている「ちさ」の木(エゴノキ)です。上二句の「山ぢさの 白露重み」は、「うらぶれて」を起こす比喩の序詞で、『萬葉集全歌講義』には、「そのいかにも重みに堪えかねる様子が一首に清純なイメージを添えていて効果的である」とあります。
Posted by katakago at 17:58
裏山の植物園内で(5/11) [2012年05月11日(Fri)]
IMG_2199m.jpg

 写真は、ヒヨドリバナ葉脈黄化ウイルスに感染したヒヨドリバナ(きく科)です。葉脈に沿って黄色の模様が見られます。初夏からこのような症状の個体を目にします。
 『万葉集』には、巻十九の孝謙天皇の歌(4268番歌)の題詞に、「もみてる沢蘭一株抜き取り」と出てきます。この沢蘭(さはあららぎ)がヒヨドリバナ(サワヒヨドリ)とみられています。「もみつ」は秋になって葉が色づくことですが、当時の人は、季節に先駆けて紅葉しているとみていたようです。詳細は、昨年6/6の記事に掲載しています。

 一昨日(5/9)ヒメサユリ(オトメユリ)の蕾の写真を掲載しましたが、別の株が咲き始めました。ササユリよりも小ぶりで、花色も濃いピンク色です。

IMG_2217m.jpg
Posted by katakago at 12:06
サクランボ(暖地桜桃)が色づく [2012年05月10日(Thu)]
IMG_2206s.jpg

IMG_2208s.jpg

 サクランボ(暖地桜桃)が色づき収穫を始めました。開花(写真は3/26に掲載)してからほぼ一月半です。粒は小さいですが甘くて食べられます。
 その後一月遅れで開花した別のサクランボ(佐藤錦か?写真は4/26掲載)は、咲いた花の割には結実したもの(実はまだ青い)はわずかで、こちらは人工的に授粉の作業が必要かもしれません。


 本日の記事のカテゴリー「果樹の栽培」ではありませんが、この時期、家の庭に植えたナニワイバラ(ばら科、大輪の一重咲き)が綺麗に花を咲かせています。道路際なので散歩の人が見て行かれます。

IMG_2158m.jpg
Posted by katakago at 09:21
カワラナデシコが咲き始めました [2012年05月09日(Wed)]
IMG_2147s.jpg

 カワラナデシコが咲き始めました(昨年春に播種して育てた株)。昨年も最初の写真は5/15に掲載しています。花後茎を切り戻してやるとまた花を咲かせます。昨秋播いた株もあり、これから秋にかけて花を咲かせてくれるものと思われます。昨年は晩秋にも花を見ることができました(記事は11/29)。
 昨年は5/30、7/18、11/29の記事に万葉歌(いずれも大伴家持の歌)を紹介しています。

 植物園で栽培しているユリで一番早く咲くヒメサユリ(オトメユリ)が、間もなく開花しそうです。

IMG_2164s.jpg
Posted by katakago at 18:34
収穫時期を迎えたエンドウ・ソラマメ [2012年05月08日(Tue)]
 昨年秋に播種したエンドウやソラマメは、半年近くかかってようやく収穫時期を迎えました。エンドウは鞘がふくらんでいるものを試しに一部収穫して味わってみました。これから順次収穫できそうです。
IMG_2156s.jpg

IMG_2155s.jpg

 これらに続いて収穫が見込まれるものは、半年前に苗を植えたタマネギ(晩生)、3月に種イモを植えたジャガイモです(いずれも6月ごろ)。更に7月には、ツルナシインゲン・エダマメ(早生)・モロッコインゲンなどです。

 この連休の間(カルチャーセンターもお休み)に、夏野菜の苗を植え付けました。その内訳は、ナス(6株)・トマト(6株)・ミニトマト(3株)・キュウリ(4株)・マクワウリ(3株)・オクラ(3株)で、同時期にサツマイモ苗(紅あずま10本)の植え付けと、ラッカセイの播種も行っています。サトイモはポットで芽出し中で、芽が出てから畑の畝に移植します(来月か)。これまでスイカも栽培していましたが、アライグマによる食害を防止できず今年は取りやめました。
Posted by katakago at 22:30
アサザが咲き始めました [2012年05月07日(Mon)]
IMG_2138m.jpg

 蓮池で殖えたアサザ(みつがしわ科)が花を咲かせ始めました。花期は長く9月下旬頃まで花を楽しめます。
 万葉歌には、あざさ((原文は阿邪左と表記)として詠まれています。歌は一首のみで、昨年6/4の記事に写真と歌を載せています。
Posted by katakago at 13:03
ショウブ [2012年05月06日(Sun)]
IMG_2134m.jpg
 ビオトープ池ではショウブ(さといも科)の花が咲いています。花茎の中ほどに肉穂花序(淡黄緑色の小花を密集)を付けています(写真中央)。葉は独特の匂いをもち、これが邪気を払い疫病を除くものといわれ、端午の節句に用いられるようになりました。

 万葉歌では、あやめぐさ(原文は菖蒲草・菖蒲・安夜女具佐などと表記)として詠まれています(12首)。昨年5/5の記事で写真と歌を紹介していますが、ここでは別の歌を載せておきます。
【歌】 ほととぎす 待てど来鳴かず あやめぐさ 玉に貫く日を いまだ遠みか (大伴家持 G-1490)
【口語訳】 ほととぎすは いくら待っても来鳴かない あやめぐさを 玉に通す日が まだ遠いからなのか
 『萬葉集釈注』によれば、「玉に貫く日」は五月五日をさし、当時この日に薬玉(くすだま)を飾る習慣があったようです。長命を祈るため香薬を袋に入れ、菖蒲・蓬・橘の実などを玉の代わりに付けて五色の糸を垂らしたものが薬玉で、中国の長命縷(ちょうめいる)の儀式を真似たものと言われています。

 「ほととぎす」と「五月の玉」を詠んだ歌を参考までに載せておきます。
【歌】 ほととぎす いたくな鳴きそ 汝が声を 五月の玉に あへ貫くまでに (藤原夫人 G-1465)
【口語訳】 ほととぎすよ そんなにひどく鳴いてくれるな おまえの声を 五月の玉に 交ぜて緒に通す日までは
 『萬葉集釈注』の解説によれば、当時、ホトトギスの声を五月の節句の薬玉に通して楽しみたいという発想があったようです(1490歌もその発想を踏まえて詠まれている)。「四月中にホトトギスが鳴くのを、五月の薬玉の糸に貫く日のために残しておいてほしいと、その声を惜しんだ歌」とあります。

 先月下旬(4/27)、葛城古道ではホトトギスの鳴き声を耳にしましたが、こちら(川西市矢問)では未だ聞いていません。
Posted by katakago at 21:31
果樹園の除草 [2012年05月05日(Sat)]
 この時期は農作業で忙しくなります。連休の一週間は、昨日を除き、夏野菜の植え付け、畔の草刈り、裏山のタケノコの処分などに追われました。
 今日は、朝から果樹園の除草を行いました。大きく伸びてから刈り払い機で作業するのは大変なので、早めに果樹の間を耕運機をかけて除草することにしました。

IMG_2095s.jpg

 間もなく、ミカンやカキが花を咲かせ、サクランボ(暖地桜桃)も今月中旬には収穫できそうです(防鳥ネットも設置済)。
Posted by katakago at 13:46
大和三山ウォーキング [2012年05月04日(Fri)]
 大和三山のウォーキングに出かけてきました。近鉄企画のフリーハイキングで、大和八木駅を起点に(9時に出発)、耳成山 → 藤原京跡 → 天香具山 → 本薬師寺跡 → 畝傍山 → 橿原神宮前駅(13時着))までの約14kmのコースを歩きました(健脚向き)。このコースは、学生時代(42年前)に犬養先生の万葉旅行で一度歩いたことがあります。

 藤原京は大和三山に囲まれた日本最初の本格的な都(持統・文武・元明天皇の三代にわたる宮)で、以下の写真は、その藤原宮跡から撮った三山です。順に、耳成山(139m)、天香具山(152m)、畝傍山(199m)。
IMG_2079s.jpg
IMG_2081s.jpg
IMG_2083s.jpg

 『万葉集』には、中大兄(天智天皇)の三山の歌が載せられています。
【歌】 香具山は 畝傍ををしと 耳梨と 相争ひき 神代より かくにあるらし いにしへも 然にあれこそ うつせみも つまを 争ふらしき (@-13)
【口語訳】 香具山は 畝傍山をいとしいといって 耳梨山と争った。 神代からこのようであるらしい。昔もこうであったからこそ、今、この世に生きている人も妻争いをするらしいよ。(『萬葉集全歌講義』より)
 この三山歌は、歌詞の解釈によって三山の性別が異なり、おおむね、@香具山(女)が畝傍山(男)を雄々しと思ってそれまで親しかった耳梨山(男)ともめるに至った、A香具山(男)が畝傍山(女)を愛(を)しと思って耳梨山(男)と妻争いをした、B香具山(女)が畝傍山(男)を雄々しと思って耳梨山(女)と男をとりあった、の三説があります。上記の口語訳は、Aの説ですが、この説を採用する『萬葉集全歌講義』には、このように解する方が、「いにしへも 然にあれこそ うつせみも つまを 争ふらしき」という長歌末尾の表現にかなっている、とあります。


 香具山が詠まれた、持統天皇の有名な次の一首も紹介しておきます。
【歌】 春過ぎて 夏来るらし 白たへの 衣干したり 天の香具山 (@-28)
【口語訳】 春が過ぎて 夏が来たらしい 真っ白な 衣が干してある あの天の香具山に
 この歌は『新古今和歌集』にも採られています。
この歌の歌碑(犬養先生揮毫)が、藤原宮跡近くの醍醐池の堤にありました。

IMG_2071s.jpg
Posted by katakago at 22:00
ムラサキ [2012年05月03日(Thu)]
IMG_2056m.jpg

 ムラサキ(むらさき科)の花が咲いています。種から育てて二年目の株です。昨年は、6/11に写真と万葉歌を紹介していますが、17首詠まれているなかから別の歌を紹介します。
【歌】 韓人の 衣染むといふ 紫の 心に染みて 思ほゆるかも (麻田連陽春 C-569)
【口語訳】 韓人が 衣を染めるという 紫の色のように 心にしむばかり 君は懐かしく思われます
 題詞によれば、大宰帥(そち)大伴旅人が大納言に任ぜられ帰京しようとする時に、大宰府の官人たちが、筑前国の蘆城(あしき)の駅家(うまや)で催した送別の宴で詠まれた4首のうちの一首です。作者の麻田連陽春(やす)は、当時大宰大典(大宰府の四等官)で、『新編日本古典文学全集 萬葉集』によれば、旅人の人間的魅力を讃えた歌、とあります。「韓人の衣染むといふ紫の」は、「心に染みて」を起こす序詞。紫色の染料を採る紫草の栽培法や紫根染法は、朝鮮半島からの移住者によって伝えられたようです。当時の衣服令の規定では、官人の礼服の色は一位−深紫、三位以上−浅紫、四位−深緋、五位−浅緋と定められており、旅人はこの当時正三位で、大宰府中でただ一人の紫服着用者でした。

 もう一首は、
【歌】 紫の 我が下紐の 色に出でず 恋ひかも痩せむ 逢ふよしをなみ (K−2976)
【口語訳】 紫の私の下紐の色が外にあらわれないように、恋心を内に秘めたまま痩せてゆくことだろうか。逢う方法もなくて。(『萬葉集全歌講義』より)
 『萬葉集全歌講義』では、次のような解説がなされています。「紫の我が下紐の」の序詞(「色に出ず」を起こす)で、身分ある女性の歌であることが示されており、特に宮仕えをしている女性で制約が大きかったことが想像される、とあります。
Posted by katakago at 14:19
雨の日の池の様子 [2012年05月02日(Wed)]
IMG_2038m.jpg

 ビオトープ池の植物は、先に(4/30)カキツバタを紹介しましたが、全体の様子を掲載しておきます。池の堤には、ヤブカンゾウを始め、カワラナデシコ(一部咲き始めました)、キキョウ、オミナエシ、フジバカマ等が生育し、水際には、ミソハギやセリが生え、ショウブやフトイが伸びてきました。池の中では、カキツバタの他、アサザがハ新しい葉を展開し、ハスも浮き葉を出し始めました。

 次の写真は、蓮池の様子です。昨年、アサザを数株移したところこのように増えてしまいました。その間に、ハスの浮き葉が出てきました。

IMG_2040m.jpg

 7月に夏の見学会を予定していますが、特にこれらの池の植物と裏山のユリ類を見ていただければと思っています。
Posted by katakago at 13:53
ササユリが生育中 [2012年05月01日(Tue)]
IMG_1991s.jpg

 ササユリが伸びてきました。生育に適した場所を探るため、裏山では数か所に分散して植えています。もう蕾が見られる株もあります。花は例年6月中旬ごろです。
 園内のユリでは、ヒメサユリ(オトメユリ)が一番早く咲きます(今月下旬ごろ)。
Posted by katakago at 20:50
プロフィール

katakagoさんの画像
カテゴリアーカイブ
リンク集
http://blog.canpan.info/inagawamanyo/index1_0.rdf
http://blog.canpan.info/inagawamanyo/index2_0.xml