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カキツバタ [2012年04月30日(Mon)]
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 一昨年に畑の一角に造ったビオトープ池では、水生植物が新しい葉を伸ばしています(アサザ、ハス、フトイ、ショウブ、カキツバタなど)。
 早くもカキツバタ(あやめ科)の花が咲き始めました(昨年は、5/7に掲載)。万葉歌には7首詠まれており(原文は垣津旗などと表記)、ここでは昨年とは別の歌を紹介します(巻十の夏の相聞より)。
【歌】 我のみや かく恋すらむ かきつはた につらふ妹は いかにあるらむ (I-1986)
【口語訳】 わたしだけ こうも恋い焦がれているのだろうか かきつばたのように 頬赤らめたあの娘(こ)は どんな気なのだろう (少しは自分の気持ちを察してくれているのであろうか)
 
Posted by katakago at 14:25
夏野菜の植え付け準備 [2012年04月29日(Sun)]
 このところ外出する機会が多かったため、夏野菜の植え付け準備が遅れてしまいました。午前中は耕運機で畝立て作業を行い、午後から、近くのグリーンセンターで野菜の苗(トマト、ミニトマト、キュウリ、ナス、オクラ、マクワウリ、シシトウなど)を購入しました。天気予報で雨になるのを待って植え付けるつもりです。
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 畑で生育中の野菜でこれから収穫できるものは、来月中旬にソラマメ、エンドウ、6月にはジャガイモやタマネギです。今月に播種した、エダマメ、蔓なしインゲン、モロッコインゲンも発芽して生育中です。
Posted by katakago at 20:46
ヤマツツジ [2012年04月28日(Sat)]
 ミツバツツジ(写真は4/16)に続き、他のツツジ(つつじ科)も咲いています。万葉歌は、昨年(5/9)に掲載していますが、ここでは他の歌二首(いずれも挽歌)を掲載しておきます。
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 【歌】 風早の 美保の浦廻の 白つつじ 見れどもさぶし なき人思へば (河辺宮人 B-434)
【口語訳】 風早の 美保の浜辺の 白つつじは 見ていても楽しくない 死んだ人のことを思うから
 題詞には、和銅四年(711)、河辺宮人が姫島の松原で美人(おみな)の死骸を見て、悲しんで作った歌四首、とありこれはその一首目です(巻三の挽歌)。


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 【歌】 水伝ふ 磯の浦廻の 石つつじ 茂く咲く道を またも見むかも (A-185)
【口語訳】 遣水の 磯辺に植えた いわつつじの 茂り咲くこの道を また見ることがあるだろうか
 草壁皇子が亡くなった時に、柿本人麻呂が挽歌(長歌と短歌)を詠んでいますが、それに続けて舎人(とねり)が作った歌23首が載せられています。この歌はそのうちの一首です。


Posted by katakago at 16:35
葛城古道を歩く [2012年04月27日(Fri)]
 日本書紀の講座(NHKカルチャー)を受講する仲間で、葛城古道を歩いてきました。天候にも恵まれ、ウォーキングには最適の一日でした(但し今回の参加者は3名)。コースは当初設定のルートの逆回りで以下の順に巡りました(この方が上り道の距離が短くなるとの案内所の助言もあって)。近鉄御所駅(9:47)から「風の森」までバスで移動し、風の森 → 高鴨神社 → 高天彦神社 → 高天原伝承地 → 葛城一言主神社 → 猿目橋バス停(15:55) → 近鉄御所駅に戻りました(所要時間約6時間半、約27,000歩)。 

 田植え前の水田にはレンゲの花が一面に咲いていました。

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 高鴨神社は全国の加茂(賀茂・鴨)社の総本宮で、主祭神は阿遅志貴高日子根命(あぢしきたかひこねのみこと)。奈良盆地から吉野の山野まで一望できるこの地は、古代豪族の鴨族発祥の地といわれています。写真は境内にそびえるご神木の杉。
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 次の訪れた高天彦神社の祭神は、高御産巣日神(たかみむすひのかみ)で、ここで昼食をとりました。
 高天彦神社(御所市大字高天)から橋本院(御所市高天)に至る前方に広がる台地一帯が、『記紀』にいう高天原の伝承地といわれています。ここで万葉歌碑を見つけました。
【歌】 葛城の 高間の草野 はや知りて 標刺さましを 今そ悔しき (F-1337)
【口語訳】 葛城の 高間(たかま)の萱野を もっと早く知って 標をすればよかった 残念なことをした
 愛していた女が他人のものとなったことを惜しんだ歌(『新編日本古典文学全集 萬葉集』)。ここで、葛城山を背に集合写真(3人だけですが)を写しました。

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 葛城一言主神社の祭神は、葛城之一言主大神と大泊瀬幼武尊(おおはつせわかたけるのみこと、雄略天皇)で、『古事記』に次のような伝承が記されています。雄略天皇が葛城山で狩りをしている時に、一言主大神が天皇と同じ姿で現れ、天皇がそれは一言主大神であることを知り、大御刀・弓矢・百官の衣服を奉献した、とあります。写真は、ご神木の樹齢1200年のイチョウ(乳銀杏と呼ばれる)で、倒木を防ぐための支柱を立てる作業が行われていました。
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 境内に万葉学者櫻井満博士揮毫の万葉歌碑がありました。葛城地方は、古代葛城氏の本貫地で、その葛城氏の祖と仰がれ、四世紀末前後の英雄であったとされる、葛城襲津彦の名が詠み込まれています。
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 【歌】葛城の 襲津彦真弓 荒木にも 頼めや君が 我が名告りけむ (J-2639)
【口語訳】 葛城襲津彦の使う真弓の 強い新しい木のように 私を妻として頼りにしてくださるので 私の名をお洩らしになったのでしょうか (『萬葉集全注』による)
 なおこの歌関連は、3/6の記事に掲載しています。

Posted by katakago at 22:30
果樹園で咲く花(カリン、プルーン、サクランボ) [2012年04月26日(Thu)]
 果樹園では、早生のサクランボ(暖地桜桃、3/26)、アンズ(3/31)、スモモ(4/11)に続き、カリン、プルーン、サクランボ(品種不明)の花が咲いています。
 カリン(ばら科)の花です。果実はカリン酒用に利用できます。

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 プルーン(ばら科)の花です。昨年初めて数個の果実が得られましたが、今年は花もたくさん付けているので期待できそうです。
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 サクランボ(品種不明、佐藤錦か)の花です。今年初めて花を咲かせました。どんな果実が生るか楽しみです。IMG_1825s.jpg
Posted by katakago at 09:14
ヤマザクラ [2012年04月25日(Wed)]
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 裏山に自生しているヤマザクラが咲きました(例年より少し遅めです)。3本生えていますが、写真はそのうちの2本の様子です。葉の展開と同時に白色から淡紅色の花を開きます。
 万葉歌には、桜は40首詠まれています(原文は桜・佐久良・作楽などと表記)。万葉びとが山の花として詠んだのはまずは桜で、竜田山・糸鹿の山(3/24の記事参照)・高円山・絶等寸(たゆらき)の山・阿保山・佐紀山などの桜がうたわれています。
 次の歌は、巻十(四季分類の巻)の春の雑歌、花を詠む20首のうちの1首です。
【歌】 あしひきの 山の際照らす 桜花 この春雨に 散り行かむかも (I-1864)
【口語訳】 (あしひきの) 山あいを照らしている 桜花は この春雨に 散り行くことであろうか
 
 ところでサクラの語源についてはいくつかの説があります。麗しく咲くので「咲麗(さきうら)」、からきているとか、咲く花の総称で「咲くらん」からきているとか、『古事記』の木花開耶姫(このはなさくやひめ)からきた等の説のほか、サは早苗の田の神であるイネの精霊で、クラは場所を意味し神座(かみくら)からきているとの説があるようです(『万葉植物事典』)。
 櫻井満著『花と生活文化の原点 万葉の花』には、「サクラは田の神・神の依代ということであり、そのハナは、田の神、稲の神の示顕とみられたといえよう。このサクラのハナの咲き具合を見て稲穂の稔りを占い、田の神を迎える行事が花見なのであった」とあります。
Posted by katakago at 09:52
春の花その後(カタクリ、オキナグサ) [2012年04月24日(Tue)]
 春に咲いた花々の今の様子をお伝えします。
一枚目の写真は、カタクリのさく果です(この株は4月初旬に開花。カタクリの記事は3/25)。この中に種子が数粒できます。

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 次は、4/5に紹介したオキナグサです。花が終わった後、次の写真のように、そう果の集合体は白毛を密生したような状態になります(和名翁草はこれに由来する)。
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Posted by katakago at 09:28
風で倒れたソラマメの支柱立て [2012年04月23日(Mon)]
 土日の2日間、「飛鳥を愛する会」の行事で家を空けている間に、野良仕事が溜まっていました。
 茎も伸び花を付けているソラマメが、昨日の風の影響で倒れていました。4/3の強風時はまだ茎が短かったため、ほとんど影響もなかったので、支柱も立てずにおいたのですが、20日も経つと茎もかなり伸長してきていたため、風の影響を受けました。あらためて倒れた茎を引き起こし支柱を立ててやりました(写真左、右はエンドウ)。

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 裏山では、タケノコがあちこちで頭を出していました。このまま放置すると後が大変なので、目につくものは全て掘り上げました(竹になってからの伐採作業は何倍もの労力がかかる)。ほとんどが斜面に生えているので、この作業に2時間ちかくかかりました。大きく伸びたものは廃棄し、食べられそうなものを選別したところ、かなりな本数になりました(もう一週間早ければ、見学に来られた方のお土産にできたのですが)。そこで大きな鍋で茹で上げることにし、以前に購入した薪用の窯を引っ張り出して来て、裏庭で作業を行いました。燃料の薪は裏山から枯れ枝を集めてきて使用しました(食材も燃料も自給自足)。これらの作業で1日が終わってしまいました。
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Posted by katakago at 20:47
飛鳥を愛する会 春季現地講座(2日目) [2012年04月22日(Sun)]
 現地講座2日目は、「飛鳥から摂津・播磨を巡る」小旅行です。コースは、橿原神宮前駅を出発点とし、本住吉神社 → 処女塚古墳 → 西求女塚古墳 → 敏馬(みぬめ)神社 → 五色塚古墳・小壷古墳 明石の大門遠望 → 住吉神社(魚住) → 大中遺跡・兵庫県立考古博物館 → 西明石駅 → 橿原神宮前駅 です。
 阪神地区からの参加者は、本住吉神社で合流しました。前日の天気予報では風雨とも大荒れの天候になるとのことでしたが、幸いにも思ったほどひどい天候ではなく、雨傘なしで見学出来た場所もありました。

 六甲山山麓の前期古墳のうち、東側の群には海とのかかわり深い(海から見られることを重視した)古墳群があり、この群の左から、西求女塚古墳、処女塚古墳、東求女塚古墳が並んでいます。写真は、西求女塚古墳で木下先生の説明を聴いているところです。出土鏡の製作年代などから古墳の築造年代は、250〜260年代と推定され、山陰系土器が出土することより、被葬者も山陰出身者か山陰と関わる人物とみられています。

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 ところで、『万葉集』には、二人の男(小竹田壮士と菟原壮士)に求婚された菟原処女が自殺した伝説を題材に、田辺福麻呂、高橋連虫麻呂、大伴家持が詠んだ歌が載せられています。いずれも長歌と反歌からなりますが、田辺福麻呂の反歌に、
【歌】 古の 小竹田壮士の 妻問ひし 菟原処女の 奥つ城ぞこれ (H-1802)
【口語訳】 古の 小竹田壮士(しのだおとこ)が 求婚した 菟原処女(うないおとめ)の 墓なのだこれは
 とあります。処女塚古墳をまんなかに、その両側に東西の求女塚古墳があることより、この伝説の菟原処女の墓が処女塚古墳(ここに上記の歌碑あり)、小竹田壮士と菟原壮士の墓が東西の求女塚古墳とみられてきたようです。あるいは、これらの古墳は山陽道や瀬戸内海を航行する船から見られることより、ここを行き来した律令官人によって形成されていった伝説との見方もあるようです。処女塚古墳では、影山尚之先生(武庫川女子大学教授)から万葉歌に関して解説して頂きました。。

 敏馬神社(みぬめじんじゃ)には、柿本朝臣人麻呂の次の歌の歌碑が建立されていました。
【歌】 玉藻刈る 敏馬を過ぎて 夏草の 野島の崎に 船近付きぬ (B-250)
【口語訳】 玉藻を刈る 敏馬を過ぎて 夏草の茂る 野島の崎に 船は近づいた

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 車中で昼食をとりながら五色塚古墳に向かいました。
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 五色塚古墳(神戸市垂水区)は、淡路島を望む台地の上に築かれた前方後円墳(全長194m)で、4世紀後半ごろの古墳時代前期後半に造営されたもので、現在写真のように築造された当時の姿に復元されています。古墳に葬られた人は、明石海峡とその周辺を支配した豪族と考えられています。
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 後円部の墳頂で岡崎晋明先生(龍谷大学教授)より説明を聴きました。写真右上方に明石海峡大橋、その先に淡路島が写っています。

 魚住の住吉神社では、聖武天皇が神亀三年(726)に播磨国の印南野(いなみの)に行幸された時に、笠朝臣金村が詠んだ歌について、影山尚之先生より説明して頂きました。

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 その反歌のうちの一首を次に載せておきます。
【歌】 行き廻り 見とも飽かめや 名寸隅の 船瀬の浜に しきる白波 (E-937)
【口語訳】 行きつ戻りつして 見ても飽きがこようか 名寸隅(なきすみ)の 船瀬の浜に しきりに寄せる白波は
 この歌の歌碑が浜を瀬に建立されていました。

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Posted by katakago at 22:50
飛鳥を愛する会 春季総会・講座 [2012年04月21日(Sat)]
  「飛鳥を愛する会」は、昭和45年設立の「飛鳥古京を守る会」が40年にわたる活動を通じ当初の役割を終えた後、装いを新たに昨年設立された組織です。会趣意書の目的には、「飛鳥の文化遺産と歴史的風土を愛し、守り、文化・歴史を学び、思いを未来に馳せ、会員自らの心を養う」とあります。昨年秋の現地講座は「韓国歴史の旅」でこれにに参加しました。

 今年の春の行事は今日から2日間で、1日目は、総会と記念講演(於明日香村中央公民館)および周辺遺跡の見学、2日目は、飛鳥から摂津・播磨を巡る小旅行です。今日は、会長の木下正史先生(東京学芸大学名誉教授)から「天武・持統天皇合葬陵と八角形墳」と題する講演を聴講しました。
 八角形墳については、一昨年、牽牛子塚古墳が八角形で斉明(皇極)天皇陵の可能性が高まったと話題になりました。木下先生によれば、八角形墳の思想的背景は、中国の道教的な政治・祭儀にあり(古代中国では八角形は天子の象徴)、日本で道教的なまつりごとを最初に行ったのは皇極(斉明)天皇とみられ、その夫の舒明天皇陵を八角形墳としたのが最初とのことでした。この八角形墳は、大王権力強化の目的で新たに創出された墳形と考えられています。現在知られている八角形墳は、舒明陵のほか、天智陵、岩屋山古墳、牽牛子塚古墳、天武・持統合葬陵(野口王墓古墳)、中尾山古墳(文武陵、八角形墳としてはこれが一番新しい)です。
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 講演の後、天武・持統天皇陵の前で木下先生から説明を聴いているところです。

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 周辺遺跡では、鬼の雪隠・俎古墳と菖蒲池古墳も見学しました。菖蒲池古墳では、実際に発掘調査を担当された橿原市教育委員会の調査員(木下先生の教え子)からも説明をしていただけました。この古墳は、藤原宮の朱雀大路の線上(聖なるライン上)の古墳で、この線上には、天武・持統陵、中尾山古墳、高松塚古墳などがあります
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 家形石棺が二つあり(次の写真)被葬者が誰であるか注目されるところです。
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Posted by katakago at 22:40
生育状況(4/20) [2012年04月20日(Fri)]
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 ビオトープ池の周囲には、種々の多年生植物を植えています。写真中央にはキキョウ、左にカワラナデシコ、右にはオミナエシが写っています。このほか、フジバカマ、タデ、ヨメナ、ヤブカンゾウ、オケラ、ノジギク等の新芽も伸びてきました。花は初夏から秋にかけて楽しめます。
 
 ベニバナは採取した種を毎年播いています。次の写真は一週間ほど前に播種したものですが、そろって発芽してきました。園芸種の他、数年前に山形県の「紅花資料館」から頂いた栽培種(園芸種に比べ鋭い棘がある)の両方を育てています。昨年秋に播種した株は、冬期の寒さに大分傷んでしまいましたので、今回播いた株が順調に生育し、夏の現地講座の頃に咲いてくれればと思っています。

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Posted by katakago at 13:34
花ハスレンコンの植え替え [2012年04月19日(Thu)]
 花ハスレンコンの植え替え作業を行いました。昨年は、ハス苗のポットを池に置床していました。池の中でポットから泥ごと引っ張り出すと、レンコンが”とぐろ”のように生育していました。写真は底の部分を上面にして見たところです。
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 次の写真は、レンコンの”とぐろ”を解きほぐし、新しい芽を付けたレンコンを切り取ったもので、大きめのポットに植え付けました。
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 今日の作業ではすべてポット植えとし、近日中に友人から分与してもらうものは池の泥に直接植える予定です。
Posted by katakago at 17:52
カルチャーセンターの現地講座開催 [2012年04月18日(Wed)]
 今日は、朝日カルチャーセンター芦屋教室の企画で、「万葉の植物を訪ねて〜春の猪名川万葉植物園〜」と題して、現地講座を開催しました。当初どの程度の参加希望があるか心配していましたが、定員20名のところ満席の申し込みをいただきました(更に5名のキャンセル待ちもあったとか)。参加人数は、会場の広さと、植物園内での説明を考慮してしぼらせてもらいました。

 見学に先立ち、自治会館でパワーポイントを使って話をさせてもらいました(いつものスタイルですが)。最初に「万葉人と植物」について、植物と関わる当時の習俗についてもふれ、引き続き、春の植物と万葉歌を写真で紹介しました。できるだけ説明は短くと思っているのですが、今日も約1時間かかってしまいました。今後工夫が必要です。
 以下スナップ写真で講座の様子を紹介します(写真はカルチャーの担当の方にお願いしました)。
 自治会館での説明の様子です。

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裏山の植物園内の様子です。通路が狭いため20名が一列になると一か所での説明が大変で、十分に聞き取れなかった方もあったようで、これも工夫が必要です(今回は拡声器は準備しましたが)。カタクリがいつまで咲いているかやきもきしていましたが、幸いまだ一株が咲いており見ていただけました。
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 出芽してきたササユリの株を見てもらっているところです。
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 畑の一角を植物園の分園にしているところで、夏に咲くヒオウギ・ムラサキ・カワラナデシコなどの株も見てもらいました。
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 芦屋の教室では、夏(7月中旬)にも現地講座を計画中で、それが実現すれば上記の植物に加え、ユリ類、ヤブカンゾウ、キキョウ、ハマユウなどのほか、水生植物のハスやアサザも見ていただけるものと思っています。

Posted by katakago at 20:31
ヤマユリが出芽 [2012年04月17日(Tue)]
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 写真はヤマユリが出芽してきた様子です。裏山には数か所に分けて球根を植え付けていますがいずれもそろって出てきました。開花は7月半ばかと思われます。自生のヤマユリは関東ではよく見かけましたが、関西ではまだ見たことがありません(ササユリは吉野の象谷付近で見かけたことがありますが)。
 この他ユリ類では、オトメユリ、テッポウユリ、ヒメユリ、ササユリ、クルマユリ、サクユリ、オニユリ、コオニユリ、スカシユリ、カノコユリなどの日本の原種を植えています。5月半ばから8月にかけて花を楽しめます。
Posted by katakago at 21:14
ミツバツツジが開花 [2012年04月16日(Mon)]
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 ミツバツツジ(つつじ科)が咲き始めました。写真の株の他に白花のものも植えています。花は葉に先だって開き、花後、葉は枝先に3枚づつ輪生します。
 ツツジ類は裏山には、この他ヤマツツジ、モチツツジが自生しており、これらは4月下旬から5月上旬にかけて開花が見込まれます。
Posted by katakago at 15:48
ヤマブキ [2012年04月15日(Sun)]
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 ヤマブキ(ばら科)の花が咲き始めました。写真と万葉歌(A-158)は昨年5/5の記事で紹介していますが、ヤマブキは集中17首詠まれていますので、ここでは別の歌を取り上げます(原文は山振・夜麻夫伎などと表記)。
【歌】 かはづ鳴く 神奈備川に 影見えて 今か咲くらむ 山吹の花 (厚見王 G-1435)
【口語訳】 蛙の鳴く 神名備川に 影を映して 今頃咲いていることであろうか 山吹の花が
 巻八の「春の雑歌」に入れられています。「かはづ」は「かえる」の歌語で、この歌では清流に棲み鳴き声のよい河鹿(かじか)をさしています。神奈備川は、神奈備の地(神のおられる所)を流れる川の意で、竜田川と飛鳥川のいずれかと考えられています。
 『萬葉集全歌講義』では、「作者は神なび川から遠く離れた所で山吹の花が美しい姿を水に映して咲いている様子を想像している」とあります。
Posted by katakago at 17:49
結婚式 [2012年04月14日(Sat)]
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 今日は、親戚(妻の妹の二男)の結婚式に名古屋まで出かけてきました。雨上がりの新緑に映える熱田神宮での式に参列し、引き続きJR名古屋駅直近のホテルでの披露宴に出席しました。このようなお目出度い場に参加するのは久しぶりのことで、晴れやかな雰囲気の中、我々も楽しいひと時を過ごさせてもらいました。

 お互い思いやりの心を大切に、新しい家庭を築かれることを願っています。
Posted by katakago at 22:30
ワラビ [2012年04月13日(Fri)]
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今朝、裏山の斜面でワラビ(うらぼし科)が数本出ているのを見つけました。万葉歌にはワラビは次の歌一首のみです(原文は和良妣と表記)。
【歌】 石走る 垂水の上の さわらびの 萌え出づる春に なりにけるかも (G-1418)
【口語訳】 岩の上をほとばしり流れる 垂水のほとりの さわらびが 萌え出る春に なったなあ
 巻八は四季分類の巻で、この歌はその冒頭に置かれています(春の雑歌)。題詞には、志貴皇子の懽びのお歌一首とあります。『萬葉集釈注』では、「さわらびの萌え出づる春になりにけるかも、と一気に歌い上げた明るく力強い調べが、春の躍動そのものに調和しており、韻律豊かな気品の高い歌」と評されています。
 
 ところで、この歌について、昨年の井手至先生の講座(NHKカルチャー「萬葉集歌鑑賞」)で、次のような解説をしていただきました。直木孝次郎氏の指摘 ― 題詞の原文表記は、「志貴皇子懽御歌一首」となっており、単なる春のよろこびでこの歌を作られたなら、このような題詞の書き方(「懽」の字)はしないだろう。志貴皇子にとって慶事としてよろこぶ出来事があったのではないか。 ― を踏まえ、『続日本紀』の中からその慶事に該当する箇所を教えていただきました。宇治谷孟現代語訳『続日本紀』から関連個所(元明天皇霊亀元年条,715)を抜粋しますと、「春正月一日、天皇は大極殿に出御して、・・・・(中略)・・・・この日、東方の空に慶雲(めでたい雲)があらわれ、遠江国が白狐を献上し、丹波国が白鳩を献上した。正月十日、次のように詔した。今年の元日に皇太子が初めて拝賀した時、瑞雲がはっきりと現れた。天下に大赦を行うべきである。・・・(中略)・・・また二品(ほん)の穂積親王に一品を授け、三品の志紀親王に二品を、・・・」と記されています。二品の位を授かったことを懽んでこの歌が作られたのではないかとの見方です。 
Posted by katakago at 16:28
ヤマザクラ(仙台屋)が開花 [2012年04月12日(Thu)]
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 ヤマザクラ(ばら科)の園芸種(仙台屋)が咲き始めました。この品種は、高知市内の仙台屋の庭にあったサクラを牧野富太郎博士が命名されたそうです。葉は赤みがかり、花は一重でソメイヨシノよりも大きく、花色も濃いピンク色をしています。通販で購入した苗木を植えて、2年目で花を咲かせてくれました。サクラの苗木はこのほかに、エドヒガン、オオシマザクラ、オオヤマザクラも植えていますが、花が咲くにはまだ何年かかかりそうです。
 裏山には自生しているヤマザクラも3本ほどありますが、これらの開花は来週以降になりそうです。

 来週18日には現地講座で20名ほどの方々を迎えることになっています。これまで紹介してきた春の万葉植物で、ヤブツバキ、アセビ、ミツマタ(以上は盛期を過ぎましたが)の他、スモモ、カタクリ、タチツボスミレ、オキナグサ、ヒトリシズカ、ヤマブキ、ミツバツツジ等の花は見ていただけるかなと思っています。
Posted by katakago at 19:49
スモモの花 [2012年04月11日(Wed)]
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 果樹園に植えているスモモ(ばら科)の花が咲き始めました。今日の雨に来週の現地見学会まで花が持つか心配です。

 スモモは万葉歌に次の一首が詠まれています。
【歌】 我が苑の 李の花か 庭に散る はだれのいまだ 残りたるかも (大伴家持 R-4140)
【口語訳】 わが園の 李の花が 庭に散っているのだろうか それとも薄雪がまだ 残っているのであろうか
 この歌は先に紹介した「桃の花」の歌(3/23の記事)と二首並べて越中で詠まれたものです(天平勝宝二年三月一日の夕方、太陽暦では4月15日にあたる)。「李花と雪」について、『萬葉集全注巻第十九』(青木生子著)では、「夕暮れの庭園にほの白く浮かびあがって見えるもの、それは李の花の実景には違いないものの、春の残雪ではないかと迷わせる心は、前歌同様家持の幻想が生んだもののごとくである。そこには、北国の遅い春のなかにあって、春たけなわの都への思いがひそめられていることも否めないであろう」と述べられています。

 ところで、この歌の原文は、以下のように書かれています
   吾園之 李花可 庭尓落 波太礼能未 遺在可母
三句目の「庭尓落」を、口語訳に採った『新編日本古典文学全集 萬葉集』では、「ニハニチル」と読んで、三句切れ説ですが、上に引用した『萬葉集全注』では、「ニハニフル」と読み二句切れ説で、口語訳も次のようになっています。
【口語訳】 わが園の、あれは李の花であろうか。 それとも、庭にはらはらと降ったはだれの雪が、まだ消え残っているのだろうか。

 父旅人の歌に梅花の宴での次の歌があります(3/7の記事)。
【歌】 我が園に 梅の花散る ひさかたの 天より雪の 流れ来るかも(D-822)
『新編日本古典文学全集 萬葉集』には、この歌にヒントを得たかとあります。
Posted by katakago at 09:16
ヒトリシズカ [2012年04月10日(Tue)]
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 ヒトリシズカ(せんりょう科)の花が咲き始めました。

 万葉歌で、「つぎねふ(原文は次嶺経と表記) 山背道を ・・・」と詠まれる長歌(L-3314)がありますが、『和名抄』には及己(豆木禰久佐、つきねくさ)とあることより、これをヒトリシズカやフタリシズカの古名とし、「つぎねの生えているところの山背道を」と解する説があります(『万葉植物事典』北隆館刊)。
 なお、この歌と口語訳は、昨年の5/21掲載のフタリシズカ(開花時期が一月遅い)の記事で紹介しています。
Posted by katakago at 21:43
タチツボスミレ [2012年04月09日(Mon)]
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 裏山の斜面でタチツボスミレ(すみれ科)が一斉に咲き始めました。スミレは日本では50種あまりが知られており、和名は「墨入れ」を略したもので、花の形が大工の使う墨壺に似るためといわれています。

 万葉歌には4首詠まれています(原文は須美礼と表記)。
【歌】 春の野に すみれ摘みにと 来し我そ 野をなつかしみ 一夜寝にける (山部赤人 G-1424)
【口語訳】 春の野に菫つみにやって来た私は 快い春の野に魅せられて とうとうそこで一夜を寝明かしてしまいました (『萬葉集全注』より)
 この歌は、『古今和歌集』の仮名序にも引用されています。

 大伴池主の長歌にもスミレが詠まれています。その一部を載せておきます。
【歌】 ・・・・ 山辺には 桜花散り かほ鳥の 間なくしば鳴く 春の野に すみれを摘むと 白たへの 袖折り返し 紅の 赤裳裾引き 娘子らは 思ひ乱れて 君待つと うら恋すなり 心ぐし いざ見に行かな ことはたなゆひ (P-3973)
【口語訳】 ・・・ 山辺には 桜花が散り かお鳥が 絶え間なく鳴く 春の野で すみれを摘もうと (白たへの) 袖を折り曲げ 紅の 赤裳の裾を引き 乙女たちは 思い乱れて あなたを待って 恋い慕っているということです いとしいではありませんか さあ見に行きましょう ことはたなゆひ(この句は未詳)
   
 野外での若菜摘み(野遊び)は、豊穣を予祝して春先に行われる民間の行事で、この二首はいずれも食用としてのスミレを詠んだとみられています。
Posted by katakago at 18:03
第48回川西市源氏まつり [2012年04月08日(Sun)]
 今日は「川西市源氏まつり」で市内各所でイベントが行われました。「源氏のふるさと川西」の歴史や文化を広く市内外に発信しようと始められ、今回が48回目となります。
 天禄元年(970)に、源満仲(第56代清和天皇のひ孫)が多田院(現在の多田神社)を創建し、この地に清和源氏の礎を築きました。多田神社のご祭神は、源満仲・頼光・頼信・頼義・義家の五公が祀られています。

 午後には、多田神社を起点に懐古行列が行われました。今までこの時期には所用があり、こちらに戻ってから一度も見る機会がなかったのですが、今回初めて見物に出かけました。音楽隊(早稲田摂陵高等学校ウィンドバンド)を先頭に、少年武者、源氏ゆかりの騎馬武将に、巴御前や常盤御前・静御前(いずれも一般募集)、少女武者、稚児行列や子ども神輿が続きました。天候にも恵まれ、咲き始めた桜のもと沿道には多くの方が見物に出られていました。

 馬上の巴御前

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 常盤御前と静御前
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 地元の多田小学校区コミュニティ推進協議会の花自動車(小姓が乗車)
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Posted by katakago at 15:01
サロンTSUBAICHI3周年を祝って [2012年04月07日(Sat)]
 退職して実家のある関西に戻って以来、「万葉」をとおして多くの方々と知り合いになれました。そのお一人、岡本三千代さんは、長らく「万葉うたガたり会」(万葉歌に作曲しコンサートを開催)の活動を続けてこられ、今は解散となりましたが「犬養万葉顕彰会」の会長のお仕事もされてきました。更に、音楽サロンTSUBAICHIを主宰され、コンサート、定期講座、特別講座、特別企画など幅広い活動をされています。万葉植物のカレンダー制作では写真を提供させてもらっています。この4月で3周年を迎えられ、今日はそのお祝いの記念パーティーが開催され、出席させていただきました。

 3周年のお祝いの特製ケーキ(音楽記号が飾られています)が参会者に披露されました。

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 城山さんの発声でシャンパンで乾杯です。
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 サロンの特別講座「思い出のアルバム」の講師でもある、大岡美佐さんとともに、「花」と「朧月夜」を歌い楽しいひと時を過ごさせていただきました。
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Posted by katakago at 23:07
薬師寺花会式(4/5) [2012年04月06日(Fri)]
 薬師寺は天武天皇の発願(680年)により、持統天皇によって本尊開眼(697年)、文武天皇の時代に飛鳥の地に堂宇が完成しましたが、その後平城遷都(710年)に伴い現在の西の京に移されました。兵火で失われた堂塔の復興は、お写経勧進によって進められ、現在、金堂・西塔・中門・回廊・大講堂が再建されています。写真は復興された西塔です(現存する東塔は修理中)。
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 昨日(4/5)は薬師寺花会式の結願(けちがん)法要の見学に出かけました。正確には修二会といい、薬師悔過法要です。修二会は、奈良の大寺が国家の繁栄と五穀豊穣、万民豊楽などを祈る行事で、先月は、東大寺二月堂で執り行われました(関連記事3/4、3/12)。薬師寺では新暦の3月30日から4月5日にかけて行われます。10種の造花が本尊に供えられるところから「花会式」と呼ばれています。花の種類は、梅・桃・桜・山吹・椿・牡丹・百合・杜若・菊・藤です。

 花会式の法要は、初夜(しょや)・半夜(はんや)・後夜(ごや)・晨朝(じんちょう)・日中・日没(にちもつ)の6回の法要が毎日行われます。最終日の5日は、金堂内で参詣することができました。午後に写経道場で行われる執事長法話を聴いた者には、金堂内へ入堂できる整理券が配布される(400名くらい)とのことで、途中からではありましたがこれに参加しました。

 初夜の行の前に、大講堂前で神供が行われました(二月堂の場合とは異なるようです)。呪師が神々を勧請してお供えを行い、練行衆(修二会に参籠する僧)が読経の後、持っている松明を放り投げます(次の写真)。

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 神供の後、初夜の行は、金堂で午後7時から1時間半に渡って執り行われました(次の図は修二会が執り行われる金堂内の見取り図)。金堂内の薬師三尊像(薬師如来を中央に、向かって右が日光菩薩、左が月光菩薩)の前で薬師悔過の読経がなされました(独特の節回しで、普段聴くお経とはずいぶん違う)。最後に牛玉(ごおう)宝印が練行衆の額に押されて金堂内でのお勤めが終わりました。
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 この後、金堂前で「鬼追式」が行われました。この鬼追式は、薬師如来のお力を受けた毘沙門天が、松明を持って暴れる5匹の鬼を鎮めるという行事です。このころ雨が降り始めていましたが、大勢の方が見学に見えていました。
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 東大寺の場合もそうでしたが、薬師寺でも東日本大震災犠牲者に対する独自の取り組みがなされています。薬師寺では、二万余名の犠牲者のご供養として、2万巻の写経が進められています。納経供養料は一巻2,000円で、賛同者が写経して薬師寺に納めてももよいし、薬師寺に預けて被災地での供養法要、写経会で、あるいは全国各地の中高生に写経してもらうのに活用しようとするものです。この写経での浄財(4,000万円)を、震災で親を亡くした子供たちのために活用したいとのことでした。筆者も花会式の参詣を機会に協力させていただきました。
Posted by katakago at 07:12
オキナグサの花 [2012年04月05日(Thu)]
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 オキナグサ(きんぽうげ科)の花が開き始めました(蕾の写真は3/27に掲載)。万葉歌に、ねつこぐさ(原文は根都古具佐と表記)として詠まれている植物をオキナグサにあてる説があります(『増訂萬葉植物新考』ほか)。集中には次の歌一首のみです。
【歌】 芝付きの 御宇良崎なる ねつこ草 相見ずあらば 我恋ひめやも (M-3508)
【口語訳】 芝付きの 御宇良崎(みうらさき)にある ねつこ草のようなあの娘を 見さえしなかったら わたしはこうも恋い慕おうか
  巻十四には東国の歌が二百数十首も集められていますが、そのうちの一首で国名不明歌に入れられています。御宇良崎は、神奈川県三浦半島の先端のどこかの岬かとする説もありますが、所在は未詳です。『新編日本古典文学全集 万葉集』では、「アネモネに似た暗赤紫色の可憐な花の風情が恋人を連想させたものか」とあり、『萬葉集釈注』では、「ねつこ草」は女の譬えで、「ねつこ」に「寝つる子」(共寝をした子)の意があると解されています。

 オキナグサの花は可憐ですが、花が終わると多数の花柱が長く伸長し球状になります(5月上旬ごろ)。これが老人の白髪頭に似ているため、漢名で白頭翁の名があります。
Posted by katakago at 10:50
春の嵐が去った植物園で [2012年04月04日(Wed)]
 昨日は大変な風と雨でしたが、こちらは大きな被害がなくてよかったです。但し、JR宝塚線、神戸線の運転見合わせのため(梅田まで出かけたのですが)、毎週通っている芦屋の尺八講座は欠席することになりました。

 植物園内の竹林でタケノコが出ているのを見つけ掘り上げました(今年初めて)。

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 二週間後には、現地講座で見学の方を迎えることになっています。
カタクリは今も順次出芽が見られ花を咲かせています(株数は少ないのですが)。タチツボスミレも一斉に咲き始めました。

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 このほかスモモ(早生の品種)が開花し始め、ヤマブキの蕾もふくらんできました。
Posted by katakago at 10:28
ソラマメの花 [2012年04月03日(Tue)]
 昨年秋に播種したソラマメとエンドウが育ってきました(発芽間もない時期の写真は11/18の記事に掲載)。それぞれ花を付け始めた株もみられます。
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  ソラマメの花です。
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 エンドウの花です。
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Posted by katakago at 10:03
シダレヤナギの花穂 [2012年04月02日(Mon)]
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 シダレヤナギ(やなぎ科)が芽吹いてきました。古く中国から渡来した植物で、早春葉が伸びきらないうちに黄緑色の花を咲かせます(写真)。
 万葉歌では、やなぎ(原文は柳・楊・夜奈宜などと表記)として詠まれています。

【歌】 うち上る 佐保の川原の 青柳は 今は春へと なりにけるかも (大伴坂上郎女 G-1433)
【口語訳】 流れに沿うて上って行く 佐保の川原の 青柳は 今はもうすっかり春の風情に なったことよ (『萬葉集全歌講義』より)
 佐保は現在の奈良市の北郊で、当時大伴氏の邸宅もそこにあったようです。佐保の地は佐保川沿いに上って行く地形なので、「うち上る」と詠まれたとみられています(『新編日本古典文学全集 万葉集』ほか)。

 柳は集中39首詠まれていますが、梅と一緒に詠まれたものが16首あります。そのうちの一首を載せておきます。大宰府での梅花の宴(3/7のブログ参照)で詠まれたものです。
【歌】 梅の花 咲きたる園の 青柳は 蘰にすべく なりにけらずや (少弐粟田大夫 D-817)
【口語訳】 梅の花の 咲いている園の 青柳は 蘰にできそうに 芽吹いたではありませんか
 蘰は蔓性植物や柳などの枝を輪状にした髪飾りです。
Posted by katakago at 17:10
若菜祭(明日香村) [2012年04月01日(Sun)]
 今日は明日香村で催された「若菜祭」に出かけてきました。南都ふれあいセンター犬養万葉記念館主催で、犬養先生の生誕日(4/1)にあわせて、毎年4月の第一日曜日に開催されます。

 プログラムの第一部は講演会、第二部は明日香の万葉歌の朗唱会で、第一部に参加しました。今回、演者は大村一郎氏(国立病院機構呉医療センター名誉院長)と坂本信幸先生(高岡市万葉歴史館館長)のお二方で、犬養先生に関係した内容のお話をされました。

 大村氏は、戦前、神奈川県立横浜第一中学校(神中)で、戦後は阪大で犬養先生の教えを受けられた方で、「犬養先生、神中(じんちゅう)一年生への教え」と題してお話されました。3冊の大辞典で徹底した予習・出典を明記、助動詞活用表の暗記・暗唱など、厳しい国語の授業について紹介されました。当時暗記した活用表は今でも覚えていて役立っているとのことでした。

 坂本先生の演題は、「高市黒人の歌」で、犬養先生の著書『萬葉の風土』の中の「高市黒人 ー 特に第三句目の地名表現について ー」の論文を紹介しながら、この論を踏まえ黒人の歌の抒情の本質に迫ろうとするものでした。高市黒人は、持統・文武両天皇の頃の歌人で、旅の歌を多く詠んでいます(短歌のみ18首)。紹介された犬養論文では、地名が読み込まれた万葉歌(短歌)全体では、一首に占める位置は第一句が最も多く(670首)、以下第二句(530首)、第三句(287首)、第四句(256首)、第五句(67首)の順であるのに対し、高市黒人の短歌では、第三句が最も多く(11首)、以下第四句(8首)、第一句(6首)、第二句(4首)、第五句(0)の順で、地名は第三句が顕著に多くなっているのに注目されました(一首中に複数の地名が詠まれた歌もあります)。更に黒人の短歌の大部分は第二句切れで、二句までに、黒人独特の主観または行動が述べられ、次いで第三句目に地名が詠まれているとのことでした。ただ、黒人の抒情の本質についてまでは、残念ながら理解不十分です(申し訳ありません)。
 写真は講演される坂本信幸先生です。

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 講演会は午後からで、その前後に明日香村に建立された犬養先生の歌碑を訪ねて回りました。最初の写真は、明日香村岡(橘寺近くの川戸橋東詰)の歌碑です。
【歌】 明日香川 瀬々の玉藻の うちなびく 心は妹に 寄りにけるかも (L-3267)
【口語訳】 明日香川の 瀬々の玉藻のように ひたむきに 心はあなたに なびき寄ってしまった

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 橘寺付近より少し下流の明日香川です。
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 次の写真は、平田休憩園地内(欽明陵南側の周遊歩道沿い)の歌碑です。この歌は学生時代に先生の講義で聴いて、今も覚えている歌の一つです。
【歌】 さ檜隈 檜隈川の 瀬を速み 君が手取らば 言寄せむかも (F-1109)
【口語訳】 (さ檜隈) 檜隈川の 瀬が速さに ついあなたの手を取ったら 噂をされるでしょうか

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 明日香川にも流れの速い場所がありました(上の写真より少し上流)。
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Posted by katakago at 21:07
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