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ともか
孫のピアノ発表会 (08/01) ともか
孫のピアノ発表会 (08/01) 悟史
アジサイ (06/16)
カキツバタ [2012年04月30日(Mon)]
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 一昨年に畑の一角に造ったビオトープ池では、水生植物が新しい葉を伸ばしています(アサザ、ハス、フトイ、ショウブ、カキツバタなど)。
 早くもカキツバタ(あやめ科)の花が咲き始めました(昨年は、5/7に掲載)。万葉歌には7首詠まれており(原文は垣津旗などと表記)、ここでは昨年とは別の歌を紹介します(巻十の夏の相聞より)。
【歌】 我のみや かく恋すらむ かきつはた につらふ妹は いかにあるらむ (I-1986)
【口語訳】 わたしだけ こうも恋い焦がれているのだろうか かきつばたのように 頬赤らめたあの娘(こ)は どんな気なのだろう (少しは自分の気持ちを察してくれているのであろうか)
 
Posted by katakago at 14:25
夏野菜の植え付け準備 [2012年04月29日(Sun)]
 このところ外出する機会が多かったため、夏野菜の植え付け準備が遅れてしまいました。午前中は耕運機で畝立て作業を行い、午後から、近くのグリーンセンターで野菜の苗(トマト、ミニトマト、キュウリ、ナス、オクラ、マクワウリ、シシトウなど)を購入しました。天気予報で雨になるのを待って植え付けるつもりです。
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 畑で生育中の野菜でこれから収穫できるものは、来月中旬にソラマメ、エンドウ、6月にはジャガイモやタマネギです。今月に播種した、エダマメ、蔓なしインゲン、モロッコインゲンも発芽して生育中です。
Posted by katakago at 20:46
ヤマツツジ [2012年04月28日(Sat)]
 ミツバツツジ(写真は4/16)に続き、他のツツジ(つつじ科)も咲いています。万葉歌は、昨年(5/9)に掲載していますが、ここでは他の歌二首(いずれも挽歌)を掲載しておきます。
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 【歌】 風早の 美保の浦廻の 白つつじ 見れどもさぶし なき人思へば (河辺宮人 B-434)
【口語訳】 風早の 美保の浜辺の 白つつじは 見ていても楽しくない 死んだ人のことを思うから
 題詞には、和銅四年(711)、河辺宮人が姫島の松原で美人(おみな)の死骸を見て、悲しんで作った歌四首、とありこれはその一首目です(巻三の挽歌)。


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 【歌】 水伝ふ 磯の浦廻の 石つつじ 茂く咲く道を またも見むかも (A-185)
【口語訳】 遣水の 磯辺に植えた いわつつじの 茂り咲くこの道を また見ることがあるだろうか
 草壁皇子が亡くなった時に、柿本人麻呂が挽歌(長歌と短歌)を詠んでいますが、それに続けて舎人(とねり)が作った歌23首が載せられています。この歌はそのうちの一首です。


Posted by katakago at 16:35
葛城古道を歩く [2012年04月27日(Fri)]
 日本書紀の講座(NHKカルチャー)を受講する仲間で、葛城古道を歩いてきました。天候にも恵まれ、ウォーキングには最適の一日でした(但し今回の参加者は3名)。コースは当初設定のルートの逆回りで以下の順に巡りました(この方が上り道の距離が短くなるとの案内所の助言もあって)。近鉄御所駅(9:47)から「風の森」までバスで移動し、風の森 → 高鴨神社 → 高天彦神社 → 高天原伝承地 → 葛城一言主神社 → 猿目橋バス停(15:55) → 近鉄御所駅に戻りました(所要時間約6時間半、約27,000歩)。 

 田植え前の水田にはレンゲの花が一面に咲いていました。

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 高鴨神社は全国の加茂(賀茂・鴨)社の総本宮で、主祭神は阿遅志貴高日子根命(あぢしきたかひこねのみこと)。奈良盆地から吉野の山野まで一望できるこの地は、古代豪族の鴨族発祥の地といわれています。写真は境内にそびえるご神木の杉。
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 次の訪れた高天彦神社の祭神は、高御産巣日神(たかみむすひのかみ)で、ここで昼食をとりました。
 高天彦神社(御所市大字高天)から橋本院(御所市高天)に至る前方に広がる台地一帯が、『記紀』にいう高天原の伝承地といわれています。ここで万葉歌碑を見つけました。
【歌】 葛城の 高間の草野 はや知りて 標刺さましを 今そ悔しき (F-1337)
【口語訳】 葛城の 高間(たかま)の萱野を もっと早く知って 標をすればよかった 残念なことをした
 愛していた女が他人のものとなったことを惜しんだ歌(『新編日本古典文学全集 萬葉集』)。ここで、葛城山を背に集合写真(3人だけですが)を写しました。

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 葛城一言主神社の祭神は、葛城之一言主大神と大泊瀬幼武尊(おおはつせわかたけるのみこと、雄略天皇)で、『古事記』に次のような伝承が記されています。雄略天皇が葛城山で狩りをしている時に、一言主大神が天皇と同じ姿で現れ、天皇がそれは一言主大神であることを知り、大御刀・弓矢・百官の衣服を奉献した、とあります。写真は、ご神木の樹齢1200年のイチョウ(乳銀杏と呼ばれる)で、倒木を防ぐための支柱を立てる作業が行われていました。
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 境内に万葉学者櫻井満博士揮毫の万葉歌碑がありました。葛城地方は、古代葛城氏の本貫地で、その葛城氏の祖と仰がれ、四世紀末前後の英雄であったとされる、葛城襲津彦の名が詠み込まれています。
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 【歌】葛城の 襲津彦真弓 荒木にも 頼めや君が 我が名告りけむ (J-2639)
【口語訳】 葛城襲津彦の使う真弓の 強い新しい木のように 私を妻として頼りにしてくださるので 私の名をお洩らしになったのでしょうか (『萬葉集全注』による)
 なおこの歌関連は、3/6の記事に掲載しています。

Posted by katakago at 22:30
果樹園で咲く花(カリン、プルーン、サクランボ) [2012年04月26日(Thu)]
 果樹園では、早生のサクランボ(暖地桜桃、3/26)、アンズ(3/31)、スモモ(4/11)に続き、カリン、プルーン、サクランボ(品種不明)の花が咲いています。
 カリン(ばら科)の花です。果実はカリン酒用に利用できます。

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 プルーン(ばら科)の花です。昨年初めて数個の果実が得られましたが、今年は花もたくさん付けているので期待できそうです。
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 サクランボ(品種不明、佐藤錦か)の花です。今年初めて花を咲かせました。どんな果実が生るか楽しみです。IMG_1825s.jpg
Posted by katakago at 09:14
ヤマザクラ [2012年04月25日(Wed)]
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 裏山に自生しているヤマザクラが咲きました(例年より少し遅めです)。3本生えていますが、写真はそのうちの2本の様子です。葉の展開と同時に白色から淡紅色の花を開きます。
 万葉歌には、桜は40首詠まれています(原文は桜・佐久良・作楽などと表記)。万葉びとが山の花として詠んだのはまずは桜で、竜田山・糸鹿の山(3/24の記事参照)・高円山・絶等寸(たゆらき)の山・阿保山・佐紀山などの桜がうたわれています。
 次の歌は、巻十(四季分類の巻)の春の雑歌、花を詠む20首のうちの1首です。
【歌】 あしひきの 山の際照らす 桜花 この春雨に 散り行かむかも (I-1864)
【口語訳】 (あしひきの) 山あいを照らしている 桜花は この春雨に 散り行くことであろうか
 
 ところでサクラの語源についてはいくつかの説があります。麗しく咲くので「咲麗(さきうら)」、からきているとか、咲く花の総称で「咲くらん」からきているとか、『古事記』の木花開耶姫(このはなさくやひめ)からきた等の説のほか、サは早苗の田の神であるイネの精霊で、クラは場所を意味し神座(かみくら)からきているとの説があるようです(『万葉植物事典』)。
 櫻井満著『花と生活文化の原点 万葉の花』には、「サクラは田の神・神の依代ということであり、そのハナは、田の神、稲の神の示顕とみられたといえよう。このサクラのハナの咲き具合を見て稲穂の稔りを占い、田の神を迎える行事が花見なのであった」とあります。
Posted by katakago at 09:52
春の花その後(カタクリ、オキナグサ) [2012年04月24日(Tue)]
 春に咲いた花々の今の様子をお伝えします。
一枚目の写真は、カタクリのさく果です(この株は4月初旬に開花。カタクリの記事は3/25)。この中に種子が数粒できます。

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 次は、4/5に紹介したオキナグサです。花が終わった後、次の写真のように、そう果の集合体は白毛を密生したような状態になります(和名翁草はこれに由来する)。
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Posted by katakago at 09:28
風で倒れたソラマメの支柱立て [2012年04月23日(Mon)]
 土日の2日間、「飛鳥を愛する会」の行事で家を空けている間に、野良仕事が溜まっていました。
 茎も伸び花を付けているソラマメが、昨日の風の影響で倒れていました。4/3の強風時はまだ茎が短かったため、ほとんど影響もなかったので、支柱も立てずにおいたのですが、20日も経つと茎もかなり伸長してきていたため、風の影響を受けました。あらためて倒れた茎を引き起こし支柱を立ててやりました(写真左、右はエンドウ)。

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 裏山では、タケノコがあちこちで頭を出していました。このまま放置すると後が大変なので、目につくものは全て掘り上げました(竹になってからの伐採作業は何倍もの労力がかかる)。ほとんどが斜面に生えているので、この作業に2時間ちかくかかりました。大きく伸びたものは廃棄し、食べられそうなものを選別したところ、かなりな本数になりました(もう一週間早ければ、見学に来られた方のお土産にできたのですが)。そこで大きな鍋で茹で上げることにし、以前に購入した薪用の窯を引っ張り出して来て、裏庭で作業を行いました。燃料の薪は裏山から枯れ枝を集めてきて使用しました(食材も燃料も自給自足)。これらの作業で1日が終わってしまいました。
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Posted by katakago at 20:47
飛鳥を愛する会 春季現地講座(2日目) [2012年04月22日(Sun)]
 現地講座2日目は、「飛鳥から摂津・播磨を巡る」小旅行です。コースは、橿原神宮前駅を出発点とし、本住吉神社 → 処女塚古墳 → 西求女塚古墳 → 敏馬(みぬめ)神社 → 五色塚古墳・小壷古墳 明石の大門遠望 → 住吉神社(魚住) → 大中遺跡・兵庫県立考古博物館 → 西明石駅 → 橿原神宮前駅 です。
 阪神地区からの参加者は、本住吉神社で合流しました。前日の天気予報では風雨とも大荒れの天候になるとのことでしたが、幸いにも思ったほどひどい天候ではなく、雨傘なしで見学出来た場所もありました。

 六甲山山麓の前期古墳のうち、東側の群には海とのかかわり深い(海から見られることを重視した)古墳群があり、この群の左から、西求女塚古墳、処女塚古墳、東求女塚古墳が並んでいます。写真は、西求女塚古墳で木下先生の説明を聴いているところです。出土鏡の製作年代などから古墳の築造年代は、250〜260年代と推定され、山陰系土器が出土することより、被葬者も山陰出身者か山陰と関わる人物とみられています。

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 ところで、『万葉集』には、二人の男(小竹田壮士と菟原壮士)に求婚された菟原処女が自殺した伝説を題材に、田辺福麻呂、高橋連虫麻呂、大伴家持が詠んだ歌が載せられています。いずれも長歌と反歌からなりますが、田辺福麻呂の反歌に、
【歌】 古の 小竹田壮士の 妻問ひし 菟原処女の 奥つ城ぞこれ (H-1802)
【口語訳】 古の 小竹田壮士(しのだおとこ)が 求婚した 菟原処女(うないおとめ)の 墓なのだこれは
 とあります。処女塚古墳をまんなかに、その両側に東西の求女塚古墳があることより、この伝説の菟原処女の墓が処女塚古墳(ここに上記の歌碑あり)、小竹田壮士と菟原壮士の墓が東西の求女塚古墳とみられてきたようです。あるいは、これらの古墳は山陽道や瀬戸内海を航行する船から見られることより、ここを行き来した律令官人によって形成されていった伝説との見方もあるようです。処女塚古墳では、影山尚之先生(武庫川女子大学教授)から万葉歌に関して解説して頂きました。。

 敏馬神社(みぬめじんじゃ)には、柿本朝臣人麻呂の次の歌の歌碑が建立されていました。
【歌】 玉藻刈る 敏馬を過ぎて 夏草の 野島の崎に 船近付きぬ (B-250)
【口語訳】 玉藻を刈る 敏馬を過ぎて 夏草の茂る 野島の崎に 船は近づいた

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 車中で昼食をとりながら五色塚古墳に向かいました。
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 五色塚古墳(神戸市垂水区)は、淡路島を望む台地の上に築かれた前方後円墳(全長194m)で、4世紀後半ごろの古墳時代前期後半に造営されたもので、現在写真のように築造された当時の姿に復元されています。古墳に葬られた人は、明石海峡とその周辺を支配した豪族と考えられています。
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 後円部の墳頂で岡崎晋明先生(龍谷大学教授)より説明を聴きました。写真右上方に明石海峡大橋、その先に淡路島が写っています。

 魚住の住吉神社では、聖武天皇が神亀三年(726)に播磨国の印南野(いなみの)に行幸された時に、笠朝臣金村が詠んだ歌について、影山尚之先生より説明して頂きました。

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 その反歌のうちの一首を次に載せておきます。
【歌】 行き廻り 見とも飽かめや 名寸隅の 船瀬の浜に しきる白波 (E-937)
【口語訳】 行きつ戻りつして 見ても飽きがこようか 名寸隅(なきすみ)の 船瀬の浜に しきりに寄せる白波は
 この歌の歌碑が浜を瀬に建立されていました。

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Posted by katakago at 22:50
飛鳥を愛する会 春季総会・講座 [2012年04月21日(Sat)]
  「飛鳥を愛する会」は、昭和45年設立の「飛鳥古京を守る会」が40年にわたる活動を通じ当初の役割を終えた後、装いを新たに昨年設立された組織です。会趣意書の目的には、「飛鳥の文化遺産と歴史的風土を愛し、守り、文化・歴史を学び、思いを未来に馳せ、会員自らの心を養う」とあります。昨年秋の現地講座は「韓国歴史の旅」でこれにに参加しました。

 今年の春の行事は今日から2日間で、1日目は、総会と記念講演(於明日香村中央公民館)および周辺遺跡の見学、2日目は、飛鳥から摂津・播磨を巡る小旅行です。今日は、会長の木下正史先生(東京学芸大学名誉教授)から「天武・持統天皇合葬陵と八角形墳」と題する講演を聴講しました。
 八角形墳については、一昨年、牽牛子塚古墳が八角形で斉明(皇極)天皇陵の可能性が高まったと話題になりました。木下先生によれば、八角形墳の思想的背景は、中国の道教的な政治・祭儀にあり(古代中国では八角形は天子の象徴)、日本で道教的なまつりごとを最初に行ったのは皇極(斉明)天皇とみられ、その夫の舒明天皇陵を八角形墳としたのが最初とのことでした。この八角形墳は、大王権力強化の目的で新たに創出された墳形と考えられています。現在知られている八角形墳は、舒明陵のほか、天智陵、岩屋山古墳、牽牛子塚古墳、天武・持統合葬陵(野口王墓古墳)、中尾山古墳(文武陵、八角形墳としてはこれが一番新しい)です。
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 講演の後、天武・持統天皇陵の前で木下先生から説明を聴いているところです。

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 周辺遺跡では、鬼の雪隠・俎古墳と菖蒲池古墳も見学しました。菖蒲池古墳では、実際に発掘調査を担当された橿原市教育委員会の調査員(木下先生の教え子)からも説明をしていただけました。この古墳は、藤原宮の朱雀大路の線上(聖なるライン上)の古墳で、この線上には、天武・持統陵、中尾山古墳、高松塚古墳などがあります
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 家形石棺が二つあり(次の写真)被葬者が誰であるか注目されるところです。
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Posted by katakago at 22:40
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