CANPAN ブログ検索
Loading
  • もっと見る
<< 2011年08月 >>
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31      
最新記事
月別アーカイブ
最新コメント
ともか
孫のピアノ発表会 (08/01) ともか
孫のピアノ発表会 (08/01) 悟史
アジサイ (06/16)
ヤブランの花 [2011年08月31日(Wed)]

 裏山の植物園のあちこちで、今、ヤブラン(ゆり科)の花が咲いています。11月下旬には、緑黒色の種子が出来ます。万葉歌に、やますげ・やますが(原文は山菅・夜麻須我などと表記)と詠まれている植物に、ヤブランあるいはジャノヒゲ(ゆり科)を当てる説があります。
【歌】 咲く花は うつろふ時あり あしひきの 山菅の根し 長くはありけり (大伴家持 S-4484)
【口語訳】 咲く花は うつろい変わる時がある (あしひきの) 山菅の根こそ 長く切れないものなのだ
 この歌の前に、天平勝宝9年6月23日(改元されて天平宝字元年、757)、大監物三形王の邸宅で行われた宴における家持の次のような歌が載せられています。
【歌】 移り行く 時見るごとに 心痛く 昔の人し 思ほゆるかも (S-4483)
【口語訳】 移り行く 時の流れを見るたびに せつないほどに 昔の人のことが 思い出されることです
 この間の状況については、新編日本古典文学全集『万葉集』の頭注に詳しく解説がなされています。それによると、「移り行く時見るごとに」について、橘諸兄が亡くなった後、藤原仲麻呂は反対派の動きを封ずるような施策を次々に打ち出す。これに対し、橘奈良麻呂(諸兄の子)や安宿王・大伴古麻呂・大伴池主らが仲麻呂打倒の謀議を凝らし始める。家持は遠からず起るべき両勢力の衝突を予測してこの語を発したのであろう、とあります。「咲く花はうつろふ時あり」については、咲く花を一時の栄のたとえとする例は多いが、ここは、仲麻呂の朝政を私している現状を憎み、このような悪逆が長く続くはずがないと呪って言ったもの、とあります。
 『続日本紀』によれば、その後相継いで仲麻呂の許に密告があり、7月3日には奈良麻呂をはじめ、大伴氏の一族の古慈悲・池主ら一味がことごとく捕えられ、尋問を受けて主だった者はみな獄死し、その他多くの者が重刑を課せられました。

 なお、やますげ・やますがについては、やブラン・ジャノヒゲとは別に、山に生える菅(かやつりぐさ科のすげ属の総称)とする説もあります。
Posted by katakago at 16:11
畝立て作業 [2011年08月30日(Tue)]


 秋に収穫するジャガイモの植え付けの為、元肥えを入れて畝立てを行いました。品種は、アイノアカ(1kg)と普賢丸(0.5kg)を植え付ける予定です。
 セルカ(消石灰)を混和して暫く放置してあったので、このところの雨で雑草が旺盛に生えてしまい、その除草作業に時間を取られてしまいました。主な雑草の一つがスベリヒユです。スベリヒユは、写真と万葉歌を以前(7/4)に紹介していますが、あらためてその写真を載せておきます。



 ハマユウが今も咲いていますが、先に咲いたものでは、写真右下のように、種がふくらんできました。


 最後の写真は、蓮池のコナギの花です。水田の雑草ですが、水生植物専門店の通信販売では、一株数百円で売られています。
Posted by katakago at 10:49
イネの花 [2011年08月29日(Mon)]

 蓮池の水の落ち口に設置したバットのミニ水田では、イネの穂が出て花が咲いています(白く見えるのがオシベ)。品種はヒノヒカリで6/18に苗を移植しました(6/18ブログ)。稲刈りの時期は10月中旬ごろです。万葉歌では、原文は伊祢・稲と表記されています。
【歌】 稲搗けば かかる我が手を 今夜もか 殿の若子が 取りて嘆かむ (M-3459)
【口語訳】 稲を搗いて 荒れたわたしの手を 今夜も お館の若君が 取って嘆かれることだろうか
 東歌の中の相聞歌(詠まれた国は不明)。当時、稲は刈り取った稲束または籾として貯蔵し、必要に応じて精米されていたようです。「稲搗く」は、籾のままで貯蔵してある稲を臼と杵(当時は堅杵)で搗き、籾殻や糠を除いて精米することで、多くは女性が幾人か集まって行われたようです。この歌は、その稲搗きの作業歌とみられ、『萬葉集釈注』には、「ひび割れの手を恥ずかしがる形でお屋敷の若様との逢瀬を想い見た歌なのであろう」とあります。
Posted by katakago at 09:30
オミナエシ(その2) [2011年08月28日(Sun)]

 オミナエシの写真と万葉歌は7/9に載せていますが、今も咲いています。この写真は、裏山の植物園に咲いているのを写したものです。万葉歌には14首詠まれており、今日は次の歌を紹介します。
【歌】 我が里に 今咲く花の をみなへし 堪へぬ心に なほ恋ひにけり (I-2279)
【口語訳】 わたしの住む里に 今を盛りと咲いている おみなえしよ 恋すまいと思うのだが抑えきれずに やっぱり恋しく思ってしまうよ (『萬葉集全歌講義』より)
 オミナエシは秋の七草の一つ(山上憶良の歌G-1538)ですが、原文では、「ヲミナ」に「美人」、「佳人」、「娘子」、「娘」、「姫」等の文字が当てられており、オミナエシの名称に女性の意が連想されています。この歌では、年頃の美しいおとめの比喩で、『萬葉集全歌講義』では、「身近な所に咲いているおみなえしは、朝夕にその美しい姿が目に入らないではおられない。見るたびにそのやさしく艶なる姿に感動して恋心は抑えきれるものではない、という心である」と解説されています。

Posted by katakago at 08:17
盆踊り大会 [2011年08月27日(Sat)]

 今日は恒例の夏の行事、盆踊り大会の日でした。5つの自治会からなる多田小学校区コミュニティ協議会主催で、毎年多くの参加者があります。夕方からの盆踊りに先立ち、各自治会・コミュニティ内の各種団体が出店する模擬店が開店され、多くの子供たちがお目当てのお店に群がっていました。昨年は、矢問自治会では「あんみつ」を出店しましたが、今年は「綿菓子」で、多くの小さなお客さんを集めていました。また、ビンゴゲームも行われ、番号が読み上げられる毎に歓声が上がっていました(最初の写真)。奈良にいる娘の家族も昨年に引き続き参加したいとのことで、一緒に出かけました。二人の孫は、輪投げやボールすくいを楽しんででいました。ところが、これからいよいよ盆踊りと言う頃に雨が降り出し、それもかなり強い雨で会場の校庭にも水溜りが出来てしまい、盆踊りは中止になってしまいました。

 地元矢問自治会の模擬店です。自治会員には無料の飲料が提供されました。


 コミュニティ文化部会の「ボールすくい」です。

 輪投げでは、二人とも3本の内1本を命中させ商品を貰っていました。

Posted by katakago at 19:28
ツユクサ(その2) [2011年08月26日(Fri)]

 ツユクサの詠まれた万葉歌(原文は月草・鴨頭草と表記)は、6/23に紹介していますが、今でも畑のあちこちで花を咲かせています。日中は咲いて夕方には閉じる一日花です。ツユクサは全部で6首詠まれていますが、今日はその中から次の歌を取り上げました。
【歌】 朝咲き 夕は消ぬる 月草の 消ぬべき恋も 我はするかも (I-2291)
【口語訳】 朝咲いて 夕方しぼむ 月草のように 消え入らんばかりの恋を わたしはすることよ
 上三句は、「消ぬ」を起こす序詞。「消ぬべき恋」は、死んでしまいたいほどに切ない恋、あるいは、死んでしまいそうな苦しい恋の意。類歌に次のような歌があります。
【歌】 夕置きて 朝は消ぬる 白露の 消ぬべき恋も 我はするかも (K-3039)
【口語訳】 夕方置いて 朝には消える 白露のように 消えんばかりの恋も わたしはすることよ

Posted by katakago at 09:24
インタビュー記事(尺八) [2011年08月25日(Thu)]

 退職後自由な時間が持てるようになり、現在、カルチャーセンター・大学の生涯学習センター等に出かけています。これまでの『万葉集』や『日本書紀』等の講座に加え、2008年4月から、都山流尺八の教室(朝日カルチャーセンター芦屋)でレッスンを受けています。25日付朝日新聞夕刊の朝日カルチャーセンターPRページに、筆者のインタビュー記事(ACCと私)が掲載されました(写真)。
 尺八は20代後半から習い始めたものの、仕事の関係で十分な練習時間がとれなくなり、途中で長らく中断していました。ただ、何時かは再開する時があるかと当時使用していた楽譜は全て保存していました。芦屋教室では、星田一山先生から少人数でレベル別の丁寧な指導を頂いています。それぞれ15〜20分ほどですが、先輩方のレッスン内容も非常に参考になります。そのほか、全員での合奏練習も毎回あります。教室は毎週あるので、自宅での練習は最優先の日課にしています。季節によっては農作業に追われ偶に休むこともありますが、一週間も吹かないと音が出なくなったことがあり、それが怖くて出来るだけ毎日尺八を手にする時間をとるようにしています。11月には、演奏会があり教室の仲間と一緒に演奏することになっています。
Posted by katakago at 19:51
ケイトウの花(その2) [2011年08月24日(Wed)]

 ケイトウは7/27に写真と歌を紹介していますが、今年蒔いたものが花を咲かせています(矮性の品種でした)。その花の汁は染料に用いられたので、万葉歌(韓藍として詠まれている)でも次の歌のように、「色に出づ」の比喩に用いられています。
【歌】 恋ふる日の 日長くしあれば 我が苑の 韓藍の花の 色に出でにけり (I-2278)
【口語訳】 恋しく思う 日数が積もったので 我が家の庭の 韓藍の花のように 色に出てしまいました
 この歌の「色に出づ」は、秘めた恋の思いがひとりでに顔や表情に表れることをいっています。

 ケイトウを詠んだものに、山部赤人の次のような歌があります。
【歌】 我がやどに 韓藍蒔き生ほし 枯れぬとも 懲りずてまたも 蒔かむとそ思ふ (B-384)
【口語訳】 わたしの庭に けいとうを蒔いて育て 枯れたって 懲りずにまたも 蒔こうと思う
 この歌の解釈については、韓藍(けいとう)を美しい女性に譬えた寓意があるとする説(『萬葉集釈注』)と、舶来の美しい色の花として観賞に堪える等から、寓意なしで解しうるとする説(『萬葉集全注』ほか)があります。

 今回蒔いたものには、黄色のものもありました。


 次の写真は、昨年のこぼれ種が生えてきたものです
Posted by katakago at 10:41
アワ [2011年08月22日(Mon)]

 アワの写真とその万葉歌については、8/8に掲載していますが、今回は別の歌を紹介します。写真は8/22に写したものですが、早くも稔の秋を感じさせます。
【歌】 ちはやぶる 神の社し なかりせば 春日の野辺に 粟蒔かましを (娘子 B-404)
【口語訳】 (ちはやぶる) 神の社さえ なかったら 春日の野辺に 粟を蒔きましょうに
 比喩歌に分類されており、題詞によれば、佐伯宿禰赤麻呂の贈った歌(これは残っていない)に対し、ある娘子が答えた一首です。この二人の贈答歌は巻4(627,628)にもあり、それによると赤麻呂は白髪混じりの年配の男性であることが分かります。『万葉集』で娘子とだけあって氏姓を記さない場合は、社会的にあまり身分の高くない女性を指すようです。ここでは、遊行女婦(うかれめ、中には当時の知識階級の人と対等に歌を詠む才能を持った者もいたようです)とみる説もあります。新編日本古典文学全集『万葉集』の解説では、「神の社」は、赤麻呂の妻の比喩、「粟蒔かましを」の「粟蒔く」に「逢はむ」のク語法「逢はまく」が懸けられています。比喩歌の裏の意味としては、気性の激しい奥さんさえいなかったら、あなたに逢ってもよいのだがと言う気持ちが込められています。
Posted by katakago at 13:43
ヒマワリの刈り取り [2011年08月22日(Mon)]

 先週は裏山の手入れに集中しある程度目鼻がついたので、今週は畑仕事です。9月の初めに、「万葉の大和路を歩く会」主催の特別万葉旅行(筑波山・三毳山・赤城山・伊香保方面)に参加するので、それまでに済ませておく仕事がいろいろあります。今日は、咲き終わったヒマワリの刈り取りを行いました。次の写真は、刈り取り前後の様子です。9月には、ここを耕しまた種を蒔く予定です。



 蓮池でコナギの花が開いているのを見つけました(コナギの詠まれた万葉歌については8/16に載せています)。朝5時頃は未だ閉じていますが、日中は開いています(但し夕方には閉じる一日花です)。

Posted by katakago at 10:12
| 次へ
プロフィール

katakagoさんの画像
カテゴリアーカイブ
リンク集
http://blog.canpan.info/inagawamanyo/index1_0.rdf
http://blog.canpan.info/inagawamanyo/index2_0.xml