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ヤブランの花 [2011年08月31日(Wed)]

 裏山の植物園のあちこちで、今、ヤブラン(ゆり科)の花が咲いています。11月下旬には、緑黒色の種子が出来ます。万葉歌に、やますげ・やますが(原文は山菅・夜麻須我などと表記)と詠まれている植物に、ヤブランあるいはジャノヒゲ(ゆり科)を当てる説があります。
【歌】 咲く花は うつろふ時あり あしひきの 山菅の根し 長くはありけり (大伴家持 S-4484)
【口語訳】 咲く花は うつろい変わる時がある (あしひきの) 山菅の根こそ 長く切れないものなのだ
 この歌の前に、天平勝宝9年6月23日(改元されて天平宝字元年、757)、大監物三形王の邸宅で行われた宴における家持の次のような歌が載せられています。
【歌】 移り行く 時見るごとに 心痛く 昔の人し 思ほゆるかも (S-4483)
【口語訳】 移り行く 時の流れを見るたびに せつないほどに 昔の人のことが 思い出されることです
 この間の状況については、新編日本古典文学全集『万葉集』の頭注に詳しく解説がなされています。それによると、「移り行く時見るごとに」について、橘諸兄が亡くなった後、藤原仲麻呂は反対派の動きを封ずるような施策を次々に打ち出す。これに対し、橘奈良麻呂(諸兄の子)や安宿王・大伴古麻呂・大伴池主らが仲麻呂打倒の謀議を凝らし始める。家持は遠からず起るべき両勢力の衝突を予測してこの語を発したのであろう、とあります。「咲く花はうつろふ時あり」については、咲く花を一時の栄のたとえとする例は多いが、ここは、仲麻呂の朝政を私している現状を憎み、このような悪逆が長く続くはずがないと呪って言ったもの、とあります。
 『続日本紀』によれば、その後相継いで仲麻呂の許に密告があり、7月3日には奈良麻呂をはじめ、大伴氏の一族の古慈悲・池主ら一味がことごとく捕えられ、尋問を受けて主だった者はみな獄死し、その他多くの者が重刑を課せられました。

 なお、やますげ・やますがについては、やブラン・ジャノヒゲとは別に、山に生える菅(かやつりぐさ科のすげ属の総称)とする説もあります。
Posted by katakago at 16:11
畝立て作業 [2011年08月30日(Tue)]


 秋に収穫するジャガイモの植え付けの為、元肥えを入れて畝立てを行いました。品種は、アイノアカ(1kg)と普賢丸(0.5kg)を植え付ける予定です。
 セルカ(消石灰)を混和して暫く放置してあったので、このところの雨で雑草が旺盛に生えてしまい、その除草作業に時間を取られてしまいました。主な雑草の一つがスベリヒユです。スベリヒユは、写真と万葉歌を以前(7/4)に紹介していますが、あらためてその写真を載せておきます。



 ハマユウが今も咲いていますが、先に咲いたものでは、写真右下のように、種がふくらんできました。


 最後の写真は、蓮池のコナギの花です。水田の雑草ですが、水生植物専門店の通信販売では、一株数百円で売られています。
Posted by katakago at 10:49
イネの花 [2011年08月29日(Mon)]

 蓮池の水の落ち口に設置したバットのミニ水田では、イネの穂が出て花が咲いています(白く見えるのがオシベ)。品種はヒノヒカリで6/18に苗を移植しました(6/18ブログ)。稲刈りの時期は10月中旬ごろです。万葉歌では、原文は伊祢・稲と表記されています。
【歌】 稲搗けば かかる我が手を 今夜もか 殿の若子が 取りて嘆かむ (M-3459)
【口語訳】 稲を搗いて 荒れたわたしの手を 今夜も お館の若君が 取って嘆かれることだろうか
 東歌の中の相聞歌(詠まれた国は不明)。当時、稲は刈り取った稲束または籾として貯蔵し、必要に応じて精米されていたようです。「稲搗く」は、籾のままで貯蔵してある稲を臼と杵(当時は堅杵)で搗き、籾殻や糠を除いて精米することで、多くは女性が幾人か集まって行われたようです。この歌は、その稲搗きの作業歌とみられ、『萬葉集釈注』には、「ひび割れの手を恥ずかしがる形でお屋敷の若様との逢瀬を想い見た歌なのであろう」とあります。
Posted by katakago at 09:30
オミナエシ(その2) [2011年08月28日(Sun)]

 オミナエシの写真と万葉歌は7/9に載せていますが、今も咲いています。この写真は、裏山の植物園に咲いているのを写したものです。万葉歌には14首詠まれており、今日は次の歌を紹介します。
【歌】 我が里に 今咲く花の をみなへし 堪へぬ心に なほ恋ひにけり (I-2279)
【口語訳】 わたしの住む里に 今を盛りと咲いている おみなえしよ 恋すまいと思うのだが抑えきれずに やっぱり恋しく思ってしまうよ (『萬葉集全歌講義』より)
 オミナエシは秋の七草の一つ(山上憶良の歌G-1538)ですが、原文では、「ヲミナ」に「美人」、「佳人」、「娘子」、「娘」、「姫」等の文字が当てられており、オミナエシの名称に女性の意が連想されています。この歌では、年頃の美しいおとめの比喩で、『萬葉集全歌講義』では、「身近な所に咲いているおみなえしは、朝夕にその美しい姿が目に入らないではおられない。見るたびにそのやさしく艶なる姿に感動して恋心は抑えきれるものではない、という心である」と解説されています。

Posted by katakago at 08:17
盆踊り大会 [2011年08月27日(Sat)]

 今日は恒例の夏の行事、盆踊り大会の日でした。5つの自治会からなる多田小学校区コミュニティ協議会主催で、毎年多くの参加者があります。夕方からの盆踊りに先立ち、各自治会・コミュニティ内の各種団体が出店する模擬店が開店され、多くの子供たちがお目当てのお店に群がっていました。昨年は、矢問自治会では「あんみつ」を出店しましたが、今年は「綿菓子」で、多くの小さなお客さんを集めていました。また、ビンゴゲームも行われ、番号が読み上げられる毎に歓声が上がっていました(最初の写真)。奈良にいる娘の家族も昨年に引き続き参加したいとのことで、一緒に出かけました。二人の孫は、輪投げやボールすくいを楽しんででいました。ところが、これからいよいよ盆踊りと言う頃に雨が降り出し、それもかなり強い雨で会場の校庭にも水溜りが出来てしまい、盆踊りは中止になってしまいました。

 地元矢問自治会の模擬店です。自治会員には無料の飲料が提供されました。


 コミュニティ文化部会の「ボールすくい」です。

 輪投げでは、二人とも3本の内1本を命中させ商品を貰っていました。

Posted by katakago at 19:28
ツユクサ(その2) [2011年08月26日(Fri)]

 ツユクサの詠まれた万葉歌(原文は月草・鴨頭草と表記)は、6/23に紹介していますが、今でも畑のあちこちで花を咲かせています。日中は咲いて夕方には閉じる一日花です。ツユクサは全部で6首詠まれていますが、今日はその中から次の歌を取り上げました。
【歌】 朝咲き 夕は消ぬる 月草の 消ぬべき恋も 我はするかも (I-2291)
【口語訳】 朝咲いて 夕方しぼむ 月草のように 消え入らんばかりの恋を わたしはすることよ
 上三句は、「消ぬ」を起こす序詞。「消ぬべき恋」は、死んでしまいたいほどに切ない恋、あるいは、死んでしまいそうな苦しい恋の意。類歌に次のような歌があります。
【歌】 夕置きて 朝は消ぬる 白露の 消ぬべき恋も 我はするかも (K-3039)
【口語訳】 夕方置いて 朝には消える 白露のように 消えんばかりの恋も わたしはすることよ

Posted by katakago at 09:24
インタビュー記事(尺八) [2011年08月25日(Thu)]

 退職後自由な時間が持てるようになり、現在、カルチャーセンター・大学の生涯学習センター等に出かけています。これまでの『万葉集』や『日本書紀』等の講座に加え、2008年4月から、都山流尺八の教室(朝日カルチャーセンター芦屋)でレッスンを受けています。25日付朝日新聞夕刊の朝日カルチャーセンターPRページに、筆者のインタビュー記事(ACCと私)が掲載されました(写真)。
 尺八は20代後半から習い始めたものの、仕事の関係で十分な練習時間がとれなくなり、途中で長らく中断していました。ただ、何時かは再開する時があるかと当時使用していた楽譜は全て保存していました。芦屋教室では、星田一山先生から少人数でレベル別の丁寧な指導を頂いています。それぞれ15〜20分ほどですが、先輩方のレッスン内容も非常に参考になります。そのほか、全員での合奏練習も毎回あります。教室は毎週あるので、自宅での練習は最優先の日課にしています。季節によっては農作業に追われ偶に休むこともありますが、一週間も吹かないと音が出なくなったことがあり、それが怖くて出来るだけ毎日尺八を手にする時間をとるようにしています。11月には、演奏会があり教室の仲間と一緒に演奏することになっています。
Posted by katakago at 19:51
ケイトウの花(その2) [2011年08月24日(Wed)]

 ケイトウは7/27に写真と歌を紹介していますが、今年蒔いたものが花を咲かせています(矮性の品種でした)。その花の汁は染料に用いられたので、万葉歌(韓藍として詠まれている)でも次の歌のように、「色に出づ」の比喩に用いられています。
【歌】 恋ふる日の 日長くしあれば 我が苑の 韓藍の花の 色に出でにけり (I-2278)
【口語訳】 恋しく思う 日数が積もったので 我が家の庭の 韓藍の花のように 色に出てしまいました
 この歌の「色に出づ」は、秘めた恋の思いがひとりでに顔や表情に表れることをいっています。

 ケイトウを詠んだものに、山部赤人の次のような歌があります。
【歌】 我がやどに 韓藍蒔き生ほし 枯れぬとも 懲りずてまたも 蒔かむとそ思ふ (B-384)
【口語訳】 わたしの庭に けいとうを蒔いて育て 枯れたって 懲りずにまたも 蒔こうと思う
 この歌の解釈については、韓藍(けいとう)を美しい女性に譬えた寓意があるとする説(『萬葉集釈注』)と、舶来の美しい色の花として観賞に堪える等から、寓意なしで解しうるとする説(『萬葉集全注』ほか)があります。

 今回蒔いたものには、黄色のものもありました。


 次の写真は、昨年のこぼれ種が生えてきたものです
Posted by katakago at 10:41
アワ [2011年08月22日(Mon)]

 アワの写真とその万葉歌については、8/8に掲載していますが、今回は別の歌を紹介します。写真は8/22に写したものですが、早くも稔の秋を感じさせます。
【歌】 ちはやぶる 神の社し なかりせば 春日の野辺に 粟蒔かましを (娘子 B-404)
【口語訳】 (ちはやぶる) 神の社さえ なかったら 春日の野辺に 粟を蒔きましょうに
 比喩歌に分類されており、題詞によれば、佐伯宿禰赤麻呂の贈った歌(これは残っていない)に対し、ある娘子が答えた一首です。この二人の贈答歌は巻4(627,628)にもあり、それによると赤麻呂は白髪混じりの年配の男性であることが分かります。『万葉集』で娘子とだけあって氏姓を記さない場合は、社会的にあまり身分の高くない女性を指すようです。ここでは、遊行女婦(うかれめ、中には当時の知識階級の人と対等に歌を詠む才能を持った者もいたようです)とみる説もあります。新編日本古典文学全集『万葉集』の解説では、「神の社」は、赤麻呂の妻の比喩、「粟蒔かましを」の「粟蒔く」に「逢はむ」のク語法「逢はまく」が懸けられています。比喩歌の裏の意味としては、気性の激しい奥さんさえいなかったら、あなたに逢ってもよいのだがと言う気持ちが込められています。
Posted by katakago at 13:43
ヒマワリの刈り取り [2011年08月22日(Mon)]

 先週は裏山の手入れに集中しある程度目鼻がついたので、今週は畑仕事です。9月の初めに、「万葉の大和路を歩く会」主催の特別万葉旅行(筑波山・三毳山・赤城山・伊香保方面)に参加するので、それまでに済ませておく仕事がいろいろあります。今日は、咲き終わったヒマワリの刈り取りを行いました。次の写真は、刈り取り前後の様子です。9月には、ここを耕しまた種を蒔く予定です。



 蓮池でコナギの花が開いているのを見つけました(コナギの詠まれた万葉歌については8/16に載せています)。朝5時頃は未だ閉じていますが、日中は開いています(但し夕方には閉じる一日花です)。

Posted by katakago at 10:12
樹木ウオッチングの方々 [2011年08月21日(Sun)]

 今朝は雨模様の中、伊丹から「樹木ウオッチング」のグループの方々が見えられました。グループの代表の方が、6月に筆者がシニア自然大学校で行った講演を聴いておられ、メンバーの方々を誘っての来園となった次第です。例によって、自治会館でスライドによる説明を行った後、現場を見ていただきました。この時期、裏山の植物園では、見るべき花はオミナエシ、キキョウ、ヒオウギ位しかありませんが、下草を刈った後のすっきりした樹木類を見ていただけたものと思っています。また、畑の分園では、上記の植物の他、カワラナデシコ、ベニバナ(6月に播種したもの)、ムラサキ、ハマユウ、ハギ等の花の他、出穂したキビ・アワやナツメの実、それに今年最後のハスの花も見ていただけました。次の写真はそのハスの花です。この雨で花弁も散ってしまいそうです。
Posted by katakago at 14:48
ハギの花咲く [2011年08月20日(Sat)]

 ハギの花が咲き始めました。ハギは万葉歌に最も多く詠まれている植物です(142首)。原文は、芽子・芽・波疑等と表記されています。
【歌】 さ雄鹿の 朝立つ野辺の 秋萩に 玉と見るまで 置ける白露 (大伴家持 G-1598)
【口語訳】 雄鹿が 朝たたずむ野辺の 秋萩に 玉と見まがうばかりに 置いている白露よ
 左注によれば、この歌が詠まれたのは天平15年秋8月で、家持は26歳(久爾京で内舎人)。雄鹿・秋萩・白露と、秋の景物が詠み込まれています。当時、萩と鹿については、次の歌にもあるように、萩を鹿の花妻にみたてる考えがあったようです。鹿と萩を詠み込んだ歌は、24首あります。
【歌】 我が岡に さ雄鹿来鳴く 初萩の 花妻問ひに 来鳴くさ雄鹿 (大伴旅人 G-1541)
【口語訳】 わが岡に 雄鹿が来て鳴いている 初萩の 花を妻問おうとして 来鳴く雄鹿よ
 萩の花が咲き乱れるころ鹿は発情期にはいっていて、雄鹿は雌鹿を求めて鳴く。鹿は萩の花を好みその花のもと近くに来ることが多いので、萩を鹿の妻とする発想が生まれたようです(『萬葉集全歌講義』より)。

 ところで、2008年8月に、京都府木津川市馬場南遺跡(8世紀半ば〜後半)から出土した木簡に、万葉歌と同じ歌(萩が詠まれている)が記されている(11文字のみ残る)事が見出されました。歌は、
【歌】 秋萩の 下葉もみちぬ あらたまの 月の経ぬれば 風を疾みかも (I-2205)
【口語訳】 秋萩の 下葉が色づいた (あらたまの) 月が改まったので 風が荒いからだろうか
 この遺跡からは、「神雄(尾)寺」(歴史書には載っていない)と書かれた土器片や、大量の灯明皿が出土しています。木簡の写真を次に示します。


 この木簡の用途として、仏前唱歌のために用いられたとする説も展開されています(2009年8月向日市開催のシンポジウム)。その根拠として、『万葉集』の次の歌が上げられています。題詞に仏前の唱歌一首とあり、その左注には、皇后宮での維摩講で、さまざまな国の音楽を演奏して供養し、その時この歌(次に示す)が琴の伴奏で歌われた(歌い手は十数人)と記されています。
【歌】 しぐれの雨 間なくな降りそ 紅に にほへる山の 散らまく惜しも (G-1594)
【口語訳】 しぐれの雨よ 間なく降らないでくれ 紅に 色づいた山の紅葉の 散るのが惜しいから

Posted by katakago at 17:13
ヒマワリの種 [2011年08月19日(Fri)]

 ヒマワリの最初の開花は、7/12に掲載しましたが、いま種をびっしりと付けています。来週にも採種をと考えています。


 来月には、その他のヒマワリも刈り取って、もう一度種を蒔く予定です。11月下旬ごろの開花を狙っています。
Posted by katakago at 19:53
蓮池の草取り [2011年08月18日(Thu)]

 蓮池に生えた草取りを行いました。水際だけでなく、水深が50cm程度の所にも草が生えており、一本一本手で抜き取りました。次の写真は、作業後の池の様子です。かなりすっきりしました。

 ハス苗10ポットを置床していますが、そのうちの一株では、根茎が伸びてポットの外でも生育し立ち葉が上がってきています。来年は池全面にハスが生育できるように計画しています。
Posted by katakago at 18:57
サネカズラの花 [2011年08月17日(Wed)]

 サネカズラ(もくれん科)の花が咲いていました。万葉歌では、さなかづら(原文は狭根葛・核葛等と表記)として詠まれています。十一月頃に液果が紅色に熟します。古名のさなかづらは、滑り葛の意味で、枝の皮の粘液を水に浸出して整髪に用いたので美男葛の一名があります。

 裏山の斜面の草刈りも3分の1程が終わりました(12日には、帰省した息子夫婦も少し手伝ってくれました)。終わった所はかなりすっきりしています。




 毎日暑い日が続いていますが、アキノタムラソウ(しそ科)の花が咲き始めました。
Posted by katakago at 07:29
コナギ [2011年08月16日(Tue)]

 今朝、蓮池でコナギの花が咲いているのを見つけました。コナギは、水田の一年生雑草で、万葉歌にも詠まれています(原文は古奈宜・子奈伎と表記)。
【歌】 苗代の 小水葱が花を 衣に摺り なるるまにまに あぜかかなしけ (M-3576)
【口語訳】 苗代の 小水葱の花を 衣に摺り付けたが なじむにつれて なんでこういとしいのか
 この歌は、巻14の東歌で比喩歌に分類されています。「衣に摺る」は、布の上に型紙や型木を当て、その上から染料をつけた刷毛で摺って模様を染め出す、捺染とみられています。但し、コナギの花の色は青紫色ですが、染色が可能なほどに色は濃くないため、実際に用いられたかは不明です。この比喩歌の解釈として、『萬葉集全注』では、「衣に摺り付けて染めることを、女を我がものとしたことに譬え、衣を着馴れることを女と馴れ親しむことに懸ける」と解説されています。
 同じ巻14の上野国の歌にもコナギが詠まれています。
【歌】 上野 伊香保の沼に 植ゑ小水葱 かく恋ひむとや 種求めけむ (M-3415)
【口語訳】 上野の 伊香保の沼で 植えこなぎではないが こう恋い悩もうと思って 種を手に入れたのだろうか 
 この歌では、上三句が、「種求む」を起こす比喩式序詞。「種」は原因で、恋に悩む因を作った自分の行為を後悔した歌と解されています。



 同じ蓮池で、シオカラトンボとイトトンボも見つけました。水辺にはトンボの仲間が集まってきます。シオカラトンボは交尾の後、雌が尾を何度も水面に当てて産卵していました。

Posted by katakago at 15:51
小さな助っ人 [2011年08月15日(Mon)]

 このところ雨がほとんど降りません。今朝方少し降りましたがすぐに乾いてしまいました。夕方、水遣りを孫が手伝ってくれました。野菜類ではサトイモの葉が一部枯れ始めていたので、特に念入りに水を与えました。水を好む植物なので、本来はもっと頻繁に水遣りを行わないといけないのですが、なかなか手が回りません。
 夏場はビオトープ池の水も蒸発が激しいので、数日ごとにポンプで補給しています。水路から水が流れ込む構造になっていないので、この作業も欠かせません。今年造成の蓮池は、水路から直接水を引き込めるので、その点こちらは気が楽です。



 水遣りの後、二人の孫は水辺でカエルを掴むのに興じていました。
Posted by katakago at 19:38
お盆で全員集合 [2011年08月14日(Sun)]

 お盆で家族が集まりました。娘夫婦と二人の孫は奈良から、息子夫婦は川崎から帰ってきました。ビオトープ池の前で記念の集合写真です。二人の孫は、カエルを追っかけ手でつかみ取るのに夢中になっていました。


 ヒマワリと背比べ

Posted by katakago at 19:56
ヒオウギの刮ハ [2011年08月13日(Sat)]

 ヒオウギの花はほぼ咲き終わり、写真のような刮ハが形成されています。秋にはこれがはじけて中の球形の黒い種子が見られます。万葉歌に詠まれる「ぬばたま」はこの黒い種子であるとみられています。

 今日はお盆の入りですが、ハスの花がこの時期まで咲いてくれました。ヒマワリをバックに蓮池に咲いています。



 6月にあらためてベニバナの種(園芸品種)を蒔いたところ、8月になって開花しました。


 ハマユウの写真は、8/3に掲載していますが、その他の株も白い花を咲かせています。


 ユリの仲間では、一番遅れて咲くタカサゴユリが咲き出しました。
Posted by katakago at 06:47
ナツフジ [2011年08月12日(Fri)]

 裏山の斜面で草刈り作業中に、ナツフジの花を見つけました。万葉歌で、ときじきふぢ(原文は非時藤と表記)と詠まれているものが、ナツフジとする説があります(『万葉植物事典』)。但し、多くの注釈書では、普通は5月頃に咲くのが、陰暦の6月(太陽暦の7月)に季節外れに咲いているフジとみられていますが。
【歌】 我がやどの 時じき藤の めづらしく 今も見てしか 妹が笑まひを (大伴家持 G-1627)
【口語訳】 家の庭の 時ならぬ藤のように めづらしく 今も見たいものです あなたの笑顔を
 題詞によれば、家持が、時期はずれの藤の花と萩の紅葉(もみじ)と二つを折りとって、妻の坂上大嬢に贈った歌二首のうちの一首です。歌を贈った時期は左注に、天平十二年六月(太陽暦740年7月3日〜31日に当たる)とあります。季節外れに咲く花や、季節に先駆けて紅葉する草木に興趣をいだいて詠まれた例は他にもあります(R-4268題詞ほか)。この歌の二句「我がやどの時じき藤の」は、「めづらし」を起こす序詞として用いられています。この歌で「めづらし」は、注釈書では、上からは見ることが稀だの意で続き、下へは、愛すべきだ、心引かれる意でかかると解説されています(『萬葉集釈注』ほか)。
Posted by katakago at 10:52
乞巧奠(きっこうてん) [2011年08月11日(Thu)]

 今日は、冷泉家に古くから伝わる、陰暦七月七日の星祭(乞巧奠)の行事を見る機会を得ました。今回は、京都府民ホールでの公開で、知人から入場券を頂き参加できました。牽牛・織女の二星に、種々のお供えをし、蹴鞠、雅楽、和歌などを手向けて、技が巧みになるようにと祈る七夕の儀式(公演パンフレットより)だそうです。写真は、舞台に設えられた「星の座」と称される祭壇で、開演前に撮影したものです。中央には四脚の机の周囲に九本の灯台をめぐらし、後ろに二本のササを立て、ササの間には梶の葉と糸をつるした緒が張られています。机上には、二星に貸すため(二星のデートのバックグラウンドミュージックのために)、琴・琵琶等の楽器が置かれ、二組の食物(海の幸、山の幸)が供えられます。このお供えの種類や配列を覚えるために、冷泉家では、次のような和歌が伝えられているそうです。
   瓜なすび 桃梨空の 杯に ささげ蘭花豆 蒸し鮑鯛
 舞台右には、五色の布・糸や、水を張り梶の葉を一葉浮かべた角盥が置かれ(この水に二星を映して見るそうです)、秋の七草も手向けられます(二枚目の写真)。


 舞台では、蹴鞠、雅楽の演奏に続き、「披講」、「流れの座」へと進行してゆきます。「披講」は、あらかじめ出題された兼題(今回は七夕灯)について、読師(どくじ)の指揮のもと、講師(こうじ)が歌をよみ上げ、発声の先導により、講頌(こうしょう)が独特の節回しで朗詠します(今回は7首が詠まれました)。
 「流れの座」では、男女の組(今回は5組)が参加した歌会が行われます。歌の題は組題(くみだい)で、「七夕」が頭につく各人別々の題を、その場で各々が取りに行きます。重硯や紙が回され準備が整うと、男女の間に、天の川に見立てた白布が敷かれ、牽牛と織女に擬された男女は、自作の歌を筆で紙に書き、それを扇に載せて互いに贈答しあいます。今回は時間の制約から1回でしたが、実際は、翌朝鶏の声を聞くまで歌会が行われるようです。


 冷泉家住宅(京都御苑の北)は現存する最古の公家住宅で、昭和57年に重要文化財に指定されています。写真は表門付近です。冷泉家は、その遠祖に平安時代末期の歌人藤原俊成とその子定家がおり、後の和歌に大きな影響を与えてきた家柄です。
Posted by katakago at 19:49
裏山の下草刈り [2011年08月10日(Wed)]

 ここしばらくの間、畑や畔の草刈りなどに追われて、裏山の植物園の手入れが滞っていました。今朝から斜面の草刈りに取り組んでいます。防虫ネットをかぶり、腰には蚊取り線香をぶら下げての作業です。暑い時期ですので、作業は朝夕の1〜2時間程にしています。全てを刈り終えるのに一週間ぐらいかかるかなと思っています。夏の花もほぼ終わりましたので、下草を刈っておくとこれから咲く花と秋の山の風情を楽しめるものと思っています。

 草刈り作業では、下草の中で残して置きたいものとそうでないものを選り分けながら鎌で刈り取っています。その作業中に、キツネノカミソリ(ひがんばな科)が咲いているのを見つけました。

 
 花壇に植えているユリ類では、今カノコユリが咲いています(黄金色のものは、7/21に咲いていました)。そのほか、タカサゴユリ(タイワンユリ、大正時代に日本に渡来)がこれから咲き始めます。


 この時期朝食前の日課は、畑で野菜の収穫と果樹園の巡回です。今朝、ナツメの木でクマゼミを見つけました。

Posted by katakago at 19:38
ラッカセイ [2011年08月09日(Tue)]

 数年前から毎年ラッカセイを栽培しています(今年は4株だけですが)。夏に黄色い花が咲き、花後子房柄が伸びて地中に豆果を実らせます。次の写真では、子房柄が下に伸びているのが分かります。10月中旬ごろに収穫できる予定です。掘り上げてすぐに茹でると大変美味しいです。


 7/5付けのブログでは、早生のエダマメはヒマワリと雑草に覆われてしまい、あまり期待していませんでしたが、7月下旬にそこそこの収穫があり親戚にも送ることが出来ました。6月に播種した晩生の丹波黒は、今は花を付けています。除草も行っているので、10月中〜下旬に収穫出来るのを楽しみにしています。


Posted by katakago at 08:51
アワの穂が出ました [2011年08月08日(Mon)]

 キビに続き(7/28)、アワの穂が出てきました。万葉歌には、キビは、きみ(原文は寸三と表記)、アワは、あは(原文は粟と表記)として詠まれています。このキビとアワに加えて計6種類の植物を詠み込んだ歌があります。
【歌】 梨棗 黍に粟次ぎ 延ふ葛の 後も逢はむと 葵花咲く (O-3834)
【口語訳】 梨(離)棗(早) 黍(君)に粟(逢)と続いて (延ふ葛の) いずれは逢おうと 葵(逢う日)の花が咲く
 この歌は、梨、棗、黍、粟(以上4種は食用になるもので、この順に成熟する)、葛、葵という6種類の植物をまとめて一首に仕立て上げられています。当時の知識人たちに広く愛読されていた中国の小説『遊仙窟』の中の表現を踏まえて詠まれた、一種の言葉遊びの歌です。新編日本古典文学全集『万葉集』の頭注には、次のような解説がなされています。梨と棗との取り合わせは、『遊仙窟』の中で、棗は「早」と、梨は「離」と、それぞれ類音であることを踏まえて、五嫂(ごそう)と十娘(じゅうじょう)の二人の女性が、「相知ること棗に在らず(早く知り合いにならなかったのが残念)」と言い、「忍びずして分梨す(辛いけれどわざと離れている)」と言ったのによる。今は離れているが早く、の意を込めるとあり、「黍に粟次ぎ」は、「君」に続けて「逢はむ」の意。「延ふ葛の」は、「後逢う」の枕詞で、「葵」は、あおい科の植物で、「逢う日」をかけています。


 キビとナツメの写真を載せておきます。次の写真は、キビの穂です。

 次の写真は、ナツメの実です。少し色づいてきました。
Posted by katakago at 16:20
お盆前の寺掃除 [2011年08月07日(Sun)]

 8月の第一日曜日には、檀家でお寺の掃除をすることになっています。朝8時から地元の檀家(約20名)が分担して、境内と周辺の道路の清掃を行いました。

 寺名は瀧門寺(菩提山)で宗派は浄土宗です。徳川末期に火災に遭い、古文書・記録なども焼失したため、歴史や沿革は明らかではありません。寺宝は、本尊の阿弥陀如来座像、十一面千手聖観音立像の他、雨宝童子石仏(地蔵)などがあります。このお地蔵さんをまつる地蔵堂(境内山門傍)では、毎年8月23日に地蔵盆の行事が行われています。このお寺は、摂州多田荘巡礼33所の29番となっており、その御詠歌に、
 梓弓 矢問の山に 詣で来て 頼む仏の 御手に引かれん
と詠われています。
 7年前に3年間、檀家総代を務めましたが、当時から本堂の老朽化が問題になっており、次に総代の順番が回って来るまでには、目処がついていて欲しいものです。

Posted by katakago at 14:33
オニビシの花 [2011年08月06日(Sat)]

 今朝、オニビシ(普通のヒシに比べ大型)の白い花が咲いていました。ヒシは池に生えるひし科の一年草で、泥中から長い茎を出して水面に達し、光沢のある菱形の葉を多く浮かべ、夏に白い花を咲かせます(花は一日で閉じる)。実には棘があり食用になります。万葉歌には、二首詠まれています(原文は菱と表記)。
【歌】 君がため 浮沼の池の 菱摘むと 我が染めし袖 濡れにけるかも (柿本人麻呂歌集 F-1249)
【口語訳】 あなたのために 浮沼の池の 菱を摘んでいるうちに 自分で染めた袖は 濡れてしまいました
 羈旅にして作る歌90首のうちの一首。「我が染めし袖」の「我」は、女性である作者で、ヒシの実を摘んで男をもてなす女の立場の歌とみられています(『萬葉集全注』)。集中のもう一首は、
【歌】 豊国の 企救の池なる 菱の末を 摘むとや妹が み袖濡れけむ (O-3876)
【口語訳】 豊国の 企救の池にある 菱の実を 摘もうとしておまえは 袖を濡らしたのか
 この歌は、豊国(豊前・豊後の総称)の海人の歌と題されており、『萬葉集全注』によれば、「今の女の歌(F-1249筆者注)を男の立場から歌い替えたようなところがある。この二首のもとは水辺生活者の間で歌われていた謡いものであったろう」とあります。
Posted by katakago at 09:46
ヒマワリ一斉に開花(第三群) [2011年08月05日(Fri)]

 ヒマワリは8/1にも紹介していますが、その時蕾だった第三群が一斉に開花しました(東を向いて咲いています)。これらの花が終わった後、9月にもう一度ヒマワリの種を蒔いてみようと考えています。11月下旬頃に花が楽しめるものと思っています。

 蓮池では、今年はもう終わりかと思っていたハスの開花がみられました。



 同じ蓮池の水辺で、水田雑草の一つのコナギ(万葉歌にも詠まれています)が3株生えているのを見つけ嬉しくなりました。かって水田であったっところですが、もう何年も畑地状態でしたのでまさか生えてくるとは思っていませんでした。そのうち青紫色の可愛い花が咲くはずです。


 次の写真は、通販で購入したオニビシで、蓮池に植えました。ヒシも万葉歌に詠まれています。花が咲くのが待たれます。


 裏山の植物園では、ケヤキの木で鳴いているアブラゼミを見つけました。

Posted by katakago at 07:40
スダジイ [2011年08月04日(Thu)]

 シイは万葉歌には、しひ(原文は四比・思比と表記)として3首詠まれています。シイと呼ばれるものには、スダジイ、ツブラジイ、マテバシイ(いずれもぶな科)があります。写真はスダジイの葉です。
【歌】 家にあれば 笥に盛る飯を 草枕 旅にしあれば 椎の葉に盛る (有間皇子 A-142)
【口語訳】 家に居れば 器に盛る飯を (草枕) 旅にあるので 椎の葉に盛るのか
 有間皇子が謀反の罪で捕えられ、斉明天皇が皇太子中大兄と共に行幸中の牟婁の湯に護送された時(往路)の、松が枝を結ぶ歌二首の二首目です。一首目は、
【歌】 岩代の 浜松が枝を 引き結び ま幸くあらば またかへり見む (A-141)
【口語訳】 岩代の 浜松の枝を 引き結んで 幸い無事でいられたら また立ち帰って見ることもあろう
です。笥は物を入れる容器をいい、ここは飯を盛る飯笥(いいけ)。第二・五句の「盛る」を「食べる」意とし、皇子の身の旅の不自由を告げる歌とみる説の他、旅の神祭りを示す第一首(「浜松が枝を引き結び」 − 無事、安全を祈る呪的習俗の一つ)と組になっていることから、神にお供えする意に解する説があります(『萬葉集釈注』)。有間皇子は、牟婁の湯で尋問を受け、再び都へ引き戻されることになりますが、藤白の坂(現在の海南市の古道)で絞首されました(当時19歳)。
 園内には、スダジイの他、マテバシイを植えています。次の写真はマテバシイの葉です。

Posted by katakago at 13:42
ハマユウ [2011年08月03日(Wed)]

 ようやくハマユウ(ひがんばな科)の花が咲きました。写真は7/26(この時は蕾)掲載の株です。今年は例年より開花が遅いようです。
万葉歌には、次の一首のみ詠まれています(原文は浜木綿と表記)。
【歌】 み熊野の 浦の浜木綿 百重なす 心は思へど 直に逢はぬかも (柿本人麻呂 C-496)
【口語訳】 み熊野の 浦の浜木綿のように 百重にも 心では思っているが 直には逢えないものだね
 持統四年(690)の9月13日から24日まで、紀伊行幸がありその折の詠と見られています(『萬葉集釈注』)。とすると、この時期花は終わっていたかもしれません。この歌は4首からなる歌の最初のもので、人麻呂が創作し宴で披露した問答歌とみられています(『萬葉集釈注』)。ところで、何が「百重なす」かについて、犬養孝著『万葉の旅』中には、「波頭のたとえ、茎が幾重、花が百重などの諸説もあるが、群落自生の実景と歌の心情の表し方を見れば、緑葉の百重としか考えられない」とあります。この本には、新宮市三輪崎の孔島に自生するハマユウの写真が掲載されています。筆者も夏に二度(1972年、1993年)訪れ、自生しているハマユウの群落を見たことがあります。犬養先生揮毫のこの歌の歌碑が孔島に建立(1974)されています。

 当園では、最初の頃裏山の一角にハマユウを植えていましたが、何度か冬に枯らしてしまいました(日中の日当たりが悪い場所であったためか)。ある時は、大阪市住吉区に住んでいる甥が、自宅に植えてあったハマユウの株を運んで来てくれたのですが、それも枯らしてしまい申し訳なく思っています。現在は、場所を分散して三か所の地植えと、念のため鉢植えでも栽培しています。いずれも日当たりのよい場所ですので、枯れてしまうことはありません。これらは、2004年夏に、紀伊万葉旅行(当時、武庫川女子大オープンカレッジの和田嘉寿男先生の講座)に出かけた折、昼食に立ち寄った旅館「黒島」(日高郡由良町衣奈海岸)の庭先にハマユウが沢山植えられており、お願いして秋に種を送ってもらって育てているものです(段ボールにいっぱいの種を送っていただきました)。次の写真は、別の場所に植えているものです。

Posted by katakago at 10:28
ソーメン流しを愉しむ [2011年08月02日(Tue)]

 今日の午後、地元の長寿会が中心に企画され、自治会と子供会の共催で、「子供たちのお楽しみ会」が開催されました。7/17に伐り出し準備された孟宗竹を使ってソーメンが流されると、待ち構えていた子供たちが一斉に箸を差し出して掬い取っていました。珍しい行事に子供たちも大変喜んでいました。準備と実施にあたられた長寿会のメンバーも、沢山の参加者(60名以上の子供たち)があり準備のし甲斐があったようです。このほか、室内では、ミニボーリングゲーム、ボールすくい等も愉しんでいました。



Posted by katakago at 14:50
ヒマワリ開花(第二群) [2011年08月01日(Mon)]

 畑の遊休地に、景観保全用にヒマワリを植えていますが、7/12に続き播種時期をずらせた第二群が開花中です。更にその第三群の蕾も膨らみ間もなく一斉に開花しそうです。こちらは今年購入の種を蒔いたためか、生育がそろっています。
Posted by katakago at 07:38
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