CANPAN ブログ検索
Loading
  • もっと見る
<< 2011年07月 >>
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31            
最新記事
月別アーカイブ
最新コメント
孫のピアノ発表会 [2011年07月31日(Sun)]

 娘夫婦が転勤で東京から奈良に来て4年になります。二人の孫娘も今年は小4と小2になりました。今日は、大和西大寺のNARAFAMILY秋篠音楽堂で、上の孫のピアノ発表会があり聴きに行ってきました。今年で4回目の参加となり、曲目は、「風の谷のナウシカよりレクイエム」で、落ち着いて弾いていました。下の孫は、クラシックバレエを習っており、こちらも先月「けいはんなプラザ」で発表会がありました(残念ながら撮影は不可でした)。二人とも楽しみながらお稽古を続けているようです。
 演奏会と言えば、息子のお嫁さんがバイオリンをやっており、毎年秋に出身大学のオーケストラに参加して演奏会をやっているそうです。横浜なので未だ出かけたことはありませんが、機会を見つけて一度聴きに行ければと思っています。
 11月には、筆者が習っている尺八の演奏会があり、課題曲の暗譜演奏に向け毎日の練習が欠かせません。


 今晩、月下美人が咲きましたので、その写真を載せておきます。
Posted by katakago at 21:02
越中万葉の世界 [2011年07月30日(Sat)]

 今月26日から、高岡市万葉歴史館の「万葉故地交流展」が、大阪の音楽サロンTSUBAICHIで開催されています。今日の午後は、「万葉うたがたりミニコンサートと記念講演会」が開催され参加してきました。はじめにサロン代表の岡本三千代さんから挨拶があり(2枚目の写真)、

 続いて、岡本さんが作曲した越中ゆかりの万葉歌が、うたがたり会のメンバーにより歌われました(3枚目の写真)。


 4月から万葉歴史館の館長になられた坂本信幸先生が、「越中万葉の魅力」と題して講演されました。特に、大伴家持が越中赴任中に詠んだ歌の、「春の園 紅にほふ 桃の花 下照る道に 出で立つ娘子 (R-4139)」の解釈で、これまで二句切れ(春の園が紅に輝いている)とみるか、三句切れ(春の園の紅色に咲いている桃の花)とみるかで説が分かれているなかで、二句切れとみる観点から、詳細な解説がなされました。三句切れ説の拠り所の一つとして挙げられている漢語の「紅桃」については、漢籍では、緑と紅の対で使用されているが、この歌ではそのような対句での表現ではなく、「紅にほふ」は連体格として「紅桃」と三句切れになるのではなく、二句切れで解するのが良いとの考えであったように思います(十分理解できたか?)。


 今回は、越中万葉を紹介するパネルと、万葉歴史館収蔵の故犬養孝名誉館長の書も2点(「立山の賦」と「かたかごの花」)が展示されていました。次の写真は、高岡市伏木の勝興寺北西隅にある「かたかご」万葉歌碑のもとになった書です。読み下し文は、「もののふの 八十娘子らが 汲みまがふ 寺井の上の 堅香子の花」です。かたかご(カタクリ)は、高岡市の花となっています。
Posted by katakago at 19:54
多太神社夏季例祭 [2011年07月29日(Fri)]

 今日は、近隣の住民が氏子となってお世話している、多太神社の夏季祭礼が取り行われました。昨年は自治会長として、今年は矢問地区の宮総代として参列しました。この神社には専任の宮司がいないため、神事は多田神社の神官により行われました。祝詞奏上では、適度に雨が降り乾きすぎることもなく風の被害もなく、秋の稔が祈念されていました。
 多太神社は、『延喜式』摂津国川辺郡所属の式内小社とされ由緒は古いようです。この神社は、川西市平野(旧川辺郡多田庄平野村)にあります。『川西市史』によると、摂津国神別の主な氏族の中に、神人(みわひと)氏がみえ(『姓氏録』に)、大国主命の五世の孫、大田田根子(オオタタネコ)命の子孫と記され、その居住地は、川辺郡大神(おおむち)郷(『和名抄』にみえる、現在の川西市多田あたり)であり、多太神社は、神人氏の祖先大田田根子命を祭神とみる考えが示されています。多太は、タダまたはオオタと読み、オオタタネコの大田が多田となり、後世タダと呼ばれるようになったとみられています。



 多太社の社号標石について、『川西市史』には、次のような解説が載せられています。享保当時、村人はこの多太社を平野明神とよんでいた。それを並河誠所(『五畿内志』の著者)が調査し史実を考証した結果、この社は『延喜式』の「神名帳」に記されている多太社と考えた。それにより、元文元年(1736)、寺社奉行大岡忠相の命で平野村に多太社の標石を建てることになったようです。その標石が次の写真です。

Posted by katakago at 14:04
ハスの花托 [2011年07月29日(Fri)]

 ハスの花弁が散った後、花托の中には実がぎっしり詰まって、蜂の巣のような形になっています。秋にこの種を採取すれは、翌年の春に種皮をヤスリで傷つけ発芽させて、ハス苗を育てられるようです。
 ハスの花は、今年は6月末からほぼ一月にわたって楽しめました。最後に咲いている二株が以下の写真です。


Posted by katakago at 13:05
キビの穂が出ました [2011年07月28日(Thu)]

 キビの穂が出ました。万葉歌には、きみ(原文は寸三と表記)として詠まれています。

 オミナエシは、7/9に紹介していますが、写真のように今満開の状態です。



 カワラナデシコは、一旦咲き終わり茎を刈り取り種を採取しています。刈り取った株元から新しい芽が出てきており秋の開花が期待されます。


 果樹園のミカンの葉で、羽化後間もないナミアゲハを見つけました。

Posted by katakago at 06:45
ケイトウ [2011年07月27日(Wed)]

 ケイトウは、ひゆ科の一年草で、わが国には染料(韓渡来の藍)として移入され、観賞用にも植栽さてていたようです。万葉歌には、からあゐ(原文は韓藍・鶏冠草などと表記)として詠まれています。
【歌】 秋さらば 移しもせむと 我が蒔きし 韓藍の花を 誰か摘みけむ (F-1362)
【口語訳】 秋になったら 移し染めにでもしようと 私が蒔いておいた けいとうの花なのに その花をいったいどこの誰が摘み取ってしまったのだろう (『萬葉集釈注』より)
 この歌は、巻7の比喩歌(花に寄せる)に分類されています。表の意味は、口語訳のようになりますが、裏の意味は、ころ合いをはからって見込みのある男と結婚させようと思い、丹精をこめて育ててきた娘をあらぬ男に取られてしまった母親の歌と解されています。
Posted by katakago at 13:07
ハマユウの花茎伸びる [2011年07月26日(Tue)]

 ハマユウの生育が例年に比べ遅れ気味で心配していましたが、花茎がやっと伸びて来ました。今のところ一株ですが、ひとまずは安心です。

 数株植えているヤマユリの最後の株が開花しています。9年前までは神奈川県に居住し、この時期近くの鷹取山(横須賀市)で、自生のヤマユリを目にしていましたが、こちら関西では未だ自生のものは見たことはありません。



 万葉歌には詠まれていませんが、裏山の園内でオトギリソウの花を見つけました。その茎や葉は、民間薬として切り傷の止血に用いられるようですが、和名の弟切草は、鷹匠の兄が秘密にしていた鷹の傷薬を、その弟が漏らしたために、兄が弟を切り殺したという平安時代の伝説に由来するようです。
Posted by katakago at 06:29
ヘクソカズラ [2011年07月25日(Mon)]

 ヘクソカズラは、あかね科の蔓性多年草で、この時期写真のような風鈴状の小花を付け、触れれば悪臭を放ちます。万葉歌には、くそかづら(屎葛と表記)として詠まれています。
【歌】 ざうけふに 延ひおほとれる 屎葛 絶ゆることなく 宮仕へせむ (高宮王 O-3855)
【口語訳】 さいかちに 這い広がった 屎かずらのように 絶えることなく 宮仕えしよう 
 題詞には、高宮王が数種の物を詠んだ歌二首とあり、これはその一首目の歌です。ここでは、「ざうけふ」、「屎葛」、「宮仕へ」がその数種の物に当たります。ざうけふは、まめ科のサイカチ(落葉高木)で、上三句(ざうけふに 延ひおほとれる 屎葛)は、「絶ゆることなく」を起こす序詞となっています。「絶えず」、「絶ゆることなし」を起こす序詞には、普通は「玉葛」や「葛」が用いられるのに、ここはわざと卑俗な植物を詠みこんでいるのは、物名歌であるとともに戯笑の気持からとみられています。
Posted by katakago at 15:58
イヌビエ [2011年07月24日(Sun)]

 今年造成の蓮池にイヌビエが生えていました。ヒエは万葉歌に二首詠まれています(原文は稗・比要と表記)。
【歌】 打つ田に 稗はしあまた ありと言へど 選らえし我そ 夜ひとり寝る (J-2476)
【口語訳】 田んぼに 稗はまだたくさん 残っているというのに よりによって抜き捨てられた私は 夜な夜なをただ独り寝ている (『萬葉集着注』より)
 この歌は、7/13の「ノキシノブ」で紹介した歌と同様、寄物陳思歌(物を媒介にして自己の恋情を述べる歌)で、柿本人麻呂歌集から採られています。かって(筆者の子供のころ)炎天下での水田の草取り(這いつくばってヒエを抜く)は大変な作業でした(近年は、有効な除草剤が開発されこのような光景を見ることもなくなりましたが)。田んぼのヒエを抜くという農作業の体験に即して歌が詠まれています。『萬葉集全歌講義』には、「人々がみなよき伴侶を得て夜を過ごしているのに、共に夜を過ごす人を得ることができず一人寝をすることになった男のやりきれない思いが、稲田の中で抜き取られる運命になった稗に自分をたとえている」とあります。この歌は、個人の創作歌というよりは、歌垣の場で集団で謡われた歌とみられています。類歌に、
【歌】 水を多み 上田に種蒔き 稗を多み 選らえし業そ 我がひとり寝る (K-2999)
【口語訳】 雨続きで 山田に籾を蒔いたら 稗が多くて 抜き捨てられたようなものだ 私が独り寝するのは
があります。
Posted by katakago at 10:15
アブラゼミの羽化 [2011年07月23日(Sat)]

 羽化間もないアブラゼミの写真です。羽が伸びて固まるまで動かずにいたので、近づいて写せました。万葉歌にもセミ(原文は蟬と表記)は詠まれています。
【歌】 石走る 滝もとどろに 鳴く蝉の 声をし聞けば 都し思ほゆ (大石蓑麻呂 N-3617)
【口語訳】 岩の上をほとばしり流れる 滝にもまして響き 鳴く蝉の 声を聞いていると 都が思い出される
 巻15には、天平8年(736)に派遣された遣新羅使人の歌145首(往路の歌140首、復路の歌5首)がおさめられています。『続日本紀』天平8年2月の条には、「従五位下阿倍朝臣継麻呂を遣新羅大使とす」と記され、『万葉集』の目録には夏6月の出発とあります。この歌は、題詞によれば、安芸国の長門の島の磯辺に停泊した時に詠まれたものです。「長門の島」は広島県呉市南の倉橋島と考えられています。『萬葉集釈注』には、難波津出発を6月1日と想定して遣新羅使人一行の行程図が示されています。それによると「長門の島」へは6月11日着で、この歌は翌12日(太陽暦7月25日頃)の作と推定され、蝉しぐれに都を偲んで詠まれたものとみられています。/span>
Posted by katakago at 20:07
ネズ [2011年07月22日(Fri)]

 写真はネズ(ひのき科)の木です。緑色の球果を付けています。万葉歌に、むろのき(原文は天木香樹、室木などと表記)と詠まれている植物に、ネズを当てる説があります(他に、イブキとする説もあります)。
【歌】 我妹子が 見し鞆の浦の むろの木は 常世にあれど 見し人そなき (B-446)
【口語訳】 わが妻が 見た鞆の浦の むろの木は 今も変わらずにあるが これを見た人はいない
 題詞によれば、天平二年(730)十二月に、大伴旅人が大納言となって大宰府から帰京する時に、鞆の浦(広島県福山市)に立ち寄った折に詠んだ歌で、以下の二首がこれに続きます。
【歌】 鞆の浦の 磯のむろの木 見むごとに 相見し妹は 忘らえめやも (B-447)
【口語訳】 鞆の浦の 磯のむろの木を 見るたびに 共に見た妻のことが 忘れられようか
【歌】 磯の上に 根延ふむろの木 見し人を いづらと問はば 語り告げむか (B-448)
【口語訳】 磯の上に 根を張っているむろの木に かつて見た人のことを どうしているかと尋ねたら 教えてくれるだろうか
 この一連の歌では、一首目の「我妹子」、二首目の「相見し妹」、三首目の「見し人」は、いずれも筑紫で亡くした妻の大伴郎女をさし、かって筑紫下向の折には妻と共に見た「鞆の浦のむろの木」を、今は独りで見ることになった悲しみが詠まれています。

 一首目の歌の歌碑が、福山市鞆町の対潮楼石垣下(仙酔島への渡船乗り場前)にあり、7年前に訪れたことがあります。この時は、戸田和吉氏(現在「鞆の浦万葉の会」代表)が企画された、「船で巡る瀬戸内の万葉故地 - 西回りコース」に参加しました。鞆の浦 - 長井の浦 - 風早の浦 - 長門の浦 - 麻里布の浦 - 大島の鳴門 - 熊毛の浦 - 祝島 - と、遣新羅使人たちが航海したとされる跡を、同じように船で巡る貴重な体験をしました。
 
 その後2008年5月には、「鞆の浦万葉の会」に呼んでいただき、「猪名川万葉植物園」について話をさせていただきました。更に2009年6月には、中型バスを仕立てて27名の方が植物園に来ていただきました。
Posted by katakago at 17:26
カノコユリほか [2011年07月21日(Thu)]

 園内には、日本原産の百合類を植えていますが、この時期、ヤマユリの他にカノコユリが咲き始めました。和名は花被内面の斑点を鹿の子絞りにたとえてつけられたそうです。写真の色(黄金)の他、ピンク、白のものがあります。

 マユミの花は、5/15のブログに写真を掲載していますが、現在、次の写真のように実をつけています。秋には淡紅色となり、やがて(12月頃)この実が裂けて中から赤い種が露出し花が咲いたように見えます。

 


 今春播種したキキョウも、花が咲き始めました(昨年播種したものより一月遅れ)。


 次の写真はオケラの蕾です。万葉歌では、4首詠まれていますが全て巻14の東歌に出て来ます。歌は、花の頃(10月中旬)に紹介します。
Posted by katakago at 11:45
イヌタデ [2011年07月20日(Wed)]

 写真は、蓮池の堤で咲いているイヌタデです。但し、万葉歌で詠まれているたで(原文は蓼と表記)は、葉が食用になるヤナギタデとみられています。
【歌】 我がやどの 穂蓼古幹 摘み生ほし 実になるまでに 君をし待たむ (J-2759)
【口語訳】 家の庭の 穂蓼の古い茎が 摘んでも伸びて 実がなるまでも長く あなたを待ちましょう
 ヤナギタデは湿地に生えるたで科の一年生草本ですが、時に田で越年し、あるいは水中にあって多年草になることがあるようです。この歌に「古幹」とあるのも、多年草化したものとみられています。『万葉植物事典』の解説には、「タデは食用のため先を摘むと腋芽が伸びてくる。これが伸びて結実するまでには時間がかかる。実になるまでにと言っているのは、恋が成就し結ばれるまで時間がかかっても待つといった意味を含んでいる」とあります。
 次の写真は、ビオトープ池付近で咲いているもので、シロバナサクラタデと思われます。ヤナギタデの花は、今後見つかれば写真をあらためて掲載します。


Posted by katakago at 13:14
栗のイガ [2011年07月19日(Tue)]

 クリの雌花穂は、6/19の写真で示していますが、それから1月が経ち写真のように大分大きくなってきました。
 柑橘類(花の写真は5/24)では、写真のデコポン(不知火)や温州ミカン、甘夏等が実をつけています。


 柿も、写真のクロガキはじめ、富有、次郎、太秋、禅寺丸等が実をつけています。

 写真はいずれも、昨日雨が降り出す前に写したものです。大型台風が接近中で現在雨が激しく降っていますが、今後風による影響が心配です。
Posted by katakago at 10:50
なでしこ [2011年07月18日(Mon)]

 今日は、なでしこジャパンの快挙が話題になっています。そこで、なでしこを詠んだ万葉歌を再度取り上げます(前回は5/30)。
【歌】 なでしこが 花見るごとに 娘子らが 笑まひのにほひ 思ほゆるかも (大伴家持 Q-4114)
【口語訳】 なでしこの 花を見るたびに いとしい娘子(妻の坂上大嬢をさす)の 笑顔のあでやかさ そのあでやかさが思われてならない (『萬葉集釈注』より)
 家持が越中に赴任して4年目で、長歌では、独り身の寂しさを慰めるために(この時期妻坂上大嬢は京に)、「なでしこを庭先に播き育てたり、夏の野の百合を移し植えて、咲いた花々を庭に出て見るたびに、なでしこのその花妻に・・・・」と詠まれています。左注には、5月26日にこの歌を作るとあります。これは、太陽暦の7月15日頃に当たるようです。
 写真のカワラナデシコの花は、今春、キキョウの種と一緒に播いたものです(昨年播種したものは、6月に一旦咲き終わっています)。なお、植物園でもこの時期、百合では、ヤマユリ、コオニユリ、オニユリ等が咲いています。
Posted by katakago at 20:18
ソーメン流しの竹 [2011年07月17日(Sun)]

 地元の長寿会、子供会、自治会で、夏休み中の行事の一つに「ソーメン流し」をやろうということになり、今日は、その竹を準備することになりました。長寿会のメンバーが、植物園内に生えている孟宗竹を切り出し、二つに割る作業が手際よく行われました。当日の様子はあらためて紹介します。

Posted by katakago at 13:00
ヨメナの花 [2011年07月17日(Sun)]

 畑の一角で、ヨメナ(きく科)の花が早くも一輪咲いていました。万葉歌では、うはぎ(原文は宇波疑・菟芽子と表記)と詠まれています。ヨメナの若芽は摘んでおひたし、てんぷら、汁の実などにして現在でも食べられているようです。
【歌】 妻もあらば 摘みて食げまし 沙弥の山 野の上のうはぎ 過ぎにけらずや (A-221)
【口語訳】 ここにもし(あなたの)妻でもいたら 摘んで食べたでしょうに 沙弥の山の 野に生えるよめなは その時期も過ぎてしまったではないか (『萬葉集全歌講義』より)
 題詞によれば、讃岐の狭岑の島(香川県坂出市の沙弥島)で岩の中で死んでいる人を見て、柿本朝臣人麻呂が作った歌一首と短歌とあり、これはその短歌の1首です。長歌では、人麻呂が瀬戸内海を西から東へと帰京のため航行していた時、折からの強風を避けて立ち寄った狭岑の島で、死人を見て死者の霊を慰める心を詠んでいます。長歌の最後は、「妻が知ったら来て言葉をかけもしように 玉桙の立つ道さえわからず 不安な思いで待ち恋うているだろうか (あなたの)いとしい妻は」(同上口語訳)と詠まれており、それを受けて反歌では、「妻がここにいたら、摘んで食べさせもしただろうに(現実には、妻はここにいない)」と詠まれています。この歌のように、旅先で命を落とし、埋葬されることなく残された死者を見て詠まれた歌は、行路死人歌と呼ばれています。
Posted by katakago at 11:17
サトイモの葉 [2011年07月16日(Sat)]

 野菜畑には、今年もサトイモを植えています。雑草を抑えるためマルチを行っています。ところで、サトイモは万葉歌に、うも(原文は、宇毛と表記)と詠まれています。
【歌】 蓮葉は かくこそあるもの 意吉麻呂が 家なるものは 芋の葉にあらし (長忌寸意吉麻呂 O-3826)
【口語訳】 蓮の葉とは こんなものをいうのか さては意吉麻呂の 家にあるのは 里芋の葉だな
 蓮の葉は当時食器の代用として、物を盛るのに用いられていたようです。これは、庭の蓮池を眼前にしての宴席で、蓮の大きな葉に食物が盛られているのを見て詠まれた戯笑歌と見られています。『萬葉集釈注』によれば、その解釈は、「気高い蓮の葉に高貴で美しい女性を譬え、似て非なる手近な芋の葉に自分の妻を譬えているものと考えられる」とあり、「自らが道化役を演ずることで相手や座を盛りたてた歌」とあります。長忌寸意吉麻呂は、14首の歌を残していますが、うち8首までがこのような戯笑歌です。巻16は、このような宴などの場で歌われた笑いと機知の強調された歌(戯笑歌)や、物の名を詠み込む技巧的な歌、物語的な「由縁」を持つ歌、更に地方歌謡的な歌が集められています。
 ハスの写真は、何度も掲載していますが、サトイモとの比較のため昨日撮影のものを載せておきます。

 
Posted by katakago at 15:51
コオニユリの花 [2011年07月15日(Fri)]

 コオニユリが咲いています。今年は、他のユリも含めて害虫の被害がひどく、数少ない株です。ヒメユリは蕾の段階で虫の被害にあい、今年はとうとう花を見ることが出来ませんでした(ヒメユリの万葉歌は来年に紹介することになります)。
 ヤマユリは、他の株でも咲き始めました。特有の芳香があります。


 裏山で咲いているキキョウです。6/26に紹介したものは畑の分園に植えたものですが、こちらの方がなんとなく風情があります。

 ヒオウギは、7/3に紹介していますが、それとは異なり花弁が黄色の株を見つけました。


 夕方、蓮池の水管理をしている時にシオカラトンボを見つけました。この時期水辺では、いろんなトンボに出会えます。
Posted by katakago at 20:29
オクラの花 [2011年07月14日(Thu)]

 オクラ(あおい科)の花が咲いています。これから2か月ほどの間順次収穫できそうです。
 ミニトマト(7/5のブログ)に続き、トマト(タキイ種苗の桃太郎)も毎日取れるようになりました。


 カボチャやマクワウリ(雌花の写真は6/19のブログ)も実をつけています。

Posted by katakago at 07:02
ノキシノブ [2011年07月13日(Wed)]

 万葉歌に、しだくさ(原文は子太草と表記)と詠まれているのが、ノキシノブと考えられています。ノキシノブは、うらぼし科の常緑多年草で、軒端のほか、樹皮、岩などにも着生するシダ植物です(写真はカシの古木に着生した様子)。葉の裏に胞子嚢群が眼のように対をなして並ぶことより、ヤツメラン(八目蘭)ともいわれる。
【歌】 我がやどは 甍しだ草 生ひたれど 恋忘れ草 見るにいまだ生ひず (J-2475)
【口語訳】 わが家には 屋根のしだなら 生えているが 恋忘れ草は いくら見ても生えていない
 古今相聞往来歌類の上、寄物陳思歌(物を媒介にして自己の恋情を述べる歌)の一首で、柿本人麻呂歌集から採られています。「恋忘れ草」は忘れ草(ヤブカンゾウ、6/30のブログ参照)のことで、この歌では、「甍しだ草」は、「恋忘れ草」のないことを強調するために対に出したとみられています(新編日本古典文学全集『万葉集』)。恋忘れ草 − それを着けると恋の苦しみから逃れられるという(当時の俗信) − その恋忘れ草は一向に生えてこない(わたしは押さえても押さえきれない恋に悩んでいる)。
Posted by katakago at 14:15
ヒマワリが咲き始めました [2011年07月12日(Tue)]

 万葉とは関係ないのですが、この数年来毎年、畑の一部にヒマワリを植えています。緑肥用の品種ですが景観植物として利用しています。その生育の様子は、6/28にも紹介しています。一枚目の写真は、昨年のこぼれ種が発芽したもので、一週間ほど前から咲き始めました。草丈は2m以上になります。
 このほか、播種時期をずらせてあと二か所に植えています。



 なお、これらの花が終わった後、9月ごろにもう一度種を播けば、11月中旬から12月初旬に開花が見込まれるのでその予定もしています。
Posted by katakago at 09:05
ビオトープ池のハス [2011年07月11日(Mon)]

 ビオトープ池のハスは、昨年7株ほどのレンコンを鉢に植え付けた状態で池に置床していましたが、今年は鉢から根茎が外に伸びて成長し、多くの花芽をつけています。花芽の写真は6/18に最初に掲載、その株の開花は6/30でした。その後、次々と毎日のように開花が見られます(1枚目の写真は8:01に撮影)。開花1日目は、夜明けとともに咲き始め、花は全開せずふっくらとした状態で開花し、昼前には閉じます。2日目は、夜明けとともにそれぞれの花弁が開きはじめ昼前には閉じます。3日目は、花は開ききった状態で、一部外弁が散り始めます。4日目は、花弁が全て散り落ち花托が残ります。これから先1週間ぐらいはまだ花が楽しめそうです。

 2枚目の写真(5:48に撮影)では、上の花が1日目、下二つの花が2日目
Posted by katakago at 16:38
コミュニティの委員さん方 [2011年07月10日(Sun)]

 午後から、多田小校区コミュニティ文化部会の方々が、部会行事の一環として、植物園に来られました(午前中は多田神社の見学と講話だったそうです)。20名以上の方が見えられ、いつものように自治会館で、まずパワーポイントによる説明を行いました。話し出すとあれもこれもとつい時間が長くなってしまいましたが、皆さん暑い中歩いて来られたので、少しは涼んでいただけたかなと思っています。この暑さの中植物園と分園を案内するのは、小さなお子さん連れの方もおられ大変かなと思いましたが、無事行事を終えることが出来ました。裏山の方では2日前から咲き始めたヤマユリの花や植物ウイルスに感染したサワヒヨドリを、分園では、ハス、キキョウ、オミナエシ、ヒオウギ、ヤブカンゾウ、ベニバナ、ムラサキ等の万葉植物を見ていただけました。但し、開花しているハスを見るのは午前中の早い時間帯が良いようです。


 ヤマユリは別の株も咲き始めていました。

 これまで多田小校区コミュニティでは、平成16年度に文化部会に所属したことがあり、また昨年度は地元(矢問)自治会長としてコミュニティの運営委員にもなり、5地区の自治会が参加して行われる運動会や盆踊り大会、文化祭等の行事の実施に関わりました。この4月からは、その役も引き継ぎましたが(現在は自治会顧問と宮総代)、これからは自分の得意分野でお役に立てればと思っています。
Posted by katakago at 15:49
オミナエシ [2011年07月09日(Sat)]

 オミナエシは、万葉歌では、をみなへし(原文では、美人部師・娘子部四・姫部志などと表記)として詠まれています。山上憶良の秋の七種(ななくさ)の歌にも詠まれていますが、園内に植えたものはもう咲き始めています(早生の園芸種からか)。これらの株は、一昨年の春に播種して育てているものです。
【歌】 手に取れば 袖さへにほふ をみなへし この白露に 散らまく惜しも (I-2115)
【口語訳】 手に取ると 袖までも染まる おみなえしが この白露に 散ったら惜しい
 秋の雑歌、花を詠む34首のうちの一首。「にほふ」は、色づく、染まるの意味で、おみなえしの、鮮やかな黄色の美しさが詠まれています。
 おみなえしは、万葉歌には14首詠まれていますが、次の歌のように、枕詞として詠まれた例もあります。
【歌】 をみなへし 佐紀沢の辺の ま葛原 いつかも繰りて 我が衣に着む (F-1346)
【口語訳】 (をみなへし) 佐紀沢の辺の 葛原は いつになったら手繰り寄せて わたしの衣にして着られることやら
 「をみなへし」は「咲き」の意で、地名の「佐紀沢」のサキにかかる枕詞。この歌は、比喩歌で、表の意味は、口語訳(葛を収穫して糸にし、それを布に織って着物にする)のようになりますが、裏の意味は、「ま葛原」を作者(男)が思っている女性に譬えて、早く成長して結婚できるようになって欲しい、と解されます(NHKカルチャー井手至先生の講座で解説)。
 なお、植物名を枕詞にする例として、をみなへし佐紀沢に生ふる(C-675)、をみなへし咲野に生ふる白つつじ(I-1905)、をみなへし咲野の芽子に(I-2107)、かきつはた開沼(さきぬ)の菅を(J-2818)、かきつはた開沢(さきさは)に生ふる菅の根の(K-3052)などがあげられます。

Posted by katakago at 10:18
アカメガシワ [2011年07月08日(Fri)]

 アカメガシワ(とうだいぐさ科)の花が咲いています(和名は赤芽槲で芽が赤いことによる)。万葉歌で、ひさぎ(原文は久木。歴木と表記)と詠まれている植物に、アカメガシワを当てる説があります(他の説は、のうぜんかずら科のキササゲ)。
【歌】 ぬばたまの 夜のふけゆけば 久木生ふる 清き川原に 千鳥しば鳴く (山部赤人 E-925)
【口語訳】 (ぬばたまの) 夜がふけてゆくと 久木の生い茂る 清い川原に 千鳥がしきりに鳴いている
 この歌は、神亀二年(725)五月、聖武天皇の吉野行幸に供をした赤人の長歌および反歌二首のうちの一首です(神亀元年三月説もある)。長歌では、山々に囲まれた、吉野川のほとりの吉野の宮を、春秋の山川の景を対句で歌うことによって讃美している(山と川の組み合わせが三か所ある)。『萬葉集釈注』には、「自然を述べることが赤人にとって天皇や宮廷の讃美と等質であった面を見逃すべきではなかろう」とあります。
Posted by katakago at 16:15
ヤマユリ [2011年07月08日(Fri)]

 ヤマユリが咲き始めました。園内には、場所を分散して数株以上植えているのでこれから暫くの間は花を楽しめそうです。ユリを詠んだ万葉歌はこれまでに、ヒメサユリ(5/23)とササユリ(6/9)のところで紹介していますが、ここでは別の歌をあげておきます。
【歌】 我妹子が 家の垣内の さ百合花 ゆりと言へるは 否と言ふに似る (紀朝臣豊河G-1503)
【口語訳】 いとしいあなたの 家の垣根の中に 百合の花が咲いていますが そのユリの花のようにユリ − 後にとおっしゃると いやだとおっしゃっているように感じられますよ(『萬葉集全歌講義』より)
 上三句「我妹子が家の垣内のさ百合花」が、同音によってユリを起こす序詞で、四句目の「ゆり」は後日(いずれそのうちに逢いましょう)の意。口語訳を採った『全歌講義』には、「男の求愛に対して、いずれその時が来たら・・・・と返事を先に延ばす形で応じた女性への歌」とあります。
Posted by katakago at 14:57
片山造園見学(ハス) [2011年07月07日(Thu)]

 雨の中、午前中、山本君(林光園、蓮池造成をお願いした中学の同級生)の案内で、片山君(片山造園、蓮ポット苗を貰った中学の同級生)が栽培しているハスの開花の様子を見せてもらいました。花が咲いているもので、好みの株のレンコンを来春に分けてくれると言うので、数株に印を付けさせてもらいました。
 その後、慈恩寺(池田市の毘沙門天)に片山君が植栽したハスの様子も見せてもらいました。こちらは花はこれからのようです。

Posted by katakago at 14:20
雨の日の蓮池周辺 [2011年07月07日(Thu)]

 今日は一日中雨が続きそうです。蓮池には10ポット置床していますが、2,3日前から咲き出しています。   
 次の写真は、今朝開花したものです(賽玫瑰さいめいかい)。


  蓮池からの水の落ち口に造ったミニ水田(6/18に田植え)の写真です。イネ苗が大分しっかりとしてきました。
 
Posted by katakago at 13:44
「ゐなの」の皆さん来園 [2011年07月06日(Wed)]

 「ゐなの」は、武庫川女子大オープンカレッジ万葉講座の受講者(当時)が中心に、2005年に飯塚で開催された「全国万葉フォーラム」に参加した際に結成された万葉の同好のグループです。このグループでは、機会を見つけては万葉故地巡りを続けています。当植物園にも、開園当初から何度も来ていただいています。今日は3人みえられました。ビオトープ池と共に新しく造成した蓮池でもハスが次々咲き始めており、とても良いタイミングで来ていただけました。
 蓮池で新たな株が咲きました(これは中学同級のK君に頂いたものです)。
Posted by katakago at 18:35
オニユリの花ほか [2011年07月05日(Tue)]

 オニユリの花が咲き始めました。花は、食用として栽培されるコオニユリと似ていますが、葉えきにむかごを出すのが特徴です。
 万葉歌に一首詠まれているナツメ(原文は棗と表記)は、花が終わり実をつけています。秋には暗紅色に熟し食べられます。


 今年造成した蓮池でも花が咲き始めました。写真は、名前が分かっている皇居和蓮(通信販売で入手)です。

 ビオトープ池ではハスの花茎が何本も上がってきています。ここしばらくは花を楽しめそうです。
Posted by katakago at 10:57
サツマイモのつる伸びる [2011年07月05日(Tue)]

 5/27に植え付けたサツマイモ(鳴門金時)のつるが旺盛に伸びて来ました。収穫は10月下旬の予定です。
 この時期毎朝、ナス、キュウリ、シシトウ、ツルナシインゲンと最近はミニトマトも収穫しています。ナスの出来は良いのですが、キュウリはうどんこ病が発生したため、収穫はいまいちです。早生のエダマメ(夏の装い)はヒマワリの陰になってしまい、余り期待できません。そこで、6月になってから、晩生の丹波黒豆の栽培に挑戦しています。その他マクワウリやカボチャも実をつけています。

Posted by katakago at 10:33
スベリヒユ [2011年07月04日(Mon)]

 スベリヒユは畑地の雑草ですが、耕運機で鋤き込んでも、その後雨でも降ればまた生えてくる厄介な草です。広い面積でなければ根気よく根から抜きとっておくのが良いのですが。この時期小さな黄色の花を咲かせています。万葉歌に、いはゐつら(原文は伊波為都良と表記)と詠まれている植物にスベリヒユを当てる説があります。
【歌】 入間道の 大屋が原の いはゐつら 引かばぬるぬる 我にな絶えそね (M-3378)
【口語訳】 入間道の 大屋が原の いわいつらが 引っぱるとぬるぬると寄って来るように お前も私が誘ったら靡き寄って 私との仲を絶やさないでおくれ (『万葉集全注』)
 巻14は東歌の巻で、この歌は武蔵国の相聞往来歌9首のうちの1首です。上三句は、「引かばぬるぬる」を起こす比喩式序詞で、「引く」は、男が女を誘う意と解されています。
 類歌に次のような歌があります(いずれも東歌)。
【歌】 上野 可保夜が沼の いはゐつら 引かばぬれつつ 我をな絶えそね (M-3416)
【歌】 安波をろの をろ田に生はる たはみづら 引かばぬるぬる 我を言な絶え (M-3501)
 M-3416の歌の「いはゐつらは、ジュンサイが相応しと見られています。次の「たはみづら」は、水田雑草のヒルムシロとみられています。畑や田んぼの雑草が歌に詠まれているのは、東歌の巻以外にはみられないようです。。

 なお、「入間道の」の歌の歌碑が、埼玉県日高市大谷沢(川越線武蔵高萩駅南約3キロ)にあり(揮毫は、故犬養孝先生)、16年前に訪れたことがあります。
Posted by katakago at 18:30
生育状況(7/3) [2011年07月03日(Sun)]

  ヒオウギの花が咲き始めました。万葉歌では植物そのものを詠んだものはなく、花が終わって刮ハが形成され、秋にそれがはじけて中から球形の黒い種子が見られますが、それを「ぬばたま」(原文では奴婆珠・夜干玉などと表記)とよび、万葉歌では、黒や夜の枕詞として詠まれています。

 6/27にハスの蕾の写真を掲載していた株で、今朝、写真のような赤い花を咲かせました。現在蕾のものは、ビオトープ池で11株、今年造成の蓮池で5株認められます。これから順次開花するのが楽しみです。

Posted by katakago at 14:35
ネムノキ [2011年07月03日(Sun)]

 ネムノキ(まめ科)の花が咲いています。万葉歌では、ねぶ(原文では合歓木と表記)と詠まれています。「合歓木」は、夜間、複生する小葉を閉じ合わせて眠る特性を有するところから、ネブ・ネブリ等の名がつけられたようです。「合歓」の字は、その葉が夜に合する性質によって、男女の交合にたとえた漢籍の用法に従ったとみられています(新編日本古典文学全集『万葉集』)。
【歌】 昼は咲き 夜は恋ひ寝る 合歓木の花 君のみ見めや 戯奴さへに見よ (紀女郎 G-1461)
【口語訳】 昼間は咲き 夜は恋いつつ寝るという ねむの花です あるじだけ見るべきでしょうか 戯奴(わけ)も見なさい
 紀女郎が大伴家持に贈った歌で、『万葉集全注』には、「家持にその花を見に来るように促すかたちで、共寝を誘う意をにおわせている」とあります。これに対し、家持は次のような歌で、
【歌】 我妹子が 形見の合歓木は 花のみに 咲きてけだしく 実にならじかも (G-1463)
【口語訳】 あなたに 頂戴したねむは 花ばかり 咲いておそらく 実を結ばないのではないでしょうか
と、やんわりと誘いを断っています。女である紀女郎が自らを「君」(戯奴の主君)、相手の家持を「戯奴」と歌っており、この贈答の歌は、戯れの遊びであるとみられています。

 なお、家持は「実にならじかも」と詠んでいますが、ネムノキは花が終わると豆果をつけます。

Posted by katakago at 09:11
ビオトープ池の周囲で [2011年07月02日(Sat)]

ビオトープ池の周辺で、キキョウ、ヤブカンゾウ、オミナエシが咲いています。
 
水辺のミソハギ(万葉歌にはありませんが)も綺麗に咲いています。


 夕方、キキョウにショウジョウトンボがとまっているのを見つけました。
Posted by katakago at 20:34
草刈りと果樹園除草 [2011年07月02日(Sat)]

 朝の涼しい時間帯に畔の草刈りを行い、夕方は耕運機で果樹の下草除草を行いました。虫除けのためのネット付き帽子を着用しての作業です。この時期、月一回以上実施する必要があります。
Posted by katakago at 20:16
セリ [2011年07月02日(Sat)]

  ビオトープ池の周囲で、セリが白い花を咲かせています。万葉歌では、せり(原文は世理・芹子と表記)と詠まれています。
【歌】 あかねさす 昼は田賜びて ぬばたまの 夜の暇に 摘める芹これ (葛城王 S-4455)
【口語訳】 (あかねさす) 昼は班田に追われ (ぬばたまの) 夜の寸暇に 摘んだ芹ですよこれは
 題詞には、天平元年(729)、葛城王(後の橘諸兄)が班田司となって 山城国に行った時(『続日本紀』には、天平元年十一月に京および畿内の班田司を任命する、とある)、薩妙観命婦(さつのみょうかんみょうぶ)らに 芹の包に添えて贈った歌とあります。新編日本古典文学全集『万葉集』の頭注によれば、「班田事務は10月1日から翌年2月末までと期限が定められており、測量、田籍図作製、受給戸口の把握など繁忙を極めた」とあります。薩妙観命婦が返し贈った歌は、
【歌】 ますらをと 思へるものを 大刀佩きて 可爾波の田居に 芹そ摘みける (S-4456)
【口語訳】 ますらおと 思っておりましたのに 大刀(たち)を佩いて 綺田(かばた)の田んぼで 芹なぞお摘みになって
 万葉歌にセリが詠まれたのはこれらの歌二首のみです。なお、セリは春の七草として、昔から食用に供されてきました。
Posted by katakago at 10:21
ハス(蓮葉に溜まれる水) [2011年07月01日(Fri)]

 ハスの写真が続きますが、今日紹介する万葉歌に相応しい雨の日の様子です。万葉歌では、はちす(原文は蓮と表記)として詠まれています。
【歌】 ひさかたの 雨も降らぬか 蓮葉に 溜まれる水の 玉に似たる見む (O-3837)
【口語訳】 (ひさかたの) 雨でも降ってくれ 蓮の葉に 溜まった水の 玉に似たさまを見よう
 この歌の左注には、「右兵衛府に勤務する歌作りに堪能な者がいた(姓名は不明)。ある時役所で酒食を設け 右兵衛府の官人たちに饗応した。この時食物を盛るのに、すべて蓮の葉を用いてあった。一同酒もたけなわとなり、歌や舞が次々に披露された。そこでその某兵衛に勧めて、『蓮の葉に関連して歌を作られよ』と言ったところ、即座にその注文に答えてこの歌を作った」と記されています。巻16には、宴の場などで歌われた、笑いと機知の強調された歌や物の名を詠みこむ技巧的な歌が、この歌を含め44首載せられています。
 古く宴会で乾燥したカシワやホホガシワの葉が皿の代わりに用いられたことは他の歌(カシワS-4301、ホホガシワR-4205)からも知られていますが、夏にはハスの葉を用いることがあったようです。現在でも、お盆のお供えはハスの葉に盛っています。
 2枚目の写真は、昨日開花した株の2日目の様子です。

Posted by katakago at 08:58
プロフィール

katakagoさんの画像
カテゴリアーカイブ
リンク集
http://blog.canpan.info/inagawamanyo/index1_0.rdf
http://blog.canpan.info/inagawamanyo/index2_0.xml