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ツゲ [2011年05月31日(Tue)]

 ツゲの花が咲いています。万葉歌には6首詠まれています(原文は黄楊と表記)。
【歌】 君なくは なぞ身装はむ 櫛笥なる 黄楊の小櫛も 取らむとも思はず (播磨娘子 H-1777)
【口語訳】 あなたがいらっしゃらなくては なんで身を飾りましょうか 櫛箱にある 黄楊の櫛さえ 手にしようとも思いません
 題詞によれば、石川大夫が転任することになって京に上る時に、播磨娘子が贈ったた歌2首のうちの1首です。石川大夫は、霊亀元年(715)に播磨守になった石川朝臣君子とみられています。養老4年(720)、兵部大輔に任じられて帰京しており、歌はこの時のものとみられています。播磨娘子については、君子が任国播磨で親しんだ女性で、遊行女婦(うかれめ)説(『萬葉集釈注』)、または、身の回りの世話をしていた身分の低い女性とする説(『萬葉集全注』)があります。遊行女婦の中には、当時の知識階級の人と対等に歌を詠む才能を持った者もいたようです。
Posted by katakago at 21:09
カワラナデシコ [2011年05月30日(Mon)]

 カワラナデシコは、万葉歌では、なでしこ(原文は瞿麦・石竹・那泥之古などと表記)として、26首詠まれています。山上憶良の「秋の七種(くさ)」にも詠まれています。大伴家持は、なでしこの可憐な姿を格別に好んだようで、11首も詠んでいます。ここではそのうちの2首を紹介します。
【歌】 我がやどの なでしこの花 盛りなり 手折りて一目 見せむ児もがも (大伴家持 G-1496)
【口語訳】 家の庭の なでしこの花が 今真っ盛りだ 手折って一目 見せてやるような女の子がいたらよいのに
 上の歌は、夏の雑歌に入れられていますが、同じ巻の春の相聞に、家持の初恋の相手で後に妻となる、坂上大嬢をなでしこの花に擬した歌があります。
【歌】 我がやどに 蒔きしなでしこ いつしかも 花に咲きなむ なそへつつ見む (G-1448)
【口語訳】 わが家の庭に 蒔いたなでしこは いつになったら 花が咲くことだろうかそしたら あなたと見なして眺めよう
 写真のカワラナデシコは、昨年の春に播種した2年目の株で早くから咲き始めていますが、切り戻してやれば、初秋にも花を楽しめるものと思っています。

 
Posted by katakago at 18:59
雨のビオトープ池 [2011年05月29日(Sun)]

 昨日からの雨で、ビオトープ池の水も溢れています。池の中、その周囲には多くの植物を栽培しています。昨年植え付けたハスも立ち葉が展開してきています(開花は6月末から7月ごろです)。万葉歌には詠まれていませんが、花菖蒲、ミソハギなども順次開花が見込まれます。池の堤には、カワラナデシコ(すでに開花中)、オミナエシ、フジバカマ、キキョウ、ノジギク、ヨメナなどが生育中です。
Posted by katakago at 14:28
今城塚古墳、古代歴史館 [2011年05月28日(Sat)]

 雨が本降りになる前に、高槻市にある今城塚古墳と高槻市立古代歴史館に出かけて来ました。もともと今日の午後に、梅花学園生涯学習センター特別企画(茨木観光協会と共催)の「茨木の歴史と文化ぶらり散歩」に参加して、茨木市内の太田茶臼山古墳(宮内庁はこれを継体天皇陵に指定)や高槻市の今城塚古墳などを訪ねることになっていました。ところが、9時過ぎに、大雨注意報が発令されているとのことで、この企画は中止になったとの連絡を受けました。そこで、折角予定していたこともあり一人で出かけた次第です。
 今城塚古墳は、淀川流域最大の前方後円墳で、日本最大級の埴輪祭祀場の跡が発見されています。『日本書紀』継体天皇条に、「藍野陵に葬りまつる」とあり(531年)、考古学界では、6世紀に造られた今城塚古墳が継体天皇陵だとされています。なお、太田茶臼山古墳は墳丘の形状や、円筒埴輪に含まれる石英の熱ルミネッセンス法による年代測定により5世紀の古墳と考えられています。


 古代歴史館には、出土した精巧な形象埴輪(高床の家・門・巫女・武人・水鳥・鶏・雄牛など)が展示され(写真撮影もストロボを発光しなければOKでした)、古墳公園として整備されている埴輪祭祀場では、復元埴輪で古代王権の儀礼の場が再現されています。


 
Posted by katakago at 17:05
センダン [2011年05月27日(Fri)]

 センダンの花が咲いています。万葉歌ではあふち(原文は阿布知・安不知などと表記)として詠まれています。
【歌】 妹が見し 楝の花は 散りぬべし 我が泣く涙 いまだ干なくに (山上憶良 D-798)
【口語訳】 妻が見た 楝の花は もう散ってしまいそうだ わたしの泣く涙は まだ乾かないのに
 憶良の日本挽歌(D-794)の反歌五首の一首。筑前守であった憶良が、大宰帥大伴旅人の妻の死を悼み、旅人の身になって詠んだとみられています。大伴旅人は、神亀4年(727)頃、大宰府に赴任、翌年妻に先立たれた。憶良が上司にあたる旅人に献上した日付が、左注に神亀5年(728)7月21日とあり、この日付は、旅人の妻大伴郎女の死後百日に当たるもので、その供養設斎を期してのものであったとする論(井村哲夫氏)が出されています。『萬葉集全歌講義』では、この論を引き、「さかのぼって4月10日が旅人亡妻の命日であったことになり、楝の花の咲き継ぐ頃であり、”妹が見し楝の花は散りぬべし”とあるのにかなう」と述べられています(旧暦の4月10日は、太陽暦では5月にあたるのでセンダンの花が咲く時期とみられます)。
Posted by katakago at 16:38
サツマイモ苗の植え付け [2011年05月27日(Fri)]
 雨の日が続くとの天気予報で、昨日は、鳴門金時の苗10本を植え付けました。以前は、100株以上栽培し、地元の子供会にイモ掘りを呼び掛けたこともありましたが、最近は自家消費分だけにしています。

 タマネギは収穫を終え、来月はジャガイモ(20株)の収穫くを予定しています。現在栽培中のものは、キュウリ、トマト、ナス、カボチャ、オクラ、シシトウ、ピーマン、エダマメ、マクワウリ、サトイモなどです。マクワウリとサトイモは万葉歌にも詠まれています。

 次の写真は、マクワウリの雌花です。
Posted by katakago at 16:07
ノビル [2011年05月26日(Thu)]

 ノビルは、万葉歌ではひる(原文は蒜と表記)として詠まれています。
【歌】 醤酢に 蒜搗き合てて 鯛願ふ 我にな見えそ 水葱の羹 (長忌寸意吉麻呂O-3829)
【口語訳】 醤酢(ひしおす)に 蒜を搗き加えて 鯛が食いたい 私の目の前から失せろ そこな水葱(なぎ)の羹よ
 題詞には、酢・醤(ひしお)・蒜・鯛・水葱を詠む歌とあります。この歌の前後に、同作者の物の名を詠みこんだ同じような歌が並んでいます。宴席で要請された題材を詠みこんだ座興の歌と見られています。『萬葉集釈注』によれば、「醤酢に蒜をつき混ぜたたれを伴う高級料理の鯛が出たので、それをいたく欲し、対照的な低級料理(日常料理)である水葱の吸い物を拒否する形をとることによって、本日の料理のめでたさを寓したのではあるまいか」とあります。
 なお、蒜については、ニンニクとする説もあります。また、醤(ひしお)は、正倉院文書によれは、大豆・塩・米・酒・糯米から作られ、当時としては高価な調味料であったようです。
Posted by katakago at 09:06
タチバナ [2011年05月24日(Tue)]

 万葉歌で詠まれているたちばな(原文は、橘・多知波奈などと表記)は、古代のミカンの総称です。写真のタチバナは、種苗会社より取り寄せて植えているものですが、実は小さく、酸っぱくて生食には向きません。橘の歌68首のうち、その多くは花橘(初夏の花)として詠まれています。
 次の歌は左注によれば、天平8年(736)、葛城王(橘諸兄)、佐為王(橘佐為)たちが臣下に降下し、「橘宿禰」の姓を賜った時の、聖武天皇の歌です。
【歌】 橘は 実さへ花さへ その葉さへ 枝に霜置けど いや常葉の木 (E-1009)
【口語訳】 橘は 実まで花まで その葉まで 枝に霜が置いても いよいよ栄える木であるぞ
 『萬葉集釈注』によれば、「常緑樹で霊木とされた橘の木を讃えることで、橘氏の繁栄を予祝した歌」とあります。
 『日本書紀』垂仁天皇条に、橘が外来のものであるという、田道間守伝説がのっています。天皇の命を受けて、田道間守は、非時香菓(ときじくのかくのみ、橘のこと)を求めて常世国へ行き、未知の海を渡り島を訪ね、十年の歳月を費やしてこの果物を持ち帰ったという。
Posted by katakago at 21:18
ミカンの花が咲いています [2011年05月24日(Tue)]

 柑橘類は、温州ミカン、伊予柑、甘夏(写真)、デコポン、キンカン、レモン等を植えています。レモンの花は淡い紫色です(2枚目の写真)。今年は結実してくれるか楽しみです。

 ばら科の果樹(サクランボ、アンズ、スモモ等)は、花は終わって小さな果実をつけています。
 3枚目の写真は、柿の花です。富有、太秋、次郎、禅寺丸(授粉樹)、黒柿などの種類を植えています。
 

 次の写真は、果樹園の全景です。

Posted by katakago at 20:54
ヒメサユリ [2011年05月23日(Mon)]

 ヒメサユリ(オトメユリ)は、以前にも写真を紹介しましたが、別の株が花を咲かせました。
常陸国の防人歌に、次のようなユリを詠んだ歌があります(但し、そのユリはヤマユリを詠んだとする説がありますが)。
【歌】 筑波嶺の さ百合の花の 夜床にも かなしけ妹そ 昼もかなしけ (S-4369)
【口語訳】 筑波嶺の さ百合の花のように 夜床でも いとしい妻は 昼間もいとしい
 左注によれば、那珂郡(茨城県那珂郡)の防人(上丁大舎人部千文)の歌です。『万葉集』には、この歌とともに同じ作者の次の歌が残されています。
 霰降り 鹿島の神を 祈りつつ 皇御軍士に 我は来にしを(S-4370)
 (霰降り) 鹿島の神を 祈り続けて 皇軍の兵士として おれはやって来たつもりなのに・・・
 第二首について、『萬葉集釈注』には、「勇を鼓して出かけて来たものの、妻への思いはやはり絶ちがたいという嘆きをうたっている」とあります。
 それぞれの歌の歌碑は、茨城県つくば市大穂(つくばテクノパーク大穂)と鹿嶋市の鹿島神宮にあり、10年ほど前に訪れたことがあります。
Posted by katakago at 16:29
ウツギ [2011年05月22日(Sun)]

 ウツギ(ゆきのした科)は、万葉歌では、うのはな(原文は宇能花・宇能波奈などと表記)として詠まれています。
【歌】 卯の花の 咲く月立ちぬ ほととぎす 来鳴きとよめよ 含みたりとも (大伴家持 Q-4066)
【口語訳】 卯の花の 咲く月が来たぞ ほととぎすよ 来鳴きとよもせ まだ蕾であっても
 この歌の題詞には、4月1日に、掾久米朝臣広縄の館で酒宴を催した時の歌と記されています。当時、ほととぎすは、卯の花が咲くとともにやって来るとされていました。この4月1日は、太陽暦の5月6日にあたり、まだ卯の花の咲く時期ではありませんが、『萬葉集釈注』によれば、「その卯の花が咲く月の到来という、暦の上の季節感によってほととぎすを待つ心を述べている」とあります。
 卯の花が詠まれた24首のうち18首には同時にほととぎすが詠まれています。また、家持は、ほととぎすに特別な愛着を寄せており、ほととぎすが詠まれた153首のうち64首までが家持の歌です。
 こちらでも、ここ数日早朝にほととぎすの鳴き声を耳にしました。 
Posted by katakago at 19:44
溝さらえ [2011年05月22日(Sun)]
 今日は、地元生産組合の共同作業として、田植え前の”溝さらえ”に参加しました。あいにくの天気で、途中からは雨の中の作業となりました。午後からも残りの作業があり、来週は、溜め池堰堤の草刈りがあります。この時期は何かと忙しい日が続きます。
 今週末にも、水路に水が引かれますので、先日、K君から貰ったハスのポット苗を池に置床する予定です。どんな花が咲くか楽しみです。
写真1:井堰付近のヘドロ除去作業

写真2:矢問川上流付近で(今朝からの雨で水かさが増えていました)
Posted by katakago at 12:43
フタリシズカ [2011年05月21日(Sat)]

 万葉歌に詠まれている、つぎね(原文では次嶺と表記)が、せんりょう科のヒトリシズカ、フタリシズカとする説があります(『和名抄』に、及己(豆木禰久佐)とある)。ヒトリシズカは、先月花が咲き終わっていますので、ここではフタリシズカの写真を掲載しました。「つぎね」は、次の一首のみ詠まれています。
【歌】 つぎねふ 山背道を 他夫の 馬より行くに 己夫し 徒歩より行けば 見るごとに 音のみし泣かゆ そこ思ふに 心し痛し たらちねの 母が形見と 我が持てる まそみ鏡に 蜻蛉領巾 負ひ並め持ちて 馬買へ我が背 (L-3314)
【口語訳】 (つぎねふ) 山城道を よそのご主人は 馬で行くのに 私の夫は 歩いて行くので 見るたびに 泣けてきます それを思うと 心が痛みます (たらちねの) 母の形見に わたしが持っている ます鏡に 蜻蛉領巾を 合わせて負い持って行き 馬をお買いなさいあなた
 これは、問答歌の長歌(妻の歌)で、ある本の反歌(夫の歌)に、次の歌があります。
 馬買はば 妹徒歩ならむ よしゑやし 石は踏むとも 我は二人行かむ (L-3317)
 馬を買ったら お前が歩くことになるだろう えいままよ 石は踏んでも 二人で行こうよ
夫婦がお互いの思いやりの心を詠んだ1300年前のこれらの歌を、かって結婚式の祝辞で紹介したことがあります。
 なお、山背道にかかる枕詞としてのつぎねふ(次嶺経)は、植物名ではなくていくつもの嶺を越えて行く意味で、山背道にかかるとする説もあります。
 
Posted by katakago at 13:16
ノイバラ [2011年05月21日(Sat)]

 ノイバラは万葉歌では、うまら(原文は、宇万良と表記)として、次の一首のみ詠まれています。
【歌】 道の辺の 茨の末に 延ほ豆の からまる君を はかれか行かむ (上丁丈部鳥 S-4352)
【口語訳】 道ばたの 茨の先に 這いまつわる豆の蔓のように まつわりつくあなたと 別れて行くことか
 上総国の防人歌13首のうちの一首で出発時の歌。この歌の解釈で、第4句の「君」をどう解するかでいくつかの説があります。女性に用いたと解するもの(新編日本古典文学全集『万葉集』)、万葉集中「君」は男性や主君をさすのが例で、防人歌にも妻をさして「君」とした例はないとの指摘(『萬葉集釈注』)もあり、「自分でなければ夜も日も明けないというようになついている主家の若君などをさす」との説(『奈良時代の国語』)が出されています。
 なお、「延ほ豆」については、野生種で食用にならないフジマメ、ヤブマメとする説があるようです。
 
Posted by katakago at 12:45
テイカカズラ [2011年05月20日(Fri)]


 テイカカズラ(きょうちくとう科)は、万葉歌のつた(原文は都多・津田と表記)とする説があります。柿本人麻呂の石見相聞歌第二群の長歌に、「延ふつたの」として詠まれています。
【歌】 つのさはふ 石見の海の 言さへく 辛の崎なる いくりにそ 深海松生ふる 荒磯にそ 玉藻は生ふる 玉藻なす なびき寝し児を 深海松の 深めて思へど さ寝し夜は いくだもあらず 延ふつたの 別れし来れば 肝向かふ 心を痛み 思いつつ かへり見すれど・・・・・(A-135)
【口語訳】 (つのさはふ) 石見の海の (言さへく) 辛の崎にある 暗礁に 深海松は生えている 荒磯に 玉藻は茂っている 玉藻のように 横たわって寝た妻を (深海松の) 深く思うが 一緒に寝た晩は 幾らもなく (延ふつたの) 別れて来たので (肝向かふ) 心せつなく 思いつつ 振り返って見るが・・・・
 口語訳の(  )内は、全て枕詞ですが、「延ふつたの」は、つたの蔓が絡みあって伸び広がって別れてゆくことから 「別れ」にかかるとされています。
 なお、万葉歌の「つた」については、テイカカズラ説のほか、ぶどう科のツタ(次の写真)とみる説もあります。
Posted by katakago at 19:52
ハス苗を求めて [2011年05月19日(Thu)]
 ハスの植え付けシーズンは、今年はもう終わってしまっているので(適期はサクラの咲く時期と言われている)、鉢植えの苗を探すことにしました。今日は、中学時代の同級生で花ハスを鉢で栽培しているという造園業のK君を、先に池を造成してもらったY君の案内で訪問しました。大型の鉢に多数栽培されていました(写真)。残念ながら、品種名は、何年もの植えかえによってわからなくなっているものが多いとのとでした。


 このうち、小型のバケツに植えられていたものを6株と、K君作成の「ハスの栽培法」小冊子を貰って帰りました。
 この22日には、所属する地元生産組合の共同作業として、田植え前の”溝さらえ”に参加予定ですが、これが終われば水路に水が引かれますので、新しい池も満水になる予定です。それに合わせて、鉢植え苗を池に移す準備をすすめます。
Posted by katakago at 13:53
生育状況(5/19) [2011年05月19日(Thu)]
 今年は春先の天候が不順であったため、ハマユウの生育を心配していました。これまでも植える場所によっては、冬期に枯れてしまう株もみられました。地上部はいずれの株も冬場は枯れてしまいますが、日当たりのよい場所に植えている株からは、新しい葉っぱが出てきました。開花時期は、7〜8月にかけてです。これらの株は、7年前に紀州万葉の旅に出かけた折、昼食で立ち寄った旅館の庭に、ハマユウが沢山植えられており花を咲かせていたので、旅館のご主人に頼んで後日種を送ってもらったものです。

 ビオトープ池では、ハスの浮き葉が展開してきました。開花時期は、6月末から7月にかけてです。この池には、6株ほど鉢植えの状態で栽培していますが、先月造成した大型の池には、新しい苗を求めて育てる予定です。


 
 
Posted by katakago at 13:13
ツガ [2011年05月18日(Wed)]

 ツガは、万葉歌では、つがのき・とがのき(原文では樛木・都賀乃樹・刀我乃樹などと表記)として詠まれています。多くは、「つがのきの いやつぎつぎに」のように、類音によって「つぎ」を起こす枕詞として用いられています。昨日は、飛鳥路を訪れたので、次の歌と口語訳を以下に紹介します。
【歌】 みもろの 神奈備山に 五百枝さし しじに 生ひたる つがの木の いや継ぎ継ぎに 玉葛 絶ゆることなく ありつつも 止まず通はむ 明日香の 古き都は 山高み 川とほしろし 春の日は 山し見が欲し 秋の夜は 川しさやけし 朝雲に 鶴は乱れ 夕霧に かはづは騒ぐ 見るごとに 音のみし泣かゆ 古思へば (山部赤人 3-324)
【口語訳】 神のいます 神奈備山に 枝を広げ 隙間なく生い茂っている つがの木の名のように つぎつぎに (玉葛) 絶えることなく このようにして 通って来たい 明日香の 古い都は 山は気高く 川も雄大である 春の日は 山が見事で 秋の夜は 川音がすがすがしい 朝雲に 鶴は乱れ飛び 夕霧に 蛙はしきりに鳴く 何を見ても 泣けてくる 当時のことを思うと
 題詞には、神岳に登りて、山部宿禰赤人が作る歌とあります。この神岳については、通説では、「雷岳」とされていたが、橘寺東南の「ミハ山」との説(岸俊男)が出されている。平城遷都により明日香は遠く離れたが、都人にとっては懐かしい”ふるさと”として意識され続けてきたようです。
 この歌の歌碑が、飛鳥寺境内にあります(揮毫は万葉学者の佐佐木信綱)。

Posted by katakago at 18:00
エゴノキ [2011年05月18日(Wed)]

 エゴノキが万葉歌では、「ちさ」と詠まれている植物と考えられています。その他の説では、きく科のチシャ説などがあります。原文表記は、知左となっています。少し長くなりますが、その長歌と口語訳を以下に示します。 
【歌】 大汝 少彦名の 神代より 言ひ継ぎけらく 父母を 見れば貴く 妻子見れば かなしくめぐし うつせみの 世の理と かくさまに 言ひけるものを 世の人の 立つる言立て ちさの花 咲ける盛りに はしきよし その妻の児と 朝夕に 笑みみ笑まずも うち嘆き 語りけまくは とこしへに かくしもあらめや 天地の 神言寄せて 春花の 盛りもあらむと 待たしけむ 時の盛りそ 離れ居て 嘆かす妹が いつしかも 使ひの来むと 待たすらむ 心さぶしく 南風吹き 雪消溢りて 射水川 流る水沫の 寄るべなみ 左夫流その児に 紐の緒の いつがり合ひて にほ鳥の 二人並び居 奈呉の海の 奥を深めて さどはせる 君が心の すべもすべなさ (大伴家持 Q-4106)
【口語訳】 大汝と 少彦名の 神代から 言い伝えられたことには 「父母を 見れば貴く 妻子を見れば せつなくいとしい (うつせみの) 世間の道理だぞこれが」と このように 言ってきたのに これが世の人の 守る約束であるのに ちさの花の 咲いている盛りに ほやほやの その妻と 朝夕に 浮き浮きしたり時には沈んで 嘆いて 語ったろうことは 「いつまでも こうしていようか 天地の 神のご加護で 春花のような 栄の時もあろう」と 言って待った その真っ盛りだぞ今は 離れ住み 嘆く細君が いつになったら 使いが来るかと 待っていよう 心淋しく思いながら 南風が吹き 雪解け水が溢れ 射水川に 浮いて流れる水沫のように 寄るべとてなく 左夫流という名の遊女に (紐の緒の) くっつき合って (にほ鳥の) 二人並んで (名呉の海の) 奥底までも 了見違いをした 君の心の なんともすべなさよ
 題詞には、史生尾張少咋を教え諭す歌と記されています。越中国司大伴家持の部下である史生(国司の下にあって記録をつかさどる役)尾張少咋が、遊行女婦の左夫流という女性に心を奪われて正妻扱いにし、都の正妻を無視したことを説諭して詠んだ歌。1300年前に、部下の不倫(?)を諌める歌が詠まれて、しかもそれが残されているのは大変興味深い。越中在任中の作で、「射水川」や「名呉の海」のようにその土地の地名が詠みこまれています。
Posted by katakago at 14:09
初夏の飛鳥を巡る(5/17) [2011年05月18日(Wed)]
 昨日(5/17)、カルチャーセンターの日本書紀の講座を受講する仲間で、飛鳥に出かけました。このグループで“古代史ウォークに出かけるのは、前2回の山の辺の道に続きこれが3回目です(講師の先生も含め6名が参加)。今回は、行程の設定と現地での案内を担当しました。飛鳥へ出かけるのは、2月のMBSラジオウォーク、4月の若菜祭と今年になって3度目です。近鉄橿原神宮前駅に9:30集合で、まずバスで飛鳥資料館に向かいました。ここでは特別展「星々と日月の考古学」を見学しました。その後は、全て徒歩で、資料館→水落遺跡→甘樫丘(昼食)→飛鳥寺→伝飛鳥板蓋宮跡→亀形石造物→明日香民俗資料館(休憩)→石舞台→橘寺→亀石→鬼の俎板・鬼の雪隠→欽明天皇陵→近鉄飛鳥駅がゴール。途中、鬼の雪隠あたりで雨がぱらつき出したため、吉備姫王墓・猿石はスキップして、駅には16:15頃に到着。以下、いくつかの写真を掲載します。

 甘樫丘(標高148m)は、万葉ファンなら一度は訪れたことのある場所ですが、初めての方もいたのでここでは充分に時間をとりました。階段を登る途中に、犬養孝先生の最初の万葉歌碑(還暦を記念して建立)があり、ここで記念写真を撮りました。頂上からは、畝傍山・耳成山・香具山の大和三山をはじめ、畝傍山後方には二上山をのぞみ、東方眼下に、明日香村を一望できる素晴らしい場所です。周りの眺望を楽しみながら少し早めの昼食をとりました。歌碑の歌は、志貴皇子の、「采女の 袖吹き返す 明日香風 京を遠み いたづらに吹く」 (@-51)です。
 


                  畝傍山、後方に二上山

                  東方、眼下に明日香村

 飛鳥寺は蘇我馬子が発願し、推古天皇4年(596)に創建された日本最初の寺(寺名は法興寺)。本尊飛鳥大仏(釈迦如来坐像)は、鞍作鳥(止利仏師)の作で、日本最古の仏像(火災により後補を受ける)。
 


 亀型石造物、小判型石造物は石槽となっており組み合わせて導水施設を構成。この遺構は斉明天皇の時代に造営、その後何度か改修された(身を清め国家存栄を祈念する祭祀の場か)。



 



 
Posted by katakago at 10:20
タブノキ [2011年05月16日(Mon)]

 タブノキの若葉です(2年前に植えたもので未だ小さな木ですが)。万葉歌ではつまま(原文には都万麻と表記)として詠まれています。
【歌】 磯の上の つままを見れば 根を延へて 年深からし 神さびにけり(大伴家持R-4159)
【口語訳】磯の上の つままを見ると 根を張って 年を久しく経たらしい 神々しくなっている
 この歌の題詞には、家持が越中赴任中の晩春三月に、出挙(すいこ)の実情視察のため、旧江(ふるえ)の村に行く途中、風景を眺めて詠んだ歌と記されています。出挙とは、春に公の稲を農民に貸し付け、秋の収穫後に利息をつけて返済させる制度です。『萬葉集全注』には、「渋谿の崎(富山県高岡市渋谿の海岸)を通り過ぎる時に、巌の上の樹(つまま)を見て、この地方で神聖な木として尊崇されている”つまま”という特殊な木に興味をいだき、老樹を賛嘆して詠んだ歌」とあります。つままが詠まれた歌はこの一首のみです。
 なお、家持ゆかりの高岡市には、万葉歌碑が多数建立されていますが、この歌の歌碑が、高岡市大田の雨晴海岸そばの「つまま小公園」に建てられています。安政五年(1858年)の建立です。13年前に訪れたことがあります。
Posted by katakago at 19:45
生育状況(5/15) [2011年05月15日(Sun)]

 ササユリの蕾がみられます。開花は例年6月中旬頃です。その頃は、自生しているオカトラノオも白い花を咲かせます。






 

  
   
          マユミの花が咲いています。地味な花ですが、秋になって熟す果実は淡紅色で、やがて裂けて中の種子が露出して、赤い花が咲いたように見えます。

 早くもカワラナデシコが咲き始めました。昨春、種子から苗を育て移植したものです(二年目の開花)。
Posted by katakago at 20:39
イヌビワ [2011年05月15日(Sun)]

 万葉歌には、ちちのみ(原文では、知智乃実と表記)と詠まれた植物があります。この「ちち」はイヌビワ(くわ科)説とイチョウ(いちょう科)説があります。それぞれの説の根拠として、「イヌビワは、幹や若い果実(イチジクに似る)を傷つけると白い乳汁を出す」。「イチョウは、古木になると枝の基部から乳状の担根体が生じこれが垂れ下がり乳イチョウとなる」が挙げられています(『万葉植物事典』より)。次の歌では、「ちちの実」、「ははそ葉」はいずれも同音によって、それぞれ父、母にかけた枕詞として用いられています。以下に長歌の一部を掲載します。
【歌】 ちちの実の 父の命 ははそ葉の 母の命 凡ろかに 心尽くして 思ふらむ その子なれやも ますらをや 空しくあるべき ・・・・・(大伴家持の長歌 R-4164)
【口語訳】 (ちちの実の) 父君も (ははそ葉の) 母君も おろそかに 心を傾けて 思っているような その子なものか ますらおたる者 むなしくあってよいものか ・・・・
 この歌の題詞には、「勇士の名誉を振るい立てることを願った歌」とあり、左注には、山上憶良の歌(士やも 空しくあるべき 万代に 語り継ぐべき 名は立てずして E−978)に家持が追和して詠んだと記されています。その反歌は、
 ますらをは 名をし立つべし 後の世に 聞き継ぐ人も 語り継ぐがね(R-4165)
(ますらおは 名をこそ立てるべきだ 後の世に 伝え聞く人も 語り伝えてくれるように)
です。
 最後にイチョウの若葉の写真も掲載しておきます。

Posted by katakago at 17:11
コナラの若葉 [2011年05月15日(Sun)]

 コナラはぶな科の落葉高木で、万葉歌には巻14の東歌に次のように詠まれています(原文には許奈良と表記)。
【歌】 下野 三毳の山の こ楢のす まぐはし児ろは 誰が笥か持たむ (M-3424)
【口語訳】 下野の 三毳の山の こ楢のように 可憐なあの娘は 誰に嫁ぐのだろうか
 下野の国(現在の栃木県)の相聞歌。三毳の山は両毛線佐野駅東方の山。笥は容器一般の名称で、特に食物を盛る器をさすことが多い。「誰の食器を持つことであろうか」とは、誰の妻となるであろうかという気持ちを表す。『萬葉釈注』には、「その若葉の艶やかさに着目したところが東歌らしい」とある。
 この歌の歌碑は、栃木県佐野市町谷町の「万葉公園かたくりの里」にあります。16年前に訪れたことがあります(小山より両毛線佐野駅下車、タクシー利用)。
Posted by katakago at 16:40
モミジの若葉 [2011年05月14日(Sat)]

 
 モミジは、万葉歌では、かへるて(原文は蝦手、加敝流弖と表記)として詠まれています。
【歌】 子持山 若かへるての もみつまで 寝もと我は思ふ 汝はあどか思ふ(M-3494)
【口語訳】 子持山の 楓の若葉が 紅葉するまでも ずっと寝ようとわたしは思う おまえはどう思うかい
 巻14は、東歌が集められた巻で、このような大胆な表現の歌も多く見受けられます。この歌の歌碑が、群馬県北群馬郡子持村の子持神社にあります。万延元年(1860年)に建立されたもので、10年前に訪れたことがあります。
 
Posted by katakago at 17:15
ケヤキ [2011年05月14日(Sat)]

 
 雨上がりのケヤキの写真です。園内にはこれを含め3本の高木があります。万葉歌では「つき」(原文は槻と表記)として詠まれています。
【歌】 天飛ぶや 軽の社の 斎ひ槻 幾代まであらむ 隠り妻そも(J-2656)
【口語訳】 (天飛ぶや) 軽の社の 神木の槻のように いつまでこうして 忍び妻でいるのか
 『新編日本古典文学全集 万葉集』によれば、いつまでこんな隠り妻(人目を忍んで逢う仲の妻)でいなければならないのかと悲しんだ女自身の歌とみている。「斎ひ槻」は、人がみだりに手を触れないように囲いをしてある槻(ケヤキ)。この歌では、世間から隔絶した場所に住まわされている女のたとえ。
 槻(ケヤキ)は樹勢が盛んで大木となるため、落葉樹ですが古来から神聖視され、その樹下は聖域とされていた。『日本書紀』には、法興寺(現在の飛鳥寺)の槻の木の下では、重要な儀式や行事が行われたことが記されている。中大兄皇子と中臣鎌足だ出会ったのが、法興寺の槻の木の下で行われた蹴鞠の場であり、乙巳(いっし)の変の後、「天皇(孝徳)・皇祖母尊(皇極)・皇太子(中大兄)は、大槻の木の下に群臣を召集して、盟約を結ばせた」とある
Posted by katakago at 16:13
池に水が [2011年05月12日(Thu)]

 先月、畑の一部に池を造成しましたが、このところの雨で、ようやく水が溜まり始めました。今月下旬には、近くの水路に水田用の水がひかれますので、この池も満水になる予定です。広さは約10坪ほどでハスを栽培する計画です。ただし、今年は植え付け時期が過ぎてしまったので、本格的に実施するのは来年の春になります。鉢植えの苗を入手できれば池に入れて試験栽培してみようと考えています。

 池の造成は、中学時代の同級生(造園業(林光園)の社長さん)にお願いしました。2月に開催された卒業50周年記念同窓会に出席した際、植物園のことが話題になり、協力してもらうことになりました。

 重機で表層土を一旦除き、底土を突き固めて保護シートを敷いた後、遮水シートを敷きその上から表層土をかぶせました。二日がかり(延べ5人)の作業で完成しました。
 
Posted by katakago at 19:36
雨の日の園内で [2011年05月12日(Thu)]

 このところ雨が続きましたが、園内の木々の緑が一層鮮やかになってきました。毎日の散策が楽しみです。先日紹介したヒメサユリ(オトメユリ)が開花しました。

 ビオトープ池では、アサザが一輪咲き始めました。見ごろは6月以降です。
Posted by katakago at 19:27
暖地桜桃 [2011年05月11日(Wed)]

 3年前に畑の一角に果樹の苗木を植え付けました。カキ、クリ、柑橘類(温州ミカン、デコポン、甘夏、キンカン、レモンなど)、アンズ、スモモ、プルーン、ナツメ、ビワ、サクランボなど多種にわたります(このうち、クリ、スモモ、ナツメは万葉歌にも詠まれています)。クリやカキ、ミカンは昨年から収穫できるようになりましたが、暖地桜桃は、今年初めて写真のようにサクランボを鈴なりに付けています。粒は小さいですが、熟したものは結構甘くて食べられます。佐藤錦も植えていますが、まだ実が成るまでには至っていません。
Posted by katakago at 14:12
コウゾ [2011年05月11日(Wed)]

 コウゾの写真です(この時期雌花序を付けている)。コウゾは、万葉歌では、たく・たへ・ゆふ(原文は多久・妙・細布・木綿などと表記)として詠まれています。
【歌】 春過ぎて 夏来るらし 白たへの 衣干したり 天の香具山 (持統天皇 @−28)
【口語訳】 春が過ぎて 夏が来たらしい 真っ白な 衣が干してある あの天の香具山に
 作者の持統天皇は、壬申の乱に勝利した天武天皇の皇后で、天武崩御後称制、皇太子(子の草壁皇子)の病死後、天皇に即位した。持統8年に飛鳥から藤原宮に遷都したが、この歌は、その配列から持統初年と考えられ、遷都以前に飛鳥から北方に香具山を望んだと見られている(『新編日本古典文学全集 万葉集』)。『萬葉集釈注』には、「春から夏に移った瞬間に対する驚きを明晰に詠んでいる」とある。なお、この歌は百人一首にも採られている。
 「たへ」はコウゾの樹皮から取ったた繊維や、その繊維で織った布をさす。樹皮から黒皮を除き、水に晒して白くなった繊維で白い布を織ったり紙を作る(『万葉植物事典』)。
Posted by katakago at 13:32
フトイ [2011年05月09日(Mon)]

 
 ビオトープ池で生育中のフトイ(かやつりぐさ科の多年草)です。万葉歌では、おほゐぐさ(原文は於保為具左と表記)として、次の一首が詠まれている。
【歌】 上野(かみつけの) 伊奈良の沼の 大藺草 外(よそ)に見しよは 今こそまされ(M−3417)
【口語訳】上野の 伊奈良の沼の 大藺草のように 遠くから見たときよりも 今になって恋しさが増した
 上三句までが、「よそに見る」を起こす比喩の序。巻十四は東歌を集録する巻であるが、この歌は柿本朝臣人麻呂歌集に出ているとの注がある。
Posted by katakago at 13:37
ツツジ [2011年05月09日(Mon)]

 ヤマツツジ(1番目の写真)が咲き、モチツツジ(2番目)の蕾が開き始めました。いずれも園内に自生しているものです。万葉歌では、管仕・管自・都追慈などと原文表記。
【歌】 山越えて 遠津の浜の 石つつじ 我が来るまでに 含みてあり待て(F−1188)
【口語訳】 (山越えて) 遠津の浜の いわつつじよ わたしが帰って来るまで 蕾のままで待っていておくれ
 「遠津の浜」は所在未詳。「山越えて」は地名「遠津」の「遠」にかけた枕詞。『和名抄』に「羊躑躅、以波豆々之、一云毛知豆々之」とある。モチツツジは、萼などが粘るところからその名があります。なおツツジ類は、このほかミツバツツジも植えていますが、4月に咲き終わっています。
Posted by katakago at 12:30
カシワ [2011年05月09日(Mon)]

 カシワの若葉と雄花序の写真です。万葉歌では、「あからがしは」(原文表記は赤柏・安可良我之波など)として詠まれています(集中三首)。
【歌】 印南野の 赤ら柏は 時はあれど 君を我が思ふ 時はさねなし (安宿王 S−4301)
【口語訳】 印南野の 柏の干葉(ひば)は 時の別がありますが 大君を私が敬慕いたしますことは 時の別が全くありません
 天平勝宝六年正月七日(754)、天皇(孝謙)・太上天皇(聖武)・皇太后(光明)が、東の常の宮の南大殿にお出ましになって宴を催された時、播磨国の守の安宿王(あすかべのおおきみ)が詠んだ歌。「君」は孝謙天皇をさし(安宿王は天皇のいとこ)、『萬葉集釈注』によれば、「安宿王が、その領内から献上する特産品にこと寄せて、忠節の心の変わらないことを奏上したもの」とある。
 「赤ら柏」は、ぶな科の落葉高木の柏の葉を乾燥して赤褐色になったもの。古くはこれに果物や雑肴を盛り、また飯を包むのにも用いたという。『延喜式』によれば、播磨の国は柏の産地であり、その柏が大嘗祭・鎮魂祭などの神事に用いられたという。
Posted by katakago at 11:18
園内では [2011年05月07日(Sat)]
 植物園内では、咲き終わったカタクリに朔果が出来ています。この中に種子が含まれており、種子を播種してから開花までに7〜8年かかるといわれています。こちらでは、種苗会社から購入した球根を植えて育てていますが、種からも増えてくれればと思っています(開花時期は毎年3月下旬から4月初めです)。

 植物園には、日本原産のユリを数種類植えています。そのうち一番早く咲くヒメサユリ(オトメユリともいわれる)の蕾が膨らんできました。6月から7月にかけて、ヒメユリ、オニユリ、コオニユリ、ササユリ、ヤマユリなどが順次咲くのが楽しみです。

 畑(植物園の分園)の一角では、昨年開花したムラサキのこぼれ種が発芽して草に隠れて育っているのを見つけました(写真は草を取り除いた状態です)。花が咲くのは6月ごろです。

 ビオトープ池では、アサザやヒシの葉が見られます。それぞれ6月から7月にかけて花が咲き始めます。
Posted by katakago at 15:18
カキツバタ [2011年05月07日(Sat)]

 先に紹介したビオトープ池でカキツバタが咲き始めました。カキツバタは、水湿地に生育するあやめ科の多年草。その花の色は濃紫色で、和名は、花汁を布にこすりつけて染める、昔の「書きつけ」という行事から転訛したものといわれる。
 万葉歌の原文では垣幡・垣津幡・垣津旗などと表記されています。大伴家持が天平16年(744年)4月5日(太陽暦の5月25日)に次のような歌を詠んでいます。
【歌】 かきつはた 衣に摺り付け ますらをの 着襲ひ狩する 月は来にけり(P−3921)
【口語訳】 かきつばたで 衣を摺り染めにし ますらおが 着飾って狩をする その月が来た
 「衣に摺り付け」の摺るは擦り染めにすることで、布の上に型紙や型木を当てて、その上から染料を付けた刷毛で擦って模様を染め出す、捺染と考えられている(『新編日本古典文学全集 万葉集』より)。「狩する月」は、薬狩りをする4月(旧暦)。
 万葉歌には7首詠まれています。
Posted by katakago at 11:14
フジ [2011年05月05日(Thu)]

 植物園の一角(斜面の上方)で、自生しているフジが咲いているのに気付きました。
万葉歌には、25首詠まれています(原文では、藤、不治、敷治などと表記)。
【歌】 恋しけば 形見にせむと 我がやどに 植ゑし藤波 今咲きにけり(山部赤人G−1471)
【口語訳】 恋しくなったら 偲びぐさにしようと思って 家の庭に 植えた藤の花は 今咲き始めた
 「形見」は、それを見ることで人を思い起こすよすがの品のことで、生存するもの同士でも用いられた(『萬葉集釈注』)。この歌では、偲ぼうとした相手は女性。「藤波」は、藤の花房を波に見立てた歌語。
Posted by katakago at 12:40
ヤマブキ [2011年05月05日(Thu)]

 ヤマブキの花が咲いています。万葉歌には17首詠まれています(原文では山振、山吹、夜麻夫伎などと表記)。
【歌】 山吹の 立ちよそひたる 山清水 汲みに行かめど 道の知らなく(高市皇子 A−158)
【口語訳】 山吹が 咲き匂っている 山清水を 汲みに行きたいが 道が分からないことよ
 十市皇女(天武天皇の長女、母は額田王)に対する挽歌。『新編日本古典文学全集万葉集』によれば、上三句は、「死後の世界を意味する中国の『黄泉』の語を意訳して黄色い山吹と清水で表している」とある。
Posted by katakago at 12:24
ショウブ [2011年05月05日(Thu)]


 
 ショウブの花が咲きました。万葉歌では、あやめぐさ(原文は菖蒲草・菖蒲・安夜女具佐などと表記)として詠まれています。
【歌】 ほととぎす 厭ふ時なし あやめぐさ 縵にせむ日 こゆ鳴き渡れ(I−1955)
【口語訳】 ほととぎすよ 嫌な時などないぞ あやめぐさを 蘰にする日に ここを鳴いて行け
 ショウブは水辺に自生するサトイモ科の植物でアヤメ科のハナショウブとは別。根茎、葉などから独特の匂いを発し、これが邪気を払い疫病を除くといわれ、端午の節句に使用された。「あやめぐさ 縵にする日」は五月五日。『続日本紀』(天平19年)には、太上(元正)天皇が、「五月五日に宮廷に出仕する際、官人が菖蒲を縵にしてくるよう」に詔したことが伝えられている。
Posted by katakago at 11:18
ビオトープ池 [2011年05月05日(Thu)]

 5年前に開園した植物園の分園として、昨年初めに転作水田の一角にビオトープ池を作りました。池には、万葉歌にも詠まれているハス、アサザ、カキツバタ、ヒシなどの水生植物を栽培し、周囲には、キキョウ、オミナエシ、フジバカマ、ヤブカンゾウなども植えています。
カキツバタは間もなく開花します。
Posted by katakago at 10:17
猪名川万葉植物園へようこそ [2011年05月03日(Tue)]

ようこそ猪名川万葉植物園へ


かたかご(カタクリ) 堅香子

もののふの 八十娘子らが 汲みまがふ 寺井の上の 堅香子の花 (大伴家持 R-4143)


この一連のブログで紹介する万葉歌の読み下し文及びその口語訳は、特に断らない限り、小学館から出版されている新編日本古典文学全集『万葉集』に準拠しました。
Posted by katakago at 13:30
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