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ツゲ [2011年05月31日(Tue)]

 ツゲの花が咲いています。万葉歌には6首詠まれています(原文は黄楊と表記)。
【歌】 君なくは なぞ身装はむ 櫛笥なる 黄楊の小櫛も 取らむとも思はず (播磨娘子 H-1777)
【口語訳】 あなたがいらっしゃらなくては なんで身を飾りましょうか 櫛箱にある 黄楊の櫛さえ 手にしようとも思いません
 題詞によれば、石川大夫が転任することになって京に上る時に、播磨娘子が贈ったた歌2首のうちの1首です。石川大夫は、霊亀元年(715)に播磨守になった石川朝臣君子とみられています。養老4年(720)、兵部大輔に任じられて帰京しており、歌はこの時のものとみられています。播磨娘子については、君子が任国播磨で親しんだ女性で、遊行女婦(うかれめ)説(『萬葉集釈注』)、または、身の回りの世話をしていた身分の低い女性とする説(『萬葉集全注』)があります。遊行女婦の中には、当時の知識階級の人と対等に歌を詠む才能を持った者もいたようです。
Posted by katakago at 21:09
カワラナデシコ [2011年05月30日(Mon)]

 カワラナデシコは、万葉歌では、なでしこ(原文は瞿麦・石竹・那泥之古などと表記)として、26首詠まれています。山上憶良の「秋の七種(くさ)」にも詠まれています。大伴家持は、なでしこの可憐な姿を格別に好んだようで、11首も詠んでいます。ここではそのうちの2首を紹介します。
【歌】 我がやどの なでしこの花 盛りなり 手折りて一目 見せむ児もがも (大伴家持 G-1496)
【口語訳】 家の庭の なでしこの花が 今真っ盛りだ 手折って一目 見せてやるような女の子がいたらよいのに
 上の歌は、夏の雑歌に入れられていますが、同じ巻の春の相聞に、家持の初恋の相手で後に妻となる、坂上大嬢をなでしこの花に擬した歌があります。
【歌】 我がやどに 蒔きしなでしこ いつしかも 花に咲きなむ なそへつつ見む (G-1448)
【口語訳】 わが家の庭に 蒔いたなでしこは いつになったら 花が咲くことだろうかそしたら あなたと見なして眺めよう
 写真のカワラナデシコは、昨年の春に播種した2年目の株で早くから咲き始めていますが、切り戻してやれば、初秋にも花を楽しめるものと思っています。

 
Posted by katakago at 18:59
雨のビオトープ池 [2011年05月29日(Sun)]

 昨日からの雨で、ビオトープ池の水も溢れています。池の中、その周囲には多くの植物を栽培しています。昨年植え付けたハスも立ち葉が展開してきています(開花は6月末から7月ごろです)。万葉歌には詠まれていませんが、花菖蒲、ミソハギなども順次開花が見込まれます。池の堤には、カワラナデシコ(すでに開花中)、オミナエシ、フジバカマ、キキョウ、ノジギク、ヨメナなどが生育中です。
Posted by katakago at 14:28
今城塚古墳、古代歴史館 [2011年05月28日(Sat)]

 雨が本降りになる前に、高槻市にある今城塚古墳と高槻市立古代歴史館に出かけて来ました。もともと今日の午後に、梅花学園生涯学習センター特別企画(茨木観光協会と共催)の「茨木の歴史と文化ぶらり散歩」に参加して、茨木市内の太田茶臼山古墳(宮内庁はこれを継体天皇陵に指定)や高槻市の今城塚古墳などを訪ねることになっていました。ところが、9時過ぎに、大雨注意報が発令されているとのことで、この企画は中止になったとの連絡を受けました。そこで、折角予定していたこともあり一人で出かけた次第です。
 今城塚古墳は、淀川流域最大の前方後円墳で、日本最大級の埴輪祭祀場の跡が発見されています。『日本書紀』継体天皇条に、「藍野陵に葬りまつる」とあり(531年)、考古学界では、6世紀に造られた今城塚古墳が継体天皇陵だとされています。なお、太田茶臼山古墳は墳丘の形状や、円筒埴輪に含まれる石英の熱ルミネッセンス法による年代測定により5世紀の古墳と考えられています。


 古代歴史館には、出土した精巧な形象埴輪(高床の家・門・巫女・武人・水鳥・鶏・雄牛など)が展示され(写真撮影もストロボを発光しなければOKでした)、古墳公園として整備されている埴輪祭祀場では、復元埴輪で古代王権の儀礼の場が再現されています。


 
Posted by katakago at 17:05
センダン [2011年05月27日(Fri)]

 センダンの花が咲いています。万葉歌ではあふち(原文は阿布知・安不知などと表記)として詠まれています。
【歌】 妹が見し 楝の花は 散りぬべし 我が泣く涙 いまだ干なくに (山上憶良 D-798)
【口語訳】 妻が見た 楝の花は もう散ってしまいそうだ わたしの泣く涙は まだ乾かないのに
 憶良の日本挽歌(D-794)の反歌五首の一首。筑前守であった憶良が、大宰帥大伴旅人の妻の死を悼み、旅人の身になって詠んだとみられています。大伴旅人は、神亀4年(727)頃、大宰府に赴任、翌年妻に先立たれた。憶良が上司にあたる旅人に献上した日付が、左注に神亀5年(728)7月21日とあり、この日付は、旅人の妻大伴郎女の死後百日に当たるもので、その供養設斎を期してのものであったとする論(井村哲夫氏)が出されています。『萬葉集全歌講義』では、この論を引き、「さかのぼって4月10日が旅人亡妻の命日であったことになり、楝の花の咲き継ぐ頃であり、”妹が見し楝の花は散りぬべし”とあるのにかなう」と述べられています(旧暦の4月10日は、太陽暦では5月にあたるのでセンダンの花が咲く時期とみられます)。
Posted by katakago at 16:38
サツマイモ苗の植え付け [2011年05月27日(Fri)]
 雨の日が続くとの天気予報で、昨日は、鳴門金時の苗10本を植え付けました。以前は、100株以上栽培し、地元の子供会にイモ掘りを呼び掛けたこともありましたが、最近は自家消費分だけにしています。

 タマネギは収穫を終え、来月はジャガイモ(20株)の収穫くを予定しています。現在栽培中のものは、キュウリ、トマト、ナス、カボチャ、オクラ、シシトウ、ピーマン、エダマメ、マクワウリ、サトイモなどです。マクワウリとサトイモは万葉歌にも詠まれています。

 次の写真は、マクワウリの雌花です。
Posted by katakago at 16:07
ノビル [2011年05月26日(Thu)]

 ノビルは、万葉歌ではひる(原文は蒜と表記)として詠まれています。
【歌】 醤酢に 蒜搗き合てて 鯛願ふ 我にな見えそ 水葱の羹 (長忌寸意吉麻呂O-3829)
【口語訳】 醤酢(ひしおす)に 蒜を搗き加えて 鯛が食いたい 私の目の前から失せろ そこな水葱(なぎ)の羹よ
 題詞には、酢・醤(ひしお)・蒜・鯛・水葱を詠む歌とあります。この歌の前後に、同作者の物の名を詠みこんだ同じような歌が並んでいます。宴席で要請された題材を詠みこんだ座興の歌と見られています。『萬葉集釈注』によれば、「醤酢に蒜をつき混ぜたたれを伴う高級料理の鯛が出たので、それをいたく欲し、対照的な低級料理(日常料理)である水葱の吸い物を拒否する形をとることによって、本日の料理のめでたさを寓したのではあるまいか」とあります。
 なお、蒜については、ニンニクとする説もあります。また、醤(ひしお)は、正倉院文書によれは、大豆・塩・米・酒・糯米から作られ、当時としては高価な調味料であったようです。
Posted by katakago at 09:06
タチバナ [2011年05月24日(Tue)]

 万葉歌で詠まれているたちばな(原文は、橘・多知波奈などと表記)は、古代のミカンの総称です。写真のタチバナは、種苗会社より取り寄せて植えているものですが、実は小さく、酸っぱくて生食には向きません。橘の歌68首のうち、その多くは花橘(初夏の花)として詠まれています。
 次の歌は左注によれば、天平8年(736)、葛城王(橘諸兄)、佐為王(橘佐為)たちが臣下に降下し、「橘宿禰」の姓を賜った時の、聖武天皇の歌です。
【歌】 橘は 実さへ花さへ その葉さへ 枝に霜置けど いや常葉の木 (E-1009)
【口語訳】 橘は 実まで花まで その葉まで 枝に霜が置いても いよいよ栄える木であるぞ
 『萬葉集釈注』によれば、「常緑樹で霊木とされた橘の木を讃えることで、橘氏の繁栄を予祝した歌」とあります。
 『日本書紀』垂仁天皇条に、橘が外来のものであるという、田道間守伝説がのっています。天皇の命を受けて、田道間守は、非時香菓(ときじくのかくのみ、橘のこと)を求めて常世国へ行き、未知の海を渡り島を訪ね、十年の歳月を費やしてこの果物を持ち帰ったという。
Posted by katakago at 21:18
ミカンの花が咲いています [2011年05月24日(Tue)]

 柑橘類は、温州ミカン、伊予柑、甘夏(写真)、デコポン、キンカン、レモン等を植えています。レモンの花は淡い紫色です(2枚目の写真)。今年は結実してくれるか楽しみです。

 ばら科の果樹(サクランボ、アンズ、スモモ等)は、花は終わって小さな果実をつけています。
 3枚目の写真は、柿の花です。富有、太秋、次郎、禅寺丸(授粉樹)、黒柿などの種類を植えています。
 

 次の写真は、果樹園の全景です。

Posted by katakago at 20:54
ヒメサユリ [2011年05月23日(Mon)]

 ヒメサユリ(オトメユリ)は、以前にも写真を紹介しましたが、別の株が花を咲かせました。
常陸国の防人歌に、次のようなユリを詠んだ歌があります(但し、そのユリはヤマユリを詠んだとする説がありますが)。
【歌】 筑波嶺の さ百合の花の 夜床にも かなしけ妹そ 昼もかなしけ (S-4369)
【口語訳】 筑波嶺の さ百合の花のように 夜床でも いとしい妻は 昼間もいとしい
 左注によれば、那珂郡(茨城県那珂郡)の防人(上丁大舎人部千文)の歌です。『万葉集』には、この歌とともに同じ作者の次の歌が残されています。
 霰降り 鹿島の神を 祈りつつ 皇御軍士に 我は来にしを(S-4370)
 (霰降り) 鹿島の神を 祈り続けて 皇軍の兵士として おれはやって来たつもりなのに・・・
 第二首について、『萬葉集釈注』には、「勇を鼓して出かけて来たものの、妻への思いはやはり絶ちがたいという嘆きをうたっている」とあります。
 それぞれの歌の歌碑は、茨城県つくば市大穂(つくばテクノパーク大穂)と鹿嶋市の鹿島神宮にあり、10年ほど前に訪れたことがあります。
Posted by katakago at 16:29
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