CANPAN ブログ検索
Loading
  • もっと見る
<< 2013年05月 >>
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31  
最新記事
月別アーカイブ
最新コメント
住吉大社から大仙古墳へ [2013年05月12日(Sun)]
 この四月から毎日文化センターで、市瀬雅之先生(梅花女子大学教授)の万葉講座(風土記との接点を探る)も受講しています。月一回の開催で今月は現地講座「摂津国風土記(逸文)と万葉歌を歩く」で、昨日(5/11)、住吉大社から大仙古墳までを巡りました(参加者15名)。
 集合が住吉大社鳥居前に10:30と時間的に余裕があったので、少し早めに家を出て今回のコースには入ってなかった南海電車粉浜駅前にある犬養先生揮毫の万葉歌碑を訪ねました。
IMG_3912m.jpg
【原文】 住吉乃 粉浜之四時美 開藻不見 隠耳哉 恋度南 (E-997)
【読み下し文】 住吉の 粉浜のしじみ 開けも見ず 隠りてのみや 恋ひ渡りなむ
【口語訳】 住吉の 粉浜のしじみのように 心を打ち明けもせず こもってばかりいて 恋しつづけることか
 この歌の題詞には、春三月難波宮に行幸された時の歌(6首のうちの最初)とあり、『続日本紀』には、天平六年三月条に聖武天皇が難波宮に行幸された記事があります。6首はこの時の行幸に従駕した人々の歌ですが、この歌の作者は未詳。上二句の「住吉(すみのえ)の粉浜(こはま)のしじみ」は、「開けも見ず」を起こす比喩の序。粉浜は住吉大社の南を流れる細井川の当時の河口の辺りに擬する説があります。
 生前、犬養先生が西宮に転居されるまで粉浜に住んでおられた縁で、この場所に歌碑が建てられた(昭和59年)とのことです。

 今回の現地講座のコースは、住吉大社(集合10:30)→ 浅沢社 → 大歳神社 → 住吉公園歌碑(昼食)→  高灯籠 → 熊野街道 → 住吉東駅(南海高野線乗車)・・・ 堺東駅(下車)→ 堺市役所展望ロビー → 竹内海道 → 大仙古墳(伝仁徳天皇陵)→ 磐姫皇后歌碑 → 堺市博物館 → 百舌鳥駅(JR阪和線)16:00解散

 住吉大社正面(左鳥居後方に反橋)
IMG_3919m.jpg
 第一本宮から第四本宮の4棟からなる本殿(住吉造り、国宝に指定)で、御祭神は、第一本宮:底筒男命・第二本宮:中筒男命・第三本宮:表筒男命・第四本宮:息長足姫命(神功皇后)です。
 神殿では結婚式が行われていました。
IMG_3933m.jpg
 住吉大社の由緒には、筒男三神は住吉大神(すみのえのおおかみ)で、海上安全の守護神であり、遣唐使の発遣に際しては朝廷より奉幣がなされ、その海上無事を祈ったとあります。万葉歌にも、天平五年(733)の入唐使に贈った歌に、「住吉の我が大御神」が詠まれています。
【歌】 そらみつ 大和の国は あをによし 奈良の都ゆ おしてる 難波に下り 住吉の 三津に船乗り 直渡り 日の入る国に 遣はさる 我が背の君を かけまくの ゆゆし恐き 住吉の 我が大御神 船舳に うしはきいまし 船艫に み立たしまして さし寄らむ 磯の崎々 漕ぎ泊てむ 泊まり泊まりに 荒き風 波にあはせず 平けく 率て帰りませ もとの朝廷に (R−4245)
【口語訳】 (そらみつ) 大和の国の (あをによし) 奈良の都から (おしてる) 難波に下り 住吉の 三津で船に乗り まっすぐに 日の入る国に 遣わされる わが君を 口に出して申すのも 憚り多い 住吉の わが大御神よ 船の舳先に 鎮座ましまし 船の艫に お立ちになって 寄航する 磯の崎々 停泊する 港々で 荒い風や 波に遭わせず つつがなく 導いて帰って来てください 元の朝廷に 

 反橋(太鼓橋)の左手前にあるモニュメント(金属板には計17首の万葉歌)
IMG_3924m.jpg
 同モニュメントに記された万葉時代の住吉の地形
IMG_3923m.jpg
 中央の赤い部分が住吉大社、左の黄色の部分は黄土(はに)の地層、右の緑色の部分は榛の樹林で、当時、住吉大社のすぐ前には海が広がっていたようです。

 浅沢社の杜若(かきつばた)
IMG_3928m.jpg
 古来より杜若で有名な浅沢池の中にある社で御祭神は市杵島姫神(いちきしまひめのかみ)。万葉歌には「浅沢小野のかきつばた」が詠まれています。
【歌】 住吉の 浅沢小野の かきつはた 衣に摺り付け 着む日知らずも (F-1361)
【口語訳】 住吉の 浅沢小野の かきつばたを 衣に摺り付けて 着るのはさていつのことやら
(比喩歌で、いつになったら恋い慕っている女性に接することができるだろうか、の意)

 堺市市役所展望ロビー(21階)にある百舌鳥古墳群のパネル(右上方が大仙古墳)
IMG_3938m.jpg
 天気がよければこの展望ロビーから古墳群を眺められたのですが、あいにく今回は午後も雨で期待した展望はかないませんでした。

 大仙古墳(伝仁徳天皇陵)の周囲を一周しました。仁徳天皇の皇后磐姫の歌碑の前で、雨の中、市瀬先生の解説聴きました。
IMG_3949m.jpg
 犬養先生揮毫の万葉歌碑
IMG_3951m.jpg
【原文】在管裳 君乎者将待 打靡 吾黒髪尓 霜乃置万代日 (磐姫皇后 A-87)
【読み下し文】 ありつつも 君をば待たむ うちなびく 我が黒髪に 霜の置くまでに
【口語訳】 このままで 君を待ちましょう 垂らしたままの わたしの黒髪に 霜が置くまでも
 巻二の巻頭四首に磐姫皇后の作として載せられた3首目の歌ですが、四首は本来別々の歌で作者不明の伝誦歌であったのが、磐姫皇后の伝説に結び付けられ、その作と見なされるようになったと考えられています。なお、磐姫皇后については、『古事記』や『日本書紀』には、嫉妬深い女性としての記事が載っています。


Posted by katakago at 13:02
プロフィール

katakagoさんの画像
カテゴリアーカイブ
リンク集
http://blog.canpan.info/inagawamanyo/index1_0.rdf
http://blog.canpan.info/inagawamanyo/index2_0.xml