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干しアンズ作り [2019年07月11日(Thu)]
 今年はアンズがたくさん収穫でき、その利用(ジャム、ドライフルーツ)については先月の記事に載せています。http://blog.canpan.info/inagawamanyo/archive/1529
 その後、干しアンズの作り方を教えてもらったので試してみました。
@アンズの種を取り出し重さをはかる。
A鍋にアンズの半量の砂糖と砂糖と同量の水を加え中火で煮てシロップを作る。
B保存ビンにアンズを入れ、Aで作ったシロップを加え蓋を緩く閉める。
C保存ビンが入る鍋にお湯を入れ半時間程度中火で煮る。
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D自然冷却後、シロップ煮のアンズを取り出しキッチンペーパーに並べ余分な水分をとる。
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Eピチットシートで包み冷蔵庫で乾燥させる(3日間、ピチットシートは毎日一回取替)。
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Fフードドライヤーで乾燥(65℃で3時間ほど)
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G干しアンズの完成
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 先に作成したアンズのドライフルーツは不評(硬くて酸っぱい)でしたが、今回作成の干しアンズは3歳の孫にも好評のようです。

Posted by katakago at 07:11
新元号「令和」の続報(4/1の記事に追加)  [2019年04月10日(Wed)]
 新元号「令和」の出典が『万葉集』巻五の梅花歌の序からと発表され、このブログでも取り上げています(次のURL)。
http://blog.canpan.info/inagawamanyo/archive/1496

 その後ネット上などで、6世紀に梁の昭明太子によって編纂された文芸集『文選』巻十五の「歸田賦」が話題になっています。そこで、改めて手元にあるいくつかの『万葉集』の注釈書を調べてみました。 
 新日本古典文学大系『萬葉集』(岩波書店)のこの歌序の語注には、序の冒頭の文、「これは羲之が蘭亭記の開端に、永和九年歳在癸丑、暮春之初会于会稽山陰之蘭亭。脩稧事也(永和九年、歳は癸丑に在り。暮春の初め、会稽山陰の蘭亭に会す。筆者注)。この筆法にならへりとみゆ」(代匠記(初稿本))と指摘されている、とあります。この歌序の構成や語句が「蘭亭記」によることは契沖以来の定説のようです(小島憲之著『上代日本文学と中国文学 中』)。さらに、「初春令月氣淑風和」の個所については、『文選』巻十五の「歸田賦」(作者は後漢の張衡)の「仲春令月時和氣C(仲春令月、時和し氣清らかなり)」が引かれていました。このテーマについては、今後、受講している万葉講座でも取り上げられるものと楽しみにしています。
 次の写真は該当部分(「歸田賦」)の写真です(国立国会図書館デジタルアーカイブより)。
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Posted by katakago at 17:54
万葉植物関連記事を出版物に(見本刷りが完成) [2019年04月02日(Tue)]
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 このブログで約8年間にわたって発信してきた万葉植物関連記事を印刷物にして、『猪名川万葉植物園だより』として自費出版すべく取り組んできました。この1年間ほど担当者と何度もやり取りしながら、ようやく出版前の見本刷りが出来上がり今日手元に届きました。
 これから最後の校正に取り掛かります。可能ならば昨日の記事も加えられればと思っています。令和元年5月中の刊行を目指したいと思っています。

関連記事は次のURL
http://blog.canpan.info/inagawamanyo/archive/1408
Posted by katakago at 12:55
新元号「令和」の出典は『万葉集』 [2019年04月01日(Mon)]
 今日発表された新元号「令和」の出典は『万葉集』とのことで早速関連個所を調べてみました。巻五の「梅花の歌三十二首并せて序」の漢文の序から採られています。
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 写真は『西本願寺本萬葉集』複製(主婦の友社発行、昭和59年6月1日)より。全20巻そろった鎌倉後期の写本。次に、読み下し文と口語訳を掲載しておきます(『新編日本古典文学全集 萬葉集』より)。
 梅花の歌三十二首并せて序
天平二年正月十三日に、帥老の宅に萃(あつ)まりて、宴会を申(の)べたり。
時に、初春の月にして、気淑く風(やはら)ぐ。梅は鏡前の粉を披(ひら)き、蘭は珮後(はいご)の香を薫らす。加以(しかのみにあらず)、曙(あさけ)の嶺に雲移り、松は羅(うすもの)を掛けて蓋(きぬがさ)を傾け、夕の岫(くき)に霧結び、鳥は縠(うすもの)に封ぢられて林に迷ふ。庭に新蝶舞ひ、空には故雁帰る。
ここに、天を蓋にし地(つち)を坐(しきゐ)にし、膝を促(ちかづ)け觴(さかづき)を飛ばす。言を一室の裏に忘れ、衿(ころものくび)を煙霞の外に開く。淡然に自ら放(ゆる)し、快然に自ら足りぬ。
もし翰苑にあらずは、何を以(もち)てか情を攄(の)べむ。請(ねが)はくは落梅の篇を紀(しる)せ、古と今と夫(そ)れ何か異ならむ。園梅を賦して、聊かに短詠を成すべし。
【口語訳】 梅花の歌三十二首と序
天平二年正月十三日(西暦730年太陽暦の2月8日)、大宰帥旅人卿の邸宅に集まって、宴会を開く。
折しも、初春の正月の佳い月で、気は良く風は穏やかである。梅は鏡の前の白粉(おしろい)のように咲き、蘭は匂い袋のように香っている。そればかりではない、夜明けの峰には雲がさしかかり、松はその雲の羅(ベール)をまとって蓋(きぬがさ)をさしかけたように見え、夕方の山の頂には霧がかかって、鳥はその霧の縠(うすぎぬ)に封じ込められて林の中に迷っている。庭には今年生まれた蝶が舞っており、空には去年の雁が帰って行く。
そこで、天を屋根にし地を席(むしろ)にし、互いに膝を近づけ酒杯をまわす。一堂の内では言うことばも忘れるほど楽しくなごやかであり、外の大気に向っては心をくつろがせる。さっぱりとして各自気楽に振舞い、愉快になって各自満ち足りた思いでいる。
もし文筆によらないでは、どうしてこの心の中を述べ尽くすことができようか。諸君よ落梅の詩歌を所望したいが昔も今も風流を愛することには変わりがないのだ。ここに庭の梅を題として、まずは短歌を作りたまえ。
 この後、大宰府や九州各地の官人の歌32首が載っています。宴の主人(あるじ)である大宰帥大伴旅人の歌は、
【歌】 我が園に 梅の花散る ひさかたの 天より雪の 流れ来るかも (巻五・822)
【口語訳】 わが園に 梅の花が散る (ひさかたの) 天から雪が 流れてくるのだろうか

なお、ウメの写真と梅花の宴については、以前の記事に載せています。
http://blog.canpan.info/inagawamanyo/archive/274


Posted by katakago at 15:18
今年も孫の成長ぶりが楽しみです [2019年01月05日(Sat)]
 この年末年始は、3人の孫(高2、中3、3歳)のうち2人が帰って来てくれて賑やかに過ごしました。中3の孫は自宅で高校受験に備えることにしたそうです。2泊しか出来なかった高2の孫は、梅田でショッピングを楽しむ一方、宿題に追われていたようです。年寄りの相手をしてくれたのは3歳の孫です(1週間一緒に過ごしました)。

 正月3が日は昨年に続き、地元の矢問八幡宮のお祀りをしました。正月のお供えをして朝夕に御神燈を灯しました。
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 初詣は、この八幡宮と多田神社に参拝しました。
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 畑では、ダイコンを抜いたりミカン採りを楽しんでくれたようです。
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Posted by katakago at 15:08
ため池管理者研修会(12/21) [2018年12月22日(Sat)]
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 昨日、三田市で平成30年度の「ため池管理者研修会」があり出席しました。昨年も開催され出席しましたが、後日、地元水利組合員を対象に県の担当者による出前講座も開催し、課題の共有化を図ってきたところです。
 朝日新聞の記事によると、今年7月の西日本豪雨でため池が決壊し大きな被害が出た広島県では、県内約19,600カ所あるため池のうち、約5,000カ所を廃止する方針で、このうち緊急性の高い約500カ所を2021年度までに廃止するとのことです。当面の対応として、堤の一部を削って水をためないようにし、水利組合などの了承を得て堤を完全に取り払うことが検討されているようです。
 全国で最も多い兵庫県(約38,000カ所)では、7月豪雨でため池決壊被害はなかったものの多数のため池被害が発生しており、8月末までに緊急点検が指示され対応してきました。今回の研修会では、この結果を踏まえ県では、必要に応じて復旧・整備を行い、あわせて利用されなくなったため池の廃止を促進するとの方針が示されました(講師:県農政環境部農林水産局農村環境室 谷本幹夫主査)。当水利組合にも利用されなくなったため池があり、今回はまだ具体的に触れられなかった実施主体(県、市、水利組合)や費用負担など具体的な施策について関心があります。
 緊急点検を踏まえた今後の対応についての資料から
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 ため池管理マニュアルーため池の点検、管理についてー(講師:水土里ネット兵庫 栗林茂樹事務局長兼事業部長)
 写真は資料の一部より
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 当水利組合では、利用されなくなったため池(3カ所)を廃池にするための手続きを市の担当部署と相談しながら順次作業を進めています。先週、ため池の境界を確定するための立会を市、隣地の所有者、水利組合で実施しました。
 池ノ谷池の全景
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 堤塘敷での確認作業の様子
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Posted by katakago at 11:33
ため池の倒木撤去 [2018年11月16日(Fri)]
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 昨年10月の台風では、地元水利組合が管理するため池で、大木が池側に倒れる被害が出ました(上の写真)。その撤去を業者に依頼して、今日ようやく終える事が出来ました。クレーン車やボートを用い、作業者4名で一日がかりの作業となりました。ため池の懸案事項がとりあえず一つ片付いてホッとしています。
 クレーン車は水面での作業用ボートの上げ下ろしや伐採した木の搬出に
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 ボートの上からチェーンソーでの伐採作業(最終段階)
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 倒木の撤去を終えて
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Posted by katakago at 19:21
孫娘の七五三参り [2018年11月04日(Sun)]
 今日は、来月末に3歳になる孫娘の七五三のお参りに地元の多田神社に出かけました。横浜や東京の親戚も来てもらって久しぶりに賑やかな一日を過ごせました。
 孫娘にとって着物姿での外出は初めてとあって、拝殿に上っての参拝が無事終わるまでは付き添い一同ハラハラしながらの参拝となりました。お祝いの会食の席では孫娘の成長ぶりを眺めながら楽しいひと時となりました。離れて暮らしていますが、両親の愛情に包まれて健やかに育ってくれることを願っています。
 自宅前での記念写真
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 長男一家と共に
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 多田神社の境内で
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Posted by katakago at 21:25
台風が過ぎ去って [2018年09月05日(Wed)]
 第二室戸台風以来の勢力と言われた台風21号が過ぎ去り、今朝は、ため池の点検や裏山と畑や果樹園の被害の状況も見て回りました。
 赤坂池では洪水吐をわずかに超えて流れる程度で、雨量はそれほどでもなかったようです。
 風が強かったので、裏山や果樹園での被害が気がかりでした。裏山のアラカシは、昨年10月の台風で大きな枝が何本も折れて隣家に被害も出たため、今春、ケヤキの気懸りな枝と一緒に伐採済みで、今回は小枝が散乱する程度でホッとしています。
 この時期は畑・畦・果樹園の草刈りに追われているので、もう少し過ごし易くなってから、折れた竹の片づけも含め裏山の手入れに時間を割こうかなと思っています。来月下旬には、川西市仏教会の行事(寺院巡り)の途中で、植物園に多くの見学者を迎える予定なっています。

 果樹園では、カキ(品種は大秋)の苗木が途中から折れてしまっていました。実も付けていたので残念です。
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 クリは、早生の品種(丹沢)の収穫はほぼ終わりでしたが、今月中旬以降に収穫時期を迎える銀寄は、枝が折れたり、まだ青いイガがたくさん落ちてしまっていました。
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イガの中はまだ真っ白でした。
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Posted by katakago at 14:04
ブログ記事を出版物に(第二弾) [2018年08月25日(Sat)]
 ブログ記事を出版物にする試みとして、2か月前に『わたしの年中行事ー神社・お寺・地元の行事ー』を自費出版しました(三帆舎より発行、Amazon でも取扱しています)。
 次作として(こちらが本命ですが)、600以上ある植物園の記事を整理し、『猪名川万葉植物園だより』を自費出版するための準備を進めています。
 次の写真は、記事をプリントして年ごとに整理したものです。
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 先日、制作を依頼している三帆舎より初校ゲラが届きました(次の写真)。
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 ブログ記事は横書きですが、万葉歌を取り上げるので出版にあたり縦書きに変更しました(このため費用が別途発生)。写真も多数あるためページ数も400ページ以上になってしまいました。先ずは、内容の重複個所や類似写真を取捨選択し、文章と写真のレイアウトも考慮しながら校正に取り組みます。来春の刊行を目指したいと思っています。


Posted by katakago at 11:29
ブログ記事を出版物に [2018年06月29日(Fri)]
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 このブログでは、ほぼ7年間にわたって万葉植物園の四季折々の情報を中心に、故地探訪や寺社の伝統行事・地元の行事についても触れてきました。この度、それらの記事の中から「わたしの年中行事」として取り上げ、出版物として残すことにしました。千年以上も前から続くお寺や神社の行事から、地元自治会やコミュニティ主催の身近な行事までを網羅しました(2か月毎に記事の日付順に掲載)。書名は『わたしの年中行事ー神社・お寺・地元の行事ー』です。
 昨年末から準備をはじめ、数回の校正の末ようやく自費出版にこぎつけました(発行所は三帆舎、TEL:072-755-5227)。原稿は文・写真ともブログ記事を使用するので省力化できると思ったのですが、印刷に際しては写真は出来る限り元の画像データを用いることにして、過去のファイルから探し出すのに苦労しました。
以下、内容の一部を写真で紹介しておきます。
 コミュニティの「ふれあい運動会」と「住吉大社の御田植神事」のページ 
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 「宝塚植木まつり」と「多太神社の秋季大祭」のページ
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 「春日若宮おん祭」のページ
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 今回の試みでブログ記事を比較的容易に出版物にできることがわかり、次作の準備を始めています。万葉植物に関しては12年前に『手づくり万葉植物園の四季』を自費出版していますが、その後の様子(植物園と万葉の学び)をこのブログ記事の中から選び出し、『猪名川万葉植物園だより』(仮題)として自費出版できればと考えています。
 
Posted by katakago at 14:52
アンズジャムを作ってみました [2018年06月09日(Sat)]
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 今年はアンズが昨年よりも早く色づきました。生食には向かないのでジャムを作ってみました。種とヘタを取り除いたアンズ100gに対しグラニュー糖を35gの割合で加えて中火で煮込み、アク取りが終わったら更に弱火で2時間ほどかき混ぜながら煮込むと出来上がりです。今回は3kg以上のアンズを使用したので、ジャムを詰めるビンをたくさん準備する必要がありました。
 昨年は子供たちにも好評だったので、今年も送ってやろうと思っていますが、たくさんできたので他でも味わってもらえそうです。
 
 右の鍋でアンズを煮込みながら左の鍋では保存容器のビンを加熱消毒
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 脱気を終えてアンズジャムのビン詰が完成
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Posted by katakago at 18:02
連休を孫と過ごして  [2018年05月07日(Mon)]
 今年の連休は、高二と中三の孫娘は部活で忙しかったようです。一番下の二歳になった孫娘が帰って来てくれたので、連休後半を一緒に過ごしました。畑で遊んだり、猪名川町の公園や妙見山にも出かけました。 
 畑では、ちょうどイチゴやサクランボ(暖地桜桃)が収穫時期を迎えていたので良かったです。
サクランボは大変気に入ったようです。種も上手に出して食べていました。
 サクランボを採るのに夢中になっていました。
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 猪名川町の公園では元気に走り回っていました。
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Posted by katakago at 16:18
裏山の竹伐採 [2018年03月15日(Thu)]
 先週に引き続き、この二日間はシルバー人材センターに依頼して裏山の竹伐採を行ってもらいました。今回の目的は、十数年前に開発された住宅地に隣接して生えている竹を全て伐採してしまうことです。今後は、タケノコの段階で全て切り取ってしまうことを考えています。当初の見積もりでは5人で一日の作業でしたが、実際取り掛かってもらうと二日目の午後までかかりました。但し、後片付けまでは手が回っていない部分もあり、今後暇を見つけては取り組まなければなりません。以前は周りも山であった所が住宅地に開発されたため、余計な気を遣う羽目になり、これから先のことが思いやられます。
 チェーンソーを使用しての作業
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 斜面に生えている竹(右上が住宅地)
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 竹が伐採されてすっきりしました(見晴らしがよくなった)。
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 このところの陽気で、カタクリが蕾を付けていました。
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 果樹園では、サクランボ(暖地桜桃)の花が咲いています。
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 ブータン大輪ミツマタ(今が見頃です)
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Posted by katakago at 16:52
ケヤキの大木の枝伐り作業 [2018年03月08日(Thu)]
 裏山での古木伐採作業の2日目の昨日は、ケヤキの大木の枝を伐る作業を中心に、大きくなってしまったセンダン(3本)やシラカシなども伐ってもらいました。
 作業者がチェーンソーなどの道具を装備してケヤキの大木に登ってゆきます。
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 伐り取る枝の落下する位置を制御するのに、ロープとワイヤーで下から引っ張る準備も行います(近くの構造物にぶつからないようにするため)。
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 枝の上でのチェーンソーの操作(下から見ていてハラハラしました)
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 ほぼ想定された場所に伐り落された大きな枝
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 この一連の作業で、これまで台風が来る度に気がかりだった木は一応片付けられホッとしています。但し、残っている竹については管理しやすいように、一部は業者に依頼して伐採してもらうことも次の課題です。


 畑では植物にも春の兆しがうかがわれます。
オキナグサの蕾とツクシ
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 桃の花も咲き始めました。
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 ネコヤナギの花穂
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Posted by katakago at 09:59
裏山での古木伐採作業 [2018年03月06日(Tue)]
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 裏山のアラカシの伐採作業が今日から始まりました。重機が入れない場所で、作業者が木に登っての伐採作業となり、切った枝をロープで吊るして下ろしながら慎重に行われました。昨日の雨は上がったものの、今日は風が冷たく高所での作業は熟練者にとっても大変だったと思います。このような光景はめったに見られないので、作業の様子を写真に撮らせてもらいました。
 枝は下から上へと順次切り下ろした後、幹は上から少しづつ切り取ってゆく作業が行われました。
 命綱を付けて高所(10m以上か)でチェーンソーを操作
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 五輪塔の真上での作業の為、伐った枝はロープで吊り下ろされます。
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 幹の上から順次切り取り、次第に低くなってきました。
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 裏山の梅はようやく見頃となり、ブータン大輪ミツマタも咲き始めて、あたりには芳香を漂わせています。
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 明日は、隣に生えているケヤキの枝を伐ってもらうことになっています。作業の安全を願っています。











Posted by katakago at 21:31
古木伐採の前にお祓い [2018年02月27日(Tue)]
 昨年秋の超大型台風の折りには、裏山の五輪塔そばのアラカシの枝が折れて隣家に被害が出ましたが、その木を業者に伐採してもらうのに先立ち、昨日、多田神社の神官にお祓いをしてもらいました。
 祝詞の奏上
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 木の前には台を置いて、塩・米・水・酒を三宝に載せてお供えしました。
神官が持参した砂をまき、次いでお供えしたお酒などを木の周りにまきました。
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 来月には伐採してもらえる予定です。
Posted by katakago at 09:23
新たな史料を発見 [2018年02月04日(Sun)]
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 昨年秋に両親の法事(母の十三回忌、父の二十三回忌予修)を執り行いましたが、その両親が建てた母屋も築35年になりました。木造建築で外壁や木部・屋根の漆喰などに一部痛みがみられ、外壁塗装などの補修が必要となりました。年金生活者にとっては大変な負担となりますが、幸いにも、この時のために両親が30年満期のJA建物更生共済に加入しておいてくれました。昨年9月末からリフォーム業者と打ち合わせを始め、先月下旬から工事が始まっています。

 農閑期でもあり、この機会に蔵書の整理や、蔵の中の片付けも行っています。その過程で、最近思わぬ発見がありました。その一つは布袋が描かれた掛け軸です(次の写真)。
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 日付と落款部分の拡大
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 この軸(布袋図画賛)について、以前、白隠禅師の書の購入でお世話になった方を通して調べていただいた結果、日付は安永九年(1780)で、落款は木田重寛であることが分かりました。先に自費出版した『木田家のルーツを尋ねるー石碑の銘文に導かれてー』で、この木田重寛についてあらためて調べてみたところ、当時大坂で両替商を営んでいた7代目の鉄屋庄左衛門であることが分かりました。木田重寛は、過去帳によると天明五年(1785)に52歳で亡くなっていますが、安永七年(1778)には十人両替の一人になっています。
 賛者が如何なる人物かは不明ですが、釈文は「屠蘇と餅 けさぞ(希さ楚) 福寿乃 腹袋」で、句の大意は「めでたい新年の朝を迎えた。福寿を祈って、布袋の腹よろしく、おおいに屠蘇と餅をいただこう」で、新年に相応しい書画であることが分かりました。

 この同じ木田重寛が、木田氏ゆかりの大仙寺(大阪市中央区谷町九丁目)に、「涅槃図」を寄進していたことを昨年知りました。涅槃会(釈迦の命日である2月15日)の法要に向けて本堂に掲げられた「涅槃図」を昨日拝観させていただきました。お釈迦さまが沙羅双樹の間に身を横たえ、たくさんのお弟子や国王・大臣・天部の神々、動物たちがその死(涅槃)を嘆き悲しんでいる場面が描かれています。
 軸が納められた箱(次の写真)には、安永四年(1775)、施主 木田重寛、木田知常とあります(知常は如何なる人物かは不明)。
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Posted by katakago at 14:02
賑やかに過ごしたお正月 [2018年01月05日(Fri)]
 この年末年始は、二歳になった孫娘を中心に賑やかに過ごすことが出来ました。
 幸い天候にも恵まれたので、畑や裏山にも何度か連れ出して一緒に遊びました。
 裏山の五輪塔のそばで
アラカシのドングリを拾ったり、雨水が溜まった竹の切株で遊んでいました。
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 アラカシの木の枝(台風で折れた)に跨ってお馬さんごっこ。
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 畑では、タカサゴユリの種(刮ハにぎっしり詰まっている)を振り撒いていました。
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 今朝、母方の実家に向かう孫娘を伊丹空港まで見送りに行きました。
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 搭乗ゲートの入り口で見送り(次に逢う時の成長ぶりを楽しみに)
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Posted by katakago at 16:04
平成30年元旦 [2018年01月01日(Mon)]
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 昨春4月から地元生産組合長の役が回って来て、これまでのカルチャーセンターの講座や故地探訪の回数も減らさざるを得ませんでした。引き続き懸案事項も抱えており今年も大変ですが、新たな取り組みも考えています。その一つに、これまでのブログの記事から植物関係を抽出して『猪名川万葉植物園だより』(仮題)を自費出版出来ればと考えています。平成18年に『手づくり万葉植物園の四季』を自費出版して以来10年以上が経過し、この間の活動も合わせて記録に残せればと思っています。

 午前中、家族で多田神社へ初詣に出掛けました(孫娘は途中からバギーで眠ってしまいましたが)。
 拝殿に向かう人の列
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 地元の八幡宮の三が日のお祀りは生産組合長がやることになっています。暮にお供えを準備し、元旦の今日は朝夕御神燈を灯しました。
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Posted by katakago at 20:48
年の暮れー長男の家族と共に [2017年12月31日(Sun)]
 鳥取から帰省した長男の家族と共に、年末を賑やかに過ごしています。先日2歳の誕生日を迎えた孫娘は、おしゃべりも活発でその成長ぶりに驚かされます。
 食事もエジソンのお箸(上端で連結された箸の一方には親指用のリング、もう片方には人差し指用と中指用のリングがある)を使ってひとりで上手に食べていました。
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 お正月の準備の合間に、冬の植物園や果樹園を散策しました。
果樹園のミカンの木の前で(ミカン類が好きだそうです)
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 ヒオウギの種(ぬばたま)に興味を示していました。
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 昨夕は活き松葉ガニ(長男が注文してくれた)のカニすきをみんなで堪能しました。
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Posted by katakago at 15:19
ため池での水難事故防止パネル増設 [2017年12月26日(Tue)]
 10月の台風で被害のあった岩坂池での修復工事関連の現場打ち合わせに通う途中、赤坂池(管理しているため池では最大)もこの2ヶ月で7度巡回することになりました。この間、休日にはフェンスを乗り越えて釣をする子供を何度か見かけ注意してきました。既に立ち入り禁止のパネルを何か所かに設置していますが、今日から冬休みに入ることもあり、赤坂池の長い堰堤のフェンスに注意喚起のパネルを増やして設置しました。
 新しく設置したパネル
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Posted by katakago at 22:30
ため池管理の出前講座 [2017年12月23日(Sat)]
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 昨日、兵庫県阪神農林振興事務所農村整備課(担当 國政主査)にお願いして、「ため池の点検と保全管理」についての出前講義をしていただきました。先月末、ため池管理者(地元水利組合長)として研修会に参加しましたが、その内容を組合員一人ひとりにも聴いてもらって今後の取り組みに活かしてもらうのが目的です。平日の為組合員12名中8名が参加しました。
 県に届け出ている特定ため池(3つ)のうち、取水施設(底樋)が機能するか不明となっている池や、先の台風(10月22日)で被害が発生したため池(堤体の修復工事はほぼ終了)もあり、ため池管理は当組合にとって大きな関心事です。
 お話の中では、今春発生した三田市のため池決壊事故にも触れられました。約40年以上使用されていなかった(そのため点検・管理も行われず管理者も不明)ため池が、降雨でも地震によるわけでもなく、長年の浸食により崩壊したとの事例を知ると、農地の減少(農業用水としての需要の減少)や後継者不足による組合員の高齢化などもあり、今後も3つの池を維持管理し続けることが出来るか不安になります。一部のため池については廃池も選択肢に考える時期かと思っています。

 同じ日に、道路に面した水路の入り口(矢問3丁目)に転落防止のための安全扉が取り付けられました(地元自治会の要望により市道路管理課が設置)。
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Posted by katakago at 11:54
猪名川の開削工事 [2017年12月20日(Wed)]
 地元では先月初めから、淀川水系 猪名川の改修工事が始まっています。鼓滝付近では岩盤掘削(河床掘削)作業が行われており、かつて能勢電車(当時は単線で一両)の鉄橋が架かっていた場所も岩盤が削られています(現在の鉄橋は写真後方))。
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 こんにゃく橋(数十年前は板橋が架かっておりこの名がある)付近では川幅を広げ護岸工事が行われています。
 橋の上流域
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 同じ場所の昭和37年当時の写真
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 橋の下流域
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 矢問川の注ぎ口付近
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 ところで、猪名川は万葉歌に1首詠まれています。
【歌】 かくのみに ありけるものを 猪名川の 奥を深めて 我が思へりける (巻十六・3804)
【口語訳】 こんなことになるのだったのに、(猪名川の) 奥が深いように、行く末遠くと私は思っていたよ
 「猪名川の」は「奥を深ム」の枕言葉として用いられています。この歌の万葉歌碑は、伊丹市森本桑津橋南方の猪名川左岸堤防上に建てられていますが、この辺り一帯が整備されれば、いずれ川西市にもこの歌の歌碑が建立出来ればいいなあと思っています。

 なお、鼓滝付近には、西行法師の「音にきく 鼓が瀧を うちみれば 川邊二さくや しら百合の花」の歌碑が建てられています。
Posted by katakago at 16:10
スーパームーン [2017年12月05日(Tue)]
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 昨夜の満月(今年最大のスーパームーン)はあいにくの天候で見ることが出来なかったのですが、今朝畑に出掛けた折り、西の空に傾く月を眺めることが出来ました。
月に関する最近の記事は、
http://blog.canpan.info/inagawamanyo/archive/1323

 この時期、畑での作業も一段落して、最近は書斎の整理に時間を割いています。この際思い切って蔵書の一部を処分をすることにしました。母屋の廊下に並べて引き取りを待っています。
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Posted by katakago at 14:22
台風の後片付け [2017年11月01日(Wed)]
 先月の台風21号による強風で、裏山では大木の枝が折れ竹も多数倒れ、畑でも果樹が根こそぎ倒れるなど大きな被害がありました。これほどの影響があった台風は2004年以来かと思います。
 折れた枝を片付けるため注文していた充電式チェーンソーが入荷したので、早速作業に取り掛かりました。アラカシは4本の大きな枝が折れて落下していました。チェーンソーを使用するのは初めてで、先端の細い枝から慎重に切断してゆきました(コツを掴むためにも)。この作業では、切断中に両側の枝の重みでチェーンソーのガイドバーが挟み込まれないように、切断個所を選ばなければなりません(何度か挟まれそうになりました)。一日がかりでとりあえず作業を終えることが出来ました。
 径20p以上の枝木もうまく切断できました。
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 大きな枝を切り分けたところ(1本の枝でこれだけありました)  
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 倒れた竹の片付けは冬の仕事に残しておきます。
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 畑に設置した農機具用の物置は強風で土台を外れて大きく移動したため、業者に依頼して元通りに戻してもらいました。
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Posted by katakago at 17:10
台風21号による被害 [2017年10月23日(Mon)]
 超大型の台風21号により、こちらでも倒木や折れた枝による建物損傷などの被害が発生しました。

 昨夜の風の強さから何らかの被害が出ているのではと、明け方から裏山や畑の見回りに出掛けたところ、裏山ではアラカシの大きな枝が折れ、それが近所の蔵の屋根にあたって屋根の一部が壊れていました。また、折れた竹が民家の屋根に覆いかぶさっていました。畑では、ミカンやエゴノキが倒れていました。それぞれ関係先に出向いて事情を説明し、とりあえず応急処置を行いました。

 一息入れてから遅い朝食をとっていると、市役所から、ため池に木が倒れているとの情報(2ヶ所)が入りました。早速現場を見に行ったところ、赤坂池では、民家の敷地内の立木が根元から池側に倒れていました。もう一つは岩坂池で、堤(水利組合の管理地)に生えていた木が根こそぎ池側に倒れていました。いずれも建物の被害がなっかたのが幸いです。前者の処理は敷地内の所有者でやっていただくことになりましたが、岩坂池のケースは、根こそぎ倒れた結果、池のそばの民家のフェンスと土台の一部が壊れており、水利組合で修理の手配を進めることになりました。
 
 裏山のアラカシの大きな枝が数か所折れていました。
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 折れた枝が飛んで近くの蔵の屋根の一部を損傷
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 五輪塔そばにも折れた大きな枝が落下(直撃でなかったのが幸い)
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 青竹もあちらこちらで折れて倒れていた。
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 畑で倒れていたエゴノキ(早速支柱を立ててやりました)
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 畑に設置した物置も位置が大きくずれてしまっていた(風が相当強かったようです)。
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 岩坂池では堤に生えていた大きな木が根こそぎ倒れていた。
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 赤坂池では民家の敷地内の木が池側に倒れていた。
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Posted by katakago at 18:07
両親の法事 [2017年10月09日(Mon)]
 昨日は、両親の法事を縁あって岡本寺(こうほうんじ)のご住職にお願いして執り行うことが出来ました。母の十三回忌、父の二十三回忌(予修)の法要です。私の50代前半に父が亡くなった後は、母は一人暮らしとなったため定年を待たず早期退職して実家に戻りましたが、3年後に見送ることになりました。
 今回は、妹夫婦や子供たちと孫だけの身内が参加して、立派な本堂で心のこもった法要をしていただけました。住職の読経に合わせて、参列者も「摩訶般若波羅蜜多心経(まかはんにゃはらみったしんぎょう)」、「修証義(しゅしょうぎ)」のお経を唱えました(一緒にお経を唱えることが供養になる)。
 法要が終わって後の法話では、白板に板書しながら「四苦八苦」や「輪廻転生」の話などをやさしい言葉で話されました。中・高生の孫たちにとっても印象深い場となったのではと思っています(焼香の作法などで緊張していたようですが)。
 なお、今回の法事に先立ち一昨年自費出版した『木田家のルーツを尋ねる―石碑の銘文に導かれてー』も、亡き両親への供養になったかなと思っています。

 法話の様子
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 板書の拡大
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 今回の法要で唱えたお経の「修証義」は、曹洞宗開祖道元禅師の『正法眼蔵』を中心に引用し、明治23年に編纂されたもので、日本語による分かり易い経典と言われています(住職によれば何回か読むうちに意味が理解できるとのこと)。このお経について、当日興味をひかれた「第四章 発願利生(ほつがんりしょう)」のところを改めて見てみました。
 「菩提心を発(おこ)すというは、己(おの)れ未だ度(わた)らざる前(さき)に一切衆生を度さんと発願し営むなり、(中略) 衆生を利益(りやく)すというは四枚(しまい)の般若(はんにゃ)あり、一者(ひとつには)布施、二者愛語、三者利行(りぎょう)、四者同事(どうじ)、これ則ち薩埵(さった)の行願(ぎょうがん)なり、・・・・・」と説かれています。
 その口語訳(貞昌院ホームページより)で見ると、最初に「ほとけ心に目覚めた生き方をするということは、自分本位の心を捨て、人のため世のため、生きとし生けるもの全てのもののために尽くすという誓願を起こし実践することである」とあり、「世の中の衆生を利益するために、四つの大切な法(おしえ)がある。その一つは布施、二つは愛語、三つは利行、四つは同事である」と続きます。 第一の布施は心清浄にして欲の汚れを離れること、第二の愛語は慈悲・慈愛の心ですべての衆生に語りかけること、第三の利行は平等に他を利益するための良き手立てを廻らすこと、第四の同事は自己の本心に背かず相手の立場を犯すことなく共在調和・円融無碍の作用をすること」と説かれています。

 近年仏教界は葬式仏教などと揶揄され、荒廃する寺院も多くなっていますが、本来は「人はいかに生きるべきか」を導く役割を担っていると思います。今回の法事を機に、上述の自費出版本でも触れた白隠禅師(臨済宗中興の祖、江戸期の先祖の一人が信奉した)の教え(四弘誓願の実践が強調されていた)についても読み直してみようと思います。

Posted by katakago at 19:15
太陽光発電ようやく運転開始 [2017年08月29日(Tue)]
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 今春、屋根と外壁塗装工事に合わせて太陽光発電設備を設置しました(写真の東面のほか、南、西の三面にパネルを設置)。工事は4月中旬に終了していましたが、経産省資源エネルギー庁による設備審査に予想外の時間を要し、設備認定の連絡を受けたのが先月下旬で、先週末に関西電力のメーター交換が行われ、昨日、ようやく運転開始となりました。
 当初は、工事終了後遅くても一月くらいで運転を開始できるものと思っていましたが、この四月から審査が厳しくなったようです。電子申請のため、この間何度かメールでの指示により、「再生可能エネルギー電子申請」のマイページにログインして確認・承認という面倒な操作を強いられました。どうして審査にこんなに時間がかかるのか、施工業者に尋ねても納得のいく返事は聞けません。再生可能エネルギーに対する国の政策変更(「固定価格買い取り制度(FIT)」を見直す改正法の4月施行)と関連があるのかもしれません。

 運転開始後のパネル(12時24分)
左から発電、消費、売電の数値が表示されます(単位はkw)
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Posted by katakago at 08:32
転作確認の立ち合い [2017年07月11日(Tue)]
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 昨日午後に、市とJAによる農地の転作確認があり、地元の生産組合長として立ち会いました。5月に各組合員が提出した水稲生産実施計画・営農計画の現状確認作業です。自治会館屋上からは、矢問川右岸の農地の大半を遠望できます(上の写真)。 
 農地が分散しており(入り作もあり)、先週末に事前確認していました。当組合では、水稲が栽培されているのは農地のほぼ三分の一強です(残りは野菜・花木などの転作の作付)。
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 生産組合長になってから何かと用事があり、4月からはカルチャーセンターの定期講座も尺八と万葉は坂本先生の講座のみに減らしました。
 昨日はその万葉講座(中之島)が午前中にあり、「讃岐国安益郡(あやのこほり)に幸せる時に、軍王(いくさのおほきみ)、山を見て作る歌(巻一・5,6)」の講義で、長歌の「かけの宜しく」の「カク」の解釈に関して、集中の用例を上げ解説されました。「玉だすき」という枕詞で導かれる「カク」の用例から、「心にかける」意と解すべきとのお話の途中で、残念ながら午後の対応のため途中退席しました。
 なお、この歌については、昨年「飛鳥を愛する会」の秋季現地講座でその歌碑(網の浦万葉歌碑)を訪れた際(香川県綾歌郡宇多津町)、坂本先生から解説していただきました。その記事は、次のURLに載せています。
http://blog.canpan.info/inagawamanyo/archive/1172


Posted by katakago at 12:25
田植えの季節 [2017年06月10日(Sat)]
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 今朝はお隣の田んぼで田植えが行われていました。地元でイネを栽培する農家も減ってきています(生産組合員の半数ほど)。

 午後は、猪名川万葉の会(代表野々村さん)主催の万葉講座が猪名川中央公民館視聴覚ホールで開催され出かけました。終了後、宝塚から参加されていた知人を植物園にお誘いし、今が見頃の草花を楽しんでもらいました。
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Posted by katakago at 19:58
連休を孫たちと過ごして [2017年05月07日(Sun)]
 3日からの連休後半は、子供たちが孫を連れて帰って来てくれました。新緑の植物園や果樹園を案内したり、みんなで近くの多田神社に参拝しました。夜は久しぶりに大勢で賑やかな食事を楽しみました。

 五輪塔(木田氏中興塔)の前で記念写真
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 植物園の藤棚で
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 果樹園で
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 おもちゃの乗り物で遊びました。
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 高校生の従姉にジャグリングを見せてもらいました。
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 庭掃除のお手伝い
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Posted by katakago at 16:26
孫を訪ねて鳥取へ [2017年03月20日(Mon)]
 来月からは地元の生産組合兼水利組合の役員の順番が回って来て、これまでの活動になにかと制約を受けることになりそうなので、それまでの機会にとこの連休を利用して鳥取の孫を訪ねてきました。間もなく1年3か月になります。立ち歩きを始めるようになり、離乳食もしっかりと好みを主張していました。
 本がお気に入りのようです。
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 食べたいものを指で指示しています。
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 車で30分ほどの所にある岩井温泉(約1300年の歴史を持つ山陰最古の温泉)とその近くのクラフト館 岩井窯を訪れました。
 チャイルドシートに座ってお出かけ 
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 クラフト館 岩井窯の前庭で記念写真
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Posted by katakago at 19:05
奈良ホテルでの結婚式 [2017年01月21日(Sat)]
 今日は親戚の結婚式が奈良ホテルであり出席しました(新婦は妻の姪)。久しぶりにお目出度い行事に参加できて、私達もとても幸せな気分に浸ることが出来ました。お二人のご多幸をお祈りします。

 アインシュタイン博士が弾いたピアノの置かれた控室で祝電に目を通す新郎新婦
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 奈良ホテル館内には、著名な画家の画や由緒ある調度品が飾られています(写真撮影はOKでした)。上村松園の画「花嫁」が本館玄関を入って右側の鳥居とマントルピースの左上に飾られていました。
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Posted by katakago at 21:07
新年のご挨拶 [2017年01月01日(Sun)]
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 今年も、猪名川万葉植物園に来て下さる方があるのを励みに、日々の栽培管理に努めてまいります。また、カルチャーセンターでの万葉講座受講や故地探訪も継続したいと思っています。

 孫の成長を一年でも長く見届けられるよう、健康には充分留意しなければと思っています。 

 自力で立ち上がれてしたり顔の孫娘
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Posted by katakago at 20:45
賑やかな年の瀬 [2016年12月31日(Sat)]
 一昨日に息子の家族が、今日の夕方には娘の家族が帰省して来ました。中学3年生になる一番上の孫は高校受験を控え、年末年始は父親と自宅で過ごすことになりました。努力が報われるよう祈っています。

写真は、先日一歳の誕生日を迎えたばかりの三番目の孫です。
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 今日の日中は穏やかな天気で、八朔や夏ミカンが生っている果樹園へ出かけてみました。 
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 娘の家族は福井、息子の家族は鳥取から帰省し、越前ガニと松葉ガニを届けてくれました(写真はタグ付きの活松葉ガニ)。みんなでカニすきとカニしゃぶを味わいました。
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Posted by katakago at 19:25
テレビ電話で孫と対面 [2016年11月20日(Sun)]
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 今日初めて、インターネットのテレビ電話で2ヶ月ぶりに孫と対面できました。写真や動画は折に触れ送ってもらっていますが、お互いに画面を見ながら対話できるのは素晴らしい事です。
 間もなく生後11ヶ月で、正月には帰省するとのことで今から楽しみにしています。
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Posted by katakago at 14:43
吊るし柿 [2016年10月21日(Fri)]
 西条柿で早速干し柿を作ってみることにしました。気温がまだ高いのでうまくいくか気がかりですが。

 ビニール紐の両側に剥いた柿をひとつづつ括りつけて準備  
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 沸騰させた湯に10秒ほどくぐらせる(カビが生えるのを抑える)。この作業が重要 
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 軒下に吊るしました。
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 畑では安納芋を収穫しました(一輪車にいっぱい)。
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Posted by katakago at 12:24
鳥取の孫を訪ねて [2016年09月21日(Wed)]
 この三連休は鳥取に出かけてきました。間もなく9ケ月になる孫娘と4ケ月ぶりの再会です。人見知りをするようになったのか、最初の日は抱っこしても泣かれてしまいました。
 一日目は、皆生温泉に一泊予約してくれていたので一緒に温泉と食事を楽しみました。翌日は足立美術館に立ち寄り、日本庭園を眺めたり、横山大観などの日本画を鑑賞しました。
 最終日は、大仙寺の木田院碑の銘文によって明らかになった鉄屋木田家(多田の木田家から400年程前に分かれた)の子孫の方と会食する機会がありました。鳥取市河原の菊乃家で天然鮎料理のフルコースをご馳走になりました。

 ホテルの前の海岸で
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 初めての砂浜で喜んでいました。
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 足立美術館の庭園を背に記念写真
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 2日目で泣かれずに抱っこできるようになりました。 
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 お座りができるようになりました。
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 絵本が気に入っているようです。
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Posted by katakago at 15:13
腹腔鏡下胆嚢摘出手術 [2016年07月25日(Mon)]
 この度、胆嚢結石を除くため胆嚢摘出手術をうけ、一昨日(7/23)退院しました。写真右は摘出された結石(径1.5cmほど)。
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 今年になって腹部に違和感を覚えるようになりました。実は数年前の人間ドックでは、腹部エコーで胆嚢に結石のあることが分かっており、以後、かかりつけ医で腹部エコーによる経過観察を続けていました。結石があっても一生症状もなく終える人もあれば、突然の発作に見舞われることもあるとのことです。そこでこの際思いきって胆嚢摘出手術を受けることを決断し、近くの総合病院の専門医を紹介してもらいました。先月から、各種検査(X線、血液検査(含む腫瘍マーカー)、腹部エコー、胆道造影CTなど)を経て、この7月20日に腹腔鏡下胆嚢摘出手術をうけました。術前の説明では、症状(癒着や炎症で剥離困難、胆管結石を合併、胆嚢癌を合併など)によっては開腹手術に移行する場合もあるとのことでしたが、幸い当初予定の腹腔鏡下手術で短時間(2時間弱)で終わりました。手術後3日目の早期に退院することができました。
 これでいつ起こるか分からない胆石症の発作を心配することなく、いろんな行事にも積極的に取り組めるものと思っています。

 9月初旬には、あるセミナーでの講演(万葉歌に詠まれた植物について)を依頼されており、使用するパワーポイント作成と配布資料の準備に取り掛かっています。この準備作業もなかなか楽しいものです。
 このほか、9月中旬の「全国万葉フォーラムin鞆の浦」、10月の萬葉学会全国大会(奈良大学)、11月の瀬戸内海文化を考える会の「壱岐・対馬の旅」も今から楽しみです。

 気がかりなことは、当面農作業は控えることになるので雑草管理です。当分の間、畔の草刈りなどは業者に依頼しなければと考えています(入院中の蓮池の水管理は妻に頼んでいました)。
 また、尺八の練習もお盆が終わるころまでは控えるようにとの医者の指示がありました。12月の定期演奏会に向け、2曲(本曲 八千代と千鳥の曲)を暗譜で演奏するため、毎週の尺八講座で練習中ですが、当分はCDを聴きながら過ごすことになります。
 先週から欠席していたカルチャーセンターの講座も、来週あたりから出かけられればと思っています。

  


Posted by katakago at 09:18
高校同窓会(第11回銀杏会) [2016年06月18日(Sat)]
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 高校の同窓会(於 ホテルグランヴィア大阪)があり出かけてきました。退職して関西に戻って来てからはなるべく出席するようにしています(最近は2年に一度の開催)。
 幹事さんの集計資料によると、卒業は448名(9クラス)、今回69名の参加、故人は44名とのことでした。来賓として恩師の藤上先生(数学 幾何)、丸岡先生(保健体育)が出席されました。上の写真は壇上で挨拶される藤上先生。87歳とは思えないほどお元気でした。理系志望で数学は必須でしたが、代数より幾何の証明に興味があったのが思い出されます。
 2021年には創立100周年(旧制中学から数えて)を迎えるとのこと、それまで元気でいたいものです。

 校歌斉唱の前に当時流行していた 八分音符高校三年生八分音符 を合唱しました。 
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Posted by katakago at 16:55
鳥取の孫を訪ねて [2016年05月22日(Sun)]
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 昨年末、息子夫婦に生まれた赤ちゃんは間もなく5ヶ月になります。今春、息子が鳥取勤務(鳥取県共生社会プロジェクトの推進)となり、横浜の実家にお世話になっていた嫁と孫も先日引っ越しました。その様子を見がてら、引っ越しの後片付けも手伝えればと、妻と二人で出かけてきました。私は、今日(22日)の溜池堰堤の草刈り(水利組合の共同作業)に参加するため、一足早く戻ってきました。
 赤ちゃんを抱っこするのは、3月初めのお宮参り以来ですが、首も座りだいぶ重くなりました。
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 間もなく”這い這い”もできそうです。
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Posted by katakago at 18:02
京の禅寺を訪ねて [2016年05月13日(Fri)]
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 京都では先月から、臨済禅師1150年・白隠禅師250年遠諱記念の行事として、京都国立博物館の「禅―心をかたちにー」の特別展や、禅寺の65ヶ所で一斉拝観が実施されています。
 特別展では白隠禅師関連で5/3から作品の入れ替えがあり、それを見るのと併せてこれまで訪れたことの無かった妙心寺を拝観しました(5/11)。
 妙心寺は、建武4年(1337)に花園法皇が離宮を禅寺にあらため無相大師(関山慧玄)を開山に迎えたのが始まりで、臨済宗妙心寺派の大本山(46の塔頭を持つ京都最大の禅寺)で、末寺は3400ケ寺余りに上るとのこと。自費出版本で取り上げている木田院碑のある大仙寺や智嶽玄性居士の碑のある潮音寺は、この妙心寺派のお寺にあたります。
 特別公開の三門(さんもん)桜上では、観音菩薩像を中心に十六羅漢像が安置され、天井には天女や飛龍・楽器などが極彩色で描かれた荘厳な空間を拝観出来ました。
 妙心寺法堂(はっとう)では、天井の円相内(直径12mとのこと)に描かれた狩野探幽法眼守信筆の雲龍の図を見学しました(右入り口から左回りに上を見上げて歩くと龍が舞いあがって行くように見えます)。禅宗の法堂の天井は、板が一面に張られた平たい天井で鏡天井ともいわれ、そこには必ず丸龍が描かれるならわしがあるそうです(龍は古来より仏法を守護する瑞獣とされている)。
 妙心寺法堂(はっとう)
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 先月に続き訪れた京都国立博物館では、入れ替えのあった白隠関係の展示(「富士大名行列図」(大分・自性寺蔵)や達磨像(静岡・清見寺蔵)など)を観覧できました。
Posted by katakago at 11:40
能勢妙見の森の植物観察  [2016年04月15日(Fri)]
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 能勢妙見山へは、2/11のお火焚き祭りに出かけましたが、昨日(4/14)、妙見の森を案内して頂く機会がありました。妙見の森のケーブル・リフト沿いに生育している主な植物には名前が表示されており、リフトの妙見山駅までの間、春の花々や木々の芽吹きを楽しむことが出来ました。上の写真は、リフト乗り場近くのふれあい広場付近から眺めた景色で、ヤマザクラ・エドヒガン・オオシマザクラや木々の緑が織りなす素晴らしい眺めでした。
 万葉歌に詠まれた植物も26種ほど見られるとのことです。管理会社の能勢電鉄に万葉植物に関心のある方がおられ、その方に案内して頂きました。ササユリなど鹿の食害から守るための防護ネットが設置されていました。こちらでは自生している万葉植物を楽しむことができます。

 妙見山のブナは、比較的低い山(660m)に生育しており、大阪府指定天然記念物になっているそうです。
 そのブナの大木の一つにヤドリギ(写真中央上)を見つけました(万葉歌では、”ほよ”として詠まれている)。私の植物園では見られないので写真を掲載しておきます。
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 ヤドリギの拡大写真
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 ブナの枯れ葉と種
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 ヤマザクラ(リフト妙見山駅付近で) 
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 エドヒガンの群落は川西市指定天然記念物になっています。
花は大分散っていましたがエドヒガンの大木(エドヒガンの小径で)
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 エドヒガンの花
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 妙見の森バーベキューテラス
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 バーベキューを御馳走になりました。
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 山上の足湯(ケーブル山上駅内)
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 能勢妙見山のお火焚き祭りの記事は、次のURLに載せています。
http://blog.canpan.info/inagawamanyo/archive/1076

 ヤドリギ(ほよ)が詠まれた万葉歌は、次のURLに載せています。
http://blog.canpan.info/inagawamanyo/archive/948

 
Posted by katakago at 20:01
春の京都を散策 [2016年03月16日(Wed)]
 所用のため京都市東山区の浄土宗総務局まで出かけたついでに、近くを散策して来ました。
 今日はすぐ傍の華頂大学の卒業式にあたり、華やかな袴姿の集団を目にしました。
知恩院にお参りして、妻の足を気遣いながら、円山公園、八坂神社、清水寺あたりまで歩きました(二人で京都に出かけたのは1年ぶりです)。

 総本山知恩院 
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 知恩院の御朱印
左の御朱印には御詠歌が書かれています。以下は、御朱印の説明文より引用。
【歌】 草も木も 枯れたる野辺に ただひとり 松のみ残る 弥陀の本願
【訳】 草木が枯れてしまった野原に、 唯一常盤の緑を誇っている松は、阿弥陀の本願のようです
(阿弥陀如来は全ての衆生の救済を願われ、長い修業の末その誓いをついに実現された)
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Posted by katakago at 20:14
孫娘のお宮参り [2016年03月03日(Thu)]
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 昨年末に長男夫婦に生まれた孫娘(写真のように2ヶ月も経つと随分しっかりしてきました)のお宮参りに出かけて来ました。まだお嫁さんの実家にお世話になっているので、近くの横浜根岸八幡神社にお参りしました。
 参拝後、お嫁さんの実家で御祝い膳を囲みながら、とても幸せな気分に浸れました(生まれて来てくれてありがとう。健やかに育って下さい)。
 神社の拝殿前で 
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 両家の両親も一緒に記念撮影
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 お食い初め
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 雛飾りの前で(緊張して抱っこしています)
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 ホテルからみた「横浜みなとみらい」の夜景
お嫁さんが桜木町駅傍のホテル(ニューオータニイン横浜)を手配してくれていたので、久しぶりの横浜滞在を楽しめました。
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 富士山
横浜滞在中にランドマークタワーに期待して登ったのですが、その日は残念ながら富士山の姿を見れませんでした。幸い帰りの新幹線の車中からは写真を撮れました。
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Posted by katakago at 11:29
浪華(なにわ)ぶらり散歩 [2016年02月20日(Sat)]
 最近書店の店頭で、広岡浅子関係の本を目にします。両替商関連の話題も含まれているので、立ち読みすることがあります。昨年自費出版した段階では知らなかった資料もあり、あらためて図書館で調べています。先日、大阪市立中央図書館や大阪府立中之島図書館で関連資料の写しを入手できました。浪華持丸長者控(文政八年、1825)・大阪持丸長者鑑(天保十四年、1843)・日本持丸長者集(年代不詳)に、鉄屋庄左衛門の名を見出せました。この時代の新たな知見には今後も注目してゆきたいと思っています。

 大同生命(株)の特別展でもらった「広岡浅子ゆかりマップ」を参考に、中之島や堂島界隈を歩いてみました。

 淀屋屋敷跡の石碑(右)と淀屋の碑(淀屋橋南詰)
淀屋は江戸時代前期の大坂を代表する最大の豪商。中之島は、元和五年(1619)に淀屋常安により開発され、幕府に米市場の設置を願い出て取引所を開設、2代で巨万の富を築くが、5代目の宝永二年(1705)に闕所(けっしょ)所払いとなり全財産を没収された。
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 淀屋の碑上部の絵(当時の米市の様子が刻まれている) 
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 堂島米会所跡(中之島ガーデンブリッジ北詰)
享保十五年(1730)に幕府公認を得て取引を開始(当時世界に類の無い先物取引も行われた、加島屋は市場を監督する「米方年行司」などの重要な役割を担っていた)
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 史跡 適塾(中央区北浜3丁目)
蘭学者で医者の緒方洪庵が天保九年(1838)に開いた蘭学の私塾(適塾の系譜は、現大阪大学医学部に繋がっていると言われている)。
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 2階の塾生大部屋(福沢諭吉も塾頭を務めた)
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 中津藩蔵屋敷跡・福沢諭吉誕生地(福島区福島 玉江橋北詰)
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 先週(2/12)、毎日文化センターでの講座の後、NHK朝ドラ「あさが来た」で話題になった五代友厚の没後130年企画の特別展示を見に行ってきました(期間を延長して先週末まで大阪企業家ミュージアムで開催されていた)。 
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 五代友厚 像(大阪商工会議所 傍)
維新期の商慣習の乱れや商業上の信義道徳が廃れてゆくのに対処するため、明治十一年(1878)に大阪商法会議所(現在の大阪商工会議所)を設立し、信用秩序の回復・維持に尽力した(五代は初代会頭)。
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 五代友厚 製藍所・西朝陽館跡(北区堂島 NTTテレパーク堂島第二ビル前)
国内製藍業の保護と輸出を目的として、明治九年(1876)に「朝陽館」を設立した(但し明治十六年には工場閉鎖)。
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Posted by katakago at 12:12
新年のご挨拶 [2016年01月01日(Fri)]
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(写真は今年の年賀状から)
 午前中、地元のお寺(瀧門寺)の修正会(しゅしょうえ)にお参りした後、多田神社に参拝しました。毎年の恒例になっています。
 午後から、中山寺にもお参りしました。昨年夏の戌の日に安産祈願にお参りしましたが、昨年末に無事誕生し(3人目の孫)、晴れがましい気分でお礼の報告も出来ました。

 中山寺の山門
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 山門から本堂に続く参拝の人波
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Posted by katakago at 17:32
長男夫婦に待望の赤ちゃん誕生 [2015年12月30日(Wed)]
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 26日に長男夫婦に女の赤ちゃんが生まれました。予定日は来月8日で、この年末年始は落ち着かない時間を過ごすことになるのではと思っていましたが、無事生まれてホッとしています。翌27日から、東京の病院まで孫の顔を見に出かけて来ました。新幹線に乗るのは久しぶりで、この日は車窓から綺麗な富士山を眺めることが出来ました(上の写真)。
 
 3日間病院に通って、僅かでしたが一緒の時間を過ごすことが出来ました。待望の子供を授かった二人には子育ての大変な時期を頑張ってもらって、川西の地から孫の健やかな成長を願っています。  
 生まれて一日目の赤ちゃん
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 三日目の赤ちゃん(目がパッチリです)
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Posted by katakago at 12:40
初校ゲラに取り組んでいます [2015年07月27日(Mon)]
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 年初から準備を始めていた『木田家のルーツを尋ねる―石碑の銘文に導かれてー』(朝日カルチャーセンターから自費出版)の初校ゲラが届き、その対応に追われています。集中して取り組む必要があるのですが、早朝と夕方の農作業(この時期は主に雑草管理)は手を抜けず、日中にエアコンの効いた部屋で取り組んでいます。初校段階では追加修正も出来るので、先日は岐阜市に出かけ図書館で関連図書(『岐阜市史』ほか)を調べなおしたり、今日は潮音寺を訪問してあらためて資料を確認させてもらいました。
 引用、参考にした書籍(一次資料は図書館や博物館から掲載許可をとりました)
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Posted by katakago at 20:33
古稀を祝ってもらいました [2015年05月06日(Wed)]
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 先日、連休で帰郷した息子夫婦が古稀を祝ってホテル(リッツ・カールトン大阪)で食事会を開いてくれました。ホテルでの会食は久しぶりです。会席料理をおいしく頂きました。
 猪名川万葉植物園を開園して10年目になりますが、これからも元気で維持管理出来ればと思っています。また、尺八は始めて8年目で、こちらも続けて行きたいと思っています。
 それにこの節目の年に、二冊目の自費出版となる本(『木田家のルーツを探るー石碑の銘文に導かれてー』)を完成させたいと思っています。
 スパークリングワインで乾杯
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 息子・娘夫婦からの記念品(アルミ製高級尺八譜面台、私が希望しました)
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Posted by katakago at 15:21
訳注『白隠和尚 荊叢毒蘂』を入手 [2015年05月01日(Fri)]
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 芳澤勝弘先生(花園大学国際禅学研究所教授・副所長)が長年取り組んでこられた『白隠和尚 荊叢毒蘂』の完全訓注と現代語訳が完成しこのほど刊行されました。注文していた本がようやく今日手元に届きました。
 この本(巻第七)には、大仙寺にある木田院碑の銘文が全文載せられています。
次の写真はそのページのはじめ
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関連記事は、
http://blog.canpan.info/inagawamanyo/archive/879

 この木田院碑がきっかけで、『木田家のル ー ツを尋ねるー石碑の銘文に導かれて ー』(仮題)の原稿を書き始めています(自費出版予定)。目次は次のとおりです。
 1.木田氏中興塔の銘文
 2.大仙寺木田院碑の銘文
 3.潮音寺石碑の銘文
 4.木田氏の系譜 ‐ 武家の時代、商家の時代
 5.大坂での商い ‐ 両替商としての鉄屋と川崎屋
 6.白隠禅師と木田種重

 木田種重(鉄屋庄左衛門)は、白隠を信奉し参禅していたようで、木田院碑の銘文も白隠に依頼しており、『荊叢毒蘂』の刊行にも寄与したとみられています。芳澤先生には昨年夏に、木田院碑の訓注と現代語訳はご教示いただいていますが、あらためて、ご著書の関連部分(解説も含め)を読みなおし、原稿を書き終えたいと思っています。


 




 


Posted by katakago at 20:23
都をどりを観覧 [2015年04月10日(Fri)]
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 昨日(4/9)、都をどりの観覧ツアーに参加しました(場所は祇園甲部歌舞練場)。

 年初から約2ケ月、尺八の練習で「都踊」に取り組んできました。この曲は都山流尺八准師範試験の課題曲の一つでもあり、6年前に先輩が練習されているのを譜面を見ながら聴いていましたが、その当時はとても取り組めそうにもありませんでした。今回ようやく一通りの練習を終えることが出来ました(試験はまだまだ先のことですが)。この曲は宮城道雄(1894−1956)が1915年に作曲したもの(作詞は大和田建樹)で、京都の都をどりが題材にされています(宮城道雄の三曲合奏物の中でも特に華やかな曲)。
 そこで、いつか都をどりを観覧する機会があればと思っていましたが、先月末に、朝日旅行のツアーを見つけ申し込んでいました。

 都をどりは明治五年(1872)の創演で今年は143回目。今年は琳派四百年にも当たり「花都琳派染模様」と題した舞台構成(第一~第八景)で、右手に地方(じかた)連中、左手にお囃子連中の奏でる演奏とともに四季の移り変わりを華やかなおどり(京舞)で表現。三河八橋燕子花(かきつばた)、光悦寺紅葉尽、平野社桜花絵巻など芸妓・舞妓による艶やかな舞台を愉しみました(残念ながら撮影禁止のため写真はありません)。

 今回のツアーでは茶券付観覧であったので、観覧前に芸妓さんによる立礼式(りゅうれいしき)のお点前を見学できました(こちらは撮影可)。

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 正面前列には外国人観光客が陣取っていました。
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 歌舞練場の庭園内には枝垂れ桜が咲いていました。
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Posted by katakago at 21:43
川西市のエドヒガン [2015年04月04日(Sat)]
 先月(3/22)、国崎クリーンセンターで開催された講演会(「北摂の原風景」)では市内のエドヒガンに関する話もありましたが、近くに住んでいながらこれまで花の時期に訪ねたことはありませんでした。そこで4日は、午前中に農作業(ベニバナの播種ほか)を終え、午後から二か所の群生地に行ってみました。

 国崎クリーンセンター敷地内の里山(猪名川上流域)に広がるエドヒガンの群生
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 市内水明台地区(猪名川沿い)で撮影
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 こちらの地区では数十名のボランティアの方々が、住宅地傍の猪名川沿いの斜面に群生するエドヒガンの保護活動(樹木の伐採、下草刈り、実生苗の植樹、通路の設置など)に日々参加されているそうです。そのお一人にお話を聞きながら散策しました。

 エドヒガンの花(国崎クリーンセンター敷地内に植樹されたもの) 
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 花の特徴:萼筒(花の柄)がひょうたんのようにふくれている
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 エドヒガン関連記事は、
http://blog.canpan.info/inagawamanyo/archive/966
Posted by katakago at 20:05
系図を読み解く [2015年01月31日(Sat)]
 これまで何度か取り上げている大仙寺木田院碑の前半には、「木田氏は清和源氏源満仲の流れをくみ(弟の満政の時から)、摂津多田郷に在ったが、承久年間の重長の時代に将軍頼経に従って軍功あり、美濃守に任ぜられ美濃木田庄を領し、ここに木田氏が始まった」とあります。
 
 実家に伝わる木田太右衛門家の系図(木田中村之系図と満仲から始まる木田中村之本系図 略傳の二巻)によれば、木田三郎重長(鎮守府将軍従四位下山田治部太輔満政から数えて六代の出羽守従五位重遠三男、濃州東有武郷木田を領す)から始まって、応仁の乱の頃、木田又三郎義且の時に摂州多田庄に帰り塩川氏に仕えたとあります。この系図の奥書によれば、神保元仲の校正で正徳元年(1711)に作成されています。ちなみに、慶応元年(1865)にこの系図を写したものが名古屋大学図書館に所蔵されています。
 写真は木田中村之系図の最初の部分
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 上記大仙寺の木田院碑の銘文は宝暦八年(1758)に、白隠禅師によって書かれたものですが、木田氏来歴の個所はこの系図に拠っているものと思われます。その銘文は続けて善氏の時には武士をやめ帰農し現在の多田神社の近くに居を構えたとあり、さらに重躬の代には浪華に移り商業を始めて成功したとあります(鉄屋庄左衛門と称し両替商を営む)。

 この系図作成時期に近い時代の系譜(正しく記載されている可能性が高いと思われる)に注目し、17世紀から18世紀初めの江戸時代の人物について、大仙寺木田院碑や潮音寺(川西市東多田)石碑に登場する人物と照らし合わせることを試みています。
 以下は特にこれまでつながりが明らかでなかった、潮音寺石碑に関わる人物関係を系図の最後の部分で辿ってみました(次の写真参照)。
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 潮音寺石碑の銘文には、中村源左衛門(摂州東多田村の人)が叔父の木田高吉(大坂に開いた舖が川崎屋)のもとで働くことになったが、天和三年(1683)十二月六日長崎へ向かう船の海難事故で亡くなった状況(碑文では人柱となったとある)や、生前の業績を称え顕彰する内容が刻まれています。ちなみに潮音寺はこの源左衛門を開基として建てられたお寺で、この石碑はお寺の説明によると、安永三年(1774)に、川崎屋五代目当主の木田徳蔵知義が功徳主として、その縁者代表として中村作右衛門為重が世話役となって立てられたそうです(石碑の最後に木田知義立石とある)。
 上記の系図で、初代鉄屋(庄右衛門尉)を推定し、初代川崎屋の木田高吉(系図では四郎右衛門尉高吉)とその姉に当たる女(中村五郎兵衛妻、作右衛門母)を見つけることが出来ました。中村源左衛門は中村五郎兵衛の子であることより、高吉と叔父・甥の関係であることが明らかとなりました(川崎屋五代目の木田徳蔵知義はこの時点では未記入)。なお、中村家の系譜については、地元郷土史研究家の中西顕三氏が過去帳や墓碑銘などから作成されたものを参考にさせてもらいました。また、潮音寺の先代住職夫人や中村家の子孫の方からも貴重な情報を頂きました。この場を借りてお礼申し上げます。

 同じ頃に大坂へ出て商業を始めた鉄屋と川崎屋は、明和年間(1764〜1771)に川崎屋徳蔵が十人両替となり、安永七年(1778)に木田重寛が、天明元年(1781)には川崎屋三右衛門が十人両替となっています。寛政八年(1796)には木田重厚が十人両替となっています。延享年間(1744〜1747)の調べでは、当時大坂には両替仲間と称されるものが660人、このうち本両替屋24人、更に十人衆と唱え幕府に対し表御用を勤めるもの8名がいたようです。(『大阪商業史料集成 第四輯』「両替屋雑記」より)。

 十人両替については参考までに『日本大百科全書(ニッポニカ)』の解説を引用しておきます。
「江戸時代、大坂の両替商(本両替、南両替、銭両替)を統制するため、本両替仲間の行司から選任され、公用を勤めた代表的両替商。1662年(寛文二年)幕府が初めて小判の買い入れを天王寺屋五兵衛ほか2名の両替屋に命じ、1670年、鴻池、平野屋などを加えてその数が10名となったことから呼称されるようになった。しかし、10名は定数ではなく、7名ないし5名に減少した時期もあった。大坂を中心とした手形取引の統制や金銭相場の監督、本両替中の取り締まりを主業務としたが、幕府御用金調達には大きな役割を果たした。その選任は大坂町奉行が行い、報酬として帯刀が許され、家役が免ぜられた。」(岩橋 勝)

 
これまでの関連記事
・大仙寺の木田院碑
http://blog.canpan.info/inagawamanyo/archive/783
http://blog.canpan.info/inagawamanyo/archive/836
http://blog.canpan.info/inagawamanyo/archive/879
・両替商
http://blog.canpan.info/inagawamanyo/archive/939
・潮音寺の石碑
http://blog.canpan.info/inagawamanyo/archive/944




Posted by katakago at 13:53
サントリー山崎蒸留所見学 [2015年01月20日(Tue)]
 1/17に、岡本三千代さんのTSUBAICHIバスツアー(西国街道沿いの歌人の史跡と山崎蒸留所見学)に参加して、NHK朝のTV番組「マッサン」でも話題になっているウイスキー工場を見学する機会がありました。
 中西久幸さんが講師をされている「百人一首の和歌世界」の講座の第五回目の野外学習会(バスツアー)で、西国街道沿いの北摂地区(大山崎町、島本町、高槻市)で、能因法師や伊勢(古今集の女流歌人)のゆかりの史跡や歌碑を訪ねるのがメインの企画ですが、このコースの島本町には山崎蒸留所があり、昼食後の見学場所に設定されていました。

 以前(2012年)に、大阪大学総合学術博物館創立10周年記念の企画展(ものづくり上方”酒”ばなし ー 先駆・革新の系譜と大阪高工醸造科 ー)で国産ウイスキー製造開始にかかわる展示を見たことがあり、上述のTV番組でも取り上げられているので、山崎蒸留所の見学は興味がありました。
 なお、博物館の関連記事は次のURL に載せています。
http://blog.canpan.info/inagawamanyo/archive/509

 蒸留所正面
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 本邦ウイスキー発祥之地の碑
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 国産第一号ウイスキー白札発売記念写真(昭和4年) 展示室のパネル写真より 
この写真には初代工場長の竹鶴政孝も写っている
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 この写真には初代工場長の竹鶴政孝も写っている(竹鶴は大正2年に大阪高工醸造科に入学)。
竹鶴は昭和9年に寿屋を退社して北海道に渡り余市に会社を設立し、昭和15年10月に第一号ウイスキーを発売(銘柄は社名の大日本果汁を略して”ニッカ”)。

 ウイスキー製造の工程は、オオムギの発芽、乾燥 → 糖化、濾過 → 醗酵 → 蒸留 → 熟成 → 混和(バッティング、ブレンディング)→ 瓶詰・出荷 で、見学できた場所の写真の一部を載せておきます。
 様々なタイプの蒸留釜が並ぶ
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 樽に詰められて貯蔵庫内で長期間熟成 
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 貯蔵期間中に液が蒸発(”天使の分け前”と言われる)
写真左の樽は12年、右は4年貯蔵されたもの 
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 試飲コーナーでは山崎蒸留所と白州蒸留所のシングルモルトウイスキーを比較できました。
この日は大勢の見学者が見られました。
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Posted by katakago at 07:37
紅花染め(続)− 染色工程を踏まえて詠まれた万葉歌 [2015年01月18日(Sun)]
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 先週行った紅花染めの液が残っていたので、布の種類を取りそろえてあらためて染色を行ってみました。上の写真の左(上、下)は製品の異なる絹の布、右は木綿のガーゼマフラー(上)と木綿の布(下)。染色は一回だけの操作で木綿の方がよく染まりました。絹を濃く染めるには染液を取り替えて何度も染める必要があるようです(次回に挑戦)。
 万葉歌にはベニバナは、くれなゐ(原文は紅・呉藍などと表記)として29首詠まれていますが、そのなかで染色工程を踏まえて詠まれたと思われる歌があるのでいくつか載せておきます。
【歌】 紅の 深染めの衣 下に着て 上に取り着ば 言なさむかも (F-1313)
【口語訳】 紅花の 濃染(こぞ)めの衣を 下に着て あとで上に取り着たら 人がとかくうわさするだろうな
 巻七の譬喩歌「衣に寄する」にある歌で、「紅の深染めの衣」は入念に深い色に染め上げた紅花染めの衣で艶麗な女性を譬え、「上に取り着なば」は世間に公にして結婚したら、の意を表すと解されています。

【歌】 紅の 八入の衣 朝な朝な なれはすれども いやめづらしも (J-2623)
【口語訳】 紅の 八入に染めた衣のように 朝ごとに馴れてきたが ますますかわいい
 巻十一の寄物陳思(物に寄せて思ひを陳ぶる)歌で、「八入(やしほ)の衣」は、何回も繰り返して染めあげた衣で、入(しほ)は、染色の際色が濃くなるように染液に衣を浸す回数。上二句は、逢うたびごとに愛情の濃さが増すことの比喩の序(『新編日本古典文学全集 萬葉集』より)。

【歌】 紅の 深染めの衣 色深く 染みにしかばか 忘れかねつる (J-2624)
【口語訳】 紅の 濃染めの衣のように 濃い色に 心にしみ込んだせいか 忘れられなくなった
 ここでは紅花染めの染料が衣に染み込むように、相手が自分の心に深く入ったと詠まれています。

【歌】 紅の 深染めの衣を 下に着ば 人の見らくに にほひ出むかも (J-2828)
【口語訳】 紅の 濃い染めの衣を 下に着たら 人が見ている所で 赤く透けて見えはしないだろうか
 譬喩歌で、『萬葉集釈注』では、「紅の深染めの衣」は美しい女を、「下に着る」にその女とひそかに契りを結ぶことを譬えて、そのことが挙動におのずから現れるのを懸念している、と解説されています。 


 ベニバナの赤色色素(カルタミン)を取り出す前に水で溶出される水溶性の黄色色素(サフラワーイエロー)でも染色してみました(写真の左上下が絹、右が木綿のガーゼマフラー)。
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 こちらも素材によって染まり具合が異なりました。 


Posted by katakago at 17:53
孫娘と紅花染めに挑戦 [2015年01月11日(Sun)]
 冬休みで北海道から帰省している孫娘と、紅花染めに挑戦してみました。昨年夏に摘み採ったベニバナを乾燥して冷蔵保存していたものを使用しました(次の写真はその一部、全体で約170gを使用)。
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 一晩水に浸漬したものを水で三回洗い、水溶性の黄色色素(サフラワーイエロー)を洗い出した後(この黄色色素は黄染めに用いる)、炭酸カリウム溶液(2%)で赤色色素(カルタミン)を溶かし出す。3000ccの液で2回抽出。この液を併せて紅花染めに使用。
 次の写真は炭酸カリウムのアルカリ性溶液に浸漬した様子。
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 絞り染めの準備作業
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 染色材料(木綿、絹)を液に浸して染色開始
 米酢を徐々に添加してpHを下げる(pH試験紙でチェックしながら)
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 pHの低下につれて布の色が赤みがかって来る
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 最後に酸で色止めした後水洗いして乾燥
 出来あがった染色作品
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 写真の左から2番目は絹で他の木綿とは染まり具合が異なっています。右端のストールもうまく染まりました。

 北海道の冬休みはこちらに比べ長いためゆっくり滞在してくれました。おかげで賑やかな一週間を過ごせました。
 植物園や果樹園も案内しました。
 植物園を散策
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 果樹園でミカンを収穫
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Posted by katakago at 17:14
五輪塔(木田氏中興塔)拓本の軸装完成 [2015年01月10日(Sat)]
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 昨年11月23日に採拓したのを軸装に依頼していたものが完成しました。正面の「木田氏中興塔」と右側面の碑文を併せて一本の軸としました。
 碑文の原書は伝わっていないのですが、慶応元年(1865)に写されたものが、現在、名古屋大学付属図書館に所蔵されていることが分かりました(実家に伝わる「木田中村之系図・木田中村之本系図」の写しと一緒に所蔵。こちらがメインの文書)。昨年末そのコピーを送ってもらいました。
 拓本からは、この五輪塔の建立者は、木田新左衛門重規と読めるのですが、写しのコピーでは木田新左衛門重親となっていました(写し間違いか?)。この塔は寛政二年(1790)十二月の建立で、この時期の木田家に関わる人物を他の資料から探し出せればと思っています。

 昨春、大仙寺の木田院碑を見つけることが出来て以来、その碑文を頼りに祖先に関わる資料を収集してきました。今年はこれまでの知見をまとめて次の世代に残せればと思っています。とりあえず本の題名と目次を考えてみました。
『木田家のルーツを尋ねる ー 石碑の銘文に導かれて ー 』
   目次
    はじめに
    木田氏中興塔の銘文
    木田院碑(大仙寺)の銘文
    木田氏の系譜
    大坂の両替商 鉄屋庄左衛門
    白隠禅師と木田種重
    潮音寺の碑文
    資料編

 


Posted by katakago at 15:53
木田氏ゆかりの寺を訪ねて [2015年01月04日(Sun)]
 大坂の両替商 鐡屋庄左衛門に関する調査の過程で、最近、明和年間(1764〜1771)に十人両替の一人であった川崎屋徳蔵の名を見出しました(『大阪商業史料集成 第四輯』)。実は、昨年夏に、地元の郷土史研究家の中西顕三さんから、江戸時代に木田高吉が大坂で「川崎屋」という舖を営んでいたこと、その親族が出身地(川西市東多田)に潮音寺(臨済宗妙心寺派)を建てたことや関連の石碑のあることなどを聞いていました。その時は「鐡屋」との関連が思いあたらなかったのでそのままになっていましたが、何か新しい知見が得られることを期待して、今朝その潮音寺を訪れました(自宅から徒歩で20分くらい)。

 山門を入って右側の墓地に通じる手前に、龍池山潮音禅寺の石碑とその説明板がありました。
 智嶽玄性居士行状碑(安永三年,1774建立)
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 石碑の説明板 
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 碑文にある智嶽玄性居士という法号の人物は、摂州東多田村の生まれで源左衛門と称し源満政の遠い子孫(源氏中村氏)で、大坂で「川崎屋」という回船問屋を営んでいた叔父の木田高吉の所で働くことになった。碑文には、その源左衛門が商用で長崎に向かう途中海難に遇い自ら人柱となって入水した状況が書かれています。天和三年(1683)に亡くなった源左衛門(智嶽玄性居士)の生前の業績を称え顕彰するため(潮音寺は源左衛門を開基として建立された)、安永三年(1774)に、川崎屋五代目当主の木田徳蔵知義が功徳主となってこの碑を建立したとあります。
 
 あらためて木田家の過去帳を調べてみたところ、鐡屋木田家(現在岡山在住)の過去帳に智嶽玄性居士の名を見つけることが出来ました(没年月日は天和三年十二月六日で碑文と一致)。鐡屋木田家にゆかりのある人物であることが分かり、大変興味深く思っています。

 なお、木田徳蔵知義については今のところ手元の資料では、上述の『大阪商業史料集成』にある川崎屋徳蔵(鐡屋とのつながりは不明)だけですが、地元の多太神社(川西市平野)の鳥居の銘文に「大坂住 木田徳蔵知義建立 明和四年亥九月」とあり、明和四年は1767年で、ほぼ同じ時期にお寺と神社にその名を残しています。
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Posted by katakago at 19:48
箕面(みのお)の紅葉 [2014年11月30日(Sun)]
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 秋晴れに恵まれた今日、久しぶり(昨秋の会食以来)に万葉仲間と川波さん(「嘉摩万葉を学ぶ会」を主宰されていた)をお誘いして箕面(みのお)の紅葉を見に出かけて来ました。箕面大滝に至る山道を歩きながら素晴らしい紅葉を楽しむことが出来ました。このところ川波さんは外出される機会も少なかったそうですが、今日のハイキングを楽しんでいただけたようです。

 この場所は、昭和42年に「明治100年」を記念して、東京都の高尾山とともに国定公園に指定されています(明治の森 箕面国定公園)。
 箕面大滝(落差33m、日本の滝100選にも選ばれている)
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 裏山の植物園では撮影出来ない紅葉の写真を掲載しておきます(光線の加減で趣が異なります)。
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Posted by katakago at 17:24
五輪塔の拓本 [2014年11月23日(Sun)]
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 穏やかな秋の休日(カルチャーもお休み)を利用して、裏山にある五輪塔の採拓に取り組みました。この五輪塔はその側面に刻まれた碑文から、大仙寺にある木田院碑を見つけるきっかけになったものです。以前にも拓本を採ったことがありますが、5月に行った木田院碑の採拓の際、大橋さんに実地に教えていただいたこともあり、又、たくさん画仙紙を送っていただいていたので、あらためて行ってみました。
 正面には、木田氏中興塔と書かれ、上部左右には家紋(片連銭回三並)が配置されています。右側面の碑文(次の写真)と併せ、軸装にするつもりです。
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Posted by katakago at 20:33
60周年と100周年 [2014年11月20日(Thu)]
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 今年は川西市制60周年(昭和29年に川辺郡川西町・多田村・東谷村が合併)にあたり、郷土出版社から記念の写真集が発刊されました(上の写真)。私のブログを見た出版社の担当者から、関連の資料があれば提供してほしいとのことで、多田村時代(幼稚園、昭和26年ころ)と川西市になってからの写真(お祭り、昭和29年ころ)を提供しました。先月そのお礼にと一冊送っていただきました。
 提供した多田村立多田幼稚園の写真
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 市制記念に児童(当時小学3年生)に配られた筆箱
60年経過していますが川西市のマークと1954.8.1の文字が残っています。
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 お隣の宝塚では、宝塚歌劇が100周年を迎え記念の催しも数多く行われているようです。阪急宝塚線ではこの春から不定期ですが、写真のような電車(宝塚歌劇トレイン)が走っています。梅田のカルチャーセンターに出かける際に何回か乗車しました。
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Posted by katakago at 10:03
『壁畫 阿騎野の朝』を入手 [2014年11月15日(Sat)]
 先日(11/8)、宇陀市の万葉公園(かぎろひの丘)を訪れた折の記事(http://blog.canpan.info/inagawamanyo/archive/925)で、人麻呂の次の歌
【歌】 東 野炎 立所見而 反見為者 月西渡 
【読み下し文】 東の 野にかぎろひの 立つ見えて かへり見すれば 月傾きぬ
が詠まれた時期について、澤瀉久孝著『萬葉集注釋』より引用しましたが、そこでは、画家の中山正實氏の説が採られていました。
 中山画伯は、昭和14年、当時皇紀2600年の記念事業として建設された大和国史館の萬葉室の壁画制作を委嘱され、その主題は、佐佐木信綱博士によって上記の柿本人麻呂作歌が選定され、画題は「阿騎野の朝」とされました。今回「日本の古本屋」のサイトで、中山画伯の著書『壁畫 阿騎野の朝』(昭和15年、私家版)を見つけて入手することが出来ました。この本で中山画伯の考証結果を直接知ることが出来ました。
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 この小冊子に添付されていた壁画の図(残念ながらモノクロ)
実物は現在宇陀市中央公民館大ホールに在るとのことで、是非見てみたいと思います。
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 この小冊子には、壁画制作の基礎となった種々の考証(地理的考証ー阿騎野の位置・軽皇子の宿営地・人麻呂作歌の地点など、歴史的考証ー阿騎野の御狩は持統天皇の何年か・その頃の狩猟と馬の大きさなど、天文学的考証ーかぎろひの研究・時期は何月何日かなど)経過が記されています。自序では、「何故これだけの考証を経なければならなかったか。それは作者にとっては、あらゆる考証が、この壁画を構成すべき造形的な要素として必要であったからである」と述べられています。

 「かぎろひの研究」では、東の野に立つ「かぎろひ」は、西に傾く月に対照した言葉で、黎明の太陽の光であるとし、昭和14年12月中に行った観測結果を次のように記しています。「晴れた日の朝、太陽が水平線上に現れる時刻より約一時間前に、東の空に、太陽光線のスペクトルが現れる。これが早朝、肉眼に映ずる最初の光明であって、しかも「かぎろひの立つ」といふ言葉に最もふさはしい美しさを以て現れるのである」

 「阿騎野の御狩りは何月何日か」については、自身の観測結果を踏まえ、当時の東京天文台に調査を依頼しています。 
 東京天文台(辻技師、寺田編暦技手)の回答個所の写し(右ページ)
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(条件)
 時 ー 持統天皇の六年初冬、太陽暦十二月頃
 場所 ー 東経135度55分46秒6
     北緯34度26分30秒3
(調査結果)
 ・持統六年は西暦692年也。
 ・西暦692年太陽暦十二月中にて十六夜の月が暁に沈む日は、持統六年陰暦十一月十七日なり。
  これを太陽暦にすれば西暦692年12月31日なり。
 ・質問の地点における上記の日付にて、午前六時五十分日の出の方向は、真東より南へ28度也。
  
 なお、『天文月報第70巻』9月号(1977年、p260)には、当時大宇陀町教育長の増岡清史さんの「『かぎろい』に寄せて」の記事で、『壁畫 阿騎野の朝』に書かれた中山画伯の壁画制作のための地理的・天文学的な考証経過が紹介されています。
 また、『北海道立理科教育センター研究紀要第12号』(2000年3月発行)には、中村隆信氏の「人麻呂が見た『炎(かぎろひ)』」の論文にも紹介されています。

 宇陀市の「かぎろひの丘」では、毎年陰暦11月17日の早朝、「かぎろひ」を見る会が催されているようです(次回は来年1月7日とのこと)。

 

Posted by katakago at 16:07
矢問川の河川改修工事もほぼ終了 [2014年10月17日(Fri)]
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 平成21年度より開始された矢問川の改修工事もようやく終わりに近づきました。果樹園の脇が工事の対象区域でこれまでより狭くなりましたが、次の写真のように雨水の水路も設置されすっきりしました。

 西側から撮影
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 東側から撮影
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関連記事は次のURLを
     ↓
http://blog.canpan.info/inagawamanyo/archive/772
Posted by katakago at 17:58
月下美人 続報 [2014年09月23日(Tue)]
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 今朝掲載した月下美人の残りの蕾(7個)も、午後9時頃には全て開花しました。
 株全体の様子(右端は昨夜開花したもの)
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Posted by katakago at 21:26
月下美人が咲きました [2014年09月23日(Tue)]
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 昨夜(9/22)、月下美人が咲きました。今年は珍しく二度目の開花で、しかも今回は一株に8個の蕾を付けており、そのうちの一つです。
 今朝の様子(開花したものと7個の蕾)
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Posted by katakago at 08:12
木田院碑拓本の表装完成 [2014年08月31日(Sun)]
 大仙寺(大阪市中央区谷町9丁目5-6)にある木田院碑拓本の表装が出来上がりました。早速床の間に掛けてみました。
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 木田院碑に関するこれまでの記事は下記のURLに載せています。
大仙寺にある石碑を探し当てた経緯について
      ↓
http://blog.canpan.info/inagawamanyo/archive/783

木田院碑文について
      ↓
http://blog.canpan.info/inagawamanyo/archive/879
 そこでふれたように、この碑文全文が掲載されている白隠語録『荊叢毒蘂(けいそうどくずい)』の全訳注が芳澤勝弘先生(花園大学教授)により近く出版されることになっています。詳細はその時点で取り上げるとして、ここでは、『別冊太陽 白隠 ー 衆生本来仏なり』(2013.1.14発行)で、芳澤先生が書かれている「白隠の言葉」より、以下の個所(碑文の後半部分にあたる)を引用させていただきました。
 『荊叢毒蘂』「木田院碑」には「小を得て満足してはならない。修行が進めば進むほど、さらに研鑽せねばならない。永遠の四弘誓願の精神によって、生きとし生けるものを救済せよ。それを菩提心というのだ。いくら仏教の深奥を学びつくし、万善を行じつくしても、菩提心がなければ、最終的には魔道に落ちるのである」とのべる。
 参考までに、四弘誓願(しぐせいがん)について、同じく芳澤先生が同書の「白隠の禅とは」に書かれているのを掲載させていただきます。
一、衆生は無辺なれども、誓って度(すく)わんことを願う。
二、煩悩は無尽なれども、誓って断たんことを願う。
三、法門は無量なれども、誓って学ばんことを願う。
四、仏道は無上なれども、誓って成ぜんことを願う。
 芳澤先生によれば、白隠が最終的に求めたものは、悟りを求めるとともに、他者をも救っていこうとする「菩提心」であり、その精神を表したものが、すべての仏教でいわれるところの「四弘誓願」である、とあります。
 現在の我が家の宗派は浄土宗で、この四弘誓願も檀信徒勤行経典のなかの總願偈(そうがんげ)にでておりこれまで唱えては来ましたが、その意味するところについて深く考えることもありませんでした。これを機にあらためてその教えを考えてみたいと思います。








Posted by katakago at 15:36
市内まち歩き冊子に植物園も掲載 [2014年08月16日(Sat)]
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 このたび「NPO法人川西再発見」により『川西ええとこ絵図~まち歩きのおともに~』が発行されました(2014年7月)。これまでの活動をとおして集められた市内の歴史・文化・自然などを、子どもたちや次世代に伝えてゆく想いも込められています。

 7つのコース毎に地図と散策ルート・写真入りで見学地の説明等が掲載されています。そのうち「清和源氏発祥の地・多田周辺」の個所で、近くの見所の一つに私どもの猪名川万葉植物園もとりあげてくださいました。
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Posted by katakago at 18:13
大仙寺の木田院碑文について [2014年08月10日(Sun)]
 これまで何度かこのブログで触れてきた大仙寺の木田院碑の碑文釈読について、花園大学の芳澤 勝弘先生(国際禅学研究所教授・副所長)に相談しましたところ、思いもかけないご返事をいただきました。
 この碑文全文は、白隠禅師の漢文語録『荊叢毒蘂(けいそうどくずい)』に掲載されており、芳澤先生はその全訳注を終えられたばかりとのことでした(誠に奇しきご縁とのお手紙を頂きました)。碑文の訓読と訳文も送ってくださり、この3月に石碑を見つけて以来の念願(碑文の釈読)が叶いました。訳注本は(財)禅文化研究所から近く出版されるとのことで、詳細はいずれその本の引用により紹介できればと思っています。
 この石碑は、木田種重が宗祖(木田重躬、法号は木田院月桂秋圓居士)百年忌にあたり建立したもので(宝暦八年、1758)、その銘文を白隠が書いています。芳澤先生によると、種重は白隠を信奉し参禅していたようで、『荊叢毒蘂』(九巻からなり木田院碑は巻七に載る)の刊行にも寄与したとみられるとのことでした。

 今回、先生からは木田院碑の『荊叢毒蘂』原文コピーを送って頂いていますが、『荊叢毒蘂』の原書を見てみたく、「日本の古本屋」のサイトで検索したところ、一冊だけあり早速購入しました。

 『荊叢毒蘂』の和綴じ本(宝暦八年序刊)
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 司馬温公の次の語「金を積んで子孫に遺すも、子孫能く護ること無し。書を積んで子孫に遺すも、子孫能く読むこと無し。如(し)かじ、陰徳を冥冥の中に積んで、以て子孫長久の計を遺さむには。」を引用して始まる、木田院碑の全文(以下の3枚)
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 跋文の最後のページ
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 「浪花 木田種重 謹誌」とあり、奥付には、見性院貞室智玄大姉の法号が記されています(この方は過去帳にも載っています)。木田種重の居士号は元照で、天明五年(1785)8月11日に亡くなっており、明日が祥月命日です。お盆を迎えるに当たり、遠い先祖の事績を知ることが出来ひときわ感慨深いものがあります。

 これまでの関連記事は以下のURLに掲載
http://blog.canpan.info/inagawamanyo/archive/783
http://blog.canpan.info/inagawamanyo/archive/836
http://blog.canpan.info/inagawamanyo/archive/872
Posted by katakago at 16:32
大仙寺石碑の拓本 その後 [2014年07月27日(Sun)]
 裏山にある五輪塔に刻まれた碑文により、先祖の事績を記した石碑の存在を知り、それが大阪市内の大仙寺に在ることが分かり(3月)、拓本採りを行って来ました(5月)。関連記事は下記のURLに載せています。
    ↓
http://blog.canpan.info/inagawamanyo/archive/783
http://blog.canpan.info/inagawamanyo/archive/836

 その拓本の肌裏打ちの作業が終了し、拓本採りから始め一連の工程をやっていただいた大橋さんが届けてくださいました(7/26)。
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 拓本の大きさは、縦約145cm、幅約54cmで、今後表装する予定です。石碑は宝暦八年(1758)に建てられたもので一部碑面の経年劣化が見られますが、現状を写真だけではなく拓本として記録保存しておくのは意味があると思われます。併せて、長大な漢文を釈読しその内容を後世に伝えられればと思っています。
Posted by katakago at 09:30
高校卒業50年、プレ古希の集い [2014年05月31日(Sat)]
 豊高16期の同窓会(銀杏会)が宝塚ホテルで開催され出席しました。今回は10回目で、卒業して50年目に当たり、「プレ古希の集い」として開催されました。当時9クラス(A〜I組)あり、今回は来賓として恩師お二人(数学の藤上先生と保健体育の丸岡先生)を迎えて80名が出席しました(物故者は既に32名とのこと)。

 C組の出席者(10名) この写真はA組のF君に撮ってもらいました。
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 クラス別紹介では、クラス毎に出席者が各自の近況を報告しました。私は万葉植物園の宣伝もしておきました(関心のありそうな人にはパンフレットも配布)。

 会の終わりに全員で校歌斉唱
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 豊高は2021年に創立100周年(旧制中学から数えて)を迎えますが、校歌は北原白秋作歌、山田耕筰作曲であり、今日の記念にここに掲載しておきます。
1 輝け 風と光
  清明なんぞ 白き我が校
  千里の連丘
  空あり とこしへ
  我等 我等 声に呼ばむ
  質実剛健 これ我が精神
  豊中 豊中 声に呼ばむ
2 燃え立て 人と緑
  生々なんぞ 若き我が校
  力ぞ誠実
  友あり 競へり
  杉よ 銀杏 眉をあげむ
  協同進取ぞ 亦我が信念
  豊中 豊中 眉をあげむ 
Posted by katakago at 21:46
大仙寺石碑の拓本採り [2014年05月23日(Fri)]
 万葉植物園にしている裏山に在る五輪塔に刻まれた碑文から、先祖の事績を記した石碑の存在を知り、臨済宗の大仙寺(大阪市中央区谷町九丁目)で見つけ出せたことは今年の3月13日の記事に載せています。
     ↓
http://blog.canpan.info/inagawamanyo/archive/783

 その後、石碑の施主の子孫の方とも連絡が取れ、こちらにも来ていただき五輪塔や植物園も見ていただきました。また、双方の系図でも共通点を見出せました。石碑や五輪塔、過去帳にある「秋圓居士」は、寛文元年(1661)に亡くなった人で、350年程前の先祖を同じくする子孫が巡り会ったことになります。

 このたび、先方と大仙寺の許可を得て石碑の拓本を採ることになりました。石碑を見つけ出せた記念に是非にと私が希望しました。先週(5/15)も取り組みましたが、天候不良(風と途中から雨も)のため断念し、昨日再び実施しました。

 この石碑の碑文末には宝暦八年(1758)に白隠(1686−1769)が書いたとあります。我が家の五輪塔は寛政二年(1790)に木田氏中興塔として建てられており、この石碑よりも32年後になります。
 大仙寺にある先祖(秋園居士)の事績を記した石碑
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 拓本を採るに際しては、日本拓本家協会役員の大橋利彦さんにお願いし、毛利信二さん(淀屋研究会代表)に手伝っていただきました。いずれも万葉集を通じて知り合った方々です。因みに毛利さん関係では、淀屋一族のお墓がこの大仙寺にあり以前からたびたび来られていたとのことです(この石碑はその淀屋のお墓のすぐ近くに在ります)。

 画仙紙を碑面に貼りつける作業
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 左手の霧吹きで水を吹き付けながら、右手の水刷毛で画仙紙をなでながら気泡を追いだし、しわの無いように碑面に貼りつけます。この工程では、この日も風のために途中で紙が剥がれ、やり直すことになりました。最終的には碑面にぴったりサイズに裁断したものを貼りつけ、隙間風による紙の剥がれを抑えることが出来ました。この後ブラシを手拭いで包んで表面を叩いて紙を文字(凹部)に押し込んでゆきます。

 タンポに練り墨を付けて上からたたいてゆくと字が浮かんでくる
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 この練り墨は大橋さん特製(煤と純正のオリーブ油で作成)のものだそうです。

 私もやらせてもらいました。
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 大橋さんと一緒に
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 大橋さん(左)とお手伝いいただいた毛利さん
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 画仙紙(3回目)を剝す前の様子
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 朝9時半から作業を開始し、3枚の拓本を採るのに5時間ほどかかりました。作業工程では微妙な乾き具合が要求されるため、この間休みなし(飲まず食わず)でしたが、なんとか採り終えることが出来ホッとしました。裏打ちまで乾燥に時間がかかるそうですが作品が出来上がるのが楽しみです。

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Posted by katakago at 18:28
甥の結婚式 [2014年03月31日(Mon)]
 昨日名古屋で甥の結婚式があり、前日から出かけていました。挙式は熱田神宮で行われ、披露宴は名古屋城傍のホテルで盛大に催されました。神社に対する崇敬心の篤い新郎の父親の意向で、熱田神宮に参拝の後こちらで結婚式が執り行われました。ちなみに父親は昨年の伊勢神宮の式年遷宮の式典の折り、3000名の一人に選ばれ参列したとのことです。
 熱田神宮の由緒によれば、御祭神は熱田大神で、三種の神器の一つである草薙神剣(くさなぎのみつるぎ)を御霊代(みたましろ)とされる天照大神のこと、とあります
 この時期(消費税値上げを控えてか?)、結婚式場も披露宴会場もスケジュールがびっしり詰まっていました。そのためか、甥の結婚式は早朝に始まり、披露宴は夕方からとなりました。

 8時に本宮の外玉垣内で参拝(雨の中傘をさして移動)
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 参拝を終えて式場に向かう新郎新婦
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披露宴開始まで充分時間があったので、名古屋城に出かけほぼ満開の桜の花を楽しみました。
 名古屋城の天守閣
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 お堀端の桜は満開でした
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 披露宴で挨拶する二人
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 多くの方々に祝福を受けていました
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 お琴の演奏もあありました
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 披露宴会場からは名古屋城と桜も楽しめました
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 晴れがましい場所に身を置いて、我々もこの一日幸せな気分に浸ることが出来ました。
 これから天津(中国)で暮らすことになりますが、二人のお幸せと活躍をお祈りします。

Posted by katakago at 10:19
先祖の来歴を記す石碑を探し当てました(大仙寺境内で) [2014年03月13日(Thu)]
 猪名川万葉植物園としている裏山の一角に、木田氏中興塔が建てられています(一枚目の写真)。この五輪塔の側面には建塔の趣旨が刻まれており、それによると寛政二年(1790)庚戌十二月に木田新左衛門重規によって建てられたことが分かります。2006年に『手づくり万葉植物園の四季』を自費出版するに際して、この側面に刻まれた碑文の拓本(2枚目の写真)をとり、坂東俊彦氏(東大寺図書館)により解読してもらいました(3枚目の写真)。
 その現代語訳は、「木田氏の始祖は源満仲である。(満仲に始まる)源氏は多田郷に二百年余り住んでいた。(二百年余りを経た)秋圓居士の代になって浪華に移り住み、今ちょうど二百年になろうとしている。(秋圓居士は)木田氏の中興である。木田院と称して、その来歴を石に刻んだ。それは浪華城の南の大仙禅寺にある。子孫の木田新左衛門重規が中興の陣跡とされる田に塔を建て、大いに冥福を祈って追善した。」となります(注目個所に下線を施した)。
 
 その時以来、木田氏の中興とされる秋園居士の来歴が刻まれた石碑を、是非とも探し当てたいと思っていました。浪華城とは大阪城で、大仙禅寺は大仙の名から堺方面のお寺かと思い、これまでネットで調べたりしていましたが見当たりませんでした。ところが最近、大阪市内にそれも大阪城の南に大仙寺という禅宗のお寺が在ることが分かり、訪ねてみました(3/10)。 

 木田氏中興塔
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 碑文の拓本(額装にしました)
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 拓本写真と解読文
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 大仙寺(大阪市中央区谷町9丁目5-6)は臨済宗妙心寺派の禅寺で、このお寺には江戸時代の豪商淀屋一族の墓が在ることで知られています(淀屋研究会代表の毛利信二さんのホームページ)。それらの墓は、傍に説明板が設置されていたのですぐ分かりました(左奥)。その近くにひときわ大きな石碑が目に入り、近づいて碑面を眺めると、見覚えのある文字を見つけることが出来ました。「木田院」や「秋圓居士」を目にした時には久しぶりに興奮してしまいました。

 大仙寺で見つけた秋園居士に関する石碑
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 畳一畳ほどの石碑の碑面(写真のコピーに注目個所をマーカーで記した)
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 漢字の長文で、いずれ読み下し出来ればと思いますが、碑文からは、「出自満仲」、「源公」、「多田郷二百餘歳」、「木田院」、「秋圓居士」など、裏山に建てられた五輪塔に刻まれた碑文と共通の文字が読み取れます(写真ではマーカー)。
 こちらの住職によると、この石碑の施主の子孫が岡山に居られるとのことで、機会があればお逢いして話が出来ればと思っています。

 なお、五輪塔の関連記事は、多田神社の萬燈会の記事(下記のURL)でも触れています。
    ↓
http://blog.canpan.info/inagawamanyo/archive/441
        

Posted by katakago at 07:04
「春琴抄」― 菊原琴治(筝曲)と谷崎潤一郎(小説) [2014年03月08日(Sat)]
 芦屋の朝日カルチャー尺八教室で、「春琴抄」を練習しています。作曲(筝・三絃)は菊原琴治(1878−1944)で作詩は佐藤春夫です。写真は尺八楽譜「春琴抄」の1ページ目と小説『春琴抄』のカバーです。
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佐藤春夫作詩の歌の部分は次の通りです。
 丘に来て 朗らかになくや うぐひす
 在りし日の 谷間の雪に まじゑたる
 凍る 涙は 知る人ぞ知る

『春琴抄』は谷崎潤一郎(1886−1965)が昭和八年(1933)に、大阪の道修町を舞台に、薬種問屋の娘で盲目の音曲師春琴と、彼女に献身的に尽くす弟子の佐助との関係を描いた作品です。今回文庫本を手に入れて読むとともに、谷崎潤一郎記念館(芦屋市)や舞台になった道修町も訪ねてみました。

 菊原琴治(盲人の地歌箏曲家)と谷崎潤一郎との関係については、三島佑一氏(四天王寺国際仏教大学教授)によると、娘の菊原初子に手を引かれて岡本梅ケ谷の谷崎邸に三味線の出稽古に通ったとのことです(その父娘のことが作品に生かされているという)。芦屋の記念館には愛用の京三味線が展示されていました。
 「春琴抄」の作曲は小説が発表されて二年後の昭和十年秋です(筝曲楽譜より。三絃楽譜では昭和九年十二月になっています)。佐藤春夫作詩の歌には、”うぐひす”が詠まれていますが、小説の中では主人公春琴が鶯を飼いその鳴き声を楽しむ場面があります。
 余談ですが、昭和五年(1930)に谷崎は奥さんの千代と離婚し、佐藤春夫はその千代と結婚しています(妻譲渡事件として当時の新聞記事になっている)。 
 
 大阪市中央区道修町にある少彦名神社(御祭神は少彦名命、日本の薬祖神)の社務所ビル3階には「くすりの道修町資料館」があり、くすりの町、道修町の歴史がわかる展示がされています。テーマ展示の一角に、道修町を舞台にした谷崎潤一郎の小説『春琴抄』のコーナーがあり、その複製原稿や岡本の自宅で三味線を弾く(昭和3〜4年ころ)写真も展示されていました。
 このビルわきの少彦名神社参道入り口に、「春琴抄の碑」がありました(次の写真)
 春琴抄の碑(道修町資料保存会が平成十二年十月に建立)
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 揮毫は菊原初子(地歌箏曲の人間国宝、当時百一歳)で、碑面左には『春琴抄』の原稿(複製)の一枚目が載せられています(三島佑一氏の解説文がある)。
Posted by katakago at 12:14
矢問川の河川改修工事 [2014年02月12日(Wed)]
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 先月末から、果樹園のすぐ脇で矢問川の河川改修工事が行われています。
 既設の護岸が一部劣化しているのと、本川である猪名川の河川改修計画では、洪水時の水位が矢問川の護岸よりも高くなっているため、この地区の治水対策として平成21年度より始められているものです。全体の施工延長は300m程ですが、予算が付かなかった年度もありこれまで3回に分けて実施されたのは計画の三分の二程度で、今年度の工事でようやく終了となる見込みです。

 既設護岸の老朽化対策もあり河川の位置を畑側(写真右側)にずらして行われています(写真左後方の住宅側護岸はこれまでに工事が終了した個所)。
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 護岸改築工事は私の果樹園(写真中央)のすぐ脇で行われています。
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Posted by katakago at 13:53
複製された三角縁神獣鏡の記事(1/30付)をみて [2014年02月06日(Thu)]
 1月30日の朝日新聞朝刊に、複製された三角縁神獣鏡について興味ある記事が載っていました。次の写真は、朝日新聞の記事の写しです。
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 「精巧に復元された三角縁神獣鏡(古代の青銅鏡)のなめらかな鏡面(凸面)に光をあてると、反射光の壁の投影面に鏡の背面に描かれた文様が映し出された」というものでした。京都国立博物館の研究成果で、東之宮古墳(愛知県犬山市)出土の三角縁神獣鏡(同館所蔵)を分析し、同じ材料・成分の銅・錫などを用いて最新の3Dプリンターで精巧に複製され、それが今回の実験に用いられたそうです。記事には「魔鏡的な現象に古代の誰かが気づき、意識してこうした形状にしたのでは。太陽信仰との関係性もみえてくる」との談話が載せられていました。これまでは背面に描かれた文様や銘文(神原神社古墳出土には、「景初三年陳是作鏡・・・」)が注目されていましたが、このような鏡の機能にも注目して研究が進むものと思われます。

 三角縁神獣鏡については、「魏の皇帝が卑弥呼の使者に銅鏡100枚を贈った」と「魏志倭人伝」に記されている鏡との関連で、これまでいくつかの関連講演を聴いていますが、10年ほど前に、東大阪市の銅合金鋳造「上田合金」で、銅鏡作りが体験できる講座(実験考古学)に参加し、三角縁神獣鏡や海獣葡萄鏡等を作成したことがあります。その時の写真をいくつか載せておきます。
 工場内での作業の様子
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 鋳型の作製(木枠に詰めた特殊な砂の上に型を置いて)
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 約1200度で溶かされた銅と錫の合金(85:15)を流し込む(この作業は担当の社員が実施)
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 完成した三角縁神獣鏡の背面(表は耐水ペーパーなどで研磨)
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 その鏡を用いて試してみたのが次の写真です。
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 磨かれた鏡の表(凸面)に太陽光を当ててその反射光を居間の天井に投影してみましたが、この鏡でははっきりした文様の確認は出来ませんでした。鏡の厚さや磨き方にも違いがあるのかもしれません。

 なお、三角縁神獣鏡関連の記事は次のURLに載せています。
       ↓
 http://blog.canpan.info/inagawamanyo/archive/189

Posted by katakago at 15:02
冬の京都を訪ねて [2014年01月17日(Fri)]
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 生誕100年を記念して昨年末より京都文化博物館で開催中の「佐藤太清展」に出かけて来ました(1/17)。いつもは一人で出かけることが多いのですが、妻が画(水墨画と植物画)をやっているので、今回は二人で出かけました。佐藤太清は福知山の出身で、自然がもつ美しさに精神性を与え、花鳥風景画という新分野を確立したとされています(平成4年に文化勲章を受章)。ポスター(写真)・チラシに掲載された「雪つばき」や旅シリーズの連作、それに「東大寺暮雪」などは大変印象的でした。また、精緻に描かれた花・鳥・昆虫類のスケッチも展示されており興味深くゆっくり鑑賞できました。なお、この京都文化博物館の別館は旧日本銀行京都支店(重要文化財)で、今回初めて訪れました。

 京都に来るのは一昨年京都国立博物館で開催された「大出雲展」以来で、博物館を出てから知恩院を訪ねました。知恩院は檀家寺の本山(浄土宗)でもあり新年のお参りが目的です。午後三時半ごろ到着すると、知恩院三門楼上の特別公開(3/18まで)の看板が目に入りました。ちょうどこの時間帯がその日の最終で、折角の機会でもあり見学することにしました。

 三門前に立てられた楼上特別公開の看板
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 三門(国宝、高さ24m、横幅50m、木造建築の二重門としては我が国最大)
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 一般に寺院の門は「山門」と書かれるのに対し、知恩院では「三門」と書くそうです。説明では、「空門(くうもん)」・「無相門(むそうもん)」・「無願門(むがんもん)」という、悟りに通ずる三つの解脱(げだつ)の境地を表す門(三解脱門)を意味しているとのことです。
 楼上内部は仏堂となっており、宝冠釈迦牟尼仏像を中心に十六羅漢像が左右に8体づつ安置され、天井や柱・壁などには、極彩色の飛龍や麒麟・天女・人面鳥身の迦陵頻伽(がりょうびんが)のほか楽器なども描かれていました(狩野探幽をはじめとする狩野派一門によって描かれたという)。
Posted by katakago at 13:51
年始を孫と過ごして [2014年01月14日(Tue)]
 暮から帰省していた息子夫婦が3日に帰った後、4日から北海道の孫たちが一年ぶりに戻って来ました。北海道では冬休みは長く三学期の始業式は20日からで、ゆっくり滞在出来ることになりました。私は、6日からカルチャーセンターの講座が始まりましたが、その受講の合間に、買い物に付き合ったり(東京と大阪でしか販売されていないグッズがあるようです)、植物園や果樹園に案内したりして、賑やかな毎日を過ごしました。

 今日は北海道に帰る日で、伊丹空港に向かう前にネットで運行状況を確認したところ、搭乗予定の便(伊丹発の直行便はこれだけ)が機体の都合で欠航となっていました。一瞬慌ててしまいましたが、娘が電話で問い合わせたところ、幸い振替え便(羽田で乗り継いで)が利用できることになり、空港まで送って行きました。夕方には無事自宅に戻れたとのことでホットしています。

 庭で”はねつき”を楽しむ
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 果樹園でミカンを収穫
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Posted by katakago at 22:06
新春のご挨拶 [2014年01月01日(Wed)]
   新春のお慶びを申し上げます
 今年も万葉植物園の活動をはじめ、野菜・果樹栽培のための農作業、記紀・万葉講座の受講や故地探訪、尺八練習など、充実した年にしたいと思っています。
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 地元の多田神社に参拝してきました。 
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Posted by katakago at 16:18
年の瀬の明石魚の棚(うおんたな) [2013年12月30日(Mon)]
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 帰省中の息子夫婦と一緒に明石の魚の棚(うおんたな)に出かけました。大漁旗が飾り付けられた年の瀬の賑やかな商店街を、大勢の人に混じって歩きながらお正月用の買い物も楽しみました。
 帰りには明石城にも立ち寄りました(写真左は坤櫓、右は巽櫓)。
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Posted by katakago at 19:56
マチカネワニ(大阪大学総合学術博物館展示) [2013年12月15日(Sun)]
 大阪大学総合学術博物館の正面
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 博物館のエントランスに飾られた化石の復元骨格
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 大阪大学総合学術博物館では、現在「緒方洪庵・適塾と近世大坂の学知」と題する特別展が開催されていますが、3階の常設展示室には、日本で発見された最初のワニの化石が展示されています。今回の特別展の機会にあらためて見学しました(解説も詳細に読みました)。この化石は、1964年(昭和39年)5月に、阪大豊中キャンパスの理学部建設現場から発見されたものです。
 カスリ火山灰にあたる層準から出土し、生息した時代は40〜50万年前の更新世中期ごろと考えられています。頭骨の長さが1mを越え、ワニ類の中でも大型(体長6.9〜7.7m、体重1.3t)に属しています。1965年に、クロコダイル科のマレーガビアル属の新種のトミストマ・マチカネンセと命名されました(出土地の豊中市待兼山町の名をとって)。これ以降「マチカネワニ」と呼ばれています。その後の再研究により(1983年の論文)、マレーガビアル属ではなく新しい属のワニであることが示され、トヨタマヒメイヤ・マチカネンシス(Toyotamaphimeiya machikanensis)と再命名されました(爬虫類学分野の国際学術誌Copeia,1983(1)に掲載)。この属名は、『古事記』の神話に出てくるワニの化身とされる豊玉毘売(とよたまびめ)から名付けられたそうです(今回初めて知りました)。

 『古事記』上巻の豊玉毘売の出産のくだりに、「爾くして、方に産まむとする時に、その日子に白して言ひしく、『凡そ他し国の人は、産む時に臨みて、本つ国の形を以て産まむぞ。故、妾(あれ)、今本の身を以て産まむと為。願ふ、妾を見ること勿れ』といひき。是に、其の言を奇しと思ひて、窃かに其の方に産まむとするを伺へば、八尋わにと化りて、匍匐(はらば)ひ委虵(もごよ)ひき。」とあります。
Posted by katakago at 17:08
今朝の空(朝焼け) [2013年09月30日(Mon)]
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 最近、日の出の時間が遅くなったせいか、起床の時間が夏の頃よりも遅れがちです。今朝(5:47)東の空に朝焼けが見られました(気づいてから数分で消えましたが)。


Posted by katakago at 08:17
雨上がりの空に虹が [2013年09月04日(Wed)]
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 このところ雨の日が続いています。水遣りが助かっていますが、出来れば分散して降ってほしいものです。草も一斉に伸び出すものと思われ、また草刈りかと気が重くなります。
 夕方晴れ間が出たので畑の見回りに出かけたところ、虹がかかっていました。あわててカメラを取りに戻って写真を撮りました。
Posted by katakago at 19:11
和田嘉寿男先生のご冥福をお祈りします [2013年08月06日(Tue)]
 和田嘉寿男先生(元武庫川女子大学教授)がお亡くなりになり(享年84歳)、今日、奈良市正覚寺で営まれた告別式に参列しました。あらためてご冥福をお祈りします。

 和田先生は武庫川女子大学オープンカレッジで万葉集の講座を担当され(1992年開始)、私は2003年の春から受講し、先生が体調を崩されて閉講になるまで聴講させていただきました。学期の間には日帰りの小旅行も企画され、2004年夏には紀州に出かけました。白崎は 幸くあり待て 大船に ま梶しじ貫き またかへり見む (H-1668)と詠われた日高郡由良町の白崎海岸を訪れた思い出があります。この時昼食に立ち寄った旅館「黒島」から秋になってあらためてハマユウの種を送ってもらいましたが、今では大きな株になりこの時期毎年花を咲かせています。

 先生は8年半ほど前から透析を続けられながら、講義録をもとにシリーズ「万葉集を読む」の執筆を開始されました。巻一からはじめ(2004年9月)、2011年10月には『万葉集巻九を読む』を完成されました(写真)。毎回本が出来上がったとの連絡を受けると、万葉の同好の仲間の分も合わせて送っていただきました。一首ごとに歌の解説が分かりやすい言葉で書かれており、他の注釈書とともに読ませてもらっています。  
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Posted by katakago at 22:58
お隣の田植えも終わる [2013年06月18日(Tue)]
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 先週、お隣の田んぼにイネ苗が植えられました。昨今は農協に委託して乗用式の田植え機で植えられるので、短時間で済むようです。子供の頃はこの時期、学校も農繁休暇があり田植えの手伝いをした記憶があります(当時は兼業農家でした)。

 畑に植えているケヤキの苗木で羽を休めているツバメを見かけました。普段は飛び回っているところしか目にしないのですが、写真に撮ることが出来ました。
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Posted by katakago at 10:01
るり渓で森林浴 [2013年05月05日(Sun)]
 昨日の畑仕事の骨休めも兼ねて、京都府立るり渓自然公園(南丹市園部町の南西部)へ出かけて来ました。自宅から車で一時間弱の所です。るり渓は、園部川が高原の斜面を浸食してできた約4kmの渓谷です。最上流部には人造湖(通天湖)があります。
 駐車場所から眺めた通天湖
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 コバノミツバツツジがあちらこちらで花を咲かせていました。

 新緑の中、渓流沿いに散策を楽しみました。
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Posted by katakago at 16:27
多田小学校にある碑「稽古照今」 [2013年02月19日(Tue)]
 午前中多田小学校で会議があり出かけて来ました。退職後こちらに帰ってより何度も学校には来る機会があったのですが、あらためて正門前の校庭に建てられた碑の文字が目に留まりました。これまでは運動会、文化祭、盆踊りなど賑やかな行事の折りであまり気にしなかったのかもしれません。
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(碑の写真、下の校章は清和源氏ゆかりの笹竜胆に學の字)

 碑面の文字は「稽古照今」と書かれており、揮毫は当時(昭和53年)の兵庫県知事坂井時忠によるものです。多田小学校は昭和53年に創立百周年を迎えており、それを記念してこの碑が建立されました。
 「稽古照今」は『古事記』の序から採られています。序は三段からなり、第一段は神代からの天皇の歴史をふり返り、第二段は天武天皇のもとでの『記』の撰録の始まりが述べられ、第三段では元明天皇にいたってそれが完成したことが記されています。碑文の文字は、第一段終わりの次の個所から採られています。
【原文】 ・・・・雖歩驟各異、文質不同、莫不稽古以縄風猷於既頽、照今以補典教於欲絶。
【読み下し文】 ・・・・ 歩(あゆ)むと驟(うぐつ)くと各異(おのおのこと)にして、文(かざ)れると質(すなほ)なると同じくあらねども、古(いにしへ)を稽(かむが)へて風猷(をしへ)を既に頽(おとろ)へたるに縄(ただ)したまひ、今を照らして典教(のり)を絶えむと欲(す)るに補(おきぬ)ひたまはずといふこと莫(な)し。
【口語訳】 ・・・・ 治世に緩急あり、華美と質朴の差はあったけれども、いにしえに鑑みて風教道徳の既に崩れてしまったのを正しくし、今を照らして道と教えとの絶えようとするのを補わないということはなかった。
(以上、『新編日本古典文学全集 古事記』より)





Posted by katakago at 14:50
スロージューサー [2013年02月11日(Mon)]
 柑橘類ではオレンジ系ミカンや八朔がたくさん採れました。ジュースにするのにスロージューサーが良さそう(TVの番組で紹介されていました)なので、購入して試してみました(SHARPのjuicepresso)。金属の刃を使わずに樹脂製のスクリューでゆっくりと食材を押しつぶす低速圧縮方式です。パンフレットには栄養素の減少を抑えてジュースが絞れるとあります。
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柑橘類は外皮をむいて小房に分けて投入します(種や薄皮を取らなくてもよい)。水を加えないので果汁100%のジュースが得られます。写真のサイズのもの3個でコップ2杯分のジュースが得られました。毎日絞りたてのジュースが飲めますが、装置を分解して後片付けが少し面倒です。



Posted by katakago at 14:50
初詣 [2013年01月01日(Tue)]
    新年明けましておめでとうございます
 今年は暮れから子どもたちが帰省し、二人の孫も一緒に8人の賑やかなお正月となりました。みんなで祝い膳を頂いた後、8時過ぎに多田神社へ初詣に出かけました。この時間帯だとまだ参拝者はそれほど多くなく、ゆったりとお参りできました。
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 今日は普段は閉じられている拝殿の奥域にも廻ることが出来ました。こちらには唐椿(薩摩藩主島津家寄贈、花は4月中旬)や招霊(オガタマノキ、県指定郷土記念物)などが植えられています。
 御本殿(徳川家綱により再興され国指定重要文化財)の前で記念撮影
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 今年も植物園では、3月(カルチャーセンター)と5月(備前の会)の来園が既に決まっており、スケジュールを調整中の案件もあります。多くの方に来ていただければと思っています。
Posted by katakago at 16:17
センブリの花 [2012年10月22日(Mon)]
 今月後半は各種行事が目白押しです。20日の土曜日にはカルチャーセンターの現地講座が終わりましたが、この週末(27,28日)は地元多太神社の秋祭りで、今年は3年に一度の太鼓が出ることになっています。2週間ほど前から毎日夕方になると、太鼓に乗る子供たちが太鼓をたたく練習をしています(私も小学生の頃参加したことがあります)。27日は午後から太鼓の多太神社宮入り(午後9時ごろ)まで付き合うことになりそうです。28日は都之雨社の尺八演奏会があり、毎週のカルチャーセンターでの練習だけではなく、箏・三絃との音合わせにも参加しなければなりません。昨日は2回目の練習が兵庫県立芸術文化センターリハーサル室であり、朝日カルチャー受講生で演奏する「茶音頭」(箏・三絃との合奏)と、都之雨社会員の方々との都山流本曲「春霞」(尺八の三部合奏)の合奏練習に参加してきました。舞台演奏ともなると練習にも身が入ります。

 今日はその合間を縫って、また奥の山に出かけて来ました。お目当ての”秋の香”は残念ながら見つけられませんでしたが、センブリ(りんどう科)の花が咲いていました(写真)。

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Posted by katakago at 17:59
虹と夕焼け [2012年10月18日(Thu)]
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 今日の夕方(17:20頃)、東の空に虹がかかっていました。西は、鮮やかな夕焼け空で、虹と夕焼けを同時期に見るのは、珍しのではないかと写真に撮りました(自宅庭にて)。なお、きれいな夕焼けの映像は夕方のニュース番組(お天気コーナー)でも紹介されていました。
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 明後日(20日)は植物園の現地見学会の日ですが、天気予報では雨のマークは出ていなくてホッとしています。
Posted by katakago at 19:46
キノコ狩りに案内 [2012年10月13日(Sat)]
 今朝、名古屋から来た親戚をキノコ狩りに案内してきました。 ここ数年、息子や娘たちの家族を案内した時はカラぶりに終わっていたので、今回も不首尾に終わるのではと心配でした。最初に同行の一人が小さなマツタケを見つけたのをきっかけに、一気に期待が膨らみ周囲を念入りに探すと、幸運にもより大きく立派なマツタケを見つけることが出来ました(写真)。
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 傘の開いているのも見つかりました。
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まとまって生えているところもありました。
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 この山では斜面を上下しながらの移動で、何度も滑ったりしていましたが、その苦労が報われる結果となり案内した甲斐がありました。
Posted by katakago at 20:50
栗の渋皮煮 [2012年10月11日(Thu)]
 今年は栗がたくさん採れました(10kg位)。そこで1kgほどの栗で渋皮煮を作りました。
 次の写真は、左から順に完成品、鬼皮を剥いた状態、生の栗、右下は鬼皮を剥く道具です(渋皮を傷つけないようにします)。

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 作り方の手順は次のとうりです。水を張った鍋に鬼皮を剥いた栗を入れて茹でます。写真のように灰汁が出るので、いったん引き上げて水洗いをした後、水を取り替えて茹でる操作を繰り返します(6〜7回程度)。
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 ほぼ濁りが出なくなったら(次の写真)、鍋に水、栗、砂糖(栗1kgに付き約300g)を入れて弱火で煮詰めます。火を止めてからお好みでブランデーを加えて出来上がりです。

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Posted by katakago at 19:55
山歩き − 秋の香を求めて [2012年10月10日(Wed)]
 今日も朝から奥の山に出かけて来ました。今月になって3回目です(3,7,10日)。うち2回は空振りで、写真は7日に見つけたものです。
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 万葉歌に「秋の香」と詠まれているのがマツタケと考えられています。歌は昨年10/14の記事(写真は10/21も)に掲載していますが、ここでも載せておきます。
【原文】 高松之 此峯迫尓 笠立而 盈盛有 秋香乃吉者 (I-2233)
【読み下し文】 高松の この峰も狭に 笠立てて 満ち盛りたる 秋の香のよさ

 今年もセンブリ(りんどう科)を見つけました(まだ蕾ですが)。

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Posted by katakago at 19:40
黒川ダリア園 [2012年09月21日(Fri)]
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 秋晴れの天気に誘われ、買い物のついでに市内にある「黒川ダリア園」に出かけてきました。ここ川西市黒川は「にほんの里100選」にも選ばれた自然豊かな土地で、園内には380品種1300株のダリアが植えられており、さまざまな形状、色とりどりの花が見頃を迎えていました。
 山形県川西町から、友好親善の一環として贈られたダリア279球から育成され、平成16年にこの地に開設されたそうです。


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Posted by katakago at 17:06
ハスの繊維 [2012年08月13日(Mon)]
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 ハスの茎を折って左右に引っぱると、写真のようにたくさんの細かい糸が引くのがわかります。以前にハス苗を貰ったK君に、切り花用のハスの蕾はこのハス糸で巻いておくのだと聞いたことがあります。早速、仏花用にはこれを試してみました。巻かなかったものは花弁が開いてしまいました。

 次の2枚は妻が玄関に生けたものです。蕾のものはハス糸で巻いています。

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 ところで、今年の5月中旬に「二上山に登る」ハイキングに参加した折り當麻寺に立ち寄りました(記事は5/14)。このお寺には、中将姫(藤原豊成の娘)がハス糸で一夜にして織り上げたと伝えられる、當麻曼荼羅があります(現存のものはハス糸ではなく絹糸のようですが)。阿弥陀如来のおられる西方浄土の世界が表現されています。
Posted by katakago at 11:20
昨夜、月下美人が咲きました [2012年07月09日(Mon)]
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 我が家には月下美人(さぼてん科)が2株あります。少しばかりの洋ランと共に栽培管理は妻が行っています。昨夜、そのうちの一株で2輪が開花しました(花は一晩で凋んでしまいましたが)。以前は9月ごろ開花していたのが、昨年は7/31と開花時期が早くなってきたようです。
Posted by katakago at 20:38
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