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ともか
孫のピアノ発表会 (08/01) ともか
孫のピアノ発表会 (08/01) 悟史
アジサイ (06/16)
進学EXPO 2017 in Kansai [2017年09月16日(Sat)]
 今日は梅田まで出かけたついでに、梅田スカイビルで開催されていた「進学EXPO 2017 in Kansai」を覘いてきました。朝日新聞社メディアビジネス局主催で、高校生・受験生・保護者のための進学相談会と銘打って、このところ毎日のように新聞広告に出ていました。
 離れて住む高校生の孫娘のために役立つ資料があればと出かけたのですが、ビルのエレベーターと10F会場入り口で並ぶほどの盛況で、会場内には大学毎の相談ブースが設けられており、順番待ちの長い行列ができた大学もありました。今回はとりあえずパンフレットコーナーに並べられた各大学の入学案内の中からいくつか冊子を貰って帰りました。
 会場内の案内図と配布された資料の一部
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 会場となった梅田スカイビル(このビルへは今回初めて出かけました)
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Posted by katakago at 16:20
「飛鳥を愛する会」 総会と春の現地講座(4/22) [2017年04月23日(Sun)]
 昨日から「飛鳥を愛する会」の春の現地講座が開催され、わたしは総会と一日目の講座に参加しました。
 総会後、影山先生(演題は「明日香の春」)と岡崎先生(演題は『古代における「なわばり」「結界」』)による記念講演が行われました。
 午後の現地講座では、天武・持統天皇陵 → 鬼ノ俎・雪隠古墳 → 檜隈川万葉歌碑(揮毫は犬養先生)→ 高松塚古墳・万葉歌碑(揮毫は犬養先生)→ 檜隈寺跡 → キ トラ古墳壁画体験館・四神の館 → 特別史跡 キトラ古墳を訪れました。

 総会後の記念講座で講演される影山先生
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 整備された高松塚古墳
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 高松塚古墳近くの万葉歌碑(揮毫は犬養孝先生)
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【原文】 立念 居毛曽念 紅之 赤裳下引 去之儀乎 (巻十一・2550)
【読み下し文】 立ちて思ひ 居てもそ思ふ 紅の 赤裳裾引き 去にし姿を
【口語訳】 立っても思い 座っても思う 紅の 赤裳の裾を長く引いて 去って行ったあの娘(こ)の姿を
 歌碑の説明をこの会の役員でもある岡本三千代さん(犬養万葉記念館館長)から聞きました。この歌碑の除幕式が行われたのは平成7年(1995)1月18日で、阪神・淡路大震災の翌日だったとのことです。高松塚古墳の壁画に、裳裾引く女官像が描かれていたのでこの場所が選ばれたそうです。
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 キトラ古墳そばの「四神の館」で展示物を見学(このフロアーは写真撮影OK)
キトラ古墳は7世紀末〜8世紀初頭頃に造られた墳丘径13.8mの円墳で、石室の天井に天文図・日月図、四壁に四神図(青龍・朱雀・白虎・玄武)、獣頭人身十二支像が描かれている。
 横口式石槨の模型
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 館内で木下先生の説明を聞く
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 整備されたキトラ古墳(特別史跡)
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 キトラ古墳壁画発見三十周年記念シンポジウムの記事は、
http://blog.canpan.info/inagawamanyo/archive/661

 なお、秋の現地講座(10/3〜5)は、関東(東京都・埼玉県・群馬県)を訪れる予定とのことです。埼玉古墳群(稲荷山鉄剣の見学も)や上野三碑なども計画にあるそうで、スケジュールが合えば参加したいと思っています。
Posted by katakago at 17:49
万葉仲間でお花見 [2017年04月05日(Wed)]
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 昨日、かつて「嘉麻万葉を学ぶ会」を主宰されていた川波さんを誘って、万葉仲間でお花見の会があり参加しました。以前、万葉通信「たまづさ」の編集発行に携わっておられた岸本さんのご尽力により実現しました。
 豊中市内の桜塚公園、大塚古墳・大塚公園や天竺川沿いの咲き始めたサクラの花を眺めながら、久しぶりの散策を楽しみました。
 お昼は大塚古墳そばの大塚公園の桜の木の下で(サクラの花はまだ三分咲き程度)、皆でお弁当を食べながら、賑やかなひと時を過ごしました(上の写真)。2005年11月19日に、川波さんが中心となって飯塚市「嘉穂劇場」で開催された「全国万葉フォーラムin飯塚」の思い出話に花が咲きました。

 大塚古墳の墳丘上で
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 豊中市岡町・桜塚一帯には多数の古墳が存在し、桜塚古墳群と呼ばれています。その中で大塚古墳(国指定史跡)は東部を代表するもので、5世紀前半に造られた円墳(直径56m)で、三体が葬られていた。鉄製品を中心とした多くの武器・武具の他、方格規矩(きく)獣文鏡などが出土している。この大塚古墳から50mほど南には御獅子(おしし)塚古墳(国指定史跡)があり、こちらは5世紀前半の前方後円墳(全長55m)。
 御獅子塚古墳
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Posted by katakago at 16:23
祝日の奈良で [2016年11月03日(Thu)]
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 文化の日の今日、正倉院展を見に奈良に出かけてきました。会期は短いのですが、関西に戻って来てからは毎年欠かさず見に来ています。10時半頃着いたのですが、祝日とあって案の定長い行列ができていました。今年は、聖武天皇の遺愛品で『国家珍宝帳』に記された漆胡瓶(しっこへい)や、聖武天皇の一周忌法会で飾られた大幡残欠(大型の染織幡)も出品され、楽器では管楽器の笙と竽(う)の両方が展示されていました。

 正倉院展を見終わってから、博物館近くの春日大社や東大寺でこの日に開催されていたイベントも見ることが出来ました。
 春日大社神苑 萬葉植物園の浮舞台では、「萬葉雅楽会」が行われていました。管絃の部では「平調音取(ひょうじょうねとり)」・「甘州(かんしゅう)」が演奏され、続いて舞楽の部では「振鉾(えんぶ)」・「賀殿(かてん)」などが奉納されました(写真は四人舞の賀殿)。
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 この日の午後は、平城京天平行列の「東大寺参詣」が行われ、聖武天皇や光明皇后・従者の貴族に扮した華やかな行列が東大寺大仏殿に参詣する様子を見ることが出来ました。
 中門前に到着した一行(中央右が聖武天皇、左が光明皇后役)
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 中門前で記念撮影
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 大仏様にお参り
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 お参りを終えて
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Posted by katakago at 21:04
全国万葉フォーラム in 鞆の浦に参加 [2016年09月14日(Wed)]
 先週末から3日間、福山市鞆の浦で「全国万葉フォーラム」があり参加しました。地元の「鞆の浦万葉の会」(代表戸田和吉さん)主催(全国万葉協会ほか後援)で開催されました。
 初日(9/10)は、午前中に万葉歌碑の除幕式(沼名前(ぬなくま)神社境内)があり、午後から鞆公民館で講演会とシンポジウムが行われました。夕方からの全国万葉交流会(鞆町「鷗風亭」)では、沖縄から北海道まで多くの万葉ファンが参加して楽しいひと時を過ごしました。
 2日目(9/11)はショートクルーズ(笠岡神島・大飛島・阿伏兎観音)と鞆の街歩き(万葉歌碑と史跡めぐり)、3日目(9/12)はオプショナルクルーズ(鞆港→長井の浦遠望→御手洗→倉橋島→竹原港、バスで東広島市安芸津町の風早万葉歌碑)が行われこれらにも参加しました。
 講演会・シンポジウムや、交流会・クルーズでは大変充実した時間を過ごせました。実施に当たられた戸田代表はじめ「鞆の浦万葉の会」の皆さんのきめ細かな対応に感謝いたします。お世話になりました。
 以下、写真とともに記録を残しておきます。

【万葉フォーラム(9/10)】 
 講演会の様子 演者は下田 忠先生(元福山女子短期大学教授)
「瀬戸内の万葉」と題して講演されました。遣唐使や遣新羅使をはじめ、筑紫・内海に派遣される官人や防人もこの海上を旅した(万葉びとの重要な交通路であった)。講演では鞆の浦で詠まれた歌(大伴旅人や遣新羅使人の歌)とともに、瀬戸内海の船旅(敏馬→明石大門→印南の海→名寸隅→辛荷の島→牛窓→児島→玉の浦→神島→長井の浦→風早→長門の島→麻里布の浦→大島の鳴門→祝島→佐波の海)で詠まれた歌を解説されました。
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 シンポジウムの様子
 万葉歌に詠まれた「鞆の浦のむろの木」の”むろの木”はについては、現在のどの植物に当たるかについては、これまでネズやイブキ(いずれヒノキ科)説があります。服部保先生が植物生態学の立場から見解を述べられ(当時照葉樹林であったか里山であったかによって樹種が変わる)、坂本先生からは、旅人の歌の原文のむろの木は「天木香樹」と表記されており、この天木香樹は「涅槃経」には香木とあることが紹介されました。
 なお、鞆の浦の関連万葉歌碑のそばにはいずれもネズが植えられていました。
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 全国万葉交流会で同席の方と記念写真
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 交流会での箏曲演奏(ヴァイオリンとの合奏で「春の海」)
宮城道雄の「春の海」は1930年の歌会始の勅題「海辺の巌」にちなみ、1929年末に作曲されたものです。8歳で失明する前に祖父母に育てられて住んでいた鞆の浦の風景をイメージして作られたそうです。フランスのヴァイオリニスト(ルネ・シュメー)との合奏で世界的に有名になったそうです。
 ちなみに福山市は琴の生産の7割を占めているとのこと。
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【福山市の万葉歌碑】 
万葉歌碑の除幕式(9/10 沼名前(ぬなくま)神社で)
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【歌】 ま幸くて またかへり見む ますらをの 手に巻き持てる 鞆の浦廻を (F‐1183)
【口語訳】 無事でいて また来て見よう ますらおが 手に巻いて持つという名の 鞆の浦辺を

 大伴旅人の歌碑(福禅寺 対潮楼石垣下)
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【原文】 吾妹子之 見師鞆浦之 天木香樹者 常世有跡 見之人曾奈吉 (B‐446 大伴旅人)
【読み下し文】 我妹子が 見し鞆の浦の むろの木は 常世にあれど 見し人そなき
【口語訳】 我妻が 見た鞆の浦の むろの木は 今も変わらずにあるが これを見た人はいない

 大伴旅人の歌碑(鞆の浦歴史民俗資料館の庭)
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【歌】 鞆の浦の 磯のむろの木 見むごとに 相見し妹は 忘らえめやも (B‐447 大伴旅人)
【口語訳】 鞆の浦の 磯のむろの木を 見るたびに 共に見た妻のことが 忘れられようか
以上二つは、天平二年(730)十二月に、大宰帥大伴旅人卿が帰郷の途についた時に作った五首のうちの二首。

【ショートクルーズと鞆の街歩き(9/11)】
 岡山県笠岡市神島(こうのしま)日光寺の万葉歌碑 
備後国の神島の浜にして、調使首(つきのおみのおびと)、屍を見て作る歌。長歌(L‐3339)、反歌(L‐3343)
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 歌碑の裏面には坂本信幸先生の解説文がある。
旅の途上、飢えや病などにより死んだ人の屍を見て詠んだ歌を、行路死人歌と呼ぶ。歌に詠むことにより異郷に果てた人の魂を鎮めることは、自己の旅の安全を祈ることであった(解説文より)。

天気に恵まれ船上デッキに出て瀬戸内の風景を楽しみました。 
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 海上から眺めた阿伏兎観音(磐台寺観音堂 国重要文化財)
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 大飛島(おおびしま)の祭祀遺跡
奈良時代から平安時代にかけて海神に宝物を捧げる祭祀が行われていた(笠岡市教育委員会)。
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 鞆の港の常夜燈(安政六年(1859)に建てられた)と船着き場の階段状の雁木
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 福禅寺の対潮楼(朝鮮通信使の迎賓館)から眺めた仙酔島
1711年朝鮮通信使の李邦彦が「日東第一形勝」と称賛した。
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 宮城道雄の銅像(鞆の浦歴史民俗資料館の庭)
 鞆町出身の菅国治郎の長男として神戸に生まれた(この像は宮城道雄の偉徳と功績を讃え1990年に建てられた)。生誕祭には、この街歩きを案内してくれた鞆小学校の児童(琴クラブ部員)もこの場所で演奏するとのことです。
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【オプショナルクルーズ「島めぐり」(9/12)】
GPSのモニター(倉橋島に向かう船中で)
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 呉市倉橋島(かつては長門の浦と呼ばれていた)にある万葉歌碑を見学
桂浜の巨大な万葉歌碑
遣新羅使人歌8首(N-3617〜24)が刻まれている
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倉橋島の万葉植物公園内の万葉歌碑(揮毫は犬養先生)
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【原文】 和我伊能知乎 奈我刀能之麻能 小松原 伊久与乎倍弖加 可武佐備和多流 (N-3621)
【読み下し文】 我が命を 長門の島の 小松原 幾代を経てか 神さび渡る
【口語訳】 (我が命を) 長門の島の 小松原は 幾年を経て こうも神々しいのだろうか 

 風早の浦の万葉歌碑と陶板画(東広島市安芸津町風早、祝詞山八幡神社境内)
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【歌】 我が故に 妹嘆くらし 風速の 浦の沖辺に 霧たなびけり (N-3615)
【口語訳】 わたしのことで 妻は嘆いているらしい 風速の 浦の沖辺に 霧がかかっている
【歌】 沖つ風 いたく吹きせば 我妹子が 嘆きの霧に 飽かましものを (N-3616)
【口語訳】 沖からの風が ひどく吹いて来でもしたら いとしい妻の 嘆きの息の霧を 存分に吸い込めるだろうに
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Posted by katakago at 17:11
いちょう祭(大阪大学) [2016年05月01日(Sun)]
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 早朝の草取りと日課の尺八練習を終えて、阪大豊中地区のいちょう祭に出かけて来ました。多くの若者でごった返している脇をすり抜けて、各部局(文・法・経)の展示コーナーのあるA棟図書館に向かいました。
 昨年末刊行の自費出版本(『木田家のルーツを尋ねるー石碑の銘文に導かれてー』)では、両替商に関する調査も行っていたので、今回展示の経済学研究科・経済学部所蔵の資料には興味がありました。一つは、大坂両替商 冨子助右衛門(米屋助右衛門)家の「勘定帳」で、嘉永二年(1849)から安政三年(1856)までの毎年の経営全体の決算書です。この時期は、上記の本で取り上げた鉄屋庄左衛門や川崎屋三右衛門が十人両替などとして活躍した時期に当たります。この史料から読みとれるのは、本両替の経営は、本来の両替業務である金銀銭の交換よりも、貸し付けや蔵元業務が中心だったようです(会場で配布された展示解説資料より)。
 もう一つは「久留米藩蔵屋敷米切手」で、久留米藩蔵屋敷の掛屋(会計担当商人)を勤めていた両替商 助松屋に所蔵されていた史料です。蔵屋敷は米を入札制で販売し、落札者には米切手(米の保管証券)が交付される。これを蔵屋敷に持参して提示すれば1枚で米百石を受け取れた。米切手は他人に譲渡することが出来、その売買取引が行われていたのが堂島米市場(展示解説資料より)。
 残念ながら、いずれも写真撮影は禁止となっていました。

 このほか、文学研究科・文学部関係では、考古学研究室が発掘調査を行った京都府鳥居前古墳(四世紀末の築造)出土の円筒埴輪や、大阪府新堂廃寺の軒丸瓦(その特徴により七世紀前半の創建と判明)の展示コーナーでは担当者が説明してくれました。
 
 模擬店が並ぶ通りには大勢の来場者で賑わっていました(このすぐ傍ではステージ演奏が行われていました)。
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Posted by katakago at 21:37
犬養万葉記念館 春の行事(万葉植物野外講座) [2016年04月03日(Sun)]
 昨日、南都明日香ふれあいセンター犬養万葉記念館の春の行事があり参加しました。今回は、講師の馬場吉久氏(全国万葉協会役員、万葉植物研究家)の案内で、飛鳥西側の「越」周辺(午前中のコース)の万葉歌碑や古墳を見学しながら、散策ルートで見られた春の万葉植物の観察と万葉歌を味わいました。
 近鉄岡寺駅集合(10:10) →牟佐坐神社・人麻呂挽歌歌碑 → 白橿近隣公園・三山万葉歌碑・沼山古墳 → 牽牛子塚古墳・越塚御門古墳 → 許世都比古命神社 → 岩屋山古墳 → 飛鳥駅(昼食)→ 吉備姫王墓・猿石 → 欽明天皇陵 → 檜隈川万葉歌碑 → 鬼の雪隠・展望台・鬼の俎 → 天武持統合葬陵 → 大鳥羽易山万葉歌碑 → 川原寺万葉歌碑 → 飛鳥川玉藻万葉歌碑 → 犬養万葉記念館(15:30位に到着)

 牟佐坐(むさにいます)神社傍の歌碑
柿本人麻呂の泣血哀慟歌の長歌の後半(A-207)
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 散策コースのあちこちでソメイヨシノが満開でした
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 沼山古墳脇の大和三山万葉歌碑(久松潜一揮毫) 右クヌギの木の後方には畝傍山
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中大兄の三山(みつやま)の歌(長歌と反歌)
【長歌】 香具山は 畝傍雄雄しと 耳梨と 相争ひき 神代より かくにあるらし 古も 然にあれこそ うつせみも 妻を 争ふらしき (@-13)
【反歌】 香具山と 耳梨山と あひし時 立ちて見に来し 印南国原 (@-14) 

 沼山古墳(渡来系の人の墓か)
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 沼山古墳の石室(片袖の横穴式石室)
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 牽牛子塚(けんごしづか)古墳
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 石室内部
墓室は巨大な凝灰岩をくり抜いた横口式石槨で、中央部に間仕切部を削りだす二室の構造 
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 説明パネル
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 現地説明会当時(2010年9月)のパンフレット(明日香村教育委員会)より
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 牽牛子塚古墳は斉明天皇と間人(はしひと)皇女の合葬墓と考えられており、この古墳の南東部で新たに発掘された越塚御門古墳は、斉明天皇の孫大田皇女の墓とみられている。関連記事は、
http://blog.canpan.info/inagawamanyo/archive/239
http://blog.canpan.info/inagawamanyo/archive/534

 岩屋山古墳
改葬前の斉明天皇陵とする説(白石太一郎先生)もある
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 展望台から鬼の雪隠(写真左下)を望む
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 羽易(はがひ)の山の万葉歌碑(坂本信幸先生揮毫)の前で解説を聴く
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 羽易の山(写真左から龍王山、三輪山、巻向山)遠望
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歌碑の解説記事は次の記事を参照
http://blog.canpan.info/inagawamanyo/archive/259

 桜の花が咲く橘寺遠望
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Posted by katakago at 18:24
NHK朝ドラ「あさが来た」のセット公開 [2016年03月30日(Wed)]
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 昨年秋に始まったNHK朝ドラ「あさが来た」のセットがNHK大阪放送局で公開されています(来月10日まで)。カルチャーセンターの講座で梅田に出たついでに見学してきました。
 このドラマは大坂の両替商の加島屋(ドラでは加野屋)が舞台になっていました。自費出版本『木田家のルーツを尋ねるー石碑の銘文に導かれてー』では、十人両替にもなった鉄屋庄左衛門や川崎屋三右衛門に関する史料を集めていたのですが、本の最終校正の段階で、このドラマの原案本『小説 土佐堀川ー広岡浅子の生涯』(古川智映子著)の存在を知り、興味深く読みました。それで、ドラマも毎日視聴してきました(今週末で終了)。
 加島屋はその後加島銀行(ドラマでは加野銀行)、大同生命(同 淀川生命)に至っていますが、その経営・家政資料が研究されています(「大同生命文書」解題、大同生命のホームページより)。これらの資料は大阪大学経済史・経営史資料室で閲覧可能とのことです。また、神戸大学経済経営研究所の高槻泰郎准教授が、昨年新たに奈良県の岡橋家から見つかった資料について研究を進められており、その進展に注目して行きたいと思っています。

 1階アトリウムのセットコーナー入り口
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 セットの全景
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 小道具の看板類(両替商の看板も)
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 両替商の店頭(パネルの写真より)
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 小道具の銀手形通 
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 江戸時代の貨幣は、金・銀・銭の三貨制(これらは変動相場で取引)で、江戸は金目(両・分・朱の定位貨幣)で、大坂・京都など上方では銀目(丁銀・豆板銀を主とする秤量貨幣)で、こちらは秤にかけて取引決済が行われ、幕末の頃には、銀貨幣の預り証書としての銀目手形を両替商が発行し広く流通していた。ところが明治元年(1868)、新政府による幣制改革で「銀目廃止」となり、大坂の両替商は大きな影響を受けることになった(加島屋はこの危機を乗り切った数少ない例)。

 中庭のセット
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 銀行正面入り口
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 銀行店内
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これまでの関連記事は、
http://blog.canpan.info/inagawamanyo/archive/1046
http://blog.canpan.info/inagawamanyo/archive/1060
http://blog.canpan.info/inagawamanyo/archive/1073
http://blog.canpan.info/inagawamanyo/archive/1079



Posted by katakago at 11:46
全国万葉協会の花見 [2016年03月27日(Sun)]
 今日は、全国万葉協会のお花見の行事があり、平城宮跡から佐保川沿いを散策してきました(桜の見ごろはもう一週間先のようです)。
 出発地点の平城宮広場で(写真後方中央に大極殿) 
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 平城宮跡マップ
平城宮跡資料館、大極殿正殿、遺構展示館、東院庭園などを見学
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 平城宮跡の桜は大部分は未だ蕾でした
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 東院庭園ではシダレヤナギの芽吹きが見られました
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 佐保川沿いの万葉歌碑
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【歌】 佐保川の 清き川原に 鳴く千鳥 かはづと二つ 忘れかねつも (F-1123)
【口語訳】 佐保川の 清い川原に 鳴いている千鳥と 蛙の二つは いつまでも忘れられない

 佐保川の川路桜(咲いている株は未だ少なかった)
幕末の奈良奉行 川路聖謨(としあきら)が植えたと言われる老木も今に残る(佐保川の川路桜祭は4月2日とのこと)
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 佐保川緑地公園の万葉歌碑(揮毫は犬養孝先生、昭和46年)
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【歌】 打上 佐保能河原之 青柳者 今者春部登 成尓鶏類鴨 (大伴坂上郎女 G-1433)
【読み下し文】 うち上る 佐保の川原の 青柳は 今は春へと なりにけるかも
【口語訳】 上って行く 佐保の川原の 青柳は もう春の装いに なってしまったことだなあ 

 春日野荘敷地内の万葉歌碑(揮毫は坂本信幸先生、平成18年)
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【歌】 我が背子が 見らむ佐保道の 青柳を 手折りてだにも 見むよしもがも(大伴坂上郎女
 G-1432)
【口語訳】 あなたが ご覧になっていることであろうあの佐保道の 青柳を 手折った枝でも 見られたらよいのに
Posted by katakago at 21:45
奈良学文化講座ー春日大社の”はじまり”と式年造替 [2016年03月07日(Mon)]
 先日(3/5)、久しぶりに「JR東海奈良学文化講座」に参加しました。今回のテーマは、『春日大社の”はじまり”と式年造替ー北・山の辺の道に「春日移し」の社殿を訪ねて』です。春日大社では現在、第60次の式年造替(20年に一度執り行われる社殿の修築大事業、神殿や神宝を造り替え神威を新たにする)が進められており、今回はこれに関連して企画されました。
 午前中は、「春日の神と御蓋山」と題して、櫻井治男氏(皇学館大学特別教授)が講演されました。
 午後は、講師の今西良男氏(東大寺技監)の案内で、下記のルートを巡りました。
JR帯解駅 → 八阪神社(帯解) 〜(北・山の辺の道)〜 祟道天皇陵 → 嶋田神社 → 白山比(しらやまひめ)神社 → 横井廃寺跡 → 八阪神社(鹿野園町)→(岩井川)→ 東山緑地(白毫寺町) → 赤乳(あかち)神社 →(能登川)→ 鏡神社(高畑町)
 「春日移し」とは造替後の旧本殿などを他の神社に移築することで、それにより春日大社とその地域との絆を強めたといわれており、今回のコースでは、それを今に伝える嶋田神社と鏡神社を訪ねました。
 嶋田神社
宝永6年(1709)造替時に建立された本社本殿の第三殿で、享保13年(1728)に八島村・祟道天皇神社本殿として移築されたもの(一間社春日造、銅板葺の大型社殿)。
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 北・山の辺の道を歩いて
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 鏡神社(祭神は天照大神、藤原広嗣、地主神)
享保13年(1728)造替時に建立された社殿で、延享3年(1746)に譲渡・移築された(一間社春日造、檜皮葺)。
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 鏡神社境内で講師の今西良男氏より説明を聴く
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 今回のコースでは、ただ一ヶ所万葉歌碑が見られた。
新薬師寺東南角 比賣神社(ひめがみしゃ)の鳥居下
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【歌】 河上の ゆつ岩群に 草生さず 常にもがもな 常娘子にて (@-22 吹芡刀自)
【口語訳】 川べりの 巌々に 草が生えないで若々しいように いつまでも変わらずにわたしもありたい 永遠の乙女で
 題詞に、十市皇女が伊勢神宮に参拝された時に、波多の横山の巌を見て、吹芡刀自(ふふきのとじ)が作った歌とある。比賣神社の由緒によれば、祭神は十市皇女(とをちのひめみこ)。
Posted by katakago at 20:04
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