豊能町のミツマタ群生地を訪れて [2024年03月19日(Tue)]
Posted by
katakago
at 16:23
薬師寺東塔落慶法要に参列(4/21) [2023年04月22日(Sat)]
Posted by
katakago
at 15:09
「大宰府梅花の宴」に参加(2月8日) [2020年02月09日(Sun)]
Posted by
katakago
at 13:43
第13回川西市寺院めぐり [2019年11月08日(Fri)]
Posted by
katakago
at 17:31
万葉歌碑の除幕式に参加 [2019年09月29日(Sun)]
Posted by
katakago
at 11:30
全国万葉協会のお花見ー琵琶湖岸(海津大崎)の桜クルーズ [2019年04月06日(Sat)]
Posted by
katakago
at 21:28
まちかね祭(阪大豊中キャンパス) [2018年11月02日(Fri)]
Posted by
katakago
at 16:46
川西市仏教会主催の行事(寺院めぐり)に参加 [2018年10月26日(Fri)]
Posted by
katakago
at 19:57
いちょう祭(阪大) [2018年04月30日(Mon)]
今日から二日間、大阪大学では「いちょう祭」が開催されています。豊中キャンパスと吹田キャンパスの各部局では、テーマを設けての展示や研究室の紹介も行われています。午前中、豊中キャンパスに出掛けてきました。福井にいる高二の孫娘が、理系のコースに進んでいるとのことで、参考になるような情報があればと基礎工学部の研究室を見てきました。人間型ロボットを研究している石黒研究室を訪れたところ、大勢の見学者が順番を待って列を作っていました。自律型対話アンドロイドをはじめ人とかかわるロボットに関する研究の紹介をしてもらえました。
科学機器リノベーション・工作支援センター(全学共同利用の支援センター)も公開されており、ここでは、3Dプリンタ・3D加工機レーザーの加工実演も見ることが出来ました。この技術を用いていつの日か、大仙寺の木田院碑や裏山にある木田氏中興塔の縮小レプリカを作って保存できればいいなあと思いました。
構内のメイン通路両側には学生のグループが出店した模擬店がびっしりと並び、大勢の若者で賑わっていました。
|
Posted by
katakago
at 14:43
葛城山のかたかごと大和三山(全国万葉協会のお花見) [2018年04月24日(Tue)]
Posted by
katakago
at 13:42
万葉の大和路を歩く会(470回)感謝祭 [2018年02月26日(Mon)]
Posted by
katakago
at 14:51
花響(はなゆら)コンサート [2018年01月08日(Mon)]
成人の日の午後、アステ川西のイベント広場では若手女性ユニット(箏・尺八・日本舞踊)によるコンサートが行われていました。 尺八奏者の井本蝶山さんは、史上最年少(15歳)で都山流尺八の師範試験に登第されたそうです。この日は、「春の海」、「若水」、「涼流」、「さくらさくら」、「早春賦」の箏との合奏と曲に合わせて日本舞踊が披露されました。 会場の様子
|
Posted by
katakago
at 16:05
進学EXPO 2017 in Kansai [2017年09月16日(Sat)]
今日は梅田まで出かけたついでに、梅田スカイビルで開催されていた「進学EXPO 2017 in Kansai」を覘いてきました。朝日新聞社メディアビジネス局主催で、高校生・受験生・保護者のための進学相談会と銘打って、このところ毎日のように新聞広告に出ていました。 離れて住む高校生の孫娘のために役立つ資料があればと出かけたのですが、ビルのエレベーターと10F会場入り口で並ぶほどの盛況で、会場内には大学毎の相談ブースが設けられており、順番待ちの長い行列ができた大学もありました。今回はとりあえずパンフレットコーナーに並べられた各大学の入学案内の中からいくつか冊子を貰って帰りました。 会場内の案内図と配布された資料の一部
会場となった梅田スカイビル(このビルへは今回初めて出かけました)
|
Posted by
katakago
at 16:20
「飛鳥を愛する会」 総会と春の現地講座(4/22) [2017年04月23日(Sun)]
Posted by
katakago
at 17:49
万葉仲間でお花見 [2017年04月05日(Wed)]
Posted by
katakago
at 16:23
祝日の奈良で [2016年11月03日(Thu)]
Posted by
katakago
at 21:04
全国万葉フォーラム in 鞆の浦に参加 [2016年09月14日(Wed)]
Posted by
katakago
at 17:11
いちょう祭(大阪大学) [2016年05月01日(Sun)]
早朝の草取りと日課の尺八練習を終えて、阪大豊中地区のいちょう祭に出かけて来ました。多くの若者でごった返している脇をすり抜けて、各部局(文・法・経)の展示コーナーのあるA棟図書館に向かいました。 昨年末刊行の自費出版本(『木田家のルーツを尋ねるー石碑の銘文に導かれてー』)では、両替商に関する調査も行っていたので、今回展示の経済学研究科・経済学部所蔵の資料には興味がありました。一つは、大坂両替商 冨子助右衛門(米屋助右衛門)家の「勘定帳」で、嘉永二年(1849)から安政三年(1856)までの毎年の経営全体の決算書です。この時期は、上記の本で取り上げた鉄屋庄左衛門や川崎屋三右衛門が十人両替などとして活躍した時期に当たります。この史料から読みとれるのは、本両替の経営は、本来の両替業務である金銀銭の交換よりも、貸し付けや蔵元業務が中心だったようです(会場で配布された展示解説資料より)。 もう一つは「久留米藩蔵屋敷米切手」で、久留米藩蔵屋敷の掛屋(会計担当商人)を勤めていた両替商 助松屋に所蔵されていた史料です。蔵屋敷は米を入札制で販売し、落札者には米切手(米の保管証券)が交付される。これを蔵屋敷に持参して提示すれば1枚で米百石を受け取れた。米切手は他人に譲渡することが出来、その売買取引が行われていたのが堂島米市場(展示解説資料より)。 残念ながら、いずれも写真撮影は禁止となっていました。
このほか、文学研究科・文学部関係では、考古学研究室が発掘調査を行った京都府鳥居前古墳(四世紀末の築造)出土の円筒埴輪や、大阪府新堂廃寺の軒丸瓦(その特徴により七世紀前半の創建と判明)の展示コーナーでは担当者が説明してくれました。 模擬店が並ぶ通りには大勢の来場者で賑わっていました(このすぐ傍ではステージ演奏が行われていました)。
|
Posted by
katakago
at 21:37
犬養万葉記念館 春の行事(万葉植物野外講座) [2016年04月03日(Sun)]
Posted by
katakago
at 18:24
NHK朝ドラ「あさが来た」のセット公開 [2016年03月30日(Wed)]
Posted by
katakago
at 11:46
全国万葉協会の花見 [2016年03月27日(Sun)]
Posted by
katakago
at 21:45
奈良学文化講座ー春日大社の”はじまり”と式年造替 [2016年03月07日(Mon)]
Posted by
katakago
at 20:04
能勢妙見山のお火焚祭り [2016年02月11日(Thu)]
Posted by
katakago
at 16:14
大神神社の観月祭(9/27) [2015年09月28日(Mon)]
Posted by
katakago
at 11:25
講話と万葉集に親しむコンサート(いながわセミナー) [2015年09月07日(Mon)]
猪名川万葉の会(代表 野々村さん)では、毎月一回(第二水曜日)岡本三千代さんを講師に講座が開催されています。昨日は一般の方も対象に、猪名川町中央公民館(視聴覚ホール)で、岡本さんの講話と万葉うたがたり会(主宰 岡本さん)によるコンサートが開催され、野々村さんからもお誘いを受けていたので出かけて来ました。 はじめに岡本さんから全国各地の万葉故地についての話があり(地元関係では猪名川が詠まれた歌が一首ある)、次いで歌がたり会の皆さんによる演奏が行われました。 岡本さんが万葉歌に曲をつけたものや、オリジナルに作詩・作曲された歌「高岡旅情」が披露されました。 次の写真は、越中の万葉故地の映像を背景に「高岡旅情」が演奏されている様子(左から、山寺さん、山口さん、園田さん、岡本さん)。
なお、万葉うたがたり会の活動は今年で35周年を迎え、これから三井楽(11/14)、橿原(11/29)、高岡(12/12)、西宮(2/28)でサンクスコンサートが予定されています。
昨年も、猪名川町の静思館でコンサートが開催され、その時の記事は次のURLに載せています。 https://blog.canpan.info/inagawamanyo/archive/904
猪名川が詠まれた万葉歌は次のURLの記事の中で紹介しています。 https://blog.canpan.info/inagawamanyo/archive/258
|
Posted by
katakago
at 16:28
犬養万葉記念館故地交流展 ― 万葉歌碑の原書・拓本 [2015年08月05日(Wed)]
音楽サロンTSUBAICHI(大阪市福島区)で、「故犬養孝軸装展」が今日まで開催中です。昨日午後、夕方の尺八の講座(芦屋教室)の前に立ち寄りました。 犬養先生が揮毫された万葉歌碑は全国に141基建立されているそうです。明日香村が所有し犬養万葉記念館で保管されている先生揮毫の原書と拓本の中から、今回12軸が展示されていました。上の写真は、大伴家持が”かたかご”(カタクリ)を詠んだ歌の碑の拓本(歌碑は高岡市伏木古国府の勝興寺北西裏にある)。 参考までに、カタクリの写真と歌の解説は次のURLに載せています。 https://blog.canpan.info/inagawamanyo/archive/288
甘樫丘にある犬養先生の第一号歌碑の拓本の前で(居合わせた毛利さんに撮ってもらいました)
昨年、桜井市が所蔵している記紀万葉歌碑原書(多くの著名人が揮毫)の展示会に出かけました(記事は下記URL)。そのおり、展示物の写真と歌の解説などを掲載した図録が作成されていました。犬養万葉記念館でも収蔵軸の図録を考えていただければと思います。 https://blog.canpan.info/inagawamanyo/archive/935
|
Posted by
katakago
at 11:05
万葉関連行事が二つ [2015年05月11日(Mon)]
Posted by
katakago
at 22:39
全国万葉協会のお花見(大宇陀の又兵衛桜) [2015年04月13日(Mon)]
Posted by
katakago
at 13:51
玉列(たまつら)神社の椿まつり [2015年03月29日(Sun)]
Posted by
katakago
at 20:55
奈良学文化講座「北・山の辺の道」 [2015年03月08日(Sun)]
Posted by
katakago
at 21:34
平城京天平祭ー大伴家持上京の旅到着セレモニー [2014年11月11日(Tue)]
Posted by
katakago
at 10:36
昭和流行歌ショー(北海道歌旅座公演) [2014年10月11日(Sat)]
Posted by
katakago
at 10:11
万葉うたがたりコンサート in 静思館 [2014年09月28日(Sun)]
Posted by
katakago
at 18:56
中秋の名月 ー 唐招提寺観月讃仏会(9/8) [2014年09月09日(Tue)]
Posted by
katakago
at 07:20
交野が原の七夕まつりと万葉歌碑めぐり(7/7) [2014年07月09日(Wed)]
Posted by
katakago
at 11:55
住吉大社の御田植神事(6/14)を見学 [2014年06月15日(Sun)]
Posted by
katakago
at 12:10
飛鳥を愛する会 総会・春季現地講座 [2014年04月21日(Mon)]
Posted by
katakago
at 20:41
若菜祭に参加(4/6) [2014年04月07日(Mon)]
Posted by
katakago
at 21:30
万葉集友の会のお花見(茨木市) [2014年04月04日(Fri)]
昨日は植物園のサクラを紹介しましたが、今日は「万葉集友の会」(有志)のお花見会があり参加しました。場所は茨木神社そばで、午後からの講座の前に各自弁当持参で集まり(12名)、桜吹雪の舞う中で食事をしながら話も弾みました。
|
Posted by
katakago
at 18:49
薬師寺花会式の結願法要に参列(3/31) [2014年04月01日(Tue)]
Posted by
katakago
at 12:44
春日大社の御田植神事 [2014年03月15日(Sat)]
Posted by
katakago
at 21:40
中山寺の節分会 [2014年02月03日(Mon)]
Posted by
katakago
at 21:10
茨木市で万葉集友の会の新年会(1/31) [2014年02月02日(Sun)]
万葉集友の会の新年会が開催され出席しました(1/31)。この会は、昨年三月まで梅花学園生涯学習センターで市瀬雅之先生の万葉講座の受講生有志の集まりで、半年ほど会員による自主的講座が行われた後、年10回程の頻度で市瀬先生の講座が始められています。20名の出席(先生を含む)があり、昼食をとりながら万葉について話が弾みました。
昼食後は、近くの茨木神社の散策を楽しみました。神社の奥宮に、延喜式内社の天石門別神社があり、境内には茨木城の搦手門が移築されていました。 天石門別神社
茨木神社(背面から)
|
Posted by
katakago
at 17:19
「春日若宮おん祭」を見学 [2013年12月18日(Wed)]
Posted by
katakago
at 18:01
大神神社の酒まつりと三輪山登拝(11/14) [2013年11月15日(Fri)]
Posted by
katakago
at 13:14
第65回正倉院展 [2013年11月02日(Sat)]
奈良国立博物館では先月26日から正倉院展が開催中です。会期は今月11日までと短く、また今月は行事も多く何時出かけようかと思っていましたが、昨日(11/1)夕方に奈良まで行って来ました。この日は午後から茨木市クリエイトセンターで市瀬先生(梅花女子大学教授)の講座(久邇京遷都と橘諸兄)があり、これが終わってからです。先月の奈良学文化講座(10/12)で橘諸兄の故地を巡るイベントに参加したので、この日の講座には関心がありました。
正倉院展は会期が短いのですが会期中は無休で、金・土・日・祝日・振り替え休日は午後7時までやっています。午後5時半から入館のオータムレイト券は300円安くなっており、5時過ぎに到着したところ既に行列が出来ていました。
昼間の時間帯に比べ、団体客もなく比較的ゆったりと見ることが出来ましたが、ポスターにも掲載されている「漆金薄絵盤(香印坐)」をまじかに見るには20分ほど並ぶ必要がありました。 今回出品されているなかで、楽器類(和琴・尺八・横笛)が目につきました。檜和琴(ひのきのわごん)は、長さ156cmで6絃の琴(和琴と呼ばれる)で、槽の形や絃数が中国の琴(きん)や新羅琴(しらぎごと)とは異なるものです。槽の頭部が玳瑁(たいまい)・螺鈿(らでん)等で華麗に装飾されたされた品です。尺八は長さ40.7cmで、マダケの三節ある材が用いられ、孔は6箇のものです(現在の尺八とは長さも指孔の数も異なる)。宝庫には、このほか玉製・石製・象牙製の尺八も伝わっています。横笛(おうてき)は長さ39.2cmでトウチク属の材が用いられています。奈良時代には尺八や横笛は唐楽(唐から伝来した舞踊を伴う音楽)の楽器として広まり、寺院音楽における主要な楽器であったようです。
なお、尺八の歴史に関する関連記事は次のURLに載せています。 ↓ https://blog.canpan.info/inagawamanyo/archive/713
|
Posted by
katakago
at 10:44
橘諸兄の故地をゆくー木津川東岸・井手町ー [2013年10月13日(Sun)]
Posted by
katakago
at 17:10
美酒発掘(橿考研博物館秋季特別展) [2013年10月07日(Mon)]
奈良県立橿原考古学研究所付属博物館では、秋季特別展「美酒発掘」が開催中です(10/5〜11/24)。昨日(10/6)は午後から県立万葉文化館(明日香村)で開催された「万葉古代学公開シンポジウム」に参加するついでに、博物館に立ち寄りました。10時半からは担当の学芸員が案内してくれました。 文献史料としては、『三国志魏書』倭人条に「人性嗜酒(人の性、酒を嗜む)」とあり(次の写真)、日本人にとって酒とは古くから関わりあいがあります。考古資料からは縄文時代前期中ごろから中期(紀元前7900〜6000年ごろ)の青森県三内丸山遺跡などからヤマグワ・ヤマブドウ等の種子を主体とする廃棄物層で、果汁が搾り取られたとみなしうる状況が確認されているそうです(果汁を発酵させれば果実酒の存在が想定されるようです)。 百衲本の影印より
『日本書紀』崇神天皇条に、大物主大神(大神神社の主祭神)へ奉げる酒造りを司る「掌酒(さかびと)」に高橋邑の活日(いくひ)が任じられたとの記載があります(三輪の地と酒の醸造との関連を記す文献史料の初出)。考古学的に注目されるのは、三輪山の山腹に所在する磐座(いわくら)の一つである山ノ神遺跡から、『延喜式』(巻40「酒造雑器」)に記された酒造道具に共通するとみられる土製模造品の出土です。これらの遺物の発見により、古墳時代(5世紀ごろ)に三輪山祭祀が本格化したと考えられています(以上展覧会図録より)。 現在、大神神社は全国の醸造元の信仰を集めています(毎年11/14には醸造安全祈願祭(酒まつり)が斎行される)。
|
Posted by
katakago
at 14:43
犬養孝先生を偲ぶ会(十五年祭) [2013年09月29日(Sun)]
Posted by
katakago
at 21:20
第46回万葉の明日香路に月を観る会 [2013年09月22日(Sun)]
Posted by
katakago
at 17:31
奈良学文化講座 ー 葛城氏揺籃の地を歩く [2013年06月30日(Sun)]
Posted by
katakago
at 16:16
新 兵庫史を歩く(5/25)のTV放送 [2013年06月16日(Sun)]
Posted by
katakago
at 16:50
新 兵庫史を歩く(播磨路) [2013年05月27日(Mon)]
Posted by
katakago
at 09:37
飛鳥を愛する会(現地講座二日目)ー 飛鳥から巨勢路・葛城古道を巡る [2013年04月22日(Mon)]
Posted by
katakago
at 21:58
飛鳥を愛する会 春季総会・講座(4/20) [2013年04月21日(Sun)]
Posted by
katakago
at 22:08
若菜祭 [2013年04月08日(Mon)]
昨日(4/7)、明日香村中央公民館で若菜祭が開催されました。今年は、講演会のほか、人丸信仰の調査報告と参加者による明日香の万葉歌の朗唱が行われました。 講演会では、村田右富実先生(大阪府立大教授)が、「入江泰吉と明日香皇女挽歌を読む」と題して話されました。
村田先生の講演を聴講するのは、今年になって3度目です(1回目は大津皇子関連、2回目は人麻呂の泣血哀慟歌)。今回は、文武四年(700)に薨去された明日香皇女の殯宮の時に人麻呂が作った挽歌が取り上げられました。この歌は制作年次の分かる人麻呂最後の作とされ、長歌と反歌二首です(巻二の196,197,198)。パワーポイントで入江泰吉撮影の明日香の風景写真を映し出しながら歌の解説を進められました。 時間には毎年繰り返される永遠回帰の時間(自然の時間)と、一方向にしか流れない不可逆の時間(人間の時間)があり、この長歌では、明日香皇女は永遠の命をもっていた(自然の時間)はずであるのに今は死んでしまった(人間の時間)と詠われ、再び生前回顧で夫君との永遠の愛情の時間が続く(自然の時間)と思われたが二度目の死去(人間の時間)が表現されている、との解説は興味深かいものでした。
|
Posted by
katakago
at 22:32
薬師寺参拝ー東西両塔内陣の見学 [2013年03月20日(Wed)]
Posted by
katakago
at 18:47
早春の大和国中を歩く(第129回奈良学文化講座) [2013年03月03日(Sun)]
Posted by
katakago
at 17:06
古市古墳めぐり [2013年02月24日(Sun)]
Posted by
katakago
at 21:55
第23回にしのみや万葉セミナー [2013年02月19日(Tue)]
2/17に夙川公民館で「にしのみや万葉セミナー」が開催され、山内英正氏の講演と岡本三千代さんの「万葉うたがたりコンサート」があり出かけて来ました。 西宮市には西田公園万葉植物苑(1988年開設)があり、生前西宮市に住んでおられた犬養孝先生の選ばれた歌と植物の説明板も添えられ、大伴家持の「春の苑 紅にほふ 桃の花 下照る道に 出で立つ娘子」の歌碑(犬養先生45番目の揮毫)があります。この開設を記念して1990年から「にしのみや万葉セミナー」が毎年開催されて当初は犬養先生が講演を行われ、第8回目からは山内氏が担当されるようになったとのことです。私は今回初めて参加しました。
山内氏の講演は、「歌聖・柿本人麻呂ー伝説と信仰ー」と題して行われました。
講演の前半では、人麻呂が石見国で死に臨む時に詠んだとされる歌とその関連歌および石見相聞歌について解説されました。後半では人麻呂が後の世になって信仰の対象になっていった話をされました。山内氏も関わられて、『神になった柿本人麻呂ー人丸信仰の調査と報告書』が刊行されています(発行は犬養万葉記念館に協力する会)。人丸信仰の神社・寺・塚などは全国に400ほど知られているようですが、山内氏ら(全国万葉協会の富田さん荒川さんほか)はそのうち121ケ所を調査されたそうです。歌聖として歌・芸事の上達やさらには学問・受験の神としても祀られ、火気の元、火止まる→火伏・防火の神、人生まる→安産の神としてや、産業興隆(紙漉き・鍛冶)などの神として祀られているところもあるそうです。
岡本さんのコンサートでは、西宮の万葉歌10首のうち3首に曲をつけて「西宮慕情」、人麻呂の羈旅歌4首を取り上げた「大和島見ゆ」、軽皇子が安騎野に宿られた時に人麻呂が詠んだ歌から「阿騎野寒暁」などが歌われました。
ちなみに後ろの映像に使用していただいたワラビの写真は私が撮影したものです。
帰りには、参加者全員にお土産として草花の鉢植えが配られました。西宮市のオリジナル植物である「エンジェルス・イヤリング」と命名されたフクシア(アカバナ科フクシア属)も入っていました。花が咲くのが楽しみです。なお、これらは西宮市植物生産研究センターで育成されたものです。
|
Posted by
katakago
at 14:45
記紀・万葉リレートーク8(万葉集に詠われる遙か紀伊国へ至る道〜紀路) [2013年02月10日(Sun)]
Posted by
katakago
at 10:29
金峯山寺の節分会(鬼火の祭典) [2013年02月03日(Sun)]
Posted by
katakago
at 19:49
橘寺で万葉歌碑の除幕式 [2012年11月26日(Mon)]
Posted by
katakago
at 11:13
平城京天平祭 秋2012 [2012年11月11日(Sun)]
Posted by
katakago
at 18:41
ナント萬葉チャリティーウォーク [2012年11月10日(Sat)]
Posted by
katakago
at 23:00
JR東海奈良学文化講座―金峯山寺から古代寺院比曽寺跡へ― [2012年11月04日(Sun)]
Posted by
katakago
at 19:33
西国街道から「いましろ大王の杜」を巡る [2012年09月23日(Sun)]
Posted by
katakago
at 17:18
石見万葉旅行(9/1全国万葉フェスティバルinしまね・交流会) [2012年09月03日(Mon)]
Posted by
katakago
at 16:14
平城京天平祭☆夏2012 [2012年08月24日(Fri)]
Posted by
katakago
at 23:50
なら燈花会 [2012年08月14日(Tue)]
Posted by
katakago
at 23:55
率川神社の三枝祭(さいくさのまつり) [2012年06月17日(Sun)]
Posted by
katakago
at 16:59
飛鳥を愛する会 春季現地講座(2日目) [2012年04月22日(Sun)]
Posted by
katakago
at 22:50
飛鳥を愛する会 春季総会・講座 [2012年04月21日(Sat)]
Posted by
katakago
at 22:40
サロンTSUBAICHI3周年を祝って [2012年04月07日(Sat)]
Posted by
katakago
at 23:07
薬師寺花会式(4/5) [2012年04月06日(Fri)]
Posted by
katakago
at 07:12
若菜祭(明日香村) [2012年04月01日(Sun)]
Posted by
katakago
at 21:07
紀伊万葉ウォーク(糸我・白神) [2012年03月24日(Sat)]
Posted by
katakago
at 20:02
ラジオウォーク(奈良公園・高畑の道) [2012年03月20日(Tue)]
Posted by
katakago
at 17:22
JR東海奈良学文化講座 [2012年03月04日(Sun)]
JR東海奈良学文化講座に初めて参加しました。この講座は東京と奈良で開催されていますが、今回(3/3)は、奈良(桜井市「あるぼ〜る」ホール)で、「天香具山の東、古代磐余の地をゆく ー 茶臼山古墳から等彌神社、安倍文殊院へ」と題して開催されました。参加者は約300名(関東からも)。
午前の部は、井上さやか氏(万葉古代学研究所主任研究員)が、「万葉の磐余 ー ”心の系譜”で読み解く」のタイトルで講演されました。昨年末、磐余の池跡の推定地で堤跡が発掘され話題になりましたが、考古学の立場からではなく文学の立場から、まず、『万葉集』に載せられている、大津皇子が処刑される時に、磐余の池の堤で涙を流して作られた歌(*)をとりあげ、磐余の地について解説され、次いで『古事記』、『日本書紀』で「いはれ」の地に宮を置いた天皇の記事にもふれられました(「いはれ」は、記では伊波禮、紀では磐余と表記)。 (*)【歌】百伝ふ 磐余の池に 鳴く鴨を 今日のみ見てや 雲隠りなむ (B-416) 【口語訳】(百伝ふ)磐余の池に 泣いている鴨を 今日だけ見て 死んで行くのか (この歌の関連ブログは昨年12/17に掲載)
午後は、齊藤純氏(天理大学文学部教授)の案内で、次のコースを巡りました(約4時間)。 会場→等彌神社→上之宮遺跡→談山神社一の鳥居→上宮寺・春日神社→メスリ山古墳→安倍寺跡→安倍文殊院→石寸(いわれ)山口神社→若櫻神社→桜井駅 各所での説明は人数が多いためFMラジオで聴きました。写真は、桜井茶臼山古墳(4世紀初頭の大型前方後円墳)で説明を聴いている様子です。 上宮寺は、聖徳太子が斑鳩宮に移る前に居られた上宮(かみつみや/じょうぐう)とする説があるようです(本居宣長ほか)。その後上宮寺は、神仏分離以前は隣接する春日神社の神宮寺であったようです。春日神社の境内には、『万葉集』に載せられている、聖徳太子が竜田山の死人を見て悲しんで作られた歌の歌碑が建てられています。【歌】家ならば 妹が手まかむ 草枕 旅に臥やせる この旅人あはれ (B-415) 【口語訳】家にいたら 妻の手を枕とするだろうに (草枕) 旅に出て倒れている この旅人は哀れだ
|
Posted by
katakago
at 19:40
二月堂修二会(お水取り) [2012年03月04日(Sun)]
Posted by
katakago
at 13:09
出版祝賀会(山内英正氏)) [2011年12月19日(Mon)]
山内英正氏(甲陽学院高等学校教諭)の『万葉 こころの風景』(和泉書院)の出版を記念して、昨日(12/18)、講演会と祝賀会が開催され出席しました。 山内氏は阪大文学部入学以来、犬養孝先生が亡くなられるまでの三十余年の間、お傍近くで先生のお仕事(文筆活動など)を支えられながら、ご自身の万葉講座での講義や万葉ウォークの講師など幅広く活動されてきました。先生が亡くなられてからも、先生の『万葉集』の普及啓蒙活動や万葉故地保存運動、万葉歌碑情報などを、先生のお傍近くにおられた山内氏ならではのエピソードもまじえ、『産経新聞』(奈良版)の「こころの万葉風景」に連載されてきました。この度これらの記事を単行本にまとめられました。
今回の催しは、「犬養万葉顕彰会」(会は解散しましたが)を、山内氏と共に長年お世話されてきた岡本三千代さん(万葉うたがたり会主宰、音楽サロンTSUBAICHI代表)の呼びかけで、サロンTSUBAICHI(福島区)で開かれました。大勢の関係者が参集し、講演の後は参加者一人ひとりが御祝いの言葉を述べ、犬養先生との思い出話にも花が咲きました(サロンの壁には犬養先生のお顔が映されていました)。
写真は、岡本さんからお祝いの目録をお渡ししているところです。。
御祝いには、先生揮毫のミニ万葉歌碑(写真手前右下テーブルの上)が贈られました。犬養先生揮毫の万葉歌碑は現在141基だそうですが、山内氏は先に『犬養孝揮毫の万葉歌碑探訪』(和泉書院)という本を先生と共著で出版されており、ミニ万葉歌碑はそのような経緯もあって岡本さんが記念の品にと考えられたようです。贈呈に際し参加者有志により歌碑の序幕も行われました。 この日集まったのは学生時代に犬養先生の講義を聴いた者や、お元気だった頃の講演会などで先生の話に魅せられた方々(犬養万葉のファン)で、高齢者が目立ちました。 山内氏は高校で教鞭をとられているので(専門は日本近現代史だそうですが)、若い生徒さんの間にも『万葉集』に関心を持つ層が広がって行くような活動も是非行っていただければと思いました。
|
Posted by
katakago
at 20:30
ホームカミングデイ(11/6) [2011年11月07日(Mon)]
同窓会の連合会が出来て6回目のホームカミングデイ(11/6)に出かけました(例年5月のところ東日本大震災により秋に延期)。今年は大学創立80周年で、旧制浪速高等学校の建物(在学中は教養部イ号館)が大学会館として改装された会場で式典が行われました。 はじめに、大学応援団による歓迎の演舞が披露されました。今年で50年目となる七大学戦(かっては七帝戦といわれていた)では、昨年に続き2連覇であったそうです。なお、写真には写っていませんが、応援団長は女子学生でした。 新しく総長(第17代)に就任された平野俊夫先生から大学の近況報告がなされ、熊谷信昭連合会会長の挨拶の後、多田羅浩三先生(阪大名誉教授)による基調講演(「わが母校の伝統と教え」)が行われました。 多田羅先生の講演は、大学の源流は、江戸時代に大坂の町人が町人の為につくった「懐徳堂」や緒方洪庵が設立した「適塾」にまでさかのぼり、その伝統や学燈が今に引き継がれているとのお話でした。 式典の後、付属図書館下の生協食堂で懇談会が開かれました(西川善文さんが乾杯の音頭)。 キャンパス内では「まちかね祭」最終日で賑わっていました。人ごみに押されながら両側に模擬店のテントが並ぶ通りを歩いていると、邦楽喫茶の案内ビラを手渡され、箏と尺八の演奏をやっているとのことでのぞいてみました。曲目の中には、三段の調べ・六段の調べ・春の海など馴染みの曲の他、新曲もあり、女子学生が尺八を演奏しているのには驚きました。若い人が伝統音楽に取り組んでいるのに心強く思った次第です。
|
Posted by
katakago
at 07:10
国際なら・文化交流FESTA(11/3) [2011年11月06日(Sun)]
11/3に、奈良県の大安寺で「奈良の源流に触れ、未来につなぐ国際交流フェスタ」と題して、講演会とコンサートおよび奈良県内の大学に通う留学生を中心とした「国際交流イベント」が開催され、これに出かけて来ました。 まず、大安寺の河野良文貫主から挨拶がありました。大安寺は平城遷都にともない大官大寺が移された「天下泰平、万民安楽」護国の寺で、入唐僧道慈の活躍により奈良時代の仏教界に指導的役割を果たしてきました。また、インド、中国、韓国、ベトナム等からの来朝者もここに滞在した進歩的なお寺であったようです。現在も本堂や境内でこのような一般にも開かれた行事が行われるのは、そのような伝統を今も引き継ぐお寺だからでしょうか。 講演は、上野誠先生(奈良大学教授)による「遣唐使群像」と題して行われました。『万葉集』に採録されている遣唐使(天平五年出発)の母の歌と、天平四年(732)に遣唐使に任命され翌年唐に渡り、苦難の末6年後に日本に帰り着いた平群広成の話(『続日本紀』聖武天皇条に記されている)をされました。 万葉歌は、題詞には、天平五年癸酉、遣唐使の船難波を発ちて海に入る時に、親母の子に贈る歌一首併せて短歌とあり、先ず長歌は、 【歌】 秋萩を 妻問ふ鹿こそ 独り子に 子持てりといへ 鹿子じもの 我が独り子の 草枕 旅にし行けば 竹玉を しじに貫き垂れ 斎瓮に 木綿取り垂でて 斎ひつつ 我が思ふ我が子 ま幸くありこそ (H-1790) 【口語訳】 秋萩を 妻問う鹿こそ 一人子に 子を持つというが その鹿の子のように 一人子の我が子が (草枕) 旅に出かけて行くので 竹玉をいっぱい緒に通して掛け 斎瓮に 木綿を取り付けて下げ 慎み続けて わたしが大切に思う我が子よ 無事でいておくれ 次にその反歌は、 【歌】 旅人の 宿りせむ野に 霜降らば 我が子羽ぐくめ 天の鶴群 (H-1791) 【口語訳】 旅人が 仮寝する野に 霜が降ったら 我が子を羽でかばってやっておくれ 天翔る蔓の群よ この歌は、遣唐使の一員の母とだけで作者は不明であるが、長歌では、一年に一頭しか子を産まない鹿を引き合いに出し、遣唐使として旅立たせる一人子の為に、神祭りに精魂を傾けることにより、旅の安全を願う親の気持ちが詠われ、反歌では、天の鶴群れに呼び掛けて我が子を護って欲しいと歌われています。 平群広成は、遣唐使(判官)として天平五年に唐に渡りましたが、翌年帰国に際しては、広成の乗船した船は崑崙国(ベトナム)に流され、広成ら4人のみが生き残り、その後かろうじて唐に戻ることが出来ました。唐に帰り着いて、阿倍仲麻呂の尽力により玄宗皇帝の許しと援助を得て、渤海国を経由して日本に帰国することが出来ました(天平十一年に帰国し聖武天皇に帰朝報告)。この帰朝報告の内容が、『続日本紀』聖武天皇天平十一年の条に記されています。 コンサートでは、万葉うたがたり会(主催岡本三千代)による「海を越えて」をテーマに歌と演奏が披露されました。
|
Posted by
katakago
at 19:56
京都御所と正倉院展(11/2) [2011年11月04日(Fri)]
この時期関西では、京都御所一般公開と正倉院展が開催されています。退職後こちらに戻ってからは、毎年正倉院展には出かけています。一昨年は、万葉歌にも関係のある「子日目利箒」が「子日手辛鋤」と共に展示され(関連記事は10/20)、昨年は、「螺鈿紫檀五絃琵琶」が出品され長い行列の末に、1200年以上も前のものとは思われない素晴らしさに感動しました。今年もその機会を探っていましたが、ちょうど読売旅行のバスツアーで、京都御所と正倉院展を見学する企画(11/2)がありそれに申し込んでいました。
午前中は、京都御所の見学です。今回初めて訪れました。宜秋門 → 御車寄 → 諸大夫の間 → 新御車寄 → 紫宸殿 → 清涼殿 → 小御所 → 御学問所 → 御池庭 → 御常御殿 → 御三間 →清涼門 のルートで廻りました。次の写真は、新御車寄に飾られた五節舞姫(ごせちのまいひめ)の人形です。説明パネルによると、五節舞は天武天皇が創設した舞とされ、天皇が吉野宮で琴を弾かれた時に、天女が舞い降りて袖を五回翻して舞ったことを起源とするとあります(3日や6日には舞の実演があるようです)。 各建物内の襖絵も見ることが出来ました。次の写真は、諸大夫の間(正式参殿の時の控えの間)の虎の絵(ここは公卿の間)です。 次の写真は紫宸殿で、即位礼など重要な儀式が執り行われる最も格式が高い正殿です。向かって右側に「左近の桜」(写真には写っていない)、左側に「右近の橘」が植えられており(写真左)、前面の白砂の庭は「南庭(だんてい)」と呼ばれ儀式の場所としても使われたようです。紫宸殿の奥には、天皇の御座である「高御座(たかみくら)」と皇后の御座「御帳台(みちょうだい)」が置かれている。 なお、橘は、万葉歌にも詠まれ(5/24の記事参照)、『日本書紀』垂仁天皇条にも、非時香菓(ときじくのかくのみ)として出てきます。 楽器を演奏している人形も飾られていました。パネルには、「管弦(かんげん)」について次のように説明がなされていました。管弦とは雅楽の一つで、楽器による奏楽で、「三管・両絃・三鼓」の楽器編成で演奏される。三管とは笙(しょう)・篳篥(ひちりき)・龍笛(りゅうてき)の三種の管楽器(吹き物)を、両絃とは琵琶・楽筝(こと)の二種の絃楽器(弾き物)を、三鼓とは鞨鼓(かっこ)・太鼓・鉦鼓(しょうこ)の三種の打楽器(打ち物)のこと。代表的な曲に「越天楽(越殿楽)」があります。 午後は奈良国立博物館で開催中の正倉院展を見学しました。 今年は「金銀鈿荘唐大刀」が人気の出品物の為か、このコーナーだけは近くで観るには長い行列で何十分も待たねばなりません。ここは時間の制約もあり図録で観ることにして、比較的見やすいコーナーを観て回りました。上野誠先生(奈良大学教授)によると、聖武天皇が出家後に使用されたと考えられている袈裟「七条織成樹皮色袈裟」が一番のお勧めとの事でした(宝物の献納目録である『国家珍宝帳』の筆頭に掲げられている品)。この他興味を魅かれたのは「紅布」で、蛍光分光分析の結果、赤色色素はベニバナであることが判明しているとの事でした。通常、ベニバナで染められた赤色は、茜とは異なり、光や空気中の酸素の作用により速やかに退色し、その彩りを失ってしまうそうですが、この「紅布」(南倉)は深い赤色をとどめており、正倉院での管理状態が良かったものと考えられています(図録より)。 その他、今回は「黄熟香」(「蘭奢待」(らんじゃたい)ともいわれる」も出品されていました。図録には、足利義政や織田信長が一部切り取った有名な香木で、ジンチョウゲ科ジンコウジュ属植物の樹幹に、樹脂が沈着して出来た沈香の一種とありました。
|
Posted by
katakago
at 09:04
秋の待兼山を訪ねて(10/16) [2011年10月17日(Mon)]
大阪大学21世紀懐徳堂主催の、秋の里山散策(第6回植物探検隊@秋の待兼山を訪ねて)に出かけて来ました。阪大豊中キャンパスの待兼山(豊中市、池田市、箕面市に広がる)は、普段は一般に開放されておらず、里山の自然がそのままの状態で残されているとのことです。講師の栗原佐智子さん(『キャンパスに咲く花』の編著者)の案内で、あらかじめ講師が下見をしておいた見どころを中心に説明を聴きながら、約一時間半にわたって散策しました。筆者が万葉植物園で栽培管理している植物では、クヌギ、エゴノキ、ツガ、アラカシ、イヌビワ、エノキ、マユミ、テイカカズラ、アカマツ、モチツツジ、コウヤボウキ、ヤマハギ、クズ、ススキ、ヨメナ、ヤブラン等を見ることが出来ました。植物園では実際の植生とは関係なく植えているものもあるので(自生のものもありますが)、本当はこのような里山で実際に自生している様子を見ながら万葉歌を鑑賞するのが良いかと思いました。
草を押し分け、待兼山の中へ入って行きます。 ゲンノショウコの花が咲いていました。 ここは待兼山の三角点(77.3m)です。 アオギリの実が生っていました。『万葉集』では巻五の大伴旅人の歌(D-810、811)の題詞に、「梧桐(ごとう)の日本琴(やまとごと)一面」として出てきます。アオギリは未だ植物園には植えていません。種を少し貰って来ましたので、発芽するか試みて見ようと思っています。
|
Posted by
katakago
at 06:00
唐招提寺観月讃仏会(9/12) [2011年09月13日(Tue)]
昨日(9/12)は中秋の名月。11日の明日香に続き奈良西の京の唐招提寺に出かけました。この日に観月讃仏会(さんぶつえ)が行われます。御影堂の鑑真和上の像に献茶がなされ、外に設けられた祭壇にも茶が供えられます(これは月にたいするものでしょうか)。金堂内はライトアップされ、昼間見るのとは違った荘厳な雰囲気が醸し出されます。夜間のこのような行事に参加するのは初めてで、人の群れに押されながらではありましたが、夢中でシャッターを押していました。但し、三脚がないのでまともな写真は撮れていませんでしたが。月明かりに照らされる金堂をイメージして出かけましたが、この日は残念ながら月は観れませんでした。 金堂前に集まった人々でごった返してます。三脚を用意したカメラマンも多く見かけました。 金堂内部の写真で、左から千手観音立像、盧舎那仏座像です(金堂の柱にデジカメを押しつけてブレを抑えたつもりですが)。ここには写っていませんが、右には薬師如来立像があります(いずれも国宝)。 御影堂内(東山魁夷の障壁画がある)の撮影は禁止されていましたが、次の写真は庭に設けられた祭壇に献茶される様子です。 唐招提寺と鑑真については、井上靖の小説『天平の甍』が有名ですが、遣唐留学僧栄叡(ようえい)と普照(ふしょう)が聖武天皇の願いとして伝戒のため来日を要請し、何度もの渡航を試みた後6度目に、遣唐副使大伴古麻呂の船で薩摩国に到着できた(天平勝宝5年、753)。翌天平勝宝6年には、東大寺大仏殿前で聖武上皇、孝謙天皇、光明皇太后ら(440余人)に戒を授け、天平宝字3年(759)に唐招提寺を開創。天平宝字7年(763)に76歳で入寂。
今回の観月讃仏会に参加しようと思ったきっかけは、2年ほど前に手に入れた岩波昭彦の日本画「唐招提寺金堂」(次の写真)で、是非ともこのような場面に出会いたいと思っていました。
|
Posted by
katakago
at 08:40
明日香路の観月会(9/11) [2011年09月12日(Mon)]
昨日(9/11)は、「万葉の明日香路に月を観る会」に参加しました(明日香へ出かけるのは今年になってから4度目)。今年は44回目だそうですが、今回初めて参加しました。石舞台古墳の前に設けられたステージで、後方から登る月を背に、「八雲琴」の演奏と考古学者の講演を愉しみました。八雲琴は二絃からなり、演奏は「飛鳥の響き保存会」と聖徳中学校の生徒さんによるもので、次の万葉歌をもとに作曲された「飛鳥川」も演奏されました。 【歌】 明日香川 瀬々の玉藻の うちなびく 心は妹に 寄りにけるかも (L-3267) 【口語訳】 明日香川の 瀬々の玉藻のように ひたむきに 心はあなたに なびき寄ってしまった 次の写真は、まだ暗くなる前の石舞台前の様子です。 この日は、石舞台古墳内での行事に先立ち、午後2時から「飛鳥の遺跡巡り」も実施されました。明日香村教育委員会の相原さんの案内で、梅山古墳(欽明天皇陵)→カナヅカ古墳→鬼の俎・雪隠古墳→野口王墓古墳(天武・持統天皇陵)→亀石→川原寺→伝飛鳥板蓋宮→石舞台古墳のルートを巡りました。これまで何度も歩いている場所ですが、専門家の案内で回るのは初めてであり、飛鳥時代の古墳の移り変わり(6世紀後半の横穴式石室と推定される梅山古墳から7世紀後半の横口式石槨の野口王墓古墳まで)を現地で説明していただきました。 梅山古墳の前で説明を聞きました(欽明天皇陵については見瀬丸山古墳とする説もある)。 伝飛鳥板蓋宮跡の再現された大井戸の前での説明の様子(本当の遺構はこれより1m下にあるそうです)。 コース最終地点の飛鳥歴史公園石舞台地区に到着し、芝生広場で夕食をいただきました。日中は炎天下を歩くことになりましたが、この頃になると大分過ごし良くなりました。
|
Posted by
katakago
at 09:31
乞巧奠(きっこうてん) [2011年08月11日(Thu)]
今日は、冷泉家に古くから伝わる、陰暦七月七日の星祭(乞巧奠)の行事を見る機会を得ました。今回は、京都府民ホールでの公開で、知人から入場券を頂き参加できました。牽牛・織女の二星に、種々のお供えをし、蹴鞠、雅楽、和歌などを手向けて、技が巧みになるようにと祈る七夕の儀式(公演パンフレットより)だそうです。写真は、舞台に設えられた「星の座」と称される祭壇で、開演前に撮影したものです。中央には四脚の机の周囲に九本の灯台をめぐらし、後ろに二本のササを立て、ササの間には梶の葉と糸をつるした緒が張られています。机上には、二星に貸すため(二星のデートのバックグラウンドミュージックのために)、琴・琵琶等の楽器が置かれ、二組の食物(海の幸、山の幸)が供えられます。このお供えの種類や配列を覚えるために、冷泉家では、次のような和歌が伝えられているそうです。 瓜なすび 桃梨空の 杯に ささげ蘭花豆 蒸し鮑鯛 舞台右には、五色の布・糸や、水を張り梶の葉を一葉浮かべた角盥が置かれ(この水に二星を映して見るそうです)、秋の七草も手向けられます(二枚目の写真)。 舞台では、蹴鞠、雅楽の演奏に続き、「披講」、「流れの座」へと進行してゆきます。「披講」は、あらかじめ出題された兼題(今回は七夕灯)について、読師(どくじ)の指揮のもと、講師(こうじ)が歌をよみ上げ、発声の先導により、講頌(こうしょう)が独特の節回しで朗詠します(今回は7首が詠まれました)。 「流れの座」では、男女の組(今回は5組)が参加した歌会が行われます。歌の題は組題(くみだい)で、「七夕」が頭につく各人別々の題を、その場で各々が取りに行きます。重硯や紙が回され準備が整うと、男女の間に、天の川に見立てた白布が敷かれ、牽牛と織女に擬された男女は、自作の歌を筆で紙に書き、それを扇に載せて互いに贈答しあいます。今回は時間の制約から1回でしたが、実際は、翌朝鶏の声を聞くまで歌会が行われるようです。 冷泉家住宅(京都御苑の北)は現存する最古の公家住宅で、昭和57年に重要文化財に指定されています。写真は表門付近です。冷泉家は、その遠祖に平安時代末期の歌人藤原俊成とその子定家がおり、後の和歌に大きな影響を与えてきた家柄です。
|
Posted by
katakago
at 19:49
越中万葉の世界 [2011年07月30日(Sat)]
今月26日から、高岡市万葉歴史館の「万葉故地交流展」が、大阪の音楽サロンTSUBAICHIで開催されています。今日の午後は、「万葉うたがたりミニコンサートと記念講演会」が開催され参加してきました。はじめにサロン代表の岡本三千代さんから挨拶があり(2枚目の写真)、 続いて、岡本さんが作曲した越中ゆかりの万葉歌が、うたがたり会のメンバーにより歌われました(3枚目の写真)。 4月から万葉歴史館の館長になられた坂本信幸先生が、「越中万葉の魅力」と題して講演されました。特に、大伴家持が越中赴任中に詠んだ歌の、「春の園 紅にほふ 桃の花 下照る道に 出で立つ娘子 (R-4139)」の解釈で、これまで二句切れ(春の園が紅に輝いている)とみるか、三句切れ(春の園の紅色に咲いている桃の花)とみるかで説が分かれているなかで、二句切れとみる観点から、詳細な解説がなされました。三句切れ説の拠り所の一つとして挙げられている漢語の「紅桃」については、漢籍では、緑と紅の対で使用されているが、この歌ではそのような対句での表現ではなく、「紅にほふ」は連体格として「紅桃」と三句切れになるのではなく、二句切れで解するのが良いとの考えであったように思います(十分理解できたか?)。 今回は、越中万葉を紹介するパネルと、万葉歴史館収蔵の故犬養孝名誉館長の書も2点(「立山の賦」と「かたかごの花」)が展示されていました。次の写真は、高岡市伏木の勝興寺北西隅にある「かたかご」万葉歌碑のもとになった書です。読み下し文は、「もののふの 八十娘子らが 汲みまがふ 寺井の上の 堅香子の花」です。かたかご(カタクリ)は、高岡市の花となっています。
|
Posted by
katakago
at 19:54
|