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朝日カルチャー公開講座ー季(とき)の花色・日本の色 [2017年06月21日(Wed)]
 今日の午後、朝日カルチャーセンター(中之島教室)で、染色史家の吉岡幸雄氏による「季(とき)の花色・日本の色」と題する公開講座があり参加しました。講師の吉岡氏は「植物染め」が専門で、日本古来の染色技法の探求と伝統色の再現に取り組まれています。今回のテーマは「夏」で、5月から6月にかけて見られる植物の花の色について話されました(フジ・キリ・センダン・カキツバタ・青田・麦秋・青モミジなど)。
 冷泉家に古くから伝わる七夕の行事「乞巧奠」(旧暦七月七日、新暦八月五日前後)についても触れられました。「星の座」の祭壇の背景には、2本のササが立てられ、その間には緒が張られて五色の糸と梶の葉がつるされ、左手の衣桁には五色の布が掛けられる。その布の色は五行思想に基づく青・赤・黄・白・黒で、吉岡氏が再現されたそうです。
 色の異なる複数の薄衣を重ねて着る(季節によって組み合わせを変える)、平安時代の襲(かさね)についても実例(講演会場に展示)で示され大変興味深いお話でした。

 万葉歌に詠まれている植物にも、染色に用いられているものがあります。ムラサキ・アカネ・ベニバナ・ヤマアイ・カキツバタなどは、植物園で栽培しており、昨年は、紅花染めの体験会も実施しました。講演終了後、紅花染めの伝統的手法について直接話を聞く機会がありました。わたしは、赤色色素カルタミンを溶出するのに炭酸カリウムを用いたのですが、古来からの方法では藁の灰の灰汁(あく)が用いられ、炭酸カリウムを用いる場合とでは色合いが異なるようです。

 講演会場の展示より
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 紅花染め関連記事
http://blog.canpan.info/inagawamanyo/archive/946
http://blog.canpan.info/inagawamanyo/archive/947
http://blog.canpan.info/inagawamanyo/archive/1134

 冷泉家の乞巧奠関連記事
http://blog.canpan.info/inagawamanyo/archive/134

Posted by katakago at 21:46
井手至先生の最終講座 [2016年09月29日(Thu)]
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 一昨日(9/27)は、NHKカルチャーセンターでの井手至先生の最後の講座(「萬葉集歌鑑賞」)となりました。ご高齢で(来年は米寿を迎えられる)、ご自宅から梅田の教室まで通ってこられるのがご無理な状況となり、この9月いっぱいでやめられることになりました。先生の講座では『萬葉集』巻一から一首ずつ順に解説されており、私は途中の巻四から受講してきました。2005/4/12にこの講座に参加して以来11年半になりますが、巻十一の寄物陳思の途中で終わることになりました。先生も不本意であられたと思いますが、毎月2回顔を合わせてきた来た我々受講生も大変残念で寂しくなります。これからもお元気で過ごされることを願っています。

 この日は、京都大学の学生時代に澤瀉久孝先生から万葉集を学ばれたことや、萬葉学会の草創期のお話を聞かせていただきました。

 最後の講座の様子
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 教室でのお話しを早めに切り上げてもらって、場所を喫茶店に移してお茶とケーキを頂きながら先生のお話の続きを聞きました。
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Posted by katakago at 15:24
空引機(そらびきばた)を見学 [2016年08月21日(Sun)]
 一昨日、京都西陣織会館に展示されている空引機(そらびきばた)を見に出かけてきました。説明版によると、空引機は能装束など模様のある美しい織物を織り上げるために使われていた機で、機の天井に紋引きをする人が上がり、柄に合わせて経糸を引き上げ、それに調子を合わせて下の織手が踏木を踏んで緯糸を通し、2人で共同して紋様を織り上げる手織機です。
 横から見た写真
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 機の天井部を上から見た写真
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 実物を見てみようと思ったのは、井手至先生の「万葉集歌鑑賞」の講座(NHKカルチャー)で、次の万葉歌の解説に関連して、この空引機について説明していただいたからです。
原文と井手先生の読み下し分は、
【歌】 東細布 従空延越 遠見社 目言疎良米 絶跡間也 (J-2647)
【読み下し分】 東細布(あづまたへ) 空ゆ引き越し 遠みこそ 目言離るらめ 絶ゆと隔てや
 初句の「東細布」の訓みについては、これまで仙覚の「よこぐもの」(他に略解、古義なども)や、「てつくりの」(窪田評釈、釈注、稲岡全注など)に対し、井手先生は、東+産物(木綿、鰒、席、筵等)の例や、地名(国名など)+産物の例を挙げ、「東細布」を東国産の細布(たへ)として、「あづまたへ」と訓むのが適切な訓み方であるとされました。
 次に、第二句「空ゆ引きこし」の考察の過程で、高機(たかはた)の一種で「空引機」では、機の高所(上部)に経糸を引っ張り上げることを「空引く」(空に引き上げる意)と言い慣わしていることから、この空引機での布織り作業に注目されたようですが、実際の織布作業では、空から細布が引かれるのではなく経糸が引き上げられるので、この作業と関係づけて第二句を解釈するのは断念された。織り上げた東細布を日に曝すため空中に長々と引き渡したさまと解されています。
 この関係の井手先生の論文は、「東細布空ゆ引き越し」考『萬葉』第175号(2000/11)。 



Posted by katakago at 16:02
梅花万葉集友の会学外講座(5/28) [2016年05月29日(Sun)]
 今回の学外講座は、奈良県立万葉文化館の見学・講師の市瀬先生による講義と明日香村散策。
 万葉文化館は飛鳥時代の総合工房(金銀・ガラス・鉄・銅・漆など)ー飛鳥池工房遺跡の中にあり、渡り廊下の下に炉跡などの遺構が復元展示されています(1枚目の写真はその説明の様子)。館内には、この遺構から出土した木簡(複製)や富本銭(最古の貨幣)などが展示されています。
 人形とジオラマや映像で万葉の世界を体感できる展示室や、『万葉集』や古代に関する古典籍からデータベースを備えた図書情報室があり、万葉の歌を題材にした日本画展示室(ここは有料)もあります。 

 万葉文化館を見学(案内は大谷 歩主任技師)
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 飛鳥池工房遺跡から出土した木簡(天皇の文字、天武天皇を指すとみられている)
他には大伯皇子と書かれた木簡も出土
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 館内展示パネルより 万葉びとの筆跡(写真は家持、虫麻呂)
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 鼉太鼓(だだいこ) 雅楽の器楽合奏に舞を取り入れた「舞楽」に用いられる大型の太鼓
展示品は昭和51年複製のもので、春日若宮おん祭りで御旅所(おたびしょ)で使用される(現在春日大社が式年造替のため万葉文化館で保管展示されている)
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 明日香村飛鳥222道路沿いの万葉歌碑の前で市瀬先生の解説
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 歌碑の拡大(揮毫は犬養先生)
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【歌】 今日可聞 明日香河乃 夕不離 川津鳴瀬之 清有良武 (B-356 上古麻呂)
【読み下し文】 今日もかも 明日香の川の 夕去らず かはづ鳴く瀬の さやけくあるらむ
【口語訳】 今日もまた 明日香の川では 宵ごとに 蛙(かわず)の鳴く瀬が すがすがしいことだろう


Posted by katakago at 20:43
朝日カルチャー講座ー加島屋の経営戦略について [2016年01月23日(Sat)]
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 今週初め(1/18)、朝日カルチャーセンター中之島教室で、「豪商・加島屋久右衛門を通してみる大坂米市場」と題する講座があり受講しました。講師は加島屋に関する資料(大同生命文書と昨年新たに奈良県の岡橋家旧宅の蔵から見つかった資料)を研究されている高槻泰郎氏(神戸大学経済経営研究所准教授)。今回、特に大名貸に関する加島屋の経営戦略について興味深い話を聴くことが出来ました。
 昨年末に自費出版した本『木田家のルーツを尋ねるー石碑の銘文に導かれてー』では、両替商としての鉄屋(鉄屋庄左衛門)に関する資料を収集し掲載しています。その中には姫路藩に対する大名貸の文書(文化六年 1809)もあり、このケースでは、平野屋五兵衛、鴻池善五郎、小西新右衛門、笹屋勘左衛門と共に5名の連名で行われています(高額貸し付けではリスク分散を図る)。なお、小西新右衛門は伊丹の酒造家で、インターネット上で「小西新右衛門文書目録」が公開されています。
 自費出版本に関しては、
http://blog.canpan.info/inagawamanyo/archive/1060
 
 講座終了後は、近くの大同生命大阪本社内の特別展「加島屋と広岡浅子」を担当者の案内で見学しました。こちらは、昨年10月にも訪れていますが、講座での解説直後の見学であり展示内容の理解がより深まりました。
 写真は見学風景
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昨年の関連記事は、
http://blog.canpan.info/inagawamanyo/archive/1046
Posted by katakago at 15:21
サロン・DE・雅楽(その四) [2015年12月20日(Sun)]
 昨日、TSUBAICHI(つばいち)主催の講座「サロン・DE・雅楽」の4回目が、豊中市伝統芸能館で開催され参加しました。今回のテーマは「舞楽に親しむ」です。廣瀬信夫氏による楽器や舞楽についての解説を交え、第一部では、これまでの篳篥・鳳笙・龍笛に加え鞨鼓(かっこ)により「越天楽」と「青海波」が演奏され、第二部では、これらの楽器の伴奏で舞楽が舞われました。舞楽は管楽器と打楽器の伴奏で舞われますが、左舞(伴奏は唐楽)と右舞(伴奏は高麗楽)があり、それぞれ演奏時の楽器の編成が異なるとのことです。今回舞われたのは、左舞の「萬歳楽」です。
 この講座では、観る・聴くだけではなく体験するプログラムも用意され、二部の最後には、舞楽の一部を舞う練習も参加者全員で行いました。
 
 四つの楽器(左から龍笛、篳篥・鳳笙・鞨鼓)による「青海波」の演奏
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 第一部終了後の休憩時間には楽器をまじかに演奏者から説明を聞けました。
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 萬歳楽(まんざいらく)の舞
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 後半には、萬歳楽の最初の部分−左方出手(さほうでるて)−を参加者全員で練習しました。
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 この講座のこれまでの関連記事は、
http://blog.canpan.info/inagawamanyo/archive/848
http://blog.canpan.info/inagawamanyo/archive/941
http://blog.canpan.info/inagawamanyo/archive/991


Posted by katakago at 15:41
サロン・DE・雅楽(その三) [2015年05月12日(Tue)]
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 一昨日(5/10)、音楽サロンTSUBAICHI(岡本三千代さん主宰)で、雅楽のレクチャー&コンサート(3回目)があり出かけてきました。写真は「越天楽」の演奏(左から龍笛・篳篥・鳳笙)。

 今回は、演奏(第一部)と第二部では楽譜の読み方について解説があり、「越殿楽」の楽譜(篳篥・龍笛・鳳笙)を用いて唱歌(しょうが)の指導もありました(楽譜は写真三枚目)。楽譜の文字(篳篥と龍笛はカタカナ、凰笙は漢字で表記)を拍子を取りながら声に出して歌います(息継ぎの個所も決められている)。これは楽器をもつ前に行われる一番大事な練習法だそうです(尺八の練習でも唱譜を行います)。
 廣瀬信夫氏による楽譜の読み方の説明
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 配布された「越殿楽」の楽譜(説明を追記)
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これまでの関連記事は、
http://blog.canpan.info/inagawamanyo/archive/848
http://blog.canpan.info/inagawamanyo/archive/941

Posted by katakago at 05:49
万葉歌の表記と韓国の玩具 柶戯(ユンノリ) [2015年01月28日(Wed)]
 
 今年初めの井手至先生の万葉講座(1/13)で、次の歌の訓について朝鮮の玩具”柶戯(しぎ)”の実物を持参して解説されました。この関連の歌はこれまでも出てきていましたが、この度私もその実物を入手出来ましたので、その写真とともにあらためてここに取り上げておきます。
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 柶戯は、裏表のある四本の柶を同時に投げて、その下向き、上向きの数によって盤の上に駒を進めて遊ぶ玩具。 

【歌】 左小壮鹿之 妻問時尓 月乎吉三 切木四之泣所聞 今時来等霜 (I-2131)
【読み下し文】 さ雄鹿の 妻問ふ時に 月を良み が音聞こゆ 今し来らしも
【口語訳】 雄鹿が 妻問いする時に 月が良いので 空を飛ぶ雁の声が聞こえる 今来たらしいな
 四句目の「切木四之泣所聞」の切木四の訓について、上記の柶戯に関連して解説されました。この玩具は当時日本でも用いられていたようで、樗蒲(ちょぼ)ともいわれ、平安時代の辞書『和名類聚抄』には和名を加利宇知とあり、日本ではカリウチと称されていたようです。そこで、切木四をカリと訓み、他にも「切木四哭之(かりがねの)」の例があります(E-948)。

 柶戯の4本の目に拠って次のような表記(戯書)があります(諸伏をマニマニ、一伏三起(向)をコロ、三伏一向をツク)。
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以下その例を挙げておきます。
【歌】 吾恋者 千引乃石乎 七許 頸二将繋母 神之諸伏 (C-743)
【読み下し文】 我が恋は 千引きの石を 七ばかり 首に掛けむも 神のまにまに
【口語訳】 わたしの恋の重荷は 千人引きの大石を 七つばかり 首に掛けるほどに苦しいのも
 神の思召しとあらば

【歌】 春霞 田菜引今日之 暮三伏一向夜 不穢照良武 高松之野尓 (I-1874)
【読み下し文】 春霞 たなびく今日の 夕月(づく)夜 清く照るらむ 高松の野に
【口語訳】 春霞の かかっていた今日の 夕月は 明るく照っていることだろう 高松の野でも

【歌】 梓弓 末中一伏三起 不通有之 君者会奴 嗟羽将息 (K-2988)
【読み下し文】 梓弓 末の中ごろ 淀めりし 君には逢ひぬ 嘆きは止まむ
【口語訳】 (梓弓) 末の中頃 通っていらっしゃらなかった あなたにお逢いできました 
もうため息も出ないでしょう

次は長歌の一部を
【歌】 菅根之 根毛一伏三向凝呂尓 吾念有 妹尓縁而者 ・・・・(L-3284)
【読み下し文】 菅の根の ねもころごろに 我が思へる 妹によりては ・・・・
【口語訳】 (菅の根の) 心を込めて わたしが思う 妹とのことなら ・・・・
 
 




Posted by katakago at 16:45
雅楽のアンサンブル(鳳笙・龍笛・篳篥) [2014年12月25日(Thu)]
 先日(12/21)、音楽サロンTSUBAICHI(岡本三千代さん主宰)で、雅楽のレクチャー&コンサートがあり参加しました(6/15に続き2回目)。
 前回の記事(楽器の説明と演奏)は、次のURLに掲載しています。
http://blog.canpan.info/inagawamanyo/archive/848

 今回は、三人の奏者(鳳笙・龍笛・篳篥)から楽器の特徴・奏法などの説明を聴きながら、「越天楽」、「陵王乱序」、「迦陵頻 破、迦陵頻 急」等の演奏を間近で聞かせていただきました。次回は5月10日の予定とのことで楽しみです。 

 狩衣の装束で「越天楽」の演奏
左から龍笛(前田洋子さん)、篳篥(廣瀬信夫氏)、鳳笙(出口実紀さん)
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 演奏の合間に楽器の説明(廣瀬信夫氏)
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 鳳笙は金属製のリードに呼気による結露を防ぐため、演奏前に頭(かしら)の部分を温める
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Posted by katakago at 07:24
「雅楽の管楽器 ー 解説と演奏」を聴講 [2014年06月16日(Mon)]
 昨日(6/15)、音楽サロンTSUBAICHI(大阪市北区)で、「観る、聴く、学ぶ、サロン・DE・雅楽」と題して、一回目の講座(雅楽で用いられる管楽器の解説と演奏)が開催され参加しました。
 私は邦楽器の尺八の練習をしており、また、最近はいくつかの神社の神事で雅楽の演奏を聴く機会があり、今回の企画は大変興味がありました。講師は廣瀬 信夫氏で、笛(神楽笛・龍笛・高麗笛)、篳篥(ひちりき)、鳳笙(ほうしょう)の各楽器の紹介とそれぞれの演奏を聴かしていただきました。
 雅楽は他の楽器と合奏されますが、今回は各楽器単独の演奏をまじかで聴ける貴重な体験が出来ました。一人で異なる楽器(奏法も違う)を演奏され、それも驚きでした。解説では、雅楽は@国風歌舞、A唐楽・高麗楽、B歌いもの の3つに分類され、@は日本古来の音楽(宮中祭祀や神道の儀式)、Aは大陸伝来様式の音楽、Bは平安時代の公家の遊びから始まった歌謡で、楽器の種類や編成も異なるそうです。

 
 楽器の構造についても説明がありました。
篳篥は竹製の縦笛で、葦で(乾燥した葦の管の一方に熱を加えてつぶして)作られたリードを竹の管の先に差し込んで吹奏されます。演奏に先立って、この葦で作られたリードを温湯で温めて開く準備が必要でした。
 鳳笙は頭(かしら)の上に17本の長短の竹管を環状に立てたもので、うち15本の竹管の根接ぎに金属製のリードが蜜蝋で取り付けられている。吹き口から息を吸っても吹いても音が出て、息継ぎが不要の不思議な楽器です。ただし、呼気によって内部が結露しやすく、リードに水滴が付いて音高が狂うので、演奏前や間に火鉢やコンロで頭の部分を温める必要がある楽器です(温めることにより息の凝集を防ぐ)。

今回演奏に用いられた楽器の写真を掲載しておきます。
 笛(上から順に高麗笛、龍笛、神楽笛)
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 上から鳳笙(ほうしょう)と篳篥(ひちりき)
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Posted by katakago at 16:38
レクチャー&コンサート(尺八演奏を楽しむ) [2013年10月07日(Mon)]
 昨年、NHKカルチャーで筝曲の歴史と演奏を聴く講座があり参加しました。演奏の合間に、尺八と合奏する代表的な曲の作曲者の解説もなされ、大変興味深い講座でした(若い人の参加も見られました)。尺八に関してもこのような講座があればと思っていたところ、朝日カルチャー中之島教室で、星田一山先生が「尺八演奏を楽しむレクチャー&コンサート」をされる記事(下記の写真)が目につき受講しました(10/5)。
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 講座では、尺八の歴史と魅力についてのレクチャーの合間に、童謡や宮崎駿のアニメの主題歌などや、箏と合奏される「春の海」、尺八本曲「朝風」の演奏も聴かせていただきました。尺八のファンが増えることを願っています。
  
 尺八の歴史について
 尺八は初唐の呂才が創始したと伝えられ(『唐書』呂才伝)、我が国へは雅楽の楽器として奈良時代に伝来した。正倉院には八管(真竹の他に象牙・石・玉で作られたもの)が現存しています(平成18年、20年の正倉院展に出品)。唐時代の小尺(一尺=24.6cm)で、現在の尺八(一尺八寸管)よりも短く、また、指孔は6孔で三つの節を持つ(現在のものは、5孔で節は七つ)。
 雅楽の楽器としての尺八は平安時代半ば以降次第に衰退し、中世に入ると、指孔が5孔で竹の節が一節の一節切(ひとよぎり)が現れる(当日は珍しい実物を見せていただきました)も、18世紀には次第に衰退し、江戸時代には普化宗(ふけしゅう)と呼ばれる禅宗の一派が形成されると、法器として尺八が用いられるようになった(虚無僧以外の一般人の演奏は禁じられた)。明治になり普化宗が廃されると、尺八も法器から楽器になり、琴古流・都山流などの近代尺八へと至っています。
 ちなみに都山流の創始者は中尾都山(本名は琳三、明治9年大阪府枚方町に生まれる)で、大阪市天満で教授を開始した明治29年2月15日が創立記念日となっています。  

 尺八を吹く音声菩薩(東大寺大仏殿前の金銅八角燈籠)
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 昨年、なら燈花会に出かけた折(2012.8.14)に撮影したもので、この八角燈籠の他の三面には笙(しょう)・銅跋子(どうばっし)・横笛を奏でる音声菩薩像が浮き彫りにされています(天平仏教美術の名品で国宝になっている)。

 
なお、昨年受講した講座「箏のルネッサンス」の記事は下記のURL
       ↓
http://blog.canpan.info/inagawamanyo/archive/453
Posted by katakago at 11:45
公開講座「邪馬台国は出雲勢力の立てたクニ」 [2013年07月27日(Sat)]
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(写真は、岩波新書のカバーと朝日カルチャーの広告記事より)
 『出雲と大和 ー 古代国家の原像をたずねて』(岩波新書)の著者である村井康彦氏(国際日本文化センター名誉教授)の公開講座があり参加しました(7/26、朝日カルチャー芦屋教室)。演題は「邪馬台国は出雲勢力の立てたクニである」で、従来の古代史研究とは異なる観点から話されました。

 これまで、「万葉」から始まって古代史に興味が広がり、『古事記』・『日本書紀』や「魏志倭人伝」の講座も聴講し、纒向遺跡や吉野ヶ里遺跡も訪れて来ました。その中でいくつかの関心事がありました。
@邪馬台国はどこにあったか(畿内説、九州説)
A邪馬台国と大和朝廷との関係(連続説、非連続説)
B『記・紀』に邪馬台国や卑弥呼がなぜ登場しないのか

 今回の講演は、これらの点に答える内容で大変興味深く聴かせていただきました。
 邪馬台国についての根本史料である「魏志倭人伝」をあらためて読み解き、これまで見落とされていた個所に注目されました。
 次にその要点を載せておきます。

 邪馬台国の場所について、村井氏の見解は畿内説(最近注目されている纒向遺跡ではなく唐古・鍵遺跡を想定)で、「不弥国から水行20日(出雲)、水行10日(丹後)・陸行1ケ月で邪馬台国に至る」とある水行は、日本海ルートを想定されています。

 「魏志倭人伝」に記される邪馬台国の「四つの官」について新たな考えを出されています。伊支馬(イコマ)・弥馬升(ミマス)・弥馬獲支(ミマキ)・奴佳鞮(ナカト)は、それぞれの官が管領していた領域と推測され(順に生駒山ほか奈良西北部、奈良西南部の葛城一帯、三輪山の麓、奈良盆地中央部)、中央部を囲む三区域には、北に物部氏、西南に鴨氏、東に大神氏の豪族がおりこれらはいずれも出雲系の氏族であることから、邪馬台国は出雲系氏族連合によって擁立された王朝であると考えられています。

 邪馬台国と大和朝廷の関係については、非連続説を採られています。その理由は、『記・紀』に邪馬台国や卑弥呼の名は一度も登場しないことに拠る(卑弥呼が大和朝廷の祖先であれば皇統譜に載せられるはず)。ただし、「倭の女王」として神功皇后紀に「魏志倭人伝」の卑弥呼にかかわる記述が引用されている個所がある(『日本書紀』の編纂者は「魏志倭人伝」により邪馬台国とその女王卑弥呼の存在を知った上で、あえてその名を出していない)。

 『記・紀』には、神武天皇東征説話が載せられていますが、その大和侵攻の状況が、邪馬台国の「四つの官」体制に対応している(大和朝廷に逆らった賊がいた場所はこの「四官」の位置と一致する)ことから、この神武東征説話は十分に検討に値するとの考えでした。

 

Posted by katakago at 05:16
古市古墳群を訪ねる [2013年05月29日(Wed)]
 朝日カルチャー(中之島教室)の現地講座「古市古墳群の巨大王墓を訪ねる」に参加しました。この場所は今年の二月にウォーキングが目的のイベントで訪れていますが、今回はNPO法人フィールドミュージアムトーク史遊会の方が講師で案内していただきました。
 約3時間の行程は、近鉄土師の里駅(10:00出発)→ 市野山古墳(允恭天皇陵)→ 長持山古墳出土石棺 → 鍋塚古墳 → 仲津山古墳(仲姫皇后陵)→ 三塚古墳 → 古室山古墳 → 大鳥塚古墳 → 誉田御廟山古墳(応神天皇陵)→ 誉田丸山古墳・アリ山古墳 → 誉田八幡宮 → 近鉄古市駅(13:00)
 
 天皇陵など宮内庁により陵墓として管理されている古墳内には立ち入れないため、その周りを歩いて大きさを実感することになりますが、正面の拝所はどこも同じ造りになっています(写真は応神天皇陵)。
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 陵墓に指定されていない古墳は墳丘上に上ることができます。そのうちの一つ古室山古墳(国史跡)は、墳丘長150mの前方後円墳で、出土した円筒埴輪の特徴から応神天皇陵よりも先行して築造された考えられており、古市古墳群では初期の古墳とされています(4世紀後半)。
 古室山古墳(史跡)の標識と説明板
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 古室山古墳の上で解説を聴きました
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 なお、古市古墳群は百舌鳥古墳群とともに世界文化遺産登録に向け、有識者会議がもうけられ積極的な取り組みがなされています。


 今年二月の古市古墳めぐりの記事は
          ↓
   URL http://blog.canpan.info/inagawamanyo/archive/539
Posted by katakago at 18:00
中之島フェスティバルタワー移転特別講座 [2013年01月09日(Wed)]
 2005年の春から、朝日カルチャー中之島教室で坂本信幸先生の万葉集の講座を受講していますが、中之島フェスティバルタワーの完成により、今年からその18階の教室に移転しました。6日にはその「おひろめの会」と無料の特別講演会があり参加しました。講座整理券の配布前から長蛇の列で入手できるか危ぶまれましたが、幸い希望した坂本先生と和田先生の講座を受講できました。

写真はカルチャーセンターが移転した中之島フェスティバルタワー
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 坂本信幸先生(高岡市万葉歴史館館長)の演題は、「新年の万葉歌と越中万葉かるた」で、講演の終わりには越中で詠まれた歌のかるた取りも行われました。以下は講演の中からの抜粋です。
 『万葉集』の最後に載せられているのは、大伴家持の次の歌です。
【歌】 新(あらた)しき 年の初めの 初春の 今日降る雪の いやしけ吉事 (S-4516)
【口語訳】 新しい年の初めに立春が重なった。今日降る雪のようにますます重なれ良い事よ。
 題詞には、三年(天平宝字三年、759)正月一日に、因幡国の庁にして、饗(あへ)を国郡の司等に賜ふ宴の歌一首、とあります。
 当時『儀制令』「元日国司条」に、「凡そ元日には、国司皆僚属郡司等を率ゐて、庁に向ひて朝拝せよ。訖(をは)りなば長官賀を受けよ。宴設くることは聴(ゆる)せ」とあり、元日には地方官庁でも国守が国郡司と共に朝賀の式を行い、宴が催されました。家持はこの年、因幡国守として元日を迎えその宴の場で詠まれた歌です。
 ところで、天平宝字三年正月一日は太陽暦の二月六日で24節気の立春にあたり、この日は元日に立春が重なる歳旦立春(19年に一回めぐる)で、さらに雪は豊年の瑞兆でこれらが重なった目出度さが歌に詠まれています(大濱真幸氏の論文も紹介されました)。
 中国の『文選』「雪賦」(謝惠連)に、盈尺則呈瑞於豊年(尺に盈(み)つれば則(すなわ)ち瑞を豊年に呈し)とあり、『詩経』「信南山」に、豊年之冬必有積雪とあり、これらが日本に伝わり、大雪を豊年の瑞兆とする信仰になったと考えられています。天平十八年(746)正月元正太上天皇の御在所での雪掃きの宴で葛井連諸会が次の歌を詠んでいます(この時、家持も末席に侍して応召歌を詠んでいる)。
【歌】 新しき 年の初めに 豊の稔 しるすとならし 雪の降れるは (P-3925)
【口語訳】 新しい 年の初めに 今年豊作の 前触れをするのでありましょう こんなに雪が降るのは


 和田萃先生(京都教育大学名誉教授)は、「古代史」と「考古学」の接点、と題して講演されました。講演の主題は遺跡から発掘調査で発見された「木簡」についてです。国内での最初の出土は昭和36年の平城宮跡からで(泥水の中から40点の木簡)、先生は京大の学生時代から木簡の発掘調査・釈読に携われてこられました。墨で字が書かれた木片は廃棄された後、自然流路や溝、土坑などから泥にまみれ粘土にパックされた状態で発見されるとのことで、地下水が豊富な場所でないと残らないとのことです(これまでに出土している木簡は約36万点)。
 以下、今回の講演で話された、藤原宮典薬寮跡から発見された「多治麻内親王」と表記された木簡についての講演の抜粋です。
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  写真(当日配布の資料より)の木簡の左右は割られた状態で、しかも離れた場所から発見されたそうですが、岸俊男先生はこの二つはくっつくと判断されたそうです。右片に、多治麻内親王(但馬皇女)の宮の政人(家従)の正八位下の陽胡甥から、左片には、薬草を支給されたい。車前子(おおばこ)と西辛(さいしん)と久参(くじん)の三種です、と書かれています(読み下し文は、猪股静彌著『万葉百話木簡は語る』より)。車前子(おおばこ)は煎じて服用すると健胃強壮剤、西辛はウスバサイシンで鎮静・頭痛薬、久参(くじん)は現在のクララで根は健胃駆虫薬(『万葉百話木簡は語る』より)。
この木簡に記されている多治麻内親王(但馬皇女)は天武天皇の皇女で、『万葉集』に4首の歌を残しています。そのうちの一首に次のような歌があります。
【歌】 人言を 繁み言痛み 己が世に いまだ渡らぬ 朝川渡る (A-116)
【口語訳】 人の噂が うるささに これまで 渡らなかった 朝の川を遂に渡ることか
題詞には、但馬皇女が高市皇子の宮に在った時に、ひそかに穂積皇子と関係を結び、そのことがすっかり顕れたので、作られた歌一首とあります。
 このような歌を詠んだ但馬皇女が上記木簡に記された三種の薬を請求していますが、病気はどのようなものであったか興味が持たれます。『万葉百話木簡は語る』の著者猪股静彌氏は、「病気は不明としか言いようはないが、彼女が『万葉集』に残したただならぬ恋の関係と、歌の心痛を思う時、それは現代の神経症にかかわる病気ではなかったろうか」と述べられています。この木簡の発見により、『万葉集』には書かれていない但馬皇女の一面を知ることが出来ます。
Posted by katakago at 14:10
井手至先生を囲んで [2012年12月26日(Wed)]
 万葉集はカルチャーセンター等で複数の講座を受講していますが、昨日(25日)は、井手至先生(NHKカルチャー梅田)の今年最後の講座がありました。
 先生は今年の秋に大阪市市民表彰(文化功労部門)を受けられ、受講生有志でささやかなお祝いをさせていただきましたが、先生のご提案もあり講座終了後に茶話会が開かれました。クリスマスの日でもあり場所の確保が心配されましたが、カルチャーセンターに近接の、新装なった阪急うめだ本店内の「シャンデリアテーブル」を予約でき、先生を囲んでお茶とケーキで和やかなひと時を過ごしました。

 先生は愛媛県の出身で、京大に進まれて澤瀉久孝先生のもとで万葉集の研究をはじめられ、卒業後は大阪市立大学で上代語や万葉研究で独自の世界を開かれました(論文集に『遊文録 1〜6』、現在大阪市立大学名誉教授)。2008年には、『新校注萬葉集』を刊行されています(毛利正守先生との共著)。この最新の万葉集のテキストでは、上代語に認められる特殊仮名遣の甲類と乙類の仮名が区別して書かれています。

 この席では、普段の講座では話されなかった学生時代のエピソードも聞かせていただきました。松山高校時代に、地元愛媛の熟田津(にきたつ)が詠まれた額田王の歌で万葉に興味をもたれたこと、大学時代は当初俳句の研究に関心を持たれたものの、担当教授が亡くなられたため、友人の伊藤博・佐竹昭広両氏らと共に澤瀉先生のもとで万葉集を学ばれたこと、恩師の自宅にも出入りして研究手法にも身近に触れられたことなど大変興味深いものでした。特に、澤瀉先生は歌毎にハガキ大のカードを作成され、それにはこれまでの注釈書の要点が毛筆で書き込まれていたそうです(現在では、『万葉集』のデータベースも作成されており随分便利にはなっていますが)。 
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追記(12/27)
 「萬葉学会の草創期を振り返る」と題する記事が、『萬葉語文研究 第7集』(2011年9月30日刊)に掲載されています(編集委員による井手至先生へのインタビューとして)。
Posted by katakago at 21:34
講座「箏のルネッサンス」 [2012年09月10日(Mon)]
 昨日(9/9)は草刈り作業も一日休んで、NHKカルチャー「箏のルネッサンス」を受講しました。医薬品流通の(株)スズケンが、身体の健康だけではなく、”心の健康”にも役立ちたいと、NHK文化センターと共催で開催されている講座(スズケン市民講座)の一つです。
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 講師は箏・三絃奏者の芦垣美穂さん(名古屋音楽大学客員教授)で、講演の合間に演奏も行われ、琴古流尺八奏者の芦垣皋盟さん、箏奏者の別所知佳さんも合奏されました。

 箏曲の歴史の中で、節目となる作曲者を四人あげられ、その業績についての解説と、それぞれの代表曲の演奏が行われました。
 その四人は、八橋検校、菊岡検校、吉澤検校、宮城道雄です。
ところで、「検校」とは、当時の盲人の互助組織である「当道座」の中で与えられる最高位の名前です(以下別当・勾当・座頭と続く)。 
 江戸時代初期に活躍した八橋検校(1614〜1685)は、楽器としての箏および箏曲を大成させた近代箏曲の祖といわれています。半音階をふんだんに使った(平調子)表現豊かな技巧的な奏法を考案し、純粋器楽曲の名作を残しています。「六段」と共にその代表作とされる「みだれ」を演奏して頂きました。
 江戸時代中期以降、器楽部分を重要視した地唄の楽曲形式「手事もの」が完成され、それに続き菊岡検校(文政・天保のころ)らが、京都地唄の曲を多数作曲し(京流手事もの)、これに八重崎検校が箏の手を加え、複雑な合奏を楽しめる箏曲として発展しました。菊岡検校の代表作として、「笹の露」が演奏されました。
 江戸時代後期に名古屋で活躍した吉澤検校は、雅楽からヒントを得て古今調子と呼ばれる調弦法を考案しました。曲の歌詞には『古今和歌集』の歌が使われています。その代表曲として、「千鳥の曲」が演奏されました(歌詞は『古今和歌集』と『金葉和歌集』の歌から採られている)。
 大正・昭和の時代になって、宮城道雄(1894〜1956)が伝統に根ざしつつ西洋音楽等の影響も受けた新たな曲を多数作曲しました。この講座では、14歳の時の処女作「水の変態」と代表作「春の海」の演奏を聴かせていただきました。なお、「春の海」は1930年の歌会始の勅題「海辺の巌」にちなみ1929年末に作曲されたものです。8歳で失明する前に祖父母に育てられて住んでいた瀬戸内の景勝地、福山市の鞆の浦の風景をイメージして作曲されたそうです。

 朝日カルチャー芦屋教室で尺八を習っていますが、箏との合奏曲を数多く練習してきています。星田先生から時々レッスンの合間に作曲者について聞かれることがありますが、あらためて箏曲の歴史の中で大まかに捉える事ができたかなと思っています。

 なお、この講座は大学生までは無料となっており、そのためか分りませんが、年配の方に混じって若い女性の参加者も見受けられました。邦楽器に興味を持つ若者が増えることを期待しています。
Posted by katakago at 10:39
インタビュー記事(尺八) [2011年08月25日(Thu)]

 退職後自由な時間が持てるようになり、現在、カルチャーセンター・大学の生涯学習センター等に出かけています。これまでの『万葉集』や『日本書紀』等の講座に加え、2008年4月から、都山流尺八の教室(朝日カルチャーセンター芦屋)でレッスンを受けています。25日付朝日新聞夕刊の朝日カルチャーセンターPRページに、筆者のインタビュー記事(ACCと私)が掲載されました(写真)。
 尺八は20代後半から習い始めたものの、仕事の関係で十分な練習時間がとれなくなり、途中で長らく中断していました。ただ、何時かは再開する時があるかと当時使用していた楽譜は全て保存していました。芦屋教室では、星田一山先生から少人数でレベル別の丁寧な指導を頂いています。それぞれ15〜20分ほどですが、先輩方のレッスン内容も非常に参考になります。そのほか、全員での合奏練習も毎回あります。教室は毎週あるので、自宅での練習は最優先の日課にしています。季節によっては農作業に追われ偶に休むこともありますが、一週間も吹かないと音が出なくなったことがあり、それが怖くて出来るだけ毎日尺八を手にする時間をとるようにしています。11月には、演奏会があり教室の仲間と一緒に演奏することになっています。
Posted by katakago at 19:51
尺八仲間の送別会(6/28) [2011年06月29日(Wed)]

 三年前から朝日カルチャー芦屋教室で、星田一山先生の「都山流尺八」レッスンを受けています。昨日(6/28)は、長らく教室に通われていた先輩(80過ぎの最長老)がこの日を区切りにやめられることになりました。教室では、全員で都山流本曲「八千代」を合奏し、先生からはプレゼントとして、本曲「峰の月」の演奏が行われました。
 レッスンを終えてから、芦屋駅ビルのレストランで食事会が設定され、先生も含め8名が参加しました。70過ぎてから尺八に取り組まれた経緯、日ごろの練習ぶりなど入門者にも参考になる話を聞かせていただきました。



 この11月には、星田先生一門(都之雨社)90周年の演奏会が予定されており、芦屋教室のメンバーは、「八千代獅子」を暗譜で演奏すべく特訓中です。
Posted by katakago at 11:22
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