CANPAN ブログ検索
Loading
  • もっと見る
<< 2017年08月 >>
    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31    
最新記事
月別アーカイブ
最新コメント
ともか
孫のピアノ発表会 (08/01) ともか
孫のピアノ発表会 (08/01) 悟史
アジサイ (06/16)
キトラ古墳壁画発見三十周年記念シンポジウム [2013年07月14日(Sun)]
 今秋、キトラ古墳の壁画が発見されて30周年を迎えるのを記念して、「1300年前の国際交流 ー キトラ古墳からのメッセージ ー」と題して、シンポジウムが開催されました(7月13日、於阪急梅田ホール)。
IMG_4173m.jpg

 シンポジウムの詳細は、主催団体のひとつの朝日新聞社からいずれ報告されるものと思われますが、ここでは、百橋明穂氏(神戸大学名誉教授)の講演(「キトラ壁画と東アジア」)から、壁画の十二支像について触れておきます。次の図は配布資料の該当箇所です。
IMGm.jpg

 同じ明日香村で発見された高松塚古墳の壁画には無かった十二支像で注目されました。立位の全身像で、顔が獣で体は人の形をしており、獣頭人身像と言われています。中国では隋の時代(7世紀初め)からみられ、文官の姿(武器は持たない)であるのに対し、キトラの十二支像は武器を持っている。一方、朝鮮半島では、壁画ではなく8世紀半ばの統一新羅時代に造られた墓の外護列石に十二支像の陽刻が見られます(こちらは武器を持つ)。これは一昨年秋、「飛鳥を愛する会」の現地講座で韓国を訪問した折りに見学しました(次の写真はその時撮影したもの)。
 キトラ古墳の築造は7世紀末頃と考えられており、その十二支像はどのようにして日本に伝わったか興味深く思われます(百橋氏は朝鮮半島経由ではなく遣隋・遣唐使が伝えたとする考え)。
 金庾信将軍(没年は673年)の墓(8世紀中葉に築造)の外護列石の十二支像(部分)
IMG_0106m.jpg

 統一新羅時代の掛陵の外護列石の十二支像(部分、武器を持ち鎧を着た武人像)
IMG_2353m.jpg

 韓国での現地講座の関連記事は次のURLを参照ください。

URL http://blog.canpan.info/inagawamanyo/archive/206
http://blog.canpan.info/inagawamanyo/archive/212


 なお、高松塚古墳壁画発見40周年記念講演会は昨秋開催され、次の記事に載せています。
             ↓
  URL http://blog.canpan.info/inagawamanyo/archive/504




Posted by katakago at 13:55
この記事のURL
http://blog.canpan.info/inagawamanyo/archive/661
コメントする
コメント
プロフィール

katakagoさんの画像
カテゴリアーカイブ
リンク集
http://blog.canpan.info/inagawamanyo/index1_0.rdf
http://blog.canpan.info/inagawamanyo/index2_0.xml