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新 兵庫史を歩く(播磨路) [2013年05月27日(Mon)]
 この週末は行事が続いてブログの更新が遅れました。土曜日は今回報告するイベント(加西市で開催)に参加し、昨日は朝から生産組合(水利組合でもある)の共同作業として溜池堰堤の草刈りに出て、午後からは水路に水が引かれたのでビオトープ池へ水を補給する作業などに追われました。2日間とも五月とは思えない炎天下での行動で、このためだいぶ体力を消費してしまいました。


 土曜日(5/25)のイベント(新 兵庫史を歩く)は、NHK神戸放送局・加西市などが主催で、今回は、「優しき仏たちの播磨路〜加西市〜」と題して行われました。なお、このシリーズは平成15年から続いており、3回目(平成15年11月22日)の「清和源氏のふるさと(川西市)」に参加したことがあります。

 今回のコースは、北条鉄道北条町駅(9:45)→ 大年神社 → 商家の町並み → 酒見(さがみ)寺 → 住吉神社 → 五百羅漢石仏 → 酒見寺境内(昼食)→ 寺町通り → 大信寺 → 旧家の町並み → 道標 → 玉丘史跡公園 → 加西市埋蔵文化財整理室 → 加西市役所(16:00)

 参加者は約150名(7班で行動)で、各見学場所では講師の田辺眞人さん(園田学園女子大学名誉教授)から説明を聴きました。
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 大年神社で田辺講師の解説を聴く(写真右端は進行役の内藤雄介アナウンサー)
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 五百羅漢石仏(北条小学校の児童から各班毎に説明を聞きました)
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 玉丘史跡公園に到着
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 玉丘古墳の前で田辺講師の説明
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 墳丘には登ることができます(石棺が直葬されてあった場所)
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 玉丘古墳の説明パネル(全長109mの前方後円墳、五世紀前半)
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 『播磨国風土記』(現存する五つの風土記のうちの一つ)には、玉丘古墳のいわれとして根日女(ねひめ)伝説が記されています。賀毛の郡(かものこほり)に書かれた関連個所を、『新編古典文学全集 風土記』の口語訳より、以下に載せておきます。
 玉野の村がある。(名づけた)わけは、 意奚(おけ)・袁奚(をけ)二はしらの皇子(*)が、美囊(みなぎ)の郡の志深(しじみ)の里の高野の宮においでになって、山部の小楯(おたて)を遣わして、国の造(みやつこ)許麻(こま)の娘の根日女の命(ねひめのみこと)に求婚なさった。こういう次第で、根日女が、全く仰せに従う決心をし終わっていた。その時、二はしらの皇子は、お互いに譲り合って結婚なさらなかった。日が経つうちに、根日女が、年老いて世を去った。その時に、皇子たちが、ひどく悲しみ、すぐに小楯を遣わして、おっしゃったことには、「朝日夕日が隠れることなく照らし続ける地に、墓を造ってその骨を納め、玉で墓を飾ろう」とおっしゃった。だから、それによって、この墓を玉丘と名づけ、その村を玉野と名づけた。
 (*)「記紀」によれば、この二はしらの皇子は、後の仁賢天皇(24代)と顕宗天皇(23代)

 このような伝説がある加西市では、『播磨国風土記』関連の事業を2015年にかけて実施するとのことです。またNHKでは、今回のイベントの模様を来月16日(日)13:05から放送される予定です(詳細はNH神戸放送局のホームページで)。



Posted by katakago at 09:37
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