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エゴノキ [2011年05月18日(Wed)]

 エゴノキが万葉歌では、「ちさ」と詠まれている植物と考えられています。その他の説では、きく科のチシャ説などがあります。原文表記は、知左となっています。少し長くなりますが、その長歌と口語訳を以下に示します。 
【歌】 大汝 少彦名の 神代より 言ひ継ぎけらく 父母を 見れば貴く 妻子見れば かなしくめぐし うつせみの 世の理と かくさまに 言ひけるものを 世の人の 立つる言立て ちさの花 咲ける盛りに はしきよし その妻の児と 朝夕に 笑みみ笑まずも うち嘆き 語りけまくは とこしへに かくしもあらめや 天地の 神言寄せて 春花の 盛りもあらむと 待たしけむ 時の盛りそ 離れ居て 嘆かす妹が いつしかも 使ひの来むと 待たすらむ 心さぶしく 南風吹き 雪消溢りて 射水川 流る水沫の 寄るべなみ 左夫流その児に 紐の緒の いつがり合ひて にほ鳥の 二人並び居 奈呉の海の 奥を深めて さどはせる 君が心の すべもすべなさ (大伴家持 Q-4106)
【口語訳】 大汝と 少彦名の 神代から 言い伝えられたことには 「父母を 見れば貴く 妻子を見れば せつなくいとしい (うつせみの) 世間の道理だぞこれが」と このように 言ってきたのに これが世の人の 守る約束であるのに ちさの花の 咲いている盛りに ほやほやの その妻と 朝夕に 浮き浮きしたり時には沈んで 嘆いて 語ったろうことは 「いつまでも こうしていようか 天地の 神のご加護で 春花のような 栄の時もあろう」と 言って待った その真っ盛りだぞ今は 離れ住み 嘆く細君が いつになったら 使いが来るかと 待っていよう 心淋しく思いながら 南風が吹き 雪解け水が溢れ 射水川に 浮いて流れる水沫のように 寄るべとてなく 左夫流という名の遊女に (紐の緒の) くっつき合って (にほ鳥の) 二人並んで (名呉の海の) 奥底までも 了見違いをした 君の心の なんともすべなさよ
 題詞には、史生尾張少咋を教え諭す歌と記されています。越中国司大伴家持の部下である史生(国司の下にあって記録をつかさどる役)尾張少咋が、遊行女婦の左夫流という女性に心を奪われて正妻扱いにし、都の正妻を無視したことを説諭して詠んだ歌。1300年前に、部下の不倫(?)を諌める歌が詠まれて、しかもそれが残されているのは大変興味深い。越中在任中の作で、「射水川」や「名呉の海」のようにその土地の地名が詠みこまれています。
Posted by katakago at 14:09
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