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万葉の海を考える会(越中万葉の海)に参加 [2019年10月13日(Sun)]
 2010年に発足した「瀬戸内海文化を考える会」は、一昨年は壱岐対馬、昨年は五島列島を訪れて一区切りをつけ、令和元年からは「万葉の海を考える会」として活動を継続されることになりました。今回は「越中万葉の海」と題して、大伴家持が越中国守として赴任した地を訪れました(10月10日から)。
 春の出挙(すいこ)で諸郡を巡行した際に詠まれた歌に、珠洲の海に 朝開きして 漕ぎ来れば 長浜の浦に 月照りにけり(巻十七・4029)があり、能登半島北端の石川県珠洲市から船で「長浜の浦」(松田江の長浜とする説が有力で現在の雨晴から島尾付近に続く海浜)まで移動したのにちなんで、今回の旅行のメインは同じコースを船で巡ることです(但し船の大きさの都合で珠洲市からではなく七尾市から出航)。このコースは初めてであり、台風接近が気がかりではありましたが参加しました。
 2泊3日の行程でしたが、3日目の12日はサンダーバードが計画運休になると分かり、2日目(11日)の坂本先生の講演を最後に、富山駅で切符の指定変更を行い北陸新幹線で金沢まで、金沢からサンダーバード(幸い自由席に座れました)で午後10時前には大阪駅に戻って来れました。
 以下、訪れた個所の写真を掲載しておきます。
【一日目】 金沢駅発 →(のと里山街道、千里浜なぎさドライブウエイ)→ 千里浜レストハウス(万葉歌碑)→ 吉崎次場(すば)弥生公園 → 気多大社(参詣と折口信夫墓)→ 仁岸川万葉歌碑(琴ケ浜)→ ホテル
 千里浜なぎさドライブウエイ(砂浜を自動車で走行できる)
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 大伴家持歌碑(千里浜レストハウス) 坂本先生より歌の解説を聴く
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題詞に、気太神宮(けたのかむみや)に赴き参り、海辺を行くときに作る歌一首とある。
【歌】 之乎路可良 多太古要久婆 波久比能海 安佐奈芸思多理 船梶母我毛 (巻十七・4025)
【読み下し文】 志雄道(しをぢ)から 直越(ただこ)え来れば 羽咋の海 朝なぎしたり 船梶もがも
【口語訳】 志雄道から まっすぐに山越えして来て見たら 羽咋の海は 朝なぎである 船梶がないものか 
 「羽咋の海」については、現在の羽咋市の外海とする説と、羽咋市にある邑知(おおち)潟と見る説(犬養孝著『万葉の旅』、1964年)があるが、邑知潟南部で地溝中央部に近い吉崎次場(よしざきすば)遺跡で、大型集落跡が見つかっており(1983年国史跡に指定)、邑知潟南部は奈良時代にはすでに水田化していたともいわれ、現在では羽咋市の外海と見られています。
 歌碑の拡大(歌の文字は「寛永版本」より)
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 吉崎次場(すば)弥生公園(羽咋市吉崎町)
弥生時代中・後期の北陸地方有数の大型集落遺跡
邑知潟のジオラマの前で関さん(高岡市万葉歴史館課長補佐研究員)から説明を聴く。
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 氣多大社(能登国一宮、羽咋市寺家町) 祭神は大己貴命(おおなむちのみこと)
上記の歌の題詞に、「気太神宮(けたのかむみや)」とある。家持は越中国守として天平二十年(748)春に参拝している。
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 折口信夫・春洋父子の墓(羽咋市一ノ宮町)
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 墓碑には、「もっとも苦しき たたかひに 最もくるしみ 死にたる むかしの陸軍中尉 折口春洋 ならびにその 父 信夫 の墓」と書かれています。 

 日本海の夕景(琴ケ浜に向かう車中より)
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 仁岸川の家持万葉歌碑(琴ケ浜)
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【歌】 伊毛尓安波受 比左思久奈里奴 尓芸之河波 伎欲吉瀬其登尓 美奈宇良波倍弖奈 (巻十七・4028)
【読み下し文】 妹に逢はず 久しくなりぬ にぎし川 清き瀬ごとに 水占延へてな (巻十七・4028)
【口語訳】 妻に逢わないで 久しくなった にぎし川の 清い瀬ごとに 水占いをしよう 

 ホテルでの夕食の会場で、会の代表の坂本信幸先生より挨拶
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【二日目】 輪島朝市 → 白米千枚田 → 海上クルーズ(七尾市矢田新町〜高岡市伏木万葉埠頭)→ 氣多神社(万葉歌碑)→ 高岡市万葉歴史館 
 海上クルーズ(七尾市矢田新町 → 高岡市伏木万葉埠頭)
船上で講師の先生(垣見修司 同志社大教授)の説明を聴きながら左右の風景を眺める
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 左側には遠くうっすらと立山連峰が眺められました。
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 以前に雨晴海岸から海越しに雪を頂く立山連峰を遠望したことがあります。その写真を掲載した記事は次のURL です。
http://blog.canpan.info/inagawamanyo/archive/940

 右側には越中の二上山(ふたがみやま)
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 氣多神社(越中国一宮、高岡市伏木一宮)
写真左には大伴神社(家持没後1200年にあたる1985年に創建)
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 境内にある大伴家持の万葉歌碑
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【歌】 馬並めて いざ打ち行かな 渋谿の 清き磯廻に 寄する波見に (巻十七・3954)
【口語訳】 馬を連ねて さあ皆出かけよう 渋谿の 清い磯辺に 寄せる波を見に 

 高岡市万葉歴史館前庭の万葉歌碑(家持の二上山の賦一首)
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【歌】 射水川(いみずかは) い行き巡れる 玉櫛笥(たまくしげ) 二上山は 春花の 咲ける盛りに 秋の葉の にほへる時に 出で立ちて 振り放(さ)け見れば 神からや そこば貴き 山からや 見が欲しからむ 皇神(すめかみ)の 裾廻の山の 渋谿の 崎の荒磯(ありそ)に 朝なぎに 寄する白波 夕なぎに 満ち来る潮の いや増しに 絶ゆることなく 古(いにしへ)ゆ 今の現(をつつ)に かくしこそ 見る人ごとに かけてしのはめ  

 元号「令和」の出典が『万葉集』であることを記念して、館長の坂本先生が揮毫された家持の歌の記念幕(正面玄関で)
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右:朝床に 聞けばはるけし 射水川 朝漕ぎしつつ 唱ふ舟人 (巻十九・4150)
左:春の苑 紅にほふ 桃の花 下照る道に 出で立つ娘子 (巻十九・4139)

 坂本先生の講演(「越中の万葉と海」)
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Posted by katakago at 20:34
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http://blog.canpan.info/inagawamanyo/archive/1588
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