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久しぶりの万葉ウォーク [2019年01月23日(Wed)]

 先日(1/20)、「万葉の大和路を歩く会」番外第一回目が開催され参加しました。今回は、神戸市内にある三つの古墳を訪れ、その後、敏馬神社にある万葉歌碑を訪ねました。更にこの時期は新酒のシーズンでもありルートの途中にある灘五郷の酒蔵(菊正宗、白鶴、神戸酒心館)にも立ち寄り、昼食とお酒の試飲も楽しみました。

 この三基の古墳は、海岸沿いに西から西求女塚古墳(築造は3世紀後半と推定)、処女塚古墳(同 4世紀前半と推定)、東求女塚古墳(同 4世紀後半)の順で、海に前方部を向けた中央の処女塚古墳に対し、東西の求女塚古墳がそれぞれその前方部を処女塚古墳の方へ向けており、海上で船から見た光景を基に「葦屋菟原娘子(あしのやのうないおとめ)伝説が生まれたと考えられています(廣川晶輝著『死してなお求める恋心ー「菟原娘子伝説」をめぐってー』より)。
 摂津国菟原郡の東部、葦屋の辺りに住んでいた菟原娘子が二人の男(小竹田壮士と菟原壮士)から求婚されますが、いずれかを選ぶともう一方が悲しむので、自らは自殺したというものです。古墳の名前もこの物語にちなんで付けられているようです(西から菟原壮士、中央が菟原娘子、東が小竹田壮士の墓として)。 この物語を題材にして万葉歌人の高橋虫麻呂、田辺福麻呂、大伴家持が歌に詠んでいます。さらに平安時代の『大和物語』の「生田川」に取り上げられ、室町時代には謡曲「求塚」が作られています(観阿弥作)。

 この場所は、以前にも「飛鳥を愛する会」の現地講座で訪れ、これを題材にした音楽劇も鑑賞したことがあります。また、大伴家持が詠んだ歌の反歌にツゲが詠まれており、以前の記事に取り上げています。関連の万葉歌も載せていますので、それらのURLを参考までに記しておきます。
「飛鳥を愛する会」現地講座関連
http://blog.canpan.info/inagawamanyo/archive/316
大伴家持の歌関連
http://blog.canpan.info/inagawamanyo/archive/354
音楽劇「綺譚 生田川」関連
http://blog.canpan.info/inagawamanyo/archive/621

 以下、上記の記事にはなかった関連の写真を載せておきます。
求女塚之碑(神戸市東灘区住吉宮町1丁目の東求女塚古墳で)
IMG_8378m.jpg 

 処女塚古墳(神戸市東灘区御影塚町2-1)東側の登り口で説明を聞く
IMG_8397m.jpg

 田辺福麻呂の万葉歌碑(処女塚古墳)
IMG_8392.jpg

【歌】 古の 小竹田壮士の 妻問ひし 菟原処女の 奥つ城ぞこれ (巻九・1802) 
【口語訳】 古(いにしえ)の 小竹田壮士(しのだおとこ)が 求婚した 菟原処女(うないおとめ)の 墓なのだこれは

Posted by katakago at 21:11
この記事のURL
http://blog.canpan.info/inagawamanyo/archive/1470
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