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2019年08月15日

【開催報告】「1945年の夏、和田少年が見たこと〜芋井発、未来へつなぐ平和〜」

8月11日(土)天気:晴れ 参加人数:大人38人、子ども8人(合計46人)
内容:平和学習会、昼食交流会(すいとん他)

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長野市芋井地区で食農体験の場をつくる、非営利ボランティア団体「天空の里 いもい農場」は11日、活動でお世話になっている和田蔵次さんを講師にお迎えして、初の平和学習会を開催し、長野市内外から大人子ども合わせて46人が集まりました。学習会の様子をお届けします。

▽開催のきっかけ〜未来につながる学びの場を作りたい!
私たちは、いもい農場からほど近い松参寺の境内にある、学童疎開記念の石碑とその碑文に思いを寄せ、背景をたどることで、『戦争のない世の中へ続く「未来」を考えることへつながる』と考えました。また、当時、学童疎開の子どもたちと交流のあった和田蔵次さんから、生のお話を聞くことで『山村の戦争の実相を知り、平和と未来を考える場を作りたい』と考え、学習会を設けました。

▽フィールドワーク〜当時の子どもたちが暮らした場を見学
芋井社会会館で受付を済ませたあと、参加者は松参寺へ移動し、住職の山口様に松参寺の歴史について伺い、続いて和田さんから、学童疎開の話がありました。
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(冒頭に五味代表から開会挨拶をしました)
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(山口住職からご挨拶を頂戴しました)
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(松参寺本堂。たたみは入れ替えたものの、柱、床は、当時のまま)

▽座学〜「学童疎開」足立区立梅島第一国民学校生徒について
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●全国一、疎開を受け入れた長野県
芋井社会会館に会場を移し、和田さんからのお話は、学童疎開から始まりました。疎開は、足立区の梅島第一国民学校の小学1年から6年の生徒で、芋井には約120人。長野県全体では36,976人で全国一多く受け入れました。

●長野駅から芋井まで徒歩で移動
一行は1945年4月28日、長野駅に到着。徒歩で芋井へ向かい、芋井村にある「法学寺、松参寺、観音寺」の3ケ所に分かれて疎開生活にはいりました。本堂での共同生活や食糧事情は厳しく、空腹のあまりに渋柿を食べて体調を崩し亡くなったり、親に会いたいと、
脱走する生徒もいたそうです。

●親元を離れた約5ヶ月間、子どもたちの楽しみ
子どもたちにとって、何よりの楽しみは、毎月1日と15日に近隣農家へのお手伝いと称した訪問。訪問した農家宅では、おすそわけや差し入れがあり、「お米や野菜をお腹いっぱい食べられた」とのこと。その当時の様子を語る疎開生徒は「芋井村から寄せていただいた厚情は、一生忘れられない」と語られています。

●涙で見送る、戦地へ赴く先生たち・・・
敗色濃厚となった7月下旬、松参寺と観音寺にいた引率の先生にも赤紙が届き、応召されました。戦地に赴く先生たちを、子どもたちは、泣きながら見送ったといいます。当時の悲しさがこみ上げて、涙をこらえる和田さんの姿もありました。

▽座学〜学童疎開記念碑の建立
8月15日の敗戦で、疎開生活は9月に終わりました。戦後50年を経た1995年、幅2m、高さ1.5mの「学童疎開記念碑」が松参寺の境内に建立され、芋井村における恒久平和記念碑となりました。
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(写真上:記念碑正面、写真下:記念碑裏面の碑文)

▽座学〜芋井村と戦争
●小さな山村から500名が戦場へ
芋井村は、日露戦争後、赤紙による応召兵士、義勇軍、志願兵士など全体で、約500名、戦死者は114名に及びます。その大半は、太平洋戦争末期の昭和19〜20年に集中しています。

●大黒柱を失う、過酷な暮らし
多くの家で若者や一家の大黒柱を失いました。残された老人と主婦と子どもたち。その暮らしは過酷だったとのことです。

●暮らしに戦争の影
戦争末期には、鉄の供出が強制され、芋井村を走っていた善白鉄道のレールも供出。開業以来わずか7年で鉄道は姿を消しました。善白鉄道で掘られた第三トンネルは、本土決戦に備えた皇族・皇后の避難用の住居とするため、工事の準備で資材などは善光寺温泉に置かれていたとのことです。これは秘密に工事が進められた松代大本営地下壕と関連施設の建設と並行して行われていました。

●戦死した兵士の日章旗
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(日章旗について説明をする和田さん)
会場には、フィリピンのレイテ島で戦死した兵士の日章旗が展示され、赤紙や当時の手紙が回覧されました。記憶は風化し、亡くなってしまう可能性があります。散逸を防ぐためにも、和田さんは、それらを保管する「芋井村・平和の館・資料館」の建設が必要だと語りました。

●和田家の戦争体験
和田さんは、ご自身の和田家の戦争体験について語られました。和田家には、応召男子がいないため、姉が女子挺身隊に応召され、東洋最大で日本軍の弾丸8割を製造していた豊川工廠で働きにでていたとのこと。8月7日のB29の爆撃で多数の死者を出し、お姉さんは九死に一生を得て、帰還。

和田さんは、8月13日の長野空襲を広瀬から見ていた記憶も語られました。座学の最後に、フランスの格言「文明が行き詰った時、農村・田舎に帰れ」を引用し、「学童疎開は日本の農山村があったからこそ受け入れられた」と言い、地域からの平和の発信が必要と締めくくられました。

▽昼食交流会
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(昼食交流会の様子)
お話の後は、会場レイアウトを教室型からアイランド型に変更して、昼食交流を行いました。いもい農場からは、当時の食生活に思いを馳せようと、すいとんと前日の活動で収穫した枝豆を準備。和田きぬ子さん(蔵次さんの妻)から、お手製のニラせんべいときゅうりの浅漬けの差し入れをいただき、メニュー豊かな食卓となりました。昼食がひと段落したタイミングで、参加者の観想を事務局がインタビューを行い、会場全体で交流を深めました。

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(前日の活動で収穫した枝豆、試食中。)
すいとんや枝豆の準備は、日頃、いもい農場の活動で鍛えた段取りで、いもい農場にかかわる子どもたちで作りました。

▽おわりに
いもい農場初の平和学習会。この学習会を通じて、参加者の身近な暮らしから、平和を考えるきっかけとなった様子が伺えました。参加者から寄せられた声にある、第2弾開催も視野に入れ、平和な世の中だからこそ成立する食農体験活動の充実を図って参ります。
最後に、今企画は、スムースな運営のために「2019年度ボランティア活動振興事業助成金」を活用して開催しました。後援を頂いた各団体、寛松寺、松参寺のご協力に深く感謝いたします。(鋤柄)

▽開催フレーム
『長野市ボランティア活動振興事業助成金活用事業』
●主催 天空の里 いもい農場
●後援 芋井地区住民自治協議会、長野市教育委員会、週刊長野新聞
●協力 寛松寺・松参寺

▽学習会の様子はフェイスブックで公開中
「天空の里 いもい農場」のフェイスブックで、ライブ中継をした学習会の様子が見ることができます。

▽参加者アンケート※全文。ほぼ原文のまま。
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●Q1参加のきっかけについて教えてください
・日頃、蔵次さんにお世話になっているので
・週刊長野を見て、和田さんのお話をぜひ聞きたいと思い、参加しました
・週刊長野を見て。私の母の弟(和田さん)の講演。是非聞きたく、参加しました。
・母も来たかったのですが、足腰が悪く、とても残念がっていたので、帰って話して伝えたいと思います。
・お母さんに誘われてきました。
・いもい農場の活動に参加した折に紹介あり。友人からの誘い。
・週刊長野の記事及び、友人よりのパンフで参加。
・紹介、Facebook。
・丁度、都合よく夏休みになったため。
・週刊長野を見て。
・週刊長野に載っていたので。
・「週刊長野」を見て。
・私が子どもの頃、戦争当時小学生だった父母から戦時中の話を聞いたことはありましたが、老齢の父母が孫たちに話す機会もほぼなく、私の子どもたちに生の声を聞かせたいと強く思いました。
・平和について興味があった。
・チラシが飯綱地区にまわってきたため。
・自分の上司が勝手に応募した。週刊長野を見ながらの会話です⇒「ボランティアで農業?理解できないってばー」「農業は職業でしょ。どんな活動なの?」(青果卸売業です)。
・戸隠の滝沢さんからの情報。
・週刊
・ボランティアセンターで、今回の学習会を知り、ぜひ、参加したいと思いました。
・友人に誘われて参加しました。

●Q2今日の満足度とその理由を教えてください
【大満足/12  満足/7  やや不満/0  不満/0】
・もっとたくさん、お話を聞きたい
・松参寺での説明では石碑を見たりしながら、当時の生活がよく分かり、戦時中の子どもたちに思いを馳せることができました。お寺の内覧は貴重な体験でした。
・芋井地区から500人も召集され、100名以上亡くなっている事実は衝撃的でした。
・これだけの詳細資料を作って頂き、見やすく、大切に保管したいと思います。
・松参寺の檀家で、記念の碑も、初めて知ることができ、息子一家、娘親子と知ることができ、とても思い出に残る会になりました。本当にありがとうございました。
・ひいおばあちゃんのことが聞けてよかった。
・忘れかけていた反戦の気持ちを新たに。
・憲法改悪がされようとしている現在、戦争の歴史を知る機会を企画していただき、大変ありがとうございました。
・平和憲法を何としても守り抜かなければなりません。
・戦争を語ることができる貴重な方のお話を聞くことができたよかった。
・実際のお寺を見ることで、リアルな体験ができました。
・手紙や赤紙など普段見ることのできない資料を見ることができ、貴重な体験になった。
・当時の戦争の様子についてお聞きし、改めて戦争について考える機会となりました。
・時間がもう少しあれば・・・。
・普段聞かない話だったから。
・お話だけでなく、フィールドワーク、戦争の遺品etc.実物を見て戦争の実態に触れることができた。和田さんと芋井の方々の地域に根差した活動に敬意を表します。
・勉強になりました。後世につたえられるように興味をもっていきたい。
・戦争、疎開体験を実際に聞くことができ、手紙も実物を手にとって、読むことができ、とてもきちょうな体験でした。
・昼食交流でも、いもいに住む東京から疎開で来た方の話など聞けてよかったです。
・人類は80年ごとに同じミスを繰りかえすという。勉強になりました。
・戦争についてより深く知れた。
・お寺さんの見学もあったので、当時のことがより現実的に感じられ、子どもさん達の気持ちが想像できました。
・芋井の中を丹念に訪ねて、たくさんの記録や歴史を収集されたご努力を本当に素晴らしいな、と思いました。

●Q3感想などご自由にどうぞ
・リアルな体験をお話ししていただく機会は、とても貴重などおもいます。また、ぜひ企画してください。
・和田さんのお話を聞いて、戦争を知らない世代ですが、積極的に知ろうとし、次世代に語り継いでいかなければならないと思いました。
・天空の里 いもい農場の今後のご発展、ご活躍をお祈り申し上げます。
・反戦の活動をどう継続するか←戦争を知らない世代がほとんど。歴史教育の重要性。
・草の根から、この市民の学習の場をたくさんづくり、未来の子どもたちに継いでいきたいと思います。
・今後これを誰が語り継いでいけるのか、さらに調べていくのは誰が担うのか、大勢の人が興味を持ち、平和について考えていきたい。
・子どもにも聞いてほしいと思い、家族で参加させていただきました。それぞれに何か感じる事があったと思います。ありがとうございました。
・戦争の歴史を深く知れてよかった。
・初めて本物の日章旗や、戦地からの手紙を拝見しました。とても貴重な物を見させて頂きました。ありがとうございます。保存の良さに遺族の思いが伝わります。
・疎開の話を主にきけてよかった。
・今日の全体のスケジュールが事前の連絡文書にあったら良かったと思う。
・椅子の必要性がわかった(忘れない秘訣)。
・過疎地の田舎っぷりはすごい、実感した!!
・来たからには楽しんでできましたー。自分の職業柄、農業は第一次産業としてしかみてなかったのだが、人間関係を含めた交流があるのを知った。これからはいろいろな角度から見られる柔軟な考え方を持ちたい。
・豊川海軍工廠にも足を運びたいと思いました。すいとん、ニラせんべい、おいしかったです。
・若い方、子どもさんの参加がうれしいと思いました。今後もっとこのように子どもたちが、戦争を知る機会があるとよいと思います。
・少しでも、このような記録を活用して、戦争のない時代に戻してゆければ、と思いました。
(アンケート回収総数19枚)