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郷原信郎著『検察が危ない』を [2010年09月12日(Sun)]
なんとずさんな仕事なのか。検察特捜部――
こんな組織が東京と大阪、名古屋に3つも必要なのか。

かつて、特定の政治家やゼネコン間の金のやり取りを
贈収賄として立件することに膨大なコストが費やされ、
その金のやり取りの背景としての
談合構造の解明はほとんど行われなかった。
もしも、ゼネコン汚職の捜査が、
公共調達をめぐる談合構造と
そこにおける政治と金の構造を明らかにする方向で
行われていたとしたら、
現在の日本の経済社会は
まったく異なった状況になっていたかもしれない。
あまりにも高額な公共調達の価格を
何十年も温存してきてしまったのではないか。

ゼネコン汚職の時に限らず、
特捜事件となればメディアは大きく取り上げる。
むしろ検察に先行して、疑惑を書き、疑惑を語り、
世論を盛り上げる。
検察を激励し、時に叱咤もしてみせる。
今回の障害者郵便悪用事件もしかり。
検察を「正義」として賞賛する報道ばかりが溢れ、
人々の「特捜信仰」がますます強くなっていく。
特捜検察の問題は、メディアの問題でもある。

起きていることは複雑なのに、
事件のストーリーを単純化させる。
一人ひとりの検事が主体的にものを考えるのではなく、
仕事環境がむしろ思考停止に追い込んでいく。
検察全体の問題であるにもかかわらず、
不法な取り調べの問題は
個人の検察官の不祥事に矮小化され、
教訓が若い世代に引き継がれない。

コンプライアンスの専門家の郷原信郎著
『検察が危ない』(ベスト新書)に具体的に示されている。
おすすめの1冊。【KB】
Posted by 大阪手をつなぐ育成会 at 10:13
たまに、そのまま社説 [2010年09月12日(Sun)]
9月11日付の産経新聞主張から
村木元局長無罪 「秋霜烈日」の原点に戻れ
 郵便不正事件で大阪地裁は虚偽有印公文書作成・同行使罪に問われた厚生労働省の元局長、村木厚子被告に無罪を言い渡した。
 証人が次々と捜査段階の供述を覆し、立証の柱となる被告らの供述調書の大半が証拠採用されなかったことから、予想された判決である。検察は重く受け止めねばならない。
 捜査はジグソーパズルのようなものだ。事件の全体像を描き、証拠となるピースを集め、当てはめて犯罪という絵を浮かび上がらせる。もとよりピースがすべてそろうとはかぎらないし、当初の構図と異なることもある。
 厚労省の証明書が偽造されて障害者団体向け割引郵便制度が悪用された今回の事件で、大阪地検特捜部が偽の証明書発行にあたって厚労省幹部の関与と政治家の口利きを疑ったのは無理もない。
 が、描いた構図に固執するあまり、一貫して容疑を否認する村木元局長らの取り調べは想定するストーリーに誘導され、脅迫まがいの言動もあった、と公判で明らかにされた。横田信之裁判長はそうした捜査を厳しく指弾し、供述調書43通のうち34通もの証拠申請を却下した。極めて異例である。
 しかも障害者団体の関係者が面会して口利きを依頼したという日に、当の政治家がゴルフをしていたという“アリバイ”が起訴後に確認された。こんな初歩的な裏付けを怠っていたとは大失態だ。
 供述偏重と強引な取り調べの背景には、検察の捜査力そのものの低下も指摘される。また、今回のケースによって取り調べの可視化の議論が加速するだろう。
 しかし、検察が巨悪に挑む最強の捜査機関であり、法の正義の砦(とりで)であることに変わりはない。「秋霜烈日(しゅうそうれつじつ)」の記章は、秋の冷たい霜と夏の厳しい日差しから、検察官の厳正な職務と理想像を象徴している。まずは指摘された捜査批判に真摯(しんし)な検証で応え、その原点に立ち返ってほしい。
 われわれ報道する側も、一方的な捜査情報に寄りかかって事件の構図を見誤っていなかったかを反省し、自戒したい。
 村木元局長が法廷で述べた言葉は重い。「真相究明のための権限や手段を持つ検察が、常に真実に迫ることのできる機関になることを心から望んでいます」
 国民の検察への期待と信頼も、その一点につきる。
Posted by 大阪手をつなぐ育成会 at 10:00
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