バイオグラフィ
| 1956年(昭和31年)〜 | 福岡県北九州市小倉に生まれる。
西南女学院付属幼稚園、到津小学校 (いとうづしょうがっこう)卒業。 |
| 1969年(昭和44年)〜 | 小学校6年生のとき東京へ上京。このとき、東京都府中市立第6小学校で、同学年の主人と出会う。
東京都府中市立第5中学校、東京純心女子高等学校、清泉女子大学文学部英文学科へと人生を歩んでいく。 大学1年の体育の時間、マット運動で左股関節を傷める。 今思うと、左大腿骨骨頭にひびなどが入り、骨頭の壊死が始まったようで、痛みとのおつきあいもこのころから始まる。 |
| 1982年(昭和57年)〜 | 1982年結婚。26歳。
3年後、長男誕生(1985年)、長女誕生(1999年)。 20年間子育てに専念する。子育て中は、子供のお友達グループで、絵本読みサークルに参加し、大好きな絵本の読み聞かせを楽しむ。 また、公民館の油絵教室に通い、油絵、水彩画、日本画、デッサン、抽象画など未知の世界へ多感に挑む。 |
| 1995年(平成7年)〜 | 主人の知人のご紹介で、東京医科歯科大学医学部付属病院にて、股関節の検査を始める。
検査により、膠原病(こうげんびょう)のひとつである「シェーグレン症候群」であることが判明。大腿骨骨頭壊死も、膠原病が原因である可能性が高いとの診断を受ける。 |
| 2001年(平成13年)〜 | 2000年、子供のお友達のお母さんのご紹介で、図書館司書の勉強を近畿大学通信教育部司書過程で始める。2001年7月、45歳にして図書館司書の資格を取得。
これを機に、ファッションコーディネート色彩能力検定3級など様々な資格取得に挑む。 |
| 2002年(平成14年)〜 | 母の仕事を手伝う目的で、明治安田生命保険相互会社へ入社。3年間勤める。35年間勤めた母の定年退職と共に、退社。
在職中に、紅茶コーディネーター、3級ファイナンシャルプランニング技能士、アンダーライティング学院生命保険修士学位などを取得。 |
| 2006年(平成18年)〜 | 2006年8月、左股関節人工骨頭の全置換手術。
30年間痛み続けた股関節さんとお別れをして、新しい股関節さんとの出会い。50歳にして、新しい命の始まり。 同年10月には、障害者就職枠で、全国農業協同組合連合会(JA全農)の職員募集に応募。採用される。本所園芸農産部(東京都大手町)に配属。 入社後、野菜の素晴らしさをもっと知りたくなり勉強を始める。 2007年「ジュニア・ベジフル&フルーツマイスター資格」を取得する。 野菜たちとの出会いは、「ロハス」という言葉から始まる。本屋さんでふと目にした「いきいきロハスライフ」・・・イデトシカズさんの本。 そして、イデトシカズさんのコンサート(原宿の”MOMINOKI HOUSE”にて)、マドンナのプライベートシェフ、西邑まゆみさんのトークショーなどロハス世界へまっしぐら。 まゆみさんの著書「小さなキッチンの大きな宇宙」の中で、桜沢如一氏、久司道夫氏の「マクロビオティック入門」でマクロの世界に感動。 すぐに、恵比寿にあるKIJ「クシ インスティチュート オブ ジャパン)のマクロビオティッククッキングクールに通い「マクロビオティック リーダーシッププログラム」の「レベル1」、及び「玄米・野菜コース」を終了。 こうして、野菜の素晴らしさに魅了されていく。 |
| 2010年(平成22年)〜 | 3月末、全国農業協同組合連合会(JA全農)を退社。
2009年、主人のアルツハイマー型認知症の診断をきっかけに、埼玉県志木市から、北海道雨竜郡北竜町(うりゅうぐん ほくりゅうちょう)へ、夫婦二人で移住。 54歳から、夫婦二人の、北海道での新しい人生の始まり。 7月から、夫婦二人、北竜町の地域おこし協力隊として仕事を始める。北竜町の魅力をブログを通じて日本中に発信していきたい。 http://www.iju-join.jp/chiikiokoshi/blog/4014/ |



