戦争の現場で何が起きているのか[2008年11月18日(火)]
捕虜として「戦場にかける橋」で有名な泰緬鉄道建設に携わった元英国陸軍兵士の手記がカナダで出版されるようそうです。とても興味があります。日本でも出版出来るのでしょうか。
今回カナダで出版するきっかけとなったのは、元英国陸軍兵士の孫が元英国陸軍兵士が他界した20年後の2003年に手記を始めて読み、険しい谷間での作業に死者が相次ぐ記述に驚いたとともに、欧米で知られる「無慈悲な日本軍兵士」のイメージとは異なっていたからのようです。
このあたりは、なんとなく共感出来るものがあります。
私の祖父は、戦争には行かなかったが、軍事工場で外国人の捕虜を働かせていたのですが、おかげでB級戦犯の容疑がかけられたと聞いています。
ちなみに日本人のBC級戦犯のうち約1000人が死刑となりました。
私が祖父に会えたのは、捕虜となっていたオーストラリア兵がリンチに遭ったときそれを見つけた祖父が止めたとの証言が採用されたからではないかと伝え聞いています。
戦争というのは、人の殺し合いであり、無慈悲で残酷なことも無数に行われたと思います。しかしその一方で、相手の陣営の人であっても人として当然のことをしていることも、これまたたくさんあると思います。
軍で働くということは、軍をやめても機密保持という軍規を守り、その見返りのようなものが年金だったりするので、元兵士は戦争の体験談を話さない。だから、歴史を都合の良いようにしたい人が、自国に都合が良く、対戦国に対して悪いことばかりを言うことが可能で。それが繰り返されると、いつしか、多くの人にとって、それが本当のように感じでしまうわけですが。
本当の現状は、言われていることより残酷な所もあれば、博愛的とも言える人と人とのドラマもあるのでしょう。
それだけに、戦場の実情を記した手記が出版されることは、非常に意味があると思う。
1人の体験談というミクロ的な視点かも知れないが、誰かの都合の良い歴史観のバイアスをかいくぐる1つのきっかけになるかもしれない。
ここんところ田母神さんの論文が問題となっていますが、その目的は「自虐的歴史観」に対抗しようとするものだと思われていますが。このような論文を書いたことこそが「自虐的歴史観」そのものであり、反作用の部分のみが現れただけに見える。
作用にしろ、反作用にしろ「自虐的歴史観」の呪縛や、戦勝国のご都合の歴史観の呪縛を解消するには、事実を知り、それぞれの立場を体感し理解しあう事から始まるものだと思う。
だからこそ、期待したい。
この手記が出版され、多くの人の呪縛を解くきっかけになってほしいと思う。
<元英国軍兵士>日本軍捕虜時代の日記 孫がカナダで出版
(毎日新聞 - 11月18日 13:22)
祖父の捕虜生活をつづった日記と出版を計画する孫のデイビッド・モートンさん=林哲平撮影
第二次世界大戦開戦直後に「死の鉄道」として知られるタイ・ビルマ(ミャンマー)国境の泰緬(たいめん)鉄道建設に携わった元英国陸軍兵士の日記が残されていた。事故で犠牲者が多発する過酷な作業実態が記されている一方、日本軍の軍医に励まされたエピソードも書かれている。兵士の孫にあたる徳島市のカナダ人男性が、近くカナダで英語版を出版。日本語版の出版先も探している。
日記の主はイギリス南部出身のアルバート・モートンさん。1942年、31歳の時にシンガポールで日本軍の捕虜となり、鉄道建設に従事させられた。約10センチ四方の薄い手帳3冊には同年11月から帰国直前の45年末まで、収容所での生活や過酷な建設作業の様子が細かい鉛筆書きの文字でびっしりと書かれている。モートンさんは終戦後、カナダに移住し、83年に73歳で亡くなった。
アルバートさんの孫で徳島文理大客員講師のデイビッド・モートンさん(39)は祖父が亡くなって20年後の03年、日記を預かっていたおじから初めて実物を見せられた。祖父はまったく戦争を語らず、デイビッドさんにとって初めて知る祖父の戦争体験だった。
険しい谷間での作業に死者が相次ぐ記述に「よく生き残ったな」と驚いた。祖父はマラリアに悩まされたが、日本人軍医は熱心に治療に当たり「この戦争はもうすぐ終わる。家族に会えるように体を大切に」と励ました。欧米で知られる「無慈悲な日本軍兵士」のイメージとは異なっていたという。
デイビッドさんは徳島市で外国人の生活支援活動をする女性5人に協力してもらい、06年から2年間かけて200ページ弱の和訳を終えた。協力者の一人の徳島大非常勤講師、山田多佳子さん(52)はビルマに出征した父親を持ち、「父が戦った土地を知りたかった」と作業に加わった。
厳しい捕虜生活の中でもあった日本兵との交流。四国巡礼の「遍路」を研究するデイビッドさんは、遍路のもてなしの文化に通じるものがあると感じている。「体験者の書いた真実を多くの人に知ってもらいたい」と話した。【林哲平】
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今回カナダで出版するきっかけとなったのは、元英国陸軍兵士の孫が元英国陸軍兵士が他界した20年後の2003年に手記を始めて読み、険しい谷間での作業に死者が相次ぐ記述に驚いたとともに、欧米で知られる「無慈悲な日本軍兵士」のイメージとは異なっていたからのようです。
このあたりは、なんとなく共感出来るものがあります。
私の祖父は、戦争には行かなかったが、軍事工場で外国人の捕虜を働かせていたのですが、おかげでB級戦犯の容疑がかけられたと聞いています。
ちなみに日本人のBC級戦犯のうち約1000人が死刑となりました。
私が祖父に会えたのは、捕虜となっていたオーストラリア兵がリンチに遭ったときそれを見つけた祖父が止めたとの証言が採用されたからではないかと伝え聞いています。
戦争というのは、人の殺し合いであり、無慈悲で残酷なことも無数に行われたと思います。しかしその一方で、相手の陣営の人であっても人として当然のことをしていることも、これまたたくさんあると思います。
軍で働くということは、軍をやめても機密保持という軍規を守り、その見返りのようなものが年金だったりするので、元兵士は戦争の体験談を話さない。だから、歴史を都合の良いようにしたい人が、自国に都合が良く、対戦国に対して悪いことばかりを言うことが可能で。それが繰り返されると、いつしか、多くの人にとって、それが本当のように感じでしまうわけですが。
本当の現状は、言われていることより残酷な所もあれば、博愛的とも言える人と人とのドラマもあるのでしょう。
それだけに、戦場の実情を記した手記が出版されることは、非常に意味があると思う。
1人の体験談というミクロ的な視点かも知れないが、誰かの都合の良い歴史観のバイアスをかいくぐる1つのきっかけになるかもしれない。
ここんところ田母神さんの論文が問題となっていますが、その目的は「自虐的歴史観」に対抗しようとするものだと思われていますが。このような論文を書いたことこそが「自虐的歴史観」そのものであり、反作用の部分のみが現れただけに見える。
作用にしろ、反作用にしろ「自虐的歴史観」の呪縛や、戦勝国のご都合の歴史観の呪縛を解消するには、事実を知り、それぞれの立場を体感し理解しあう事から始まるものだと思う。
だからこそ、期待したい。
この手記が出版され、多くの人の呪縛を解くきっかけになってほしいと思う。
<元英国軍兵士>日本軍捕虜時代の日記 孫がカナダで出版
(毎日新聞 - 11月18日 13:22)
祖父の捕虜生活をつづった日記と出版を計画する孫のデイビッド・モートンさん=林哲平撮影
第二次世界大戦開戦直後に「死の鉄道」として知られるタイ・ビルマ(ミャンマー)国境の泰緬(たいめん)鉄道建設に携わった元英国陸軍兵士の日記が残されていた。事故で犠牲者が多発する過酷な作業実態が記されている一方、日本軍の軍医に励まされたエピソードも書かれている。兵士の孫にあたる徳島市のカナダ人男性が、近くカナダで英語版を出版。日本語版の出版先も探している。
日記の主はイギリス南部出身のアルバート・モートンさん。1942年、31歳の時にシンガポールで日本軍の捕虜となり、鉄道建設に従事させられた。約10センチ四方の薄い手帳3冊には同年11月から帰国直前の45年末まで、収容所での生活や過酷な建設作業の様子が細かい鉛筆書きの文字でびっしりと書かれている。モートンさんは終戦後、カナダに移住し、83年に73歳で亡くなった。
アルバートさんの孫で徳島文理大客員講師のデイビッド・モートンさん(39)は祖父が亡くなって20年後の03年、日記を預かっていたおじから初めて実物を見せられた。祖父はまったく戦争を語らず、デイビッドさんにとって初めて知る祖父の戦争体験だった。
険しい谷間での作業に死者が相次ぐ記述に「よく生き残ったな」と驚いた。祖父はマラリアに悩まされたが、日本人軍医は熱心に治療に当たり「この戦争はもうすぐ終わる。家族に会えるように体を大切に」と励ました。欧米で知られる「無慈悲な日本軍兵士」のイメージとは異なっていたという。
デイビッドさんは徳島市で外国人の生活支援活動をする女性5人に協力してもらい、06年から2年間かけて200ページ弱の和訳を終えた。協力者の一人の徳島大非常勤講師、山田多佳子さん(52)はビルマに出征した父親を持ち、「父が戦った土地を知りたかった」と作業に加わった。
厳しい捕虜生活の中でもあった日本兵との交流。四国巡礼の「遍路」を研究するデイビッドさんは、遍路のもてなしの文化に通じるものがあると感じている。「体験者の書いた真実を多くの人に知ってもらいたい」と話した。【林哲平】
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