倫理的な検討[2008年07月20日(日)]
映画『Yesterday Today Tomorrow 〜昨日 今日 そして明日へ・・・』 監督・撮影・編集:直井里予 を見て、監督とお話しをして、家に帰ってきてネットを見ると、HIV感染者の体外受精の問題についてのニュースが載っていた。
エイズ感染夫婦の体外受精中断、「議論・検討を」と厚労省
(読売新聞 - 07月19日 14:35)
昨年1月、荻窪病院(東京都)倫理委員会が承認した、共にエイズウイルス(HIV)に感染している夫婦への国内初の体外受精が、厚生労働省から「社会的な議論と倫理的な検討が必要」と求められ、中断していることがわかった。
海外でも、こうした夫婦への生殖補助医療の可否について議論が分かれる。この体外受精を計画している同省研究班は、広く意見を聴く異例の公開班会議を28日に開き、実施の可否を検討するとともに、指針を作る方針。
荻窪病院の花房秀次副院長らは、精子からHIVを取り除く方法を開発。これを用い、夫のみが感染している夫婦に慶応大や新潟大などで体外受精を行い、65人の子供が生まれた。母子ともに感染の例はない。
同病院では、厚労省研究班の研究事業として、この方法を共に感染している2組の夫婦にも適用しようと準備してきた。いずれも、血液製剤で感染した夫が、増殖能力の強いウイルスや薬剤耐性ウイルスを持っている。性交渉をすると、ウイルス量が少なく、免疫状態も安定している妻に、夫のウイルスが再感染し、病状を悪化させる恐れがある。
だが、病状が重いと子供が成長する前に両親が亡くなることも想定される。海外でも、2004年に欧州連合などの専門医らで作る特別委員会が「少なくとも片方の親が子供の成人まで養育すべきだ」として、生殖補助医療は片方の親が感染している場合のみに限るように勧告。これに対し英国の研究者が「感染者の予後は同じではない。(認めないことは)希望するカップルの生活の質を低下させる」と反論している。
薬害エイズ被害者らで作る、はばたき福祉事業団(東京都)の大平勝美理事長は「一番大切なことは新たな悲劇を作らないこと。感染した場合の責任についての議論が必要」という。さらに万一、子供が成人する前に両親が亡くなった場合のサポート体制が不可欠で、「社会的援護も必要になる。もし実施するとしても広くコンセンサスを得ながら進めるべきだ」と語る。
一方、花房副院長は、「感染者の中には、生命予後が普通の人と変わらない人もいる。妻のウイルス量が検出できないほど少なければ、母子感染の可能性は0・5%以下だ。今回はそのケース。子供を持ちたいという夫婦の願いと、子供の幸せを両立させる方法があるはず。多くの人の考えを聴きたい」と話す。
公開班会議は28日午後1時から、東京・信濃町の慶大医学部東校舎で。専門医のほか、薬害HIV訴訟原告団の代表、カウンセラーなどが出席する。
映画『Yesterday Today Tomorrow 〜昨日 今日 そして明日へ・・・』 は、HIVやエイズの危険さ悲惨さを訴えるのではなく、淡々とHIVの方やエイズ患者の日常を追いかけていくという作品なのですが。
その中で、共にHIVの夫婦の夫が、子供がとっても欲しいが、子供を作れないと言っているシーンがあった。
夫は、もし子供が生まれたとして、子供が大人になるまでに自分たちが死んでしまうということも言っていたが、それより、今でも時々体調が悪い妻のことを思いやって、子供をつくらないようにしていると言っていました。
今回の件は、妻の感染が弱く、感染の可能性が低いということで、病院の倫理委員会で体外受精を承認したにもかかわらず、厚生労働省でストップが掛かってしまった。
「感染した場合の責任は・・・」とか、「成人するまでに両親が亡くなった場合は・・・」とかの意見が掲載されていますが。
私は、妻と子供が安全ならば、承認すべしだと思います。
理由は、人生、全てに置いて不確定要素があるわけで、感染しない可能性が高いから承認したわけですし、なんらかの理由で死んでしまうことは誰でもあるわけで、それを憂慮していては何も出来ないと思うからです。
しかも、成人するまでに親を亡くす可能性が高いのに、出征し戦争にいく前に駆け込みで結婚させていたことも、今から六十何年前にあったわけで。成人するまでに両親が死んでしまう可能性があるからといって、産ませないというのは、ちょいと違和感を感じてしまうわけです。
問題は、なんらかの事情で両親を亡くした子供たちを救うシステムが、いまの日本において充実していないという事であり。
厚生労働省は、そちらの問題についてちゃんと手を打つべきであって。
専門医とかで話し合っても仕方がないような気がしてなりません。
このあたり、年金や医療というマクロの部分が崩壊しているのに、メタボなどミクロな部分に対してお節介を焼いているという、いまの流れそのままのように感じます。
また、HIVだからという理由で、感染の可能性が低い人たちに対して、子供を産ませないというのは、こちらの方が倫理的に問題があるように思うんです。
極端な言い方に聞こえるかも知れませんが、HIVだからという理由で感染の可能性が低い人たちに対しても子供を産ませないという発想は、ユダヤ人だから、障害者だからという理由で種を絶やそうとしたナチスと発想が似ていると思うんです。ハンセン氏病の問題もそうです。
こちらの方が倫理的に問題があるように思うんですよね。
HIVの問題って、見えないからこその恐怖があって。議論するにしても、その恐怖を前提に議論が進められてしまう可能性が高く、冷静な結論が出にくい。
そこに危険性を感じざるを得ません。
そのような状況の中で、倫理的な検討って、どのような形で行われるのでしょうか?
エイズ感染夫婦の体外受精中断、「議論・検討を」と厚労省
(読売新聞 - 07月19日 14:35)
昨年1月、荻窪病院(東京都)倫理委員会が承認した、共にエイズウイルス(HIV)に感染している夫婦への国内初の体外受精が、厚生労働省から「社会的な議論と倫理的な検討が必要」と求められ、中断していることがわかった。
海外でも、こうした夫婦への生殖補助医療の可否について議論が分かれる。この体外受精を計画している同省研究班は、広く意見を聴く異例の公開班会議を28日に開き、実施の可否を検討するとともに、指針を作る方針。
荻窪病院の花房秀次副院長らは、精子からHIVを取り除く方法を開発。これを用い、夫のみが感染している夫婦に慶応大や新潟大などで体外受精を行い、65人の子供が生まれた。母子ともに感染の例はない。
同病院では、厚労省研究班の研究事業として、この方法を共に感染している2組の夫婦にも適用しようと準備してきた。いずれも、血液製剤で感染した夫が、増殖能力の強いウイルスや薬剤耐性ウイルスを持っている。性交渉をすると、ウイルス量が少なく、免疫状態も安定している妻に、夫のウイルスが再感染し、病状を悪化させる恐れがある。
だが、病状が重いと子供が成長する前に両親が亡くなることも想定される。海外でも、2004年に欧州連合などの専門医らで作る特別委員会が「少なくとも片方の親が子供の成人まで養育すべきだ」として、生殖補助医療は片方の親が感染している場合のみに限るように勧告。これに対し英国の研究者が「感染者の予後は同じではない。(認めないことは)希望するカップルの生活の質を低下させる」と反論している。
薬害エイズ被害者らで作る、はばたき福祉事業団(東京都)の大平勝美理事長は「一番大切なことは新たな悲劇を作らないこと。感染した場合の責任についての議論が必要」という。さらに万一、子供が成人する前に両親が亡くなった場合のサポート体制が不可欠で、「社会的援護も必要になる。もし実施するとしても広くコンセンサスを得ながら進めるべきだ」と語る。
一方、花房副院長は、「感染者の中には、生命予後が普通の人と変わらない人もいる。妻のウイルス量が検出できないほど少なければ、母子感染の可能性は0・5%以下だ。今回はそのケース。子供を持ちたいという夫婦の願いと、子供の幸せを両立させる方法があるはず。多くの人の考えを聴きたい」と話す。
公開班会議は28日午後1時から、東京・信濃町の慶大医学部東校舎で。専門医のほか、薬害HIV訴訟原告団の代表、カウンセラーなどが出席する。
映画『Yesterday Today Tomorrow 〜昨日 今日 そして明日へ・・・』 は、HIVやエイズの危険さ悲惨さを訴えるのではなく、淡々とHIVの方やエイズ患者の日常を追いかけていくという作品なのですが。
その中で、共にHIVの夫婦の夫が、子供がとっても欲しいが、子供を作れないと言っているシーンがあった。
夫は、もし子供が生まれたとして、子供が大人になるまでに自分たちが死んでしまうということも言っていたが、それより、今でも時々体調が悪い妻のことを思いやって、子供をつくらないようにしていると言っていました。
今回の件は、妻の感染が弱く、感染の可能性が低いということで、病院の倫理委員会で体外受精を承認したにもかかわらず、厚生労働省でストップが掛かってしまった。
「感染した場合の責任は・・・」とか、「成人するまでに両親が亡くなった場合は・・・」とかの意見が掲載されていますが。
私は、妻と子供が安全ならば、承認すべしだと思います。
理由は、人生、全てに置いて不確定要素があるわけで、感染しない可能性が高いから承認したわけですし、なんらかの理由で死んでしまうことは誰でもあるわけで、それを憂慮していては何も出来ないと思うからです。
しかも、成人するまでに親を亡くす可能性が高いのに、出征し戦争にいく前に駆け込みで結婚させていたことも、今から六十何年前にあったわけで。成人するまでに両親が死んでしまう可能性があるからといって、産ませないというのは、ちょいと違和感を感じてしまうわけです。
問題は、なんらかの事情で両親を亡くした子供たちを救うシステムが、いまの日本において充実していないという事であり。
厚生労働省は、そちらの問題についてちゃんと手を打つべきであって。
専門医とかで話し合っても仕方がないような気がしてなりません。
このあたり、年金や医療というマクロの部分が崩壊しているのに、メタボなどミクロな部分に対してお節介を焼いているという、いまの流れそのままのように感じます。
また、HIVだからという理由で、感染の可能性が低い人たちに対して、子供を産ませないというのは、こちらの方が倫理的に問題があるように思うんです。
極端な言い方に聞こえるかも知れませんが、HIVだからという理由で感染の可能性が低い人たちに対しても子供を産ませないという発想は、ユダヤ人だから、障害者だからという理由で種を絶やそうとしたナチスと発想が似ていると思うんです。ハンセン氏病の問題もそうです。
こちらの方が倫理的に問題があるように思うんですよね。
HIVの問題って、見えないからこその恐怖があって。議論するにしても、その恐怖を前提に議論が進められてしまう可能性が高く、冷静な結論が出にくい。
そこに危険性を感じざるを得ません。
そのような状況の中で、倫理的な検討って、どのような形で行われるのでしょうか?










