日本財団公益コミュニティサイト CANPAN CANPANブログ:公益法人,NPO,CSR,社会貢献活動のための無料ブログ
« 2008年06月08日 | Main | 2008年06月12日 »
カテゴリアーカイブ
最新記事
最新コメント
まいける東山
Tribal Kids' Eyes  (12/04)
まいける東山
高校でもエコロジーシアター? (11/12)
最新トラックバック
関東バス (01/04)

アイデアイースト



2008年06月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30
月別アーカイブ
ミャンマーへの草の根支援[2008年06月09日(月)]
前回、紹介したブログ「ミャンマーのタイムリー情報」の筆者が、サイクロン被災地の報告会を開くというので言ってきました。

この報告会は、JMCC日本ミャンマーカルチャーセンターが主宰したもので「第一回 被災地への援助実施報告会」と題されたものでした。
報告者は、「ミャンマーのタイムリー情報」の筆者であり、ビルマの竪琴講師のチー・トゥ・シェインさん(以下シェインさん)です。
JMCC日本ミャンマーカルチャーセンターは、ビルマ語講座や竪琴教室などを通して、ビルマ文化に触れる機会を増やすことを目的に作られた団体なのですが。シェインさんがサイクロンの被災地出身だったということで、直接被災地に支援が出来ると言うことなどから、緊急支援をすることにしたそうです。
サイクロンから約1ヶ月が経ちましたが、その間にシェインさんは2回ミャンマーの被災地に渡り、調査と援助活動を実施してきました。

今回は、なかなか行けないサイクロンの被災地の状況がわかるということで、高田馬場駅に近い新宿消費生活センターの会議室には約40人の方が集まりました。


現地の映像を見ながらシェインさんから報告。



デルタ地帯ということで複雑に川が流れている。そんなこともあれ、カレン族の住む地域には陸路で運べないそうだ。


今回、支援が行われたのは、ヤンゴンから南西に行ったところにあるエーヤワディ管区内のミャウンミャと言われる街と、ミャウンミャ郡内のラプッターと言われる特に大きな被害のあった街が中心となった。
シェインさんはミャウンミャの出身で、そこに住んでいる家族や会社、そして地元の有力者である先生を通じて情報を収集し、バイクなどで実際に足を運んで支援の方法を決定し、義援金を元手に必要な物資をヤンゴンなどで入手して20箇所以上の避難所に行き手渡ししてきたそうです。

比較的被害の少なかったミャウンミャ市内には、被害の大きな地域からの被災者が来たためたくさんの避難所があるのですが、運営形態も含め避難所ごとに事情が違うため、きめ細かい調査が必要だったようです。今回の支援活動は、地元の有力者がその情報を把握していた事でスムーズに行った面が大きかったのではないかと感じました。
いま、東京で今回のサイクロンと同じような大規模災害が起きたとなると、当然小規模の避難所がたくさんできてしまうのですが、その状況を掴むコミュニティが存在しないために、多くの小規模避難所が孤立すると思われます。その点、ミャウンミャの街では、うまく機能出来ているのではないかと感じました。

また、避難所には、行きやすい所、被害が大きいと報じられた所に物資が必要以上に集まるという傾向があり、多くの避難民が押し寄せているわりに比較的被害の少なかったミャウンミャの避難所には物資が不足しやすい傾向があったようです。
また、避難所の運営母体によっては、自分たちで出来ると言い張ったり、政府とのコミュニケーションを取りたがらない避難所には物資が届きにくく、結果として被災者が困ってしまうという事も発生していたようです。

特に6/2からの新学期ということで、避難所としている学校を明け渡さないといけないということもあり、早く避難所から出て行って欲しいという事で、自宅に戻すことを推奨していっているとのことです。

まあ、この傾向は日本もしても似ています。
メディアでは軍事政権と報じられているため、災害への対応が悪いという論調になっていますが、まさか来るとは思っておらず不意打ちに近い状態で大規模災害が起きてしまったという点も含め、阪神大震災の日本政府もあまり変わらないのかなという気がしました。
(日本も海外からの支援を断ったり、足止めさせたりしてましたからね。ミャンマーの軍事政権が国際社会からの支援を受け入れなかったと責めるのは、言えた義理じゃない気がしてなりません)

さて、今回のミャンマーのサイクロン被害と日本での大規模災害との間に、いろんな共通点を感じたのですが、大きく違うことは、被災者の年齢層です。
超高齢化社会の日本では、被災した高齢者の問題が大きいのですが、ミャンマーでは被災者の4割が子供という所が大きな違いとなります。

寺子屋を使った避難所には、多くのサイクロン孤児がいるわけですが、今は援助物資があるのですが、お坊さんの托鉢で食べさせていくことが近い将来不可能になってくると予想されています。
また、このままでは十分な教育も出来ない可能性もあり、被災した子供たちが将来社会的弱者となり、経済のあしかせになりかねません。

JMCC日本ミャンマーカルチャーセンターでは、この一ヶ月行った緊急援助の次のミッションとして、被災地の教育支援にしていきたいと考えているようです。

JMCC日本ミャンマーカルチャーセンターは文化交流を目的としたNGOにも関わらず、緊急支援についてもずぶの素人で行ったとはいえ、現地の要望に基づいた草の根支援が出来たと感じました。
今後、教育支援にシフトしてしくとなると、継続的な支援となるため、機転を利かしたり、今までの個人的な繋がりだけでは限界がくる可能性があります。

今後は、ノウハウのあるNGOなどが経験やノウハウなどリソースを共有していく必要があるかと思います。

また、シェインさんは、ミャンマーの現状を多くの人に知ってもらいたいと思っています。

情報をシェアすることが1つの基本だと思うので、興味のある方は、JMCC日本ミャンマーカルチャーセンターに連絡してみて下さい。


参考サイト

JMCC日本ミャンマーカルチャーセンター http://jmcc.fc2web.com/

ミャンマーのタイムリー情報 http://myaungmya.jugem.jp/

P.S.シェインさんなどからの情報を元に、時々ですがミャンマーの情報も流して行きたいと思います。タイの津波の被災地の話と同様よろしくお願いします。
(実際、タイの津波被災地の情勢はミャンマーと密接にからんでいます)
プロフィール


http://blog.canpan.info/ideaeast/index1_0.rdf

アイデアイースト
特報!
ドキュメンタリー映画「STILL ALIVE 2005年プーケットに何が起きたのか」
まいける東山監督作品 ドキュメンタリー映画「STILL ALIVE 2005年プーケットに何が起きたのか」

おすすめリンク集

P-Blogアイデア&インプレッション

イベントインフォメーション POST CARDS

ドキュメンタリー映画「STILL ALIVE 2005年プーケットに何が起きたのか」
ドキュメンタリー映画「STILL ALIVE 2005年プーケットに何が起きたのか」

プーケットの鳴き砂
記事が気に入ったら↓こちらをクリックしてください。
ブログランキング・にほんブログ村へ
おともだちブログ