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STILL ALIVE

2001 ニューヨーク同時多発テロによる海外渡航自粛
2002 SARS(重症急性呼吸器症候群)による渡航規制
2003 鳥インフルエンザによる東南アジアへの渡航規制
2004 スマトラ島沖地震による津波被害
次は何が起きるのか?

ここ、数年、観光で生きているタイ・プーケットは、毎年のように、数々の苦難が襲っているが、立ち直っている。
しかし、今年、2005年は、すでに津波被害からの復旧が終わったにも関わらず「日本人観光客だけがプーケットに来ない」という現象が発生。それは、タイ・プーケットで、現地のタイの人たちと共に暮らし続けている日本人たちを直撃。それでも、力強く、楽しく、生きている。そこには、今の日本社会が失った大切なものが生きていた。

ブログ名同名のドキュメンタリー映像の製作に関する話題。
風評観光被害の他に、地球温暖化の問題、コミュニティの再生、人間の回復、地域の再生、貧困問題などを取り上げてゆきます。
ツナミクラフトの「さをり織り」の情報。
エコロジーシアター「天の浮舟」情報も。


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NHKは意識していたのかな? [2012年01月01日(Sun)]
ゆく年くる年を見ていると、2011年の締めに近いロケ地が奈良の東大寺の大仏殿だった。
この大仏は奈良時代、述べ200万人を超える人を使って国家プロジェクトとして作られたものでした。
しかし、奈良時代は74年で幕を閉じ遷都してしまいます。
なぜ、奈良時代の平城京が巨大プロジェクトを成し遂げた一方ですぐに遷都してしまったのでしょうか。
それは、公害の問題が発生し、都に人が住めなくなったからだという説があります。

その原因は、大仏の金メッキだと考えられています。
今の大仏ははがれてしまっていますが、奈良の大仏は金メッキで金ぴかだったそうです。権威の象徴でもあったのでしょうね。
当時の金メッキの技術は、水銀と金を使ってメッキをしたそうです。
しかし、大仏を金メッキするために人体に有毒な水銀が大量に空気中に拡散し人体に入ったそうなのです。水銀中毒となり、奇病が平城京に蔓延した。
当時は「たたり」だと言われ、後の平安時代に陰陽師なんかが活躍する土壌をつくることに。
わかっている人はわかっていたようで、今から1000年以上前にすでに防毒マスクがあり、使われていたそうです。

この大仏という巨大プロジェクトによる公害と、2011年に起きた「あの」出来事とよく似ているんです。それをわかっていて放送をしていたとしたらNHKはすごいです。

さて、その「あの」出来事とは。
福島第一原発の事故です。
原発は巨大な国家プロジェクト。そして、今回の東日本大震災により大量の放射性物質をばらまいてしまいました。
放射性物質は日本の都「東京」にも降り注ぎ。多くの人が疫学的に原発事故が原因だと証明できない病で健康を害する可能性が出てきています。
これって、奈良の大仏の水銀公害とよく似ているんです。
原発は核兵器を作れる技術があるという事を誇示する事が大きな目的。原発は大仏と同じく権威を示す道具であったりします。

NHKがこのことを知った上で、2011年の象徴として東大寺の大仏を取り上げたとしたら、ものすごい強烈なメッセージだと思います。
国家的な巨大プロジェクトに潜むワナがあり、そのワナにより国家が維持できなくなる事がある。いま、その状態である。

奈良時代は74年で遷都してしまいました。
チェルノブイリ原発事故を起こしたソ連も同じく70年そこそこで崩壊しました。
今の日本の体制は1940年あたりに完成したと言われています。
ってことは、日本も現体制の終わりが近づいているのかもしれませんね。
こんな街になりたかったのだろうか? [2011年04月26日(Tue)]
打ち合わせのため神戸の新長田に行く。
バラソースを買いに移動するついでに鉄人28号を見る。
50代の会社員風の男性たちが携帯電話で必死に写真を撮っていましたが、他の層は見向きもしてません。



鉄人28号のバックには復興住宅が立ち並ぶ。


東北ではこれから復興に向けて都市計画が進められるわけですが。
役所というのは前例に弱い傾向があり。決して内容が良くなくても、前例を踏襲する傾向がある。
同時に、早く復興させようと、まちづくりのプロセスを飛ばしてしまう場合がある。
その結果、住民たちの思いもよらない街が出来上がってしまう事がある。

この街に住む人は、このような街になりたかったのでしょうか?

とにかく、ビルの街にガオー・・・って感じになってます。


ちなみに、隣の街のまちおこしは「三国志」だそうです。



こちらの方が作品が少し新しいおかげで、少しはヒットする層が広いようです。
こだまでしょうか [2011年04月25日(Mon)]
アースデイ関門が開催された下関は、東日本大震災の影響で、大量にテレビで流れた公共広告機構のCMで取り上げられ一般にも有名になった金子みすゞが住んでいた町です。

そんなことで、町のいたるところに・・・・








バックパッカーは何を求めて来たのだろうか・・・・・
白楽のまち [2010年11月09日(Tue)]
先週書こうと思っていた記事ですが・・・。神奈川大学の最寄り駅、東横線の白楽駅付近のまちってけっこういいんですよね。
なんというか、人が住んでるってまちなんです。

まず、改札から出たらすぐ店がある。
よく駅前に大きな広場をつくるところがあるのですが、そういう駅前って活気がない所が多い。
駅を出た瞬間に、広々としていると、そのまちで買い物をしようと思わなくなるんですよね。
そそくさと、バスやタクシーなどの交通機関に乗って移動したくなるので、そのまちをちょっと覗いてみようという気が無くなります。
その点、白楽は改札を出たらいきなり店があるので、なんかわくわくします。

駅ビルが無い。まあ、ビルを建てるほどの駅ではないのですが・・・
駅からすぐに店があるというのは、駅ビルというのは似て非なるもの。
モダンな建築物であるビルに整然と並べられた店は、わくわく感に欠ける。
また、大手のチェーン店などが入っていると、どの駅に来たのかわかんなくなるという無個性なムードを漂わせ。まちを探検したくする気を萎えさせます。

幅2.5メートルの道を挟んだ昔ながらの商店街がある。
裏に4メートル以上の道路が走っているから成立しているようなもんですが。
店の中に居ながら、向かいの店と世間話できるぐらいの道路幅は、店と店との間のコミュニケーションを生み出し、販売に必要なコミュニケーションスキルの向上に繋がる。また、通行している人に対してもメッセージを発信しやすい。
お店の中が見えちゃうし、いろんなものが聞こえちゃうので、お客さんも発見が多い。
バーカウンターだけの店の会話も通行人にまる聞こえ。まちの噂の発信源に。

とはいえ、まあ、こういう狭い路地の商店街が一度ダメになると、一気にまちが暗くなってしまうという欠点もありますが、ちゃんと機能していれば、相乗効果抜群。



だから、活性化しようと努力しています。

そして、徒歩で行ける大学など学校がある。



大学や高校が徒歩圏内にあると、まちを若者が歩きます。
その若者が、おもしろいと思える店が出来る事で、商店街に新陳代謝のチャンスが現れます。

ちなみに、スクールバスで行くような学校の近くの駅前はいまひとつです。

大学生に舞台と言うか、チャンスを提供するおおらかさも、まちに若者の関心を向かせます。
大学祭の横断幕をつけてあげるだけで、大学生が駅前の街への愛着が増します。

とはいえ、学生は卒業していってしまうのですが、ほんの少しだけでも、地域に残ってくれれば御の字です。

そんなことで、白楽のようなまちって、すっごく貴重かも。
そして、まちやひとが元気になるヒントがいっぱいあるように思います。
デング熱流行、地球温暖化もだけど都市化が問題かも [2010年09月16日(Thu)]
今年は中国や東南アジアでデング熱が流行っているそうです。
以前、ある国際保険学の先生より、同じ蚊が媒介する伝染病だが、デング熱はマラリアに対し都市化が進んでいるところの方が流行しやすいとおっしゃっていました。
デング熱増加の背景には、自然破壊や都市化の影響が大きいように思えてなりません。

<デング熱>大流行の兆し 東南アジアで死者数拡大
(毎日新聞 - 09月16日 11:23)

200人近くのデング熱の患者が診察を待つサンラサロ公立病院の待合室=マニラ首都圏マニラ市で、矢野純一撮影
 【マニラ矢野純一】
東南アジアでデング熱が大流行の兆しを見せている。フィリピン、ラオスではすでに感染者数、死者数とも昨年1年間の数を超えた。大流行の原因は明らかではなく、旅先で感染する日本人感染者も増えている。

 世界保健機関(WHO)西太平洋事務局によると、8月下旬時点で、フィリピンでは感染者6万2503人、死者数465人で最も拡大している。次いで、マレーシアが感染者3万1529人、死者数101人。マレーシア、シンガポールもすでに、昨年1年間の感染者数に迫っている。

 また、感染地域から日本に帰国した旅行者が国内で発症するケースも増え、国立感染症研究所によると、8月末時点で、感染者は126人。昨年の感染者数92人をすでに超えた。

 フィリピンでは、都市部の貧困地域での発生が目立つ。保健省は国内290地区を指定して警戒するよう指示する一方、週末も病院を開き、デング熱専門の窓口を開設するよう要請している。マニラ首都圏のサンラサロ公立病院では、連日200人以上の患者が順番待ちをしている。待合室にいた50歳代の男性は熱で目を真っ赤にしながら、「2時間以上も待っている。いつになれば、診てもらえるのか」と、弱々しい声で話した。

 フィリピン熱帯医学研究所(モンテンルパ市)で、感染症の共同研究を行っている東北大大学院の斎藤麻理子助教(微生物学)は感染者数の急増について、「蚊など節足動物を媒介とする感染症は、気候など環境の要因を受けやすく、地球温暖化が流行の一因とする研究もあるが、現段階では断定はできない」と説明している。

 【ことば】デング熱

 ネッタイシマカやヒトスジシマカを媒介とし、感染後、3日から1週間で発症。高熱が続き全身がだるくなる。血小板が減少し、消化管から出血する場合もある。適切な治療を行えば致死率は数%以下といわれる。デングウイルスの型は4種。ひとつの型に感染すると免疫ができるが、他の型には再感染する。再感染の場合、重症化しやすいといわれる。



デング熱が流行、市を挙げて“蚊を撲滅”へ―広東省東莞市
(Record China - 09月16日 11:26)

15日、広東省東莞市でデング熱の感染が急増していることを受け、市を挙げてウイルスを媒介している蚊の撲滅運動が開始された。
2010年9月15日、四川新聞網によると、広東省東莞市でデング熱の感染が急増している。これを受け、ウイルスを媒介する蚊の撲滅運動が市を挙げて行われる。

東莞市衛生局の公表したところによれば、7月13日に同市のある市民が東南アジアへの観光から帰国し、22日に発症したのが最初に確認された症例。その後9月13日までに確認されたデング熱感染例は11例に上る。うち6例はすでに完治したが、5例は現在も入院中。いずれも軽症で、重体患者は出ていないという。

9月11日、広東省の衛生庁と愛国衛生運動委員会、疾病予防センターが東莞市へ専門家を派遣。東莞市政府は14日に緊急会議を開き、デング熱の感染が蚊を媒介としていることから、15日から27日まで全市を挙げて蚊の撲滅運動を行うことを決定した。

デング熱は蚊を介してデングウィルスが感染することによって引き起こされる。突然の発熱や、激しい筋肉痛・関節痛などが主な症状。(翻訳・編集/岡田)
バンコクの新しい交通機関に乗る [2010年08月24日(Tue)]
23日にエアポートリンクが開業しましたが、それ以外にもバンコクでは新しい交通システムが次々出来ています。

その一つがこれBRTです。



電車の駅みたいなところに、バスが走っています。



バスの前輪の前にガイドレール用の案内装置がついています。



道路の真ん中に専用の専用道路(ガイドレールが駅の近くのみなので、専用軌道と言うのもおこがましい)があり、そこを走っているのでバンコク名物の渋滞知らず。



こちらは終点の様子です。

半自動運転の名古屋のガイドウェイバス「ゆとりーとライン」にも似ていますが、プラットホームの位置が高いのが特徴。一般道へ直通運転は出来ませんが、ホームとバスとの隙間が少なく車いすも簡単に乗れるバリアフリーになっています。

一部の駅ではホームドア方式になっていて、エアコンが効いたところでバスを待てます。

さて、このBRTに乗ろうとすると、専用のバス停に行く必要があるわけですが、普通のバスト違って改札口とプラットフォームがあるんです。
試乗期間中なので無料で乗れちゃいました。



現在はサートンから、ナラティワット通りを抜け、チャオプラヤー川沿いを走るルートのみですが、バンコク中に広げる計画なのだそうです。

バスは、中国製でたぶん天然ガスを使っていると思われるディーゼルエンジンで走っています。専用の高架道路もありませんが、低コストで渋滞しらずになることを考えればこれもアリかと思いました。


BRT http://www.bangkokbrt.com/
タイフェスもエコ [2010年05月12日(Wed)]
今週末の5/15.16に代々木公園で開催されるタイフェスティバル。
例年、アースデイ東京の3倍のお客さんが来るわけですが。それだけに、エコの取り組みが進化してきています。

ホームページにも、環境配慮への呼びかけが掲載されています。



楽しくタイ料理が戴ける人気イベントを持続可能にするために、タイフェスでもエコバッグをどうぞ。

わたしは、マーヤーゴータミ財団ブースにて、さをり織りを販売しております。
ぜひお越しください。
カオラックにマクドナルドが・・・ [2009年12月01日(Tue)]
津波の被災地域は、2.3か月間が空くと、景色が一変していて驚くことがある。

今回の驚きその1 マクドナルドができた。



しかも、24時間営業。(汗)

カオラックも観光地として世界に認められたということなのでしょうが。
地道に頑張って復興してきた方が、大資本に駆逐されないかちょいと心配。
駆逐されないように頑張ってほしいと思った。


驚きその2 バンニアンの発展

とにかく店が増えています。



危険区域なんのその、店が建ちまくりです。

自称ネパール人のミャンマー人、パタヤで働いていたおねーちゃんなどが、北部からの出稼ぎ者などが、流入してきています。
この地域が伸び盛りなんでしょうね。



驚きその3 むむむむむ

常宿のご主人と話していたら、最近日本人経営のダイビングショップができたそうな。
で、向かい側を見てみると、なんと、日本人経営のダイビングショップのカオラック地区の2店舗目があるじゃないですか。

うっひゃー。
分離している街 [2009年07月27日(Mon)]
本日より船橋でのTSUNAMIクラフト展が始まりました。
そんなことで、JR船橋駅の北口に出たところ、不思議な光景を見たのです。
駅を降りた人が、一斉にエスカレーターに乗って登って行くのです。



船橋駅の北側に行きなれないために、よくわからず地上を歩いた後、歩道橋の上に昇ると全く風景が違うのに驚きました。
地上は、車だらけで、歩道は一部を除いて細いく、薄汚い店が多いのですが、歩道橋の上は、屋外に椅子やテーブルの並んでいるカフェがあり。まるで別世界です。

かなり前に故岡並木さんのエッセイに書かれていたのですが、駅前で商売できる範囲は、改札口から400メートルまでなのだそうです。ただし、様々な障害があると、その距離が短くなってしまいます。
エスカレーターがあるとはいえ、いちど歩道橋に上らなくてはならないため、歩道橋から直接入れる店舗は別にして、歩道橋から降りなくてはいけない店舗はかなり苦戦を強いらているのではないでしょうか。
それが、歩道橋の上下の違いの原因のひとつではないかと感じました。



また、JRの高架下には、SHAPO~というショッピングモールがあり、始発から終電まで通れる解放通路になっています。

船橋が東京のベッドタウンとして急速に発展し、多くの人が住むようになったことと、車や自転車の増加で、人と車を分離した結果、人が駅前の地上から追い出された形になってしまったのでしょうか。なにか、いびつな感じがします。



こちらは、高架下の側道です。自転車が歩道に侵入しないように、障害が設けられています。
夕立のときに撮影したので、写真には写っていませんが、この障害のおかげで、人が通りにくく、車道を歩く人も・・・
しかも、車道にはバイクや自転車が放置されていて、歩こうとすると、道路の真ん中になります。
そして、車いすは当然歩道を通行できません。

そんなことで、表側は、なにか殺伐としたものを感じるのですが。
一歩裏道に入ると、昔ながらの建物の「編み物教室」があったり、いわゆる「荒物屋」があったりと、懐かしい感じがします。

どのようなプロセスでこうなったのかわかりませんが、近郊の人がそこに踏み込まれないような街の構造になっているような気がしました。

燕の巣がいっぱい [2009年07月22日(Wed)]
明石からフェリーで岩屋に渡りました。

フェリーを降りると、さびれた商店街があります。



商店街の中には昔ながらの荒物屋があったり、露店の魚屋さんが目の前で魚をさばいてくれるという、タイムスリップした世界も残っていたりします。

その中で一番元気なのが燕です。

こんなにビュンビュン飛んでいるのは、日本国内では久しぶりに見ました。

で、軒先を見ると、



燕の巣がいっぱいあります。

これだけ燕の巣があるということは、燕の巣の材料がたくさんあるということです。
粘土質の土や植物がいっぱいあるということです。

逆からの視点で見ると、都市がいかにコンクリートとアスファルトで覆われ、土も砂利や砂、はたまた土など、燕の巣の材料となる粘土質の土を排除してしまっているということかもしれません。



岩屋には、漁船を直す工場があります。



波が高くなく、浅いところをいける船の形が、瀬戸内ならではという感じがします。


それと、燕の巣のほかに岩屋でたくさんみかけたものというと。



トヨタBbのオープンデッキタイプです。最低2.3台はありました。

ワル顔の若者向けの車ですが、魚を運ぶのに便利なのと、狭い道が多いので車体の見切りのいいボディが、漁村にウケたのでしょう。

マーケティングがしっかりしているトヨタですが、設計者は、こういう需要には気付かなかったんでしょうね。
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ドキュメンタリー映画「STILL ALIVE 2005年プーケットに何が起きたのか」
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