• もっと見る

STILL ALIVE

2001 ニューヨーク同時多発テロによる海外渡航自粛
2002 SARS(重症急性呼吸器症候群)による渡航規制
2003 鳥インフルエンザによる東南アジアへの渡航規制
2004 スマトラ島沖地震による津波被害
次は何が起きるのか?

ここ、数年、観光で生きているタイ・プーケットは、毎年のように、数々の苦難が襲っているが、立ち直っている。
しかし、今年、2005年は、すでに津波被害からの復旧が終わったにも関わらず「日本人観光客だけがプーケットに来ない」という現象が発生。それは、タイ・プーケットで、現地のタイの人たちと共に暮らし続けている日本人たちを直撃。それでも、力強く、楽しく、生きている。そこには、今の日本社会が失った大切なものが生きていた。

ブログ名同名のドキュメンタリー映像の製作に関する話題。
風評観光被害の他に、地球温暖化の問題、コミュニティの再生、人間の回復、地域の再生、貧困問題などを取り上げてゆきます。
ツナミクラフトの「さをり織り」の情報。
エコロジーシアター「天の浮舟」情報も。


カテゴリアーカイブ
最新記事
最新コメント
<< 2018年03月 >>
        1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 31
月別アーカイブ
タグクラウド
燕の巣がいっぱい [2009年07月22日(Wed)]
明石からフェリーで岩屋に渡りました。

フェリーを降りると、さびれた商店街があります。



商店街の中には昔ながらの荒物屋があったり、露店の魚屋さんが目の前で魚をさばいてくれるという、タイムスリップした世界も残っていたりします。

その中で一番元気なのが燕です。

こんなにビュンビュン飛んでいるのは、日本国内では久しぶりに見ました。

で、軒先を見ると、



燕の巣がいっぱいあります。

これだけ燕の巣があるということは、燕の巣の材料がたくさんあるということです。
粘土質の土や植物がいっぱいあるということです。

逆からの視点で見ると、都市がいかにコンクリートとアスファルトで覆われ、土も砂利や砂、はたまた土など、燕の巣の材料となる粘土質の土を排除してしまっているということかもしれません。



岩屋には、漁船を直す工場があります。



波が高くなく、浅いところをいける船の形が、瀬戸内ならではという感じがします。


それと、燕の巣のほかに岩屋でたくさんみかけたものというと。



トヨタBbのオープンデッキタイプです。最低2.3台はありました。

ワル顔の若者向けの車ですが、魚を運ぶのに便利なのと、狭い道が多いので車体の見切りのいいボディが、漁村にウケたのでしょう。

マーケティングがしっかりしているトヨタですが、設計者は、こういう需要には気付かなかったんでしょうね。
トラックバック
※トラックバックの受付は終了しました
コメント
プロフィール

まいける東山さんの画像
まいける東山
プロフィール
ブログ
https://blog.canpan.info/ideaeast/index1_0.rdf
https://blog.canpan.info/ideaeast/index2_0.xml

tsunamicraftをフォローしましょう

canpanブログ大賞
特報!
ドキュメンタリー映画「STILL ALIVE 2005年プーケットに何が起きたのか」
まいける東山監督作品 ドキュメンタリー映画「STILL ALIVE 2005年プーケットに何が起きたのか」