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STILL ALIVE

2001 ニューヨーク同時多発テロによる海外渡航自粛
2002 SARS(重症急性呼吸器症候群)による渡航規制
2003 鳥インフルエンザによる東南アジアへの渡航規制
2004 スマトラ島沖地震による津波被害
次は何が起きるのか?

ここ、数年、観光で生きているタイ・プーケットは、毎年のように、数々の苦難が襲っているが、立ち直っている。
しかし、今年、2005年は、すでに津波被害からの復旧が終わったにも関わらず「日本人観光客だけがプーケットに来ない」という現象が発生。それは、タイ・プーケットで、現地のタイの人たちと共に暮らし続けている日本人たちを直撃。それでも、力強く、楽しく、生きている。そこには、今の日本社会が失った大切なものが生きていた。

ブログ名同名のドキュメンタリー映像の製作に関する話題。
風評観光被害の他に、地球温暖化の問題、コミュニティの再生、人間の回復、地域の再生、貧困問題などを取り上げてゆきます。
ツナミクラフトの「さをり織り」の情報。
エコロジーシアター「天の浮舟」情報も。


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夕張に入る [2007年06月17日(日)]
八戸から苫小牧まで夜行のフェリーに乗る。
苫小牧の港につく1時間ほど前、フェリーの近くをイルカが併走したそうで、ちょっとしたタイミングで見逃し残念。霧の中汽笛を鳴らしながらフェリーは苫小牧に着く。
そして苫小牧でレンタカーを借り夕張に向かう。
朝ご飯をたべようとしたが、なかなか空いている店がない。
北海道は土地が広いと言うこともあり、フェリー乗り場の食堂を逃せば、なかなか食べる場所がない。
朝食をとり、夕張に向かう。
夕張と言えば、幸せの黄色いハンカチということで、その記念の広場を目的地としてカーナビをセットする。
夕張市内に入り、踏切を渡るあたりから、映画のシーンと重なる道が目の前に現れる。
残念ながら赤いファミリアではなく、銀色のタイ製のホンダ・フィットアリアで、その坂道を登るあたりで、道は似ているのに映画とは全く違う風景に気がついた。それは、住宅が少ないのである。
専用駐車場に車を止め、案内に従って行くと。係員に呼び止められる。
どうも夕張市内の観光施設は大人で3000円以上するフリーパス制になっていて、かなりの施設に入れるし、移動はバスが乗り放題にもかかわらず、単館入場券の販売が廃止になったので単館入場が出来ない。
んー、多くの観光客からすれば、これってギャンブルですよね。たった一つの目的だけのために夕張に来た人に失礼である。しかも、温泉には入れるんだけど、温泉にはいるときは別途温泉税を払わないといけないということで、フリーパスにもかかわらずフリーパスではないという矛盾つき。(あとで調べたら、つい最近導入されたそうで、やはり、かなり不評らしい。最近、全国の役所が夕張に視察に行くのが流行っているらしいですが。フリーパスは視察なさる方に売りつけるのには適当なパッケージかも)
しかし、黄色いハンカチは屋外なので、タダで見ていいとのことなので黄色いハンカチに近づいていく。(長屋の中の資料館はフリーパスが必要)
行ってみると木造の長屋がほんの少しと、黄色いハンカチのはためく柱が立っていた。
確かにこの風景だけどなんか違う。
おそらく決定的に違うのは、炭坑の街だった頃の夕張の風景と、閉山し観光で売ろうとしたけど多くの人の雇用に繋がらず、人がいなくなってしまった街の姿だった。
とはいえ、この街がかつて栄えていたのは、様々な建物でわかる。
本町の方に移動する。このあたりは、街の到る処に古い映画の看板が掲げられている。
映画のロケ地として使われたり、ゆうばり国際ファンタスティック映画祭が行われたりと、何かに映画に縁があるということで取り付けられたのだろうが。
市の財政が破綻し、ゆうばり国際ファンタスティック映画祭が中止された現在空しいだけだ。
現在、商工会議所の中に2008年に映画祭を復活させようというNPOがあるそうですが。その建物に掲げられている「遠き落日」の「愛・とどきますか・・・」というコピーが妙に泣かせる。
映画への愛・とどきますか・・・



そして、さらにぶらぶらと歩くと、先日の夕張市長選挙の跡が残っていました。



「大企業の誘致、雇用拡大」と書かれている。
夕張は、炭坑で元気な時は、大企業にべったりで、仕事は危険だが仕事はあった。
そして、炭坑が閉鎖され、観光にシフトしたが失敗。
大企業の元で働いていたり、大企業との取引や、大企業がいて町に人がいたから儲かったという歴史があるだけに、この言葉は多くの人の共感を呼び、落選はしたものかなり善戦した第二位だった。
だが、今の夕張市の状況は大企業に翻弄された結果とも言えるだけに、そのことが解っている人にとっては空しいスローガンに聞こえたに違いない。
私の考えるに、多くの方に支持を受けたにもかかわらず負けてしまった、敗因の一つはここにあったのではないかと感じた。

さて、歩き疲れたので、ちいさな喫茶店に入る。
通りは人通りが少ないのに、この店はお客さんがいっぱい。
そんなことで、おばあさんと相席になる。
このおばあさんは東京出身で、私の今住んでいた近くに住んでいたらしい。
第二次大戦末期、東京に空襲があり、「住むところと仕事がある」という理由で疎開先として夕張を選び引越したのだそうでそれ以来夕張に住んでいるのだそうな。
旦那さんは東京では製本の仕事をしていたそうですが、夕張では同じような仕事はなく、とても苦労したのだそうな。
それから、炭坑が元気な時代は羽振りも良かったようで、飛行機を使い月に何度か東京に出て、息子の家に通っていた事もあったそうな。
妙なところで、東京と夕張が繋がる。

東京って、このおばあさんが夕張に行った当時の「住むところと仕事がある」というキーワードを持っている街ですよね。
大企業があり、そこに住むところと仕事がある。
しかし、実際はそうはいかない。それは甘い言葉の裏に何かがあるからだ。
確かに物質的に豊かになる人も多いが、本当の豊かさを得たのかはわからないし、豊かさのおかげもあり気がつかぬうちに人として何かが失われる大切なものがあったりする。

このあたりが、夕張そして、東京やプーケットも含めに移住労働について考える鍵のひとつのように感じた。



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