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タイのマンガ家の描いた日本復興イラストが山田町と似てる
ビッグイシューなどでおなじみのタイの人気マンガ家"タムくん"ことウィスット・ポンニミットさん @wisutponnimit の描いた日本の震災復興イラストが、なんと岩手県の山田町の風景と似ているという指摘がありました。
![]() もう一回、立って見せる ![]() 御蔵山から山田湾を眺めて 確かに似てるかも。もしかして、タムくんはここに来た事があるとか。 それより、朝日を見て「もう一回、立って見せる」と言っている所が山田町っぽい。 ちなみに、このイラストの書かれたTシャツは夏場の支援物資として、タイの財団から宮古市などに届けられています。また一部販売されたものは東北支援の資金に使われています。
茨城県大洗のアウトレットモールでさをり織りリストバンド絶賛販売中
大洗リゾートアウトレットで、さをり織りのリストバンドを販売開始したとのことです。
茨城県沿岸部は東北三県に比べて報道が少ないのですが東日本大震災の津波の被害を受けました。今は原発事故の話題の方が先行していて。いち早く復興に向かっている情報が伝わってきていません。 そんな中、7月16日に営業再開した大洗リゾートアウトレットで、がんばっぺ!茨城、がんばっぺ!東日本というキャンペーンを打ち、その流れでタイの津波被災者が作ったリストバンドの販売が開始されたと言うのです。 嬉しいです。 なんでかと言うと、このタイの津波復興のさをり織りと茨城県とは切っても切れない関係があるんです。 そんな、茨城県で販売し、茨城が元気になるのなら、もう言う事なしです。 関係1 タイにさをり織りを伝えた人は、茨城県立医療大学でさをり織りを教えている。 茨城県立医療大学でさをり織りを教えているチームに、タイの北部の街、チェンマイにさをり織りを教えた方がいるんです。チェンマイに伝わらなかったら、タイ南部の津波被災地にはさをり織りが伝わらなかった。 また、創療祭という大学祭で毎年さをり織りの体験会をやっているそうです。 関係2 タイの津波被災地でのさをり織りを支えた日本人ボランティアは、茨城の大学関係者のカンパで派遣されていた。 ここまで来ると。トリビア的ですが。 津波被災地のさをり織りの初期を支えた日本人ボランティアの福田さんは、茨城キリスト教大学文化交流学科の先生方が呼びかけて始まったアジアンボランティア・サポート基金によって派遣されたんです。 最初は、現在のバーンターンナムチャイ財団の原型となる、ドゥアンプラティープ財団の津波サポートチームに入り。お話キャラバン等の子供のケアに従事するのですが。子どもが学校に行っている間は仕事が少なく。すぐ近くのテントで実施していたさをり織りと出会う。 その後、復興のために作ったクラフトを販売するアンテナショップ「Tsunami Craft Centre」で働くようになります。 津波復興のためのものづくりは、心のケアとか、ストレス解消、短期的な収入源になるとのことでたくさん立ち上がるのですが。販売ルートなど流通面を軽視する傾向があり。不良在庫の山となり継続が困難になるケースが多いのです。 そこで、タイの南部ではイギリス人のカレンさんがポケットマネーで店を借り。近隣の津波復興の製品作りのプロジェクトの商品を販売し。それぞれのプロジェクトの代表が参加する運営会議により合議制で運営されました。 私がツナミクラフトの活動を始めたのは、この「Tsunami Craft Centre」の在り方に共感したからです。 最初は「Tsunami Craft Centre」をサポートするイメージで、福田さんとやりとりをしながら、日本に最新の製品を輸入し。日本のお客さんの声をタイに届けました。 その後、「Tsunami Craft Centre」は閉鎖されるわけですが。 「Tsunami Craft Centre」に尊敬の念を込めて、いままでの屋号「アイデアイースト」から「ツナミクラフト」ブランドに変更しました。 ですので、茨城県の大洗リゾートアウトレットという津波の被災エリアの「流通」で扱っていただけるというのは、感慨深いものがあるんです。 流通がしっかりしないと、津波復興の産業が復活出来ないんです。 さて、福田さんはというと。 タイでさをり織りの魅力に取りつかれ。仙台でさをり織りを学び。青年海外協力隊に応募し。 旧ソ連の中央アジアの国「キルギス」に行き、さをり織りを伝えます。 ゴルバチョフ氏曰く、ソ連崩壊の原因はチェルノブイリ原発事故だったといいます。 その後、旧ソ連の諸国では、社会体制の大きな変化と、一部の資源が豊かな地域以外は経済的にもうまくいかず。自殺率の高い国だらけになります。(日本もそれらの国に匹敵する自殺率がありますが) そのような国の一つが中央アジアの国「キルギス」です。 さをり織りを通して、生きがいづくりに取り組んだのです。 青年海外協力隊の任期は短く、福田さんが立ちあげたさをり織りは、次の担当に引き継がれたとのことです。 残念な話ですが、日本でもレベル7の原発事故が起き、ただでさえ財政が良くないと言われているのに、長期間にわたり多額の税金を使わなくなっています。 そうなっては欲しくはないのですが、チェルノブイリ以降のソ連と似たシナリオになる可能性があります。 そうなっても、「生きがい」と「流通」がしっかりしていれば、どうにかなるのではと思うわけです。 話はずいぶん逸れてしまいましたが。とにかく、大洗リゾートアウトレットに行ってみてください。 是非、大洗から発する、復興の光を感じてください。
山田!座布団一枚!!
先週金曜日に「三陸さをり(仮)」が立ちあがった山田町には、誰が考えたか分からない「座布団一枚」スポットがあります。
江戸時代の年貢米の貯蔵庫が国際機関の食料庫に!! 震災の支援のためWFP 国連世界食糧計画が山田町に建てたテントが、御蔵山という、なんと、江戸時代に年貢米を貯蔵していた場所だったんです。 ![]() ![]() 国連の方も、江戸時代の武士も、食料を貯蔵するにはここがいいと合理的に判断したわけでしょうが。150年の時代を超えて蔵が復活するとは・・・・。 座布団一枚!! ![]() ちなみに、御蔵山は山田湾を一望できる絶好のビューポイントになっています。 ここで、手を合わせてみるのもいいと思います。 近くに仮設のお店とかもあめので、近くに立ち寄る時は是非。 海を眺めるということでは・・・・ 津波で破壊された堤防越しに海を眺める翁たち ![]() 船越地区船越湾側の田の浜あたりにあるのですが。 津波で破壊された10メートルクラスの巨大な堤防越しに海を眺める翁たちがいます。 おそらく、誰かがどこかから流されてきた翁の人形をそっと置いたのだと思いますが、なんとも感慨深いものがあります。 いろいろな想いと、ちょっとした遊び心が作った、作者不詳の芸術作品。 座布団一枚!!
「三陸さをり(仮)」織り始めました
震災から半年たち、構想から6カ月でようやく、岩手県沿岸部でさをり織りを織り始めました。
9月30日午後1時に、山田町のやまだ共生作業所にて、さをり仙台から届いた織り機と糸とさをり織りセットの検品に行ったところ。織り機が届いたとのことで、織り物をしたい、織り物に興味のある4人の女性がいらっしゃり。検品もしないまま、いきなり織り始める事になりました。 ![]() 記念すべき、第一歩の瞬間。 ![]() 織り機はなんと、タイの津波被災地で使っているものと同じ型。 4人のうち2人は、初心者。あと2人は、裂き織りや大島紬の織り物の経験者。 織り機を流されてしまって、久しぶりの織り機の感触に大喜び。 さをり織りは、自由に織る織物とのことで、きっちりやらなければならないという事がなく、織りが楽しめるとおっしゃってました。 この地域には、織り物をやっていた人が多かったのですが、津波で織り機を流されたり。ながらく倉庫で眠っていてもう動かないものもあるのだとか。 だから、血が騒ぐんでしょうね。 早く縦糸を作れるようになりたいとの積極的。 それと、織り機のコンパクトさにもびっくりしてました。 これなら、狭い仮設住宅や、仮設住宅の集会所でも出来ると、希望がわいてきます。 ![]() 打ち込みの強弱で模様が出来る事にも感動してました。 いままで強く打ちこまなければならないと教えられてきたのだそうで、打ち込みの強さでいろいろ風合いが変わる事が新鮮だったようです。 また、耳を揃えなければならないと教えられてきたのですが。 わざと耳を出してみると。これがなかなか面白い。 「三陸さをり(仮)」プロジェクトでは。冬が本格化する前に。 まずは基礎固めということで、宮古市を中心に、田老、宮古、山田の三地区で体験織りからスタートし。縦糸作りのできる人を各地区にできることを目指します。 てなことで、「三陸さをり(仮)」が始まりました。 まずは人からということで、地元のネットワークを使って奔走して下さった宮古のOさん。きっかけをつくってくれたNさん。 そして、沿岸部の津波被災地の一番の問題は土地が無いという中で、快く場所を提供してくださったやまだ共生作業所のみなさん。地域の皆さん。 カンパを下さった兵庫県のYさん。 さをり仙台をはじめとするさをり織りの皆さん。 ほんと、いろんな人の力でスタートをきることができました。 感謝。 さて、これからどんな話が織りなされていくのか。 楽しみ楽しみ。 さをり織りは、なんでも織りこんでいくことが出来ます。 この記事を読んだみなさまも、いろんな形で噛んでいただくと、また新しい織りができます。 ぜひご協力お願いいたします。
宮古のTシャツを着て海の民を訪ねる
タイの津波被災地には、モーケン、モクレンやその他マレー系など様々な海の民が住んでいます。
今回の調査旅行では、そのうちいくつかの海の民を訪ねました。 ![]() パクトリアム村の女性たち。 草木染めを行っているパクトリアム村は、津波の前まで島に住んでいたのですが。津波のために島の形が変わってしまい。今までの場所に住めなくなってしまいました。 そこで、内陸部に作った新しい村に、コミュニティ毎引っ越してきました。 ![]() タイ南部には、イスラム教徒の漁村がたくさんあります。 いくつかの村を訪ねるとわかるのですが、村ごとに顔が違うんです。 いまではタイ人として同化して暮らしていますが。このあたりは、海のシルクロードの一部ですから。いろんな民族がこの地に移住して暮らしているのでしょう。 ![]() モーケン族の方たちと宮古の「浜守人」Tシャツを着て 文字を持たずに、200年以上前の津波について、口頭伝承で伝え被害を最小限に抑えたモーケン族の方たちです。 この部落では、津波の兆候が見えると、ヤシの木に登るように伝わっていたとのことです。ちなみに1本のヤシの木の定員は3名だそうです。 残念ながら、1歳の子供1名が行方不明になりましたが。それ以外は無事だったそうです。 こちらも、島の形が変わり住めなくなったため移住を余儀なくされたわけですが。モダンな家に住む事になり、伝統的な生活ではなくなりました。 かつての生活は懐かしいけど、今の生活も悪くなく、時代の流れだと悟っているようでした。 そうそう。モーケン族の方が、津波のあとにボランティアに来てくれた日本人が、いまどうしているのか気にしていました。スズキ・ユウキという方だそうです。 ![]() ご存知の方がいらっしゃれば連絡ください。 東日本大震災があったのでとても心配なさっています。
タレノーク村の学校を訪ねる
2004年12月26日に多くの児童が津波に呑まれた小学校を訪ねました。
![]() 海の脇にあった小学校は山に移転し、そこで起こった悲劇の記憶を残すための施設になっています。 ![]() 移転した学校には、多くの子供たちが通っています。 ![]() でも、校舎の片隅に、犠牲になった子どもたちの事が書かれています。 当時の様子はこちらのタイの子供たちが日本に向けたビデオに証言が収録されています。 大きな波が迫り、逃げようとした先に養殖池があり。もうだめだと、子ども同士で抱き合ったが。波にのまれ散り散りになり。山の方で救助されるまで意識を失っていたとのこと。 子どもたちは、日本での震災を受けて、絵手紙を書いてくれています。 ![]() ![]() 下の方の絵には「私たちは頑張ろうと言わなくても良くなりました」との文章が書いてあるそうです。 「がんばろう!」と言わなくなった時、始めて復興したと言えるのかもしれませんね。
さをり織りがもてなすリゾートホテル
カオラックにはさをり織りがもてなしてくれるホテルがあります。それは、カオラック ラグーナ リゾートという四つ星ホテルです。
![]() このホテルも10メートルの津波が押し寄せた地域でダメージを受けましたが。今では何事もなかったようになっています。 このホテルのラウンジやロビーの一角に津波被災者たちがつくったさをり織りのクッションがあるんです。 ![]() ![]() 自らのホテルだけでなく地域の復興を願うホテルの支配人の気持ちがリゾートのインテリアとなり。地元の布を使う事により、世界のどこにでもないカオラックオリジナルのリゾートを表現しています。 ![]() そして、このホテルというか、この地域のビーチリゾートのウリは。 インド洋に沈む夕日。 何度見ても美しい。
国分寺カフェスローで展示・販売
国分寺のカフェスローで展示販売してきました。
![]() たった一日でしたが、カフェに来てくれた方に体験織りもしてもらいました。 ![]() 織りものがあるスローライフいいですよね。 そうそう、カフェスローには縄文時代の織り機が置いてあります。 ![]() 縄文時代の織り機で裂き織りをしているところです。 織り機としては原始的な縦型の織り機。 もしもとは木の枝を利用していたようで、紀元前8000年にはあったそうです。 つまり、織物の歴史は1万年あるのです。 プルトニウム239の半減期が2万4000年以上って事考えると。半分になるまで織物の歴史の2倍かかると思うと。将来の放射性物質の管理はほぼ絶望的な気がしてしまいます。 古い織り機というと・・・・ ![]() 宮古市の津波に遭った古民家の蔵の中から出てきた「糸繰り」も展示しました。 何十年も使われてないもので、巻かれた布は100年ものの可能性も。 この民家には、南部藩の紋章の入った釘が使われていました。 いやいやびっくり。 以前は、宮古でも絹織物が盛んで、一度、遠野に出荷して遠野ブランドで全国に売られることがあったそうです。 いわゆるOEMですね。 但馬牛を神戸で捌く事で神戸ビーフになると似たパターンとも言えるかも。 それはさておき、カフェスローにこんな三陸関連アイテムも。 ![]() 10メートルの津波に遭ったにもかかわらず再開した釜石の工場で作ったペレットストーブ「クラフトマン」がありました。 電気を使わないペレットストーブです。 3.11の後、電気が復旧しない間、多くの人を温め続けたストーブです。 送風や排気、ペレットを供給するために、外部電源を必要とするペレットストーブってけっこう多いのだそうです。 例えが悪いですが、東京電力の福島第一原発もそうですが、外部電源に頼らないと動かないシステムって非常時に弱い。 特に寒冷地で電源喪失したら暖が取れなくなるというのは命に関わります。 便利さだけでなく、セキュリティも考えて、ストーブを選びたいですね。
売れるのはいいのですが複雑な気分
東京おもちゃ美術館のミュージアムショップのフェアトレードコーナーに商品を納品しているのですが。震災直後の3月4月は悪かったのですが、5月以降、昨年比、1.2-1.5倍とか、そういう勢いで、第三世界ショップのアニマルコインパースなどが売れています。
油断していると、あっという間に棚が寂しくなってしまいます。 ![]() なぜ、東京おもちゃ美術館で売れているかと言うと。 子どもを安心して遊べる場所が限られているからです。 お客さんがたくさん来て、ものが売れるのはいいのですが。 原因が、放射性物質公害ですからね・・・・。 地震と津波をきっかけに起きた原発事故により、放射性物質が撒き散らされるという大規模な公害事件が起き。都内にも放射性物質が拡散し、公園の滑り台や砂場が放射性物質が溜まってしまったことで。公園が子どもが安全に遊べる場所でなくなってしまいました。 だからといって、家の中でじっとしていると子どもたちはストレスを溜めてしまいます。 だから、屋内で安心して遊べる屋内の施設の人気が出てしまったようです。 東京おもちゃ美術館だけでなく、消防博物館も例年より来場者が多いと感じました。 ちなみに、消防博物館では8月28日まで、地震に関しての展示を行っています。 私は、気仙沼の消防士さんたちが書いた、東京の消防隊への感謝の手紙が泣けました。 自らも被災者なのに消防活動を行い、特に工場の火災の現場は全く鎮火せず。20時間連続で消火活動を行っていたところ。3月12日の16時頃に、いつまでも続く、東京から来た消防車の列を見て、これはどうにかなると思ったとか。 自分の家は津波に流されたにもかかわらず、自分は他の人の捜索活動を行わないといけない立場。少し落ち着いたところで、自分の家に戻ったところ、東京消防庁の消防隊が捜索活動を完了させたとの表示がなされていて。ありがたいと思った・・・とか・・・。 大規模災害の恐ろしいところは。 支援したり救助する人が、被災してしまっているということ。 そういう時、遠くから駆け付けてきてくれた人って、ありがたいと思うんですよね。 余談ですが・・・ これは、原発事故の現場も、被災者が復旧作業の一線で働き続けている。 しかも、都合の悪い事に、他の地域の人にお願いしにくい面がある。 放射線量が高いので短時間で工事をしないといけないため、原発の構造とかをよく知っているということで、他の地域からの応援に頼れない部分があるらしい。 特殊であることは、ある程度以上大規模な被害を受けた場合。汎用性がないため、対応が困難になる。 もしかすると、原子力の平和利用を進めて行く時に、やり方を間違ったのかもしれませんね。 原発の現行システムは、原子力のパワーを最大限にということか、巨大なプラントを作ったりと、集中型のシステムになっているわけですが。 もし、鉄腕アトムのように、超小型の原子力システムとして進化し、分散型となった場合。 放射性物質の取り扱いが普通に行われるという事が起こっていたかもしれません。 多くの人が原子力の知識を持ち、リスクを理解しつつ利用していくということが出来たかもしれません。 原子力の平和利用は、巨大化させることで、平和利用出来ない環境を作ってしまったのかもしれませんね。
さをり織りリストバンド2000本販売しました
タイの津波被災者たちがつくった「PRAY FOR JAPAN」のさをり織りリストバンドが、出荷ベースですが、5月の世界フェアトレードデイから販売を開始して、本日2000本を突破しました。
ありがとうございます。 夏フェスでも大好評のようで、今日もサマソニも販売しています。 また、時々、どの店で売っているかかという問合せの電話もいただいております。 ![]() これで、最初のロットは予備以外完売となりました。 現在、タイでゾウさん中。 今日はタイの母の日なのでお休みですが・・・。 |








































