まとめ [2011年12月12日(Mon)]
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気が付けば、もう冬。
数ヵ月のブランクに 安否確認のメールや電話、家庭訪問etc. お気遣いいただきました。心配御無用、元気でーす。 いっくれ(南部弁で「ずいぶん」の意)経ってしまいましたが まずはご報告から! 以前、このブログ上でも里親さん募集の呼びかけをした 被災犬のゴロタ 縁あって、沖縄で幸せに暮らしています! 三沢空港で飼い主さんと別れるときには 空港中に響き渡るような声で鳴き続けたものの 羽田空港に無事到着し、希望者の方とご対面。 気に入ってもらえて、そして再び空路、那覇へ。 少々メタボ気味のゴロタでしたが アスリートの里親さんとの朝晩のお散歩ダイエットで 幸せ痩せしてるそうです。めでたし、めでたし! 昨日はしろがねキャンドルナイトに行ってきました。 ![]() 粉雪舞う寒空の下、ろうそくの灯りはあたたかく ![]() いろんな祈りや希望が込められ ![]() 船神輿も見守ってくれていました。 ![]() 会場となった三嶋神社は、海の守り神様。 八戸港を望む高台にあり、災害時における緊急避難所にも指定されています。 3月11日は、海水が神社下までみるみる迫って来て 足元を水に浸らせた人々が次々と境内に避難してきたそうです。 白銀地区には自主防災組織があります。 地震発生直後の、あの混乱の中 防災組織のメンバーはただちに地域の公民館に集合。 高齢者世帯の見回りや避難者・車両の誘導、炊き出し準備など 行政等の対応を待たずに、迅速に機能したそうです。 住民主導の防災対策、見習わなくては。 春、夏、秋と季節は巡り、早9ヶ月。 今年の3月の貿易統計で、前月比倍 過去最高の輸入増を記録したものが 切り花の「菊」だったそうです。 東北地方で集中的に需要が高まって、輸入量が急増した結果の数字。 無数の菊の花がたむけられたことを物語る悲しい統計です。 お盆にも、お彼岸にも、たくさんの花が供えられたと思います。 私もいつにも増して、今年は合掌に力がこもりました。 北防波堤の半分近くが欠損して 丸腰状態が続いていた八戸港でしたが 応急修理が進んでいます。 40年かけてつくったものを すぐに直せるわけがないとは分かっちゃいますが 単に旧に復するのではない補強が、ハマ住民共通の願いです。 直後は、海水が引いた後の道路一面のネバネバした汚泥が 乾燥して風に舞ったり、固まって道路は未舗装のようにデコボコ。 潮と砂と油がまじったにおいも、しばらく消えませんでした。 6月には、ずっと故障して消えていた漁港前の信号機が点きました。 たまたま、とりつけ作業中のところを通りかかって 思わず車をとめて、ずっと見入ってしましました。 おニューの信号機の光が眩しかった☆ そして岸壁に打ち上げられた、中型イカ釣り船たちの撤去も完了。 うちでも過去に同じサイズのイカ釣り船を持っていて 大漁旗や色とりどりの紙テープで見送った原風景があるので あの、傷ついて道路に横たわっている船の姿は見るに耐えませんでした。 いまでは跡形もなく片づけられて 7月には岸壁で行われる朝市も復活し、活気を取り戻しています。 夏には夜明けとともに 新井田川に沈没・横転した船を撤去したり 川底を検査する作業音で目覚める日々が続きました。 全面回復にはまだまだまだ遠いですが 八戸の港は、漁港、工業港、商業港 それぞれの機能回復を着実に進めて 復港を目指しています。 転んでから杖を探している状態の原発政策をはじめ 甘い甘い想定の上に生きていることを これでもかと思い知らされ続けています。 震災報道は減り続けていますが、まだまだ復旧段階。 当事者意識を持って、復興のためにできることを 考えながら日々暮らしていこうと思います。 そして、今週の日曜日 何年か前にやって、最初で最後なつもりでいた SLOWNIGHTのなんと第2弾!として ![]() カクテル&新蕎麦&ライブイベントを行います。 東日本大震災では スローベースがある八戸市川地区にも津波は押し寄せ 森の主・木村勝一氏の家族所有の畑も浸水被害を受けました。 その畑に植え、収穫した蕎麦を 森の仲間達が打ち、みんなで味わい、語らう企画。 八戸に縁のあるアーティストの音楽を楽しみながら カクテルはおなじみ、十和田市の『Bar K's』! の 日本一を受賞したマスターがつくるオリジナルの数々を堪能いただけます。 料金:2,000円(1drink 1soba) 津波ニモマケズ、塩害ニモマケズ、育ってくれた”TSUNAMI SOBA” じっくり噛みしめたいと思っています。 |



































