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新老人の会・北竜町(北海道)

2011年2月から、82歳でブログに初挑戦。日々の新老人生活をつづっていきます。


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第40回お話交流会「新老人の会・北海道支部」 [2011年08月25日(Thu)]
2011年8月17日(木)

「お互いに気軽に話し合える機会が欲しい」との会員の声で平成16年(2004年)8月26日に、第1回の目の集いを開催。

皆様の理解とご協力によりまして、第40回のお話交流会が平成23年(2011年)8月18日午後1時30分、かでる2・7、5階の会場に18名の会員が出席。

「私の生き方」と題して、柏葉会長の司会で、卓和者の寺内昇さん・郁子さんの二人から、3つの事変に遭遇し、その都度夫婦で協力でして乗り越えたお話が披露されました。

以下は、寺内昇・郁子さんのお話です。


本日は、貴重な機会をいただき、誠にありがとうございます。心より感謝申し上げます。

昇の人生:
人生山有り、谷有りと申しますが、今まで、大きな3つの谷がありました

<転職時代>
・二人の出会い:寺内昇&郁子は中学校の同級生。中学校時代に昇は郁子に恋する。女子校に入学した郁子に、昇はアタックするも振られる。
・昇は、東京商船大学航海科卒業後、三光汽船に入社。国際航路のタンカーに3等航海士として乗船。世界15か国に周航。スエズ運河3往復。VLCCでペルシャ湾内に6か月滞在などを経験。
・26歳のとき、いくこと結婚。1男1女を授かる
・三光汽船、1985年8月13日、会社更生法を申請。戦後最大の負債5,200億円。日航機123便が御巣鷹山に墜落した翌日、新聞で昇は自分の会社の倒産を知る。
 その後、外資系商社営業マンを辞め、日本製飛行船を飛ばすベンチャー企業に入るも事業中断。 

★1回目の谷
力尽き、仕事をする意欲を失う。3か月間の休職時、毎日幼稚園の息子とブランコに乗っては空を見て「青い」とつぶやく。地道に生きることを選ぶ。

・学術団体、社団法人 自動車技術会に就職。
・自動車技術会では、論文情報のシステム化、社内事務処理のシステム化を企画するも最終段階で認められず。

<福祉経験時代>
・1992年、海外プログラムオフィサーを募集していた日本船舶振興会に就職。
・配属は、福祉関係の助成金担当。デンマーク、スエーデンに出張し、高齢者ケア国際シンポジウムを担当。
・さらに、全室個室型の特別養護老人ホームモデル施設「ケアポートみまき(長野県北佐久郡)」建築の担当となる。
・建設・運営委員長は日野原重明先生。昇は、日野原先生との事務担当者として仕事に励む。

<情報公開時代>
・1996年、曾野綾子会長就任後、広報課長となり、ホームページを開設。以降、企画課長、広報部長、経営企画グループ長、情報グループ長、2009年情報システム統括グループ長を歴任。13年間、情報公開の仕事に従事。
・1998年、助成金事業の電子図書館を開設
・2000年、経理、勤怠、給与、助成金申請受付、処理、監査を統合システムを稼働

★2回目の谷
社内の抵抗を乗り越え全システムを稼働させる。燃え尽き症候群となるも、妻が勧めたロードレーサーで元気になる。2泊3日で能登半島410kmを一周するツールド能登に参加できるまで回復。

・2005年、NPO団体など公益活動を行う団体の情報発信を支援するポータルサイトCANPANを開設。強引な企画に社内から様々な反対を受けるも、外部からの応援に助けられる。
・社外の元気な人々、独立して活動している人々との接触が増える。

<若年性アルツハイマー型認知症と診断される>

★3回目の谷
2009年9月、都内の専門病院でアルツハイマー型認知症と診断される

・2009年10月、彩星の会・干場功さんに会う
・2009年12月、北竜町訪問、暖かい歓迎を受ける。

<若年認知症を否認される>

★ 砂川市立病院でセカンドオピニョンを受ける。認知症を否認される。同じ環境だと認知症になる可能性があると示唆される。そこで、環境を変えることを決意。

<情報発信で地域おこしのお手伝い>
・2010年2月、北竜町が地域おこし協力隊の募集をしていることを知り夫婦で応募。夫婦で採用が決定される。
・2010年3月、北竜町へ移住
・2010年4月、ブログで北竜町の情報発信を開始(いくこが文章、のぼるが写真・ウェブ関係)
・2010年7月、北竜町地域おこし協力隊として情報発信を開始。
・2010年11月、町から北竜町のポータルサイト運営の打診を受け、企画書を提出
・2011年5月、北竜町ポータル、プレオープン
・2011年7月、グランドオープン

人生には無駄な事は何も無い
夫婦なら、力が何倍にもなって乗り越えられる

★ 今後も夫婦で協力して、情報発信を地道に続けていきたい

郁子の人生:

寺内郁子です。
今回改めて、今まで歩んできた自分の人生について考えてみました。
55年という歳月の中で、3つの大きな選択がありました。
ひとつは、結婚。ふたつ目は、左足股関節の全置換術。そして、人生最大の選択となった北海道移住です。

この3つめの北海道移住の選択を決意した時に、じっくりと考えたことについて少しお話したいと思います。

この選択の原因となったのは、主人の病の宣告です。

この宣告は、突然、真っ暗闇の中に投げ込まれたような衝撃的なものでした。この時、私は何をどうしたらいいのかわからず、ただただ無我夢中で、光を探し求めていました。
そしてこの時、感じたことは、光と影の存在でした。
世の中には、光と影、表と裏、良いこと悪いこと、男性と女性など、対になるものがたくさん存在します。対になっているものは、ふたつのものが合わさってはじめてひとつのものとして存在しているように感じています。
影があるからこそ、光が見えてくるように、困難な状態を経験したからこそ、幸せを強く感じることができるのです。
「困難の裏には必ず、幸せが存在する」という考えを常に心に抱いていれば、どんな状況においても光を見出すことが可能になることを実感しました。

私は主人の病の宣告を「神様からのギフト」だと心に受け止めました。そして、真っ暗闇の中の一筋の光を求めて進みました。とにかく何も考えず、自分の心が良いと思う方向に無心に進んでいきました。
ここで立ち止まって、あれこれと考えてしまったら、ますます暗黒に引き込まれてしまうと感じたからです。

与えられた環境を、否定することなく、拒否することなく、あるがままに受け止めようと考えました。
今自分に与えられた環境は、自分に必要なことであり、自分が乗り越えることのできるものであるからこそ与えられているのだと感じています。

どんな環境においても、自分が与えられている環境に感謝して生きていくこと。全てのものに感謝して、全てに真心を尽くしていくこと。こうした心が、一瞬一瞬のひとときを幸せだと感じ取れるようになることではないでしょうか・・・

感謝するという字は、謝ることを感じると書きます。
懺悔(ざんげ)の心が存在してはじめて、有難いという心が沸き起こってくるのではないかと思います。「ごめんなさい」そして「ありがとう」の心を大切にしていきたいと思います。


自分を愛し、人を愛して、ありのままを受け止めていく人生。
これからの残りの人生は、夫婦二人で、お互いに支え合い感謝しあって、ゆっくり歩いていきます。すべてに感動して、楽しんで生きていこうと思います。

今日、こうして皆様とお話できることを幸せに思い、
心から感謝いたします。

ありがとうございました。


母なる海に力強く昇る朝陽
@日和山灯台・鰊御殿を臨む岬より(北海道小樽市祝津)
撮影:2011年4月9日




会員からの報告

・柏崎さん:植物人間の病気経験
・田畑さん:波瀾万丈の夫婦生活に感動
・松野さん:米寿を迎えて健康が大切
・鐘江さん:二人の夫婦愛に学びたい
・田丸さん、辰巳さん、横田さん、島田さん、佐藤さん:夫婦死別しての生活から寺内さん夫婦を見る
・芳賀さん:これあらの夫婦生活の参考
・野呂さん:光と影の考え方に感動
・高橋さん:幸せの現在を喜びたい

寺内昇&郁子の感想

皆さんの波乱万丈の人生をお伺いし、ひとりひとりに与えられた命の重さを感じました。
夫婦の在り方、病気との向かい合い方、幸せ感についてなど深く考える機会が与えれ、感謝の気持ちでいっぱいです。
これからの人生を、夫婦二人で歩むことができる幸せに感謝して、ゆっくりと歩んでいきたいと思います。有難うございました。

◆はじめ