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新老人の会・北竜町(北海道)

2011年2月から、82歳でブログに初挑戦。日々の新老人生活をつづっていきます。


プロフィール

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我が家の庭に夏が [2013年06月26日(Wed)]
我が家の庭に夏が


今冬の大雪に悩まされた毎日でした我が家の庭に訪れました。
融雪作業の苦労を想い眺めている庭木と花の色。

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議会等OB会新年交礼会 [2013年01月24日(Thu)]
議会等O・B会新年交礼会


北竜町議会等O、B会恒例の新年交礼会を平成25年1月23日午後4時からサンフラワーパークホテル、ひまわりの間に会員男子16名女子8名と事務局2名、町長と議長を来賓に迎えて開催されました。

この会は議会議員の退職者と町三役の退職者が加入する親睦団体です。

新年交礼会、総会、宿泊研修会を主行事として毎年続けられています。

本年は各種行事が重複し出席者は少ない方でしたが久しぶりの会合で、田中 盛亮会長の挨拶
佐野 豊町長と佐々木 康宏議長より来賓の挨拶があり、

早速宴会に入り、ホテルの料理を堪能しながら、社会状況、政治情勢の今、昔を語り合い乍ら、
余興のビンゴゲームで当たった賞品に歓声があがる楽しい一時をすごして、3月開催の総会での再会を約束し解散。

田中会長挨拶

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佐野町長挨拶

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佐々木議長挨拶

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宴会会場

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年賀あいさつ [2013年01月02日(Wed)]
年賀あいさつ


メール友のみなさん平成25年の新年あけましておめでとうございます。 

皆さんの御健康を推察し心からお慶び申し上げます。

衆議員議員選擧を径て、民主党から自民党に国政が変わり、日本の社会が幸せ一杯の歳になる事を心から祈念致します。
私の「新成人の会北竜」メールも取材の範囲を広げて沢山の記事をお送りしたいと考えておりますので楽しみにご覧ください。

八十路を四年目になりました私ですが鞭打って本年も頑張りますのでよろしくお願い致します。
年賀状 [2011年12月12日(Mon)]
年  賀  状


師走の刻を迎えました。
毎年必ず行う年中行事のトップ、年賀状交換、新年を寿ぎ、お互いの健康、消息を確認し合う事で何処の家庭も日本の風習として永年実施をしていると思う。
年賀状の宛名を書きながら新らためてその人との想いでに浸りながら,また消息を想像しながら過去を振り返えっている。
年頭に配達された年賀状を拝見し近況の確認と家族の様子を知りびつくりしたり安心をすることが出来る。
短い文面での年賀状の交換ですがその目的とされる年賀の挨拶、家族、友人、仲間の近況確認をしながら昨日逢った人何拾年も面接していない人の過去の想い出を再現し自分のv生活のカテとして大切にしています。
私ことですが職業現役時代は600通の年賀状でしたが現在の住所録では300通に減じました
年賀状の交換については10人10色それぞれの人が各人各様考えが変わりますが私は名刺を交換を交わした人総てを基本とし、中止は相手方に従う事としまいりました。
当初は総べて毛筆の手書きでするものとしてきました。その後プリント技術の普及があり印刷に変わりましたが宛名だけはぜひ毛筆と考えて実行してまいりました。
先日の道新の「いずみ」欄に百歳の婦人の方が今も尚年賀状を毛筆で記している記事を拝見し感銘いたしました。
元旦の朝郵便局員さんから受け取った年賀状をT枚毎名前(家族)住所を確認しながら想い出をたどり変わりのない事に幸せを感ずる一時で年賀状の最大の目標に満足の一日を送っているわたくしです



投函を待つ年賀状。

敬老会 [2011年09月06日(Tue)]
北竜町敬老会


平成23年度北竜町敬老会が9月5日(月)午前10時30分、老人福祉センターで開催。

75歳以上の老人472名の内 213  名の出席を得て開会の辞に続いて,西野町長から、戦前戦後の永年の活動に謝意、東日本大震災に町内の皆さんからの協力に感謝、なでしこ日本の優勝を喜び、ひまわりまつりでの皆さんの協力により昨年より参加者が増加いたしました。

老いて尚盛んな老人の益々に御健勝と御多幸を祈念いたします。と御挨拶がありました。





続いて本年88歳の米寿を迎えられた10名の紹介と祝い金伝達。
佐々木議長からの祝辞の後渡辺社会福祉協議会長の乾杯で宴に入りました。



アトラクションに入りトップは和保育園の園児による「キッズよさこい」の踊り



和大正琴同好会の演奏3曲「皆の衆」「奥飛騨慕情」「故郷」



民謡舞踊永和会の舞踊「旅まくら」

北竜剣詩舞同好会の剣舞「おけさ恋唄

最後に北空知農業協同組合北竜地区代表小松理事の音頭で万歳三唱で解散

私事、平成6年65歳で初めて敬老会の對承者となって出席、老人の仲間入りをして認識を新たに,爾来今日まで殆ど毎年出席させて戴きました。
八十路の老人生活を送る昨今,敬まれる人に心掛ける事を敬老会を機に再認識をしているところです。

◆ はじめ
私の生涯 [2011年03月20日(Sun)]
私は世界大戦を節目として、戦前・戦中・戦後と時代の大きな変化を経験致しました。 

戦前 
 
朝には星を見て野良仕事に出て、夕べに月を仰ぎ乍ら家路についた。
勿論私達がその経験者、正に精耕雨読の時代をえ径てきました。
北海道の開発が進み、日常生活がやっと落ち着いた頃から軍国時代の到来があり、軍の拡大と共に軍需産業の振興と相俟って、人間の生産が必要条件となり 「生めよ殖やせ」、同時に食糧増産が至上命令として、国民が一生県命に精進させられた時代であった。

満州事変・支那事変の歴史もこんな中で生まれたものであった、現代日本が浸略者として、指摘されることになってしまった根源であると思われます。

戦中

そんな中で第2次世界大戦が真珠湾攻撃を口火に戦火の真只中に巻きこまれ、国内は老人、と病人と婦人で、健康な男子は総べて軍隊に召集され人手不足の生活に学生動員によって、工場え、干拓工事現場や農業生産のため援農に出役しました。

戦争体験、海外生活の苦労については体験記や新聞による「戦禍の記憶」等で紹介されている通りでありました。
昭和20年8月15日終戦を迎えて戦中が終了しました。

戦後

大きな犠牲を払ったけれども敗戦と言う区切りによって戦争放棄を世界に宣言をし、平和と自由を信条に憲法改正がなされたました。
学制改革(6・3.・3制)、農地改革(農地法・農協法・自作農創設)と併せて,自冶法の改訂をして民生国家再建を目指して出発いたしました。

経過の中では安保闘争等で同朋が血を流した事件もありましたが、軍需産業から平和産業への転換で日本のライフスタイル(生活様式)が大きく変わる事になりました。

工業部門で人工衛星、スペースシャトル、原子力、電子でのコンピューター、テクノポリスの発展   化学部門ではビニール、発砲スチロール、タッパー等の開発。テレビ・洗濯機・冷蔵庫の現代三種の神器が生産され所得倍増計画の中でカラーテレビ、クーラー、車(カー)の三℃時代へと移った。

昭和31年の岩戸景気・昭和42年の神武景気・昭和57年のいざなぎ景気と57ヶ月(約8年)の上昇景気が続き平成元年の平成景気を最後にバブルがハジけて現在の不景気時代に入った。

我々の日常生活で衣・食・住の進化が進み耐寒性住宅に電化。マイクロエレクトニクス革命は情報化社会でラジオ・テレビ・新聞等で世界の出来事が即刻知ることが出来る
パソコン・インターネットの発展と携帯電話の普及で出先から暖房、風呂のスイッチオンは勿論、生活用品の注文、配達の依頼と支払いまで出来るじだいとなりました。

今これからの生活を考え中です。         はじめ