CANPAN ブログ検索
Loading
  • もっと見る
Main | 子どもの貧困対策は、市町村の義務 »
<< 2019年09月 >>
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30          
最新記事
カテゴリアーカイブ
月別アーカイブ
日別アーカイブ
戦前は超格差社会だった[2019年07月23日(Tue)]


引用:大村大次郎『お金の流れで読む日本の歴史』特別企画
   戦前の日本は超格差社会だった(文 大村大次郎 編集 盛田諒)
   

戦前の日本は超格差社会だった

貧しい農村
江戸時代とほとんど変わらないような生活
・生活水は近くの川や井戸から汲んでくる
・煮炊きにはかまどや囲炉裏
・農山村では各家に白熱灯が一個だけついている
・所有耕地は5反(約0.5ヘクタール)未満が約50%

小作人 
土地を持たずに農作業だけを請け負う
・不作の年には娘を身売り
・農作物が不作のときや、価格が暴落したときは、小作料が払えなくなり、困窮した。
・耕地面積は自作53%、小作47%、
・昭和7年 当時、農家の1戸平均の借金は840円で、農家の平均年収723円を大きく上回る
・昭和9年 「欠食児童」や娘の身売りが続出、一家心中も多発し
・昭和6年 山形県西小国村の調査では、村内の15歳から24歳までの未婚女性467名のうち、23%にあたる110人が家族によって身売りを強いられた
・昭和4年 警視庁の調べ、昭和4年の1年間だけで東京に売られてきた少女は6130人
・昭和5年 兵営や軍の学校ででた残飯を買い取る業者がおり、その業者が量り売りしているものを買って食べるのである。このような残飯買い取り業者は、昭和5年の時点で、東京市内に23軒もあった。

軍部の台頭
・この絶望的な貧富の格差により、社会の不満が溜まり、その不満を解消してくれる存在として軍部が台頭していった






昭和5年(1930)人口6445万人 - コピー.jpg



1930年(昭和30)人口構成.jpg



戦前の日本は超格差社会だった.jpg














モバQ
この記事のURL
http://blog.canpan.info/hinnkonn/archive/1
トラックバック
※トラックバックの受付は終了しました
 
コメントする
コメント
検索
検索語句
タグクラウド
プロフィール

貧困クラブさんの画像
http://blog.canpan.info/hinnkonn/index1_0.rdf
http://blog.canpan.info/hinnkonn/index2_0.xml