CANPAN ブログ検索
Loading
  • もっと見る

湘南せかい江の島藤沢

 湘南地域 および、その周辺の生活・観光などの情報を掲載致します。
 特に、私が活動しています江の島・藤沢の観光情報と 日頃,気にしています健康維持・促進についても掲載致します。
 なお、「せかい」の意味は生活・観光・インフォメーションの頭文字です。
 また、本ブログの内容の複写・使用は禁止とします。ご利用されたい方は私のプロフィールのメールに連絡をお願いします。


藤沢宿 遊行の盆(藤沢市) [2019年07月29日(Mon)]

 先日は、遊行の盆を見物に行きました。宗派「時宗」の総本山遊行寺は「日本全国の盆踊りのルーツである」という伝承を元に、藤沢の新しい盆踊り「遊行おどり」が創作されました。この踊りと西馬音内(にしもない)盆踊り、阿波おどりなどを市民や有志団体が踊りました。写真を公開します。

DSC_1975遊行の盆踊りR2C5A-3トリ_1287.JPG

DSC_2410遊行おどりR2トリ_1314.JPG

        遊行おどり

DSC_2669阿波踊りR6C7A12トリ2_1329.JPG

        阿波踊り

DSC_2150西馬音内盆踊りR5C6A12トリ_1327.JPG

DSC_2210西馬音内盆踊りR5C7A32トリ2_1328.JPG

    西馬音内盆踊り


 遊行の盆は、毎年7月下旬の3日間、藤沢駅周辺で行われます。日本三大盆踊りの秋田県雄勝郡で行われる西馬音内盆踊り、徳島県が発祥の阿波おどり、岐阜県郡上八幡で行われる郡上(ぐじょう)おどりが招聘され賑わいました。最終日には遊行寺で大盆踊りが開催されました。




続きを読む...
洋館(平塚市) [2019年07月22日(Mon)]

 先日は、平塚の洋館、前鳥(さきとり)神社、お菊塚などを巡りました。

 洋館は、元海軍将校クラブの横須賀水交社平塚集会所でした。前鳥神社は平塚市四之宮にある延喜式内社(平安時代の延喜式神名帳に載っている社)で古い神社です。お菊塚は怪談「番町皿屋敷の菊女」の墓標です。

 写真を公開します。

DSC_1627洋館R5C6A20K-2.3トリ_1276.JPG

        洋 館

DSC_1606洋館内部R5C5A-16K-1トリ_1272.JPG

       洋館(内部)

DSC_1561前鳥神社FR5C5A-12K-0.6トリ_1267.JPG

DSC_1536前鳥神社R5C5A5トリ_1266.JPG

DSC_1531前鳥神社RF5C5A-20K-0.5_1265.JPG

        前鳥神社

DSC_1655お菊塚R5C5A-6トリ_1279.JPG

        お菊塚


 洋館は、明治38年(1905)日本海軍がイギリスのアームストロング社ほかとの合弁会社「日本火薬製造()」を設立し、平塚に火薬工場を建設し敷地内にホール(洋館)などが建てられた。その後、火災により明治45年(1912)再建されたのが現在のものである。平塚は昭和20(1945)年7月16日に空襲を受け市街地の大半は焼失したが、この洋館は残った。平成16年(2004)に国の登録有形文化財に登録。

 前鳥神社は相模国延喜式内社十三座の一社で、創建年代は不明であるが、近年の伝承によると仁徳天皇56年(368年)を創建としている。祭神は莵道稚郎子(うじのわきいらつこの)(みこと)大山(くいの)(みこと)日本武尊(やまとたけるのみこと)

 怪談の屋敷諸説一説が、平塚宿役人の娘で行儀奉公のため、江戸の旗本青山主膳へ奉公中に主人の怨みをかい切り殺された。父親の真壁源右衛門は刑死人の例にならい墓をつくらずセンダンの木を植えて墓標としたとのいい伝えがあるお菊塚がある。


江の島神幸祭(藤沢市) [2019年07月16日(Tue)]

 先日は、江の島で一番優雅な八坂神社の神幸祭(天王祭)を海上から案内しました。

 このお祭は出御祭・着御祭から始まり、宵宮祭、本祭(神幸祭)と5日間(今年は7月9日〜14日)行われました。見せ場は、7つの囃子グループが優雅なお囃子を奉納する宵宮祭、本祭での神輿海上渡御と江の島神社・小動神社の両神輿のもみあいと言えます。

 写真を公開します。

DSC_0917神輿海上渡御R5C5A5トリ2圧(配布).JPG

DSC_0938神輿海上渡御R5C5A8トリ圧(配布).JPG

DSC_0980神輿海上渡御R5C5A-5K-1.2トリ圧(配布).JPG

     江の島神社神輿海上渡御

DSC_0775小動神輿海上渡御R5C5A-10トリ圧(配布).JPG

     小動神社神輿海上渡御

DSC_1228神輿RF55A6K-2_1253.JPG

DSC_1278神輿R5C5A-3K1.5トリ_1254.JPG

DSC_1168テングR5C6A6トリ_1250.JPG

DSC_1395神輿R5C5A-5トリ_1256.JPG

     江島神社神輿行列

 祭の開催場所は、奉納囃子は随神門下、神輿海上渡御(神輿を海の中へ担ぐ)は北緑地前の海と小動の神輿は東浜の2ヶ所、両神輿のもみあいは龍口寺前の道路で行われました。




梅雨の合間(藤沢市) [2019年07月10日(Wed)]
 梅雨の時期で太陽を拝めるのは少ないですが、雨の合間をみて散歩に出かけました。付近の公園や路傍でいろいろな美しい花々が咲いていて感動しました。アガパンサス、ノウゼンカズラ、オシロイバナ、アザミ、ビョウヤナギなどを見ました。
 写真を公開します。
DSC_0445アガパンサスRC5A-15トリ圧(配布).JPG
DSC_0454アガパンサスR5C6A-12トリ2圧(配布).JPG
DSC_0762アガパンサスR6C5A12トリ圧(配布).JPG
     アガパンサス
DSC_0530ノウゼンカヅラR6C6A-30K-1トリ圧(配布).JPG
    ノウゼンカズラ
DSC_0611オシロイバナR5C6A-12トリ圧(配布).JPG
DSC_0614オシロイバナR5C6A-10トリ_1202.JPG
DSC_0575オシロイバナR5C5A-12トリ7圧(配布).JPG
       オシロイバナ
DSC_0716アザミR5C5A-13K-4.1圧(配布).JPG
         アザミ
DSC_0754ビョウヤナギR5C5A40トリ_1196.JPG
       ビョウヤナギ

 アガパンサスはギリシャ語のagape(アガペ 愛)とanthos(アントス 花)の2語の組み合わせで、花言葉は「愛」や「恋」にちなんだものが多い。南アフリカ原産。

 ノウゼンカズラ(凌霄花)は夏から秋にかけ橙色あるいは赤色の美しい花をつけ、蔓が木に絡み攀じ登るため「カズラ」の名がついた。

 オシロイバナ(白粉花)は南アメリカ原産で江戸時代始めごろに渡来し、花が美しいため観賞用に栽培された。

 アザミ(薊)はスコットランドでは、そのトゲによって外敵から国土を守ったとされ国花となっている。花言葉は「独立、厳格、触れないで」。青森市、津軽地方を中心とする東北地方や長野県の一部では、春先にアザミの若芽が店先に並び、主に味噌汁の具として使われる。

 ビヨウヤナギ(美容柳)は中国原産で約300年前に日本に渡来した。キンシバイにも似るが、特に雄蕊が長く多数ある。枝先がやや垂れ下がり葉がヤナギに似ているがヤナギの仲間ではない。

山下公園・中華街(横浜市) [2019年07月01日(Mon)]

 先日は、赤い靴をはいた女の子像、西洋理髪発祥之地の碑などがある山下公園、上海路・中山路・福建路など、中国の地名を冠した路地が交差し賑わっている中華街、運河を埋め立ててできた細長い大通り公園などを巡りました。

 撮りました写真を公開します。

DSC_0246山下公園R5C5A-12トリ_1177.JPG

DSC_0220山下公園R5C6A-20K0.6トリ_1178.JPG

         山下公園

DSC_0206赤い靴を履いた女の子R5C5A-9とり_1175.JPG

    赤い靴をはいた女の子の像

DSC_0203西洋理髪発祥R5C5A9トリ_1174.JPG

     西洋理髪発祥之地の碑

DSC_0161中華街R5C5A9_1171.JPG

DSC_0095中華街R5C6A12K-1トリ_1166.JPG

DSC_0147中華街R5C5A-2K-1.7トリ_1170.JPG

       横浜中華街

DSC_0063大通り公園R5C5A-10K0.8トリ_1162.JPG

       大通り公園

 山下公園は、昭和5315日に開園。大正12年の関東大震災の復興事業として、横浜市助役だった楢岡徹らが瓦礫などを使って海を埋め立て造成しました。面積は 約74m2
 中華街は昭和30年以前、唐人町や南京町と呼ばれていました。横浜の中華街は神戸南京町や長崎新地中華街とともに国内「三大中華街」と言われています。

 大通り公園は市営地下鉄建設に伴い、昭和48年(1973)まで流れていた吉田川、新吉田川の運河を埋め立てて昭和5399日に開園しました。




プロフィール

enoshimafaiさんの画像
リンク集
http://blog.canpan.info/hiaiha893/index1_0.rdf
http://blog.canpan.info/hiaiha893/index2_0.xml