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湘南せかい江の島藤沢

 湘南地域 および、その周辺の生活・観光などの情報を掲載致します。
 特に、私が活動しています江の島・藤沢の観光情報と 日頃,気にしています健康維持・促進についても掲載致します。
 なお、「せかい」の意味は生活・観光・インフォメーションの頭文字です。
 また、本ブログの内容の複写・使用は禁止とします。ご利用されたい方は私のプロフィールのメールに連絡をお願いします。


鵠沼(藤沢市) [2019年11月21日(Thu)]

 複数回に渡り鵠沼を巡りました。

 鵠沼と言うと鵠沼海岸と思われる方が多いと存じますが、鵠沼本村(小田急本鵠沼駅より北西部)は皇大神宮・万福寺・普門寺などがあり1100年の歴史があります。

 南東部は明治中頃からわが国初の計画的別荘地・海水浴場として開発されました。

 撮りました写真を公開します。

DSC_6351参道R%C5A-3トリ_1696.JPG

DSC_6356皇大神宮R5C5A-16K-1.5トリ_1695.JPG

        皇大神宮

DSC_6340満福寺R%C6A8K1.6トリ_1698.JPG

DSC_6335満福寺R5C6A-3K-1.6トリ_1697.JPG

         万福寺

DSC_6278普門寺R5C5A-12K-1トリ_1702.JPG

         普門寺


DSC_6206本真寺R5C6K-1トリ_1699.JPG

DSC_6216六地蔵R5C5A20トリ_1700.JPG

         本真寺

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       鵠沼松が岡公園

DSC_8487鵠沼海岸R5C6A-5K-1トリ_1688.JPG

        鵠沼海岸

 昔の鵠沼一丁目は旧東海道の藤沢宿西側(引地橋付近)の桝形のところ (現在は藤沢5丁目の一部)でした。鵠沼1丁目に隣接する引地橋を中心に大庭・羽鳥・稲荷と鵠沼に分かれていました。

 鵠沼の原風景が残る鵠沼松が岡公園(この公園は所有者の村川健太郎氏の希望と協力者の努力により残されました)

 長谷川路可の釈迦板絵がある本真寺などがあります。






オリ・パラセーリング競技会場の江の島ヨットハーバー(藤沢市) [2019年11月05日(Tue)]

 江の島ヨットハーバー(湘南港)は来年の東京2020オリ・パラのセーリング競技の会場になります。

 先日はその関連施設 及び、前回のオリンピックの遺産などを見に行きました。

 写真を公開します。

DSC_7024ヨットハーバーR5C6A-12トリ圧(公開).JPG

江の島ヨットハーバー(中津宮展望台より)

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       ヨットハウス

DSC_9999聖火台R5C6A-12K-1トリ_1147.JPG

       聖火台

IMG_0041帆船やまゆりR5C5A-5K1.2トリ_1631.JPG

IMG_0012帆船やまゆりR5C5A-8トリ_1150.JPG

    大型木造帆船「やまゆり」

DSC_6977弁財天R5C5A-8トリ圧(公開).JPG

DSC_6982百済観音像R5C6A-6K1トリ_1628.JPG

    弁財天と世界女性群像噴水


 中津宮展望台から望められる海域(写真)がセーリング競技の会場になります。ヨットハーバーの奥に建設されましたセーリングセンターは来年オリ・パラの円滑な運営を図るために新しく建てられました。

 ヨットハウスは平成26年(2014)に建て替えられました。

 前回のオリンピックの遺産は、設置位置は2度移動している聖火台、湘南の貴婦人と呼ばれる来賓用大型木造帆船「やまゆり」、世界と平和親善を表わす弁財天と世界女性群像噴水池などがあります。


昭和記念公園(立川市・昭島市) [2019年09月18日(Wed)]

 先日は、国営昭和記念公園に行きました。雨上りで蒸し暑かったですがキバナコスモスが見ごろでした。コスモスまつり(9月14日〜10月27日)が開催中です。秋にはイチョウ並木の黄葉、日本庭園のモミジはとても見ごたえがあるとのこと。

 写真を公開します。

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DSC_5075黄色のジュータンR5C6A-3トリ_1487.JPG

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DSC_5156キバナコスモストリR5C6A-6トリ_1515.JPG


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 昭和記念公園は、昭和天皇御在位50年記念事業の一環として、国民が自然的環境の中で健全な心身を育み、英知を養う場とするために、米軍が使用した立川基地跡地のうち、180haを記念公園として建設することが閣議決定され、1978(昭和53年)年度より国土交通省の手で施設整備が進められてきました。


小田原城(小田原市) [2019年08月27日(Tue)]

 先日は小田原に行きました。小田原は北条氏の城下町として五代約100年間栄えたところです。

 東国の戦国時代の始まりは伊勢(そう)(ずい)(後の北条早雲大森氏の城(後の小田原城)攻めに始まり、豊臣秀吉により落城したのが終了と言われています。

 小田原城が難攻不落の城と言われるのは上杉謙信・武田信玄の攻撃にも耐えた城です。  

 最大の特徴は、豊臣軍に対抗するために造られた広大な外郭である。八幡山から海側に至るまで小田原の町全体を総延長9Kmの土塁と空堀で取り囲んだものであり、後の豊臣大坂城の惣構を凌いでいました。

 小田原城関連の写真を公開します。

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        小田原城

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        小田原評定

 小田原評定とは、戦国大名の後北条氏(小田原北条氏)における重臣会議のことで、この評定は「いつになっても結論の出ない会議や相談」という意味での比喩表現として使われるが、合議制による方法は現在に通じる方法ですが、北条氏が滅亡したため、江戸時代に上記のように言われたと考えられます。

 江戸時代は小田原藩で、箱根越えの宿場として栄えました。現在は観光地として知られています。昭和35年には小田原城(築城年は応永24年(1417))の天守が復元され、平成に入り馬出門・銅門(あかがねもん)などが整備され多くの観光客で賑わっています。

 小田原城址公園本丸広場でプロジェクションマッピングの世界大会が開かれる。開催は9月20〜23日で、天守閣に「夢」が投影されます。


龍口寺 竹灯籠(藤沢市) [2019年08月09日(Fri)]

 毎年8月上旬(今年は8月3・4日)に開催される「龍口寺 竹灯籠」を見物・写真撮影に行きました。

 境内にはたくさんの竹筒にロウソクの灯がともされていて、幻想的な世界でした。多くの見物客が見えて混雑のため一歩通行で、三脚の使用も禁止(本年から)。

 写真を公開します。

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    龍口寺 竹灯籠

  龍口寺の境内で行われているこの行事は、平成21年まで行われてきた片瀬川(境川)で行われていた「灯籠流し」に代わって、平成22年より「竹灯籠」に代わりました。

 竹で作られた灯籠約5000基が仁王門から五重塔までの境内に並べられていまた。


藤沢宿 遊行の盆(藤沢市) [2019年07月29日(Mon)]

 先日は、遊行の盆を見物に行きました。宗派「時宗」の総本山遊行寺は「日本全国の盆踊りのルーツである」という伝承を元に、藤沢の新しい盆踊り「遊行おどり」が創作されました。この踊りと西馬音内(にしもない)盆踊り、阿波おどりなどを市民や有志団体が踊りました。写真を公開します。

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        遊行おどり

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        阿波踊り

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    西馬音内盆踊り


 遊行の盆は、毎年7月下旬の3日間、藤沢駅周辺で行われます。日本三大盆踊りの秋田県雄勝郡で行われる西馬音内盆踊り、徳島県が発祥の阿波おどり、岐阜県郡上八幡で行われる郡上(ぐじょう)おどりが招聘され賑わいました。最終日には遊行寺で大盆踊りが開催されました。




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洋館(平塚市) [2019年07月22日(Mon)]

 先日は、平塚の洋館、前鳥(さきとり)神社、お菊塚などを巡りました。

 洋館は、元海軍将校クラブの横須賀水交社平塚集会所でした。前鳥神社は平塚市四之宮にある延喜式内社(平安時代の延喜式神名帳に載っている社)で古い神社です。お菊塚は怪談「番町皿屋敷の菊女」の墓標です。

 写真を公開します。

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        洋 館

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       洋館(内部)

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        前鳥神社

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        お菊塚


 洋館は、明治38年(1905)日本海軍がイギリスのアームストロング社ほかとの合弁会社「日本火薬製造()」を設立し、平塚に火薬工場を建設し敷地内にホール(洋館)などが建てられた。その後、火災により明治45年(1912)再建されたのが現在のものである。平塚は昭和20(1945)年7月16日に空襲を受け市街地の大半は焼失したが、この洋館は残った。平成16年(2004)に国の登録有形文化財に登録。

 前鳥神社は相模国延喜式内社十三座の一社で、創建年代は不明であるが、近年の伝承によると仁徳天皇56年(368年)を創建としている。祭神は莵道稚郎子(うじのわきいらつこの)(みこと)大山(くいの)(みこと)日本武尊(やまとたけるのみこと)

 怪談の屋敷諸説一説が、平塚宿役人の娘で行儀奉公のため、江戸の旗本青山主膳へ奉公中に主人の怨みをかい切り殺された。父親の真壁源右衛門は刑死人の例にならい墓をつくらずセンダンの木を植えて墓標としたとのいい伝えがあるお菊塚がある。


江の島神幸祭(藤沢市) [2019年07月16日(Tue)]

 先日は、江の島で一番優雅な八坂神社の神幸祭(天王祭)を海上から案内しました。

 このお祭は出御祭・着御祭から始まり、宵宮祭、本祭(神幸祭)と5日間(今年は7月9日〜14日)行われました。見せ場は、7つの囃子グループが優雅なお囃子を奉納する宵宮祭、本祭での神輿海上渡御と江の島神社・小動神社の両神輿のもみあいと言えます。

 写真を公開します。

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     江の島神社神輿海上渡御

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     小動神社神輿海上渡御

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     江島神社神輿行列

 祭の開催場所は、奉納囃子は随神門下、神輿海上渡御(神輿を海の中へ担ぐ)は北緑地前の海と小動の神輿は東浜の2ヶ所、両神輿のもみあいは龍口寺前の道路で行われました。




山下公園・中華街(横浜市) [2019年07月01日(Mon)]

 先日は、赤い靴をはいた女の子像、西洋理髪発祥之地の碑などがある山下公園、上海路・中山路・福建路など、中国の地名を冠した路地が交差し賑わっている中華街、運河を埋め立ててできた細長い大通り公園などを巡りました。

 撮りました写真を公開します。

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         山下公園

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    赤い靴をはいた女の子の像

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     西洋理髪発祥之地の碑

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       横浜中華街

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       大通り公園

 山下公園は、昭和5315日に開園。大正12年の関東大震災の復興事業として、横浜市助役だった楢岡徹らが瓦礫などを使って海を埋め立て造成しました。面積は 約74m2
 中華街は昭和30年以前、唐人町や南京町と呼ばれていました。横浜の中華街は神戸南京町や長崎新地中華街とともに国内「三大中華街」と言われています。

 大通り公園は市営地下鉄建設に伴い、昭和48年(1973)まで流れていた吉田川、新吉田川の運河を埋め立てて昭和5399日に開園しました。




江の島とオリンピック(藤沢市) [2019年06月25日(Tue)]

 江の島は昭和39年(第18回)東京五輪ヨット競技会場に続いて、来年は2020(第32回)東京オリ・パラのセーリング会場です。

 第18回の遺産としてヨットハーバー、木造帆船「やまゆり」、聖火台、世界女性群像噴水池などがあります。2020東京オリ・パラに向けては、会場・道路の整備、小田急片瀬江ノ島駅の立替などが進められています。

 写真を公開します。

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     江の島ヨットハーバー

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ヨットハウス(平成26年6月1日オープン)

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      帆船「やまゆり」

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    聖火台(第18回東京五輪)

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     世界女性群像噴水地


 「やまゆり」は第18回東京五輪の際に、来賓用セーリングクルーザーとして活躍し、航行する優雅な姿から「湘南の貴婦人」と呼ばれます。全長13.3m、高さ15mのマスト。今もNPO法人帆船やまゆり保存会により管理されて現役で航行しています。

 聖火台は当時の設置位置から2度移動しています。

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