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讃岐では、へんこつ店主のつくるうどんがじょんならんぐらいうまいことがある。
へんこつは人を寄せ付けないほどの情熱とこだわりのオーラを持つ人。
私、へんこつ侍が地元丸亀でへんこつの種まき始めますよ。

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生きる[2006年10月31日(Tue)]
「生きる」→へんこつ侍→電球ときた方に拍手拍手
電球ときた方は相当にへんこつ侍に伝染しています。
というのも、「生きる」は黒澤明監督の映画で、1952年といいますから昭和27年の作品です。
市役所のやる気のない課長が、ある日胃ガンで余命が少ないことを知ることとなる。悲しみと絶望に暮れていたが、若い女性職員の自由奔放な生き方を知ることで、力強く「生きる」ことを決意する。市役所でたらい回しにされた市民の課題を「公園」を作ることで解決に導き、公園の完成の後に彼はこの世を去る。葬儀が終わり、彼を知る人が集まり彼の「生き方」について回顧し、自分の「生き方」を考えるという内容のもの。
かなり古い映画ですが、人の心の動きや価値観は今見ても全く古さを感じません。

今日なぜ「生きる」をテーマにしたかはてな
いじめられた子供、責任を背負うこととなった校長先生。
自ら「生きる」スイッチをOFFにしてしまったことを、我々生きている人間がどう捉えるのかは、本当に人それぞれだと思うのです。こうして書いていても、頭の中、心の中はそれぞれが別のことを考えているようにも思えます。
私に「生きる」ということを語りきる能力はありません。が、人生は辛いこと、苦しいことばかりではないように思うのです。
自分だけではどうすることもできない状態にいる方もいらっしゃるでしょう。私もそう思うこともあります。「がんばれー」なんてそんなに簡単に使える状態でないこともたくさんあります。でも、どんなに辛くても人間は一人ではないのです。自分を理解し、協力してくれる人が必ずいます。
今日はこれ以上は書くと違う意味合いに捉えられかねませんので。一言。

お腹いっぱいご飯ごはんを食べましょう笑顔 そしてひたすら「生きる」のです。

そんなに簡単なことでは解決できないのでしょう。しかし、大切なことだと思うのです。

Posted by へんこつ侍 at 22:04 | へんこつ | この記事のURL | コメント(4) | トラックバック(0)

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