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讃岐では、へんこつ店主のつくるうどんがじょんならんぐらいうまいことがある。
へんこつは人を寄せ付けないほどの情熱とこだわりのオーラを持つ人。
私、へんこつ侍が地元丸亀でへんこつの種まき始めますよ。

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『1.17』[2007年01月17日(Wed)]
まずは、阪神淡路大震災で犠牲になった6434人の皆様のご冥福を心よりお祈り申し上げます。
そして今なお災禍に苦しむ皆様が元のよりよい暮らしに一日も早く戻ることができますようお祈り申し上げます。

そしてこの『1.17』は日本のボランティア元年といわれます。震災を機会に地域の結びつきや、非営利な「想い」のある活動が社会に大きな影響を与えるということを強く認識しました。

私は12年前には、「ボランティア」という言葉は「奉仕」や「救済」、「弱者支援」、「してあげる」という認識しかなく、自分には到底関係ないものだと思っていました。
ですから、震災で大勢のボランティアが集まったということは知っていましたが、どこか他人事のように感じていました。テレビや新聞を見て大変だなぁと思っていた程度です。

しかし、プロフィールにもありますとおり、自分のまちのことを考えるうちに、どうしても自分で動きたい、やりたい、やらねばと思うテーマが見つかったとき、自分のプライベートな時間を自分の欲求を満たすため、そして惹いては自分のまちのために使うことを始めていました。ある時、ボランティアとはという言葉を何気ない本の中で見つけ、高校時代に使った英和辞典を何気なく調べると、そこにはそれまで私が思い込んでいた他動的な意味とは全く逆の和訳が記されていたのです。


「自ら進んで事に当たること。志願すること、自発的に〜すること。」

それで私のボランティア感が180°変わったのです。
「そうだ。俺が求めているのはこういう精神なんだ。」

そして、NPOとのパートナーシップを研究する会に所属することとなり、阪神淡路大震災で自宅が全壊し、自ら被災者の経験をもつ西宮のF・Iさんとの出会い。CANPANでもおなじみのH・Kさん、T・Tさんとの出会い。F・Iさんに本当にたくさんの想いのある皆様と繋いで頂きました。
阪神淡路大震災での経験、その後の国内、アジア諸国で起きる災害での体験を基に、自治体と地域、市民活動との協働推進や地域自治力の向上にまさに粉骨砕身で臨まれているたくさんのコーディネーターの皆様のご活躍は、いつも私の原動力となっています。そして、いつも激励のお言葉。大変有難うございます。


「防災・減災」を唱えない自治体はありません。これに併せ地域の連携を強化するために取り組む自治体もたくさんあります。
災害が起こると、行政のできることは本当にごくわずかです。危機的状況ではやはり個人の力、地域の力に委ねざるをえないのが実情です。

わがまちを顧みると、
協働推進、住民参画など言葉の聞こえは大変よいのですが、地域自治力、住民自治力を向上させ、より良い地域社会を創造するという大きな目的に向かうグランドデザインがどこか希薄な感じがするのです。小手先というか。まちづくりの原点であるひとづくりは放置静観していて勝手になせるものではないと思うのです。

人がイキイキと活躍できる仕組みと仕掛け。以前から言い続けていますが、そろそろ本気でみんながまち全体のことを考えないと、多様な意見を戦わせてこのまちのことを真剣に考えないといけない時期に来ているような気がしています。

『1.17』からずいぶん飛躍した話になりましたが、私にとっての『1.17』は大変多くの熱い想いを持つ皆様と知り合えるきっかけとなる日なのです。

Posted by へんこつ侍 at 22:30 | 協働を考えよう! | この記事のURL | コメント(8) | トラックバック(0)

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コメント
環☆ 様
コメントありがとうございます。
皆様それぞれの『1.17』があることがよく分かったのとともに、現在私とつながっている人は、この『1.17』の教訓を活かしていらっしゃる方だということが分かりました。

情けないことに、わがまちではいつ起こるか分からない震災に備えるためだけの防災訓練を行うことで、満足している行政職員や地域があります。というか、真剣に取り組んでいる人の数がとても少ないという方が正しいのでしょう。しかし、小手先の技を身につけるだけでは、全く機能しないのが災害なのだと思います。
私が市民活動やNPO、協働に躍起になっているのは、そういった非常時の危機管理が全く欠如している現状で、発災時に対応できるシミュレーションも準備できていないのなら、何気ない普段の生活で住民や市民が情報を共有し、目的を共有できる活動を行っていくことで、市民自治力や地域力を高めておかないといけないと思うからです。
このことは、環☆さんを始め、我々にとっては当然のことと思っていますが、そういったレアケースのことを軽視してしまう社会が現実としてあるのでしょうね。災害や環境の問題、ノーマライゼーションも同様で誰もが気が付かない(公共では扱いにくい)ニッチこそ、市民活動やNPOの活躍できる場なのだと思います。
こうしたことに気付いていながら、自分では何もできずに、もし発災したら。その時はもの凄く悔いが残るので、悔いを最小限にして、その場に対応ができるように努めたいと思うので、毎日頑張れるのだろうと思います。

繋がっているのは、元々ですよ。扱う商品が少し違うだけで、根本は「よりよい社会を創造する」ということですから。こちらこそ色々と教えてください。

Posted by:へんこつ侍  at 2007年01月20日(Sat) 20:59

私は、あの日、両親が旅行に行っていたため、
今は亡き祖父の介護をしていました。
あのTVに映る災害の様子を忘れなれません!

今の同僚の一人も、この災害時に現場に行き、
ボランティアをして、「まちづくり」の大切さを実感し、
現在の職場を選んだようです!

私の父曰く、近いうち、もしかしたら今年、来年、再来年・・・
いえ明日かも・・・
東京にも大地震が来るから、田舎に住もう!と言っています。
特にわが町は江東区で0メートル地帯です。
本当にそのとき、どうなっているのでしょうか。

もちろん、電気も使えない!!

そう思うと、今取り組んでいる「自然エネルギー」を
公園に設置し、防災時の避難場所、発電等・・・役立て、
普段は、地域の人たちに親しんでもらうためのイベント等に
活用して頂くという東京発信から全国へというプロジェクトの現場に
いられる自分のすべきことを一歩一歩、
丁寧に足を踏みしめて歩んで行きます!

何だか、へんこつ侍さんと繋がってきた感じがします!!
いろいろと教えてくださいねっ笑い

Posted by:環☆  at 2007年01月20日(Sat) 11:19

sono 様
コメントありがとうございます。
sonoさん考えていらっしゃることは、私にとっては一つひとつが同感で、まるで自分が書いている錯覚を起こします。
私は公僕ですので、私が活動している限りはすべて地域や社会に還元しなければなりません。そのためには、本を読むこと、人に会うことなど、寝ている時以外の時間は、常にアンテナを張っていないといけないと思っています。が、完璧にはできないのが現実ですね。
sonoさんの最近のブログやコメントを読んで、一つひとつの積み重ねが大切で、理屈抜きでシンプルに取り組めることからコツコツと、大阪の元議員ではないけれど、小さなことからコツコツとが今我々に求められている生き方なのではないかなぁと強く思うのです。

Posted by:へんこつ侍  at 2007年01月19日(Fri) 22:54

先ずは私も、阪神大震災で亡くなった方々のご冥福をお祈りします。
あれから12年も月日が経ったのですね。

私の日記にも書きましたが、
「自ら進んで事に当たること。志願すること、自発的に〜すること」
の大切さをヒシヒシと感じています。へんこつ侍さんが目指しておら
れる地域社会のあり方に強く賛同します。そして、それを実現するためには、
「自ら動く」自発するということが大切ですよね。私も、少しでも自分に
出来ること、社会に還元したいと思います、だってそれが私の求めている精神だから・・
へんこつ侍さんの日記で、すごく勇気をもらいました、ありがとうございます。

Posted by:sono  at 2007年01月19日(Fri) 00:49

こういち 様
コメントありがとうございます。
ボランティアに興味がないということですが、やはりボランティアを一般的な捉え方をしているからだろうと思います。
気付かないうちにボランティアになっていることもたくさんありますよ。

ハード面の整備はまだまだ遅れていると思います。しかし、防災という考え方よりも減災と思えば、ソフト面の強化も必要です。

Posted by:へんこつ侍  at 2007年01月18日(Thu) 22:12

mickysuke 様
コメントありがとうございます。
私もあの自身はこれまでで一番怖い地震でした。今考えれば、あの時の地震がこちらで起こっていたとしたら、何の心構えも、準備も、地域のつながりも皆無でした。考えると恐ろしいです。
身をもって経験することで初めて心で感じることができることもあると思います。私などいつもその連続ですよ。
記事、はずれてません。それぞれの1.17を改めて思い起こして頂き、あの経験を風化させることなく繋いでいくことが、我々の使命だと思うのです。

Posted by:へんこつ侍  at 2007年01月18日(Thu) 22:05

こんばんは
僕は何を隠そうボランティアにあんまり興味がありません。
阪神大震災のときも、被災地にいくことは出来ました。当時は学生だったので・・・。
やはり、実際被災地を訪れなければ
いろんなものが見えてこないのでしょうね。
ハード面で防災対策を唱えることは
重要なことだと思います。
まちづくりの理念にも災害に強い街
つくりが盛り込まれてますね。
まだまだハード面で改善する余地はあると思います。
しかし、同時に地域の人たちの連携も非常に重要ですよね。

Posted by:こういち  at 2007年01月18日(Thu) 19:10

今でも覚えています。1.17の事。

当時私は、秘書をしていたのですが、朝早く会社に来て準備をしていたときに、
当時の上司がTVをつけたんです。
私はそのときは普通の地震と思っていたのですが、仕事をしながら聞こえてくるTVの「ただ今の被害者、○○人です」という言葉が、時間を追うごとに増えていくんです。それを聞き、ただ事ではないと思い始めたんです。
それからは、わが社はある意味、公的機関ですので、国からの命令で現地へ人の派遣を命令されました。そして、一つの組織を神戸に作りました。そのとき、国の動きの早さには驚きました。

現地に派遣で行った人の話をあとから聞くと、現場は凄まじかったと言っていたことを覚えています。
交通機関もないから、船で四国経由で何時間もかけて行くのです。
そのとき、思ったんです。
「ボランティア」というのは、すごいことなんだと。それまでは正直、「辛気臭い」って印象があったのですが、同じ国民の為に、利害なしでみんなが助け合う。周りの人達を見て、本当に
感動しました。なので、私に出来ることは(直接的にではないですが)しました。

へんこつさんの記事とはずれたかもしれませんが、いろんな意味で、私の中でも1.17は本当に印象深く、ある意味、命の大切さを感じることだできました。
身を持って感じないとわからないのは情けない話ですが、だからこそ、
これからの生き方が問われてくるのだと思っています。

本当にずれて、しかも長文ですみませんでした。

Posted by:mickysuke  at 2007年01月17日(Wed) 23:33