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初めての料理作り[2006年10月13日(金)]


子供の頃、両親はセラミックの工場を営み、それなりに安定した生活を送っていました。兄弟のいない僕は何を不自由することなく、育っていました。家(工場もあった)には必ずお手伝いさんがいて、自分では料理も、皿洗いも、洗濯もしたことがありませんでした。従兄弟たちは小学校低学年から家の手伝いを当たり前の様にこなしていたのに、僕は遊ぶことしか知らなかったのです。今でも親戚からは「子供の頃、おまえは甘やかされていて、何かがあるとすぐわ〜わ〜泣き喚いていたよ〜」とよく言われます。考えると確かによく泣いていた。。。

でも、セラミック工場と経済的安定した甘い生活は長く続きませんでした。80年代ペルーを襲った不況は、両親の工場を強く扇ぎ、倒産しました。借金を抱えた親は、日本で就労することを決意し、88年に日本に来ることになります。

知り合いが一人もいない新しい環境で、言葉、習慣、文化の壁にぶつかりながら、新しい生活がスタートしました。ボクは先生や友達に恵まれて、早く順応することが出来ましたが、両親はなれない工場での仕事、人間関係に長く悩まされました。夜の9時過ぎに仕事から帰ってくる両親、疲れきっていました。僕の前では出来るだけポジティブに、明るく振舞っていましたが、親が子供の変化に敏感な様に、子供も親の変化を敏感にキャッチします。

それまで、何と言われようと、皿洗い一つやらなかった僕は、何も言われなくても家の手伝いをする様になりました。疲れた顔の両親を見るのが辛かったのです。。。

僕は料理をするお母さんの横に立って、具を盗み食いするのが好きでした。料理を作るお母さんを見ながら、何故か「料理なら自分にも出来る」と思い込み、母の許可なく、料理を作って、親を驚かそうとしました。

初めて料理を作ったのはチャーハンでした。お母さんの作り方を思い出しながら、材料を切り、具を作っていきました。ここまでは順調でしたが、炊飯器を初めていじる僕は、出て来る水蒸気にびっくりして、いけない操作をしてしまったと思い込み、オロオロしていました。「ヤバイ!火事になる」と思い込み、とにかく水蒸気を無くさなくてはと思い、何度も水を足してしまいました(笑)。

親が仕事から帰って来たときには、ご飯に混ぜる具は出来ていたけど、ご飯は。。。怒られると思っていたけど、お母さんに事情を説明したら、優しい顔で笑いながら「あ〜、あのままでよかったんだよ〜」と言ってくれて、許可なく料理を作ってしまったことに関しては、何も言わなかったのです。あの時は本当にホッとしました。


イメージでは写真のように出来上がるはずでしたが、最終的に出来上がったのはチャーハンというより、お粥?お茶漬け?でした(笑)。それでもお父さんとお母さんは大きな笑顔を見せながら「美味しい、美味しい」と言って、子供が作った初めての料理を食べてくれました。

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