自分の人生を変えた先生[2006年10月12日(木)]


当時の写真が手元にないので、小田原市久野小学校の
ホームページから写真を借りました〜。
ホームページから写真を借りました〜。
日本に初めて来たのは1988年の終わり頃で、当時11歳でした。
市役所の教育担当に「学校入学」のことで話をしに行ったとき、初めての外国人で、どう対応すればいいか分からない状態でした。言葉は全く分からず、平仮名と片仮名しか書けなかったので始めは「小学校1年生からやり直す」と言われ「え〜〜〜!!!

」思いました。でも最終的に「様子を見ながら5年生から」と言うことになり、親には「小1に落とされないためにも、勉強頑張ってよ」と言われていました。「11歳で小1は絶対にイヤだ〜!!勉強頑張るぞ〜

!!」と思いましたが、何をどうすればいいか分からず、困っていました。不安を抱える中、当時の5年B組を担当していた小林先生が強い見方になってくれました。彼は自分の気持ちから、休みと呼べる時間(昼休み、春夏秋冬休み)に小1〜4年生までの国語教科書を使って、日本語を教えてくれました。僕が飽きない様に、先生はいろいろ工夫してくれました。勉強の合間に僕が好きだった卓球
やサッカー
(二人でしたのでPK)を一緒にやってくれました。夏に時々おごってくれたアイスやカキ氷は何よりも楽しみにしていました
。小林先生のお陰でいつの間にか不安も消え、知らないうちに友達と日本語で会話をしていました。勉強でつまずくこともありましたが、その度、先生は優しく「少しずつでいいよ。自分のペースで覚えて、一緒に頑張ろう〜」と言ってくれました。この言葉はその後の自分の人生をも大きく支える言葉となりました。
後になって、先生から聞いた話では、彼も教師という仕事を始めたばかりで、それも僕みたいな特別事情を抱えた生徒がいて、とても不安だったそうです。でも、僕にとって、小林先生は先生を超えた存在、友達、遊び仲間、話し相手となってくれて、辛いはずの時期を、辛いと思わずに乗り越えることが出来ました


。本当の意味での恩師です。先生本当にありがとうございました〜。
先生のくれた言葉「少しずつ、自分にあったペースで。。。」は、今でも辛いときの支えになっています。この言葉のお陰で、何度も投げ出しそうになった自分を引き止めてくれました。
近々お会いしたいですね〜。十何年ぶりに。。。





