日本学校初日の面白話[2006年11月22日(水)]
日本に初めて来たのは1988年12月(当時11歳)で、日本語を片言しか話せなくて、心が不安でいっぱいでした。小学校は1月から始まり(4年生の三学期)、朝礼に僕と、転校生二人が前に立たされ、校長先生が自分に理解できない言葉を長々と話しをしていました。突然話しが終わりマイクを渡されました。。。「。。。
?」何をすればいいか分からず、ただ先生を見て「自己紹介、自己紹介」って言われ、「あ。。。、え〜、ペルーの橘谷エルナンです
」しか言えませんでした。みんなし〜んとしていたので、余計緊張をしていました。朝礼が何と無事に終わり、教室でまた自己紹介
。。。教室では朝礼より落ち着いていたが、何を言ったのかは覚えていません。当時の担当の先生は英語を少し話せたが、クラスメートは誰一人英語の分かる人がいませんでした。初めて外国人を見る人が殆どで、先生を含めて戸惑った人が多いと思います。
僕の日本語能力のなさのため、学校初日で面白いハプニングが起こりました。
先生にスペイン語を習うための本(日本語の文書があって、スペイン語に翻訳されていた)を渡され、「Study Japanese、これ貸してあげる」と言われ、自分は英語の半分しか分からず「かしてあげる?」と分からなかった部分を繰り返すと、先生がもう一度丁寧に「これ、貸してあげます」と言われました。自分が覚えていた日本語の少ない単語の中に「あげます
」があったので、てっきり先生が本をくれていたと思ってしまいました
。家に帰るとお母さんに学校初日のことを話しながら、先生から日本語を勉強するためにプレゼントされた本だと説明しました。お母さんは全ての本に名前を書く習慣があるので、その日のうちに大きく「KITSUTANI」と書いてしまいました。
次の日、先生に「本は?」と言われ、カバンから出して、渡したら「□△☆。。。名前書いたの。。。」(しか理解できなかった)と困った顔をして、英語で「貸してあげる」の意味を説明してくれました。そこで初めて「貸して」という言葉の意味が理解でき
、僕は慌てました

。慌てている僕を見て、先生は優しく笑ってくれて「It’s ok, for you」と言われ、先生が記念のサインを書いてくれました
。先生本当にすみませんでした

。







日本語がちょっとしか分からない人には
理解するのは難しいですよね〜。
>地図で見る日本は島だから魚しかない国って思い、お箸しかないとか、着物しか着てないとか本当あの頃の自分は幼稚でした。
可愛いですね〜。
日本人の多くも、ペルー人みんながPonchoを
着ていると思っています。
僕は日本にいるときはペルーが恋しくなって、逆にペルーにいると日本が恋しくなってしまいます〜。