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逆カルチャーショック[2006年10月21日(土)]

日本で5年間生活(小5〜中3まで)を送った後、ペルーに帰国しました。高校を無事卒業し、念願の獣医学科に入学するために、予備校に入学しました。高校の卒業(12月)後から大学入試(3月)までの3ヶ月間でしたが、勉強についていけなくて、大変でした。

最初の1ヶ月は真面目に授業を受けていましたが、ペルー歴史、地理、国語、解剖学、生理学などは受けていなく、おまけにスペイン語でしたので、僕にとっては宇宙語にしか聞こえませんでした。焦りと不安に襲われました

そんなとき、勉強がイヤで授業をサボる人たちと仲良くなり、自分も少しずつ予備校に行かなくなりました。親にばれないように、朝は普通に家を出て、予備校の入り口で、皆と合流してはビリヤード、サッカー、海に行ったりしました。毎日、毎日がその繰り返しでした。友達と一緒にいる時は、連帯意識が強く、大丈夫でしたが、一人で自分の将来について考えると不安に襲われました。結局、逃げているのは知っていたので「自己嫌悪」になることもありましたし、一所懸命頑張っていた親に会わせる顔がありませんでした



3ヶ月間はあ〜っと言う間に過ぎ、受験日を向かえました。結果は勿論分かっていました「不合格」。。。国立大学の入試は年に1度ですので、1年の留年が確定し、大学の付属学校に入学しました。「今度こそ、やってやる」と思っていたが、やはり勉強についていけず、中々「悪循環」から抜け出すことが出来ませんでした。「勉強についていけなくては、授業から逃げ、自己嫌悪」。

この頃が自分にとって、一番大変な時期だったのかもしれません。。。

付属学校の半年が過ぎ、夏休みの間、自分を前向きにさせてくれることがありました。泥沼にどっぷりははまっていた自分に、お母さんは暖かい言葉をくれました「授業をサボり半分に受けているのは知っているよ。おまえは、皆と違う状況を抱えているから、焦らないで、自分のペースで、出来ることからやればいい。焦れば、焦るほどダメになるから。逃げれば、逃げるほど自分がイヤになる。。。取りあえずやれるところまで、やって、ダメだったらそのときは、そのときで考えればいい」。沈黙のまま、話を聞いていた僕に、一冊の本を渡し「夏休みの間は勉強を忘れて、リフレッシュをして。気が向いたらその本を読んでみて。本には不思議な力があるから」と言ってくれました。

このときのお母さんの言葉に暖かく、心が抱きしめられたのを感じました。怒られたり、怒鳴られたりするより、心を打つ言葉でした。
そして、夏休みの間、読書が嫌いだった僕は、本の面白さを覚え、次から次へと本を読む様になりました。


両親です〜


続く。。。

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コメント
ふう〜さん
ありがとう〜
ふ〜さんも絶対素敵な
出会いに恵まれるよ〜
Posted by:Kitsutani Hernan  at 2006年10月29日(日) 19:02

これからも素敵な出会いに沢山恵まれますように!
でも、エルナンなら絶対恵まれるよ!
Posted by:ふう  at 2006年10月27日(金) 19:59

ふう〜さん
ありがとう〜。
僕がお坊ちゃん?(笑)
その逆かな〜、リマ市でも田舎町で生まれ育ち、
ワンパク坊主だったよ〜(笑)

ずっと自然に囲まれた環境の中で育ったのが
いい影響を与えたのかもしれません。

子供の頃から「言葉」に興味を持っていたからね〜。
自分は興味を持つものに関しては吸収が凄く早いけど
面白くないと、いくら頑張ってもダメ。。。

ふうさんの言う様に、苦労した時期は自分の中で、
非常にいい思い出として残っています
そのお陰で今の自分と出会うことも出来たし、
感謝で心がいっぱいです〜。

それに、お母さん以外に、沢山の人たちと出会い、
たくさんのサポートを受けました。

Posted by:Kitsutani Hernan  at 2006年10月23日(月) 19:18

エルナンの記事、いつも楽しく読ませて頂いてます。

私はエルナンとは鍼灸の学校でご一緒させて頂いているのですが、いっつもにこにこしていてしっかりしていて、日本語もすっかりネイティブ。そういう姿から、エルナンて、ものすごくお金持ちのペルーのおぼっちゃまで、ペルーの太陽を背中に苦労なくすくすく育ったのでいつもにこにこしてるのかな、でもって、教養の一環として日本語もやっておけばみたいな上流階級の教育とかで日本語もマスターしたのかな、と勝手に思ってました。

だから最近、エルナンの半生の歴史を読ませて頂いて、なんだか感動しましたよー。そうかあ、いろいろ大変だったんだなーって。そうだよね、普通にほっておいたらいくらペルーの太陽を背中にあびても何ヶ国語もネイティブクラスにできるようにはならないよね。それなりに努力しないと。

それから、すごいなーとも感じました。自分の歴史とか書くのって勇気いると思うんだ。私が同じことをできるかっていうと、ちょっとはずかしいし、もちっと社会的に成功とかしたらにしてくれないかなーって思っちゃう。偽らないで書くとなると、いろいろやましいことがありまして。。。なんちゃってそれを苦しかった事も含めて書いて人に見せることができるっていうのは強いなーって思いました。多分、エルナンにとっていろいろ大変だったことが今、いい思い出になっているから、きちんと消化できているから書けるんだね。

続編楽しみにしてまーす!
Posted by:ふう  at 2006年10月23日(月) 14:51

かおりさん〜
いつもコメントをありがとう〜。
最近時間がなく、あまりMixiでコメントを
残せなくてごめんなさい〜

親だけではなく、
数え切れない人に助けられました。
スペイン語を5年近く使っていなかったので、
母国語とは言っても、結構苦労しました。

両親にも、励ましてくれた友人にも
感謝の気持ちでいっぱいです〜。
Posted by:Kitsutani Hernan  at 2006年10月22日(日) 22:22

エルナンさんにも
そんな時期がったんですねぇ。。。
お会いしたことはありませんが、
ブログの印象からだとなんだか
想像がつきません。

でもそんな難しい時期に
さりげなく手を差し伸べてくれた
お母さん、とてもステキですね☆
温かいご両親の愛情に包まれて、
今のエルナンさんがいるんですねぇ。続きも楽しみにしています。
Posted by:かおり  at 2006年10月22日(日) 16:15

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