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第1回Nikkei研究例会[2008年05月29日(木)]




先週の土曜日、上智大学で行われた「第1回Nikkei研究例会」に参加をしました。今回の研究例会のテーマは「日系コミュニティの葛藤と矛盾、人々の経験とメディア表象の視点からの分析」でした。

僕は「出稼ぎブーム」が始まった80年代の後半に日本に初めて来たので、紹介された新聞記事の中で懐かしいと思うものがいくつかありました。
酒井アルベルトさんのことをより知りたい人は次のリンクを覗いて見てください:
http://www.discovernikkei.org/forum/en/node/2365


発表者の酒井アルベルトさん


今回一番うれしかったのは、6年近くあっていなかった友達との再会でした。彼はなんと!!今回の発表者で彼の方から声かけられたけど、正直、最初誰だかわかりませんでした。。。


研究例会に参加した
日本財団の留学生


アルベルトとは県費留学生(約6年前)だった頃の友達で、共通の友達を通じて知り合いました。世界は本当に狭いですね〜、まさか彼とここで会えるとは夢にも思っていませんでした



フェアトレード[2008年05月26日(月)]



5月10日に国際基督教大学(ICU)で行われた「フェアトレードと世界」についての講演会に行ってきました。



ICUに縁のない僕ですが、友人の打村明が講師として招待されていて、彼に誘われました。Akiraは「フェアトレードと学生に出来ること」を中心に話し、ピースボートの活動を紹介しました。


ピースボートとフェアトレードについて話す打村明


今回の講演会の中で、印象に残ったのは「NGOもやい(http://www.moyai.net)の話でした。「もやい」は、「ホームレス状況」に置かれている人々の生活支援、入居支援を行っている団体です。この団体は特に「人間関係」を大きな柱にし、自分たちの活動指針にしています:「『自立』とは、ひとりで生きることではなく、つながりの中で生きること・・・人生の再出発を迎える皆さんと一緒に、 新生活の基盤づくりをお手伝いする。そして、誰もが排除されることなく、安心して暮らせる社会をつくっていく」


NGOもやいの説明


「もやい」の活動の一つに「コーヒーのフェアトレード」があります。「東ティモール」のマウベシ村のコーヒーを直接農家から購入し、自分たちの手で焙煎して販売しています。

東ティモールを選んだ目的としてあげられていたのは「東ティモールはアジアで最も貧しい国だといわれています。貧しい中で一生懸命コーヒーの栽培を行っている人たちの存在を知り、国、国籍が違うけれど、同じ「貧しさ」という悩みを抱えていることを知りました。そこで、相手のことを考えることによって、刺激し合える関係、助け合える関係を作るのが目的です」


愛情がいっぱい込められている
こもれびコーヒー


自分の心の中では「フェアトレード」という概念にはいくつか疑問が残っており、その中でも一番大きな疑問は「世界で行われているフェアトレードは本当に「フェア」なのか?」です。

しかし、「もやい」の話を聞き、心から感動し、共感しました。
世界の中でこのような活動が増えて欲しいですね〜。

自分も近い将来、本当にフェアと呼べるトレード関係作りに関わりたいと思っています。


食料危機??[2008年05月22日(木)]

先週末、JICA地球ひろばの「体験ゾーン」で興味深いものを見つけました。



この写真はなんだか分かりますか?





実は日本で毎年捨てられている食料を表しています




それで何と!!!
日本は毎年2000万トン以上の食糧をゴミに変えていることが分かります。
この写真でも分かるように、この2000万トンを捨てずに活かされれば7000万人もの人々が1年間食べることが出来ます。

この数字を見ると本当に考えさせられますね〜。

世界で毎日、栄養失調で亡くなる子供がいるのに。。。

ニュースなどで「世界の食料危機」が騒がれている中、日本は2000万トンもの食べ物をゴミ箱に捨てています。勿論これは日本の問題だけではなく、多くの先進国に似た現状が見られます。しかし日本の食糧自給率は世界でも最も低く(38%しかない)、輸出に頼りきっています。早くこの問題を改善しなければ、近い将来、大きな悲劇を迎えることになると思います。

おばあちゃんからよく「日本は感謝の気持ちを強く持つ人たちだよ、そして食べ物を決して粗末にしない」と良く聞かされましたた。でも、今の社会を見ていると、その感謝の気持ちはないように感じられます。。。

どうすれば昔の価値観を取り戻せるのでしょうか。。。

アレイダ・ゲバラ A[2008年05月21日(水)]


アレイダ・ゲバラさんについての前回のブログ:http://blog.canpan.info/heiji/archive/260

次の日、18日、アレイダさんは「アテナジャパン、ピースボートとナマケモノ倶楽部」共催の「ピースローカル☆Revolution、小さな国の大きな奇跡」という題の講演会を行いました。



この日は打村明(元日本財団留学生)と一緒に講演会のボランティア通訳を務めました。前半はアレイダさんの独演会で、後半はナマケモノ倶楽部の辻信一さんとのトークショーが行われました。前半の独演会は3人体制で逐次通訳を行い、後半、僕はアレイダさんの同時通訳にまわり、4人体制で通訳を行いました。通訳ボランティアの依頼は前の日だったので、準備する時間もなく、ぶつけ本番という感じでした。



前半の逐次通訳は思ったより苦労し、三人で協力しあいながら、何とか乗り切ることが出来ましたが、正直なところ、自分の通訳に不満が残りました。後半の同時通訳のほうがうまく出来たと思います(個人的に逐次より同時通訳のほうが得意だと感じています)。



後半の辻信一さんとのトークショーでは「スローライフ」、「地域による時間の感じ方の違い」、「豊かさとは何か」、「幸せとは何か」などについて話し合われました。


アレイダさんとナマケモノ倶楽部の辻信一さんのトークショー


その中でも自分の記憶に残った話題は「幸せと豊かさ」についてでした。

国の指標をGDP(国内総生産)からGDH(国民総幸福度)に変えることについて話が始まりました(GDHはブータン国王が打ち出したもので、お金や経済ではなく、国民 一人一人の幸せを高めようとする試みであるそうです)。日本はGDPにおいては世界第2位なのに、幸福度ランキングでは世界178カ国中、95位です。逆にキューバのGDP(世界85位)は日本よりずっと低いのに関わらず、幸福度ランキングは6位です。

この違いについて話し合われたとき、いろいろなことを考えさせられました。。。

そして、アレイダさんは幸せについてこう語りました:

「私にとっての幸せは・・・
幸せは心を穏やかに持てること
幸せは周りの人を助けられること
幸せは誇りを持って生きられること
幸せは子供たちに世界のよさを教えられること
幸せは後悔なく死に際を迎えられること
幸せは歌えること
私は歌うのが大好きです・・・」

と言い残し、心に響く歌声で2曲披露しました。

歌い終わった後、拍手の波が長い間鳴り響きました




今回通訳を行った4人です

4人ともピースボートの元CC(通訳・翻訳)です。


アレイダ・ゲバラ[2008年05月20日(火)]


今年はキューバ革命から50年目、キューバ革命の英雄「チェ・ゲバラ」の生誕80年にあたります。この記念すべき年に、チェ・ゲバラの長女「アレイダ・ゲバラ」さんが、5月に初来日し、約2週間の滞在で、日本各地で講演を開催しています。


世界的に有名なチェ・ゲバラ


アレイダさんは父チェ・ゲバラと同じく医師(小児科医)で、ハバナの小児病院に勤務するかたわら、キューバが推進している開発途上国への医療支援活動に従事するため、ラテンアメリカやアフリカの国々をたびたび訪れています。こうしたキューバの医療を通じた国際的人道支援活動や、キューバ国内の先進的な医療が、今や世界的な注目を浴びています。

僕は運よく17日、明治大学で行われた講演会:「アレイダさんが語る、父チェ・ゲバラへの想いとキューバ医療が目指していること」と18日、JICA地球広場で行われた講演会:「ピースローカル☆Revolution、小さな国の大きな奇跡」に参加することが出来ました。

アレイダ・ゲバラ全国講演スケジュールに興味のある方は次のリンクを見てください:
http://www.atenajapan.com/news/pdf/aleida03.pdf



2日間を通して非常に心に響く言葉を聴くことが出来ました。キューバについて、チェゲバラについて、自分が行っている活動の数々、世界状況についてなど幅広く様々なテーマに触れていました。

その中でも僕の心に残ったのはアレイダさんの心の暖かさでした。彼女の言葉を聴きながら、本当に暖かな温もりに包まれる感じでした。




心に残った言葉は:

チェ・ゲバラと比較されたとき、アレイダさんは:「大切なのはチェの娘であることではなく、キューバの娘であることです。父親であるチェが歴史的に偉大な人であったとしても、娘の私がそうであると限りません。人の偉大さは『社会的にどれだけ役に立てるか』にかかっています。私は母国キューバのお陰で社会に少しでも役に立てることが出来ています。」と答えました。

父の死について聞かれたときは「父の死を嘆くのではなく、より良い世界のために戦った彼の意思、共感できる彼の哲学を受け継いで、実効することにより、彼は人々の中で生き続けます。だから人を助けるために、私に出来ることをやる、そうすることにより父は自分の中で行き続けます」と答えました。

紹介したいアレイダさんの言葉は山ほどありますが、今回のブログではこれぐらいにしておきます。次回もう少し書こうと思っています:http://blog.canpan.info/heiji/archive/261





どこまでも続く行列[2008年05月09日(金)]






人 人 人 
で埋め尽くされた
この道に入ると
人と人の距離が
あっという間に
なくなってしまう



前の人
後ろの人
横の人の
ペースに合わせながら
歩かないと
ぶつかってしまうほど
体と体の距離が近い



でも
そこには
人としての
暖かさを感じられないのが
悲しい。。。
物質的な距離が近いけれども
心と心の距離は信じられないほど
大きな溝によって
離されているように
感じる

みんな何を考えて歩いているのだろう
みんな何を感じて歩いているのだろう



美味しそうな缶詰[2008年05月08日(木)]
実際に会った話しです



初めて日本に来たのは「南米日系人出稼ぎブーム」が始まった88年の終わりでした。この頃、日本には外国人が少なかったためローマ字の看板はほとんどなく、スーパーの商品は漢字ばかりでした。今の様に教えてくれる外国人の先輩もいなかったため戸惑いの連続と失敗を繰り返しながら生活を送っていました。

今となって笑い話ですが、日本に来て間もないとき、神奈川県に住んでいた出稼ぎの叔母さんの家に遊びに行きました。みんな日本に来たばかりで、電車に乗るのも一苦労でした。普段なら1時間で行ける距離を3〜4時間かけて移動をしていました(笑)。この日も思った以上に時間がかかってしまい、昼食の時間が過ぎていましたので、お腹を空かしながら叔母さんの家に着きました。

「叔母さん、お腹空いたよ〜、何か食べるものない?」と聞くと、嬉しそうに「昨日、やっと魚の缶詰がどきにあるのか発見したよ〜、それに何故か知らないけど、50%オフになっていて安かったよ〜」と述べました。「上の棚にあるから出して、何か美味しいものを作ってあげるよ」と付け加えました。棚を空けてみるとそこには魚の缶詰は見つからず、日本語と漢字ばかりが載せられている缶詰数個ありました。カタカナとひらがなしか読めなかった僕は注意深く書かれている文字を見たら「キャットフード」の部分だけ理解できました。

叔母さんに缶詰を見せながら「これ〜?」って聞いたら、「そうそう、それ美味しいよ、昨日サラダにして食べたよ」と嬉しそうに返事をしてくれました。

この日みんなで大笑いをしました


春の研修会[2008年05月01日(木)]


4月25日〜29日の間、横浜JICAセンターで「2008年日本財団留学生の研修会」が行われました。我々日本財団留学生は日本全国に散らばっていて、全員で会えるのは年に三回です。春の研修は現役留学生と新期生が初めて顔を見合わせる大切な意味も持っています。

私は1期生ですが、時間が経つのが本当に早く、今年で5期生を迎えることになりました。希望、期待、そして不安に満ちた新期生の顔を見ると4年の前の自分の心境が蘇りました〜。




日本財団留学生の人数が毎年増えてきています。自分が新期生だった頃は9人しかいなかったのが、今では30人近くに昇ります。人数が多くなればいいことも沢山ありますが、その中で中々グループに溶け込むことが出来ない人も出てきます。そのために、今回の研修会で出来るだけアイスブレーキングが出来るよう工夫されました。



アイスブレーキングのためのコスチュームパーティー




今回の研修会では「アイスブレーキング」や「スポーツ&リクリエーション」以外に、「日本財団の事業紹介」、「日本財団伝統医療事業」、「個人研究・勉強の紹介」、「グループの活動」などについて、幅広く話し合うことが出来ました。いろいろな意味でバランスの取れた研修会になったと思います。



海外日系社会ボランティアとの交流




これだけの人が集まると、専門分野の違いは勿論、考え方、仕事の仕方の違いが目立つ様になります。そのため様々な摩擦が生じてきます。これは個人的にマイナスなことではなく、逆にポジティブなことだと思っています。考え方の違いが多ければ多いほど、グループとしての視野と柔軟性が広がり、より多くのネットワークを得ることが出来ます。

個性豊かなグループの「違い」を「原動力」に変えるためには、一人一人の「受け入れる姿勢・心」が大切になってきます。

今回の研修会は自分の心のあり方を見つめ直すための重要なきっかけになったと思っています。

みんなこれからも頑張って行こうね〜!!!

久しぶりの小学校[2008年04月07日(月)]


日本に来てあ〜っと言う間に4年近く経ちましたが、一度も自分が子供の頃住んでいた「小田原市久野」に行くことが出来ませんでした。いつも「行こう行こう」と思いながらも、中々時間を見つけることが出来ませんでした。今回は元クラスメートにお願いして、思い出深い場所の数々に連れて行ってもらいました

まず行ったのは小学校でした。今振り返ってみると、小学校に戻ったのは15〜16年ぶりでした。「時間過ぎるのが本当に早いな〜」とつくづく思いました



学校の玄関に子供ころ毎日読んだ詩を見つけたときは胸が和みました。正直なところ詩の内容は今まで忘れていましたが、読んだとたんにいろんな思い出がよみがえりました(初めて学校を見たとき、日本語が話せなかったころの苦労、支えてくれた友達・先生たち・・・)。





学校そのものは何も変わっていませんでしたが、一つだけ寂しい発見がありました。学校の周り全てが金網に囲まれていて、授業外時間、子供たちも入れないようになっていました。自分が通っていたころは放課後、殆ど毎日学校に残って日が暮れるまで遊んでいました。週末や休み期間も学校のグラウンドが遊び場となっていました。ペルーではありえないことでしたので、強く印象に残っていることでした。学校に自由に出入りできたお陰で、心に余裕を持ちながら伸び伸びと育つことが出来たと思っています。日本の田舎の特権だとずっと思っていましたので、金網と門を見たら何となく寂しさがこみ上げてきました

今の子供たちは「どこで遊んでいるんだろうか〜」、「家でテレビゲームばかりやっているのかな〜」と思いながら学校を見回しました。


学校の近くにあった駄菓子屋も昔のまま残っていました



放課後学校で遊んだ後、必ず何かしら買いに
行ったところでした
嬉しかったのはおばあちゃんが僕のことを
覚えてくれてたことでした

「おばあちゃんこれからも元気で頑張ってください!!」





自分の夢への第1歩[2008年04月01日(火)]

去年からいろいろなことに追われる毎日を送っていたら、いつの間にか最後のブログ更新から4ヶ月近く経ってしまいました。この間、一番大変だったのは鍼灸師国家試験のための勉強でした。

国家試験の問題を一つ一つ冷静に分析したら、それ程難しくはないのですが、13科目の中から浅く広く問われるので、暗記しなければいけない情報が多いです。個人的に「何故を問わずにただ暗記をする」のが苦手なほうですので、思った以上に苦労しました。ま〜でも何とか無事合格と卒業することが出来たので今ホ〜ッとしています



思い返せば6年前、鍼灸の世界と出会い、勉強を深めようと思っていました。。。でもペルーに正式な学校がないため、「どうしょう〜かな〜」といろいろ迷っていました。ペルーに学校がなければ、外国に出るしかないのですが、そのためのお金がありませんでした。物価の違いもあって、ペルーでいくら頑張っても海外自費留学は夢のまた夢でした。当時の奨学金制度もたくさん調べましたが「専門学校」で勉強するための奨学金はなく、お手上げ状態でした。

1年近くいろいろ探したが、明るい道が見つかりませんでした。そんな中、2003年の終わりに夢の様な記事を「ペルー新報(日系社会の新聞)」で見つけました。日本財団の新しい「日系人スカラーシップ」でした。。

新聞記事を見つけてから4年近く経ちましたが、日系人スカラーシップのお陰で、不可能に近かった夢が現実になりつつあります。スカラーシップを運営している日本財団と海外日系人協会には心から感謝しています。

これから始まる大学院も一所懸命頑張りたいと思います



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