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心配するにも資格が必要 [2011年01月28日(Fri)]
筆者 事務局

他人様のことを心配するのにも資格があるように思う。


問題に対処する能力も、余裕もないのに、他人様のことを心配して

「○○のこと、困っていないか?」

などとふって、

それで、相手が漸く勇気を出して話をしたとしても

その事に対して、なにもできないのであれば

相手には「相談しても無駄だった」と、虚しさが残り

声を掛けた方には、罪悪感が残るだけ。


本当に困っている人にとっては

「同情するなら金をくれ」なのだ。

金もないのに、いたずらに心配するだけの輩には

「お前一体何なんだ?」と、いいたくもなる。


中には、相手の深刻な問題を、世間話のネタにする人間までいる。

ネタにする人間は、善意で話しているのかもしれないが
ネタにされる側にしてみれば、たまったものじゃない。

「本当に心配してくれるなら、黙ってくれ」が本音と思う。


「心配してくれる人がいるだけ、ありがたいと思え」

という人がいるが、「ありがたい」と思えるだけの余裕がないのだ。

相手の心遣いに気をつかうだけ、疲れが増すばかり。


「人に話すだけでも、楽になるものだ」

という人がいるが、話すだけで楽になる問題であればそれでいいが、それで済まないから問題なのだ。


まずは最低限、自分の生活・家族の生活を守れる人間でなければ

人様の問題について関心を持つ資格はないのだろう。




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