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ブログお引越し [2011年03月05日(Sat)]

今後は以下のサイト
http://hdeducational.blog13.fc2.com/
をご覧下さい。

H&Dエデュケーショナル 事務局
中国民主化の抗議集会を取材した外国人記者が次々に逮捕 [2011年03月03日(Thu)]
筆者 事務局

海外では大きく報道されているのに、日本のメディアにはでない事件。

Journalists held in China over protest reports
http://www.thelocal.de/national/20110227-33377.html

抗議活動を報道したジャーナリストが逮捕されている。

この記事では、ドイツのテレビ局、ARDとZDFのジャーナリストが逮捕されたニュースが載っている。

逮捕されたのはARDのChristine Adelhardtとその撮影クルー、およびZDFのJohannes Hanoとその撮影クルー。

日本じゃ考えられません。

よき隣人であればこそ、こうい場合忠告するのが、真の友人ではないでしょうか?

それもしないで、表面的に仲良くしても意味がないでしょう。

こういう国の顔色を伺う日本は情けない...



日本の多文化共生は失敗する...と思う [2011年03月01日(Tue)]
筆者 事務局

福祉関係の活動をやってきた率直な感想。
自分の反省でもあります。

日本人には”異質な人たち"との付き合いの哲学がない。
日本人は”異質な人たち"を、ゲストとしては、扱うことはできる。
一時的なパートナーとしては、付き合うことはできる。

しかし、悲しいかな。
同じ地域で共に暮らす時には、必ず摩擦や利害関係が発生する。
すると日本人は利害調整できずに”ブツッ”と関係を切って終わってしまう。
衝突したときの免疫がない。

自分の誠意が受け止めてもらえないとわかった時点で、関係を絶ってしまう。

言語や文化の違う人たちと付き合う前に、日本人の中で、自分とは異なる人たち(帰化した人々、異なる世代、性別、障害、地域等)とどう付き合うかの方が重要。まずは、そっちのほうが先であると思う。

俗にいう”内なる共生”というのか。

日本人同士でも共生できないのに、よそ様の国の人と共生なんぞ、とてもできんだろう。
異国の人を積極的に受け入れる土壌はまだまだ、できていないと考える。
...TPPが心配だ





偏見の効能 その2 [2011年02月27日(Sun)]
筆者 事務局

世界のホテルに「最もマナーのいいのは、どこの国の旅行者か」というアンケートが行われたそうです。



最もマナーがいい国ベスト3

1.日本
2.イギリス
3.カナダ

日本人としては、うれしいですよね。

しかし、必ずしも全ての日本人がはマナーがよいワケではない。

中にはマナーの悪い日本人もいるはず。


しかし「日本人はマナーがよい」という評価を頂くことで

日本人旅行者の中に「自分がそ日本人の評判を貶めてはいけない」

という気持ちが働き、日本人同士お互い気をつけるようになる。



反対に、マナーが悪いベスト3は

1.フランス
2.スペイン
3.トルコ

しかし同じく、必ずしも全てのフランス人がマナーがよいワケではない。

中にはマナーのよいフランス人もいるはず。


しかし「フランス人はマナーが悪い」という評価を受けることによって

フランス人旅行者の中に、「フランス人として恥ずかしい」

という気持ちが働き、フランス人同士お互い気をつけるようになる。



こうした「●●の国の人は、○○だ」という評価、「偏見」と言えば、「偏見」と言えなくもない。アンケートに答えたホテルマンが全ての国の旅行者に会ったわけではないだろうから。

しかしそれによって、プラスの効果があるのであれば、それは意義のあるものとなる。



偏見の効能 その1 [2011年02月16日(Wed)]
筆者 事務局

「偏見」は「偏って見る」と書く。
物事を素直に見ないで、色眼鏡で見るというのは、確かによくない。

「偏見」を英語ではPrejudice(プレジュディス)という。
Preは「前もって」、judiceは「判断する」の意。
字義から言えば「対象をよく知る前に、前もって判断すること」という意味。

「偏って見る」ことはよくないが「前もって判断すること」は重要なことだと思う。


例えば、最近増えている子供を襲う変質者。

子供の通学路になっている道路には
「不審な人をみたら、交番に連絡をしてください」
という看板がいたるところにある。

「あやしいと感じたら、不審者と思って連絡しろ」と「人を外見で判断しろ」いうわけだから、これも「偏見」と言えば、偏見だといえないこともない。


しかし、これについて
「それはおかしい、人を外見で判断しちゃいけない」
「これは偏見だ」とは誰も言わない。

なぜなら「子供をまもる」という大義があるから。


世の中には、このように何かを守るために前もって判断しなくてはならない事が沢山ある。

「偏見」はよくないが、「前もって判断すること」は必要なことなのだ。


「前もって判断すること」を「偏見」というなら、それは必要な「偏見」。



スロバキアの冬季デフリンピック 開催直前に中止 [2011年02月15日(Tue)]
筆者 事務局

ニュースを見て一言。

「それはないだろ」

国際大会のレベルで、こんな事が起こるなんて...ちょっと信じられない。

普通開催3日前に中止するか?

理由が
「政情不安」
「インフルエンザなどの病気の蔓延」
「テロの危険性」
など、どうしようもない不可抗力が原因であれば、選手も諦めがつくかも知れない。

ところが理由が「資金不足」。

資金不足が理由なら、もっと前に分かっているはず。


選手はさぞかし、ショックだろう。

彼らはデフリンピックに向けて、正月返上でトレーニングをしていたときいている。

さらに全国各地の大会に参加し、トレーニングを続けていた。

デフクロスカントリースキー日本チームブログ
http://www.plus-blog.sportsnavi.com/deafxcskiteam20050502/

デフクロカンスキーヤーの挑戦日誌
http://ameblo.jp/deaf-xcski-kii/



不幸なのは選手だけではない。

選手を育成してきたコーチや、同行したボランティアの人たちもさぞショックだろう。

第1回: 「彼らはもっと輝ける。」人生を賭けて選手育成に尽力する男
http://cheer.spysee.jp/interview/arai



冬季デフリンピック:中止 県内4選手、現地到着後知り動揺 /栃木
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110215-00000156-mailo-l09

 ◇「4年間は何だったのか」
 スロバキアで18日に開幕する予定だった聴覚障害者の国際競技大会「第17回冬季デフリンピック」が大会運営資金の不足を理由に中止された。日本選手団主将や旗手を含む県内在住の4選手は既に現地入りしており、突然の知らせに選手は「ショックと悔しさでいっぱい」と動揺を隠せなかった。日本選手団は15日以降、ウィーン経由で帰国の途につく。



心配するにも資格が必要 [2011年01月28日(Fri)]
筆者 事務局

他人様のことを心配するのにも資格があるように思う。


問題に対処する能力も、余裕もないのに、他人様のことを心配して

「○○のこと、困っていないか?」

などとふって、

それで、相手が漸く勇気を出して話をしたとしても

その事に対して、なにもできないのであれば

相手には「相談しても無駄だった」と、虚しさが残り

声を掛けた方には、罪悪感が残るだけ。


本当に困っている人にとっては

「同情するなら金をくれ」なのだ。

金もないのに、いたずらに心配するだけの輩には

「お前一体何なんだ?」と、いいたくもなる。


中には、相手の深刻な問題を、世間話のネタにする人間までいる。

ネタにする人間は、善意で話しているのかもしれないが
ネタにされる側にしてみれば、たまったものじゃない。

「本当に心配してくれるなら、黙ってくれ」が本音と思う。


「心配してくれる人がいるだけ、ありがたいと思え」

という人がいるが、「ありがたい」と思えるだけの余裕がないのだ。

相手の心遣いに気をつかうだけ、疲れが増すばかり。


「人に話すだけでも、楽になるものだ」

という人がいるが、話すだけで楽になる問題であればそれでいいが、それで済まないから問題なのだ。


まずは最低限、自分の生活・家族の生活を守れる人間でなければ

人様の問題について関心を持つ資格はないのだろう。




情報障害の意味するところ [2011年01月27日(Thu)]
筆者 事務局

「自分達が不利な状況に置かれていることさえも分からない、それが情報障害」

と、言われている。

これは、逆もまた真なりで

「自分達が、他の人よりも恵まれていることさえも分からない、それも情報障害」

ではないか。

恵まれていることをちゃんと伝えることも、情報支援と思う。




政府がしっかりして初めて運動も批判も意味を為す、という事 [2011年01月13日(Thu)]
筆者 事務局


以前、JICAの職員とお話したときのこと。

青年海外協力隊員として、バングラディシュに派遣されたときの体験談を伺った。


「バングラディシュは日本とは比較にならないほど福祉も教育も貧弱。理由は国力が弱いから。そのことを知っている国民は、そもそも政府に期待していない。外国からきたNGO団体の方が力があるので、NGOの方が政府よりも頼りにされている。」


というお話があった。


この話をきいて、目が覚める思いがした。

国がしっかりしていて問題を改善できる能力があるという前提があればこそ、社会運動も政府批判も有効なわけで、もし国に能力がなければ、運動も批判も、むなしいものになる。

たとえ政府が要求を飲んでくれたとしても、それを実行できる能力がなければ、絵に描いた餅なわけだから。

社会運動をするに足る、批判をする足る政府を持っているということは、幸せなことなんだということを改めて知った。



手話関係者と要約筆記関係者の決定的な違い [2011年01月12日(Wed)]
筆者 事務局

手話関係者と要約筆記関係者の決定的な違い。


「自分も聞こえなくなる可能性があるのだ」という認識の有無。


この点については、後者の方がはるかに意識が高いと感じている。



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