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『失われた歳月』の再刊を [2011年06月13日(Mon)]

『失われた歳月』上下 各500ページ 2008年 皓星社発行が現在手に入らない。

3月11日の北関東大震災で大きな被害を受けた気仙沼市に「唐桑」という町がある。
3月末から、ボランティアが継続的に訪れ、定着して地域の手伝いをしている。

そのグループはFIWC関東委員会の人たち。

今から40年以上前から、ワークキャンプ活動を息長く続けているグループ。

この、FIWC 関東委員会と唐桑を強く長く結び付けているのは、鈴木重雄(別名   田中文雄)。大学在学中に発病し、50年以上を、瀬戸内海の島の療養所に過ごす。後に社会復帰して、唐桑町(当時)の町長選挙戦を戦い、社会福祉法人 洗心会を創設した伝説的人物。


その鈴木重雄の自伝(未完)『失われた歳月』上下2巻が、皓星社から2005年に出版されたが、在庫完売し、手に入らない。上下ともに500ページを超えるが、一旦読み始めると、時を忘れる。

今回の大災害は、鈴木氏が命をかけて世に出した美しい唐桑の自然と地域に支えられた社会福祉法人の活動拠点を大きく損傷した。これを知った、嘗て鈴木氏とともに活動した、首都圏や関西圏の人々が立ち上がり、その後輩たちがボランティアで駆けつけている。一人の人間が生んだ絆が、時間と場所を超えて続いている。
この希有な「絆」の出発点となった鈴木重雄を最もよく語るものは、彼自身の自伝をおいて他にない。若いボランティアや社会福祉法人洗心会を支える新しい人たちの中にも、鈴木重をを知りたい人が少なくないという。

『失われた歳月』上下2巻の増刷が、今強く望まれる。



Posted by Blue Sky at 22:35
リスク マネジメント [2011年06月11日(Sat)]

中国で、学生ボランティアに不幸な事件が起こってしまった。
ボランティアでワークキャンプのメンバーだった女子大学生が、以前ワークキャンプで親しんだハンセン病快復者村のお年寄りを、友達と一緒に訪ねた帰りの夜道で道路を踏み外して転落した。救急車で搬送され、病院でCT検査を受け、異常なしと診断され、本人も回復していたので帰宅したが、その翌日、急変して亡くなったという。ワークキャンプという活動を通して知った高齢で身寄りのない快復者村の村人のもとを、あたかも自分の身寄りを訪ねるように訪ねる。交通の便利な都会住まいというわけではなく、夜道に街灯もない、人里離れた村の老人を思い、学校の休暇や余暇に、友人を誘って訪ねる。暖かい思いやりの心が悲しい結果につながってしまって、胸がつぶれる思いだ。

一人娘を失われた中国のご両親の苦痛はいかばかりかと、お察しし、深い悲しみと哀悼の想いをお届けしたい。

中国の南部、中部の嘗てのハンセンの隔離村では、年老いて身寄りのない人々がひっそりと身を寄せて、医療の手の届かないところで生活全般の苦しみに耐えている。そのような人々のところに、地元の学生たちが、まるで自分の祖父や祖母を訪ねるような自然さで訪ね、身体の具合を聞き、思い出話に耳を傾け、一緒にお茶を飲んで、笑いあう。人のつながりの暖かさから久しく遠ざかっていた村の人々は、若者との飾らない関係に心を開き、社会の「外」から「中」へ、さらに若者と一緒に村の外へ買い物に。

そんな自然な心の交流。双方が双方を大切に思う時間。双方が必要としている、されている、という充実感。

これがボランティア ワークキャンプの大きな成果で、この「心地よさ」「悦び」を知り、自分の「居所」を見つけてしまったこの女子学生さんにとって、学業の合間にできた時間に、心を同じくする友人と「共通のおじいちゃん、おばあちゃん」に会いに行く、のは全く自然なことであった筈。

そんな暖かい時間が、突然の暗転を用意していたとは。

前途有為なお嬢さんを、突然、失われたご両親さまへ。
差し出す言葉もありません。でもお嬢様のことは沢山の人々が忘れません。
自分の時間に、村の高齢者たちを思い出して訪ねたお嬢様のことは、沢山の人々の心にしっかりと記憶されています。 心温かい村の人々、ワークキャンプで時間を共有した仲間たち、同じキャンプには参加しなかったかもしれないけれど、ハンセン病村々でのワークキャンプという体験の共有をしている年間2000人に上る学生たち、すでに社会人となって後輩のワークキャンプを支えている先輩キャンパーたち、そして、海を越えて、日本、韓国、ヨーロッパ、オーストラリアなどなどから、中国のワークキャンプに参加した人々、後方でいろいろな形で支援をしてきた人々。
「お嬢様は、いつまでもワークキャンプの仲間の心の中にいます。」

****
安徽省の女子大学生。
中国のボランティア ワークキャンプ団体 『家』JIA のメンバーであった人。

彼女は、みんなの心に生きつづけるでしょう。

ボランティア活動とリスクマネジメントを考える。

Posted by Blue Sky at 23:29
スナーダイ クマエ [2011年06月06日(Mon)]

6月5日夜。テレビ東京の番組。

カンボジアのシェムレアップで、親のない子どもたち、親の養育を受けられない子供たち、28人の生活と教育と将来を支える組織が紹介された。

スナーダイクマエ Sunadaikhmer 「カンボジア人の手で」と言う意味。

その組織を中心となって支えているのは、日本人女性 メアス博子さん。

28人のお母さんとして、日々の生活を支えつづけるのは、気が遠くなるほどの重さ。
検討を祈らずにはいられない。

7月に予定されている来日報告会は下記の通り。

ASEANで交流&ボランティアセミナー
≪大阪会場≫ 
日時 : 6月27日(月) 14:00〜16:00 (主に社会人の方向け)
                18:00〜20:00 (主に学生さん向け)
場所 : ハービスPLAZA旅のセミナールーム 大阪府大阪市北区梅田2-5-25 ハービスOSAKA内
対象国 : カンボジア、タイ、フィリピン
≪東京会場≫
日時 : 7月5日(火) ・ 7月6日(水) 18:30〜20:30 (どなたでもご参加可能です)
場所 : 日本アセアンセンター・アセアンホール  東京都港区新橋6-17-19 新御成門ビル1F
対象国 : カンボジア、ベトナム、ミャンマーなど
≪主なイベントプログラム≫
カンボジアの「スナーダイ・クマエ孤児院」運営責任者メアス博子さんによる特別講演をはじめ、
政府観光局の担当者やASEAN諸国からの留学生、海外ボランティア体験者の発表など盛りだくさん!
講演者・発表者・参加者の皆さまでお菓子を囲んでの自由交流会も予定しています。
※メアス博子さん以外の方の発表内容は現在調整中となっており、内容は変更となる可能性があります
スナーダイ クマエのブログは<リンク>





Posted by Blue Sky at 00:08
ブラジルの『無癩県運動』 [2011年06月05日(Sun)]
1980年代、伝説の活動家(アクティヴィスト)で当事者−つまりハンセン病の快復者−フランシスコ・ヌーネスこと「バクラウ」の突出したリーダーシップで発足したブラジルのハンセン病当事者組織の 『MORHAN』 (訳すと 「ハンセン病快復者の社会復帰運動」というようなことになるけれど、ハンセン病の世界では「モーハン」として知られている。丁度全療協が全国ハンセン病療養所入所者協議会なんていうながーい名前ではなく、Zen Ryo Kyo として世界に通用するように。)

バクラウの遺志を継ぐのは、クリスチアーノとアルトゥール。前者はやや足の不自由な闘士、後者は、子供の時から、敬虔なカトリック教徒であった母親に連れられてハンセン病の療養所に出入りし、バクラウに惹かれ、尊敬し、手足となって活動を助けること数十年、癌にむしばまれたバクラウにMORHANの将来をを託された男。MORHANの活動はボランティアを貫き、家族を顧みなかったために、妻から離婚された、とか告訴されたと聞いたが、その息子(やはりアルトゥールという名前でややこしい)が今や父親を助けてMORHANの渉外をこなしている、らしい。アルトゥール父は、ポルトガル語では強烈な演説をする(らしい)のに、英語はなかなか身に着かない。アルツール子は、英語でメールが出来る。

MORHANは、バクラウークリスチャーノ+アルトゥールで全国的にネットワークを広げた。
: ハンセン病は治る。
: ハンセン病の診断と治療を、草の根まで届けよ。
: 強制隔離の被害者には、公的賠償を。
など、ハンセン病対策の必要性を全国の自治体に認識させる強力な活動を展開すると同時に、偏見を恐れる患者や家族、差別を恐れ患者や家族を守る姿勢を明確にしている。
その一つに「テレハンセン」活動がある。
当事者組織によるハンセン病無料電話相談。全国どこからでも無料でかかる 800番台の番号を、リオの小さな事務所に待機するボランティアが受けて、あらゆる種類の「困った」に応えている。

設立から30年近く。大きな市民運動に発展しているらしいMORHAN。
近年は、製薬会社などとタイアップして、保健サービスのなかなか届かない地方の町や村に、「移動ハンセン病相談車」を走らせている。

トレーラーのような大型の車両は一部が「臨時の診療室」になり、訪れた地方の町や村で皮膚科医が相談に来た人を診察する。その独創性、行動力、組織力は世界のハンセン病当事者組織の活動の中で群を抜いている。

その「移動ハンセン病相談車」の側面には、「ハンセン病は治る」「ハンセン病のない○○○町を」と大きく書かれている。日本の「無癩県運動」とくらべて、複雑な気持ちを禁じ得ない。



Posted by Blue Sky at 11:33
東北巨大地震 気仙沼 [2011年03月13日(Sun)]
あの日、都心の8階建てのビルの5階のオフィス。午後2時半過ぎ。

今までに体験したことのない揺れに恐怖が走った。
何人かが悲鳴をあげて机の下に潜り込む。
傍らに常備してある緊急避難用袋に手を伸ばし、中からヘルメットを取り出した。
ゆれがやや収まるのを待つ。
間もなく、防災センターの指示が「非常階段を使って屋外に避難して下さい」

とっさにロッカーからコートを取り出した。ぞろぞろとそれでも階段を速足で、降りる。

まだ地面が揺れている。道路中央の植え込みの灌木が揺れ続けている。余震がおさまっていないのだ。10-15分もたっただろうか、またおおきな揺れが来る。道路にしゃがみ、周囲の高層ビルの窓ガラスが崩落してこないか見上げる。誰かがワンセグ携帯でTVの情報を伝えてくれる。東北。また揺れが来る。灌木は間断なく微動を続けているのが恐ろしい。
30分。やや安定したか、ビル内に戻る許可がでる。降りたとき同様、皆で連なって階段を上がる。5階のオフイスについて5分?10分?また強い揺れがくる。再度避難のアナウンス。
今度はこのまま帰宅することも考えて、かばんを持って降りる。

皆で道路で待つ間、タクシーがそばを通過していく。地下鉄の駅の方向に向かって歩く人の流れが見える。不思議に、というか不注意にもというか、道路が混雑してタクシーが走れない、地下鉄が止まる、、、、ということには思い及ばない。

外がうす暗くなってから、再度5階へ。何気なく動かないエレベーターの前に立つ。

階段を上がり、5階の部屋へ。もはや何も手に着かない。皆でTVのある部屋に。電車が止まっていることが分かる。帰る手段は?タクシーは呼べども応答なし。歩く?
気がつく人が、近くのコンビニに走り、おにぎりと飲み物を10人分ほど仕入てくる。
地下室まで降りて、夜間緊急宿泊時用の薄い発泡スチロールのマットをとりに行ってくれる人がいた。このビルは停電時の自家発電装置があると聞いて、安心する。避難袋の中に常備されていた、ダイナモ付き懐中電灯兼ラジヲ兼携帯充電器の操作を確認。今夜は事務所で夜を明かす覚悟。 とその時タクシー一台配車可能との知らせ。同方向に帰る3人で同乗し19:20分に出発。20キロ先の自宅付近にたどり着くまで、約4時間。
都心(二重橋)勤務の長女は19キロを5時間かけて歩いて帰宅したという。

帰宅して夜を徹してみた報道は恐ろしいものだった。

気仙沼が燃えている。港から陸へ、重油が燃えているとの報道。夜空を赤く染めて嘗めつくしていく炎。去年の9月、気仙沼の漁業の方々に案内されて、唐桑半島を訪ね、その翌日、朝日に美しく輝く気仙沼港と水揚げの施設を見た記憶がよみがえってくる。

気仙沼の漁業関係者たちは40年前に、社会福祉法人の知的障害者施設「高松園」「第2高松園」を開設し、今日まで地域で支えて、地域社会福祉事業を続けてきた人々。
どうか、無事であってほしいと心から祈らずにはいられない光景であった。


Posted by Blue Sky at 20:31
『遺伝病ではない』という警鐘 [2011年03月10日(Thu)]

ある研究者の方から、「ハンセン病は遺伝病ではない」と題した、発言文書を頂いた。

いまさら、どうして!?

海外の最近の基礎研究のなかに、疾患を「発症」する人としない人があるという事実の原因として、通常、個人の全身状態の他に遺伝的要素がかかわることがある。ハンセン病もこの種の疾患の一つであり、その研究論文のタイトルが「Leprosy as a genetic disease」(文字通り「遺伝的疾患としてのハンセン病」)という、センセーショナルな表現であることへの警鐘を鳴らすものだった。(Mammalian Genome誌 22,19-31, 2011)。

研究者が、(あまり誉められない)ジャーナリスティックなセンスで、注目をひくことを狙ったとしても、極めて危険なものを含んでいる。世界にはLeprosyというキーワードで検索を仕掛けている人は少なくない。メディアにも当然考えられる。

そして、権威ある医学ジャーナルに掲載された論文として、タイトルだけが、一人歩きするのが目に見えるようだ。

警鐘を鳴らされた日本の研究者の方に敬意を表すると同時に、機会をとらえて、世界の関係者にも知らせておきたい。
Posted by Blue Sky at 23:14
ヤミン ハシブアン博士 [2011年02月25日(Fri)]

『人生を変える』貢献をした人への賞 とでもいえば良いのだろうか、Changing the Life Award という賞を、オランダのハンセン病NGO(NLR)が創設した。初回の受賞者は、インドネシアで長年全国ハンセン病対策の責任者であったヤミン ハシブアン博士(67才)と決まり、今年の世界ハンセン病の日を記念して授賞式が行われた。

ハンセン病に関する国際的な「賞」は少なくない。もっとも良く知られているのは、アメリカのダミエンダットン財団のダミエンダットン賞(USA)で, 1953年に創設され、第一回の受賞者は、アメリカのカービル療養所の壁の中から世界に発信した、当事者発言の第一人者 スタンレー・スタインだった。

この次に知られている賞は、インドのガンジー記念財団による、国際ガンジー賞。世界の各地でハンセン病のために力を尽くした人々が受賞している。

このほか1999年に、英国ハンセン病ミッション(TLM)が創設した、ウェルズレイ ベイリー賞(ミッションの創設者を記念した)がある。この賞は、ハンセン病という病気とそれに伴う困難を乗り越えて、多くの人々、とくに同じ病気に悩む人々に力と希望を与えた当事者に授与されている。

今年から笹川インドハンセン病財団が創設した 『尊厳の確立賞』もある。これは、インドのハンセン病コロニーの居住者たちの中から、努力して自立を達成したグループを表彰する。

それぞれいずれも意味のある賞であるが、その選考過程にはそれぞれの授与側の思惑があるようだ。賞の授与は、多分に広報活動としての効果もあり、それ自体は歓迎すべきことではある。

それでは今回の「Changing the Life」賞はどうだろうか。受賞者のYamin 氏は長年にわたりインドネシアのハンセン病行政に携わり、広く、保健サービスの中でハンセン病の診断治療の普及に勤めたことが評価されたとある。個人的には、ヤミン氏の功績として特記するべきと思うのは、インドネシア全土のハンセン病施設の歴史的な背景を含む情報を集め、整理し公開(DVD)したことではないだろうか。ハンセン病サービスの普及は、当の政策の責任者として当然の業務と言うべきだろう。

オランダというインドネシアの嘗ての宗主国の賞である。インドネシアのハンセン病対策には今でもオランダのNGOの支援が極めて大きい。政府の担当者は定年後オランダNGOの顧問などとして、ハンセン病対策に引き続き協力していくのが常。それだけに、初回の受賞者がインドネシアから出なくてはならなかったのだろうか。

「ヤミン先生の熱意と努力があったおかげで、ハンセン病の患者さんたちは、速やかに治療を受けることが出来た。治療が遅滞なく受けられる、ということは 『人生を変える』 こともある。」 Easy access to health services can change a life. とうのが受賞理由だとある。

Posted by Blue Sky at 23:25
タイ紙の報道と見出し [2011年02月22日(Tue)]

タイの英字日刊紙The Nation のハンセン病特別記事は、サムニエンさんという高齢のご夫人がハンセン病をのりこえて幸せを見つけた人生を紹介した前向きな記事、といってよいだろう。



<リンク>http://www.nationmultimedia.com/2011/02/19/national/Lepers-find-hope-in-Chiang-Mai-30149022.html>


しかし、記者の努力は編集デスク(多分)の無知、無神経な見出し語で台無しになってしまった。

Lepers find hope in Chiang Mai (らい病人、チェンマイで希望を見出す)と、国際的に禁句のLEPERの文字が大きく目を引く。この手の差別見出し語は枚挙にいとまがない。考えてみれば1930年代から、この言葉は差別用語として問題とされてきたが、いまだにメディアでの使用はあとを絶たない。しかし、最近はその都度、批判がメディアに届くようになった。
昨年秋の英国紙The Guardian の記事も、英国NGOその他の抗議で表現を変更し、同紙の編集部は「内規」でLeperの使用を禁じた、と伝えた。

The Nation 紙にも批判が届き、2日後、同紙は急ぎ見出しを改めて

Chiang Mai offers hope for afflicted とした。

これとても、問題なしとは言えない。手仕事をしつつ立派に生きるサムニエンさんは、一生涯「afflicted」つまり、病気の人」と呼ばれなくてはならない理由などこにもない。病気は、この女性の人生の一部にすぎないのだから。

ハンセン病の記事を前向きに書ききるには、書き手と編集の力量が要る。



Posted by Blue Sky at 23:06
ハンセン病療養所の閉鎖【タイ】 [2011年02月20日(Sun)]

タイ王国の日刊英字紙 「ザ ネーション」がハンセン病に関する特別レポートを載せた。
<リンク:>http://www.nationmultimedia.com/2011/02/19/national/Lepers-find-hope-in-Chiang-Mai-30149022.html>

国民の信頼の厚いタイ王国の国王陛下は50年前に、当時悲惨な状態にあったハンセン病の患者さんたちのためにRajpracha Samasai 財団を創設され、救済のきっかけを作られた。タイはアジアでもハンセン病対策の進んだ国となり、単に保健問題としてばかりでなく、社会問題としても、各種の施策が取られてきた。ハンセン病部門に社会福祉ケースワーカーを配置した数少ない国であり、嘗てのハンセン病村・コロニーには自立への支援が続けられた。

ザ ネーション紙は、1956代には、14万人を数えたハンセン病患者数は現在では688人。しかも近隣諸国からの移民労働者と北部山岳地帯の少数民族に患者が多い、と報じている。

今年は、国民から敬愛されている国王陛下のご生誕84年目というめでたい年。ハンセン病患者にお心を注がれてきた陛下の誕生日を祝賀する行事が続いている。

その一つが『国王陛下のご生誕84年を記念して、ハンセン病療養所を閉鎖する』調印式。さる2月16日首都バンコクで行われ、メディアが報じた。「ハンセン病施設の閉鎖」は台湾でも、マレーシアでも問題をおこしており、日本でも「将来構想」の中に「閉鎖」の文字はあり得ない。

タイの場合13ある国立のコロニーを、現状を維持したまま、「一般コミュニティ」に転換する。コロニーはすでに土地を居住者に与えており(全く無償ではなく小額の賃借料があるらしい)、そこでは家族がそれぞれに生計を営んでいるという。その中に、診療施設がおかれ、必要な医療は提供されているという。

今回は「スリン県のプラサートハンセン病コロニーを、名称も変え、普通のコミュニティとして再出発する」儀式、という。

嘗てインドのマハトマガンジーが南インドのハンセン病施設の開所式に招待された時に、『ハンセン病施設の開設は、大きな出来事ではない。私はこういった施設が閉鎖されるときにお祝いに来る』と言ったという有名な話があるが、プラサート コロニーの閉鎖は、新しい出発なのだろう。

同様の話は、1906年開設のフィリピンのクリオン療養所が、10年ほど前に、クリオン区(municipality)となることを選択し、保健省管轄のハンセン病施設としての役割を終えたことを思い起こさせる。

フィリピンもタイも、かつては隔離の地であり、隔離のコロニーであったが、厳密な隔離が数10年前に終焉し、時を経て回復者と家族の住むコミュニティとして進んできた基礎があって初めて、「閉鎖」が「新しいコミュニティ」につながった。20年30年先には、ハンセン病とのつながりも消えてしまうのかもしれない。

クリオンは「島の記憶」を遺すことを選択した。
タイの場合は「記憶」も消し去るのだろうか。


Posted by Blue Sky at 22:40
ホームレスの男性に会う [2011年02月19日(Sat)]

一週間まえ、二日つづけて、近くの幹線道路の歩道橋の陰にたたずむホームレスの男性に出会った。大きな空き缶の入った袋を二つか三つ、おそらく大八車のような、荷台にぶら下げている。車には青いビニールシートが全体にかぶせてあり、その下に何が入っているかは判らない。今日は気になったので、近くの自販機であったかいコーンスープを一缶求め、紙に包んで持って行った。ダウンジャケットの重ね着に、浅黒い顔は、50代だろうか。あまり高齢者ではなかった事にホットした。

   私「どんな事情か知りませんが、大丈夫ですか?」
   彼「大丈夫です」
   私「あったかい物です。どうぞ」
   彼「ありがとうございます」
   私「空缶を随分沢山集めていますね」
   彼「おいておくと盗まれる。自分で集められないやつが盗んでいく。」
   私「近くに区役所もあるから、相談に行きましょうか?」
   彼「そういう事(生活保護と感じ取った様子)は、これ(頬を手で斜めに来る仕草)が絡んでるでしょう。」 
貧困ビジネス、という言葉が頭に浮かんだ。その被害を受けたか、受けた人を身近に知っているのか。一瞬言葉につまってしまった。
身近な問題なのに、途を知らない自分。

Posted by Blue Sky at 21:59