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ドキュメンタリー映画「カレーライスを一から作る」の上映会をおこないました!〜当たり前の大切さを意識する〜 [2017年12月05日(Tue)]
ブログ更新しました!

ドキュメンタリー映画「カレーライスを一から作る」の上映会をおこないました!〜当たり前の大切さを意識する〜
http://comriap.hatenablog.com/entry/2017/12/04/131251
フィリッポ・グランディ国連難民高等弁務官の講演会「難民の国際保護と私たちにできること〜教育の役割〜」〜とUNHCR難民高等教育プログラム 卒業生によるディスカッション [2017年11月19日(Sun)]
国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)トップを務めるフィリッポ・グランディ国連難民高等弁務官の講演会「難民の国際保護と私たちにできること〜教育の役割〜」が、19日(日)上智大学にて開催されました。

フィリッポグランディ.jpg


■難民支援における教育分野の重要性について

フィリッポ・グランディ国連難民高等弁務官は講演の中で、難民支援には医療や住居などの支援と同様に「教育支援」が必要であると訴えました。

フィリッポグランディ2.jpg

その背景には、難民の中には18歳未満の若者が多く、そのうち5割以上が学校に通うことが出来ていなく、教育が長期間に渡り受けらていないという現状があるそうです。ちなみに、大学まで進学できるのは、わずか1%(世界平均は36%)とのこと。

彼らは、ひどい経験(家族離散、強制徴兵、労働搾取、児童婚)を経験して、難民として来ています。逃れてきた国で学校に通うというのは、教育を受けられるというだけでなく「普通の生活が送れるという感覚を子どもたちが持てる」という意味でも重要であると説明し、「教育」の反対にあるものは、「テロ」「犯罪(加害者・被害者)」であると指摘しました。


■誰一人取り残さない世界を実現するために

グランディ氏は、SDGs【Sustainable Development Goals(持続可能な開発目標】は、誰一人取り残さない世界を実現することを目標としており、ここには、難民における「教育支援」も重要な役割があると訴えました。

グランディ氏は、難民というと「難民キャンプ(強制移動)」を想像する人が多いが、難民キャンプは、いずれケアがされなくなり、難民を孤立させ、それが「怒り」につながるため良いモデルではないと説明し、難民への教育支援を国家の発展計画に含めていき、国家制度にアクセスさせる仕組みが必要であると話しました。
また、難民が発展途上国に逃れるケースも多く、その中で、才能がある人やハイリスク層は、先進国へつなぐことも必要ではないかとの見解を示しました。


■UNHCR難民高等教育プログラム 卒業生によるディスカッション

後半は、UNHCR難民高等教育プログラム(*)卒業生3名によるディスカッションでした。
本プログラムは、日本に住む日本国籍を持もたない難民が、奨学金を受けながら日本の4年制大学で就学できるようにサポートするための奨学金制度です。

登壇者は、関西学院大学卒のチャン氏(ベトナム)、明治大学卒のジャファル氏(ミャンマー、難民2世)、関西学院大学卒のシャンカイ氏(アフガニスタン)。

卒業後の進路は、チャン氏は通訳の会社を起業、ジャファル氏はIT企業に就職、シャンカイ氏は東大の大学院に進学されているそうで、3名は本プログラムが自分たちの人生に希望を与えたということや、一方、日本人は難民についての正しい情報を知らない人が多く、もっと難民のことを知って欲しいと訴えました。

フィリッポグランディ3.jpg


*国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)駐日事務所と、UNHCRの活動を支える公式支援窓口である、特定非営利活動法人国連UNHCR協会が運営。パートナー大学は、関西学院大学、青山学院大学、明治大学、津田塾大学、創価大学、上智大学、明治学院大学、聖心女子大学の8校。
ひとりの人に【依存させない】という予防支援 [2017年11月17日(Fri)]
先日のパノラマ石井さんの投稿に

「弱った者を自分に依存させることは容易い。そして、依存されていない他者が、その依存を解くことは非常に難しい。」

とあった。

高校内居場所カフェの意義はここにもあるんだなぁと。
若者支援者やボランティアさんが普段から学生と信頼関係を築くことで、悪意ある大人が子ども・若者に近づいてきた時に【依存させない】という予防支援。
◆12/2(土)「カレーライスを一から作る」上映会のご案内◆ [2017年11月17日(Fri)]
ドキュメンタリー映画「カレーライスを一から作る」の上映会@立川アイムホール、を開催します!!

「ドキュメンタリー映画 上映会」カレーライスを一から作る〜
http://kokucheese.com/event/index/493322/

立川市民でなくても参加できますので、ご関心のある方は、ぜひいらしてください。面白いドキュメンタリー映画です。

今回、立川の市議さんにお声がけいただき始めた企画ですが、メンバーには通信制砂川高校の無料託児所でボランティアをしている保育士さんもいたり、地元ネットワークを感じています(笑)。しかし、地域のイベントは、いまだに紙媒体が圧倒的に強いんですね。

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ドキュメンタリー映画 「カレーライスを一から作る」
〜『いのち』の意味を知る。立川で〜
<探検家・関野吉晴の途方もない課外ゼミ 種まきから始めた9か月の記録>
探検家・医師の関野吉晴さんによる武蔵野美術大学の課外ゼミ、通称関野ゼミの2015年の活動は「一からカレーライスをつくる」というユニークなものだった。野菜や米・肉はもちろん、スパイスや塩、器やスプーンまでもすべて自分たちで一から作るという途方もない計画だ。関野さんの意図は、
「モノの原点がどうなっているかを探していくと社会が見えてくる。カレー作りを通して学生たちにいろいろなことに''気づいて''もらいたい」
この呼びかけに100名を超える美大生たちが集まった。「おいしいカレーが食べたくて・・・」そんなつもりで始めたが、思うように野菜は育たず、雑草に悪戦苦闘。一杯のカレーのための果てしない道のりに、多くの学生が挫折する一方、世話に励むあまり家畜に愛着が沸き、殺すべきか葛藤する者も・・・。

これは「食べる」「生きる」という、人間にとってごく当たり前で、基本的な営みを見つめ直すドキュメンタリー映画である。

「生」と「食」の関係を、改めて感じ直してみませんか?
ドキュメンタリー映画「カレーライスを一から作る」〜『いのち』の意味を知る。立川で〜
https://www.facebook.com/events/493184467727708/

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パノラマ石井さんのブログから「集団の中の孤独」 [2017年11月16日(Thu)]
・迷惑をかけられる人=依存先、がないということ。
 →自立するということは依存先を増やすこと
・スマホはすぐに生徒にとっての精神安定剤となり、それが唯一の“つながっていられている”安心となる。
・誰よりも自分を理解してくれている自称○○な男への依存はどんどん高まっていく。
・弱った者を自分に依存させることは容易い。そして、依存されていない他者が、その依存を解くことは非常に難しい。
・逃げる場所を用意もせずに逃げなさいと言う。「それができてたらそんなとこ行かないよ…、そんな人に会わないよ」そんな心の声に耳を傾けてあげてほしい。
・このようなことにこそ指導的ではなく支援的な介入が必要なのに、学校は「指導」をする。そして、例外や特別扱いをすることでバランスが崩れることを恐れ、中退という形の学校的解決を選択することで、自分たちの至らなさに蓋を閉めて終わる。

「孤独とは、人生の登場人物が少ないということだ。生徒たちの人生に、手を差し伸べてくれる登場人物を増やす、つまり社会関係資本を豊かにするためにできることを大人たちは職域を越えて考えるべきだ。そんな支援が重要だとぼくは考えている。」

集団の中の孤独〜座間市の死体遺棄事件で被害に遭った高校生について考えたこと〜
https://note.mu/npopanorama/n/na9514687d00a
社会貢献ブームと、その裏で心が冷める人たち。 [2017年11月15日(Wed)]
田中さん、切り込みますね。さすがです〜。

おともだちNPOの悪夢
http://blogos.com/article/258828/

一見、こういう動きが、コレクティブインパクトとか流行りの言葉を使って社会貢献熱を高めるように見えるけど、肝心の本質的な部分で勝負していないように見えるので、わくわくしないんだろうなぁ。

こういうのが、本気で活動に携わる(携わりたい)と思う人のハートを冷ましているように感じます。本当、罪だと思いますよ。

また、ここで指摘されていることは、CSRのパートナー探しの参考にもなると思う。

オルタナ CSR48コラムに記事を書きました! コンテストで若者のソーシャルビジネス創出を支援 国際会議「Young Challengers Meeting」で表彰されるチームが決まる 〜「無私の精神」を軸としたソーシャルビジネスこそ「COOL」〜 [2017年11月15日(Wed)]
オルタナ CSR48コラムに記事を書きました。
先日参加したグラミン銀行創設者でノーベル平和賞受賞者のムハマド・ユヌス博士が提唱するソーシャルビジネス・コンテストのレポートです。

コンテストで若者のソーシャルビジネス創出を支援
国際会議「Young Challengers Meeting」で表彰されるチームが決まる
〜「無私の精神」を軸としたソーシャルビジネスこそ「COOL」〜


オルタナコラム
http://www.alterna.co.jp/23025

ヤフーニュース
https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20171108-00010004-alterna-soci
見世物小屋があった時代 [2017年08月27日(Sun)]
今年は行けなかった諏訪神社のお祭り。
ここでは、毎年お化け屋敷が開催される。子どもの頃は毎年、怖いものみたさに入っていたように思う。

立川の大先輩からお聞きしたお話によると、昔はこのおばけ屋敷は「見世物小屋」であり、障害をもった方が見世物として働いていたのだそう。

それを聞いたとき、アメリカで30年間上映禁止となった「フリークス」を思い出した。この映画の出演者の8割は障害をもっている方で、当時の「見世物小屋」や「サーカス」などのショービジネスではトップスターだった方たちなのだそう。内容は、単純に言うと、障害者が恋人だと思っていた健常者の美女が悪意のある裏切りをしており、それを障害をもったメンバーがチームとなって復讐するというストーリー。それが、物議を醸す事となったらしい。
私は、そういう映画もありだと思う。これぐらい尖った視点があることで、社会のバランスがとれることもあるかもしれないし、そういう作品もありだと思う。

今は、諏訪神社に見世物小屋は当然ないのだけれど、当時は障害をもった方はそういう仕事しかなかったのかもしれないし、そこに生きがいを見つけようとする人もいるだろうし、第三者にはわかならいこともあるのだろうからと、もやもやしたものを感じました。理想論で、その場を奪った人は代わりに何を提供できるのか、いや何もできないのではないかと。

これは、障害をもった方だけの話じゃなく、性風俗産業だってそうだと思うけれど、当事者不在の議論が中心になされることが最近多いなと思っており、とても違和感を感じています。

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「セオリー・オブ・チェンジ(ToC)書籍化プロジェクト」に参加しました! [2017年08月22日(Tue)]
今日は、一般社団法人セオリー・オブ・チェンジ・ジャパン(ToCJ)の、社会を変革する事業に取り組む現場の方々を支援するための取り組み「セオリー・オブ・チェンジ(ToC)書籍化プロジェクト」に参加させていただきました。

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◆ToCとは
ToCとは、社会変革を目指すビジネスにとっての事業戦略の"背骨"となるフレームワークのことを指します。営利ビジネスとはちょっと(かなり?)違う背骨が必要なんですね。

この事業を立ち上げた背景には「NPO経営者や中核スタッフの燃え尽き」「経営陣と現場が噛み合わない」という問題意識があったということに、私はすごく共感しました。なんというか、身近で聞いたことある話ですし、自分の将来を考えたときに他人事には思えなかったからです。

「「世の中の為に」「未来をつくる為に」という純粋な動機で始まる事業では、ほぼ全ての仕事が「やった方がいいこと(nice to have)」です。
時に、その善意と情熱から、いつまでに何をどれだけ達成すべきかが不明確になり「あれもこれもやった方がいいので、皆で猛烈に働こう」となりがちです。そして、その挑戦の中で、心身を病み、燃え尽きていってしまう人や組織も、少なくありません。」(代表理事の川端さん)
https://readyfor.jp/projects/theoryofchangejapan


◆今日の会議での気づき
@「誰のための書籍か?」→「現場で働くNPO職員」
そもそもこの書籍を「誰のために」つくるのか、という重要な議論がありました。そこで、ある方が「一番大変な思いをしている人のためじゃないか」→「現場のNPO職員ではないか」と言った意見に、みんなとても納得していたように見えました。CSR担当者やインパクト投資家でもない。ここには、結果論としてつながればいいというご意見です。賛成です。

A短期間のKPI達成だけでなく、団体としての「志」や「倫理観」が見えてくるToCが必要
助成金などの申請書は短期間の社会的事業としてのKPIで判断されがちですが、社会的事業は短期間では見えないその団体の志や使命=信頼への寄付や投資しようとする文化が必要だと思いました。既存の助成金の申請書はロジックモデル(戦術)が中心であり、だから、3年後に助成金が切れたら運営が厳しくなるという現象も起こってくる。ToCのようにもっと長期的で多様なステークホルダーをまじえた戦略をもった団体が今後は評価されるのではないかと思いました。

B社会問題の「予防」という視点
社会的事業の中には「対処型」支援と「予防型」支援とがあると学びました。困ってしまってからの支援が「対処型」であり、困る状態に陥る前に支援するのは「予防型」と言われています。社会的コスト・リスクを抑えるためにも、本来は後者の「予防型」はとても大事かと思いますが、「予防型」はお金になりにくいという課題があります。なぜなら、本来、家族や地域コミュニティなどが担っていたところなので、そこに「お金」が発生するということに抵抗があるのだと思います。でも、「予防」を考えることこそ「社会デザイン」であり、NPO職員のやりがいや希望につながったりするのではないかと思います。ToCは、ここに働きかけられるものだと感じました。

まだまだ、わからないことだらけですが、引き続き勉強していきたいと思いますexclamation×2
「なんでもっと危機的な社会課題に向かい合わないのか?」という問いに対しての答え [2017年08月21日(Mon)]
NPOパノラマの石井さんが、Facebookに投稿していた内容を読んで考えたこと。

私は社会起業家ではないので石井さんとはスタンスが異なるけれど、大学院の研究テーマを考えるときに、同じような自問をしたことがあったことを思い出しました。

社会問題を深堀りしていくと、世界中の危機的な問題が次から次へと出てきて、その中で何に取り組みべきかよくわからなくなってしまった時があって。

そんな時、尊敬する社会起業家の師から「社会問題というのは探して見つけるものではなく【感じるもの】。頭で考えて探し始めたら、いろんな社会問題が自分の目の前をとおりすぎるだけで、飛び込むことなんて出来なくなるよ」と言われました。それを言われて、本当にそのとおりだなぁと。

社会問題とは【感じるもの】なんだと。

感じる」とは「気づく」ことになり、気づいてしまったことを「見て見ぬふりできない」方が社会起業家や活動家とその仲間なのだとすると、それは社会問題の影響度、深刻さなどで優先順位をつけられるものじゃないということなんだろうと思います。

そこには当事者性というか「自身の体験」と「仲間との出逢い」が大きな原動力になっているのだと思いました。
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