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249中国・香港・・・恐るべし香港娘の食べっぷり [2009年11月01日(Sun)]


地下鉄の車内が猛烈にうるさいこと、高級時計と貴金属を売る店がやたらに多いこと、小姑娘が傍若無人であること・・・香港で驚かされたことはたくさんあったけれど、以上の3点は特に印象が強かった。郷に入ったら郷に従うべきであろうし、われわれの日常にも、外国人の目には不思議に映る光景がたくさんあるはずだから、いちいち驚いていても始まらない。そうした街の異相を楽しむこと、それが「旅」というものなのだろう。
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248中国・新界・・・香港のバックヤードは壁の中 [2009年10月28日(Wed)]


香港では、ぜひ再訪したい《村》があった。24年前、香港駐在の同僚が「珍しいところを見せてやろう」と案内してくれた《村》で、その不思議さに呆然となった記憶が残っている。香港島からどうやって連れて行かれたかは全く覚えていないのだが、香港特別行政区の北部、錦田(Kam Tin)にある「吉慶園」だと見当をつけた。ホテルで道を訊ねると、「香港にはもっと見どころがたくさんあるのに」と、フロントのみんなが肩をすくめた。
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247中国・九龍・・・太極拳今は昔の九龍城 [2009年10月27日(Tue)]


早朝の公園は、日本も中国も同じ光景が広がる。日本ではラジオ体操の輪、中国では太極拳のいっせい演舞だ。スピーカーから流れるリズムに乗って、関節を滑らかに動かしながら法悦境地のお年寄りに、日中の違いはない。香港・九龍半島の中心部、九龍公園も案の定、そろいの赤シャツ集団などがやってる、やってる。人だかりの先を見ると、6時半のプール開場を待つ人たちだ。香港市民の健康志向は、なかなかのものであるらしい。
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246中国・マカオ・・・白と青ポルトガルは遠いけど [2009年10月21日(Wed)]


ポルトガルに行く、それが私の念願なのだ。リタイア後はポルトガルで暮らしてみようかとさえ考え、いろいろな本を読んで夢見たものだ。なぜポルトガルなのか。うまく説明できないのだが、かつては地球の裏側まで船を操った冒険者たちが、今はその記憶の残照を浴びて黙然と座っている街・・・。勝手にそんな姿を思い描いている。しかしポルトガルは遠い。短期間の旅をする時間さえとれないでいる。だからマカオに行くことにした。
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245中国・香港・・・喧噪も今は昔の非常口 [2009年10月20日(Tue)]


ひょっとするとこの1枚は、なかなかのスクープ写真なのかもしれない。香港島の高層ビル群を背景に、2機のヘリコプターが飛んで行く。ただそれだけの絵柄だが、よく見るとヘリは軍用らしい。ということは中国人民解放軍か。返還後、50年間は1国2制度が保証されている香港は、解放軍は駐屯しているけれど市民の前には姿を見せない。香港っ子のガイドさんさえ「ワタシ初めて見た! あなた運いい」と興奮していた。
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200中国・江南・・・・・・・・・・・・不思議なりところ変れば品変わり [2009年03月26日(Thu)]

上海・江南の旅から帰って、すでに3ヶ月。記憶がしだいに薄れる中にあって、どうにもしつこく思い出されることがある。それらはむしろ、旅のメインルートから外れた些細なことなのである。@気に入ったことA不思議だったことB驚いたこと――に大別される。「些細な驚きが連続するから、旅は楽しい」とも言えるわけで、一つ一つが妙に懐かしい。そうした記憶もいずれは消えていくのだろうから、いまのうちに書いておく。
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199中国・上海・・・・・・・・・・・・危うくも妖しき魅惑街に充ち [2009年03月23日(Mon)]

上海の夜景といえば、前回掲載した「外灘(バンド)」から「黄浦江」越しに、ライトアップされた「浦東新区」の高層ビル群を望むアングルが通り相場であるけれど、今回掲げた下町の裏通りも、なかなかの味わいである。蚤の市のような東台路「古玩街」付近のストリートだ。街灯に照らし出された長屋の壁に、葉を落とした街路樹がひしゃげた影を映している。この夜はクリスマス・イブ。その賑わいも、ここまでは届いて来ない。
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198中国・周荘・・・・・・・・・・・・江南の水郷渇き舟ゆらら [2009年03月22日(Sun)]

中国における「江南」とは、揚子江(長江)下流域の南側に広がる水郷平野を指すらしい。水郷なら日本だってあるけれど、わが列島で縄文人が延々と狩猟採集生活を送っていたころ、この地ではすでに王権が覇を競う「高度?」な社会が生まれていた。高々700年の歴史しか無い上海滞在を機に、2000有余年の生活が沈潜している江南古鎮へと足を延ばした。朱家角でも同里でもよかったのだけれど、周荘(Zhou zhuang)を選んだ。
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197中国・蘇州・・・・・・・・・・・・・名所より路地の奥こそ笑顔あり [2009年03月21日(Sat)]

「不覚なことに、案内されるままにバスに乗り、かつ降り、名所旧跡ばかりを観た。(こんなつまらない町が、蘇州か)と、つい思うようになった」。これは私の文章ではない。司馬遼太郎氏が最初に蘇州(Suzhou)を訪問した際の感想だと『街道をゆく〜中国・江南の道』に記している。私たちの旅に先立つ30年前のことだが、留園、寒山寺、虎丘・・・似たようなコースだったのだろう。私が抱いた感想そのままなので、ここに転載させていただく。
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189中国・上海・・・・・・・・・・・・富んでなおマナー最悪沸騰都市 [2009年01月22日(Thu)]

5年ぶりの上海は、土ぼこりに霞んでいた。道路、ビル、地下鉄と、どこに行っても建設工事である。米国発の世界同時不況は、この沸騰都市にも打撃を与え始めているようだが、2010年の万博開催を目指し上海は再開発の熱病の中にある。しかしその一方で相変わらずの「中国」だ。人々のマナーは悪く、街は不潔で浮浪者・物乞いが目立つ。次なるステージを目指し、中国はいま、のた打ち回っている。その象徴が上海なのだろう。
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